(18)451 『禍刻VI―Healed memory's cemetery―』

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&br() 「道重・・・さゆみさんね?」 背後から名前を呼ばれ、道重さゆみはゆっくりと振り返った。 夕刻の傾いた陽に赤く照らされて、一人の若い女が立っている。 「そうですけど・・・何か?」 小さく首をかしげ、さゆみは物憂げにそう訊ねる。 何の用か分からないが、今はあまり知らない人と話したい気分ではなかった。 「“治癒能力(ヒーリング)”――」 透き通るような笑顔で女がそう言ったとき、その感情は思わず顔に出た。 「それがあなたの能力ね?さゆみさん。・・・あ、勘違いしないで?私はあなたの味方よ?」 その表情をどういう意味に取ったのか、女はおもねるような笑みを浮かべてそう言う。 「失礼ですけどどちら様ですか?初めてお会いするように思うんですけど」 殊更丁寧に対応することで不愉快さを表明しながら、さゆみは再び訊ねた。 「ごめんなさい、今は名乗れないの。あなたが私たちの仲間に加わると約束してくれるまでは」 「・・・私たちの仲間?」 「ええ。《faith(フェイス)》――信頼、信念、信義・・・って意味よ。そして同時にそれが私の属する組織の名前」 「《faith》?」 「そう。さゆみさん、あなたの力を是非私たちに貸してほしい。助けを求めている多くの人々のために」 「・・・・・・仰っていることがよく分からないんですけど」 「もちろん、今から詳しく説明させていただくわ。私たちのこと、そして助けが必要な人のことを」 柔和な笑みを絶やさず、女は自らの属する組織について話し始めた。 ―――自らの持つ異能力を受け入れ、発展させ、そしてそれをこの地球の為に役立ててゆく・・・ 女の語るところによれば、それが《faith》という団体の持つ、文字通り“faith(信条)”であるらしかった。 「さゆみさん、あなたの能力は素晴らしいわ。あなたのその力があれば、多くの人が救われる」 慈愛に満ちた表情で、女は優しく語りかける。 だが、それに対する返事は素っ気なかった。 「すみませんけどそういうの興味ありませんので」 その冷淡な回答に、女は僅かに眉を動かしながらも態度を変えなかった。 「興味がない?あなたは未来の女神になれるのよ。きっと世界中があなたに感謝の言葉を捧げるわ」 「別にそんなこと望んでませんから」 「あなたが望まなくても、この世界はあなたを必要としてるの。あなたにもそれが分かる日が来るわ」 「必要としている?さゆみを?・・・違いますね。自分の幸福だけです、人が望むのは」 「・・・ううん、そんなことないわ。私たちと来て?さゆみさん。そうすれば私の言っている意味がきっと分かる」 「興味ありません。さゆみは自分の“世界”があればそれでいい。その外のことなんてどうでもいいんです」 「どうして?多くの人があなたの救けを待っているのよ?今も悲痛な叫びを上げているのよ?」 「その叫びに応える“faith(義務)”とやらがさゆみにありますか?」 「・・・あるわ。あなたは特別な能力を持って生まれた。それは何かに役立てるべきだわ」 「その“何か”があの自分勝手で利己的な人たちを救うことだと?・・・お断りです。もうたくさんですから」 「さゆみさん・・・あなた・・・」 「誰かの傷を“癒”しただけ、さゆみの中には傷が漂う。・・・うんざりなんです、もう」 「・・・そう。あなたもやっぱり能力者ゆえの理不尽な苦しみを負いながら生きてきたのね」 それまでの物柔らかな笑顔は収められ、代わりに思わせぶりな笑みが浮かぶ。 そしてガラリと変わった調子の声で女は言った。 「あなたがそんな考えを持ってるなら・・・話は早いわ」 “future all in this hands ――未来の全てはこの手の中に――” 「その頭文字をとったのが《faith》・・・・・・それが私たちの組織の名前が持つ本当の意味」 ―騙しててごめんなさいね?― 女は微かにそんな芝居がかったジェスチャーを見せ、すぐに真顔になって言った。 「能力者にとっての理想の社会を創る・・・それが《faith》の真の“faith(教義)”」 女は静かに語り出す。 