(05)626 『マッドサイエンティストは電子軌道の夢を見るか?』



生きとし生けるもの全てを構成する原子。
無駄がなく美しい化学式。
反応を想像するだけで笑みが零れる化学合成式。

全ての物質は科学。すなわち科学とは宇宙。
このような素晴らしい学問にこそ万物は平伏さなければならないのです。

私の名はドクターマルシェ。
人は若きマッドサイエンティストとあだ名するのですが・・・。
全く失礼な呼称だとは思いませんか。
研究熱心と呼んでもらいたいものです。


さて、本日は私の話を聞いて頂きたい。
その為に貴方をお呼び立てしたのですから。



どこまで話しましたっけ?・・・ええと。
そうそう、私の治癒能力が無くなってしまったところまででしたね。
あれは・・・まぁ、済んだことです。

 ・・・無くしてしまったものを悔やんだからといって
元通りになった試しなど、何一つありませんし。
 ・・・他意はありませんよ。
深読みなどしないで頂きたいものですね。



治癒能力を失った私。

これからは試験管を破損させた際に指を切ったとしても少しの間不便になるだけ・・・
そう、たったそれだけの話です。

だいたい、私の日常のすべてはこのラボでの研究。
たまにドクター・・・科学者、ではなく医者の真似事に駆り出されることがある程度ですので。


あぁ、あとペット達がいるのですよ。
今の一番のお気に入りは銀色の毛並みが美しい合成獣です。
狼をベースに、羊と鳩の要素があるカワイイ子たち。

えっ、カワイくない?

 ・・・そうですか、どうやら貴方の命の蝋燭は本日燃え尽きる運命のようです。
残念ですがここでお別れですね。


 ・・・おや、そうですか。
聞き分けのいい方は嫌いじゃありませんよ。フフフっ・・・



さて。話を戻しますよ。
きっかけは自分でもどうかと思う出来事だったのです。

その日、おなかが空いたので何か適当に作るつもりでした。

先に言っておくけれど、本当にお腹が空いていたのです。
私の名誉のため、そこはご了承願いたい。

ありあわせの材料でチャーハンを作っていました。
ここにかのツッコミ名人が居たならば「ちょ、これ何人分作るつもり!?」
とか何とか言われただろうけれど、残念ながらその人物は不在でして。

というわけで、空腹を満たせる量のご飯を投入したわけです。

(火力がもう少し強かったらなー)
(大きいフライパンも買おうかなー)
(あ、タマゴもう一個入れよう)
(完璧です!)


そう心の中でつぶやいた瞬間。

 ・・・フライパンが巨大化し、同時にコンロがボワッ!と火柱を上げました。





「えぇぇぇぇえええっっ!」




ご飯は、焦げました。
真っ黒の、それこそ・・・炭のように。
嗚呼、私のお昼ご飯・・・


漠然としか解りませんが、ヒーリングの能力が無くなったあの日から、
不可解な現象がたびたび起こっていましてね。

洗濯物がいつまで経っても乾かないとか、合成獣用に用意したエサが炭と化していたりとか。
もったいないので彼らにはそのまま食べさせました。
それもまた実験です。いいデータが取れましたよ・・・


そういえば、件の現象なのですが、今になって思えば・・・
フライパンは鉄製だったのでFe、火柱はOが干渉したのでしょう。

そうとでも仮定しなければ辻褄が合わないのです。



私の新しい能力・・・原子合成・・?なんと表現すればいいのでしょうね。
まぁ、カガクで説明できない科学とでもいいましょうか。
科学者として生きる道をこの手で選択した日からですから、何か因果のような物を感じるのです。


相性もあるのか、超基本的かつ身の回りにある原子のうち
H(水素)、O(酸素)、C(炭素)、Fe(鉄)は比較的容易に操れるようになりました。

有機物を炭素化できるなら、ダイヤモンドでも作れれば、あるいは
AgやPtの錬金が出来れば・・・なんて思ったこともありましたが
流石にできないようです。・・・残念。
身近じゃないからでしょうか。

もし実現したら売り払ってうはうはなんですけどねぇ。
研究資金はあるにこしたことはないですから。

まぁ、何でもかんでも出来るわけないんです。・・・今はね。



ふ、そこらへんの原子さえあればH2Oだって器材要らずで合成できますよ。
 ・・・今の生活では全く必要がない?
それはごもっとも。


役に立つことだって多少はありますよ。
Feは質量保存の法則を多少無視し、原子の複製、再構築・・・つまり変形及び巨大化が可能なのです。
この手首・・・白衣で隠されていますが、鉄製のパワーアンクルを装備しているのです。

何、手首ならリスト・・・?
ちょ、ちょっと間違えただけじゃないですかっ!科学者に英語を期待しないで頂きたいものですね!

こほん。
手首と同じく、指には鉄製のリングが嵌っています。
伸縮・変幻自在の武器とでも言いましょうか。

短刀ぐらいでしたら・・・ほら、この通り。
試してみますか?なかなかの切れ味ですよ?
 ・・・冗談ですよ、やだなぁ、そんな犯罪者を見るような目で見ないで下さいって。
はい、もう元通りにしましたから、こっち向いてください。


そうそう、パチンコ玉大の鉄球を巨大化し、おもむろに蹴ってみたのですが、
足の甲が痛くなっただけだったのでやめました。
あと回収が大変ですし。



ちなみにこんなことも出来るのです。見ててください。

空気中に微量に存在するHeを頭部の周りに移動させ・通常の空気と混合し、
思いっきり吸い込むと・・・


「私はダークネスのドクターマルシェなんかじゃありませんよ(あの声)」


 ・・・あの常にヘリウムガス吸ってるような声の粛清人が頭に浮かびますよね。
いいモノマネができそうでしょう。


まぁ、まだ発展の余地がありそうなのも理由の一つですがね、
こんな訳のわからない能力、報告する段階ではないと判断しました。
組織の総領でも、・・・例えどれだけ親しい間柄でも。
あぁ、貴方は別です。
貴方には知っておいてほしかったから、こうして密会しているのですし。



それに私には通常の科学だけでこの身を守れる自信がありますのでご心配なく。
ぼろを出すような真似はしませんよ。

合成獣の作成、細菌培養、薬品研究。
心躍る題材は山ほどありますので。

能ある鷹は爪を隠す・・・ではないけれど、
いつかこれは私の切り札になる。そう、感じています。

まぁ、根拠のないものではあるけれど。
たまには私だって目に見えないものを信じてみたくなるのですよ。
科学者失格ですかね?



私には、私にしか出来ない方法で、動きます。
今までも、これからも。

 ・・・貴方のその深読みする癖、なかなかどうして・・・いえ、なんでも。


おや、そろそろタイムリミットのようです。
それでは御機嫌よう。
この事は、どうぞ他言されぬよう。
違えた場合――――




















最終更新:2012年11月24日 08:22