よい年でありますように
-------------------------------------------------
『たまにはこんな、願い事』
冬コミが終わった。
まあ俺は参加しなかったんだが……一応、受験生だしな。仕方ねえ。
今は桐乃の部屋でやってる打ち上げに呼ばれた所だ。
打ち上げなんて外でやれよ、とも思うが俺の勉強の陣中見舞いも兼ねていると言われれば断れないな。
あー仕方ない、仕方ない。
「へーえ、よかったじゃねえか。完売おめでとう」
「……ありがとう。……みんなのおかげね」
「今回は誰かさんのコスプレグラビアコーナーが無かったからね~。売り切れるのも早かった」
「おい、誰かさんって誰の事だよ!」
「さーて? どっかの地味男の事じゃない?」
「くっ、こいつは……」
「まあまあ京介氏」
沙織が間に入る。
「グラビアはともかく、前回よりもさらにいい本になったと思いますぞ?
だからこその完売でござるよ」
ニンっと笑う。
「これ……今回の新刊。あなたにあげるわ」
「おう、サンキュな」
「ところで京介氏。誘っておいてなんですが受験勉強の方はよろしいので?」
「まあボチボチな。どうせ五月蝿くて勉強に集中できないだろうし、
休憩してこっちに参加したほうがいくらかマシだろう」
「……邪魔をしてしまったかしら?」
「いや、かまわねえよ。どうせ受験が終わるまでは勉強、勉強の毎日だ。親も煩いしな。
たまに息抜きするくらいはいいだろ」
「ふむ……親御さんのご心配も尤もでござるが京介氏の気持ちもわかりますな。
適度にリフレッシュした方が効率も上がるやもしれませぬ」
だよね? だよね! 親父達にも言ってやってくれねえかな。
俺本人よりもよっぽどピリピリしてるんだよなー。
「では、近々ご両親も納得のイベントがあるのでござるが……参加してみますかな? 京介氏」
・
・
・
「「「明けまして おめでとう」」」
先ずは新年の挨拶から。
……今年こそよい年でありますように。
五更家&沙織と合流して、これから初詣に向かうところだ。
沙織の言う通り、親父達も賛成してくれた。
受験生が合格祈願するのに反対する親はいないよな。久しぶりに羽が伸ばせそうだ。
実は当初、黒猫は不参加を表明していた。
なんでも妹達と初詣に行く約束をしているんだとか。
……もう想像がつくだろ? それに桐乃が喰いついたんだよ。ぜひ一緒にってな。
『新年早々ひなちゃん、たまにちゃん会えるの? ヒャッホー!
会いたい! 会わせて! むしろ会わせろ!!』
ビーストモードの桐乃を止められる者がいるはずもなく、三姉妹の参加が決定した。
年少組みの事を考えて、初詣は松戸近辺で済ませる事にして今日に至る。
気が逸るのか、手を繋いだ日向ちゃんと珠希ちゃんが早く早く、と急かす。
黒猫と桐乃が後を追い、殿が俺と沙織だ。
「あなた達、待ちなさい」
「うひひ、まてまてー♪」
制止の言葉がこれだけ意味が違うのもすごいよな。
年が明けても相変わらずの変態っぷりに苦笑しながらついて行く。
「ところでこれから行くのはどんな所なんだ?」
「そうね……なかなか歴史深いお寺のようよ。
開運招福、厄除、子育て、そして学業成就にご利益があるらしいわ。
紫陽花、紅葉、桜等が沢山植えられていて、四季を彩る景観が素晴らしいという話ね」
俺の問いに黒猫が答える。
桜か……俺も頑張らねえとな。
「……大丈夫よ。きっと咲くわ」
「え? ああ、そうだな」
脅かすなよ。心を読まれたかと思うじゃねえか。
ま、期待に副える様に頑張るさ。
