(06)496 『Green Monster』



喫茶「リゾナント」から歩いて5分も行かないところに、小さな公園がある。
近所の人が散歩したり、学校帰りの子供たちが駆け回っていたり、
砂場にはいつもプラスチック製のシャベルと小さな山で賑わっていて、
ベンチでは、ひと休み中の犬とその飼い主が仲良く寄り添っている。
そんな、いつ見ても活気のあるこの街のオアシス。

その公園の真ん中に、敷地の大きさには不釣り合いな大木がある。
樹齢、何百年かな? という貫禄。
数年前までは、この木に登って遊ぶ子供たちがいた。
太い幹は子供たちに確かな足場を与えて、遊びやすい場所だった。

けれど最近、この木から落ちて怪我をしてしまった子がいた。
幸い擦り傷程度で済んだらしいけど、以来、小学校や保護者が木登り遊びを禁じてしまった。
巨木の周りには、無機質な柵が設けられている。
簡単に乗り越えられる作りではあるけど、誰もそうしようとはしない。
あれほど人に愛されたあの木は、今では人々から忌み嫌われるものになってしまった。

いつからか、噂が流れていたからだ。

―――この木は、人に襲いかかる―――、と。



 * * * * *

「木が人に襲いかかるぅ~? みっつぃそんなこと信じてんの?」
「愛佳やって別に見たわけやないんですよぉ、
 でも学校でそんな噂が流れてるんですってば」
「えぇ~、いくら何でも小春そんなこと信じられないなぁ」
「やから噂ですってばぁ」

みっつぃの話に小春が素っ頓狂な声を上げていた。
甲高いその声に、店内の常連さんがクスリと笑う。
あたしは苦笑いを浮かべながら、そのお客さんに小さく頭を下げる。
気にしないでと軽く手を振ってくれたお客さんに、あたしは微笑みかけた。

「でもさ、噂ってそれなりの出来事があって噂になるんやよね。
 まったくあり得ない話やったら噂になんてならんし」
「え~、高橋さんまで信じるんですかぁ?」

小春はカウンターから身を乗り出すようにしてあたしに食い下がる。
あたしは、その目の前に台ふきんをぶら下げてみせた。

「まぁ、信じる信じないやなくて、噂ってそういうもんやん?」

小春は、渋々と台ふきんを手にして店内のテーブルを拭きに立ち上がった。


「あの木はねぇ、僕が子供の頃なんてみんな登って遊んでたんだけどねぇ」

さっきの常連さんの言葉に、あたしたちは振り返った。

「あれだけ大きな木だからね、二人か三人で一斉に競争したって平気だったんだよ。
 枝のところまで登って、そこから見る街並みって良かったんだけどねぇ」
「ちょっと前までは、あの木に登る子供もいましたよね」
「うん、でも今は近寄らせないように柵作っちゃったしね。
 昔を知ってるだけに、ちょっとあれは木にもかわいそうな気がするよ」

常連さんは窓の外を見て、それからため息をついた。

「昔はこの場所から、あの木も見えたんだよ。
 今じゃ…マンションなんかの陰になっちゃったけどね」

都会のど真ん中、というわけではないけれど、
ビルやマンションはそれなりに建っているこの街。
あたしがここに来たのは数年前だけど、その時からも風景は少しずつ変わっている。

「みんなに愛されている木なんですね」
「名前もない木だけどね、でも、僕の思い出がたくさん詰まってる大事な木なんだよなぁ。
 木も淋しいよね。誰も近寄ってくれなくなっちゃったんだから」



