(08)505 『覆る偶然と繋がりゆく必然』



その日、二箇所に出撃要請が出た。
当然のように2班に分れて行動する。
愛ちゃんは両方の班に顔を出せるから、
片方の班長はガキさんになった。
もう一方の班は…

「じゃ、れーな。頼むわ。」

まるで当然のように向けられた言葉に頬が緩む。
こちらの方が反応が小さい。
愛佳とリンリンを連れての出撃。

「なるべく均等に行くようにするけどの…」

そう言う愛ちゃんやけど、本心はわかってる。
規模は明らかにガキさんらの方が大きい。

「大丈夫、むしろこっち早く終わらせてそっちの援護に行くったい!」

そう言って分れた。



簡単な戦闘。ルーティンワーク。
でもれなは気を抜くことを自分に許さなかった。
今この場で、二人の命を預かってんのはれーなやけん。

愛佳の予知するポイントにリンリンの炎を落とし、
とどめは自分。これが、れいなの作戦。


「田中さん、すぐ終わりましたね。」

きっちりした二人と敵の不存在の最終確認をして拳を合わせる。
良かった。れな役目を全うできた。

「じゃあ、あっち加勢しに行こう!」

その時にホンの一瞬だけ…心に隙があったみたい。
気付くと、目の周りに黒い闇。

「田中サン!!」

あ、ヤバい。れーな、しくった。
そう思ったときにはもう、世界がブラックアウトしてた。




ここは、どこ?
不快な感覚に目を開ける。
れいなの身体に纏わりついてるのは、スライムみたいな気持ち悪い拘束具。
残念やったね、別に気持ち悪いだけで他には何もないとよ。

慌てず状況確認。
目を凝らすと、ここはなんかの研究所?って気付く。
暗い室内に不似合いなカラフルな試験管が並ぶ。
ピンク、水色、赤、黄色…ポコポコ、コポコポ音を立てる薬品

「ぽんちゃん…おるっちゃろ?」

割と昔から勘の良かったれなにとって、
これだけヒントが揃えば答えを出されてるのと同じやった
もちろん、違ってたら良いとも思う

「さすがだよね、れーな」

ニコッと微笑む、ダークネスの狂研究者DR.マルシェ

「なん?れーなを人質にでもする気?
 愛ちゃんは強かもんね。こうでもせんと勝てんのやろ?」

状況は最悪やけど。ちょっとでも強がりを言ってみる。
でも彼女の微笑には寸分の変化も見て取れない。
むしろ先ほどよりも嬉しそうでもある。くすくす笑いながら口元を押さえる。


「な、なんがおかしいと?」
「や、なんかれーなだけがちゃんと敵扱いしてくれて嬉しいなって」

ホントはれいなもみんなと変わらん。なんで裏切ったのか…問い詰めたい。

「それに、あい…ちゃんじゃなくて、今日はれいなに用事があるの」
そう言って、彼女はれいなの肩に手をかける。な、何する気と!?
れなの期待とは…き、期待ってなんね、
「思惑!」とは違って、れなの首に下がってるペンダントを外した

「な、それは!!」
「ちょっと借りるね、すぐ返すよ。れいなの大事なものだもん」

ペンダントの中身は両親を事故で失ったれなに唯一遺された家族写真。
ロケットなんてつけてて恥ずかしいっちゃけど…れなの宝物。
DR.マルシェは、れなのロケットを開けて中身を確認する。

「れーなのご両親は何されてたの?」
「何って……普通の、仕事…」

そう言われ次々と記憶が蘇生されてゆく。
れなの家族は、自慢じゃないけど仲良かった。
家族の存在自体が悲しみに彩られたものじゃなかった。


その家族を失ったことが、れいなの悲しみの始まり。




「もー、れーな、行かんもん!!」

あの日、みんなでお買い物に行くって言ってたのに
れなだけ、ちょっと気に食わんことがあって家に残ってた。
ホントに些細なこと。小さなことでママと喧嘩した。

独りで家におって、冷静になって、れなが馬鹿やったって気付いた。
パパとママが帰ってきたらちゃんと謝ろうって
いつもはせん、部屋の掃除とかもして待ってた。



でも、二人は帰ってこんかった。

明け方に電話が鳴った。

警察の人からで。
…事故だって言われた。


れなは、2人を看取ることさえ、出来なかった。
自分から何か温かいものが消えていくのを感じた。
孤独の始まりやった。



両親の遺産に群がった親戚に、たらい回しにされた後、
れーなは孤児院に入れられた。

トモダチって名前の一緒にいる人間はいた。
でも誰かといても、れーなはずっと独りやった。
れいなのせいっちゃろ?そんな気持ちが自分を支配してた。
あの時きちんと言ってたら、時間はズレてた。
2人は死なんかったかもしれん。

