夕闇迫る山の麓で。
 フェリタニア一行とファントムレイダーズの面々は激闘の末和解し、2つの共通の目的の為にレイウォールとグラスウェルズにそれぞれ二名ずつメンバーを裂き、向かう事にしたのだが――もうすぐ夜が訪れる、という事で、全員で野営をしようと準備をしている時だった。
 焚き木拾いをしていたファントムレイダーズのリーダーにして、グラスウェルズの密偵であるナーシアが唐突に声を上げた。
「……そういえば」
 そう口に出し、すぐ隣で同じく焚き木を拾っていたフェリタニア第一の騎士、アル・イーズデイルをみつめる。
 その視線になんとなく居心地の悪さを感じ、
「……なんで俺をみつめるんだよ」
 ぼそりと呟きつつ視線を逸らすアル。
 対してナーシアは、すすすとアルに近づき、
「……どうして、フェリタニアの騎士になったのか聞いてなかったと思って」
「……別に言うような事でもないだろ」
 問いを発する密偵の少女に、アルはぶっきらぼうな返事をする。
「……だって、貴方は貴族嫌いだったはずだから……少し気になった」
 返事が納得出来ないものだった為、ナーシアは追及の手を緩めない。
 それでも返答を返そうとしないアルと、彼を睨み続けるナーシア。
 しばらくそうしていると、ひょっこりと狼娘――エリンディルからの来訪者であるベネットが二人の間に割って入った。
「どーしたでやんすか?アルもナーシアも」
 アルは無言。
 対してナーシアは、
「……アルがフェリタニアの騎士になった理由を聞いていた。答えてくれないけど」
 アルに対する視線は緩めないまま、獣人の少女に返答する。
 その言葉を聞いたベネットは「ああ、なるほど」というふうに頷き、アルの代わりに答える。
「半ば以上なりゆきでやんすよ。レイウォールの王城に忍び込んで捕まったアルは、牢屋から出してもらう代わりに安全なところまで護衛するって条件で同行したってピアニィ様に聞いたでやんす。騎士になった決め手はピアニィ様の『あたしの騎士になりなさい!』って一言だったでやんすけどね」
 ベネットはそう言ってやれやれ、と肩をすくめる。
 ベネットの台詞を聞いた黒衣の密偵は、しばらくフェリタニアの女王騎士をみつめた後――くるりと後ろを向いて肩を震わせた。
「だああああああっ!お前はぜってーそういう反応示すと思ってたよっ!!」
 密偵の少女の反応に対し、思わず声を荒げるアル。
「だ……だって……こ、これで……捕まるの、三回目……くっ……」
 ……実はナーシアの知る限り、これまでにアルは二回ほど捕まった事がある。一回目はギルマンに、二回目はグラスウェルズのエーデン伯に。……まさか記録が更新されているとは思っていなかったのである。その上、それ以外にもベネットが知る限り、二回ほど捕縛歴があったりする。
「つーか!そのうち二回はお前のせいだろーがっ!!笑うな、こらっ!!」
 ……そしてそのうちの一回目と二回目は……ナーシアの計略のせいだったりする。
「……ちょ、ちょっと待って…………ふぅ」
 アルに言われ、ナーシアはなんとか笑いを収めてアルとベネットの方に向き直る。
「……『だから』、言いたくなかったのね……」
 ほんの少しだけ笑みを含んだ言葉に、アルはまだナーシアが完全に落ち着いてない事に感づいたが、あえてそこには触れない。言ったらまた爆笑するからだ。
「……忘れろ、頼むから」
 代わりに溜息をついて、密偵の少女に頼み込む。
「アルはあっしらに会う前に二回も捕まってるでやんすか~。いや、あっしも結構捕まってるでやんすが。……そういや、バーランド城やゴルダ砦でも……ぐはっ!!」
 そして余計な事を言いかけたベネットに裏拳一発。黙らせる。
 ベネットの惨状を見たナーシアは、流石にアルをからかう気にはなれない。手を出されない程度に怒らせるのは楽しいが、殴られる気は更々ないのだ。……まあ、この兄弟子は訓練以外で手を出してきた事はないのだが。
 代わりに口にしたのは――
「とりあえず、アルが騎士になったいきさつはわかった。……でも、それだけで今も側にいるの?」
 次の問い。それだけの理由ならば、いつまでもピアニィの側にいる必要はないだろう……そう思ってのものだった。
 それに対し、アルは――
「……二度、命を救われた。護る、と約束しておきながら……護りきれなかった。もう、傷つけさせないと誓った。……それに、姫さんはバルムンクに狙われている。テオの『戦士の石』を取り戻す為にも、側にいた方がいいだろう」
 自身の思いを告げるのと同時にピアニィを護りきれなかった光景が、アルの中でフラッシュバックする。
 一度目はアヴェルシアに向かう旅の途中で。魔族であるグラシャラボラスの生み出した血の塊の中で眠るように浮かんでいた少女の姿と、死を覚悟した脆く儚い微笑み。そして、アルを案じて浮かべた決意を秘めた微笑。
 二度目はメルトランドで。自分をかばい、前に飛び出してグラスウェルズの騎士リシャールにその身を切り裂かれた少女の姿と、目覚めた時にアルの無事に喜び浮かべた微笑。
 もう二度と傷つけさせない、絶対に護り抜く――心の中で女王の騎士は自身に、そして主に誓っている。
 そしてバルムンクに奪われた、師匠であるテオドール・ツァイスの『戦士の石』。それを取り戻す為にアルは旅を続けてきたのだ。
 ピアニィを護る事、『戦士の石』を取り戻す事。その二つが彼女の元にいる事で叶うのならば……側にいる、そう口に出す。
「……そう。そういう事なら……」