 * * * * *

「へぇ~、そんなことがあったんだ」
「あーしらがこうして喫茶店やっとっても聞く噂じゃないし、
 本当に学校とかそういう場所だけで出回ってる噂みたいやけどの」

閉店後。

自分の仕事を終えたあといつも通りに遊びに来ていたガキさんに、
あの噂とお客さんの話を聞かせてあげていた。

お互いの手にはそれぞれのマグカップがあって、
あたしはカフェオレを、ガキさんはお気に入りのカップスープを。

いつからかこうやって、他に誰もいないカウンターでその日のことを報告し合うのが日課になった。
報告と言っても、ただの雑談だけど。
ここに時々、れいなも混じって3人で話をすることもある。
今日は、まだれいなはここにいない。
絵里とさゆと3人で遅くまで遊んでくると言っていた。
もうじき帰ってくるだろう。時間は今、22時半。

「木登りなんて、あたしはあんまりしたことがないなぁ…」

ガキさんは都会育ちだから、そんな機会もなかったんだろう。

「愛ちゃんは? 得意だった?」
「あーしはひょいひょい登っとったなぁ。
 それこそ、男の子と競争したりしとったし」


ふるさとにいた頃を思い出す。
見渡す限り緑の山。流れる川のせせらぎ。自然がたくさんあった。

逃げるようにしてあの村を離れたけれど、先日訪れた時にはもう誰もいなかった。
笑顔あふれる輝く思い出。異質と見なされた忌まわしい思い出。
両方があるけれど、それでもあたしが育った村。
「村」としての機能がそこにはもうないとなると、それはそれで淋しくもある。

お気に入りの木はあった。
他に、もっと背の高い木も見晴らしの良い木もたくさんあったけど。
一番、登りやすくて、あったかくて、やさしいと思える木だった。

「…確かに、木にも思い出ってあるもんやなぁ」
「え?」
「小さい頃に登った木を思い出しただけで、いろんな思い出が蘇るんやよ」

あの木は今も元気なのかな?
人をその太い枝に乗せることがなくなっても、相変わらず堂々としているんだろうか。
あたしは目を閉じたまま、マグカップに口を付ける。
右肩に小さな衝撃とぬくもりを感じた。ガキさんが、そっともたれかかっていた。


「…いつか、見せてあげるよ」
「愛ちゃんの育ったところ?」
「うん。もう、人も住んでいない荒れたところやけどね。
 自然がホントにキレイなんやぁ。星空も、手が届きそうなくらいに」

都会の木々とか自然とかとは、比べものにならんやよ?