掻き消したくて、
夜な夜な抜け出しては喧嘩に明け暮れた
叱られた、れなの為じゃなく、孤児院を守る為に叱られた
見せ掛けの愛情、見え透いたウザい言葉、そんなのが全部聞きたくなくて、
孤児院自体も飛び出した。
夜の闇に紛れて、自由に過ごしたのに、気持ちは、晴れない。

いつも見えない声を上げてた。
空に向かって、両親に向かって。
この胸の苦しみが孤独だと、自分でもわからないものだったのに、
ある日、それが届いて、れいなは救い出された。


今でも悔やんでる。
孤独は消えても、後悔は残った。
あんなクダラナイことで、れなのせいで
パパとママは死んだって考えて、時々眠れんくなると。



「ごめん、辛いこと思い出させちゃって。」

敵なのに酷く優しい表情をしたDR.マルシェにそう言われる。

「辛くなんか、なかと。今は愛ちゃんやみんながおるけん」
強がりだったけど、それは強がりだけじゃなかった。
悲しいけど、寂しくはない。

「ごめんね。」
真剣な顔で、もう一度彼女は言った

「今のは、これからの分のごめん」
そう言われながら再びロケットを戻すために、
彼女の手がれなの首に近付いてくる



ぱしっ!

その手はれいなに届くことなく、止められた


「れいなに触れんで」

光を纏って表れた、リーダーによって



「あさ美ちゃん、どういうつもりやの?」

愛ちゃんはれなにだいじょぶけ?って優しく笑いかけてから、
DR.マルシェを睨んだ。その気迫。ピリピリと空気が歪む。

「ちょっと、お話したかっただけだよ。」
この気迫の中でも、DR.マルシェは笑顔を崩さない。

「れいなのこれ、解いてや」

 あんたが作ったんやろ?こんな悪趣味なもん。

普段の愛ちゃんとは違う、剥き出しの敵意。
裏切りへの憎しみじゃない。
れいながこうなってることに怒ってくれてるんやって嫌でもわかる。

「もうちょっと話そうよ。
 そうだな、リゾナント・アンプリファイアについてなんてどう?」

 共鳴増幅能力。「共鳴」と表現するのにこれ以上適した力はないよね。

掴まれていた手を振りほどき、
移動しながら話し始めるDR.マルシェ
愛ちゃんは彼女とれいなの間に立って、あくまで攻撃の姿勢を崩さない。


「ワタシも以前使っていたような、癒しの力とは根本的に違う種類の促進」

 いわば、外部からの促進。
 闘いにおいてこれほどあり難いサポートは無いわ。

「自覚症状はある?自分が相当レアな力を持って生まれてきたって。」

気にしないようにしても、否が応でも考えさせられる。
自分の能力…れーな一人だけじゃ、ただの人と変わらない
そもそも、備わってることさえ半信半疑だ
レアかどうかなんてもっと分からない高次元の事柄だ

「ないよね、普通。本当に皮肉なものだよ。
 誰よりも能力を憎み、その打消しに尽力しておられた
 田中博士の娘に、よりにもよって増強の力が宿るなんてね。」


「たなか…博士?」
その名前に先に反応したのは、愛ちゃんだった。

「そんな、確かに…そうやけど…」
思い当たる節があるらしい愛ちゃんと
突然のことで全く頭の働かないれいな。
話を続ける、DR.マルシェ。



「22年前、ダークネスにおいて、ある子どもの作成が行われたわ…
 ダークネスの野望を達成する為の最強の能力者、i914。
 瞬間移動。全てを光の粒子に変換し、またその再生も可能。
 愚かな人類の声を聞き、根絶やしにするための精神感応。」

