(08)229 『Heros holding hands(前編)』



「今日はありがとうございました」

病院からの帰り道、改めて愛ちゃんにお礼を言った。
今日は絵里の定期検診の日だった。
さゆが授業があるから一緒に行けないと言っているのを
聞いていた愛ちゃんがついてきてくれたのだ。

最近は心臓の調子も良く、普通の生活を取り戻している。
ただ、毎回言われるのは「絶対安静」ということ。
リゾナンターの絵里には、無理な話だ。
隣で話を聞いていた愛ちゃんも、その時ばかりは難しい顔をしていた。

「絶対安静、か」

病院での話を思い出していると、愛ちゃんがポツリと呟いた。

「ごめんね」
「何がですか?」
「私がリゾナンターに誘ったから・・・」

そう言って、愛ちゃんは悔しそうに唇を噛んだ。
そんな顔をしてほしくて、ついてきてもらったわけじゃない。
とっさに愛ちゃんの手を掴んだ。


「・・・絵里?」
「絵里は、リゾナンターになって良かったって、思ってますよ!」

愛ちゃんは絵里の顔を見上げたまま、ポカンとしている。

「リゾナンターになって、みんなと出会えて、毎日楽しいです。だから・・・」
「・・・そっか。なら良かった」
「え」

愛ちゃんは、絵里の手を握ったまま楽しそうに歩き出した。

「ちょ、愛ちゃん!?」

慌てて絵里もついて行くと、愛ちゃんがくるっと振り向いて、絵里の顔を見た。

「絶対死なせないよ」

絵里が愛ちゃんの隣に追いつくと、愛ちゃんはもう絵里の顔を見ていなかった。

「この温もりは、絶対に離さない」

愛ちゃんの強い決心が、握った手から伝わってくる。
その手を強く握り返して、遠くを見つめる愛ちゃんの横顔を見た。

「・・・絵里も、絶対に離しません」



この温もりや、仲間達の笑顔は、絶対に無くしたくない。
だから、絵里はもう逃げないんだ。
自分から離すような真似は、もう二度としたくない。

「仲良しだねぇ・・・」

・・・!
背後から聞こえた声と強いダークネスの気配に、絵里と愛ちゃんは同時に振り返った。

「・・・え、あれ・・・?」

暗闇から現れた声の主を見て、驚きを隠せなかった。
だって、どう見ても・・・。

「わ、私か・・・?」
「愛ちゃん・・・だよね?」

見た目も、歩き方も、愛ちゃんそっくりだった。
いや、本物と言っても過言ではないだろう。

「アンタが本物か。初めまして、i914さん」

唯一違うのは、ぬくもりが一切感じられないこと。
ニヤリと笑うその表情は、愛ちゃんとは似ても似つかなかった。



「本物って・・・どういうことや?」

本物・・・?
そういえば今、誰に挨拶したの?

「本物のくせに、頭弱いんだね。あ、本物だからか」

愛ちゃん・・・いや、そいつはクックックと楽しそうに笑った。
で、本物とか、なんとかよんさんとか、なんの話してるんだろう。
よんさん・・・ヨンさん?あ、ペ様のことかな。

「私はi914・改。i915と迷ったみたいだけど、まだ試作段階だから改になった」
「i914・改・・・やって?」
「よーするに、アンタを元に作った試作品」

愛ちゃんを元に作った試作品?

「で?試作品がなんの用なん?」
「丁寧に教えてあげたのに、随分な言いようだね」
「敵とおしゃべりするような趣味はないから」
「なるほど」

そいつはやれやれという風に肩をすくめると、絵里の方を見た。

「びっくりしてるね」

絵里はゴクリと大きく唾を飲み込んだ。



「そりゃそうか。いきなりリーダーのそっくりさんが現れたんだから」

そいつはまたクックックと顔を歪めて笑った。
絵里がどう答えたらいいのか考えていると、愛ちゃんがそっと絵里の方に顔を寄せた。

「絵里、詳しいことはまた後で話す」
「はい」
「あいつの言うことが本当やったら、かなり厄介や」
「はい」
「だから逃げて」
「はい?」

―シュン

「おしゃべりはそこまでだよ」
「っ・・・!」

そいつはさっき居た場所から姿を消し、一瞬で絵里達の目の前に現れた。
テレポーテーション・・・!?

「だから言ったじゃんか。i914の試作品だ・・・って」

だから、さっきから一体なんのことを・・・。



「あぁ、そっか。今はi914じゃないのか。人間になりすましてるんだっけ?」
「っ・・・黙れ!」

愛ちゃんが叫ぶと同時に拳を振り上げた。
しかし、そこにはもうあいつの姿は無かった。

「愛ちゃん・・・?」
「絵里は逃げて!」
「え・・・?」
「お願いやから、早く!」

愛ちゃんと絵里の間にあいつが姿を現わして、楽しそうに笑った。

「リーダーの本当の姿、知らないんだね」
「本当の・・・姿?」

愛ちゃんの姿で、歪んだ笑顔を見せるそいつ。
頭が混乱して、何が何だかわからない。

「絵里!早く!!」

愛ちゃんが苦しそうに叫んだ。

「早く逃げて!!」


愛ちゃんの本当の姿って何?
孤独だった絵里達に手を差し伸べてくれた愛ちゃん。
仲間を温かく見守る愛ちゃん。
わけのわからないことを言ってみんなを困らせる愛ちゃん。
ガキさんに叱られる愛ちゃん。
どれも、本当の愛ちゃんでしょ?

