(08)270 『Heros holding hands(後編)』



あぁ、絵里・・・ここで愛ちゃんに殺されちゃうんだ。
もう、絵里に抵抗する力は残っていなかった。
今から訪れる死を正当化する以外、何もできなかった。
愛ちゃんが言うなら、今が死に時なのかもしれない。
ダークネスに殺されたり、病気で死ぬぐらいなら、愛ちゃんに殺される方がいいよね。

「ありがとう、愛ちゃん」
「うん、じゃあね」

愛ちゃんが力を込めようとした瞬間―

「やめろおおおおおお!!!!」

強い光が絵里の視界に広がった。
何・・・!?

「っ・・・なんだこの光は・・・!?」
「絵里から、離れろ・・・っ!」

―ドクン

また心臓が大きく波打った。
でも、さっきとは違う。
これは・・・共鳴・・・?

「絵里!今や!!」
「・・・!」

本当の“愛ちゃん”の声が聞こえた。
ありったけの力を込めて、絵里はかまいたちを起こした。



「うあああああ!!!!」
「ぐ・・・うわあああ・・・!」

かまいたちを浴びた“愛ちゃん”は、その場に倒れ込んだ。

「愛ちゃん!!」

強い光を放っている愛ちゃんのそばへ、絵里は駆け寄った。

「私は、何があっても絵里を殺したりなんかしない」
「・・・!」
「絵里が死んでもいい理由なんて一個もないんやから・・・」

脇腹を押さえながら、愛ちゃんは立ち上がった。
絵里も、それを支えるように立ち上がる。
かみたちを浴びた “愛ちゃん”は、光のせいで力が弱まっているようだった。

「愛ちゃん・・・」

絵里は強い共鳴を感じながら、また涙を流した。
愛ちゃんのぬくもりが、身体中に感じられる。
これが・・・絵里の知ってる愛ちゃんだ。

「くそっ・・・なんだこれは!聞いてない!聞いてないぞ!!」

“愛ちゃん”はひどくうろたえた様子で、叫び始めた。



「一体何を考えている・・・?」
「さぁね・・・。得意の能力で、読み取ってみたら?」
「言われなくても、そうさせてもらう!」

そう言って、“愛ちゃん”は精神感応を使おうとした・・・はずだった。

「っ・・・う、あ・・・うわああああ!!!!」
「え・・・?」

“愛ちゃん”は頭を抱えて倒れ込んだ。
一体何が起こったのか、絵里には全くわからなかった。
愛ちゃんの方を見ると、寂しそうで、苦しそうな、なんだか複雑な表情をしていた。

「絵里」

愛ちゃんは絵里の名前を呼ぶと、喚いている“愛ちゃん”の方へ歩き出した。

「精神が、能力に負けた結果や」
「え・・・?」
「それだけってわけではないんやけど」
「はぁ・・・?」

絵里にはさっぱりわからなかった。


敵が倒れたのに、愛ちゃんが苦しそうな顔をしている理由さえも。

「一体・・・何が・・・」

“愛ちゃん”は、ハァハァと大きく息を吐きながら、絵里達を見上げた。

「能力の過剰使用」
「なん、だと・・・?」
「精神感応は、そんな風に使うもんやないよ」
「クックッ・・・本物からの忠告のつもりか?」
「寂しい人やね」
「私はオリジナルになってみせる。アンタみたいに、逃げたりしない」
「逃げたつもりはない」
「人間になりすますことで、殺人兵器という自分から逃げたじゃないか」

