二月某日 夜
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『後日談』
トゥルルルル…… トゥルルルル…… トゥルルル…… ピッ
『もしもし? どうした高坂。こんな夜更けに』
「悪いな赤城。ちょっとお前に相談したい事があってな……今、大丈夫か?」
『ああ、別に構わないぜ。忙しいってほどでもない』
一人では答えの出なかった問題を友人に頼る。
こんな時、気を使う必要の無いこいつの存在はありがたい。
「実はな……ってなんか遠いな。回線の調子悪いのか?」
『いや、今瀬菜ちゃんとゲームしててな。ハンズフリーで話してる』
「そっか、まあいいや。んで相談ってのはだな、赤城に……その……教えて欲しいんだ」
『おわっ!』
「どうした?」
『瀬菜ちゃんがコーヒーこぼしただけだ。で? 何を教えて欲しいんだ?』
「えっと……俺、こういうの初めてでよく解らなくてさ、
赤城なら経験あるだろうし、どうすれば上手くやれるか教えてほ……」
『おうわ!』
「ど、どうした?」
『瀬菜ちゃんが鼻血噴いた。ちょっと待ってろ』
バタバタと騒がしい兄妹だな。人の事言えないが。
『おう悪い待たせたな。で、結局なんの話だよ』
「えっと、その……な」
『なんだよ、はっきりしねえな。切るぞ』
「わあ、待て待て、言う、言うから……」
『ならさっさと話せよ』
「ああ、あのな…………彼女からチョコ貰ったんだけど、どうしたらいいかな!?」
『死ねばいいと思うよ』
プツ
ああ! 切りやがった赤城の野郎!
すぐに掛けなおす。
『もしもし』
「おい、いきなり切るなよ! まだ話は終わってねえぞ」
『悪い。つい切りたくなってな。つーか、お前の彼女……五更さんだっけ?
俺よく知らないんだよ。瀬菜ちゃんに聞いたくらいにしかわかんねえぞ?』
それもそうだな。
「ああそっか、悪い。彼女は五更瑠璃。おまえの妹の元クラスメートだ。転校しちまったけどな。
うちに入学する前から桐乃の友人でな、もう一人沙織って子もいて、
俺も含めてよく四人でつるんでた遊び仲間みてーなもんかな。
で、五更なんだが、妹から聞いてるんなら大体解るかもしれねえけど、
黒髪ロングで小柄でスレンダーな和風美人って感じかな。ただ、人間関係に臆病というか、
他人に対して壁を作る子でな……来る者拒んで去る者追わずって感じなんだよ。
だけどな、決して冷たいわけじゃねえんだ。むしろすっげえ情に厚い。不器用なだけなんだ。
一度その壁を越えた、仲間だと認めたヤツの為なら必死に頑張っちまうような、そんな子なんだよ。
それで俺も気になってて、いつの間にか目で追うようになってな、そんでまあ、付き合う事になったんだけどよ、
告白された日なんか意味も無く叫びたいような最高の気分だったぜ! 枕抱えてゴロゴロしたりしてな。
デートの時だって毎回手作り弁当よ。わかる? 手作りだぜ? それもすっげー美味いんだよ。
高校生であれだけの味を出せるやつはそうはいないぜ。ちょっとボリュームが足りねえけど、
それは俺の胃袋の大きさがわからねえだけなんだよな。味は完璧なんだからな。
そんで料理を褒めるとな、『お世辞は結構よ』な~んて言うんだけどよ、お世辞抜きでマジで美味いんだよ。
だからそのまま褒め続けると横向いたまま真っ赤になってよ、それがまたすっげー可愛……」
『よーく解った。リア充爆発しろ!』
ブツ
また切りやがった。これからなのに赤城のやつめ。
掛けなおす。
『もしもし』
「おい、切るなよ。まだ途中じゃねえか」
『悪い。ついブチ切りたくなってな。つーか、お前ウザすぎんぞ? 落ち着けよ』
いかんいかん。つい熱くなっちまった。
『あのなー何が悲しくてお前の自慢話なんか聞かにゃならんのだ』
「自慢話じゃねえっつーの。マジに相談してんだよ。
おまえサッカー部だろ? そこそこイケメンだろ? ならチョコ貰った事あるんじゃねえの?」
『まあ毎年いくつかは、な』
「……チッ」
『チッ?』
「なんでもねえよ。ならさ、ホワイトデーにどんなお返しすればいいか教えてくれないか?」
『わかんねー。俺、お返しした事ねえもん』
なんだと!? この野郎……女の敵め!