「教えてやろうか。本当の高橋愛は・・・」
「絵里、聞いちゃ駄目!」

本当の愛ちゃんは・・・。
一瞬、愛ちゃんの温かい笑顔が頭をよぎった。
どの瞬間を思い出しても、愛ちゃんは温かった。

「絵里!!」

でも、今目の前に居る愛ちゃんは?
こんなにも辛そうな顔をしているじゃないか。

「逃げて!」
「嫌です!!」

絵里はぎゅっと両手を握り締めた。

「絵里は逃げません!」

「絵里、お願いやから・・・!」

こんなに切羽詰まった愛ちゃんを見るのは初めてだ。
愛ちゃんの本当の姿・・・。
そりゃ気になるよ。
でも、愛ちゃんは後でちゃんと話すって言ってくれた。

「やっぱり高橋愛の本当の姿が気になる?」
「違う!」

もうやめろ。
その姿で、そんな風に笑うな。
今、絵里にとって大事なのは、愛ちゃんの本当の姿なんかじゃない。

「本当の愛ちゃんは、あったかくて、強くて、優しくて…頼れるリーダーで…」
「絵里…」

本当の姿とかペ様とかよくわからないけど、今はそんなのどーでもいい。
今、絵里にとって大事なのは、愛ちゃんが悲しそうな顔をしているということ。

「本当バカばっかだなぁ」

そして、愛ちゃんを悲しませているのは、こいつだということだけだ。

「絵里の大切な人を悲しませる人は、絶対に許さない!」

たとえ姿や形は愛ちゃんに似ていても、こいつは敵なのだ。
絵里が好きな愛ちゃんは“愛ちゃん”だけだ。


「クックッ…そこまで言うなら、やってみなよ。
大切なリーダーにやられてみるのもいいかもね」
「お前は愛ちゃんじゃない!」
「その信頼が仇になるってことを教えてあげるよ!」

そう言い終わるや否や、そいつは絵里に向かって殴りかかった。

「絵里!」

その拳を避ける瞬間、愛ちゃんが絵里を呼ぶ声が聞こえた。

「大丈夫ですよ。こんな最ッ低なやつ、さっさと倒して帰りましょ!」
「・・・うん!そうやね!」

そう言って、絵里に一瞬笑ってみせた愛ちゃんは
次の瞬間にはもう戦闘モードの顔をしていた。

「2対1か。本物は卑怯だね~」

絵里の前に居たはずのそいつは、いきなり愛ちゃんの真横に現れ、思い切り横腹を蹴り上げた。

「がっ・・・!」

愛ちゃんは膝をついて倒れた。

「愛ちゃん!」


「他人を守ろうとしてるから、隙ができるんだよ」
「な・・・んで・・・」
「“改”って言ったでしょ?アンタと同じ能力だけど、私の方が強いんだよ。
アンタがいくら心にバリアを作ろうと、私には無意味ってわけ」
「本当に厄介やね・・・」
「そりゃ私も、試作品で終わりたくはないから・・・ね!」

そいつは倒れている愛ちゃんの脇腹をもう一度蹴り上げた。
鈍い音が絵里の耳に響いた。

「愛ちゃん!!」
「今ので肋骨何本かイッたんじゃない?
クックッ・・・本物も人間になると、こんなに弱いんだね」

絵里は、初めてこいつに対して恐怖を覚えた。
なんで・・・なんで、こんなに楽しそうなの?

「次はアンタの番だよ」

敵は右足を大きく踏み込み、再び殴りかかってきた。
絵里はかろうじてその拳を避け、両手で作っていた風のカタマリを懐にぶち込んだ。

「ぐっ・・・」

集中を高めようとした時、敵の背後に横たわっている愛ちゃんが見えた。
苦しそうに肩で息をしている。
早く・・・早くさゆに治療してもらわないと・・・!
気持ちが焦って、なかなか力が集まらない。
くそっ・・・お願い!早く!!


「絵里・・・」
「・・・!」

敵であるはずのそいつが、愛ちゃんと同じように、絵里の名前を呼んだ。
一瞬で、絵里の脳内はマヒしたように働かなくなった。

「痛いよ、絵里・・・」
「・・・や・・・嫌、だ・・・」

愛ちゃんはよろよろと絵里の方に歩み寄ってくる。
絵里は、何もできなかった。

だって・・・愛ちゃんに攻撃なんてできない・・・!


「絵里・・・」
「こないで・・・」

絵里が後ずさりしていると、愛ちゃんはいつものように笑って言った。

「絵里・・・死んで?」
「っ・・・!」

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・!!
愛ちゃんの言葉に、絵里の心臓が大きく波打った。
いつもの無邪気な笑顔で、愛ちゃんは絵里に近づいてくる。

「私が殺してあげるから」
「・・・なん、で・・・」
「絵里、お願い・・・」
「なんで・・・!」

悲しくて、悔しくて、涙が止まらなかった。
足は震え、心臓も激しく動いている。

「バイバイ」

愛ちゃんは、笑顔のまま絵里の首に手をかけた。




















最終更新:2012年11月24日 11:06