さつじん・・・へーき?
聞き慣れない言葉が耳に入り、絵里は思わず愛ちゃんの方を見た。
でも、愛ちゃんは倒れている“自分”を見たままだった。

「自分の過去を忘れたことなんてない」
「・・・私も、アンタみたいになれるかな」
「i914みたいに?」
「いや・・・どうかな・・・」

“愛ちゃん”はニヤリと笑った後、ドサッと倒れ込んだ。

「ダークネスにおる限り、無理かもしれんね・・・」

愛ちゃんは、やっぱり寂しそうに呟いた。


「あーあ。やっぱり試作品じゃここまでか」
「「!?」」

頭上から声が聞こえ、絵里と愛ちゃんは反射的に身構えた。

「ミティ・・・」
「久しぶりだね・・・愛ちゃん、亀ちゃん」

そこには、かつて仲間だったミティが居た。

「安心してよ。今日は戦いにきたわけじゃないから」

ミティは倒れている“愛ちゃん”のそばに降りると、腕を掴んで持ち上げた。

「“これ”の回収にきただけ」
「相変わらずモノ扱いなんやね・・・」
「まぁ、大量生産されてきた内の一つだからね」
「そう・・・やね」
「じゃ、元気でね」
「ん、そっちもね」

愛ちゃんが弱々しく微笑みかけると、ミティは笑った。

「敵を気遣う癖、やめた方がいいんじゃない?」
「忠告ありがとう。でも、直らんなぁ」
「愛ちゃんはどーしようもないからねー」
「その通りだよ・・・本当に」

愛ちゃんの声がだんだん小さくなる。


絵里はとっさに愛ちゃんの前に立って、ミティを見た。

「あ、愛ちゃんをいじめないで下さいっ」
「言うようになったねぇ、亀ちゃん」

ミティは楽しそうに笑っている。

「もう美貴は帰るから、愛ちゃんのことよろしくね」
「もちろんです!」
「ん、じゃあねー」

手を振りながら、ミティ達は闇の中に消えた。
絵里の中の緊張がどっと身体から抜けるのがわかった。

「愛ちゃん?大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」
「早く帰りましょうよ、リゾナントに!」
「そうやね」

絵里は、愛ちゃんの身体を支えながらリゾナントを目指した。
そういえば・・・あの光はなんだったんだろう。
あれ以来、愛ちゃんのケガもちょっとだけ無くなったような・・・。
うーん・・・考えるのはちょっと専門外だから、もういいか。
とにかく今は、帰るのが先決!

「よーし、愛ちゃん。直帰しますよ!」
「ははっ。そやのー」



愛ちゃんの本当の姿とか、きゅーいちペ様とか、あの光のこととか・・・
わからないことはいっぱいだけど、またいつか・・・愛ちゃんに聞いてみよう。
今はまだ、どーでもいいや。
絵里の隣に愛ちゃんが居る。それだけで十分。

「愛ちゃん」
「ん?」
「絵里、生きますよ」
「・・・おぅ、当たり前やろ」
「うへへへ」

絵里が笑ったら、愛ちゃんも笑った。

―プルルルル

「あ!ちょうどさゆから電話が!」
「おぉーナイスタイミング」

その後、絵里はさゆがリゾナントに居ることを確認して、電話を切った。

「さゆ、リゾナントに居るみたいですから、早く治してもらいましょ!」
「うん、夕飯の準備もしなきゃね」
「そんなのれいな達に任せたらいいですって!」
「うーん・・・そうやな。お願いしよっかなぁ」
「そうして下さい!ぜったいあんせい、ですよ?」
「りょーかい」

愛ちゃんは観念したように笑った。



リゾナントに着くと、予想以上にボロボロだった絵里と愛ちゃんを見て、
みんなかなりびっくりしていた。
リゾナントの温かいオレンジ色の光や、みんなの顔を見た途端、
絵里は全身の力が抜けてしゃがみ込んでしまった。

「帰ってこれたー!!怖かったよー!!」

全身が包まれるような安堵感に、今まで止まっていた涙腺も緩む。
愛ちゃんも、脇腹の痛みをずっと堪えていたようで
「あーもうあかんわ」と言いながら倒れるようにしゃがみ込んだ。