じゃねえと失敗したのは自分の所為だと言いそうなヤツがいるからな。
たこ焼き、綿菓子など定番の屋台を眺めながら歩みを進める。
「ねーねー、開運招福と言えばさ、あんたコスプレ衣装作るの上手いじゃん。
全身タイプのアニマルパジャマみたいなの作れる?」
いつの間にか買ったメルルのお面を斜に被り、桐乃がこちらを振り返る。
「作れない事もないけれど……貴女が着るの?」
「いや、違うし。着るのはたまちゃんだよ。勿論ネコタイプね?」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
「だって~たまちゃんが猫になるんだよ? 招き猫だよ? 絶対開運間違い無しだって!」
「人の妹を置物みたいに言わないで頂戴」
「え~だめ? じゃあさ、和服! 赤い小袖ね。そのまんまで座敷童子だよ。
あたしの未来は幸福が約束されたも同然!」
「残念ながら珠希が住んでいるのは五更の家よ。その幸福は私のものね」
「チッ、先にたまちゃんをゲットするべきだった」
「……それは犯罪予告と受け取っていいのね? あなたのお父さんに通報しておくわ」
「やだな~、別に誘拐するわけじゃないじゃん。ただ、ずっと遊びに来たまま帰さないだけだよ」
「……監禁が犯罪じゃないとでも?」
「大丈夫! 疑われるのはコイツだから」
「って俺かよ!?」
確かに桐乃の本性を知らないヤツから見たら、一番怪しいのは俺だろう。
誰も文武両道、人気読モの桐乃が幼女ハァハァしてるとは思うまい。
それを解った上で俺を主犯に仕立て上げるとは油断も隙もあったもんじゃねえ。
さらに抗議を続けようとした時、日向ちゃんが真っ青な顔で言った。
「……あ、あのね! たまちゃんがいないんだけど……どうしよう!?」
・
・
・
「おーい、珠希ちゃーん!」
「たまちゃーん、どこにいるのー?」
逸れた珠希ちゃんを皆で探すが見つからない。
子供の足ではそう遠くには行けないと思うが、
あの小さな身体では人込に紛れたら見つけるのは至難だろう。
「あたしが、ちゃんと手を繋いでいなかったから……」
今にも泣き出しそうな日向ちゃんの肩を叩いて元気付ける。
「そんな事ない。日向ちゃんは悪くないさ。目を離した俺達が悪いんだ。
それに反省するのは後回しにしよう。今は珠希ちゃんを見つけるのが先決だ」
無言でコクンと頷く。
「沙織、悪いが日向ちゃんと一緒に行動してくれるか?」
「分かりました。さ、日向さんこちらに……」
普段のござる言葉も忘れて日向ちゃんの手を取る。
「黒猫、お前もあまり思い詰めるなよ? 桐乃! お前らも二人で探してくれ」
「OK、あんたは一人でいいの?」
「ああ、構わねえ。そんじゃ何かあったら携帯で連絡だ。
見つからなくても30分毎くらいで現状報告しよう。いいか?」
全員が頷くのを確認して、
「よし、それじゃ解散!」
俺達は三方に奔った。
見つからない。
参拝客でごった返す中、小さな女の子を探す事がこんなに難しいとは……
30分後、定時連絡。まだ見つからないらしい。
気持ちばかりが焦る。
この寒空の下、独りっきりの珠希ちゃんはどんなに心細いだろう。
俺には懐いてくれているが人見知りが激しい娘らしい。
知らない人に話かけて、道を聞くとか交番に行くとか……きっとできないだろう。
どうにもならない。いや、どうにかしなきゃならない。くそっ!
なあ、神様でも仏様でもいい。その辺りにいるんだろ?
だったら頼むよ! 受験は自力でなんとかする!
だからお願いだ……珠希ちゃんの居場所を教えてくれ!
