(08)929 『the revenger 後編』



二挺のサブマシンガン――MP7が同時に火を噴く。
藤本はとっさに氷の壁を出現させた。
通常の氷より分子の密度を高めた分厚い氷の壁。
しかし、至近距離からの銃弾の雨には耐え切れない。

氷の壁が粉々に砕け散る直前に、藤本は滑るように横に走り出していた。
同時に、吉澤めがけて氷の矢を放つ。
吉澤は瞬時にその軌道を読み取り、転移フィールドを開いた。
吉澤が発生させた空間の歪みに飛び込んだ氷の矢は、瞬く間に空間を飛び越え、
藤本の目の前に現れた。
が、氷の矢は藤本に突き刺さる寸前にかき消えるように消失した。

フェイク。
吉澤がそう思った次の瞬間、藤本は無数の氷の矢を吉澤に向けて放った。
吉澤にとって、問題はその数ではなく攻撃範囲だ。
吉澤の周囲半径3メートルを完全に埋め尽くす、おびただしい数の氷の矢。
自分をすっぽり覆い隠すほどの転移フィールドを開くには、集中する時間が足りない。

吉澤はとっさに横に駆け、跳んだ。
無数の氷の矢の外へ。
跳びながら、MP7の銃口を藤本に向け、引き金を引きしぼる。
しかし、藤本が新たに出現させた氷の壁に、またもや銃弾は阻まれた。


吉澤は、跳んだ勢いのままに床の上を一回転すると、片膝立ちになって
二挺のMP7のフルオート射撃を再開した。
新たな氷の壁はさらに高密度の分子で構成されているらしく、なかなか破壊できない。
その強度によほど自信があるのか、藤本は氷の壁の向こうで微動だにしなかった。

意識を集中させている。
吉澤がそう感じた瞬間、唐突に二挺のMP7が弾詰まりを起こした。
いや、違う。
吉澤は、MP7のグリップが異常なまでに冷たくなっていることに気がついた。
弾詰まりを起こしたのではなく、藤本がMP7を凍結させたのだ。

「くそっ!」
吉澤はMP7を投げ捨て、新たな得物を呼び出すべく、アポーツを試みた。
が、藤本のほうが先に動いた。
その手に氷の大鎌を出現させると、吉澤に向かって斬りかかってくる。
吉澤は腰のコンバットナイフを逆手に抜きながら、最初の一撃を難なくかわした。


藤本の攻撃は変則的だった。
上から振り下ろしてくるかと思いきや、柄を回転させて下から斬り上げてくる。
左から薙ぎ払ってくるかと思いきや、藤本自身がコマのように回転して右から斬りつけてくる。
しかし、それらすべての攻撃を、吉澤はことごとくかわしていた。

一瞬の隙をついて、藤本の懐に飛び込む。
この距離では、長柄武器である大鎌は使えない。
吉澤は、藤本の首筋めがけてナイフを繰り出した。
藤本が大鎌の柄でその一撃を受け止める。
が、ナイフはおとりだった。

防御が手薄になった藤本の腹部に、吉澤は強烈な蹴りを叩き込んだ。
その衝撃に、藤本の身体が大きく後ろに弾き飛ばされる。
アポーツ。
吉澤の手に光が踊る。
光の中から取り出されたショットガンは、その出現とほとんど同時に火を噴いた。
しかし、またしても銃弾は氷の壁に阻まれる。

それしか能がねえのかよ。
心の中で吐き捨て、吉澤はショットガンのフォアエンドを引き戻した。
その銃口の前に転移フィールドを開くべく、意識を集中する。
敵が遮蔽物を取っているときに、銃弾を遮蔽物の向こうへと転移させる技。
銃弾跳躍。
吉澤はそう呼んでいた。


転移フィールドが開いたとき、藤本が銃弾跳躍に気づいた。
その場を離れようと、とっさに走り出す。
吉澤は即座に引き金を引いた。

空間の歪みへと撃ち出された散弾は、数瞬前に藤本がいた場所で炸裂した。
直撃はまぬがれた藤本だったが、飛散した散弾の一部が足に当たり、
その弾みでその場に倒れ込んだ。

たいした怪我じゃない。
致命傷を負わすべく、吉澤は藤本に銃口を向けた。
体勢を崩しながらも藤本が左手をひらめかせると、サッカーボール大の氷の塊がふたつ、
吉澤めがけて飛来してきた。

藤本の思わぬ反撃に、吉澤は一瞬狼狽した。
ひとつめの氷塊はショットガンの一撃で粉砕したが、ふたつめの氷塊は避けきれず、
吉澤の肩に直撃した。
その衝撃と痛みに、吉澤は思わずショットガンを取り落とした。


負傷した肩を気にも留めず、吉澤はすぐさまショットガンを拾い上げた。
真正面から撃っても、藤本はまた氷の壁で防いでくるだろう、と吉澤は思った。


藤本は、吉澤が再度銃弾跳躍を仕掛けてくると直感した。
ショットガンを凍結させるべく、手をかざして念を送りはじめた。


ショットガンの温度が急激に低下するのを感じながら、吉澤はフォアエンドを引いた。
射撃姿勢をとり、意識を集中する。
狙いは、藤本の胸部。


やはり、銃弾跳躍。
そう確信しながら、藤本はなおも念を送りつづけた。
ショットガンはもうすでに、その作動温度域を下回っているはずだ。



吉澤は引き金を引きしぼった。
しかし、銃声は響かない。
ショットガンの機関部は完全に凍結していた。
にやり、と藤本が笑った。
その刹那。



光が走った。
光は一条の筋を残して、一直線に藤本の胸を貫いていった。

灼けつくような痛みが、藤本の全身を駆け抜けた。
天地が逆転する。
気づいたとき、藤本は床に倒れふしていた。
その胸から流れ出た血が、床の上にゆっくりと広がっていく。