そう教えようとした時、リゾナントのドアが勢いよく開いた。

「た、た、大変っちゃよ!!!!!」
「れーな!?」

ドアに付けたベルがカランカランとけたたましく鳴り響く。
肩で大きく息をしているれいなの様子に、あたしたちは立ち上がった。

「何があったん!?」
「公園の…あの、木が、木が!!!」
「公園の…木?」

まさか。
あたしとガキさんは顔を見合わせ、そして頷く。

「全員、あの公園に集合させて!」



 * * * * *

「…ありえへんやろ……こんなん……」

姿を変えた巨木を目の当たりにしてみっつぃがつぶやく。

「噂を信じないわけにはいかないって感じだね…」

小春も目の前を睨み付けながらため息をつく。


あたしたちの街のあの小さな公園の、大きな木。
今、目の前にあるのは、枝葉から邪気を漂わせ今にも襲いかからんとする巨大な怪物。

「…なんでこんなことに…!」

平和なはずの公園が、シンボルであったはずのあの木が。
今は恐怖を与えるモノとしてここに存在していることが、悲しくてならなかった。

「みんな、油断するなよ…」

あたしはメンバーに注意を促す。
相手は、木だ。戦ったことなどない、自然が相手。
それだけに動きのパターンがまったく読めない。


れいなが帰り道にこの公園の前を通りかかると、聞き慣れない不気味な音がしたらしい。
不思議に思い立ち止まってよく見ると、音はこの大木から出ていた。

「…葉っぱが、枝が、根っこが、生きモンみたいに動いとったけん…」

幸い、まだ怪我人などはいないようだ。
近所で騒ぎになっている様子もない。それだけに、手早く片付けてしまいたい。

「…れーなが見た時よりも変な風に動いとる…
 葉っぱ、あんな風には光っとらんかったよ」

れいなの言う木の葉は、薄くぼんやりした緑の光を放っていた。
意思を持っているかのように、強弱を付けながら。

「ダークネスの仕業なのかな?」
「わからん…、でもダークネス特有の邪気は確かにある気がする」

あたしたちは少しずつ近づいていった。
何しろ、時間はもうすぐ夜中の0時。
公園の街灯だけでは、この場は十分な明るさを得られない。
それだけに、大木の放つ光は本当に不気味だった。


「…愛ちゃん、どうする?」

ガキさんが問う。
正直、まだ策が思い浮かばない。

「…まず、さゆは治癒体制をとっておいて。
 小春は念写でさゆの周りに別空間を貼り付けておいて…
 絵里も、その近くで待機。救援体制を万全にしておくこと」

3人はあたしの指示に従い、それぞれの態勢をとる。

「他のメンバーはまだ待機…
 どんな動きするかわからんからこっちも動けんな…。
 みっつぃ、何か視えた?」
「ハッキリとは視えへんけど…、木そのものの動きは速くなさそうです」

ただ。

そう口を開きかけたみっつぃが、目を見開いて突然叫んだ。

「あかん! 一般の人狙っとる!!!
 東の方角の枝が動いとるのが視えた!!!!」
「れーな!」
「任せるっちゃ!!!」


メンバー内で一番動きの素早いれいなを向かわせ、先手を狙った。
とにかく、一般の人に被害を出してはいけない。
れいなならスピードで上回れるはず。あたしは迷わず彼女を送り出した。

しかし……

「う、わ、あああああああああああ!!!!!」
「れーなっ!?」

悲鳴を上げてれいなが地面に倒れる。
その足には、長く伸びた枝が絡みついていた。

「な、なんね!! なんねこれ!!!
 何で枝がこんなとこまで伸びてきよぅ!!!!」
「れーな!!! 危ないッ!!!!」
「アイヤー! 小火球!!!」

別の枝が無防備になったれいなの背中を狙っていた。
金属の棒を手にしたリンリンが小さな火の玉を飛ばして、
れいなに絡みついた枝を焼き払う。

「リンリンサンキュー!」
「ドウいたしまシテー!」

間一髪。れいながたった今まで倒れていた場所に枝が突き刺さった。

ヴウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン………

間髪入れずに地鳴りのような低い音が響いたかと思うと、
バサバサバサッ! と今度は木の葉が激しく揺れだした。

「くっ、今度は葉っぱが…!」
「風よ! 巻き起これ! 全てを飛ばす嵐となれ!!!」

降りかかってくる大量の木の葉を、絵里が起こした風で吹き飛ばす。
跳ね返された木の葉は公園の中にある電話ボックスのガラスを粉々に砕いていた。

「…オー、この木何の木強い木ダ」
「確かに、見たこともない木ですけど、さぁ…」
「化け物や…葉っぱでガラス割るとか意味わからんとよ」
「ダークネスが操ってるなら、倒すしかないよね…!」

みんなは完全に戦闘態勢に入っている。
だけど、あたしはどうも腑に落ちない。

普段はここで静かに人々を見守っているのに。
なぜ、こうして悪しき意思を持ってしまったのだろう?
どうして人間に襲いかかろうとしているのだろう?


「…愛ちゃん、この木って、いつもはホントに優しい感じするよね?」

ガキさんが突然、そう聞いてきた。

「え? うん…公園の真ん中で、日陰作ってたりして…
 人に愛されてる木だったと思うんやけど……あっ」


 『木も淋しいよね。誰も近寄ってくれなくなっちゃったんだから』


あたしは、昼間の常連さんの言葉を思い出していた。
木だって、意思を持っている。生きているのだから。

「まさか…、まさか、なぁ、ガキさん」
「たぶんその、まさかだと思う」

その意思がダークネスも意図しないところで、ダークネスと共鳴したら?