さゆを中心とした治療が終わり、絵里達は上の階で休むようガキさんに言われた。
絵里と愛ちゃんは、1つのベッドに二人で腰掛けた。

「今日は大変でしたね」
「もう二度と戦いたくないな、アイツとは」
「そうですね・・・」

愛ちゃんになら殺されてもいい、と本気で考えてしまった自分を思い出して
全身にゾクゾクと寒気が走った。

「絵里」
「はい?」
「もし、もしな・・・私が、本気で仲間を殺そうとしたら・・・」
「愛ちゃん?」
「その時には、私を・・・」
「だいじょーぶですから!!」
「え、絵里?」

愛ちゃんの言葉を遮って、絵里は叫んだ。


何が大丈夫なのかわからない。
でも、その言葉を愛ちゃんに言わせたくなかった。

「愛ちゃんは、愛ちゃんじゃないですか」

本当の愛ちゃんが、一体どんな愛ちゃんなのか、絵里にはわからない。
殺人兵器だと言われても、絵里には理解できない。

「絵里、あのね・・・」
「いいんです!」
「絵里?」
「愛ちゃんが本当に話したくなった時に、話してくれればいいです」

きっと愛ちゃんのことだから、いつか話すつもりだったんだろう。
それなら、今聞くのはヤボってやつだ。
・・・ところでヤボって何?

「・・・うん、わかった」

良かった。
正直、愛ちゃんが話そうとしていたことを聞く勇気が、今の絵里には無かった。

「ありがとう、絵里」
「いえいえ」

本当の愛ちゃんが、どんな愛ちゃんだとしても、愛ちゃんは愛ちゃんだ。
絵里達が信頼するリゾナンターのリーダーであることに変わりはない。


「絵里、愛ちゃんのこと好きですよ?」
「な、なんやの、いきなり・・・っ」

愛ちゃんの顔が一気に赤くなった。

「あれ?愛ちゃん照れてます?」
「だって絵里が!」
「うへへ~。愛ちゃん可愛いなぁ~」
「ちょ、絵里、いい加減にしないと怒るよ!」

違う意味で顔が真っ赤になりそうなので、からかうのはこの辺でやめておこう。

「でも、本当のことですから」
「・・・私も、みんなのこと好きだよ」
「絵里もですか?」
「もちろん」
「じゃあ、離さないで下さいね」

絵里がそう言ってニコッと笑うと、愛ちゃんは声を上げて笑った。

「絶対離さないよ」
「絶対ですよ?」

絵里が愛ちゃんの手を握って、顔を覗き込むと
愛ちゃんはびっくりしたように顔を上げた。



「何があっても、絶対ここに帰ってきましょーね」
「うん、絵里も約束してよ?」
「もちろんじゃないですかぁー」

任せて下さい!と言って、絵里はドンと胸を叩いた。

「じゃあ破ったらどうしような」
「うーん・・・あ、小春とジュンジュンと一日遊園地とかどうですか」
「うえー!そいつは厄介だな」
「でしょ?でしょ?」
「じゃあそれで」
「よしっ!絶対破りません!!」

一回だけ、小春とジュンジュンと遊園地に行ったことがある。
あれは本当に大変だったなぁ・・・絵里、頑張った・・・!



「じゃあ夕飯までちょっと休もっか」
「そうですね。もう疲れましたよ、今日は」
「本当に夕飯ええんかなぁ・・・」
「だーいじょうぶですってばー!ガキさんもいますし!」
「そうやね。今日はみんなに甘えることにする」
「そうして下さい!では、おやすみなさーい」
「ちょ、絵里!」

絵里はそのまま後ろに倒れ込み、目を瞑った。
もちろん布団も何もかぶっていない。
足も宙ぶらりんだし。

「もー仕方ないなぁー」

そう言うと同時に、絵里の隣に倒れ込む音がした。
やっぱり、愛ちゃんなら寝てくれると思ってました!

「おやすみなさい」
「ん、おやすみ」

今日はいっぱい疲れたし、よく眠れそうだ。


様子を見に来たガキさんに、ちゃんと寝なさいと叩き起こされるまで、
絵里達は繋いだ手を離さなかった。

























最終更新:2012年11月24日 11:15
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