(08)380 『スパイの憂鬱1』



新垣里沙は「洗脳-マインドコントロール-」という超能力を
使えるということ以外は、いたって普通の19歳。
生まれ持った能力のせいで血の繋がった家族に疎まれて、
里沙はどこに行くあてもなく街を彷徨い歩いていた。
何もかもが敵に見えて辛かった日々は、1人の女性が里沙の前に現れたことで終わりを告げる。

「行くところがないなら、うちにおいでよ。キミも能力者なんでしょ?」

目の前で天使のように微笑む女性に、里沙は一瞬で心を撃ち抜かれた。
何処にも居場所がないんだから、何処に行ったって同じ。
ならば、目の前で微笑む彼女の誘いにのるのもありだ。
けして、目の前の女性に一目惚れしたから誘いにのるわけではないと、里沙は自分に必死に言い訳をする。
その日、里沙は一匹狼な超能力者から、ある組織の構成員へと生まれ変わった。
それは同時に、里沙にとって後悔の日々が始まるということでもあったのだが。



里沙は悪の組織ダークネスの一員、一番の新入りで下っ端という立場である。
ちなみにダークネスという組織名は、組織のボスである中澤裕子(コードネーム募集中)が
「悪の組織なんやから、こう悪っぽい感じの英単語で…うーん、ダークネスでええんちゃう?」という、
鶴の一声で決まったらしい。
何の捻りも面白みもない名前であるが、覚えやすくかつ悪っぽいという点では優秀だと
里沙は常々思っている、ていうかそう思いこむようにしてる。
そう、深く考えてはいけないのだ、何事も。

悪の組織ダークネスの目的はずばり、世界征服。
構成員が10人いるかいないかの組織だが、野望は大きい方がいいということでそうなった。
正直、いくら超能力が使えるとはいえ大風呂敷広げるのにも程があるだろと里沙は思うのだが、
里沙の立場は一番の下っ端、何も言えるわけがないのである。
ていうか、ツッコミいれたら逆ギレされるのが目に見えてるのにわざわざ言う必要はないのだ。


とりあえず、悪の組織を名乗るからには何か行動を起こさねばならない。
そうして、まずは組織の存在を強く世間に知らしめるのだ。そう考えたボスの命令により、
構成員はあらゆることに手を出した。
里沙はまだ下っ端でろくに戦闘技術を身につけてなかったから、愛しのあの人が教育係となって
戦闘訓練を毎日行う日々を過ごしている。
天使みたいな顔で容赦なくしごかれたが、彼女は里沙が課題をクリアした時には
見てる里沙が溶けそうな笑顔で頭をなでてくれたりした。
逸れた話を元に戻すと。

ある先輩は街の人間達を氷漬けに、ある先輩は念動力を使い人々を切り刻んだり。
小規模だけど怪事件を引き起こしては、街の人間達を恐怖のどん底に陥れていた。
それは、一時的にでしかなかったが。
何か行動を起こせば、その行動に対する反動も起きるわけで。
事件を起こせば、それを解決するために立ち上がる人間もいるのだ。
それが、ダークネスの対抗勢力である「超能力戦隊リゾナンター」であった。


ダークネスが事件を起こせば、リゾナンターがそれをすぐに解決してしまう。
しかも、事件を起こす度に構成員達はボコボコに倒されて回復に時間がかかる、
ダークネスには治癒能力を使える能力者はいないから。
これでは、世界征服どころか組織が壊滅してしまう、そう危惧したボスは里沙にこう告げた。
新垣、お前、リゾナンターに潜入してヤツらの弱点を探ってこいや、と。

そんなこと言われても、まずどうやってリゾナンターの面々と接触すればいいのかと途方に暮れていた里沙は
ある作戦を考えついた。潜入作戦は以下の通り。

  • 構成員にわざと里沙を襲わせ、リゾナンターをおびきよせる

  • (構成員には申し訳ないが)構成員を退治してもらい、リゾナンターに助けてもらう

  • 助けてもらった後、リゾナンターに私もあなた達と共にダークネスと闘うと訴えてみる

上手くいくかも分からない上に、構成員が1人確実にボコボコにされてしまうわけではあるが、他によい案も
思いつかない里沙は駄目もとでボスに聞いてみた。あっさりと、えぇんちゃうの一言で片付けられる。
そのボスの一言で、里沙以外の構成員は凍り付いた。誰が好きこのんで、わざわざぼこぼこにされにいかねば
ならないのか。だが、ボスが一度決めたことはけして覆らない。立候補する物好きがいるわけもなく、公正な
抽選をすべくあみだくじを使用した結果、粛正人Rが選ばれた。
粛正人R(本名は石川梨華)が選ばれた時のことを、里沙は今でも忘れない。


『新垣、あんた失敗したらどうなるか分かってるんでしょうね?
絶対成功させないと、あんたをズタズタに切り刻んでやるから!そのつもりで作戦にあたりなさい!』

般若のような形相で言われては、意地でも成功させるしかない。でなければ、粛正人Rは本気で里沙を切り刻むだろう。
ダークネスには治癒能力者がいないため、切り刻まれることはそのまま死を意味する。里沙は恐怖におののきながら、
もっといい方法を考えつけなかった自分を呪ったのだった。そして、それと同時に愛しい人がボコボコにされる役に
ならなくてよかったと安堵のため息をつく。彼女にだけはそんな汚れ役をやらせたくはない、彼女は常に天使のように
微笑んでいてくれるだけでいいのだ。それだけで、こんな組織に入ってしまった後悔さえも流れていくのだから。
失敗したら自分の命の保障がないというのに、こんな時でも恋心は忘れない里沙であった。


作戦の結果はというと。粛正人Rの迫真の演技が功を奏し、里沙は見事にリゾナンターに潜入することに成功した。
 …うん、演技だったと信じたい。意気揚々と仲間である里沙に念動波を撃ちまくる粛正人Rは、本当はこんなこと
したくないのにとか思っていてくれたと。後コンマ数秒反応が遅れたら、確実に致命傷になるような本気の念動波が
ボンボン飛んできたけど、きっと演技、っていうか演技であって。
余りの攻撃に、敵であるリゾナンターに本気で助けてと懇願してしまった。
里沙は潜入作戦のせいで粛正人Rの存在がトラウマになったものの、作戦自体は成功したから
よいと思うことにしている。数週間経った今でも、粛正人Rに追いかけ回されて致命傷を食らう夢を見て、
全身に冷や汗をかいて目覚める朝だけど。

里沙は毎日のように考える。
ボスの命令は絶対とはいえ、何故リゾナンターの一員になってしまったのかと。
今日も、里沙にとって頭の痛い一日が始まる。




















最終更新:2012年11月24日 11:19