「銃弾跳躍でくると思ったろ?残念だったな」

凍結したショットガンを放り投げ、吉澤が藤本を見下ろす。
言葉を発しようとして、藤本は苦痛に顔をゆがめた。
藤本の口の端から血がつたう。

「なんで……」

藤本がようやくそれだけ言うと、吉澤はあごをしゃくって室内のある一点を指し示した。
藤本が目を向けた先にあったのは、壁に埋め込まれた監視モニターだった。
モニターの中では、里沙を救出しにきた少女たちが、相変わらず激しい戦闘を繰り広げている。
その中のひとり、自然発火能力者の少女が、組織の手の者に向かって炎の塊のようなものを乱射していた。


「おもしろいだろ、あいつ。あいつは銃弾の弾丸部分しか使わない。
それをパイロキネシスで発火させ、サイコキネシスでぶっ放す。
私はそれを“借りた”だけだ」

身体を震わせながら、藤本が恨めしげな眼で吉澤をにらんだ。
その眼がなにかを訴えている。

卑怯だ。
そう言いたいのだろう。
しかし、今の吉澤にとっては、なんの意味も持たない言葉だった。
目的のためなら手段は選ばない。
魂は、もうすでに悪魔に売り渡してある。
魔女を殺すために。

「これで終わりだな」

銀色に光る拳銃をその手に呼び出しながら、吉澤は言った。
その言葉に自嘲的な響きが含まれていることなど、藤本が気づくはずもなかった。
凍てついた眼で吉澤をにらみつけ、のどの奥から血にまみれた声を振りしぼる。


「私を殺したら、呪ってやる」

藤本の言葉に、吉澤は不敵な笑みを浮かべた。

「死ぬ間際まで魔女らしいセリフ吐くじゃん」

言いながら、拳銃のスライドを引き、銃弾を装填する。

「でもな」

藤本を上から見下ろし、吉澤はその頭に銃口を向けた。
なすすべもなく、藤本は血走った眼で吉澤を見上げた。
怒りと憎悪に彩られた眼。
吉澤は、その眼差しを真っ向から見返し、言い放った。

「魔女なんていまどき流行らねえんだよ」

なんのためらいもなく、吉澤は引き金を引いた。




海上の監獄。
その名のとおり、この島の中心部には巨大な監獄がそびえ立っている。
今、その監獄のいたるところで爆発が起こり、方々から火の手が上がっていた。

ほんとにハデにやりやがって、あいつら。

小高い丘の上に立ち、吉澤はその光景を見つめていた。
ふと、燃え盛る炎の中に、必死に戦う彼女たちの姿を見た気がした。

助けに行こうか。

一瞬考えて、吉澤はかぶりを振った。
これは彼女たちの戦いだ。
そして、自分の戦いはもう終わった。


その場を立ち去ろうと監獄に背を向けかけたとき、不意に一陣の風が吹き抜けた。
なにかに呼ばれたような気がして、吉澤は監獄を振り返った。
急激に燃え広がる炎が、夜の闇を赤く染め上げている。



「気は済みましたか、吉澤さん?」

突然、後ろから声をかけられた。
声の主を振り返りもせず、燃え上がる監獄を見つめたまま、吉澤は問い返した。

「あいつは、生き返るのか?」

あらかじめその答えを用意してあったかのように、彼女はよどみなく言った。

「いいえ。あなたを殺した藤本美貴は死にました。生き返るのは、別の藤本美貴です」

矛盾している。
吉澤は思わず皮肉な笑みを浮かべた。
生き返って別の人間になるというのなら、なぜ自分は復讐など欲したのか。

「約束です。復讐を黙認する代わりに、あなたは組織のために働く。
今あるあなたの生は、もともと……」
「紺野」

その言葉を静かにさえぎり、吉澤は紺野あさ美を振り返った。

「わかってるよ」

紺野と目が合う。
感情のない表情。
かつてと変わらぬ黒い瞳に、今は光を見出すことができなかった。



また、風が吹いた。
その髪を巻き上げる強い風に、紺野は少し顔をしかめた。
吉澤はほとんど無意識のうちに、再び監獄を振り返った。
炎はさらに燃え広がり、その勢いを増している。


「あなたの思考は“調整”されます」

唐突に、紺野が言った。

「好きにしろ」

なんでもないことのように、吉澤は答えた。
星ひとつない夜空を仰ぎ見る。
あの漆黒を、地上の炎が照らすことはあるのか。


「ほんとうに、それでいいんですね?吉澤さん」

紺野の言葉に、かすかに感情が灯る。
吉澤は、それに気づかないふりをした。

「吉澤ひとみは死んだ。今日、ようやくな」

燃えゆく監獄に背を向け、吉澤はゆっくりと歩き出した。
風が吹き抜けていく。
もう、振り返りはしなかった。























最終更新:2012年11月24日 14:16
添付ファイル