(08)156 『蒼の共鳴-スカート穿いた王子様-』

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時刻は夜の十時半。
仕事に明け暮れ、満員電車に揺られて疲弊しきった社会人の波をかき分けるように愛佳は改札を出た。
改札を抜ければ、後はひたすら自宅への道のりを早足で歩くだけだった。
今はもう顔を思い出すのも困難なほどの長期間、両親には会っていない。

その両親が用意してくれた、十五歳の少女が一人で住むのには広すぎるマンション。
最初は、一人で寝起きすることが辛かった。
視線すら合わせてくれない、合おうものなら蛙が潰れたような驚愕の声を上げられていた生活。

それすら恋しいと思うほどに、一人で生活する孤独は十五歳の愛佳には重くのしかかっていた。
愛佳が一人暮らしを始めて三年半が経過し―――ようやく愛佳は一人暮らしの気楽さを味わえるようになってきたのであった。
超能力組織リゾナンター、その一員となったその日から少しずつ愛佳は孤独から救われつつあった。


(高校生やるのもしんどいわー、何であんなに課題多いねん)


高校に進学してから一ヶ月が経過していた。
都内有数の進学校ということもあり、他の公立高校や私立高校と比べると尋常ではない量の課題が日々当然の如く押し寄せた。
中学時代の級友達と一緒の高校に進学するのだけは避けたいという不純な動機で、
自身の中学からは他に進学者がいなかったこの高校を選んだことを、今更のように愛佳は後悔していた。

勉強をすることは愛佳にとっては辛い“作業”ではなかった。
むしろ、勉強すればするほど知識が身に付くことが楽しくて仕方がなかった。

ただ、超能力組織リゾナンターとしての自分と、学生として日々勉強に励む自分。
二つの顔を持ち、それを同時に維持する行為にたまに辛さを感じることもあった。

事件が起きれば午前様帰宅、そこから課題をやって就寝ともなると―――夜中の三時くらいになることも珍しくはない
せめて何もない時くらいはリゾナントに立ち寄らずに真っ直ぐ帰宅すれば、少しはこの睡眠不足も解消されるのだ。
だが、立ち寄ることなく家に帰った愛佳は、毎回必ずと言っていいほど寂しさに襲われる。
親がいなくてももう何とも思わないのに、皆と会うことがないと無性に寂しかった。

ふと、小春はどうしているのだろうと愛佳は思った。
芸能界に身を置き、同時に学生、リゾナンターの一員として戦う小春は愛佳以上に忙しい生活を送っている。
だが、小春はしんどいなどと口に出したことなど…愛佳の記憶する限り、ただの一度だってなかった。

ここ数日は何かの撮影があるらしく、小春はリゾナントにはただの一度も顔を出していなかった。
以前とは比較の対象にもならないくらい、小春と仲良くなることは出来たのだ。
とはいえ、仕事に忙殺されているであろう小春に連絡を取ることはどうしても躊躇われた。

今頃何をしているのだろうと気になっているのに、たった一言元気?と書いたメールさえ出せない自分は、
まだまだ小春に対して遠慮があるのだろうと漠然と思った。

近づいたとは思う、それなのに前とは違った意味で離れているような気がした。
会った時にはいつも、取り留めのない会話ばかりで―――小春の心には踏み込めていない。
もっと小春のことを知りたいと思う反面、近づくのが躊躇われる気もした。

おそらく自分は、小春に憧れる反面嫉妬もしてるのだろうと愛佳は小さく笑った。
その恵まれた容姿で、“能力者”“女子高生”という肩書き以外に“芸能人”という肩書きを持つ小春。
以前は攻撃系能力を有していなかった小春は、今やリゾナンターにとって欠かすことの出来ない戦力となった。

その反面―――自分はどうだ。
あの悲しい惨劇から数ヶ月が経過した、その期間自分はどれだけ成長したというのだろうか。

予知能力以外に使える能力と言えば“心の浄化-ハート・プリフィケイション-”だけであった。
リゾナンターに来て間もない頃、精神干渉によって愛佳の中へと侵入した里沙が“見つけ出してくれた”能力。

行使した対象の精神を“浄化”するという能力は、今の時点では何の使いどころもない能力でしかなかった。
試しに使おうにも周りの仲間達に行使したところで効果はないだろうし、今まで精神攻撃をしてくるような敵も存在しなかった。
愛佳にとって今のところ、この能力はあってもなくても変わらない能力でしかない。

