(14)383 『共鳴者~Darker than Darkness~ -10-』

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高橋は倒れ伏していた。
地面に打ちつけた背中が痛む。
左頬は痺れるような熱を孕んでいた。
梅田えりかの靴底に頬を蹴り抜かれ、
吹き飛ばされたのだという状況を理解するのに数瞬を要した。
だが、おかしい。
辻褄が合わない。
梅田えりかが消えた。
刹那、今の衝撃に襲われた。
消えてから攻撃まで、タイムラグが一切なかった。
単純な移動速度の問題ではない。
空間の歪みも感知できなかった。
つまり高橋同様の瞬間移動ですらなかったのだ。
消去法により、出される回答は限られてくる。

「時空操作、か……。」
「ご名答。ずいぶん明晰ですね」

呟き、口内に溜まった血を吐き捨てながら立ち上がる高橋に、
梅田は溜飲を下げたような笑みと共に言った。
視線を巡らせる。矢島は元の位置から動いていない。
だが、矢島の方からは共鳴能力の気配の残滓が色濃く立ち昇っていた。
対して、直接高橋を攻撃した筈の梅田のそれは薄い。

「なるほど。二人でひとつってわけや」

おそらくは時間の流れを矢島が留め、
その影響化でも自由に動けるのが梅田の能力といった所だろう。



一目でそれを看破した高橋に、敵は明確な狼狽を見せた。
高橋愛がここまで頭脳の優れた人間とは聞いていない、とでも言いたげだ。
そうなるようにこれまで自身の精神感応の真価を伏せてきた高橋であるから当然だが、
この反応はこの反応でなんとなく心外だった。

「そ、こまで一瞬で見抜いたのは流石とでも言うべきですかね。
 けど、どうします? 見抜いた所で対処の仕様がないでしょう」
「高橋さんの空間制御は強力ですが、時を止めてしまえば恐るるに足りない。
 新垣さんの洗脳能力に至っては、私たち共鳴者相手では無力に等しい」

共鳴者には精神干渉系の能力への耐性がある。
事前に相手の了解を得ていれば、以前の高橋がそうしていたように
相手の意識を通じて周囲の状況を探る程度は可能だが、その程度が限界だ。
確かに、こと能力戦に置いて、新垣による直接攻撃は共鳴者に対しまるで無力だ。

「ふ、はは、あはははは!」

哄笑を上げたのは当の新垣だ。
その笑みに言い知れぬ悪寒を感じてか、
二人の少女達にまたしても狼狽に近い疑念が浮かぶ。

「――なにが可笑しいんです。気でも触れましたか」
「や、ごめん。確かにその通り。私の能力って、
 ほんと能力者相手には役立たずもいいとこなんだよね」

ただ、と、新垣は先に梅田がそうしたようにゆっくりと前置いた。

「相手が非能力者なら、無敵と言っていいんだわ」




瞬間、屋上の空間に無数の歪みが出現した。
高橋の能力によって生み出されたその数は優に百を超える。
現れたのは、歪みと同数の人間だった。
彼らの瞳に光はない。
その全員が新垣の能力の制御化にある。
矢島がその能力を発動する心理的余裕すら与えず、
文字通り屋上は新垣所有の兵士たちによって埋め尽くされていた。

「私が一度に洗脳できる人間は、画一した命令でなら…千人を越える」

例えば全員をこの建物に強行突入させることも。
例えば全員を一度に自害させることも。
新垣里沙には造作もない。
加えて、洗脳下にある人間は得てして痛覚も恐怖も麻痺している。
絶対の命令に忠実に動く、文字通り最高の兵士だった。

その意味に。その脅威に。
彼女達が気づいた時には何もかもが手遅れだった。
新垣と高橋の周囲だけ避け、
完全に屋上を埋め尽くした兵士たちは矢島と梅田の下へと殺到していく。
梅田の姿が一瞬消え、かと思うと一メートルほど動いた位置に現れる。
おそらくは矢島の能力による時空停止には一定のリミットがあるのだろう。
そのリミット内で、しかも隙間なく押し寄せる兵士達という障害物に阻まれた彼女は
高橋や新垣の側まで近づくことも敵わない。
消えて、現れてはまた人波に押し戻され、そしてまた消えて、と繰り返している。



「な、なんでっ!? こん、こんな、はず……!」
「気になるなら、教えてやるわ」

"子供達(キッズ)"は確かに"五番目(フィフス)"の後に実施された計画だ。
だからより強力。
より絶壁の能力者が誕生していても不思議はないように思える。
だが、違った。
むしろ"五番目"の後だからこそ、"子供達"にそれを越える力など許される筈がなかったのだ。
"五番目"計画により政府は貴重な、共鳴者という人材を一名失い、
挙句に紺野あさ美という由々しき脅威を野に放つに至った。
その苦い経験を忘れられない彼等は、"子供達"をより政府に従順に作る必要があった。
万が一、離反する者が現れた場合でも、少なくとも残りの人員によって殲滅できる程度には、
――能力の強化を抑える必要があった。

小川麻琴の死亡例があり、それが紺野あさ美の離反の動機にもなっている。
だから実験はより慎重を期す必要もあった。
慎重を期せば過度な薬物投与などは避けざるをえず、これも能力強化抑制の一因になった。
"子供達"の方に被験者が圧倒的に多いのも、要は数で"五番目"を凌駕しようということだろう。
矢島と梅田のように二人でひとつの完成した戦力として作られているのは、
どちらか一方による政府からの離反を阻むためでしかない。

「自惚れが過ぎるやざ。あんまり、あーしらを舐めん方がいい。
 もっとも、――とっくに手遅れやけどな」



高橋の手が兵士達に封じられた二人の少女へかざされる。
青褪めた彼女達を気に留めることもなく、高橋はその力を解放した。

「なっ、なにを――」

疑問すら最期まで口にすること叶わず、二人の身体は消失した。
次の瞬間には、はるか上空から少女達の甲高い悲鳴。

「いくら時間を止められても、空中じゃ身動きできんやろ」

高橋は共鳴者の理想社会を目的としている。
だが、それはあくまで彼女の仲間達の為だけだ。
その障害になるのなら、政府の傀儡と化した同胞になど容赦はしない。
だから先とは逆に、高橋は屋上の兵士達を歪みに取り込み消失させた。
後には、硬く冷たいコンクリートの表面を剥き出した、石の地面が残される。
言葉も交わさず、新垣と高橋は少女達の塞いでいた扉へと歩み寄る。
上空の悲鳴は徐々に徐々に、下方に向けて堕ちてくる。
高橋と新垣が扉の中にその姿を消す。

――絶叫じみた悲鳴が途絶え、熟れた果実の轢き潰される音がした。