『だって俺、基本その場で断るからな。チョコも受けとらねえ』
「は? なんでだよ、可哀想じゃねえか」
『好きでもねえのに気を持たせるような事したらもっと可哀想だろ?』
「そりゃそうかもしれねえけどよ……」
『それともなにか? 高坂は好きだと言われたから付き合ってるのか?
お前は好きでもねえのに彼女が可哀想だから付き合ってるのか?』
「それは違う!」
断固否定する。
『なら解るだろ。彼女がいなくて寂しいのはどこの野郎でも同じだよ。
でもよ、彼女が欲しいから寄ってくる女で一番マシなのと付き合うのか? 違うだろ。
誰よりも特別な存在でありたい。そんな子とめぐり合ったから彼氏彼女になるんだろう。
独りが寂しいからなんて理由で付きあったら、結局二人とも不幸になるだけさ。
だから俺は頭を下げてお断りする。たまに泣かれたりもするけどな……
“残念だけど、せっかくだから貰ってください”って子のを貰ってるだけだよ。だからお返しはしない』
「赤城……おまえってすげえな」
『もちろん俺が本気で惚れた子からなら喜んで貰うぜ? 逆に俺からアタックもするだろうさ。
ただな……現状、瀬菜ちゃんより可愛い子がいなくてな……』
だめだコイツ。もはや手遅れだな……
『もう! お兄ちゃん、何恥ずかしい事言ってんの!? ちょっと代わって』
マジかよ……赤城のやつ、妹の傍で今の台詞言ったのか? 信じられんヤツだ。
『こんばんは、高坂せんぱい。お電話代わりました』
「おう、瀬菜か。こんばんは。こんな夜分にすまないな」
『いえ、構いませんよ。お陰さまで先ほど唐突に充電されましたんで問題ありません』
「充電?」
『あ、いえ……こちらの事で。それでですね、お兄ちゃんでは埒が明かないので私がお話を伺おうかと思うのですが』
「そうか? すまんな。確かに女の子の意見は参考になりそうだ」
黒猫の事をよく知っている女の子に知恵を借りられるなら願ったりだ。
『大体の話は聞こえていたんですが纏めると、
五更さんにチョコを貰った。彼女からのチョコに浮れていたが来月ホワイトデーがあると気が付いた。
経験がないのでどうすればいいか分からない。一人で悩んでいても答えは出て来なかった。
恥を忍んでお兄ちゃんに電話をした。ウホッ教えてくれないか? って事ですね?』
「最後以外は概ねその通りだ。頼む。知恵を貸してくれ」
携帯を握ったまま頭を下げる。
『そんな大袈裟な……普通でいいんじゃないですか? 定番ならクッキーとかキャンディですよね』
「ああ、それはもちろん渡すよ。ただ、それだけじゃ寂しいじゃんか。も一つ何か贈りたいんだよ。
彼女に貰ったチョコのお返しなんだから、そのくらい彼氏としては当然の義務だろう?」
『そうですか……因みに、どんなチョコ貰ったんですか?』
「んー……よくわかんねえけど、普通のチョコだよ。たぶん手作りだな」
『五更さんならそうでしょうね……で? 他にも何か貰ったんじゃないですか?』
「よくわかったな。マフラー貰ったよ。こっちも手編みだ」
『やっぱりですか。だから高坂せんぱいもクッキーの他に何か贈りたいなんて言い出したんですね』
恥ずかしながらその通りだ。
『……マフラー貰ってどう思いました?』
「すっげー嬉しかったぜ。今も巻いてる」
『そうですか……手編みのマフラーやセーターは敬遠する男性が多いと聞くので安心しました』
「は? 何で敬遠すんの?」
『手編みは手間をかけて想いを込めて作るので、その愛情が重いと感じるそうです。
もし別れても怨念が篭っていそうで捨てられないとか』
「別に黒猫の呪いなんて日常茶飯事だろ。今更なんの問題もない」
『ふふ。それもそうですね』
「それにチョコに血を混ぜたり、マフラーに髪の毛を編み込んだり、黒猫なら口では言うかもしれないけどよ、
実際に相手に危害を加えるような事は絶対にないさ。断言してもいいね」
『分かってますよ。言動は痛々しい人ですけど、それが本心ではない事くらいは理解してるつもりです』
それが解ると黒猫の魅力は倍増するんだよな。
『でも、高坂せんぱいの本心はどうなんでしょうね?』
「え? 俺?」
『手作りチョコに手編みのマフラー。どう見ても本命チョコです。当たり前ですよね、恋人なんだから』
「ま、まあな」
そんなはっきり言われると、照れる。
『でも先程高坂せんぱいは言いました。お返しをするのは彼氏の義務だと。違うでしょ、せんぱい。
彼女からの本命チョコにお返しできるのは、唯一彼氏だけに許された権利なんじゃないですか?
