(06)038 名無し募集中。。。 (…掴んだ)



 ……掴んだ!

落下する最中、高橋は拳を突き上げた。
はるか下の地面に背を向けて高速で落ちているので、拳を
『突き上げている』という表現が妥当なのかはわからない。
とにかく、今まさに高橋の体は地面に叩きつけられるべく
落下している。
拳を開くと、一輪の花が現れて、瞬時にどこかへ飛んでいった。

Tシャツの裾が、連射中の機関銃のように絶えずタタタと
鳴っているようだ。
下からの浴びせられる強い風が、耳から頭蓋内にまで響いて
音どころではないが、そんな気がする。

下を向くと風圧で目が開けられないのだ。
だから今、高橋の視界の全てはスカイブルーに支配されている。
と思ったら、突然霧が現れてすぐに消えた。
今のは何だ? 今のは、雲だ。

早めに戻ろう。
死んでまうからな。

高橋はイメージする。全身をすっぽり包み込んでしまう程の
大きな大きな手が、物凄い速さで落ちていく自分をも楽々
掴んで連れて行く。



元居た自分の、ベッドの真上へ!



次の瞬間、スプリングがひしゃげてしまいそうな勢いで
ベッドの上に叩き落された高橋は、腰を強打してしばし
その場に蹲ってしまった。

斜め上のロフトで寝ているはずの田中は今夜、道重の家に
招待されて泊まりなので、いない。

「っつぅ~…………ふ、くく、いひひ」

部屋に一人なのを良い事に、高橋は久しぶりに心置きなく笑った。
これで大丈夫だ。自分は、最後の最後の切り札を会得できた。
うちの組織で死人は絶対に出さない。
死ぬのは、自分一人で充分だ。
ほんとは、誰一人犠牲を出さないのが理想やけど。

理想ってなんなのよ?
これは戦いなんや。
現実的でないやんか。

それでも高橋は、いつも思い描いていた。
平和な世の中を再び取り戻し、喫茶店でみんなとお茶を飲みながら
談笑する時間を迎えたい。
そういう理想を捨てることが出来なかった。

しかしいつからか、そのイメージの中に自分が居なくてもいい、
と思った。
田中が住み込みで働くようになり、道重が将来の夢を自分に
教えてくれた頃からだ。


田中は器用なので、一つ仕事を教えるとあっという間に習得した。
道重は亀井に内緒で、という条件付で、将来ケーキ屋を開きたい
から勉強させて欲しいと言ってきた。

田中に足りない愛想や話術は道重に充分備わっていたし、
道重に足りない調理技術は、田中がこれから自分で何とかするだろう。
給料を貯めて、いつか調理師免許を取得したいと言っていた。

喫茶リゾナントの経営をこの二人に任せる。
充分、現実的だ。

もう一つ現実的といえば、亀井の病魔……
高橋は今でも責任を感じている。
能力者だからといって、ハンデを背負った亀井に白羽の矢を
立てたことに。

能力を使い続けることで、病に負け命を落とすことが大いに有り得る。
そうしたら自分は、さっき会得した能力を……触れた物ごと
瞬間移動で思い描いた場所へ連れて行くこの能力を使って、
ダークネスのトップもろとも活火山の火口にでも飛び込むつもりだ。
亀井一人を逝かせはしない。

無論、亀井が無事だったとしても。
いざという時には。

あるいは、……最初からそのつもりでも。




















最終更新:2012年11月24日 08:42