(05)557 『なんにも言わずに I LOVE YOU』



「ぶちムカツク!もう知らんけえ!!」

さゆみはそう残して病室を後にした。
ベッドの上で相変わらずへらへら顔の絵里、
しかしその左頬には赤い掌の痕。
「ありゃりゃ~これは困りましたよ?」


『 なんにも言わずにI LOVE YOU  』



喧嘩の発端はある噂話だった。
さゆみによると
「絵里がこの病院のイケメン看護士と付き合っている」
「中庭でキスしていた」
・・・等というゴシップが院内で流れているらしい。
もちろん絵里には身に覚えの無いことだ。
しかし、さゆみはすっかり絵里を疑っており、
「何でそういう事ならさゆみに言ってくんないの!?」
「さゆみには紹介できない人なの!?」
と食ってかかる。
のらりくらりと追及の手をかわす絵里に、さゆみはついにキレた。

「あーあ、怒らせちゃいましたねぇ・・・」

彼女が山口弁をしゃべるのは、本当に怒った時だけだ。


たしかに新人看護士の岡崎は相当の美青年で、ファンも多い。
絵里自身も少しは憧れていないと言えば嘘になる。
「でもさーあ・・・」
テレビで見たアイドルの真似をして口ずさんでみる。
「とぉーもーだちーだよあのひーとはー♪」
ケホッ・・・ケホッ・・・と絵里は軽く咳き込んだ。
この所、あまり体調が良いとは言えない。
胸が痛み、普段以上にやたらと眠くなる。
(さゆには、あんま心配かけたくないし・・・)

「でも、絵里からはあやまりませんよー」

まったく絵里には解らない話なのだ。
そんな事で怒られては堪らない。

「知ーらないっと・・・」

そして、その3秒後には眠りにおちている絵里だった。



後日、喫茶リゾナントにて

「・・・・っていう訳なんです!ホントひどいと思いません!?」
「あーハイハイ、大変ねー」

憤るさゆみに、まったく興味の無さそうに携帯を弄る里沙。

「ちょっとーお、ガキさん聞いてますか!?」
「だって、その話何回聞いたと思ってんのよ?」

うんざり顔の里沙。

「12回です!もっと聞いてください!!」
「もう、いくらあたしがリアクションの女王だからってそんな何度もリアクション取れないわよ!!」

と、言いながらも里沙はズッコケポーズを決める。

「まあ、絵里んとこにはしばらくあたしが毎日行ってるから、あんたは頭冷やしてなさい」
「あたま冷やせって・・・、悪いのは絵里ですーう」

膨れっ面のさゆみを里沙が諭す。

「今日も行ってきたけど、絵里、本当に知らないって言ってたわよ。
 信じてあげなさいよぉ」
「うぅー・・・」


携帯をバッグに入れ、里沙は立ち上がる。

「さ、行かなきゃ・・・。あたしこれから用あるから、じゃね」
「あたしも、お姉ちゃんと約束あるんだった・・・。それじゃガキさん、また電話しますんで」
「もう、愚痴ならうんざりよ。ちょっとは自分で考えなさいって」

二人はリゾナントを出て、別方向に歩き出す。
里沙は人気の無い道に入ると携帯を取り出した。
そして、通話ボタンを押し、囁く。

「リゾナンター、ピンクとオレンジが少し仲間割れをしています。
 繰り返します・・・・」


「さゆちゃんとお出かけなんてひっさしぶりー♪」

さゆみの隣を鼻歌まじりに歩いているのは2歳年上の姉、"麻衣"だ。

「ちょっとお姉ちゃんはずいって・・・」

と、さゆみは赤面する。

「だって、嬉しいんだもーん」

ここの所リゾナンターとしての活動が急がしく、あまり姉と出かける機会もなかった。
リゾナンターに入るまでは、絵里以外に殆ど友人のいなかったさゆみ。
出かけるときはいつも麻衣といっしょだった。
(そういや最近遊んでなかったな・・・)
さゆみは少しすまなく思い、姉に聞いてみる。

「ね、どっか行きたいトコある?」
「んっとねえ、ビデオ屋さーん!」

麻衣がスキップをしながら答えた。


「ありがとうございましたー!」

<TYUTAYA>から出てきたさゆみと麻衣。

「お姉ちゃん、いいのあった?」
「うん!ベビ高の新曲とー℃-ウテのアルバムとー・・・さゆちゃんは?」
「あ・・・うーん、あんまし・・・」

洋画の棚に、ずいぶん古いラブストーリーが置いてあった。
以前に、絵里と観たものだ。
(そういや、絵里どうしてんのかな、こんなに会わなかった事ってないなあ・・・ってダメダメ!!)
さゆみはそのビデオを一瞬手に取り、すぐ戻す。

(何よ、あんな奴、忘れてやるんだから!)
歩きながら、膨れるさゆみ。
とその時、麻衣が真面目な声を出す。

「そんな事より、さゆちゃん」
「な、何よ?」

自分から振っといて話題チェンジかよ!とさゆみは心の中でつっこんだ。

「あなた、お友達とけんかしたでしょ?」
「えっ、な、何でわかんの!?」
「さゆちゃんの顔に、ばっちり書いてある」

まったく、この人には敵わない・・・と苦笑して、さゆみはこれまでのいきさつを話し始めた。



「ねえ、さゆちゃん・・・」

全てを聞き終えると、麻衣は静かに話し始めた。

「それは、さゆちゃんが信じてあげなきゃ」
「だって・・・」

さゆみが反論しかけたが、麻衣の言葉に阻まれた。

「絵里ちゃんと会ってから、さゆちゃん、前より楽しそうだった。
あたし、ずっとさゆちゃんの側にいたけど、
あんなさゆちゃん、初めてだったもん。
だから、さゆちゃん、絵里ちゃんに感謝しなきゃ・・・」
「お姉ちゃん・・・」
―そうだ・・・絵里は、私に勇気をくれた。私の親友・・・パートナーだったんだ。
私が間違ってた!―