どうせならもっと役に立つ能力が欲しかったと溜息を付くだけ、空しさが胸にこみあげてくる。
ただでさえ戦闘系能力を有しない自分は、一人で行動させることが出来ない“お荷物”でしかないのというのに。

ある日、風を操る能力を手に入れた絵里。
自らの治癒能力を戦闘に活かす方法を編み出したさゆみ。
精神干渉を応用したピアノ線による戦闘術に長けた里沙。
戦闘系能力を持たずとも、敵と立派に渡り合えるだけの身体能力を兼ね備えた愛とれいな。

―――先輩達と比べると、自分は何と無力な存在だろうか。

苛立ちを募らせる愛佳に追い打ちをかける事実。
それは、愛佳よりも後から合流したジュンジュンとリンリンは戦闘系能力に長けた能力者であったことだった。
リゾナンターの中で、たった一人、自分だけが―――誰かに守られなければ生き残ることが出来ない“弱者”なのだ。

自分の無力さに歯噛みしたくなる愛佳の胸の内を読むように、里沙はこう言ってくれた。
自分に出来る役割を最大限に果たすこと、それを皆実行しているに過ぎない。
そして、愛佳にとっての戦いとは―――予知能力を行使し、リゾナンターの皆が傷つかない未来へと導くことなのだと。

気がつけばこうして皆のことを考えている自分に、愛佳は思わず苦笑せずにはいられなかった。
皆のおかげで孤独から解放されたのに感じる寂しさは、多分贅沢な寂しさなのだろう。

それが何となく分かるから、愛佳はけして寂しいと口に出すことはなかった。
その言葉を口に出してしまったら、自分の中の何かが崩れてしまいそうなそんな気がするのだ。

街灯の下を黙々と歩く愛佳はふと、足を止めた。
いつもよりも街の雑音が遠く感じられることに違和感を覚えたその時だった。
異空間に取り込まれる感覚に、愛佳の表情は一瞬で引き締まる。


(大きいのが一体離れたところ、その側に微弱なのが…二十くらい。
今一人やってのに、タイミングの悪い…)


外界から隔離され、異空間へと取り込まれた感覚を感じながら愛佳は闇の気配を読んだ。
僅か数秒で相手の数と強さを把握したものの、そこから打つべき手はすぐには思いつかなかった。

敵の展開する結界内に取り込まれたと感じた瞬間から、愛佳は救援を呼ぶ心の声を上げ続けているのだが。
見事なまでに誰かと“共鳴”した感覚はなかった。
焦りながらも愛佳は大きな闇の気配がする方向へと体を向け、平静さを“装った”声をあげる。


「この完璧な結界の張り方から察するに、どうやらあんたは戦闘系能力者ではないみたいやね。
で、何の用なん?
愛佳、今日も課題が山盛りやから早く帰りたいんやけど」

「えーと、光井だっけか。
早く帰らせてあげたいのは山々なんだけど、こっちも仕事でね。
大丈夫、あたしはミティやRみたいに血気盛んな方じゃないから、調査対象を殺すようなことはないよ。
まぁ―――無傷で帰れないかもしれないけど」

「何で愛佳の名字知ってるん?
てか、あんた、何者なん?」

「ダークネスの人間ってことが分かれば、それで充分でしょ?
あたし、コードネームとかないからこういう時に名乗りようがないんだよねー」


数メートル離れた所に立つ金髪の女性を睨み付けながら、愛佳は心の中で舌打ちした。
愛佳の皮肉を軽くいなし、悠然とした態度を崩すことなく愛佳を見つめるその瞳は何処までも静かで感情が読めない。
金髪の女性を守護するように、女性の周りには目の焦点が合っていない男性が二十人程立っていた。

スーツを着ていたり、ジャージ姿だったり…服装がバラバラな男達。
この周辺に住んでいる人間を巻き込んだのだろうと、愛佳は冷静に分析する。
少なくとも、パッと見では格闘技を習得している人間はいなさそうであった。

愛佳は女性が持つ能力は“催眠-ヒュプノシス-”であると判断する。
催眠という名の通り、相手の精神に干渉し、幻覚、洗脳、暗示などをかけて行動を支配する能力である。

ちなみに里沙の能力である精神感応は催眠の下位能力で、能力を行使している際本体には意識がない状態になるのだが。
催眠は能力を行使していても、能力者本体に意識があり自由に行動できることが大きな特徴である。

