(05)479 『未来はこの手の中に』



―今でもときどき分からなくなることがある


でもそれは仕方ないやんか。
だって自分は人間なんやから。
神様やないんやから。


寝起きのぼんやりとした頭の中で、光井愛佳は誰にともなく語りかけた。



今日も夢を見た。
ただの夢ではなく、訪れうる“未来”を。

里沙に能力の使い方を指導してもらうようになって以降、予知能力を自分の意志で制御することは随分上手くなり、
ある程度意図した“未来”を読むこともできるようになった。
それは同時に、意志とは無関係に押し寄せる予知の洪水に悩まされることがほとんどなくなったことも意味していた。

ただ、やはり眠っているときは意識が無防備になるからか、いまだに自分の意志に関わりなく“未来”のビジョンが流れ込んでくることも多い。
自らの死を“視せ”られたあのときよりもひどい“未来”はさすがにあれ以来なかったが、今日のものはまた違った意味で衝撃的なものだった。


廃墟と化した街。
無気力に座り込む自分やその仲間。
愛の後悔の叫び、それを慰める虚ろな仲間の声。
そしてその中に見当たらない里沙の姿。


もしかしたらこれは予知ではなく、あのときのように他人から送られた念波かもしれない。
一瞬そう考えたが、すぐに打ち消す。
あのときは妙に頭の芯が重い感じがしたが、今日はそれがない。
なにより、予知夢とそうでないものの違いはもはや感覚で覚えていた。


―あれは私たちに訪れうる“未来”

そう断言していいだろう。
自分たちの住む街が激しい戦いの末に壊滅する“未来”が間違いなくあるのだ。



だけど・・・


“未来”は変えられる。
自分の力で。

それもまた間違いのない事実なのだということを今では愛佳は知っていた。
だからこそ、自分の能力、そして自分自身のことを初めて好きになれると思えたのだ。

街外れの幽霊ビルでの一件の際、敵組織の予知能力者が言っていた。

自分は神であると。
未来をも自由に選べる予知の能力は神そのものであると。

だが、愛佳はそうは思わない。
いや、思いたくはない。
自分が神だなどとは絶対に。

だからあのとき愛佳は言った。
自分に言い聞かせる意味も込めて。


「“未来”は自分で変えられる。でも未来は一つ」

もう一度呟いてみる。

そう、“未来”はすなわち“可能性”なのだと思う。
自分が予知したものは未確定の“可能性”でしかない。
言ってみれば、別段予知能力などない者が「こうなったらいいな」「ああなったらいやだな」と夢想するのとそう変わらない。

愛佳はそう思うのだ。



でも、だからと言って未来予知の能力に意味がないわけでは決してないとも思う。
何故ならば、その予知を“視た”後の自分の行動が、本当の未来―ただ一つの未来を決めるからだ。
神の視点に立った取捨選択による決定という意味ではなく、“未来”を知る一人の人間としての行動が。

そういった意味があるからこそ“視る”のだと思う。
ただ一つの未来にとって、自分が“未来”を“視る”ことも重要な要素の一つなのだ。きっと。


・・・もちろんそれが正解なのかどうかは分からない。
だって自分は神ではないのだから。


―そやけど・・・


「未来にとっては必要な人間の一人」


そう言いながらベッドから立ち上がる。



少なくともあの“未来”を知っているのは今は自分だけ。
だからこそ自分にしかできないことがある。

自分はある意味未来に「選ばれた人間」なのだから。

決して思い上がった意味ではなく、むしろ限りなく謙虚な意味で。
そう、未来はこの手の中にあるのだ。


さっきの“未来”の中で、自分たちを取り巻いているのは決して絶望ばかりではなかった。
でも、できることならあんな悲しい未来は避けたいと思う。

そのために自分に何が出来るかは分からない。
だけど、あの“未来”を“視た”自分が行動することにきっと意味があるのだ。
あの“未来”が本当の未来になるにしろならないにしろ。


「私・・・結構強くなったんちゃう?」


壁にかかる鏡に向かってそう笑いかけた愛佳は、そこに盛大な寝癖のある寝ぼけた顔を発見して、思わず声を出して笑った。




















最終更新:2012年11月24日 08:10