義務でお返しするのは義理チョコですよ。高坂せんぱいが貰ったのはどちらのチョコでしたか?』
「そっか……そうだな。悪い。失言だった」
そうだよ。貰ったから仕方なくお返しをするんじゃない。
俺が黒猫に贈りたいんだ。
黒猫にプレゼントができる、折角のチャンスなのだから。
プレゼントを貰った黒猫を想像してみる。……へへっ、悪くねえな。
確かにこれは彼氏の特権だわ。
『ねえ、せんぱい。たくさん迷って下さい。たくさん悩んで下さい。
ハンドメイドで想いを込める事ができないのなら、せめて時間をかけて選んであげて下さい。
思い悩んでいる時間は、そのまませんぱいの頭の中が五更さんでいっぱいになっている時間なんですから。
好きな人から貰った物ならなんでも嬉しいって、きっとそういう事なんだと思いますよ』
ふう、と深い溜息を一つ。
「……分かった、そうするよ。ありがとうな」
『いえいえ、お力になれてよかったです。
最後に、たぶん高坂せんぱいなら大丈夫だとは思いますけど』
「うん?」
『……わたしの親友を泣かせるような事をしたら許しませんからね』
入学してからたった数ヶ月の短い期間。
だけど自分を親友と呼んでくれる人との出会いは、きっと黒猫にとってとても大きな事だろう。
……俺と恋人になった次くらいには。
「ああ、胆に銘じておく。心配するな。……ありがとうな、こんな遅くまで。兄貴にも礼を言っておいてくれ」
『分かりました。それじゃ高坂せんぱい、頑張って下さいね。おやすみなさい』
「あ、俺も最後に一つだけいいか?」
『なんでしょう?』
それは妹達を見守る眼差しを知れば解る事。
「さっきの話だけどよ……黒猫の愛情は重いんじゃなくてさ、深いんだぜ? そんじゃおやすみ」
盛大に噴きだした瀬菜を放置して通話を切る。
さーて、何を贈ろうかな…………
窓に映っている顔は、悩んでいる様にはとても見えなかった。
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『後日談』
トゥルルルル…… トゥルルルル…… トゥルルル…… ピッ
『もしもし? どうした高坂。こんな夜更けに』
「悪いな赤城。ちょっとお前に相談したい事があってな……今、大丈夫か?」
『ああ、別に構わないぜ。忙しいってほどでもない』
一人では答えの出なかった問題を友人に頼る。
こんな時、気を使う必要の無いこいつの存在はありがたい。
「実はな……ってなんか遠いな。回線の調子悪いのか?」
『いや、今瀬菜ちゃんとゲームしててな。ハンズフリーで話してる』
「そっか、まあいいや。んで相談ってのはだな、赤城に……その……教えて欲しいんだ」
『おわっ!』
「どうした?」
『瀬菜ちゃんがコーヒーこぼしただけだ。で? 何を教えて欲しいんだ?』
「えっと……俺、こういうの初めてでよく解らなくてさ、
赤城なら経験あるだろうし、どうすれば上手くやれるか教えてほ……」
『おうわ!』
「ど、どうした?」
『瀬菜ちゃんが鼻血噴いた。ちょっと待ってろ』
バタバタと騒がしい兄妹だな。人の事言えないが。
『おう悪い待たせたな。で、結局なんの話だよ』
「えっと、その……な」
『なんだよ、はっきりしねえな。切るぞ』
「わあ、待て待て、言う、言うから……」
『ならさっさと話せよ』
「ああ、あのな…………彼女からチョコ貰ったんだけど、どうしたらいいかな!?」
『死ねばいいと思うよ』
プツ
ああ! 切りやがった赤城の野郎!
すぐに掛けなおす。
『もしもし』
「おい、いきなり切るなよ! まだ話は終わってねえぞ」
『悪い。つい切りたくなってな。つーか、お前の彼女……五更さんだっけ?