里沙に超能力の種類や特徴について講義してもらっておいてよかったと、愛佳は心の中で小さく微笑む。
そのおかげで、愛佳は初見であるにも関わらず相手の能力がどのようなものであるか判断することが出来た。

だが、相手の能力が分かったところで…愛佳には対処する方法などなかった。
能力者本人を倒すことが出来れば、今女性に操られている人間は元通り正常な状態になるだろう。

言葉にすれば凄く単純明快なことであった。
しかし、その結果へと辿り着く“力”を愛佳は有してはいない。
その身を守るための護身術の一つすら、愛佳は身につけていなかった。


(予知能力フル展開して、周りは何とかなるかもしれへん。
やけど、問題はあの女や。
下手に近づいたら催眠の餌食になる可能性もあるし、だからといって愛佳には遠くから攻撃する能力はない。
考えろ、何か絶対に状況を打開する方法はあるはずや!)


ジリジリと、愛佳を取り囲むように男達が近づいてきた。
女性はというと、微動すらせずに感情の読めない瞳を愛佳に向け続けている。
今のところ、自分で直接動く気はないらしい。

少しは考える時間を稼ぐことは出来そうだと、愛佳は手に持っていた鞄の取っ手をしっかりと握り直した。
その動作が合図となり、男達は愛佳目がけて一斉に突撃する。

出鱈目な姿勢で繰り出される大振りのパンチを避けながら、愛佳は持っている鞄を右後方へと振り上げた。
鞄は後ろから愛佳に殴りかかろうとしていた男の顔へクリーンヒットし、男はその場に蹲った。

“置き勉”という言葉とは無縁の、教科書類が敷き詰められた鞄の一撃は見た目以上の威力だったようだ。
愛佳は動きを止めることなく、次々と繰り出される攻撃を避けながら男達に的確で重い一撃を当てていった。

愛佳の“奮闘”が予想外だったのだろう。
女性は驚いたような表情を浮かべた後、ニヤニヤと笑って孤軍奮闘する愛佳に向かって口を開いた。


「光井ー、いいこと教えておいてやるよー。
そいつら、痛覚とか基本的に鈍い感じにしちゃってるからちょっとダメージ与えた程度ならすぐに動けるようになるからー」

「ちょ、もっと早よ言えやそういうことは!」

「うわー、反抗的だなぁ。
ってか、結構動いてる割にしゃべる余裕あんじゃん。
あたし、こう見えてもこの手の能力者の中ではかなりの使い手なんだよねー。
こいつらの動きを、格闘家並にとか出来ちゃったりなんかして」

「…お前マジムカつく、絶対愛佳が焼きいれたるから逃げんなよ!」


女性が逃げるわけがないと思いながらも、愛佳は精一杯の強がりを口に出した。
急激に動きのよくなった男達から逃げ回りながら、それでも尚この危機的状況を打破するべく愛佳は思考を巡らせる。
どうしたらこの状況を打破し、遠くで歪な微笑みを浮かべる女性を倒すことが出来るのか。

愛やれいなに護身術くらい習っておけばよかったと、今更のように後悔しても後の祭りだった。
予知能力を行使し続けている限り、男達がどういう攻撃をしてくるか読むことは造作もないことである。
だが、愛佳はそれに対抗するだけの身体能力を持ち合わせてはいないのだ。

ひたすら避けて逃げ回るしかない、圧倒的な劣勢であった。
助けを幾ら呼ぼうとも、SOSは結界によって封じられている。
疲弊していくだけの自分に、愛佳は焦りを覚えつつあった。


(八方塞がり、打つ手今のところ無し、皆を呼ぶ声が届いた気配もなし…これ、かなりヤバい状況ちゃうん?
あいつはうちを殺す気はないって言うてたけど、じゃあ、一体…何が目的なん?)