「ああ、その子ならさっき確か……」
五更家で撮った写真を携帯で見せながら聞き込みしていると、
珠希ちゃんらしき女の子を見たという屋台のおじさんがいた。
「本当ですか!? それで、この子はどっちに?」
「この通りを左の方に行ったと思うが……」
「あ、ありがとうございました!」
言われた方向へ走り出す。
どうやら俺達が向かっていたのとは逆方向の人の流れに乗ってしまったらしい。
どんなに歩いても俺達に追いつけるはずもなく、逆に離れてしまったという事か。
早く見つけてあげないと。
おじさんの言葉を信じて、今は進むしかない。
……いた。
沢山屋台が並んだ通りの一番端っこに、ポツンと立ち尽くす珠希ちゃんがいた。
「おーい! 珠希ちゃーん!」
声をかけ、手を振るが気が付かない。
「す、すいません。ちょっと通してください」
強引に掻き分け、やっとの事で人込を抜ける。
「珠希ちゃん!」
俺の声に気が付いた珠希ちゃんの顔は、一瞬パアッと輝き、そして……
「うぁ~ん! おにぃちゃ~ん!」
泣きながら駆けよって来る珠希ちゃんをその場にしゃがんで抱きしめた。
「おにぃちゃん! おにぃちゃ~ん!」
「ごめんな珠希ちゃん。俺が悪かった」
俺のコートをきゅっと掴んで泣きじゃくる珠希ちゃんの背中をポンポンと叩く。
「もう大丈夫。ずっと一緒にいるからな」
珠希ちゃんが泣き止むまで、そっと髪を撫で続けた。
・
・
・
やっと落ち着いた珠希ちゃんに自販機のミルクココアをあげて、
それを飲んでいるうちに皆に連絡をした。
一時はどうなる事かと思ったが、これで一安心だな。
珠希ちゃんと話をしてみた。
どうやら誰かに踏まれたかなんかで靴が片方脱げたらしい。
それを拾おうとしたら靴を蹴飛ばされ、追いかけて行ったが無くしてしまった。
諦めて周りを見ると、もう皆がいなくて、探したけどどこにもいなかった、という事らしい。
「そっか。頑張ったんだな。ごめんな珠希ちゃん」
「えへへ」
笑顔を取り戻した珠希ちゃんは、それでもまだ不安が残っているのだろう。
俺にぴったり寄り添ったままだった。
「よし、それじゃあ皆の所に戻ろうか。お姉ちゃん達も心配してるしな」
「はい!」
立ち上がった俺は、ふと思いなおしてまたしゃがむ。
「そうだ、こうすればもう離れないぞ」
珠希ちゃんを後ろから抱き上げて肩に乗せる。
要するに肩車だ。靴も無いしな。
「わー、たかいですー」
どうやら姫様も御満悦のようで、よかったよかった。
……が、俺は愕然とする。足、すごい冷たいじゃねえか!
考えてみれば当たり前だった。
この寒い中、靴を無くして、冷たい地面の上を歩きまわったんだ。冷えて当然。
それに気が付きもしないなんて、俺はダメな兄ちゃんだな。
「んー、ちょっと待っててくれな?」
俺は自分が巻いていたマフラーを一巻き解いて、余裕をもたせた。
左右の長さのバランスを同じくらいにし、その両端に結び目を作る。
「こんなもんかな。それじゃここに足を突っ込んでみてくれ」
残っていたもう片方の靴を俺が持ち、肩車をしたまま結び目に足を入れてもらう。
すると小さな足はすっぽりと納まった。
「……あったかいです」
「うん、よかったな」
俺は頭に小さな掌を感じながら、集合場所へ向かって歩き始めた。
・
・
・
「よかったー!たまちゃん見つかってほんと、よかった」
「ごめんね、たまちゃん。ごめんね」
俺よりも先に皆を見つけた珠希ちゃんが頭の上から誘導してくれて、他のメンバーとも合流できた。
珠希ちゃんの無事を喜ぶ者と、必死に詫びる者。そして、
「京介……ありがとう。珠希を見つけて来てくれて」
深々と頭を下げる黒猫。
「おいおい、やめてくれよ。逸れたのはお前の所為じゃないし、
心配したのも探したのも皆同じだろう? だからそういうのは無しにしようぜ」
「……ええ、そうね。でも、本当に、無事でよかった……」
珠希ちゃんの手を黒猫が握る。もう片方の手は日向ちゃんが。
ああ、いい姉妹だよな。
「さて、それではお参りに行きますかな」
沙織の言葉に皆笑顔で頷いた。
「えっと、賽銭を入れたら鈴を鳴らして、ニ礼二拍手一礼だったっけ?」
「それは神社の場合ね。ここはお寺だから……拍手はせずに合掌だけなはずよ」
うろ覚えな知識を黒猫に訂正される。
こういう作法ってよくわからねえよな。
日向ちゃんと珠希ちゃんが黒猫から受け取った五円玉を投げて手を合わせる。
それを見て俺も財布から諭吉さんを取りだし、放り投げる。
「ぶっ! あんた何考えてんの?
