(08)633 『風見鶏と夜猫』



「よっ!」


そう言いながら、こんな深夜に彼女は絵里の病室にやってきた
ここの面会時間は20時まで。
絵里は20時までのシンデレラ。
彼女がそんなお約束を守った試しなんて無い

「これきょーの売れ残りとか、そんなん。」
絵里のお腹のあたりにぽすんとビニール袋を置くあなた
無造作のそんな動作からは考え付かないような、こったケーキ

これ、売れ残りじゃないんでしょ?
だっていっつも温かいもん。

「なに、にたにたしとるとー?」
怪訝そうな顔をしながらぽりぽり頬を掻いて、窓辺に移動するあなた

こんな時間にケーキなんて体に良くない
だから大好き

「おいしそー、いつもありがとね」
「別にー売れ残っただけやけん」

自分が入ってきた窓を閉めながら彼女-田中れいなは囁いた



甘いチョコケーキ
飲み込むのがもったいないくらい美味しい、繊細な味わい。

もぐもぐしながら月明かりに照らされるれいなを見て、
いろんなことを思い返す

思えばれいなとだって結構長い縁だ
最初は血なまぐさい、怖い人だと思ってた。
さゆが真ん中にいないと、とても気拙くてやってられないような、うわべだけの関係。

印象は今も大して変わらない
れいなは血なまぐさくなる、私達のために
怖い人、特に自分に

れいなは私と違って、外の世界をよく知ってる。
自由の孤独を知ってる
私はれいなと違って、庇護下をよく知ってる。
鳥篭の孤独を知ってる


れいなの人生全部知ってるわけじゃないけど
絵里の人生全部知られてるわけじゃないけど
こうやって2人の分岐が交じった

同様に9人の分岐が交じったリゾナンター



みんな違うから、
みんなを助けれるんじゃないかな

自分が一番不幸なんて思って生きてきたけど
今は違うの。みんながいるんだ。
絵里、一番じゃないかもしんないけど幸せ

傷を舐めあって生きてる訳じゃない
あたしたちの絆は、そんなネガティブなもんじゃない
絵里たちはそれぞれ、過去に抗いながら、誇りを持って生きている
支えあって、今を生きてる


この心臓いつまで動くのかな
頑張って欲しい。みんなと一緒に生きる為に
みんなの支えになるために


「相変わらず遅いっちゃね、食べるの」

全部食べ終わったら、容器を持ってれいなが帰る
遅いのは認めるけど、わざとさらに遅く食べてるんだよ?

「絵里、言っとくけど、ちゃんと歯磨きするっちゃよ?」
「えーめんどくさーい」

そう言って笑いあう。




れいなが窓に足をかけて、
ぴょいんって、猫さんみたいに近くの木に飛び移った。

「じゃあ、また暇になったら来るけん」
「うん、待ってる。」

絵里が眠りにつくために、れいなはリゾナントへ駆け出していく
ありがとうは、言わないルール
それは、絵里がこの入院を終えてからって、決めてる


やっぱり、歯磨きってしなきゃいけないのかな
めんどくさいのも、ちょっとはあるの
それより、れいなの優しさがこの口の中に残る、
甘みに隠されてる、そんな気がしたから


「頑張るよ、絵里」

一番嫌いだったその言葉を、
わだかまり無く自分にかけて、
ベッドに転がりながられいなの消えた夜空を満たされた気持ちで見ていた



















最終更新:2012年11月24日 13:08