調査が目的と、女性は言っていた。
だが、戦闘における戦力とはお世辞にも言い難い愛佳の一体何を調査しようというのだろうか。

少しずつ、確実に愛佳は追い詰められていった。
逃げ回る足は鉛のように重くなり、酸素を求めて小さな口は開き続ける。
服の裾にすら掠めさせることの無かった拳が、徐々に愛佳の体を掠めるようになっていった。

愛佳に生まれ始めた隙を、男達はけして見逃さなかった。
壁際へと愛佳を追い詰めつつ、逃走させることのないようにその周りを囲む。

まさに、絶体絶命であった。
愛佳はキツく唇を噛みしめながら、精一杯の抵抗と―――女性の方を睨み付ける。
だが、先程までのような力強さはその瞳からは失われていた。


「あんた…一体何が目的なん?
殺す気はないって言うてたけど、じゃあ、何のためにこんな真似するん?」

「それをわざわざ敵に言っちゃう程甘くはなれないな、さすがに。
さて―――万事休すだよ。
光井、どうする?
お前の助けを呼ぶ声は遮断されて外にはけして漏れ出ることはない。
捕らわれそうなお姫様のピンチを救う王子様は現れないし…ゲームだったらジ・エンドってところだねもう」


女性は歪んだ微笑みを崩すことなく愛佳を見つめた。
その瞳は心底この状況を楽しむ―――支配者そのものであった。

ここまで何を考えているのか読めない敵と対峙したことはなかった。
その気になれば、最初の時点で愛佳を捕らえてダークネスへと連れ帰ることくらい容易に出来るだろう。
だが、女性はあえてこの状況を長く楽しもうとしているかのようだった。

女性の目的がはっきりと見えない苛立ちと、自分だけではまともに戦えない現実の両方に愛佳の視界がぼやけてきたその時であった。


「待たせてごめん、助けに来たよ、お姫様」


いつもよりも少しだけ、その声は低く聞こえた。
いつも以上に、その背中は凛々しかった。

フード付きの黒のロングコート。
利き腕に握られているのは―――鞘に収められた日本刀。
高い位置で一つに結ばれている黒髪が、愛佳の視界でサラリと揺れた。

愛佳の視線を感じたのか―――ゆっくりと振り返って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる“彼女”。
憎らしいまでのいい笑顔に、愛佳の両目から今にもこぼれ落ちそうだった涙は止まった。
一番ここに来る可能性が低い“彼女”が現れた事実に、愛佳は半ば呆然としながら口を開いた。


「久住さん!
何でここが分かったん?
愛佳の声、誰にも届かんかったはず…」

「でも、ずっと呼んでたでしょ。
あたしにはそれが聞こえた、だからここにいるの。
さて、形勢逆転といこうじゃん、みっついー!」

「…うん!」


制服の袖で涙を拭い、愛佳は女性を見据えた。
先程のような余裕のある表情ではない、平静さを装っているが―――結界を破って小春が現れた事実に若干の焦りはあるようだ。
戦闘系能力を有しない能力者は、結界を戦闘系能力者よりもしっかりと強固に展開する。
それは、たとえ“援軍”が駆け付けたとしても結界内に簡単に侵入させないためであった。

戦闘系能力者とまともにやりあっては、勝率は極端に下がる。
焦りを感じているということはすなわち―――女性は、催眠以外の能力を有していないということであった。
小春が現れたことでぐっと、勝利の二文字は愛佳の方へと引き寄せられたと言ってもいいだろう。

小春は勿体ぶるように鞘から日本刀を抜き、刀を握るその手に力を込めた。
刹那、赤い電流が刀身へと絡みつく。
いつの間にこんなことが出来るようになったのかと、愛佳は驚きを隠せなかった。

鋭い表情で女性を睨み付ける小春は、いつも見ている小春とはまるで違った美しさを持っていた。
女性はコミカルな表情を浮かべながら、小春が手に握る刀に視線を向ける。


「うわ、魔法剣みてー、カッケー!
お前そんなこと出来るのかよ。
これは想定外だなー。
せっかく来てもらったけど、今日のところは退散させてもらうわ」

「形勢不利になったら逃げるとか、だっさ。
あたし、そういう奴すっごいムカつくんだよね」

「そうは言っても、あたしも自分の命惜しいしねー。
んじゃ、またね」


女性はそう言ってあっさりと、愛佳達の目の前から―――消えた。
結界内に残されたのは、女性が退散したのにも関わらず催眠状態が解けぬ男達、そして小春と愛佳だけとなった。
“主”がいなくなっても消えない結界と解けることのない催眠状態に、小春と愛佳は緊張を解くことを許されることはなかった。