「…必ずしもダークネスが操ってるってわけでもなさそうや」

あたしは、緑色の怪物に姿を変えた巨木を見上げた。
本当は、美しい枝葉を広げる穏やかな木。
その姿を、取り戻すためには―――?


「愛ちゃん、あたし、やってみたいことがあるんだけど」

ガキさんが言う。
あたしは、その考えが読めていた。
能力を使って読んだのではなく、長い付き合いだからわかるその作戦。

「ガキさん、無茶やで?
 一歩間違えれば…ガキさんの命に関わる」
「わかってる。でも、他にこの木を救うやり方があたしには思いつかない」

ガキさんの目は強い想いに満たされていた。
その想いを、誰にも止めさせることができないのもわかっていた。
だからこそ、あたしは不安になる。

「…無理だけはせんでよ」

ガキさんの手を取り、決意に満ちたその顔を見つめる。

「だから、あーしたちは全力でガキさんサポートする。
 …頼むで。絶対に成功させような」


「みんな、全員でかかるよ。
 リゾナンター全員で力を合わせて、あの木を助ける」

あたしは、全員に手早く指示を出した。
そして最後に、れいなに告げる。

「…この作戦、れーなの能力をフルに発揮してもらうで?」

れいなに作戦を授ける。
緊張した面持ちで頷くれいなに、あたしは笑って見せた。

「いつも通りやん?
 いつもの通りのれーなのやり方で、十分乗り切れる」

カウントとタイミングが狂えば、メンバーは危険な状態になる。
特にあたしと、それ以上にガキさんは命に関わるだろう。
もちろん、それは口にはしない。れいなもたぶん、痛いほどにわかっている。

大丈夫。れーなは、本番に強い子やろ?

あたしはれいなの手を握り、背中をぽんぽんと叩いた。

「よし、みんな、作戦実行するよ」


あたしの言葉にまず、ガキさんが一人で巨木の前に歩み出る。
その瞬間、枝が生き物のようにガキさん目掛けて伸び、その身体を絡め取る。

「―――っ!!!」

ガキさんの顔が苦痛に歪む。だが、それも想定されていた出来事。
そしてこれが、作戦実行開始のタイミングだった。

「れーな! 始めて!!」

れいなが拳を空に突き上げる。
その隣で、あたしはれいなの空いた手を握りしめていた。

「1!」

れいなのカウントと共に、獣化したジュンジュンが巨木に体当たりする。

「ぐおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」

枝が大きく揺れて、葉っぱが発している光が一瞬強くなる。
同時に、小春が空中に別の映像を念写で創り出し、貼り付けていく。
別の枝がすごい速さで伸びてくるけれど、
小春の創り出した映像に惑わされ、あたしたちを捕らえることはない。


「2!」

「ハッ! 火炎波!!!」
「風よ! 炎と共に盾となれ!!」

絵里とリンリンの合わせ技で創られた炎の壁が、
無数に降り注ぐ木の葉の凶器を焼き払う。

『これ以上、あの木は傷つけたらダメやよ。
 あの木は、これからもずっとこの公園を見守るはずの木。
 だから、助けよう。そのためにガキさんが中心で動く』

初めはリンリンの炎で木ごと燃やしてしまうことも考えられた。
この公園のシンボルとはいえ、人々の命には代えられないと。
だけどわずかな別の可能性があるのならば、それに賭けてみたいと。

「3!」

ジュンジュンがもう一度木に体当たりする。
空中で捕らわれているガキさんの身体が、同時に大きく揺れた。

「―――ぐっ!!!」

ガキさんは枝を両手でつかみながら、目を閉じて何かを唱え続ける。


4、5、6。1秒ごとにれいなのカウントは続く。
ジュンジュンの数度の体当たりを受け、巨木の動きが鈍っていく。
さゆは生身でぶつかるジュンジュンの身体に、治療を施し続ける。

