(36)52 『コードネーム「pepper」-ガイノイドは父の夢を見るか?-5 』

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



第14話 : Will to live


国立バイオテクノロジー研究所は、Tukuba-Mountainの中腹、意外なほど人里から離れた森の中にあった。
全面ガラス張りの、モダンな6階建ての円形の建物は、冬の日差しを浴びてキラキラと輝いている。

捜し求めていた「父」はもう目前のはずだった。

しかし、研究所に程近い丘の上に立った、対テロリスト用ガイノイドチーム『pepper』のリーダー・アイは、周囲の森の中に潜む武装装甲ロボット・AK-B40群の存在を感知し、鋭い眼差しでその方向を見つめていた。

「しつこいね…。まだ懲りないのかな」
アイがつぶやく。
「アイちゃん、かなりいるの?」
里沙が問いかける。
「ん…。20体前後だね…。全然問題ないよ」

「サユ、都倉博士に連絡して」
アイは振り返ると、サユミに指示をする。

サユミがLINLINから携帯を受け取り、土居研究員から教えられていた都倉博士の携帯へと電話する。
「…都倉博士…ですか…?」
…“お父さん”…という言葉を今は飲み込み、話しかけるサユミ。
「…はい、私たちは…、無事です。ええ、もう目の前です」

「研究所の地下に来てくれって!今日は誰もいないらしいです!」
携帯を閉じながらサユミが叫ぶ。『pepper』たちの来訪によって騒動になるのを恐れたのか、博士は研究所の業務を急遽停止したらしかった。
「そう…。じゃあ、あなたたちは先に研究所に入って。あーしは“連中”を片付けていく」


「アイちゃん…!?…、まさか…!?」
里沙が不安げな顔でアイに詰め寄る。
「大丈夫やよ、ガキさん。…約束やろ?あーしは死ぬつもりなんて無い」
「あのデカイのがいなければ、このくらいの数なら全然問題ないよ…。みんながここにいても危ないだけやし」
アイは笑って里沙の肩を叩く。

「あいつらも研究所を攻撃するほどバカじゃないやろ。みんなは先に“お父さん‟に会って…。あーしもすぐに会いに行く」
「…ホントだね?約束だよ?…待ってるからね?」
「…ガキさんは心配性やの…」
アイは苦笑すると、もう一度軽く里沙の肩に触れた。

「エリ!あーしがあいつらを牽制する。その間にみんなで研究所に入って!」
「…ハイ!」
「ガキさん、みんな…。あとでね!」
アイは里沙に軽く手を振ると、丘を軽やかに駆け下り、AK-B40群の潜む森へとまっすぐに進んでいく。

それを横目で見ながら、『pepper』のエリ、サユミ、JUNJUN、そしてLINLINと共に、里沙も研究所へと走る。
…ただ、里沙の眼には、森へと向かうアイの背中はなぜか妙にか細く、頼りなげに見えていた。

飛び立つ黒い鳥たちの群れが、暗い森の上空に見える。
森の中では、アイを目標として感知した装甲ロボット達が、一斉に動き出していた。

*** ***



その頃、科学技術局のメインコントロール室では、局長代行の秋元が部下に檄を飛ばしていた。
「何をしている!?早くAK-B40の自爆システムを稼動させろ!何の為に昨夜突貫で全個体に爆破装置を仕込んだと思うんだ!」

「…いや、しかしこれだけバイオテクノロジー研究所が近い状態では、自爆させたら研究所に甚大な被害が出ますよ?」
AK-Bシステムの遠隔操作用モニターパネルのキーボードの前で、局員があきれたように答える。
「…だが、今日は研究所には誰もいないはずだ!」
「…ええ、確かに、今日は臨時に業務を停止しているようですが…。かといって研究所を壊すわけにはいかんでしょう?」

「…いや!かまわん!稼動させろ!研究所の被害もある程度はどうにかなる!」
「…そんな…!」
「もういい!私がやる!」
完全にあきれた様子の局員を押しのけ、秋元がキーボードの前に座ると、次々とAK-B40の稼動設定の変更を入力していく。

 …遠距離での敵破壊が困難な場合、敵への接近・確保を優先
 …敵確保と同時に自爆システムを稼動
 …危険回避行動プログラムを停止
 …周辺施設への被害回避行動プログラムを停止…

(…もう、私には後が無い…。AK-B8まで失い、AK-B40もすでに2個中隊のほとんどを失っている…。たとえ、バイオテクノロジー研究所に被害が出たとしても、最終的に『pepper』さえ全滅させれば、何とでも言い訳はできる…)

秋元の眼は熱にうかされたように、ギラギラとした光をおびていた。


*** ***


高速で野を駆け、森へと飛び込んで行ったアイは、森の中で蠢く装甲ロボット群の動きを全身のセンサーで感じ取る。
アイのセンサーがキャッチした、残存するAK-B40は21体。ロボットたちの頭部に装備された赤外線感知の単眼が赤く光り、アイの軌道をトレースして動いている。