殴りかかってきた男達の一人に、小春は電流を帯びた刀を容赦なく浴びせた。
崩れ落ちる男の姿に、周りの男達は一斉に小春に向かって飛びかかってくる。

小春は男達の攻撃を持ち前の直感で避けながら、時代劇の殺陣でもやっているかのように一方的に男達を切り伏せていった。
刀の光が闇に煌めく度に、一人また一人と男達はその場に膝を付く。
一般人相手に躊躇うことなく攻撃を加える小春に、愛佳は慌てて声をかけた。


「久住さん、その人達は操られとるだけや!
無闇に傷つけたらあかん!」

「心配しないで、これ模造刀だから刃はないし。
電流の方も加減してるから、ってこの人達痛覚ないわけ!?」

「あいつ、痛覚を鈍くしたとか言うてたからちょっとやそっとのダメージじゃ動きを止めることは出来ひん!
せやけど、この人達にそんな強いダメージ与えたら…」

「じゃあ、アレを試してみるしかないじゃんみっついー!
時間はあたしが作るから、駄目もとでやってみようよ!」

「上手くできるか、自信あらへん。
まだ、一度も人に向けて使ったことないし…」


何度斬りつけても数秒もしたら起きあがってくる男達に、小春の動きが徐々に鈍くなってきた。
男性と女性、しかも小春はまだ成人には遠い年齢である。
元々の体力差はかなりのものであったし、それに加えて男達の痛覚は催眠によって鈍らされている。
このままではいずれ、小春の体力は尽きる―――その後を考えて愛佳はゾッとした。

ここに居るのが自分だけだったら、まだ諦めもついた。
だが、この状況に巻き込まれてしまった小春まで傷つけられるのは許せない。
逡巡する愛佳に背を向けている小春は、愛佳が今どんな表情をしているかなんて分かるはずもなかった。
だが、迷う愛佳の姿がその目に見えているかのように、小春は男達への攻撃を止めることなく声を張り上げた。


「自信がなくってもさ、みっつぃーはあたしのことなら信じれるでしょ!
大丈夫、みっつぃーなら出来るってあたしは信じてる、みっつぃーが自分のこと信じられないなら
みっつぃーの分まであたしがみっつぃーのこと、メチャクチャ信じるから!」


胸を貫くような小春の言葉に、愛佳の胸は自然と熱くなった。
自分のためにここまで言ってくれる小春の期待に応えたい。
不安だった気持ちは消え、代わりに芽生えたのはやってやるという熱い気持ちであった。


「久住さん…分かった、うちやってみる!」

「そうこなくっちゃ!
よーし、いっくよー!」


愛佳の言葉に、小春は気合いを入れ直した。
連日の撮影で睡眠不足、とてもじゃないが本調子とは言えない体に小春は鞭を打った。

今まで以上に鋭くなった剣閃に、愛佳は思わず見とれそうになりながらも集中を開始した。
愛佳の体から紫色のオーラが放たれ始めた。

息が切れながらも、小春は愛佳を信じてひたすらに刀を振るい続ける。
時間にして約一分、小春が何十回目となるか分からない攻撃を男達の一人にあびせたその瞬間だった。

愛佳は男達の方へ手を翳し、ゆらゆらとゆれる紫の光を放つ。
その光に包まれた男達は―――その場にバタバタと倒れ始めた。

最後の一人が崩れ落ちた瞬間、ようやく小春と愛佳は緊張を解いた。

能力者ではない一般人が相手とあっては、いつものように能力を思う存分振るって打ち倒すことは出来ない。
だからと言って、そのまま倒されてしまうわけにはいかないという状況を打破したのは、
愛佳があってもなくても変わらない能力と自嘲した能力“心の浄化-ハート・プリフィケイション-”であった。

その能力は、催眠・精神干渉などの能力によって精神状態が正常でなくなった人間の精神を正常な状態へと戻す効果があった。
また、精神を正常な状態へと戻すのと同時に乱された肉体の動きを沈静化する効果もある。
よって、その能力を使われた者は気を失ったかのようにその場に崩れ落ちるのであった。

いつの間にか二人と男達を閉じこめる結界は消失し、ようやくこの戦いは収束した。
小春は日本刀から電流を消すと、戦闘開始の際にその辺に放り投げた鞘を拾い上げて刀を収めた。


