(06)231 『里沙、孤島に囚われ(前編)』



時間の感覚がない。

―今は朝なのかそれとも夜なのか
―あれから何日くらい経ったのか

それすら分からない。



今、自分がこうして生きているのは幸運なのだろうか。
それとも・・・

剥き出しのコンクリートに囲まれた、薄暗い殺風景な部屋の中で、新垣里沙はぼんやりとそんなことを考えていた。

あの“粛清人”と対峙して命があったのだから、僥倖と言うべきなのかもしれない。


だけど。


何故自分が生かされているのかは分からない。
だが、あの組織のことだ。
情けをかけたなどということはありえない。

そう、自分は生かしてもらったのではない。
生かされているのだ。

そう考えると、自分がこうして生きていることが罪悪でしかないように思えてくる。
自分が生きているせいで、愛たちに・・・仲間に危難が及ぶかもしれないと考えると。
組織が自分を生かしておく理由は他に思い当たらない。
自分はおそらく愛たちの殲滅に何らかの形で利用されようとしているのだ。

(裏切り者の再利用・・・か)

心の中で自嘲気味に里沙はつぶやく。
いや、もしかするとスパイとして送り込んだ時点で、組織はこうなることを予知していたのかもしれない。
スパイとして役に立たなくなる代わりに、今度は愛たちの枷となる今の自分の姿を。


両手を天井から伸びた鎖に吊るされ、かろうじて床に着いた素足にも鎖が繋がれた惨めな格好。
首輪まで付けられた哀れな俘囚。
それが自分に与えられた未来だったのだ。
死ぬことも出来ずに、裏切り続けていた仲間に最後まで迷惑をかけるこの情けない姿が。

悔しくて、悲しくて、申し訳なくて。
涙が滲む。

ほんの短い間だけでも愛たちと心を通わせることができてよかった。
それだけが、そのことだけが忌まわしい自分の人生の中でたった一つの救い。
でも愛たちに会うことはもう二度とないだろう。
そんな希望の未来など、もう自分には夢見ることも許されない。


ここに連れてこられたときの記憶はない。
だから、ここがどこなのかはっきりとは分からない。
だけど予想はついた。

移動する島――
別名「海上の監獄」と呼ばれる島があるという話は聞いていた。
どこまでが本当なのかは分からないが、組織がそういった施設を有しており、そこに送られた者が二度と帰って来なかったのは間違いのない事実だ。

自分の今いる場所が、その不帰(かえらず)の島である可能性は高い。
だとすれば、自分を待っているのは死よりも過酷な未来に違いない。

それが私の運命。
呪われたチカラを持って生まれ、忌まわしい人生を歩んできた私の。
だから私は受け入れよう。

唯一、ずっと騙し続けていた仲間への贖罪もできず、最後までその心を煩わせたままになるのが心残りだけれど。



「里~沙~ちゃ~ん。今日は何して遊ぶ~?」

里沙が独り悲愴な決意を固めたとき、薄暗い部屋には場違いなほどの明るい声が響いた。
明るく、甘く、それでいてゾッとするような響きを持った声が。

開いた扉の前に立つ、下卑た笑いを浮かべる女。
好きになれない人間の多い組織の中でも、里沙が最も好きになれない一人。
その思いはこの数日で確固たるものとなった。

里沙が彼女の“訪問”を受けるのは初めてではない。
独り鎖に吊るされている里沙を訪れてくれる唯一の見舞い客。
だが、里沙にとって歓迎には程遠い相手だった。


「あれ?里沙ちゃん泣いてるの?淋しかったのかな?でもいくら泣いたってお家には帰れないよ?あはは」

里沙の目に浮かんでいた涙を目ざとく見つけた女はバカにしたように笑う。

自らの失態に里沙は唇を噛んだ。
ひたすら感情を表わさないように務めてきたのにこのザマだ。

自らへの怒りと相手への蔑みを込めて女を睨みつける。


「まだそんな反抗的な目するんだ?そういう子にはお仕置きが必要だよね~」


苛虐的で酷薄な笑みを浮かべると、女は愉悦の響きをともなった言葉を吐き出した。

罰、折檻、懲らしめ、制裁・・・毎回言葉は違えども、要は里沙を痛めつけたいのだ。
理由もなく。

 ・・・いや、理由はあるのだろう。
「楽しいから」という立派な理由が。

里沙も最初は何か聞き出すための拷問なのかと思っていた。
だが、何を問うわけでもなくただ痛めつけられるうちに理解した。
これは単にこの女の趣味なのだと。
組織とは関わりのないところで勝手にやっているだけなのだと。

そんな女に涙を見られてしまったのは何よりも屈辱的だった。


「もっかい泣くとこ見せてよ」

女はこの上なく嬉しそうな顔で、里沙の首に嵌められた首輪から伸びた鎖を掴んだ。

「ほら!」

「・・・・・・っく!ぅ・・・うぁ!」


バチッバチッという音と共に、薄暗い部屋が一瞬青白く光る。

エレクトロキネシス―電気を起こすことのできる力。
それが目の前の女の能力だった。

よくまあこんなに自分の趣味にピッタリの能力を持って生まれたものだと、里沙は心の中で皮肉の笑みを浮かべる。
この女はきっと自らの能力を忌まわしく思ったことなどないに違いない。
自分とは違って。

でも。

組織の他の者から「電気ウナギ女」と陰口を叩かれていることを教えたら、一体どんな顔をするだろう。

気を失いそうな電流が身体を貫く中、その顔を想像した里沙は思わず笑みを浮かべた。


半ば自暴自棄的な笑みを・・・




















最終更新:2012年11月24日 08:46