俺よく知らないんだよ。瀬菜ちゃんに聞いたくらいにしかわかんねえぞ?』
それもそうだな。
「ああそっか、悪い。彼女は五更瑠璃。おまえの妹の元クラスメートだ。転校しちまったけどな。
うちに入学する前から桐乃の友人でな、もう一人沙織って子もいて、
俺も含めてよく四人でつるんでた遊び仲間みてーなもんかな。
で、五更なんだが、妹から聞いてるんなら大体解るかもしれねえけど、
黒髪ロングで小柄でスレンダーな和風美人って感じかな。ただ、人間関係に臆病というか、
他人に対して壁を作る子でな……来る者拒んで去る者追わずって感じなんだよ。
だけどな、決して冷たいわけじゃねえんだ。むしろすっげえ情に厚い。不器用なだけなんだ。
一度その壁を越えた、仲間だと認めたヤツの為なら必死に頑張っちまうような、そんな子なんだよ。
それで俺も気になってて、いつの間にか目で追うようになってな、そんでまあ、付き合う事になったんだけどよ、
告白された日なんか意味も無く叫びたいような最高の気分だったぜ! 枕抱えてゴロゴロしたりしてな。
デートの時だって毎回手作り弁当よ。わかる? 手作りだぜ? それもすっげー美味いんだよ。
高校生であれだけの味を出せるやつはそうはいないぜ。ちょっとボリュームが足りねえけど、
それは俺の胃袋の大きさがわからねえだけなんだよな。味は完璧なんだからな。
そんで料理を褒めるとな、『お世辞は結構よ』な~んて言うんだけどよ、お世辞抜きでマジで美味いんだよ。
だからそのまま褒め続けると横向いたまま真っ赤になってよ、それがまたすっげー可愛……」
『よーく解った。リア充爆発しろ!』
ブツ
また切りやがった。これからなのに赤城のやつめ。
掛けなおす。
『もしもし』
「おい、切るなよ。まだ途中じゃねえか」
『悪い。ついブチ切りたくなってな。つーか、お前ウザすぎんぞ? 落ち着けよ』
いかんいかん。つい熱くなっちまった。
『あのなー何が悲しくてお前の自慢話なんか聞かにゃならんのだ』
「自慢話じゃねえっつーの。マジに相談してんだよ。
おまえサッカー部だろ? そこそこイケメンだろ? ならチョコ貰った事あるんじゃねえの?」
『まあ毎年いくつかは、な』
「……チッ」
『チッ?』
「なんでもねえよ。ならさ、ホワイトデーにどんなお返しすればいいか教えてくれないか?」
『わかんねー。俺、お返しした事ねえもん』
なんだと!? この野郎……女の敵め!
『だって俺、基本その場で断るからな。チョコも受けとらねえ』
「は? なんでだよ、可哀想じゃねえか」
『好きでもねえのに気を持たせるような事したらもっと可哀想だろ?』
「そりゃそうかもしれねえけどよ……」
『それともなにか? 高坂は好きだと言われたから付き合ってるのか?
お前は好きでもねえのに彼女が可哀想だから付き合ってるのか?』
「それは違う!」
断固否定する。
『なら解るだろ。彼女がいなくて寂しいのはどこの野郎でも同じだよ。
でもよ、彼女が欲しいから寄ってくる女で一番マシなのと付き合うのか? 違うだろ。
誰よりも特別な存在でありたい。そんな子とめぐり合ったから彼氏彼女になるんだろう。
独りが寂しいからなんて理由で付きあったら、結局二人とも不幸になるだけさ。
だから俺は頭を下げてお断りする。たまに泣かれたりもするけどな……
“残念だけど、せっかくだから貰ってください”って子のを貰ってるだけだよ。だからお返しはしない』
「赤城……おまえってすげえな」
『もちろん俺が本気で惚れた子からなら喜んで貰うぜ? 逆に俺からアタックもするだろうさ。
ただな……現状、瀬菜ちゃんより可愛い子がいなくてな……』
だめだコイツ。もはや手遅れだな……
『もう! お兄ちゃん、何恥ずかしい事言ってんの!? ちょっと代わって』
マジかよ……赤城のやつ、妹の傍で今の台詞言ったのか? 信じられんヤツだ。
『こんばんは、高坂せんぱい。お電話代わりました』
「おう、瀬菜か。こんばんは。こんな夜分にすまないな」
『いえ、構いませんよ。お陰さまで先ほど唐突に充電されましたんで問題ありません』
「充電?」
『あ、いえ……こちらの事で。それでですね、お兄ちゃんでは埒が明かないので私がお話を伺おうかと思うのですが』
「そうか? すまんな。確かに女の子の意見は参考になりそうだ」
黒猫の事をよく知っている女の子に知恵を借りられるなら願ったりだ。
『大体の話は聞こえていたんですが纏めると、