「何とか解決、かな。
みっつぃーのおかげで助かったよ、ありがとう」

「そんな、愛佳一人だけやったら解決する前にボロボロになってたし。
久住さんが時間稼いでくれたおかげで何とかなったようなもんやし…ありがとうございます、久住さん」


愛佳の率直な言葉に、小春は小さく笑った。
戦いが終わり、愛佳はようやく、小春の服装がいつもとは違うものであることに気がついた。

小春の私服とは思いにくい、黒のフード付きロングコート。
膝下まである黒の編み上げブーツに、黒のホットパンツ、加えて中に着ているインナーも黒であった。
しかも、その手に握られているのは日本刀。

全身黒づくめという格好はまるでダークネスの一員にしか見えなくて、愛佳は思わず小春を見つめ返した。


「そんな見られるとちょっと恥ずかしいんだけど。」

「ごめんなさい、何かいつもと全然雰囲気違うもんやからつい。
化粧もしてはるし、髪型もいつもと違って何か不思議な気分ですわ」

「あー、撮影の合間だったからね、着替える暇あったら少しでも早くみっつぃーのところ行かなきゃって
この格好のまんま飛び出して来ちゃった」

「撮影!?
こんな時間でもまだ仕事してはるんですか?」


愛佳の驚愕の声に、小春はそういう仕事だからねーと言ってヘラヘラと笑った。
撮影の合間と言うことは、これから小春はまた撮影現場に戻って仕事をするということである。
どれだけ過酷な環境に身を置いているのかと、愛佳は愕然とせずにはいられなかった。

愛佳よりも格段に睡眠時間は短いに違いなかった。
それでも小春は疲れた顔一つ見せずに笑っている。

時にはほんの一眠りする時間すらなく高校に行く日もあるだろう。
疲弊した体を回復させたくても、一度事件が起きればそれを解決するために小春はこうして駆け付ける。

一体いつ、小春は眠りについているというのだろうか。
同じ十五歳なのにここまで違うものなのかと、愛佳は焦燥感に駆られずにはいられない。


「久住さんは、辛いとかそういうこと思ったりせぇへんのですか?普通に高校にも行って、
リゾナンターとしても戦って、そして芸能活動して…しんどいとかキツいとか感じたりせぇへんのですか?」

「んー、しんどくないって言ったら嘘になるけどさ。
でも、これはあたしが選んだことだから。
何も投げ出さないよ、全部自分で選んで決めたことだから、貫き通す。」

「久住さんのそういうところ、愛佳、尊敬する。
でも、嫉妬もしてまう…何でやろ、よう分からへんけど」


建前には思えない愛佳の言葉に小春は一瞬呆気に取られた後、柔らかい微笑みを浮かべた。
見ている愛佳が思わず呼吸を忘れてしまうような笑顔だった。

そのまま小春は愛佳の前に立つと―――愛佳の前髪を払い、その額へと唇を落とした。
小春の突然の行動と額に感じる柔らかい感触に、愛佳は驚き戸惑うしかなかった。

唇が額から離れ、愛佳が見上げた先にあるのは以前では考えられないような微笑みを浮かべる小春の顔。


「みっつぃーのそういう素直なところ、あたし好きだよ。
だから、そのままのみっつぃーでいてね」

「久住さん…」

「じゃ、そろそろ行くね。
今頃向こう大騒ぎしてるだろうし」


そう言って駆け出した小春の背中にかける言葉が見あたらなくて、愛佳はその場に立ちつくした。
目を閉じてもありありと思い出せるほど鮮やかに、小春の眩しすぎる笑顔は愛佳の心へと焼き付いた。

自分もあんな風に笑えるようになりたいと想う。
夢も未来も、何もかもを諦めない眩すぎる姿。
その隣に立つのに相応しい人間になりたいと心の底から愛佳は想った。


(負けてられへんで、愛佳。
うちもあの人に負けへんように、やれることを全部全力でやったる)


その瞳に、今までのようなネガティブさは感じられない。
強い意志と聡明さを感じさせる真っ直ぐな眼差しだった。

役立たずだと思っていた自分でも小春を助けることが出来たという事実は、愛佳の心境に大きな変化をもたらした。
今になってようやく、里沙が言ってくれた言葉の意味が身に染みるように分かった。

