(07)176 『Love from Leader』



 『Love from Leader』



「愛ちゃーん? いるー?」

閉店時間後の喫茶「リゾナント」。
裏口のカギを開けて中に入ってみると、電気は付いているのに人の気配がしない。

いつもなら、この時間にやってくるあたしに合わせて厨房から香るモカの香り。
それを確認してカウンターに腰掛けるのが、いつも通りのあたしの流れ。

呼びかけに返事もない。少しだけ、不安になる。
あたしの胸はざわつき始める。
まさか、何かあったのか。任務に出ている? それとも、襲撃に遭って―――?

「…愛ちゃん?」

フロアを覗くと、カウンターに突っ伏している愛ちゃんの姿が見えて、
悪い方にばかり想像していた自分に苦笑いしながら、あたしはホッとひとつ息をついた。

「…寝ちゃったのかぁ」

手元にはマグカップだけが置いてあって、厨房の中は飲み物の準備もしてあったけど、
うたた寝のつもりが、そのまま眠りについてしまったようだった。


愛ちゃんの座る隣のイスに腰掛けて、その寝顔を見つめてみる。
両腕の上に置いた顔は横を向いていて、髪の毛が目元にかかっていた。

「こんなところで寝たら風邪引いちゃうでしょうがぁ」

着てきた自分のジャケットを愛ちゃんの肩にかけながら、
起こさないようにそっと、目元を隠していた髪を耳にかけた。

ちょっと、痩せちゃってない?

何となくそう思った。
いつも笑顔で元気に振る舞ってるけど、さすがに忙しいもんね。
昼はリゾナントのマスターで、夜はリゾナンターのリーダーで…
目元にできている隈。眉間にしわを寄せて、難しい顔して目を閉じてる。
疲れとかストレスとか、あたしも知らないところで溜まってるよね。


「にゃーん」


背後から聞こえた猫の鳴きマネ。
あたしは笑って、声の主に目を向ける。

「ガキさん、いつの間に来てたっちゃ?」


田中っちはいつも愛ちゃんがしているように、あたしに飲み物を出してくれた。
普段なら、お気に入りのカップスープで済ませているんだけど。
田中っちがいかにも『れーなが何か煎れてあげる!』って顔をしているから、
あたしは、甘めのカフェモカをお願いした。

「あ、おいしーじゃん」
「やろー!? れーなだって腕上げとるんよ!
 いっつも愛ちゃんのやり方見て盗んでマネしとるもん」

これはお世辞じゃなくて、甘さもくどくなくておいしい。
あたしが微笑むとカウンターの向こうの田中っちは得意気に胸を張って見せた。


同じカフェモカを手にしてあたしの隣に座った田中っちは、
両手でマグカップを包むように持つと小さくため息をついた。

「…愛ちゃん、頑張りすぎとる。
 れーな、近くで見てるから力になりたいけん…」

最後には、消え入りそうな声。

田中っちが一番見ていた。頑張りすぎてしまう愛ちゃんの姿を。


「昔っから愛ちゃんは一人で何でもしようとしちゃうからなぁ」

ずり落ちそうになったジャケットを掛け直して、愛ちゃんの背中を撫でる。
眉間に寄っていたしわが少しだけなくなったような気がした。

「元々、誰よりも頑固者で頑張り屋さんで、融通きかない人だから…
 よく今、調理とかコーヒーとか人に任せるようになったなぁと思うもん」

何でも自分で責任を取ろうとする人だから。
周りに負担をかけないようにと、自分を犠牲にしてしまう人。
いろんなモノを抱えて崩れそうになって、それでも笑顔でいようとする。

「『バカ』だからねぇ」

あたしは笑った。
釣られて田中っちもぎこちない笑みを返す。

「『もっと頼って!』っていくら言っても、全部自分でやろうとしちゃう。
 それでテンパっちゃってるのも愛ちゃんっぽいけどね。
 …ホント、仕事バカっていうかなんていうか」

でも、別にその『バカ』を責めるつもりもないし、感謝してる。
自分に厳しく、人にあたたかく。そのおかげで、どれだけ救われてきただろう。
みんなも、そして、全てを許してもらったあたしも―――。


「…れーな、愛ちゃんのこと大好きやけん。
 もちろん、みんなのこともやけど…でも一緒に住んどるし、
 やっぱ愛ちゃんを守りたいって思うっちゃよ…」

愛ちゃんは、不器用な人だから。
手を抜くことを知らない。そこまでしなくたっていいのにというほどに。
あたしはそれがこの人の一番の魅力だと思ってる。

その不器用さが生む惜しみない愛情が、あたしたちを包んでくれているから。

「愛ちゃんがあたしたちにくれる愛情、
 あたしたちも愛ちゃんにたくさんたくさん返したいよね」

孤独しか知らなかったあたしたちは、人の想いに疎かった。
けれど人の手のあたたかさを知った今なら、痛いくらいにわかる。

「でもきっと、特別なことなんて必要なくて、
 近くにいて、顔を見て、手を取り合って…それがイチバンなんじゃないかな」

大切な仲間と繋ぐ想い。
決して失いたくないと―――、心から思えるその尊さ。

あたしはもう、手放さない。

「ガキさーん! 大好きっちゃー!!!」
「わ! ちょっと!」

田中っちは一つ大きく頷いてから突然抱きついてきた。
ビックリしたけど、背中が小さく震えている。
時々鼻をすする音も聞こえたから、あたしは何も言わずに頭を撫でた。


あったかいよね。
信頼できる仲間と身体を寄せ合ったり、心を交わしたりするのって。
言葉にはならない想いだって、こうすれば伝わるような気がする。
両腕を背中に回してぎゅーっと強めに抱きしめたら、
田中っちは苦しいっちゃと笑いながら腕の中で暴れた。


「あたし、今日はここに泊まっちゃおうかな?」

感じるぬくもりが愛しくて。

「愛ちゃんと、まだ何にも話してないしね」
「えー? れーなはノケモノになると?」
「田中っちも一緒に3人でお話ししようよ」
「やった! 賛成! 今日は夜更かしやね!!!」

今日は特に、離したくなくて。
だから、手をつないだまま一緒に眠ろう?

愛ちゃんも、一人でこんなところで寝てないで。

「じゃあ、お風呂の準備とかしてくるっちゃ!」

張り切って2階への階段を駆け上る田中っちの背中を微笑ましく思いながら、
あたしはカウンターに伏せたままの愛ちゃんの身体を揺り動かした。




      Good Night...
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最終更新:2012年11月24日 10:44