(12)526 『救出』

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独房の扉がきしみを上げて開くと、里沙はその音で目を覚ます。
男が入って来て、後ろ手に扉を閉め、ニヤリと笑って言った。

「注射の時間だ」

男は、里沙にモルヒネを打つ。
新垣里沙クラスのマインドコントローラーと対峙する場合、
数時間ごとに幻覚剤を投与し、その能力を抑制しておく必要がある。

男は、里沙の目が虚ろに変わるのを確認すると、ブラウスのボタンに手を掛けた。
薄っすらと汗をかいた里沙の胸元から腹にかけて、ゆっくりと舌を這わせる。
男は一度ブルっと身震いをして、ベルトを外し、自身の怒張したモノを握り締め、息を荒げる。
男は、己の欲情の高ぶりに合わせ、里沙の身体を何度も抱きしめた。
それでも、持て余し、男は里沙の唇に顔を寄せる。

その刹那、里沙の吐息が香った。

それは、綿菓子の様な甘く、懐かしい香りだった。
その香りは性衝動を瞬時に発火させ、図らずも射精してしまう。
男は自慰行為を終えると、そそくさと独房を出て行く。


監禁施設のあるエリアの、長く暗い通路を歩きながら男は考える。
(あれだけ大量のモルヒネを打たれて、まだ精神が崩壊していないなんて信じられない)
(ありゃ、化け物だな・・・・・・それにしても、あの肌。つや、きめの細かさ、もう一度、味わいたい)
(今、射精したばかりなのに・・・・・・また、股間がうずきやがる)

「オイッ!お前!何やってるんだ!」上階へと通じる階段を守っていた警備の者に、声を掛けられる。

「へッ?・・・俺?」男がまぬけに答える。

「その女を何処へ連れて行く?」

警備にそう言われて、男は自分が新垣里沙を抱きかかえて歩いていた事に、初めて気が付く。

‐――――――――――マインドコントロール!!!――――――――――――

男は、独房に入った後の記憶がまったく無い事に気付き、戦慄する。

警備の者が怒鳴る。「バカ野郎!操られたな。・・・モルヒネはちゃんと打ったのか?」
男は慌てて、里沙を床に投げ捨てると、ポケットをまさぐりモルヒネを取り出し言った。

「押さえて置いてくれ!・・・この女!舐めた真似しやがって!」


男達が里沙の身体に触れようとすると、だしぬけに里沙が言った。

「そうやって、怒るから……操られる」

「なっ、何ぃ!」

「原始的な感情は操作しやすい」

「頭きた!この女、ぶん殴ってやる」

「その怒りは誘導によるものだ。あなた達、さっきから喋ってばかりいて、動かないのは、どうして?」

「…………」

里沙は、男たちに“言葉の重り”を渡す。

「あなた達は、もう、動けない 」

その言葉を聞くと、二人は顔を見合わせて、鼻で笑った。が、それを最後に男達は、微動だにしなくなる。

里沙はふらふらと立ち上がり、階段を昇る。
数ヶ月ぶりに歩いたせいで、途中で何度も転び、最後には這う様にして階段を上がっていった。
重い鉄扉を肩で押し開け、倒れ込むようにして這い出る。

外の明るさに、視界が白く失われた。

波音が聞こえ、海鳥が鳴く。
戻りつつある視界に空と海の青が広がり、自分が伏している場所が、船上の甲板だとようやく気付く。
不帰(かえらず)の島――とは巨大な舟艇である事を知り、里沙は絶望する。



船内にサイレンが響き渡る。
大量の薬物によって、蝕まれた肉体は、もう立ち上がる余力さえ無い。
里沙は最後の力を振り絞り、甲板に仰向けになる。

もし、このまま果てるのなら、空を見ていたかった。

甲板に 軍靴の音が鳴り響き、たちまち取り囲まれる。
一人の男が里沙に歩み寄り、乱暴に幻覚剤を注射した。 鉛のような液体が、身体に染み込む。
やがて、里沙に、どんよりとした鬱が襲い掛かり、生へ向かう心を押し潰す。

すると人垣から、苦々しい表情をしたあの女が出てきて、里沙の顔を覗き込んで言った。
「上から命令が下った・・・もう、お前はいらないってさ。なぜ、死に急いだ?」
女はサバイバルナイフを取り出して、里沙の頬に滑らせる。頬が切れ、血がしたたる。
「どうした?得意のマインドコントロールは、もう打ち止めか?」