戦闘能力を持たないことに卑屈になる必要なんてなかったのだ。
前線で戦えないのなら、前線に出る人間が少しでも楽になれるようにサポートする。
それが自分に出来る役割であり、それを最大限に果たすことは自分のみならず皆を守る大きな力になるのだ。

守られているだけのお姫様なんて性に合わない。
小春が愛佳や皆を守る王子様なら、自分だって小春や皆を守れる王子様になれるはずだ。

帰ったら小春にメールを入れよう。
今日のことへの感謝と負けたくないという素直な感情をのせたメールを。

まずは課題を終わらせんとなぁとぼやきながら鞄を拾い上げて、愛佳は自宅に向かって歩き出した。
その小さくも頼もしい後ろ姿を、後から駆け付けた七人のリゾナンター達は優しい目で見つめていたのであった。


* *



後日、リゾナントを訪れた小春の目に飛び込んできたのは。
おそらくあの夜の小春のつもりなのだろう、黒いコートに身を包んだ愛と。
何処で手に入れたのか見当も付かないが、愛佳の着ている制服によく似たものを着たれいなであった。
一体何事なのかと、小春が近くにいた愛佳に声をかけようとしたその時である。


「遅くなってごめんやよー、助けに来たやよー、お姫様」

「久住さん!何でここが分かったん?
うちの声、誰にも届かんかったはず…」

「でも、ずっと呼んでたやよー。
あたしにはそれが聞こえた、だからここにいるがし。
さて、形勢逆転といくやよー、みっついー!」

「…うん!」


どうやら、あの夜の状況を再現しているつもりのようだ。
何故か愛は訛っているのだが、それが妙な味を醸し出していた。
その寸劇もどきを見てニヤニヤ笑う他の四人と、一人顔を赤らめ居心地悪そうにしている愛佳の姿に。
プツン、と小春の中で何かが切れた音がした。


「何やってるんですか!!!
ていうか、そんなところから見てたなら助けてくださいよ!!!」

「えー、だって、小春王子の愛佳姫救出の邪魔したらいけないなーって」

「そうそう、人の恋路の邪魔する奴は何とかって言うっちゃろー、まぁ恋じゃないけど」

「っていうか、さゆみもお姫様やりたーい」

「えー、さゆみがお姫様やったらあたしが自動的に王子様じゃーん、あたしもお姫様やりたいもん」

「久住には負ケない、私ノ方が久住より王子様ダ!」

「お姫様役デも王子役デモ、リンリンはどっちでもバッチリデース!」


六人の余りにも自分勝手な言い分に、小春の怒りはついに頂点に達した。
リゾナント内にもかかわらず、手を翳して電流を呼び寄せる。

さすがに悪ノリしすぎたと六人が悟ったのと、小春の生み出した電流が六人全員の体に走ったのは同時だった。
全身に走るビリビリとした痺れに六人が騒ぐ中、小春は愛佳の方に顔を向けて小さく苦笑いする。
その苦笑いに応えながら、愛佳は久々に全員揃ったという温かい雰囲気に浸った。


『しっかし、新垣もなかなかの悪だよなー。
自分じゃどういう能力か正確に確認することが出来ないからって、わざわざ襲わせるなんてさ。
まぁ、魔法剣もどき見れたから今回の件は上には報告しないでおくよ』

「…ありがとうございます」

『まぁ、報告したところであんな能力は持っていないも同然ってことになるだろうけどね。
発動するのに時間がかかりすぎるし、解かれたら解かれたでこっちは幾らでもその上に被せるように催眠上書きできるし。
そうそう、次は田中・道重・亀井の3人について調査するように言われてるから』

「あの3人についてはもう十分な報告をあげたはずです、何故今更」

『あー、先に言っておくわ。
お前、そんな遠くないうちにスパイのお役ご免になるんだよ、具体的な日時は決まってないけど。
あたしが出向くのは、お前の報告に偽りがないか最終確認をするためだから。
じゃ、また近いうちに』


切れた携帯電話を見つめ、里沙はついに来るべき時が近づいているという事実に打ちのめされた。
ようやく終わる、そう想う気持ちはほんの僅かであった。
温かい心を持った仲間達と共に、笑い合い涙を流しながらダークネスと戦う日々が終わる。
そして、そう遠くないうちに―――この忌まわしき能力を行使し、仲間達を殺すよう命じられる日がくるのだ。

店の外からリゾナントを見つめる里沙の瞳は、悲しい光を宿していた。