金額が多くても合格率が上がるわけないでしょ!?」
ごもっとも。俺も同意見だ。でもよ、
「いや、合格祈願はしねぇよ。受験は自力でなんとかするさ。
さっき願い事は先に叶えてもらったからな……コイツはその御礼だ」
「なるほど。そういう事でござるか」
「……それなら仕方ないわね」
「一人でカッコ付けてるんじゃないわよ」
言って其々自分の財布を取りだす。
まったく、お前ら付き合いいいよな。
・
・
・
参拝を済ませて御守を買い、家路につく。
肩車は続行中だ。寂しい思いをさせたお詫びと、靴も無いしな。
日向ちゃんが寄ってきた。
「ねーねー、たまちゃんはどんなお願いしたの?」
「……およめさん」
モジモジしながら答える珠希ちゃんマジ天使。
「ほほう。」
「あら、素敵ね。」
「うはー!」
小さな女の子の微笑ましい願い事に幸せな気持ちになる。
「……おにぃちゃんのおよめさん」
頬に手を当て、きゃ~っと照れる珠希ちゃん。
「……ほほう。」
「……あら……素敵ね。」
「……うわー。」
いや、ちょっと、キャーと叫びたいのは俺なんですが!
「おにぃちゃんはずっといっしょにいてくれるっていいました」
確かにそう言ったけどさ、あれは……
黒いオーラが噴き出す様な気配を背中に感じ、戦慄する。
「珠希ちゃんと二人きりの時にいったいなにが……ニヤニヤ」
「ロリコンは犯罪だとあれほど……」
「シスコンだけにしとけっつーの!」
「ちょっとまて、そんなわけねぇだろ!? ってか沙織! 解っててからかってやがるな!」
「いかにも」
いかにもじゃねえ! ちくしょー楽しそうだな、沙織!
「……おにぃちゃんはたまきのこときらいですか?」
「え? そんなことないぞ?」
即答する。そんな事あるわけがない。
「お兄ちゃんも珠希ちゃんの事、大好きだぞーハハハ。……ってぇ!」
黒猫に抓られた腕と桐乃に蹴られた足に痛みが走る。
「そっか~、たまちゃんはお兄ちゃんのお嫁さんになりたいのか~。あたしと同じだね~」
「わー、おなじですー」
ニヤリと笑って火に油を注ぐ日向ちゃん。
お前も絶対わざとだろ!
沙織と日向ちゃんが爆笑する中、黒猫と桐乃の突き刺さるような視線に耐え、
それでも珠希ちゃんが嬉しそうだから、まあいいか、などと。
相変らずの騒がしさをいつの間にか楽しんでいる俺も大概だよな。
-------------------------------------------------
『たまにはこんな、願い事』
冬コミが終わった。
まあ俺は参加しなかったんだが……一応、受験生だしな。仕方ねえ。
今は桐乃の部屋でやってる打ち上げに呼ばれた所だ。
打ち上げなんて外でやれよ、とも思うが俺の勉強の陣中見舞いも兼ねていると言われれば断れないな。
あー仕方ない、仕方ない。
「へーえ、よかったじゃねえか。完売おめでとう」
「……ありがとう。……みんなのおかげね」
「今回は誰かさんのコスプレグラビアコーナーが無かったからね~。売り切れるのも早かった」
「おい、誰かさんって誰の事だよ!」
「さーて? どっかの地味男の事じゃない?」
「くっ、こいつは……」
「まあまあ京介氏」
沙織が間に入る。
「グラビアはともかく、前回よりもさらにいい本になったと思いますぞ?
だからこその完売でござるよ」
ニンっと笑う。
「これ……今回の新刊。あなたにあげるわ」
「おう、サンキュな」
「ところで京介氏。誘っておいてなんですが受験勉強の方はよろしいので?」
「まあボチボチな。どうせ五月蝿くて勉強に集中できないだろうし、
休憩してこっちに参加したほうがいくらかマシだろう」
「……邪魔をしてしまったかしら?」
「いや、かまわねえよ。どうせ受験が終わるまでは勉強、勉強の毎日だ。親も煩いしな。
たまに息抜きするくらいはいいだろ」
「ふむ……親御さんのご心配も尤もでござるが京介氏の気持ちもわかりますな。
適度にリフレッシュした方が効率も上がるやもしれませぬ」
だよね? だよね! 親父達にも言ってやってくれねえかな。
俺本人よりもよっぽどピリピリしてるんだよなー。
「では、近々ご両親も納得のイベントがあるのでござるが……参加してみますかな? 京介氏」
・
・
・
「「「明けまして おめでとう」」」
先ずは新年の挨拶から。
……今年こそよい年でありますように。
五更家&沙織と合流して、これから初詣に向かうところだ。
沙織の言う通り、親父達も賛成してくれた。
受験生が合格祈願するのに反対する親はいないよな。久しぶりに羽が伸ばせそうだ。
実は当初、黒猫は不参加を表明していた。
なんでも妹達と初詣に行く約束をしているんだとか。
……もう想像がつくだろ? それに桐乃が喰いついたんだよ。ぜひ一緒にってな。
『新年早々ひなちゃん、たまにちゃん会えるの? ヒャッホー!