「そ、それって…」
聞き覚えのある力じゃない?れいな?
そう促される。聞き覚えも、なにも、まるで…

「そう、それが愛ちゃん。そうでしょ?愛ちゃん」

彼女の口から紡ぎだされる信じられないような話。
でも愛ちゃんの青い顔からそれが真実だと、否が応でもわかる。

 泣ける話でしょ?それなのにダークネスを倒すだなんて。
 自分の生まれを否定するようなものだわ。
 どういった経緯で自分の生みの親に楯突くのか理解できないけどね

「そのプロジェクトの責任者の名前が、た…」

言い終わらないうちに、愛ちゃんがDR.マルシェに飛び掛った

しかし、触れた肩口からスライムが発生して
愛ちゃんの指に纏わりつく


「いやあああああ!!」

膝からがくんと力の抜ける愛ちゃん
ほんの少量なのにそれを取ろうと必死になってもがいている

「愛ちゃん、れいなをそこから出せないってどうしてわかったの?
 自分が入ってた培養液と同じだって本能が教えたからでしょう?」

 困るもんね、赤ちゃんが瞬間移動したら。
 実験が終わったらいつも押し込まれるように培養液に入れられてた
 記憶にはなくても、脳の記録には残ってるもんなんだね
 だから愛ちゃん、その名残で水が怖いんでしょ?

あくまでも冷静に冷酷に話を続ける、Dr.マルシェ
れいなはわかっていた。この矛先が次にれいなに向くと

「その作成の責任者として白羽の矢が立てられ
 組織に連れてこられたのが、天才博士、田中夫妻。
 そう、あなたの両親よ、れーな」

「聞かんでええ!聞くな、れーな!!」

足がいう事を聞かなくなった愛ちゃんの悲痛な叫びだけが木霊する
無理だよ、愛ちゃん。
れーな、耳も塞げない。ううん、もし手足が自由だったとしても動けない。



「999体の赤子の犠牲によって研究はこの通り成功したわ。
 もっとも受精卵レベルならとんでもない数なんでしょうけどね。」

 ダークネス様も目を見開くような、怪物がこの世に誕生した
 組織内での田中夫妻の地位も研究局の地位も格段に上がった

「でも、それとは反比例するように博士たちの懺悔の念は増していく。
 i914のあまりの高性能ぶり、つまり、殺戮能力に恐怖して。
 データを取りながら気付いたの。人間が手にして良い能力じゃ、なかったってね。」

 毎日上層部から義務付けられる データの収集
 何人 どのように 何秒で
 機械よりも 正確に 感情も無く任務を成功させるのは まだあどけない幼児
 人の生きた証など微塵も残さない 有を無にする 残酷な力

「夫妻はi914の抹消を計った。でもできなかった。」

 罪も無い子どもをこんな風にして、
 消してしまえば良いなんて、恐ろしいことだと気付いたそうよ 
 それに、914番の子どもだけ、夫妻の仲間の子どもだったの。
 研究者同士の子どもが一人、献体されていた

「そこで、博士達は幽閉されていた母親と共にi914を逃がした。」




 逃げたi914の捜索にやっきになっていた組織の警備は甘かった
 田中博士達もまた組織を後にしたの

「夫妻は自分たちの犯した罪を悔やんだ。
 その莫大な財産で自分たちのラボを作って研究を始めたわ。
 アンチリゾナントなんて目じゃない力
 異能力そのものの消去を目指して。」

 その成果は何度かある人間に宛てて送られていた。
 発見され連れ戻された、高橋研究員の代わりにi914の育成を担った、
 彼女の母親、つまりi914の祖母の住所にね。