さゆみが立ち上がる。

「ごめん!この埋め合わせは絶対するから・・・リゾナントで、なんでもおごるから!」
「行ってきな」

麻衣がにっこりと微笑んだ。
面会終了時刻まであと1時間
15分もあれば、病院にたどり着けるだろう。




さゆみと絵里が出遭ったのは、5年前の冬だ。
母親と親戚の見舞いに来たさゆみは、院内の廊下をぶらついていた。
そんな時、同い年ぐらいの少女を見つけた。
当時の絵里は、今のようにヘラヘラしておらず、落ち着いた、むしろ暗い表情をしていた。
そんな絵里に話しかけてみたのは、さゆみの全くの気紛れだった。

「ね、だんご虫好き?」
「はあ!?」

―それがさゆみと絵里の初めての会話である。

そんな事をつらつら考えながら、さゆみは走っていた。
(絵里、待ってて!すぐ行くから・・・!!)

不意にドスッと音がして、さゆみの視界は真暗になった。
(何・・・!?)
倒れたさゆみの前に、黒衣の女が立っていた。

「・・・リゾナントピンク、捕獲」

女は、無機質な声でつぶやいた。



そのころ、絵里は病室で唸っていた。
数時間前から、様態が激変したのだ。
ピ・・・ピ・・と、頼りない心音が響く。
体中にチューブが通され、口には呼吸器が装着されている。
医師や看護士たちの喧騒が遠く聞こえる。
(こりゃあ、さすがのカメさんもダメかもですよ・・・)

胸が苦しく、眠ることさえできない。
その割には、頭の中は冴えていた。
ガキさん・・・愛ちゃん・・・これまでの事が頭の中をめぐる。
(ああ、これが走馬灯か・・・もう、本当に・・・)

死ぬなぁ、あたし・・・絵里は覚悟を決めた。



さゆみは、廃ビルの一室に転がされていた。
拘束されている訳でもないのに、まったく動くことができない。

「助け呼ぼうったって無駄だよ。あんたの力は無効化してある。」

目の前で嘲っているのは、粛清人Aだ。
その隣にいるのは・・・
(岡崎さん・・・なんでここに!?)

「行け!魔獣ブブーカ!!」
「ギィヤアアアー!!」

岡崎の体が膨れ上がり、衣服が引き千切れる。
その姿はもはや人間ではなかった。
(殺される!)
さゆみが目を固く瞑った瞬間、ギィーッとドアが開いた

―絵里!!―
そこに立っていたのは、血だらけのパジャマを着た絵里だった。

「貴様、何故ここが!?」
「・・・さゆを傷つける者は、絵里がゆるしませんよ?」

ニヤリと笑って、絵里は胸の前で手をかざす。

「百魔魅!!」 

絵里の手から放たれた風は、たちまち巨大な鼬の姿となり、
魔獣の首に喰らいつく。

「ギシャーァ!!」

断末魔の叫びと共にブブーカの体は一瞬で食べ尽くされた。

「くっ・・・退却だ!!」

粛清人Aの姿は消え失せ、絵里がその場に倒れこむ。


「え、絵里っ!!」

さゆみは駆け寄って絵里を抱きしめる。

「さ・・・ゆっ」
「しゃべっちゃだめ・・・何も言っちゃだめ!!」

声と共に、絵里の口からはゴボゴボと血が溢れ出す。
体中の傷を治すことはできる。
しかしどんどん下がってゆく体温や、静まってゆく心音はさゆみにはどうすることもできない。
携帯とリゾナントパワーで助けを呼んだ後、さゆみは絵里を抱きしめながら必死に心の中で話しかけ続けた。

(絵里、ごめん!もう絶対あんな噂、信じないから・・・
それでね、覚えてる?初めて病院抜け出した時、映画いったの。あん時はすっごい怒られたね、
あの映画、ビデオ屋さんにあったよ。こんど二人で、いや、お姉ちゃんと3人で観ようね・・・
で、その後センチュリーランド行こ!そんでまたクレープ食べよ!だから、絵里だから、だから、だから・・・!)

「じゃから!絶対死んだぁいけん!絵里死ぬなあ!!」

気がつけば故郷の言葉で、さゆみは泣き吼えていた。



さゆみは窓の外を眺めている。
病室は生憎の西向きだったが、夕焼けが美しかった。
傍らには、安らかな寝息を立ててねむる絵里の姿。
あの後、駆けつけた救急隊員とリゾナンター達の迅速な対応によって、絵里は一命を取り留めた。
「絵里君は、新種の人類かも知れんねえ・・・」と、主治医は怒りを通り越して驚いていた。
それはそうだろう、瀕死状態の患者が起き上がり、チューブを引き抜き、しかも走り出したのだ。

「それにしても、呑気な寝顔・・・」

さゆみは、絵里の寝顔を見つめながら、ふと思った。
―お姉ちゃんには、何も言わなくてもばれちゃったな―
麻衣は、決して能力者ではない、それに、絵里がやって来た時も、さゆみの力は封じられていたはずだ。
リゾナントパワー、それは何も特別なものではないのかもしれない。
愛や、友情、誰かを助けたい気持ちがあれば、人は誰しもリゾナントできるのではないだろうか・・・。

さゆみはそんな事を想いながら、絵里の手をそっと握り、囁いた。

「絵里、これかも、大切にするからね・・・」




                             完




















最終更新:2012年11月24日 08:16