(08)442 『スパイの憂鬱2』



アパレル関係の仕事をしているということにしてる里沙は、いかにも仕事帰りに寄ってみましたと
言わんばかりの雰囲気を纏いながら喫茶リゾナントの方へと足を向ける。
どうせだったらどこかの大学生って設定だったらよかったのだが、ガキさんは大学生ってキャラじゃないと
先輩達に揃いも揃って却下された。

そのため、里沙は泣く泣くアパレル関係の仕事に勤めているOLという設定を受け入れたのだった。
OLとか今時使わないだろってツッコミを入れたかったけれど、ツッコミを入れたところで
その100倍の逆ギレが返ってくることが分かっていたから、里沙は言うに言えない。
早く下に後輩を持って、えらそうにしてみたい。
そう思いながら、里沙はリゾナントのドアを開けた。


「あ、新垣きタ。新垣、バナナ食えバナナ、健康にいいゾ」


里沙のことを呼び捨てにし、バナナをやたらと勧めてくる女。
リゾナントインディゴこと、ジュンジュンである。
ジュンジュンは中国出身で、念動力と獣化能力が得意らしい。
まだ、力を使ったところを見ていないのでそれがどの程度のレベルで得意なのかは里沙には分からないのだが。
そして、日本に来てから日が浅いせいか、日本語の使い方がおかしい場面が多々ある(他のメンバーからの情報)

特に、壊滅的と言ってもいいくらい敬語の使い方がおかしい。
この間名字の後にはさんをつけなさいと教えたばかりだというのにも関わらず、
今日もジュンジュンは里沙を新垣と呼び捨てにした。
正直、わざとなんじゃないかと思いつつ里沙は苦笑いで言葉を紡ごうとする。その時だった。



「あー、バナナいいなぁー、小春にもちょーだい!」


脳天気なアニメ声を響かせて、ジュンジュンと里沙の間に割り込んできた女。
リゾナントレッドこと、久住小春である。
念写能力、幻術能力に加えて発電能力を備えた万能タイプの能力者らしい。
だが、小春に関してもまだ能力を使用したところを見たことがないため、どの程度のレベルかは分からない。
それもそのはず、久住小春は芸能人という特殊な職業についているため、出撃回数は極端に少ないのだった。

里沙が戦闘に赴く時に、小春もいたということはまだない。
ただ一つ現時点ではっきりと言えることは、小春は黙っていれば聡明な感じの美少女なのだが、
しゃべった途端にそのイメージが一瞬で崩壊するということだ。
小春は里沙にと差し出されていたバナナを普通に奪い、皮をむき出す。
その傍若無人とも言える振る舞いに、ジュンジュンが切れた。


「久住サン、それは新垣のバナナでス!勝手に順番に割り込みしたら駄目でス!」

「えぇー、いいじゃん別に。バナナ沢山あるんだしね」


言い合いを始めた横で、里沙はため息をついた。
やはり、ジュンジュンがあたしに対して敬語使わないのはわざとだな、と。
そして、小春、お前は金ガンガン稼いでるんだからバナナの1本や2本で揉め事起こすな。
バナナなんてトン単位で買えるだろお前の給料なら、っていうかこれ以上ジュンジュンを怒らせるんじゃない。
こめかみのあたりに筋浮いてるし。


くだらない言い合いに軽く頭が痛くなってきた里沙の肩を、優しく叩く女。
リゾナントグリーンこと、リンリンである。
ジュンジュンと同じく中国出身であり、念動力と発火能力を使える戦闘系能力に長けた能力者である。

一緒に買い物に出かけた際にダークネスの襲撃を受けたのだが、リンリンは見事にそれを撃退した。
身体能力もそこそこあるようで、リゾナンターの中ではかなり戦える人間だと里沙は報告書に記している。
リゾナンターに入って日が浅い里沙がこうして悩まされているのを察して、励ましてくれる優しさ。
この子だけは、何か起きた時には見逃して貰えるように計らいたいものだと里沙は常々思っている。


「新垣サン、いつモのことダから気にシテはいけまセン。ああ見えテ、2人は仲いいんですヨ」

「リンリン…本当にそう思ってる?」

「あー、うー、ば、バッチリデース?」


里沙とリンリンの目の前では、獣化したジュンジュンと両腕に電流を絡みつけた小春がにらみ合っている。
どっちもマジモード全開にしか見えないのだが、これで本当に仲がいいように見えるのならリンリンを
心療内科あたりにでも連れて行くべきかもしれない。
頭痛が増してきたことを感じながら、里沙は洗脳能力を駆使して目の前で起きようとしている不毛な争いを
止めようとした、その時。



「2人ともしょうもないことで暴れるんじゃなかと。店が壊れたらどうするっちゃ」


今にもバトルが勃発しそうな緊迫した空間を意にも介さずに、ジュンジュンと小春の間に割って入った女。
リゾナントブルーこと、田中れいなである。
共鳴増幅能力という他に類を見ないレアスキルが使える以外は、特にこれといった能力は持っていない。
その代わりと言っては何だが、身体能力にかけてはリゾナンター屈指の実力の持ち主である。
先日も里沙の先輩の1人であるミティ(本名は藤本美貴)に、見事なまでの蹴りを炸裂させていた。
肋が何本か折れたであろうミティに同情しながら、れいなの身体能力は要注意であると報告書には記しておいた。

戦いが終わった後電話口でさんざんあいつ締めると呻いていたミティに、眠さの余り締めるのは
勝手だけど頼むから夜中の3時に電話をかけてこないでくださいと言って、壮大に逆ギレされたことを思い出す。
ダークネスに帰ったらきっとボコボコにされるんだろうなぁと、里沙は今から恐怖に震えていた。

れいなはそのまま、ジュンジュンと小春それぞれに軽く拳骨を落とす。
とは言っても2人と比べると10センチは低い身長のれいな、拳骨するために飛び上がったりするものだから
余計な勢いがついて2人の頭に炸裂した、鈍い音付きで。
常人では考えられない身体能力を持ったれいなの拳骨の威力は、炸裂した瞬間床に転がってそのまま動かない
2人の姿を見れば視覚的には充分伝わってくる。


やりすぎたっちゃーと言いながらアワアワしているれいなはなかなか可愛いなと思いつつも、このまま
床に転がられていては他の客が来た際に迷惑になるのは目に見えていた。
里沙はれいなとリンリンに早くここからどかすよと言い、素早く小春の肩を抱いて体を起こす。

その言葉に弾かれるようにれいなはジュンジュンを抱き起こし、リンリンはバッチリデースと叫んだ。
頼むからリンリン、バッチリとか言ってないで手伝ってと里沙は心の中で泣いた。
リゾナントに着いてから10分もしないうちにこんな調子である。
意識のない小春を必死に店の奥に運びながら、里沙はもう帰りたいと心の中で延々と呟き続けた。




















最終更新:2012年11月24日 12:50