「愛ちゃん、お母さんの持ち物の中に入っていたんでしょう?
 田中博士からの手紙。」

 だから名前知ってたんだよね?
 田中なんて多いから、親子とは思わなかっただろうけど。

「夫妻は十数年、上手く逃げ延びて研究を重ねたみたい。
 抜けて数年後には、子どもにも恵まれた。
 でも、わかるでしょ?れいな。」

ショブンサレタ。ミツカッテ。
「事故じゃないの、あれは、殺人よ」

凍りつく、れなの心。



「人がどうして異能力を手にいれるのか。
 その真理に最も近付いたのが、あなたの両親だった。」

 二人の文献を読むうちに、あなたの存在に気付いたわ、れいな。
 まさかこんな近くに金の卵がいたなんてね。

呆然とするれなの頬に、DR.マルシェの、ポンちゃんの手が触れる。

「あなたを調べたいのれいな。
 あなたの身体には、きっと能力を消すヒントがあるはず」

れーな、どうしたら、いいの?
いつの間にか流れてる涙を拭うのは、れなではなく、ポンちゃん。

「能力の無い世界。
 これが一番の平和よ。私たちはこの力のせいで差別される。
 区別される。不当に、理不尽に。」

―わたしと一緒に来て、れいな―

れーなが我慢すれば、世界が、みんなが平和になると?
みんな、こそこそせんでも、生きていけるの?




「それは違う…」


陶酔しかけたれーなの目を覚ましたのは、
震える愛ちゃんの声。


「ただ消したからって、何も変わらえん…」

 それじゃ、悲しみは消えん。
 わかってるやろ?あさ美ちゃん…


「そんなの綺麗ごとでしょ?
 人は区別するわ!
 自分と違う、それを何よりも恐れる。
 ならこちらが、こちらから変わるしかないでしょ!」


弱い消えかけの声の愛ちゃんと
激昂して大きな声のポンちゃん

でも、なんだか、切羽つまってるのは…声とは逆に…



「……今日は、このくらいにするわ。
 これ以上はダークネスに見つかりかねない…。」

ぱちん、と彼女が指を鳴らすと
れーな達のスライムが消失した。

「れいな、また来る。それまでによく考えておいて」
「あさ美ちゃん!!」

少しずつ色を失って、消えていくDR.マルシェを必死に呼び止める愛ちゃん

「ホント、いい加減その甘いところ、直しなよ。
 あと、頼むからもう少し敵扱いして…
 れいなも苦労するね…」

れーなにだけ聞こえる声で
れーなにだけ見えるように笑顔を浮かべると

「これ、ロケット、ありがとう」

地面にロケットだけ残し、
彼女は闇に溶けた。




*  *  *


『異空間に飛ばされて、二人で共闘したんやぁ』
愛ちゃんは愛ちゃんらしくなく、
他のメンバーに完璧なウソをついてその日は解散した。


「愛ちゃん、あの…」
れなから愛ちゃんの部屋を訪ねた。
なんやのーれいな。そう言われながら頭を撫でられ、落ち着く


今日はいろんなことを知りすぎた。


「愛ちゃ…」
「れいな、あんたはここに必要や。」



「こんな力なんて要らんって。ずっと思ってきたし、
 これからもその気持ちが無いって言えばそれは全部ウソになるわ。」

 でもさ、何が違うんやろ?
 能力による差別とそうじゃない違いによる差別って



「何かの違いを認め合えん限り、
 あーしらはいつまでたっても孤独や。」

 そういう違いを乗り越えるためにはどうしたらええんやろね?
 あーしには大きすぎてわからんけどさ…

「積極的に受け取ることなんて難しいけど
 この力を持ってしまったことさえ、意味があるって信じたい」

 その意味が今はダークネスなんやけどな。
 なんか本末転倒やな。

「あーもう、何て言えば良いかわっかんねー」

そう言ってベッドに倒れ込み、ケラケラ笑う愛ちゃん。
わかっとーよ。そうやって無理に笑ってくれてるって。
愛ちゃんの言ってることも、なんとなくわかる。

「最善の方法が、能力の消去やってわかったら
 またそん時、あさ美ちゃんと協力する。
 でも、今あの子のしてることを肯定する気には、なれん」

まっすぐ天井を見上げて、愛ちゃんは断言した

「れいなは、やらんよ。あーしら、仲間やろ」

その言葉に目頭が熱くなって、
それがばれたくなくって、愛ちゃんのベッドにダイブした。



いろいろ聞きたいことがあった。

聞かれなきゃいけないことも。



ぐるぐると渦巻く気持ちを心の中に押し込みながら、
今日はとりあえず、
愛ちゃんの胸の中で眠りについた。





















最終更新:2012年11月24日 13:00