「私たち能力者は優れた存在のはず。でもその絶対数が少ないというだけで社会から阻害され、ときには迫害される。 そう。さゆみさん、あなたのように。あなたのその素晴らしい力を、愚かな者たちは認めようとせずただ畏れるだけ。 あなたがどれだけ優しい気持ちでその優しい力を行使したとしても・・・返ってくるのは化け物を見るような視線だけ。 ・・・そうだったんでしょう?だからあなたは思うようになった。自分は世界に必要とされていない存在なんだ・・・って」 そこで女は言葉を切り、親しげに微笑む。 「でも・・・さゆみさん。私たちはあなたを必要としてる。・・・来て?私たちと一緒に理想の“未来”を創りましょう」 長い口上を終え、女はさゆみに手を差し伸べた。 あなたの居場所はこの手の中にあるのよ・・・と言わんばかりに。 だが、それに対する返事はまたもあまりに素っ気なかった。 「興味ないです。何度言えばいいですか?」 先ほどと全く変わらないさゆみの態度に、女はさすがに表情を変えた。 「さゆみさん。これは決してあなたにとって悪い話ではないのよ?」 やや頬を引き攣らせ、差し伸べた手を下ろしながら、それでも女は友好的な態度をかろうじて保っていた。 だが、声や態度に含まれる微かな苛立ちは隠しようがない。 「さゆみにはすごく大切な人がいるんです」 「・・・え?」 唐突なその言葉に、女は一瞬当惑の表情を浮かべた。 だが、すぐに馴れ馴れしげな笑顔を浮かべ、訊ねる。 「大切な人?もしかして・・・恋人とか?」 「・・・どうかな。恋人という言い方が適当かどうかは分かりませんけど」 「それは素晴らしいことだわ。恋は心を豊かにするもの。・・・でも、それがどうかしたの?」 「その人は心臓を患っています。生まれたときからずっと」 「まあ・・・そうなの・・・」 「でもさゆみのチカラは病気を治せない。一番大切な人の役に立たない。はっきり言って無意味なんですこんなチカラ」 「気持ちは分かるわ、さゆみさん。でもそんなことで自分を責めることはないのよ」 「・・・・・・そんなこと?」 「ええ。人にはそれぞれ役割があるわ。あなたが全てを背負う必要はないの。私たちと一緒に来れば――」 「役割?誰が決めたんですか?そんなもの」 元々冷ややかだったさゆみの声が完全に温度を失ったことに、女は気付いていなかった。 ただ、自分の話を遮られた苛立ちだけがあった。 「それは分からないわ。でもね、さゆみさん。私たち能力者は――」 「さゆみそろそろ行っていいですか?そこまでヒマじゃないんで」 再び話を最後まで聞かずにそう言ったさゆみに対し、遂に女は抑え切れない腹立ちとともに吐き捨てるように言った。 「そう・・・あなたがそういうつもりなら仕方ないわね。とても残念だけど・・・・・・死んでもらうわ」 見せかけの笑顔や友好的な態度を今や完全に捨て去り、女は憎々しげに、そして蔑むようにさゆみに相対していた。 「私たちと共に歩まないのならば・・・道重さゆみ、あなたを排除せざるを得ない。理想の未来への道を遮る障害物として」 「・・・ほんともういい加減相手するの面倒なんですけど。日も暮れますんで失礼しますね」 そう言いながら、黒髪をひるがえして女に背を向けたさゆみの頬が突然裂けた。 静かに鮮血が流れ出し、その白い肌を朱く染める。 「人が下手に出ていたら・・・付け上がるのもいい加減にしなさい!次はこんなものじゃ済まないわよ?」 怒気と微かな優越感を声に滲ませながら、さゆみの後ろ姿に向かって吐き捨てるように女は言った。 ゆっくりとさゆみが振り返る。 透き通るような肌の白に鮮やかな緋色が映えたその様相は、女に場違いな感銘を与えるほどに妖艶な美しさを呈していた。 さゆみの手が上がる。 瞬時、撫子色の光のようなものがそこから発せられたような気がしたときには、さゆみの頬の傷は完全に塞がっていた。 「すごい・・・私の“真空刃(インビジブル・ブレイド)”のダメージを一瞬で・・・。やっぱり死なせるには惜しい能力者ね・・・」 さゆみの纏う雰囲気とその能力に圧倒され、女は毒気を抜かれたように呟いた。 「さゆみさん、やっぱり考え直さない?