「おーい、姫さん。うちの実家からのお届け物持って来たぞ」
 フェリタニア王国第一の騎士アル・イーズデイルはひとつの衣装箱を持って、自身の主でありフェリタニア女王であるピアニィ・ルティナベール・フェリタニアのいる執務室のドアを開ける。
 ちなみにアルの実家はブルックス交易商会という武器商人である。……最近は武具だけではなく、様々な物も扱っているようであるが。
 大量の書類と格闘していたピアニィは顔を上げ、
「わぁ……さすがエルゼリエさん、早ーい♪」
 そう言ってアルのところまで飛んできて、彼の持っている箱を受け取って胸に抱く。
 そのあまりの喜びように、アルは中身を聞いてみた。
「姫さん、それ……中身は?」
 聞かれたピアニィは、とても嬉しそうな笑顔で返事をする。
「あ、これですか?これはミスティックガープです♪」
 その答えに納得するアル。前々から欲しいと言っていたのを思い出したからだ。
「そりゃ良かったな。……どうせなら着てみろよ、姫さん」
「はいっ」
 アルの一言にピアニィは嬉しそうに返事をして、執務室の奥にある休憩室に入り込んだ。

「……あ、あれ?」
 休憩室からピアニィのとまどったような声が聞こえたので、アルはどうしたのか聞いてみる。
「……い、いえ……あの……これ、ちょっと普通のミスティックガープとデザインが違うような……あ、下に着る服も送ってくれたんだ」
 そんな事を呟きながらも着替えているらしい。
 アルは衣擦れの音に連想してしまった着替え中の主の姿を頭を振って追い払う。
「……何を考えているんだ、俺は」
 そうぽつりとアルが呟いたところで、ピアニィが部屋から出てきた。

「お待たせしましたっ!」
 そう言って休憩室から出てきた主の格好を見て、絶句するアル。
「えと、どうですか?」
 そう言ってその場でくるりと回転するピアニィ。
 ミスティックガープは本来の色とは違う緋色に染められ、ピアニィに良く似合っている。
 だが、しかし――
「特注にも程があるだろーが、あのババア!」
 アルは思わず声を上げる。
 ミスティックガープの下の衣服、それが大問題であった。
 白いビスチェとミニスカートである。
 ミニスカートは今までもはいていたから問題はないのだが……ビスチェからは胸元が見えているのだ。
 彼女の胸はそれほど大きな方ではないとはいっても、胸元が見えるのと見えないのとでは男性への破壊力は段違いだ。
 アルは一瞬だが、惹きつけられるように胸元を見てしまった――それゆえの叫びであった。
 ――それが、他人に彼女の肌を見せたくないという独占欲からだという事にアルは気づかないし、自分自身が彼女に特別な感情を持っている事にも気づいていない。
 そんなアルにきょとんとした顔をしてから、ピアニィは言う。
「でも、デザイン可愛いですよ♪あたしはすごく気に入りました」
 そう言って微笑む主に対して二の句が告げないアル。
 そんな彼に、
「あ、衣装箱の中にアルへのお手紙が入ってましたよ。どうぞ」
 ピアニィは封筒を差し出した。
 アルはその手紙の封を破き、目を通す。
 そこに書かれていたのは――
『馬鹿息子へ。
 レイウォールが決めた婚約者とはいえ、グラスウェルズのリシャール・クロフォードなんかよりあんたの方がよっぽど近くにいるんだから、さっさとピアニィ陛下をもらっちゃいなさい。
 わざわざあんたの為にデザインしたんだから、あの格好の陛下見てもなんとも思わない……なんて言うんなら、お仕置きしにいくからね。
                                                                                                   エルゼリエより』
 短い手紙を読み終えたアルは、それを両手で握りつぶす。
「……あのくそばばあ……」
 地の底から這うような声を出したアルを見て、
「あの、アル……大丈夫ですか?」
 そう声をかけるピアニィ。
 彼女の気遣いに笑いかけようとして……アルは上から覗き込むような体勢で彼女の胸の谷間を見てしまい赤面してしまう。
「……アル?」
「なっ……なんでもねえよっ!」
 勢いよく言って、アルは慌てて視線をそらす。
 ピアニィは先程からアルの反応がおかしいのに気づき、それがミスティックガープのせいである事にも同時に気づく。
 なので、アルに問いかける。
「……これ、似合いませんか?アルがやめろって言うのなら、やめますけど……」
 しゅんとしてそう聞くピアニィに、アルは即座に返事を返す。
「誰も似合わないなんて言ってないだろ?……その、よく似合ってるよ」
 少し照れながら言った台詞を聞いた瞬間のピアニィの笑顔が本当に嬉しそうで、アルは思わずみとれてしまう。
「ありがとうございます、アル」
 みなさんにも見せて来ますね、そう言って執務室を出て行くピアニィを見送ってから――アルはソファーに座り込む。
「……似合ってるけど、もうちょっと他人の視線ってもんを気にして欲しいよな……」
 そう、アルはぼそりと呟いた。

 後日、アルは母親に対してピアニィのミスティックガープの件で盛大に抗議するも、エルゼリエの方はどこ吹く風だったらしい。


後書き
これは2010年の夏コミで出した本のお話のひとつです。
ミスティックガープのデザインがアイテムガイドの物とは全然違っていたので、ついついこんな妄想をしてしまいましたw
最終更新:2011年05月08日 20:45