アイがほの暗い森に飛び込んだ瞬間から、「射程距離内侵入」を確認したAK-B40たちの電子砲の照準が、忙しく動き始めていた。
バシュ!!という音と共に、光線がアイをかすめて樹木をつらぬく。

しかし、アイの持つ赤外線センサーは、電子砲の予備動作である銃身の発熱を捉えており、その動きを完全に掌握していた。
アイはうごめくAK-B40の電子砲の照準を注意深く避けながら、陽動動作を繰り返し、ロボット群を研究所から遠ざけようと、森の中を駆ける。

バシュ!!バシュ!!と音を立て、幾筋もの光線が樹木をつらぬき、木の破片が飛ぶ。
「ガキさんも…、レイナも、これを受けたんやね…」
自身の極限まで神経を研ぎ澄ましての行動の中、アイは失った仲間たちへと思いを馳せていた。

キィィィィィ…ン!と微かな音を立て、走り続けるアイの右手の中に『光』が集まりはじめた。
阿久博士が、高橋愛の持つ『光』の『能力』(フォトン・マニピュレート)を模して造り上げた、『集中放出型電子砲』を作動させたのだ。

既に軍事用として実用化されている、対空兵器『戦術高エネルギーレーザー』と比較すれば射程距離は大幅に劣るものの、至近距離での威力は高い。
アイの体内に埋め込まれた、超小型反応炉のエネルギーの大半を消費するその威力は、AK-B40の電子砲の数十倍にも匹敵した。


「レイナ… ごめんな… 」
「あの時…。あーしはこの“力”で皆を救おうとしていた…」
「でも… あーしもホントはわかっとったんよ…。 この“力”でも、きっと“ひとり”では皆を救えないという事を…」

「でもな… あーしは選べなかったんよ、どうしても…。 レイナ、あんたも… コハルも…」
「あーしは… 一緒に死んでくれ、とは言えんかった…。 レイナ、あんたそれがわかっとったんやね…? だから… だからあの時あんたは…」

「…なあ、レイナ…」
アイは森の背の高い樹木の隙間から、青空を見上げて想う。
「…あーしはリーダー失格やったかの…?」

手の中の『光』は、すでにサッカーボールほどの大きさに膨らんできていた。

「でもな… あーしはもう誰も死なせないよ…!リーダーとして…!」
「それにな… 一緒に行けない皆には悪いけど…、あーしも“欲”が出てきたんよ…」
「この前までのあーしは、戦って死ぬのは当たり前だと思ってた…。 でも、今は違う…」
「“お父さん”がいるとわかった今…。あーしは、“お父さん”に会えたなら… “戦いの先の人生”… それを生きてみたくなったんよ…」

「…だから、あーしは死なない。あーしは、生きる…!」

突然、アイは高速移動を止めて静止する。そして手の中の『光』を解き放った。

眩いばかりの『光』の奔流が、ほの暗い森の中を走る。そして『光』は直線上にあった5体の装甲ロボットの頭部を、串刺しにするかのようにつらぬいた。

「…ビンゴ」
アイがかすかに唇の端に笑みを浮かべながらつぶやく。


アイの電子砲はエネルギーを大量に消費するため、連続しての使用は3回が限度であり、その後は一時的な活動停止状態となる危険があった。
アイはロボットたちを牽制して動きながら、より効率的に彼らを破壊できるポイントを計っていたのだった。

しかし、次の瞬間『光』につらぬかれた1体の装甲ロボットが閃光を放ち、凄まじい爆発を起こす。仕込まれた自爆システムが作動したのだ。
その爆風と火炎はアイにも迫り、アイは回避のジャンプを行うしかなかった。

ジャンプしたところを爆風に襲われたアイは予想以上の距離を飛ばされ、森を飛び出し、バイオテクノロジー研究所を背に立つ形となった。
(これは…!? 爆発の規模が異常に大きい…!)

残りの4体のロボットも、連鎖するかのように次々と閃光を放ち、火炎を吹き上げて激しい爆発を起こす。
轟音がとどろき、森の一角が炎に包まれる。黒煙が青空に噴き上がった。
(電子砲だけではこれほどの爆発は起こらないはず…。装甲ロボットの体内に爆発物が仕込まれている…? 何のために?)
アイは目の前で炎上し続ける森の一角を見つめながら、状況を測りかねていた。

突然、眼の前の燃え上がる炎の中から、炎を纏った装甲ロボットが飛び出し、アイを襲う。
(コイツ…! 炎を回避しない!?)