 アルの決意を聞いて納得し、そうナーシアが言い掛けたところで。
 そこでひょっこりと身を起こし復活した獣人の少女がにやりと笑って、アルに対してからかい口調でこう言った。
「おんや~?そこまで言っておきながら、肝心な台詞は言わないでやんすな~」
「……な、なんだよ、それ」
 その笑みと、ベネットが突きつけてきた指を見ながら、アルはベネットを半眼で睨む。
 対してベネットは、ますます笑みを深くして、爆弾発言をした。
「アルはピアニィ様の事、好きなんでやんしょ?だから護るって決めたんでやんすよね?いやいやいや、答えなくてもいいでやんすよ。見てればわかるでやんすから♪」
「な……っ」
 ベネットの爆弾発言に驚きの声を上げ、硬直するアル。
 ……その顔がみるみるうちに朱に染まる。
 そして次の瞬間――
「お前は黙ってろっ!!」
「げはっ!」
 獣人の少女は再び……先程よりも強い力で地面に沈んだ。
「え~……あ~その、な……」
 赤い顔のまま、アルはナーシアに言い訳をしようとするが言葉が出てこない。
 密偵の少女はあるかなしかの苦笑を浮かべて、
「ここに来る前に情報収集はしてある。貴方とピアニィ女王の婚約の話も聞いている……けど、少しだけ情報が現状よりも先行しているみたいね」
「誰と誰が婚約だってっ!?……おかんだな、まったく……」
 さらりと口に出した台詞を、アルは速攻で否定する。
 その光景を見てナーシアは、先程の戦闘を思い出す。
 アルは最後に自分に切りかかってくる前に、一瞬だけ自分の主に視線を移した。そしてそれに対するピアニィの反応は――どこまでも深く、揺るぎない――信頼を秘めたまなざしを自身の騎士に向ける事だった。
 あれを見ただけでも、お互いがお互いを信頼し、尊重し合っているのがよくわかる。
 まったく素直じゃないな……と、密偵の少女は自身の兄弟子に対して内心で苦笑する。

 なおもぶつぶつとアルが言い続けていると、先程から話題に出ていた少女が薄紅色の髪と身にまとう紅いローブをなびかせながら小走りに駆け寄ってきた。
「アル、ナーシアさん、ベネットちゃん……って、ど、どうしたの、ベネットちゃん?」
 地面に沈んでいるベネットに気付き、慌てて駆け寄るピアニィ。
「あ~ほっとけほっとけ。じきに復活するから。……で、どうしたんだ、姫さん?」
 ベネットに駆け寄るピアニィに手をぱたぱた振りながら、アルは彼女に声をかけた。
「……あ、そうでした。えっと、お夕飯が出来たので呼びに来たんです」
 ピアニィがにっこりと笑いながらそう答えた直後――
「メシ――――――っ!!」
 ベネットががばりと起き出し、野営地に向かって走り出す。
 それを後に残された三人は呆然と見送る。
 最初に我に返ったナーシアは、
「……私も先に行ってる」
 そう言ってベネットの後を追いかけて行った。
 二人を見送ったアルとピアニィは顔を見合わせて笑う。
「ベネットちゃん、すっごくおなかすいてたみたいですね」
「すげー勢いで走ってったもんな」
 それからピアニィはベネットが落としていった薪を拾い集める。
「……これでよしっと」
「んじゃ、俺達も行くか」
 薪を拾い終わったピアニィに声をかけ、ゆっくりと歩き出すアル。
「はいっ」
 ピアニィは返事をしてアルの横に並んで歩く。
「…あ、そういえば」
 唐突にそう言い、ピアニィが足を止める。
 前に数歩歩いたところでアルも止まり、ピアニィの方へ振り返る。
「……どうしたんだ?姫さん」
 するとピアニィは頬をふくらませ、上目遣いでアルを見ている。
「……な、なんだよその顔」
 その言葉にピアニィは頬をふくらませたままアルへの不満を口に出す。
「さっきの戦闘の前に『騎士になるつもりはなかったんだ』って言いましたよね?……あたしが主じゃ嫌なんですか?」
 アルはピアニィの言葉に苦笑する。
「……別に姫さんが主だから嫌なんじゃねーよ。堅っ苦しいから嫌だっただけだ」
 だがピアニィはその台詞を聞いても納得する様子は見せない。アルが本心を話しているように思えなかったからだ。
 相変わらず頬を膨らませたままのピアニィに根負けして、アルは言葉を紡ぐ。
「あーもーわかったよ!ちゃんと言うよ!……二度は言わないからな?」
 そう前置きしてから赤くなった頬を見られないようにピアニィから目を逸らし……その言葉を口にした。
「……俺は騎士になりたかった訳じゃない。ただ……あんたを護れる立場になりたかっただけだ」
 そう言うだけ言って、アルは野営地へ歩いていく。
 ピアニィはアルに言われた台詞に真っ赤になり、その場に立ち尽くす。
 ぶっきらぼうな言葉。でもその言葉には、万感の想いがこもっていて――
「おい、姫さん。行くぞ」
 ピアニィが追いついて来ないのに気付いて、アルは振り返って声をかける。
「……あ、は、はいっ!」
 その言葉にピアニィは我に返り、アルの元へと駆け出していった。


後書き
いやぁ、ようやく書き上がりました。
途中放置だったものですがw
アルが6話で「騎士になるつもりはなかったんだ」って言っていたのを読んで、ついつい思い浮かべてしまったのが最後の方の台詞、という事で…。
ナーシアとの会話はその為の前振りでしたが、意外と長くなった…ベネットの乱入もその要因のひとつではありますがw
後、ラストアクション直前のやりとりはアイコンタクトにしてみました。
だって…話している余裕はないよね、実戦だとw
最終更新:2011年05月08日 20:14