(13)304 『常夜を引き裂く照空灯』

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「頼む、許して。許してくれー」

どんな悪人も、死ぬ間際にこう言う。自分の行いは棚に上げて、命乞いをする
あたしはそんな声をなかったことにして、心臓に小さな風穴を開ける

あっけないんだ、人間なんて。

自分がこの命を奪う行為に恍惚を覚えていることに気付く
今まで裏切られてきた、その感情を少し和らげて貰う。この命で。
そして思う、本当は自分が一番汚い醜い人間であると

「任務しゅーりょー。今から帰んね」
どろどろの心に蓋をして今日もイエに帰る

幼い頃から、抑え切れなかった破壊衝動。
自分の意思とは無関係に発動しては、周囲を破壊した。
その時にしか得られない快感と事後の拭い去れない不快感

おまえのなかにはかいぶつがいる
そう言われて肩の荷が下りたの。逆に
これは自分のせいじゃないと思わないとやっていられなかったから。

御祓いしに行こう、その言葉に従う度に殺されかけた
最初は自分の為だと信じていた。
だけど、大きくなるにつれて、その危険の方が両親の願う本題であると気付いた。




逃げ出して、裏の世界に入っても、この衝動は不要な荷物でしかなかった。
今、どういった経緯か正義の味方の真似事をしている。

自分でもわかっているんだ。
正義を振りかざして、自分の破壊衝動を処理していると。
あたしは捕食者で周囲は被食者でしかない。

『お疲れ様ー早く帰っておいでー』

彼女の組織を選んだのは、彼女が強いから。弱いニンゲンといたら、私は全部壊す。

「温かいもの食べたいな。外、雨だから。」
『おっけー。なんかスープにするね。』

そんなあたしがどうしてだろう、その日。

「ねーなっち…」『なによ?』

「ペットってさ、一匹飼うのも二匹飼うのも一緒らしいよ」『何さ?急に』



「一人?ちょっとお茶しない?」


高架橋の下、誰よりも小さくなって消えそうな、光を拾った





「やっと食べたよ。あの子、ごっちんとは違って遠慮深い」

喫茶店の一階のお客は彼女だけ。なんでもこの雨は台風のお子様らしい。
もう、今日は誰も来れそうもない。

「で、どこでひっかけてきたの?あの子」

“どこ”かだけを聞く質問ではないことをあたしは理解する。
どこから来てどこに行くのか。むしろ後者を強く含んだ言葉だ。

「わかんない。でも、食べたら出ていくってさ。」
「そいつぁーだめだよ。だって雨強いし…ね?」

何よりも重みのある「ね」だと思う。
一目見たときからわかった。あの子は何かの能力者。
この世界長いからね。わかっちゃうんだよね。

「部屋はまあ、なんとかなるし。意地でも出て行かないように引き止めてね。」

そう笑顔で言われて、口ごもるあたし。
本来的にこういうことはなっちのほうが向いてると思う。
実際、あたしもそうされたクチだし。

その子がいそいそと出る準備をしたのを見て、
あたしは動いた。



「ありがとうございましたー」
人懐っこい微笑みを浮かべる彼女―高橋愛―は、何故か接客を嫌がった。

でも、厨房で火とか使わせるのもなんか怖くて、コーヒーの淹れ方を教えたら、
一日中コーヒーメーカーの前でこぽこぽコーヒーを作るようになった。
飽きないんだろうか?
シフトはいつも、店長自ら接客、キッチンあたし、コーヒー愛ちゃん。

結構田舎の出身らしい。
なっちも大概だったが、彼女も激しい日本語だった。
そんな彼女が、どうしてこの都会の片隅で独り膝を抱えていたのか。


愛ちゃんは普段リビングにお布団をひいて寝ていたが、
あたしのロフトに上がるのがとても好きだった。

天窓から見える空が好きらしい
濁った空だと思うのに、彼女はそれを愛した。

だから夜、出撃で一人店に残すときは自由に使うことを許可した。
少しでも寂しさが消えるのではないか、そう思ったから。

会合、そう言ってなっちと出て行っていたが、さすがに気付いているんだろうね。
「気をつけて」そう言って店の内鍵を閉める彼女の目尻にはいつも涙が溜まっていた





そんな日々に変化が訪れた。


三人での買出しの帰り、工事現場の横を通ると、大きな爆発音。
「火事だー!」「な、中に人が、まだー」
あたしとなっちは、荷物を愛ちゃんに任せ、現場に向かう。

奥で聞こえる、人々の助けを求める声。
でも、ダメだ、少し入らないとわからないことだが、入り口は完全に塞がれている。

どうすれば良い?時間だけが過ぎていく。

「すんません、荷物。置いてきました。」
その言葉だけ残して、今目の前から消えたのは、愛ちゃんだった


目の前に、一定時間ごとに人間が現れる。
愛ちゃんは何度も消えては人を運び出す。

「お、オレで最後だ。」
もうろうとする意識の中で一人違うプレートを提げた男を運び出したと同時に
建物は再び爆発した。

消防車が到着したのは、その3分後だった。


「うぇほ!げほ!…えほっ」
炭で真っ黒になった愛ちゃんは煙をいくらか吸ってしまったようだ。
あたしたちは彼女を抱えて、店に急いだ。
本当は救急に任せたほうが良いのかもしれない。
でも愛ちゃん自身が、逃げましょう、逃げて下さい、そう言った。