これもまた予想外だった。これまでの対決から、装甲ロボットたちは“炎を回避する”という情報が、アイには刷り込まれていた。
とっさにアイはジャンプしての右回し蹴りを放ち、ロボットの頭部を刈り取ろうとする。

しかし、装甲ロボットのスピードがほんのわずかにアイの予想を上回った。ロボットの頭部を蹴り抜くはずの蹴りはポイントがずれ、足首を頭部にめり込ませる形で止まった。
ジジッ…!!っと放電が走り、ロボットの前進が止まる。


しかし、それと同時にロボットのアームがすばやい動きでアイの足首を捕らえた。アイは右足を持ち上げられ、逆さに吊り上げられる格好となる。
炎で焼けた金属のアームが、アイの足首の皮膚を焦がす。

アイは冷静な表情を崩さず、身体をしなやかに躍動させ、左足のキックで自らの足を捕らえている金属のアームを破壊しようとする。
しかし、その高速の蹴りがアームを粉砕するとほぼ同時だった。アイを捉えていた装甲ロボット、AK-B40が、眩い閃光を放ち、自爆した。

閃光と火炎に、アイは飲み込まれた。

*** ***


遠隔操作用モニターパネルの前の秋元が立ち上がって叫ぶ。
「やったのか!?破壊したのか!?」
しかし、自爆したロボットからの映像を写していたモニターには、既にノイズだけが映し出されていた。

*** ***


研究所の地下深く、B16と表記されたランプが灯り、里沙たちの前でエレベーターのドアが開いた。
エアロックされていると思われる、分厚い2重ゲートの扉を通り、奥へと進む。
ゲートが開くと、風が奥へと吹き込むような感覚がある。室内の気圧が調整されているのだろう。

ゲートの先には、やさしい眼をした、長身の白衣の男性が手を広げて立っていた。
それが、バイオテクノロジーの世界的権威、シュン・都倉博士であり… 『pepper』たちの『父親』であった。


「お父さん!!」
『pepper』のメンバー、サユミ、エリ、JUNJUN、LINLINは、一目見るなり、彼を『父親』と確信して歩み寄る。

「すまなかった…」
彼女たちを抱きとめた都倉博士の最初の言葉は、『娘』たちへの侘びの言葉だった。
「おまえたちを大変な目に遭わせてしまった…。特に、アイ… アイはどうした?」

「アイちゃんは… 上に残りました。追って来たロボットたちを片付けてから来ると言って…」
エリが答える。
「そうなのか!…アイであれば大丈夫だとは思うが…。心配だな…」
都倉博士の表情が曇る。

「アイちゃんは… 大丈夫だと思います。あなたに…“お父さん”に、必ず会いに来る、と約束してくれました」
博士と『pepper』たちにゆっくりと歩み寄りながら、里沙が言った。

「…あなたが新垣さんですね?」
博士が里沙に向き直って言う。
「…あなたとリゾナンターの皆さんには、大変にお世話になった…。本当に感謝しています。阿久博士と他のリゾナンターの皆さんも、間もなくこちらに到着するはずです」

「…博士、彼女たちは…? 私は彼女たちに“人間の心”を感じました…。だから、私は…」
「…この子たちは、私の“娘”です」
博士ははっきりと言い切る。その顔を『pepper』たちは静かに見つめていた。


「…話せばとても長い話となります…」
都倉博士は、遠くへと思いを馳せるような眼をした。

「…そうだ、新垣さん…。失礼だがあなたは『精神感応』の力をお持ちでしたね…?」
「封印してはいましたが、この子らにも “心を繋ぐ力”があります…。よければ、この子らと一緒に、私の記憶を覗いてみてください」

「…いいかい?おまえたちには“心を繋ぐ力”がある…。これからその“封印”を解く…。私の『精神(こころ)』の中…、私の『記憶』を覗いてみてくれ」

博士はそう『pepper』たちに告げると、続けて短い英語のいくつかのセンテンスを口にした。そして、こう続けた。
「…おまえたちの“心の扉”を開けなさい」

博士がそう告げたとき、突然強い風が吹いた。…いや…、里沙がそう感じたのは、『pepper』たちの強力な『精神感応』の力が放つ、野放図な精神エネルギーの奔流、“思念の風”だった。

『能力者』たちは成長に伴い、徐々に自己の“能力の制御”を身に付けていく。また『能力』もそれにしたがって向上を遂げていくのが通常である。
しかし、遺伝子操作によって急速に成長し、その間を都倉博士による『意識下催眠』方によって『能力』の発動を抑えられていた『pepper』たちは、その強力な『能力』の制御方法を全く身に付けていなかった。

今、稀有な『能力者』であった都倉博士の娘、『都倉愛』の遺伝子に由来する『pepper』たちの強い“精神感応”の力が、全く制御されることなく解き放たれていた。
『精神感応』のより高度な形態である『精神干渉』の『能力』をも備える里沙の眼には、まるで『pepper』たちの身体が強い光を放ち、強い風を吹き上げているように見えた。