会いたい! 会わせて! むしろ会わせろ!!』
ビーストモードの桐乃を止められる者がいるはずもなく、三姉妹の参加が決定した。
年少組みの事を考えて、初詣は松戸近辺で済ませる事にして今日に至る。
気が逸るのか、手を繋いだ日向ちゃんと珠希ちゃんが早く早く、と急かす。
黒猫と桐乃が後を追い、殿が俺と沙織だ。
「あなた達、待ちなさい」
「うひひ、まてまてー♪」
制止の言葉がこれだけ意味が違うのもすごいよな。
年が明けても相変わらずの変態っぷりに苦笑しながらついて行く。
「ところでこれから行くのはどんな所なんだ?」
「そうね……なかなか歴史深いお寺のようよ。
開運招福、厄除、子育て、そして学業成就にご利益があるらしいわ。
紫陽花、紅葉、桜等が沢山植えられていて、四季を彩る景観が素晴らしいという話ね」
俺の問いに黒猫が答える。
桜か……俺も頑張らねえとな。
「……大丈夫よ。きっと咲くわ」
「え? ああ、そうだな」
脅かすなよ。心を読まれたかと思うじゃねえか。
ま、期待に副える様に頑張るさ。
じゃねえと失敗したのは自分の所為だと言いそうなヤツがいるからな。
たこ焼き、綿菓子など定番の屋台を眺めながら歩みを進める。
「ねーねー、開運招福と言えばさ、あんたコスプレ衣装作るの上手いじゃん。
全身タイプのアニマルパジャマみたいなの作れる?」
いつの間にか買ったメルルのお面を斜に被り、桐乃がこちらを振り返る。
「作れない事もないけれど……貴女が着るの?」
「いや、違うし。着るのはたまちゃんだよ。勿論ネコタイプね?」
「……理由を聞いてもいいかしら?」
「だって~たまちゃんが猫になるんだよ? 招き猫だよ? 絶対開運間違い無しだって!」
「人の妹を置物みたいに言わないで頂戴」
「え~だめ? じゃあさ、和服! 赤い小袖ね。そのまんまで座敷童子だよ。
あたしの未来は幸福が約束されたも同然!」
「残念ながら珠希が住んでいるのは五更の家よ。その幸福は私のものね」
「チッ、先にたまちゃんをゲットするべきだった」
「……それは犯罪予告と受け取っていいのね? あなたのお父さんに通報しておくわ」
「やだな~、別に誘拐するわけじゃないじゃん。ただ、ずっと遊びに来たまま帰さないだけだよ」
「……監禁が犯罪じゃないとでも?」
「大丈夫! 疑われるのはコイツだから」
「って俺かよ!?」
確かに桐乃の本性を知らないヤツから見たら、一番怪しいのは俺だろう。
誰も文武両道、人気読モの桐乃が幼女ハァハァしてるとは思うまい。
それを解った上で俺を主犯に仕立て上げるとは油断も隙もあったもんじゃねえ。
さらに抗議を続けようとした時、日向ちゃんが真っ青な顔で言った。
「……あ、あのね! たまちゃんがいないんだけど……どうしよう!?」
・
・
・
「おーい、珠希ちゃーん!」
「たまちゃーん、どこにいるのー?」
逸れた珠希ちゃんを皆で探すが見つからない。
子供の足ではそう遠くには行けないと思うが、
あの小さな身体では人込に紛れたら見つけるのは至難だろう。
「あたしが、ちゃんと手を繋いでいなかったから……」
今にも泣き出しそうな日向ちゃんの肩を叩いて元気付ける。
「そんな事ない。日向ちゃんは悪くないさ。目を離した俺達が悪いんだ。
それに反省するのは後回しにしよう。今は珠希ちゃんを見つけるのが先決だ」
無言でコクンと頷く。
「沙織、悪いが日向ちゃんと一緒に行動してくれるか?」
「分かりました。さ、日向さんこちらに……」
普段のござる言葉も忘れて日向ちゃんの手を取る。
「黒猫、お前もあまり思い詰めるなよ? 桐乃! お前らも二人で探してくれ」
「OK、あんたは一人でいいの?」
「ああ、構わねえ。そんじゃ何かあったら携帯で連絡だ。
見つからなくても30分毎くらいで現状報告しよう。いいか?」
全員が頷くのを確認して、
「よし、それじゃ解散!」
俺達は三方に奔った。
見つからない。
参拝客でごった返す中、小さな女の子を探す事がこんなに難しいとは……
30分後、定時連絡。まだ見つからないらしい。
気持ちばかりが焦る。
この寒空の下、独りっきりの珠希ちゃんはどんなに心細いだろう。
俺には懐いてくれているが人見知りが激しい娘らしい。
知らない人に話かけて、道を聞くとか交番に行くとか……きっとできないだろう。
どうにもならない。いや、どうにかしなきゃならない。くそっ!