 *  *  *  *

「お先でした」
カチャリとバスルームのドアが開いて、愛ちゃんが顔を出す。
綺麗になったのに、完全に浮かない顔。無理も無い、か。


「あの…」
「あー、ダメダメ。絶対に出て行くとかなしよ」
なっちは目の前でパタパタと手を横に振った。

「でも、あーし、あの…」
言葉が出ずに俯く愛ちゃん。
あたしは何も言わず、ソファでクッションを抱いた

「何か、特殊な力があるから、あの日、一人でお外にいたの?」
だいぶ端折った言い方だが、彼女も理解したらしい。
あたしたち異能力者について回る、力の存在からの被害。

「…しゅ、瞬間移動…と、精神…感応…持ってます」



ぽつりぽつり、彼女が過去を話し始めた。

禁じられていた能力の発動を、親友を助けるために破り、
結果手に入れた、故郷での差別と新たな力、精神感応
祖母の死と共に故郷を捨てるも
流れ着いたこの街は彼女が生きるには汚れすぎていた。

いや、精神感応なんて持ってたら、どこだって汚水だ。

生きる為に身体を求められては逃げ、
途方に暮れていたあの日、あたしに出会った。

「あたしたちが能力者だって、わかってたっしょ?」

なっちの優しい声に、愛ちゃんは一度瞳を揺らすと、こくりと頷いた。
それは、何にも知らない、お姫様の終わりの合図。

「あたしたちが、怖い?出て行きたい?」
彼女はふるふると首を横に振る。違う、そうじゃなくて…

いつまでもはっきりしない彼女の両肩を思わず掴む
ビクリと、大きく震えるそれ。ああ、そうか。心…こうやって引っ付いたほうが流れ込むのね。
それで、接客も嫌がった。


あたしはそれに気付かなかったフリをして、ゆさゆさと揺する

「どうしたいの?いってごらん」
「ちょっと、ごっちん」
制止の声も振り切って、あたしは続ける。逃がしたく、ないの。

「ここに、おりたい…」
なにか、そう…虫の羽音のような、小さな小さな声。
零れ落ちた本心が、彼女を締め付ける。

「じゃあ、いたらいいじゃん」
「でも、でもぉ…」
あーし、呪われてる。し、信じれんのやもん。人も自分も

「じゃあ、どうしてここにいるの!」
「やって、やってぇ」

泣き出す彼女を抱きとめる。
呪われた自分と、人は一緒にいてはいけないと理性が叫ぶ
でも、一人でいたくないと、本能が叫ぶ
二つの間で切り裂かれそうな身を必死で抱きとめる彼女

「ここにいる連中はみんな、愛ちゃんと同じ。」

みんな、同じだ。孤独に、勝てない。
だから、一緒にいよう。目を逸らそう。青暗い中に身を隠して…



居場所は、人に何よりの自信を与えるらしい。
愛ちゃんはみるみるうちに接客を覚えた。それは眩しすぎるくらいの笑顔を伴って。

そして、もう一つの顔をも担い始める。

「はい。あーしが、出ます」
彼女は強かった。何よりも抜きん出るはその俊敏性。
私が駆けつけたときにはすでに仕事を終えているほどだった。

あたしはそれを純粋に喜んだ。
あたしの愛ちゃんがこんなにスゴイ子になったぞ、そんな気持ちでいっぱいだった。

でも、それは少しずつ綻び始める。

仲間の誰かが言った。
高橋は自分の呪われた力が人の役に立つとわかって嬉しい、と。
あたしはその意見に何も言わなかった。

認めてしまうのは、嫌だったから。

     自分と愛ちゃんの決定的な違いを―





 *  *  *  *



その日、朝から空が不機嫌だった。何か嫌な予感がした。

昔から嫌な予感だけは当たるもので、
店を閉めたその後すぐ、小さな出動要請が鳴り響いた。


「ちっさいですね…反応」
喫茶はもう一つの活動をする上での大切な収入源。
なっちとあたし。明日の仕込み、レジ締め…やらなければならないことは多い。

「あーし、一人で先に行きますよ。」

一人での行動。
確かにあの大きさなら、今の…いや出逢ってすぐの愛ちゃんでもまかせて問題はなかった

なっちに顔を向ける
「愛ちゃんに関するものは、“預かって”ないよ。じゃあ、お願いして良い?」

頑張ります、そう体全体で叫ぶと愛ちゃんは夜に溶けた


その数十分後―あたしが勝手に彼女に組み込んでいた非常ベルが、木霊した




一人急行したアタシの目に飛び込むのは、拘束された、愛ちゃん。

何があって、ああなった?
黒い防護服。見慣れた、否、殺しなれた服―ダークネスの下っ端構成員の証―
その手から伸びる見えない何かが、愛ちゃんの首に巻きついている。
どれも、愛ちゃんを拘束するに足りる力とは思えない

能力者として、何か、特殊な部類なのか?
まぁ、良い。そんなのあたしの前では、関係ない。

「酷い死に方が良い?楽な死に方が良い?」
何も言わないそいつから感じ取れる困惑。
私の名前は随分と知れ渡っているようだ…愉快。

あたしの大切な人を傷付けたらどうなるか、身を持って知るべき。
命を捧げて、この獰猛な魔物に。…今日は…目でいこうか。

 ―ジャッジメント・アイ―

能力を発動した目で、そいつを捉える。
緑と赤で構成されたあたしの視界の中で、天使と悪魔が動き回る。
あいつの心に流れるのは正義?悪?