膨大な量の都倉博士の『記憶』が読み取られ、さらにそれは『pepper』たちの『精神(こころ)』から“思念の風”となって溢れ出していた。
里沙は自身の『能力』を発動するまでも無く、その膨大な博士の『記憶』を『共有』する事となった。

その記憶は遠い過去、初めての愛娘、『愛』の誕生までさかのぼる。

初めての娘の誕生の喜び。
娘に不可思議な『能力』が具わっていた事への驚きととまどい。
それを妻と共に乗り越えていった、娘への愛と信念。

突然の禍によって妻と娘とを同時に奪われた喪失感、怒り、哀しみ、憤り… そして新たな希望。
新たな『娘』たちである、『pepper』たちの誕生の喜び。

そして今回の事件での心痛、再び『娘』たちを喪った事への深い悔恨の念…。

…それらが、言葉ではなく、博士本人の『記憶』そのものとして、『pepper』のメンバー、そして里沙の『精神(こころ)』の中へと、奔流となって流れ込んできていた。

JUNJUNが涙゙を流しながら言う。
「私は、わかっていました…。 いつも、“お父さん”の“こころ”が私たちを包んでいる事を…」
「そうです…。いつも、ふと気がつくと感じていた、私たちを包むこの“想い”…。ずっと、感じていました…。それは“お父さん”のものだった…!」
そういうLINLINもまた、泣いていた。


「そうだ、私は…、いつも、心のどこかで、おまえたちの事を考えていた…」
博士の眼もまた、潤んでいるように見える。
「この事をみんなに…、ここに来れなかったみんなに、伝えたかった…」
エリの声は、細く、かすれていた。

「すまなかった…。わたしは、方法を間違えていた…」
都倉博士の声は、深い悔恨に満ちていた。
「…いいんです…。私たちは人間として、本当に愛されて生まれた…。それが今、わかりました…」
サユミはそう言いながら、博士の白衣に顔をうずめた。

その傍らで立ち尽くす里沙はまた、別な意味での感銘を受けていた。

…一体、どれ程の人間が、自分の愛する人たちに、
「私はおまえを、おまえたちを愛しているから、精神(こころ)を覗いてみてくれ」
…そう言えるだろうか?

そして…、里沙が受け取った博士の『記憶』の中で、幼い娘を育てていた頃の博士は、妻とこんな会話をしていた。

*** ***


「…ねえ…。この頃『愛』が僕の『心』を読んでしまうから、僕は最近“悪い事”…“邪な事”を考えないようにしているんだ…。『聖人君子』にでもなってしまいそうだよ」
「あ、やっぱり?…そうなのよね、何かに怒ったりしてもすぐ伝わるから、いつも穏やかな心でいようと思うし…。あたしもとても“やさしい人”になってきてるみたい」

…今は亡き博士の妻は、そういって柔らかな笑顔を見せていた。

*** ***



里沙は、自分の知る多くの『能力者』たちの、家族たちとの関係に苦しむ不幸を目の当たりにしてきていた。
もし『能力者』を子に持った親たちが…、みんなこんな風であってくれたら…。
里沙はそう思わずにはいられなかった。

そのとき、エリがはっとしたように顔を上げる。
「…アイちゃんが…! …いま、アイちゃんの声が聞こえました!」
「どうした? アイが危険なのか!?」
都倉博士が不安げに問う。
開放されたエリたちの強力な『精神感応』の『能力』は、地下16階の地中深くから、地上のアイの『思念』を感知したらしかった。

「…危険かどうかは…。でも、確かにあたしたちが…みんなが“そばにいて欲しい”という声でした!」
エリ以外の『pepper』のメンバーも、同じ『声』を聞いたらしい。それぞれが顔を見合わせて頷く。
「…うむ…。とりあえず我々も地上に出よう!おまえたちならアイを手伝える事があるはずだ!」

都倉博士は再び一時的に解放した『pepper』たちの『精神感応』の『能力』を閉ざす。
博士が『キーワード』を告げ、『pepper』たちから放出されていた、“思念の嵐”とでも言うべきものが静かに消えた。

しかし、全員が再び地上へのエレベーターへと向かおうとした時…
ズウゥゥゥ…ン… と、はるか上の地上から、かすかな地響きが聞こえた。そして、突然研究所内に、けたたましいサイレンが鳴り響き始める。

それは、国立感染症研究所による「病原体等安全管理規定」に設定された、『LEVEL5(固体および地域生態系に対する高い危険度)』以上の遺伝子操作実験を可能とするはずの、国立バイオテクノロジー研究所の『気密システム』に“致命的な異常”が起きたことを知らせるものだった。