「7!」

いよいよだ。
勝負の時が来る。
あたしはれいなと繋いでいた手に力を込めた。

『高橋さん、「8秒」です』

みっつぃが見た‘未来’が‘今’になる。
起こりうる未来に、定めのままに従いさえすれば全てが上手くいく。
だけど、起こりうる未来は確実じゃない。
何かをきっかけにして、未来は変えられる。
それが良い方向にも、悪い方向にも。

「絵里、頼むで」

だから、決して油断はできない。
この一瞬に全てを賭けて。仲間を信じて、指示を下す。


「8!」
「ジュンジュン! 離れて!」

4度目の体当たりのあと、ジュンジュンはあたしの指示に従って木から離れる。
その腕に、治療に当たっていたさゆを抱きかかえて。

巨木が動きを止めた。
ガキさんを縛り上げていた枝がその力を失う。
そして、するりとその身体が離され、地上へ墜ちていく。
その高さ、地上から30メートル以上。
ガキさんがそのまま墜ちてしまえば命に関わってしまう。


「9!」

れいなの次のカウントで、あたしは光になった。
瞬間移動。行き先は地上ではなく、空中へ。

同時に、地上から上空へ向けて巻き起こる風。
絵里が起こす風はガキさんの落下速度を少しでも緩めるために。

風を受けながら、ガキさんの身体を抱き止める。
そして全ての精神力をかけて、もう一度瞬間移動を実行する。
普通ならば、自分の身ひとつしか対象にならない能力。。
それをれいなの力で「共鳴」させて能力を増幅させて、対象を増やす。

自分以外の瞬間移動。そんなことができるのか確証などなかった。
だけど命をかけて挑むガキさんのためにも、やり遂げなければならなかった。


「10!」

れいなの、最後のカウントの瞬間。

あたしは、地上に降りていた。
意識を失ってぐったりとしているガキさんの身体をしっかりと抱きしめながら。

「…うまく、いったんかな…」

あたしとメンバーが見上げた巨木には邪気の気配などすでになく、
あたしたちが見慣れている、いつもの、あの穏やかな木に戻っていた。

静まり返った公園に、わっと歓声が上がった。
小春やみっつぃがぴょんぴょん跳びはねて喜んでいるそばで、
へなへなと座り込んで泣き出したれいなの姿が見えた。

「あんがとなぁ、れーな…」

10秒。れいながいつもストップウォッチ片手に計って遊んでいた時間。
みっつぃの視た「作戦」は、まさにその10秒間で秒刻みに実行されていた。
8秒で、ガキさんの作業が終わる。それを全員でサポートするために。

カウントの正確性を、そしてメンバーがお互いの力を信じて、
予知のままの作戦をその通りに実行させた。それが、この結果。


「…ガキさん、やっぱ無茶や…」

あたしは笑う。
力を使い果たして、あたしの腕の中で眠っているガキさん。

ガキさんの考えた無謀ともいえる作戦。
それは、あの巨木相手にマインドコントロールをかけて邪気を塗りつぶすこと。

木も、生を受けている。
生きているのだから、意思がある。心がある。
それが普通であれば、人間には伝わらないものだとしても。

自らあの木に捕らわれたのは、木に直接触れながら能力を使うため。
あらかじめ、さゆには治癒能力を応用させた防御魔法のようなものをかけてもらっていた。
枝から受けるダメージを軽減して、マインドコントロールに専念できるように。

自然相手の、途方もない規模のマインドコントロール。
通常能力では、到底そんなことはできない。

だから、「共鳴(リゾナント・アンプリファイア)」が必要だった。
さゆが普段使うことのできない防御魔法が使えたのも、
ガキさんがあの巨木に対して能力を使えたのも、れいなの力があってこそだった。