あなたのその“治癒能力(ヒーリング)”が私たちと共にあれば――」 「これは“傷の治癒(ヒーリング)”じゃありません」 「・・・・・・え?・・・それはどういうことかしら?」 さゆみの発した言葉の意味を量りかねる思いが三度言葉を遮られた不愉快さに勝り、女は首を傾げて問い返した。 「さゆみの能力は“傷の治癒(ヒーリング)”じゃない・・・と言ったんです。」 「だからそれはどういう意味――」 「こういう意味です」 瞬間――女は自らの頬に鋭い痛みを感じた。 同時に、生暖かい液体が頬を流れ、滴り降りる感触も。 「な・・・これ・・・どうして・・・」 何が起こったのか分からないまま、何か根源的な部分で恐怖を感じ、女は掠れた声を出した。 それに対し、さゆみは淡々と言葉を返す。 「“傷の融解(メルティング)”――それがさゆみの能力」 「傷の・・・融解?それは一体・・・」 「さゆみの能力は、傷を“治す”んじゃなくて“溶かす”んですよ」 「傷を溶かす・・・ですって?」 「そうです。傷そのものを溶出させる空間を創って・・・・・・その中に」 「空間・・・?そうか・・・だから一瞬での治癒が可能なのね。よく分かったわ」 「・・・いえ、残念ながらあなたは何も分かっていません」 どういうことだと問い返そうとした女は、口を開きかけたまま慄然として固まった。 その視線の先には淡紅色の微かな光を背景にして微笑むさゆみの姿があった。 ずっと無愛想な表情だったさゆみの顔に浮かぶその微笑みは、何故か身震いしそうなほどの凄みを感じさせた。 「『誰かの傷を“癒”しただけ、さゆみの中には傷が漂う』・・・最初にそう言いましたよね?」 言葉を無くした女に、さゆみは静かに語りかける。 「今、さゆみとあなたはその傷が漂う空間の中にいます。さゆみが創った空間――“傷の墓場”に」 慌てて周囲を見回す女に、さゆみは続けて静かに告げた。 「そして傷たちは・・・還る場所を探しています」―――と。 その言葉の意味を女が理解するよりも早く、それは訪れた。  ボギッ―― 鈍い音が響き、女の右脚が力を失う。 バランスを崩して倒れながら、女は自分の右脚を突然襲った激痛に絶叫した。 「さゆみがまだ小さかった頃・・・お父さんが階段から落ちて脚の骨を折りました。さゆみは必死でそれを治しました。でも・・・」 絶叫が響く中、さゆみはゆっくりと過去を語る。 「その日からさゆみは孤独になりました。絵里に出逢うまでずっと」 その言葉の途中で女の額が裂け、新たな絶叫が響く。 「友達が木から落ちて、その下にあったブロックで額を切りました。骨が見えるほど深い傷でした。さゆみはそれを――」 「さゆみの目の前で男の人が車にはねられました。腰の骨が砕ける重傷でした。さゆみは―――」 「病院におばあちゃんのお見舞いに行ったとき、小さな男の子が―――」 さゆみの昔語りは、絶叫にかき消されながらも続けられた。 女の体に新しい傷が刻まれ、新しい絶叫が響くごとに――― さゆみの話し声がようやく聞こえるようになった頃、女は静かに横たわっていた。 “致命傷ではない傷”を全身に負わされるという致命傷を負って。 「その傷の全てが辛い想い出。でも・・・その過去があるから今のさゆみがある。今のかけがえない“世界”が」 呟くようにさゆみがそう言った瞬間、女の全身の傷が嘘のように消散(メルト)する。 「だから・・・返してもらうね、さゆみの“傷(かこ)”」 そう言い残し、さゆみは女に背を向けた。 後には訪れた夕闇と、命の抜け殻だけが残される。 消散(メルト)した命は、さゆみにも元に戻すことはできない。  “墓場”で溶解(メルト)した命はどこへ行くのだろう ふとそう考えるときがある。  もしかすると、傷たちと同じように還る場所を探して彷徨い続けるのかもしれない  この世界という“墓場”で――― 「明日・・・お見舞いに行ったときに絵里に聞いてみようかな。絵里は何て言うだろう」 今日からしばらく検査入院をする絵里に付き添った先刻のことを思い出し、さゆみは静かに微笑む。 その幸せそうな微笑みは、やがて完全に訪れた夜の闇へと沈んでいった――― ---- ---- ----

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