五更さんにチョコを貰った。彼女からのチョコに浮れていたが来月ホワイトデーがあると気が付いた。
経験がないのでどうすればいいか分からない。一人で悩んでいても答えは出て来なかった。
恥を忍んでお兄ちゃんに電話をした。ウホッ教えてくれないか? って事ですね?』
「最後以外は概ねその通りだ。頼む。知恵を貸してくれ」
携帯を握ったまま頭を下げる。
『そんな大袈裟な……普通でいいんじゃないですか? 定番ならクッキーとかキャンディですよね』
「ああ、それはもちろん渡すよ。ただ、それだけじゃ寂しいじゃんか。も一つ何か贈りたいんだよ。
彼女に貰ったチョコのお返しなんだから、そのくらい彼氏としては当然の義務だろう?」
『そうですか……因みに、どんなチョコ貰ったんですか?』
「んー……よくわかんねえけど、普通のチョコだよ。たぶん手作りだな」
『五更さんならそうでしょうね……で? 他にも何か貰ったんじゃないですか?』
「よくわかったな。マフラー貰ったよ。こっちも手編みだ」
『やっぱりですか。だから高坂せんぱいもクッキーの他に何か贈りたいなんて言い出したんですね』
恥ずかしながらその通りだ。
『……マフラー貰ってどう思いました?』
「すっげー嬉しかったぜ。今も巻いてる」
『そうですか……手編みのマフラーやセーターは敬遠する男性が多いと聞くので安心しました』
「は? 何で敬遠すんの?」
『手編みは手間をかけて想いを込めて作るので、その愛情が重いと感じるそうです。
もし別れても怨念が篭っていそうで捨てられないとか』
「別に黒猫の呪いなんて日常茶飯事だろ。今更なんの問題もない」
『ふふ。それもそうですね』
「それにチョコに血を混ぜたり、マフラーに髪の毛を編み込んだり、黒猫なら口では言うかもしれないけどよ、
実際に相手に危害を加えるような事は絶対にないさ。断言してもいいね」
『分かってますよ。言動は痛々しい人ですけど、それが本心ではない事くらいは理解してるつもりです』
それが解ると黒猫の魅力は倍増するんだよな。
『でも、高坂せんぱいの本心はどうなんでしょうね?』
「え? 俺?」
『手作りチョコに手編みのマフラー。どう見ても本命チョコです。当たり前ですよね、恋人なんだから』
「ま、まあな」
そんなはっきり言われると、照れる。
『でも先程高坂せんぱいは言いました。お返しをするのは彼氏の義務だと。違うでしょ、せんぱい。
彼女からの本命チョコにお返しできるのは、唯一彼氏だけに許された権利なんじゃないですか?
義務でお返しするのは義理チョコですよ。高坂せんぱいが貰ったのはどちらのチョコでしたか?』
「そっか……そうだな。悪い。失言だった」
そうだよ。貰ったから仕方なくお返しをするんじゃない。
俺が黒猫に贈りたいんだ。
黒猫にプレゼントができる、折角のチャンスなのだから。
プレゼントを貰った黒猫を想像してみる。……へへっ、悪くねえな。
確かにこれは彼氏の特権だわ。
『ねえ、せんぱい。たくさん迷って下さい。たくさん悩んで下さい。
ハンドメイドで想いを込める事ができないのなら、せめて時間をかけて選んであげて下さい。
思い悩んでいる時間は、そのまませんぱいの頭の中が五更さんでいっぱいになっている時間なんですから。
好きな人から貰った物ならなんでも嬉しいって、きっとそういう事なんだと思いますよ』
ふう、と深い溜息を一つ。
「……分かった、そうするよ。ありがとうな」
『いえいえ、お力になれてよかったです。
最後に、たぶん高坂せんぱいなら大丈夫だとは思いますけど』
「うん?」
『……わたしの親友を泣かせるような事をしたら許しませんからね』
入学してからたった数ヶ月の短い期間。
だけど自分を親友と呼んでくれる人との出会いは、きっと黒猫にとってとても大きな事だろう。
……俺と恋人になった次くらいには。
「ああ、胆に銘じておく。心配するな。……ありがとうな、こんな遅くまで。兄貴にも礼を言っておいてくれ」
『分かりました。それじゃ高坂せんぱい、頑張って下さいね。おやすみなさい』
「あ、俺も最後に一つだけいいか?」
『なんでしょう?』
それは妹達を見守る眼差しを知れば解る事。
「さっきの話だけどよ……黒猫の愛情は重いんじゃなくてさ、深いんだぜ? そんじゃおやすみ」
盛大に噴きだした瀬菜を放置して通話を切る。
さーて、何を贈ろうかな…………
窓に映っている顔は、悩んでいる様にはとても見えなかった。