なあ、神様でも仏様でもいい。その辺りにいるんだろ?
だったら頼むよ! 受験は自力でなんとかする!
だからお願いだ……珠希ちゃんの居場所を教えてくれ!
「ああ、その子ならさっき確か……」
五更家で撮った写真を携帯で見せながら聞き込みしていると、
珠希ちゃんらしき女の子を見たという屋台のおじさんがいた。
「本当ですか!? それで、この子はどっちに?」
「この通りを左の方に行ったと思うが……」
「あ、ありがとうございました!」
言われた方向へ走り出す。
どうやら俺達が向かっていたのとは逆方向の人の流れに乗ってしまったらしい。
どんなに歩いても俺達に追いつけるはずもなく、逆に離れてしまったという事か。
早く見つけてあげないと。
おじさんの言葉を信じて、今は進むしかない。
……いた。
沢山屋台が並んだ通りの一番端っこに、ポツンと立ち尽くす珠希ちゃんがいた。
「おーい! 珠希ちゃーん!」
声をかけ、手を振るが気が付かない。
「す、すいません。ちょっと通してください」
強引に掻き分け、やっとの事で人込を抜ける。
「珠希ちゃん!」
俺の声に気が付いた珠希ちゃんの顔は、一瞬パアッと輝き、そして……
「うぁ~ん! おにぃちゃ~ん!」
泣きながら駆けよって来る珠希ちゃんをその場にしゃがんで抱きしめた。
「おにぃちゃん! おにぃちゃ~ん!」
「ごめんな珠希ちゃん。俺が悪かった」
俺のコートをきゅっと掴んで泣きじゃくる珠希ちゃんの背中をポンポンと叩く。
「もう大丈夫。ずっと一緒にいるからな」
珠希ちゃんが泣き止むまで、そっと髪を撫で続けた。
・
・
・
やっと落ち着いた珠希ちゃんに自販機のミルクココアをあげて、
それを飲んでいるうちに皆に連絡をした。
一時はどうなる事かと思ったが、これで一安心だな。
珠希ちゃんと話をしてみた。
どうやら誰かに踏まれたかなんかで靴が片方脱げたらしい。
それを拾おうとしたら靴を蹴飛ばされ、追いかけて行ったが無くしてしまった。
諦めて周りを見ると、もう皆がいなくて、探したけどどこにもいなかった、という事らしい。
「そっか。頑張ったんだな。ごめんな珠希ちゃん」
「えへへ」
笑顔を取り戻した珠希ちゃんは、それでもまだ不安が残っているのだろう。
俺にぴったり寄り添ったままだった。
「よし、それじゃあ皆の所に戻ろうか。お姉ちゃん達も心配してるしな」
「はい!」
立ち上がった俺は、ふと思いなおしてまたしゃがむ。
「そうだ、こうすればもう離れないぞ」
珠希ちゃんを後ろから抱き上げて肩に乗せる。
要するに肩車だ。靴も無いしな。
「わー、たかいですー」
どうやら姫様も御満悦のようで、よかったよかった。
……が、俺は愕然とする。足、すごい冷たいじゃねえか!
