(09)678 『真夏の光線』



 一目見た時からあなたに憧れて
 あなたのようになりたいと思っていた
 あなたに追いつきたいと思っていた

 あなたを追い越すなんて、考えたこともなかった



 真っ白な光が、枯れ木で作った摸擬標的をなぎ払う。
 あまりにも一瞬の出来事で、そして想像以上の威力で、
 あたしは声を出すことも忘れていた。

 「なっちの、とっておきの技。びっくりした?」

 そんな技をたった今使った人とは思えないとても柔らかな笑顔で見つめられて、
 ただ首をコクコクと上下することしかできないでいた。

 「でもね、この技はいつだって使っていいってわけじゃないんだよ?
  どうしても、どうしても使わなきゃピンチだよって時だけ、なっちは使うことにしてるんだ」

 安倍さんはあたしの頭の上に手を置いて、そのまま軽くぽんぽんと叩く。
 何となくくすぐったくて身体をよじったら、安倍さんは笑いながら青い空へ視線を移した。

 あたしは、この偉大にして強く優しい戦士のことを本当に慕っていた。
 だから、この人のようになりたいと、この人に追いつきたいとずっと思っていた。


 「どうしてですか?」
 「ん?」
 「どうして、ピンチの時だけにしか使わないんですか?
  その技があれば、いつだって絶対に簡単に勝てそうなのに」

 あたしは、感じた疑問をそのまま口にしていた。

 「…ガキさん、戦いってのはね、無駄な血は流しちゃいけないんだよ。
  相手の命を奪うなんて、それこそ一番やっちゃいけないことなんだ」

 相手に勝つ。勝つために、戦う。戦う者のために、この能力で支える。
 そればかりを考えていたあたしには、思いがけない言葉だった。

 「なっちは本当は、この技は一生使いたくないんだよ」

 ホワイトスノー。
 そう呼ばれた光線が作り出した枯れ木の残骸を、安倍さんは見つめていた。

 「じゃあ、安倍さん」

 あたしは安倍さんの視界を遮るように、その前に立った。

 「あたしがピンチになったらその技で切り抜けられるように、
  安倍さんのその技を、あたしに教えてください!!!」

 安倍さんは一度驚いたような顔をして、それから曖昧に笑った。

 「…コツだけ教えてあげるよ。
  使えるようになるかは、ガキさんの持って生まれた能力と、それから、努力次第」




―――目が覚めたら、あたしは泣いていた。
ここは、喫茶「リゾナント」のカウンター。フロアに人の気配はない。
いつの間にか肩にかけられていたカーディガンの袖をつかみ、額に当てる。


また、あの日の夢。


 安倍さんが教えてくれた「コツ」は、ごく単純なものだった。
 でも、それを教えてくれた時の安倍さんの淋しそうな横顔が、どうしても忘れられなかった。

 実戦で安倍さんが「ホワイトスノー」を使うことはなかった。
 どこまでも心優しき戦士だったあの人は、自らの絶体絶命の危機ですら、その技を使わなかった。
 瀕死のあの人に代わって、我を忘れたあたしががむしゃらに放った青い光線。
 あらゆるものを一瞬で消したそれは、確かにあの日のホワイトスノーと同じで。

 「…ガキさん、強くなったんだねぇ…」

 あたしは、強くなんてない。あなたを守ることができなかった。
 あなたが絶対に使わなかった技を使わざるを得なかったのは、あたしが弱いから。

 「…なっちよりも、もう、立派な、戦士だよ…」

 夏の青い空は、微笑んでくれない。
 ゆっくりと目を閉じた安倍さんの身体を抱きしめながら、あたしは大声で泣いていた。


あの人はもう、戦えない。
普通の人間として暮らせるまでに回復した一方で、一切の能力は失われた。
でも、それでよかったのかもしれないとも思う。
安倍さんは、強かった。それ以上に、優しすぎた。



―――会いたい。
たまには、他愛もない話もしてみたい。
あの笑顔に触れて、思い切り笑って、思い切り泣いてみたい。

カーディガンを丁寧に畳んでカウンターの上に置き、その上に出掛ける旨のメモを置いた。
ありがとう、と、カーディガンの持ち主―――愛ちゃんへの感謝の言葉も添えて。


外は青く晴れ渡った空が広がっていた。
まるで、あの日のように。
もうすぐ、夏がやってくる。


 『自分のふるさとのことを思い浮かべてごらん。
  なっちは、白い雪。ガキさんにとっては何かなぁ?』

安倍さんの言う「コツ」は、技と直接関係があるとは思えないイマジネーションから。
だけど確かにあの時、真っ青な光が辺りを駆け抜け、消していった。

あたしのふるさとは、青い空と海の輝く街並み。
安倍さんのように、汚れのない純白の光ではないけれど。

人を助けるために初めて使った、攻撃系の能力。
そして自分が放った光線の威力を目の当たりにして、もう二度と使わないと決心した能力。
今なら、安倍さんの言葉もわかる。この力は、あまりにも強大すぎるから。

あなたのような心優しき戦士に、あたしもなれるでしょうか?


あの日放った真夏の光線は、その鮮やかな青とは対照的な、切ない色の思い出。




















最終更新:2012年11月24日 14:56