「ごめんな、ばあちゃん。 急な用事のせいで遅くなってしもうて」
「難しい手術じゃないから、別に来なくても良いって、言ったじゃないか。
それにどさくさ紛れに人をばあちゃん呼ばわりするんじゃないよ」
二ヒヒと笑う気配がした。
「手術が済んで退院できたら、また犬を飼うたらよかやろ」
「もう犬はいいよ。 チビみたいに先立たれるとやっぱり辛いしね。
もっとも、今度犬を飼ったら、私のほうが先にあの世へ行くことになりそうだけど」
「冗談でもそんなこと言うたらいけん」
博多訛りの彼女は、ふとしたことから知り合った年下の友人。
見かけはちょっと不良っぽいけど、とっても純粋な子。
以前この病院で乱闘騒ぎを起こしたことがあると、年配の看護婦が言っていた。
五十人殺しとか、百人切りとか昔の剣豪じゃあるまいし。
「これお見舞いっていうか、お守りみたいなもん」
そう言うと私の右手に何か固い物を握らせた。
それは冷たかったけど、握り締めているうちに暖かいものが心の中に流れ込んできた。
手術が終わって、意識が戻ると医師が目の前にいた。
「手術は成功です。 リハビリさえ真面目にやっていただければ、社会復帰できます。
あ、それと手術中ずっとこんな物を握り締めておられましたが、何かのおまじないですか?」
医師の掌の上には歪な形の小石が載っていた。
黒い絵の具か何かで目が描かれている小石は、ちょうどお座りをしている犬のように見えた。
「チビ…」
博多訛りの野良猫は誰よりも優しい子、私の大切な友人だ。 (野良猫にホゼナント)
最終更新:2012年11月27日 08:31