(06)927 『愛ちゃんのヒミツ』



「はい、はい、そうですね・・・あっ、じゃこれで」ピッ。
愛ちゃん、少し前から様子がおかしいことあったっちゃね。
れいなが一階に下りてきたら、あわてて何かを隠しとったような気がすると。
それも一度だけやなくて、何回も。
さっきも、あわてて電話を切りよったけん、「誰からなん?」とか聞いてみたら、
「で、電話なんかかけとらんよ」とか。
愛ちゃん、嘘ついてもすぐ顔に出ると。れいなと一緒やね。
だけん、ようわかるとよ。

「愛ちゃん、学生さんの団体20万人や!」
「い、いらっしゃいませ!」
いつやったか、土曜日の午後に学生さんが20万・・・やのうて20人ほど来てくれたことがあったと。
もうめちゃくちゃ忙しかったっちゃけど、なんとか注文取って、品物出したと。

そういうこともあったけん、愛ちゃんに相談してみたことがあると。
「なんで『リゾナント』ではバイトを雇わんと?」
「れいな、うちの店が忙しいんは、いっつもやないやろ?月に一回、
めちゃくちゃ忙しい日があるかないか、そんな感じやろ」
「そう言われたら、そうかもしれんちゃけど・・・」

そういえば、店閉めたあとに愛ちゃんが帳簿見ながら一人でため息ついとる姿、
見かけるようになったと。
いつからやろね?

「愛ちゃん、食器洗い機買うっちゃ!」
「突然何言い出すん、れいな?」
「やけど、愛ちゃん、なんか思いつめたような顔しとうし。れいなは大して料理もできんし、
皿洗っとっても、すぐ落として割りよるけん。せめて愛ちゃんに楽してもらいたいとよ」
れいながつい、出しゃばったことを言ってしまったとき、愛ちゃんは怒らんやったけど、
落ち着いた声で話してくれたと。


「れいな、よう聞いてや。
お砂糖、小麦粉、乳製品、パン、そして野菜や肉なんかの材料の値上げ・・・。
れいなも知っとるよね」
「知っとると。ニュースで見たっちゃ」
「バターも高くなっとったし、今度はチーズまで値段上がるんよ。
うちの店は忙しくなっても、バイトは他に雇ってないんは、そういうわけなの。
ちょっと忙しいときとか、れいなも大変かもしれんけど、ゴメンね」
「そんなん、全然構わんちゃけど、れいなは愛ちゃんが・・・」
「あーし?あーしは大丈夫やで。もっと忙しい仕事しとったときもあったけど、
体だけは丈夫なほうなんや」愛ちゃん、そう言って笑いよったと。

この間の定休日、愛ちゃんはいつもやったら店の掃除とか、進んでやるはずなんやけど、
れいなに任せて出かけたけん、珍しいなって思ったと。
夜になって帰ってきた愛ちゃんに、「なんか面白いことあった?」って
聞いたっちゃけど、なんかようわからん返事しか返ってこんかったとよ。

それからひと月くらい経ったころやろか。
なんか、まだお客さんおるのに、店片付けようとしたりして、
愛ちゃん、すっごいそわそわしとると。れいなが聞いても言わんし。

そのあと絵里が来て、アルバイト雑誌を読んどったと。
何かいいバイトないかって、探しとったんやね。
愛ちゃん、もっと落ち着かんようになって、れいなが見とったら、絵里のとこ行って
話しかけとったと。なんか、その雑誌を欲しいって言うとるみたいやったね。
「え~、絵里のでよかったらあげますけど~。あ、でもでも、代わりに『リゾナント』で
正式にバイトさせてくれたら、考えてもいいですよ?」
もちろん愛ちゃんは断る、と思っとったら。
「か、考えとくがし」
絵里、うれしそうな顔しとったとね。


それからまた、一週間くらい経ったやろか。
「愛ちゃん!何勝手なことしてんのよ!」
「はい」
「はいじゃない!ちっともわかってないじゃない!」
れいなが買い出しから帰ってきたら、ガキさんが愛ちゃんに説教しとったと。
まあ、珍しいことやないっちゃけど。買い出したものを冷蔵庫に入れたあと、れいなも話を聞いてみたと。

「ガキさん、なんで怒っとると?」
「田中っちからも言ってやってよ。愛ちゃん、勝手にアルバイト雑誌の表紙モデルに
応募したんだって。この表紙。ほら、愛ちゃんでしょ」
「そうみたいやね」
「訳を聞いたら、いろいろ物価が上がってるせいで、お店の仕入れが大変なんだって。
それで、少しでも足しにしようと思って・・・」愛ちゃんの話やけど、ガキさん泣いとるし。
「ゴメンれいな、いままで黙っとって。いらん心配かけたくなかったし、
なにより、あーしが前に、”バイトしたらいかん”、言うてたやろ?
あーしがバイトしたら、そんなこと言えんようになるから」
「愛ちゃん・・・」
れいなは、愛ちゃんの気づかいがうれしかったっちゃけど、近くにおるれいなに
相談してくれんかったんは、寂しかったと。
それからあとで、愛ちゃんはバイトのことで絵里にも謝っとったと。
絵里、本当に残念そうやったけん。

なんで愛ちゃんが絵里に話しかけとったか。それは、アルバイト雑誌の表紙に
自分の写真が載っとるんを見られたらバレると思って、気づかれる前に
絵里からアルバイト雑誌をもらった、いうことみたいっちゃね。
愛ちゃんらしいっちゅうか、絵里以外にも誰かが見たらすぐ気づくに決まっとるやん。


れいな、柄やないっちゃけど、愛ちゃんに手紙を書いてみたとよ。
『いっつもいっつも、れいなは愛ちゃんに相談に乗ってもらいよるけん、
代わりに愛ちゃんも、なんでもれいなに相談してくれったい』

























最終更新:2012年11月24日 10:24
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