里沙の手に握られたお守りを、女が目ざとく見つける。
「何だ、コレ」そう言うと、女は、お守りを握り締めた手ごと、ナイフで突き刺す。
ナイフが骨にあたると、里沙は鈍痛に眉根を寄せる。
その表情を見た女は、満足気に笑い、今度は里沙の乳房に刃を突き立てた。
刃が肋骨にあたると、ナイフをひねり骨の隙間を探して肺に穴を開けた。
里沙は吐血し、薄れ行く意識の中、死を覚悟した。

里沙は深い、虚無に吸い込まれていくのを感じる。

周囲の歓声が遠のき、波音だけが聞こえる。

死への恐怖はもう、無い。

目に映る空がどこまでも、青い。


【これより先は、このBGMと共にお読み下さい】




里沙が、深い眠りにつこうとした、その時。

空を、羽ばたく鳥影が見えた。

「まさか」

里沙が目を凝らすと、その影は、次第に大きくなり、人の形となる。

太陽を背にした人影は、やがて懐かしきシルエットを縁取る。

里沙の目が涙でいっぱいになる。

風を切り裂き、布のはためく音。

白と黒のブラウスをまとった高橋愛が 今、甲板に舞い降りた。

どよめく、船上。

高橋は、里沙を切り刻んでいた女の背中に取り付くと……消えた。
上空、数千メートル。 女を置き去りにして、船上に戻る。

高橋は、里沙の上にまたがると、
道重さゆみから託された、「治癒能力を封じ込めた布」を傷口にあてがう。

里沙が何か言おうとする。高橋は、その唇に人差し指をあて、黙らせる。
ふわりと、コーヒーの香りがした。
里沙は懐かしさに胸がいっぱいになる。


 高橋は優しげに微笑み「すぐに、良くなる」と、心とは裏腹に言った。
里沙の傷は深く、今は動かすことさえ出来ない。
見渡せば、甲板には100名近い敵。 里沙を守りながら闘うのは至難の業だ。
その上、何万キロと瞬間移動を繰り返し、ここに辿り着いた高橋に、闘う余力は残されて無かった。
瞬間移動する時には、いつも激しい痛みが伴う。高橋の身体はすでに、限界を迎えていた。

高橋は、取り囲む敵の心中を探る。

(i914だ!) (こいつが噂の化け物か) (電気ウナギ女を消しやがった)(次に動いた奴が消される)

(誰かが仕掛けるまで様子を見よう)(チャンスがあれば銃弾を撃ち込んでやる)
                                    ・・・・・
敵の能力者たちは、実態以上にi914の名前に恐れを抱いていた。高橋はそこに、付け入る隙を見出す。
高橋は取り囲む敵を、ゆっくりと見回した。
ライフル銃を向ける男と目が合う。 
高橋の姿がわずかに、瞬いた。 刹那、男の手にあったライフル銃は、消えた。

高橋が奪い取ったライフルを肩に担いで言った。

「次に、攻撃の意思を浮かべた者から・・・殺す」

能力者たちが震え上がる。

次の瞬間、上空から女の叫び声が聞こえた。皆が空を見上げると先程、高橋に連れ去られた女が落下して来るのが見えた。
女は大きな水柱を立てて、海面に落ちた。

(電気ウナギ女が、一度も能力を使わずにやられた!)(俺のかなう敵じゃねえ)(早く立ち去ってくれ)



敵の心は既に、この場から逃げ出している。
もう、瞬間移動は使えない。このチャンスを逃せば、この船から下りることは出来ない。
そう判断した高橋は、取り囲む敵に大声で尋ねた。
「異能の者たちに問う!何故、海へ出た?」
船上に集った男達の顔を見渡して言う。「声を出す必要は無い。  読み取る!」

(何を始めるつもりだ?)   (早く帰れよ)   (上からの命令だよ)
      (俺は志願した)(船に乗りたかった)(海で働きたかった)