重要なカウントを数えながら、能力をフルに使っていく。
れいなが、そしてみんなが、その期待に見事に応えてくれた。


 * * * * *

「…マインドコントロールしてるときにね、木の声が聞こえてきたよ。
 すごく悲しくて、だけど何かを訴えかけるような、強い声だった」

喫茶「リゾナント」の2階。あたしの部屋のベッドの上。
限界を超えて力を使ったガキさんが目を覚ましたのは、次の日の夜だった。
全員の力で作戦が上手くいったことと、あの木が元に戻ったことを告げると、
ガキさんは一度微笑み、それから悲しそうにまた目を伏せた。

「…『寂しい』って。
 人間の言葉じゃないけど、はっきりそう言ってるように聞こえた」
「寂しい、か……」

あの木にとって、昔に比べて数こそ減っても子供たちが近寄ってくることが、
人間と触れ合い、知らず知らずのうちに心をかわすことが、
ずっとずっとあの街を見守ってきた者として、大切なことだったんだと思う。

子供の転落という事故をきっかけに、触れ合いをなくしてしまった巨木。
感じる孤独と、ぬくもりを求める木の「想い」。

ダークネスの仕業ではないけれど、孤独から抜け出そうとする想いが、
偶然にもダークネスの邪気と共鳴して、あの悲しき暴走に繋がってしまったんだろう。


「愛ちゃん、あの柵、取っ払いたいよね。
 近所の学校にも協力してもらって、もっと自然と仲良くなれるように」
「そやなぁ。あれだけ立派な木やもん、立派な想い持った木やもん。
 これからもこの街を見守ってもらわんとね」


次の日、あたしとガキさんは近くの学校を訪れ、
木の回りに設置してあるあの柵を撤去してほしいと、
そして、これが自然と触れ合うことのできる大切な機会であると説明した。

学校が、生徒の安全を守りたい気持ちはわかる。
危険なことをしてもらいたくないということもわかる。
でも、木に手を当てて、足を乗せて感じるぬくもりがあるということを、
外で目一杯遊べる場所に、長年街を見てきた大きな木がある喜びを感じてほしい。

先生方は、なかなか首を縦に振らなかった。
例の噂のこともある。万が一人に襲いかかったりしたらどうするのかと。
それは遊び場を奪われた子供が作り出した反抗だと答えておいた。
あたしたちに襲いかかってきたことは間違いないけど、
他に襲われた人がいるとは聞いたことがない。たぶんこれも偶然の一致だ。

何度も粘り強くお願いをして、渋々ながら了承してもらえた。

「大丈夫かなぁ」

明るい返事はもらえなかった。
だから、本当にあの柵が撤去されるのかどうか不安だった。

「うーん。わからん。
 ダメやったら、何度もお願いするしかないやろね…」



 * * * * *

数日後。
あの公園の前を通りかかったあたしの目に、嬉しい光景が飛び込んできた。

小学生くらいの子がキャーキャーと上げている歓声。
その中心に、太い枝に子供を乗せたあの大きな木が力強く立っている。
そこには、あの柵はもうなかった。

「…先生たち、許してくれたんやなぁ…」

あたしは近くへ歩み寄り、木を見上げた。
あの日起こった戦いなんてウソのように、やっぱり穏やかでたくましい。

右に長く伸びていた枝が短くなっていた。
れいなを襲い、リンリンが焼き払ったあの枝。
でも今は、若い青々とした葉をつけている。さゆが治癒を施してくれたんだろう。

柔らかな風が吹いて、ばさりと木が揺れる。
その時、あたしの心には言葉とは違う声が届けられた。

あたしはケータイを取り出して、ダイヤルする。

「ガキさん、木が『ありがとう』って言っとるよ」

次のリゾナントの定休日は、この木の下でみんなでのんびり過ごそう。
青い空と緑の葉っぱが、きっとやさしく出迎えてくれる。























最終更新:2012年11月24日 10:01