考えてみれば当たり前だった。
この寒い中、靴を無くして、冷たい地面の上を歩きまわったんだ。冷えて当然。
それに気が付きもしないなんて、俺はダメな兄ちゃんだな。
「んー、ちょっと待っててくれな?」
俺は自分が巻いていたマフラーを一巻き解いて、余裕をもたせた。
左右の長さのバランスを同じくらいにし、その両端に結び目を作る。
「こんなもんかな。それじゃここに足を突っ込んでみてくれ」
残っていたもう片方の靴を俺が持ち、肩車をしたまま結び目に足を入れてもらう。
すると小さな足はすっぽりと納まった。
「……あったかいです」
「うん、よかったな」
俺は頭に小さな掌を感じながら、集合場所へ向かって歩き始めた。
・
・
・
「よかったー!たまちゃん見つかってほんと、よかった」
「ごめんね、たまちゃん。ごめんね」
俺よりも先に皆を見つけた珠希ちゃんが頭の上から誘導してくれて、他のメンバーとも合流できた。
珠希ちゃんの無事を喜ぶ者と、必死に詫びる者。そして、
「京介……ありがとう。珠希を見つけて来てくれて」
深々と頭を下げる黒猫。
「おいおい、やめてくれよ。逸れたのはお前の所為じゃないし、
心配したのも探したのも皆同じだろう? だからそういうのは無しにしようぜ」
「……ええ、そうね。でも、本当に、無事でよかった……」
珠希ちゃんの手を黒猫が握る。もう片方の手は日向ちゃんが。
ああ、いい姉妹だよな。
「さて、それではお参りに行きますかな」
沙織の言葉に皆笑顔で頷いた。
「えっと、賽銭を入れたら鈴を鳴らして、ニ礼二拍手一礼だったっけ?」
「それは神社の場合ね。ここはお寺だから……拍手はせずに合掌だけなはずよ」
うろ覚えな知識を黒猫に訂正される。
こういう作法ってよくわからねえよな。
日向ちゃんと珠希ちゃんが黒猫から受け取った五円玉を投げて手を合わせる。
それを見て俺も財布から諭吉さんを取りだし、放り投げる。
「ぶっ! あんた何考えてんの?
金額が多くても合格率が上がるわけないでしょ!?」
ごもっとも。俺も同意見だ。でもよ、
「いや、合格祈願はしねぇよ。受験は自力でなんとかするさ。
さっき願い事は先に叶えてもらったからな……コイツはその御礼だ」
「なるほど。そういう事でござるか」
「……それなら仕方ないわね」
「一人でカッコ付けてるんじゃないわよ」
言って其々自分の財布を取りだす。
まったく、お前ら付き合いいいよな。
・
・
・
参拝を済ませて御守を買い、家路につく。
肩車は続行中だ。寂しい思いをさせたお詫びと、靴も無いしな。
日向ちゃんが寄ってきた。
「ねーねー、たまちゃんはどんなお願いしたの?」
「……およめさん」
モジモジしながら答える珠希ちゃんマジ天使。
「ほほう。」
「あら、素敵ね。」
「うはー!」
小さな女の子の微笑ましい願い事に幸せな気持ちになる。
「……おにぃちゃんのおよめさん」
頬に手を当て、きゃ~っと照れる珠希ちゃん。
「……ほほう。」
「……あら……素敵ね。」
「……うわー。」
いや、ちょっと、キャーと叫びたいのは俺なんですが!
「おにぃちゃんはずっといっしょにいてくれるっていいました」
確かにそう言ったけどさ、あれは……
黒いオーラが噴き出す様な気配を背中に感じ、戦慄する。
「珠希ちゃんと二人きりの時にいったいなにが……ニヤニヤ」
「ロリコンは犯罪だとあれほど……」
「シスコンだけにしとけっつーの!」
「ちょっとまて、そんなわけねぇだろ!? ってか沙織! 解っててからかってやがるな!」
「いかにも」
いかにもじゃねえ! ちくしょー楽しそうだな、沙織!
「……おにぃちゃんはたまきのこときらいですか?」
「え? そんなことないぞ?」
即答する。そんな事あるわけがない。
「お兄ちゃんも珠希ちゃんの事、大好きだぞーハハハ。……ってぇ!」
黒猫に抓られた腕と桐乃に蹴られた足に痛みが走る。
「そっか~、たまちゃんはお兄ちゃんのお嫁さんになりたいのか~。あたしと同じだね~」
「わー、おなじですー」
ニヤリと笑って火に油を注ぐ日向ちゃん。
お前も絶対わざとだろ!
沙織と日向ちゃんが爆笑する中、黒猫と桐乃の突き刺さるような視線に耐え、
それでも珠希ちゃんが嬉しそうだから、まあいいか、などと。
相変らずの騒がしさをいつの間にか楽しんでいる俺も大概だよな。