「さらに問いたい。この船の行く先について……」

荒くれた海の男が肉声で叫ぶ。
「決まってんだろ!世界を奪いにいくんだよ」

「世界はお前の中にある。海になんかに、浮かんでない」

「女はこれだからな・・・男はみんな海賊なんだよ。世界を奪うため、七つの海を渡るんだ。わかる?」

「誰かから、何かを奪うために海に出たのなら、そう遠くには行けまい。すぐに陸が恋しくなる」

「何だと!」

「誰かに何かを与える旅なら、嵐に巻かれ、大波に飲まれようとも、その先を目指すだろう」

「…………………………」静まり返る船上。

「ねぇ、世界征服なんて止めにして、うちでコーヒーでも飲まない?」高橋は微笑んだ。

その笑顔があまりにも爽やかだったので、男たちはそこに真実のかけらを見た……様な気がした。


笑顔の下、高橋の肉体は悲鳴を上げていた。
船の揺れに合わせ、踏ん張る度に身体がきしみを上げる。
取り囲む能力者の何人かは、高橋の様子がおかしいのに気付き始めている。
〈時間が無い。誰か……早く。〉
高橋は、まだ傷口の塞がらない里沙を抱きかかえ立ち上がると、取り囲む敵に言った。

「道を開けろ!」前列に居た者たちが、後ずさり道が開かれる。

高橋はゆっくりと避難用のボートの前まで行き、振り返り、あらん限りの声で叫んだ。

「新垣里沙は、私が貰い受ける!異論のあるものは居るか?」

(薄汚い、マインドコントローラーか)(とっとと、連れて立ち去れ)  *1 

            (あんな、裏切り者の為によく敵艦に乗り込んでくるな)


     *2


「助けに来るさ!・・・あんたが仲間ならば」高橋は、一人の男の方に顔を向けて言った。

 甲板に海風が吹き抜ける。

里沙を抱きかかえる高橋がバランスを崩し、今にも転びそうに、よろけて歩く。 



人垣を掻き分け、出てきたその男が高橋の腕をつかんで、支えながら言った。
「あんたは、強いからそんなことが言えるんだ」

「私が、強い?・・・まさか・・・今だって震えてる」高橋はそう言うと、男の手を振り払う。

よく見ると、高橋の小さな肩は、小刻みに震えていた。

「怖いのなら、何だって、こんな大軍の中に一人で乗り込んでくる?」

「群れるとよけいに、怖くなる」
そう言うと高橋は、真剣な眼差しをして男を見据えた。

男が眼差しの強さに、思わず視線を下げると、高橋の足元に血溜りを発見する。
里沙の身体から、いまだ滴る血液が、高橋のブーツを濡らしていた。
高橋もそれに気付き、里沙を避難用の小型ボートに静かに乗せた。
自分も飛び乗ろうとしたが、腕に力は残されておらず、上手く這い上がれずにいた。
男はその様子を、唇を噛んで見つめていたが……やがて、男の瞳から迷いの色が消える。
男は高橋をヒョイと持ち上げ、ボートに乗せてやると、皆に聞こえる様な大声で言った。

「俺も乗せてくれ」

どよめく群集。
(裏切るのか!)(地の果てまで追われるぞ)(死ぬ気か?)(バカ野郎!何故!?)

「その船の方が、遠くに行けそうだ……それに……あんたの店のコーヒーが飲んでみたくなった!!」
そう言って男はボートに飛び乗り、固定具を素早く外すと、リフトの操作をし始める。

ボートが着水し、男がエンジンを掛けると、高橋は船に残された者達に叫ぶ。
「私たちを追う者は、煮えたぎる火口を見る事となるだろう!」
ボートは海面を滑り出し、地平線に消えて行く。


男はボートの舵を取りながら、興奮冷めやらぬ様子で言った。
「信じられない!ハハッ!俺がこんな事……あんたのせいだぜ。
 あんたって人間が気に入ったんだ。i914。俺は……えっ?え?え?え?え?え?え?」

 男が高橋の方を見ると先程までの、凛とした佇まいのi914は居なかった。
直射日光を避けるため、タオルでほっかむりをした高橋は、まるで農村の老女のようにも見えた。
「何か、悪かったのぉ~あっしの為に巻き添えにしちゃって」
先程、見つめられたつぶらな瞳は消え、陽光にキツネ目をしばたたかせていた。

「えっ?……い、いやぁ……アレ?i914?なんか…………雰囲気、違うね…………」

「あっし、ほら、このボートをどうやって下ろすのかさえ分からんかったから」

「………………」

「エンジンの掛け方も分からんかったもんでのぉ。本当にすいやせん」

「ええええええええええええええええええええええええええ」

 高橋は、ニタリと照れ臭そうに笑って頭を掻く。
「あの場では、言えんかったもん。誰かボートで送ってくれる人いませんか?なんて……」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええぇえぇええええええ」

「ホント、すいやせん。あんな大きな組織を敵に回させちゃって!この通りやて。堪忍してのぉ~」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」

 小型ボートの上、土下座する高橋の小さな背中が、波に揺れていた。




           おわり