悪魔は無残に天使を殺すと、判決が下された

      【死刑】




「っがっ…」

胸元を押さえながら苦しむそいつの目には映らない。

アタシの目にだけ映る 地獄の番犬ケルベロス 

黒光りするその狂犬は私の審判眼に依拠する、魔獣

形は、あたしが与えた

何か大きな刀のような牙で噛み付き、対象者の内部から命を削る。
あたしが眉間に皺をよせることで、徐々に威力を増す。



  どう死にたい?ねぇ、苦しい?





「ごとーさん!もうやめて!」
泣き叫んだのは、愛ちゃん。
甘いね、そんなに人が死ぬのを見たくないの?それじゃ、何も守れない。

「どうして殺しちゃいけないのか、理由を言えるの?
 今ここで息の根を止めないと、またどこで何をするかわからない。」
苦しむ戦闘員。優しくいたぶってるから、まだ死なない。酷く楽しい気持ち。

「この子はそんなこと、せええん!」
泣きながら、今度はわざわざあたしの体にしがみ付く。

ああ、そうか、心が漏れ出したのね、首を絞めてたから、あの戦闘員。
死ぬと決まった人間の叫びは、そりゃ苦しいもんでしょう。
死にたくなくて口だけの反省を繰り返す。
可哀想だな、愛ちゃん。そんな声まで聞こえて。

「同情する気持ちはわかる。でもこいつはここで殺さなきゃいけないの」
どうする?止めたいなら、愛ちゃんも…
そんな脅しで、殺しを続ける。

「…良いですよ」
愛ちゃんはアタシから離れると、審判眼の照準に飛び込む。
バ…そんなことしたら…

再び現れる、天使と悪魔。
結果は目に見えてる。…この裁判に無罪は存在しないから。




ケルベロスは、噛み付いていた獲物から一度身を離し、
新たな獲物―愛ちゃんにも牙を立てようと歩み寄る。

  なんで、なんで。敵に?しかもあなたを殺そうとした、敵に。

この眼の仕組みを知る愛ちゃんは静かに目を閉じて、背筋を伸ばした。
そこに食らいつく、狂犬。

「ごとーさんも、ホントは思ってる!
 人なんて殺したくないって、そう思ってる!」

痛みに震える体と、確固たる精神。
ダメだ、この子を殺しちゃいけない。本能がそう叫んだ。

アタシは踏ん張って、眼を閉じようとする。
殺しの中断。こんなことしたことない。視界が歪む。どうして、あたしがこんなこと…

無理矢理に瞼を下ろした。眼球の痛みにアタシは声を上げ、崩れる。
瞼が開かない。そんなあたしに駆け寄ってくるのは、愛ちゃん。

「ごとーさん!ごとーさん!!」
見えなくてもわかる、彼女はアタシの為に泣いている。
理不尽。不可解。この子も、アタシも。

気配だけで、さっきの敵もよろよろと立ったことがわかった
「逃がしてあげる、でもこんなことをするのは、今日限り。」
闇の世界の住人失格の大きな足音を立てて、逃げていく。
真っ暗な世界で、泣き続ける愛ちゃんの声だけが、光の帯のように繋がって、回る。




次に目が開いた時、愛ちゃんは、アタシにしがみ付きながら泣き寝入っていた。
あたしの目からは、一筋の赤い液体。

聞きたくはない。
でもきっと、この自分の殺しの力を恨んできたアタシの心は
胸の中の彼女に届いてしまってるのだろう。

正義の中に身を置いたつもりはない。
人の命を裁くことでしか、アタシはアタシの存在理由を見出せない。

でも、きっといつか、それを否定される。
それは、彼女が次に目を覚ました時、ほんの一瞬先かもしれない。

   後藤さんは、間違ってます

それを救いと言うとしても、あたしには明るすぎた。
あたしは闇の中にいすぎた。ただ隠れていたかった。

不意に訪れたならば受け入れたかもしれない。
でもこの子の側にいることは、見えない時限爆弾を抱えながら生きていくようなものだ。


臆病者と罵られても…耐えられない、そう思った。 





腕の中のこの子を拾った あの日と同じ、空が泣く、今日


アタシはロフトとアタシの飼い主ををこの子に託して、

再び、独り当ても無い闇の世界の住人に戻った。


ばいばい、アタシの最初で最後のペット

これからはなっちの言う事よく聞いてね
アタシと違って、あなたは良い子のはず。


次は、敵になってても、アタシは容赦しない





だから、    アタシを     助けてよ。