2ch黒猫スレまとめwiki

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fuya

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          ☆

「珠希ちゃーん。起きてるかー?」

 まずは襖の前で呼び掛けてみるが……全く反応無し。
 ……あいつらの言うとおり、こりゃ起きてるって感じじゃねえな。

 仕方なく俺は襖を開き、部屋の中へと入っていった。

「……すぅ……すぅ……」

 案の定、ベッドの上に丸まった毛布から、安らかな寝息をたてる女の子の頭が覗いている。
 ここまで熟睡されてると、起こすのも忍びない気もしてくるが……折角の黒猫の朝飯が冷めちまうしな。
 ちゃっちゃと起きてもらうとするかね。

「朝だぞー、起きろー」
「……すぅ……すぅ……」
「…………」

 ……微動だにしねえ。
 これは確かに手ごわいかもしれん。

 よーし、一筋縄じゃいかないっていうなら――

「おーい、珠希ちゃんー?」

 ぷにぷに。

 俺は珠希ちゃんの上から覆い被さるような姿勢を取り、眠れるお姫さまの頬っぺを突っついてみる。
 おお、この感触。まるで猫の肉球みたいだな。

「……すぅ……んん……」

 お、ちょっと眉が動いたぞ。
 これなら効果ありか?

「ほら、起きろー」

 ぷにぷに、ぷにぷにっ。

 調子に乗って頬っぺを人差し指でぷにぷに連打。
 なんかちょっと楽しくなってきたぜっ。

「……ん……にゃぁ……」

 そうしているうちに、眠り姫の瞼が、うっすらと開く。
 ゆらゆらと揺れる寝ぼけ眼が、俺の顔を捉えたと思うと、珠希ちゃんはいつものぽややんとした笑顔になって。
 甘えるように毛布の中から両手を伸ばし――

「……おはようございます……兄さま……♥」

 寝たままの姿勢で俺の首の後ろに手を回したかと思うと、抱きつくようにその両手の輪をぐいっと引張った。

「へ? ――うおっ!?」

 ぼふっ!

 その“思いがけない”力に、俺は無様にも布団の上に引き倒された。
 あまりに予想外のことで現状を把握できない俺の倒れた体躯に、今度は珠希ちゃんが覆い被さってくる。
 一瞬のうちに、その上下はさっきとはまるで逆転していた。

 そして、俺の上に乗っかるその体は――俺が知っているより遥かに重く、そして反則的なほどに柔らかくて――!?

「なっ……なな……っ!?」
「……うふふ。……寝ている女の子に悪戯するなんて……お仕置きが必要、ですよ?」

 先程までのぽややんとした笑顔は、その面影こそ残しているものの、妖しい魅力を湛えたものに変わっている。
 すらりと伸びた両手は、背中から抱きついて俺の胸元にまで回るほど。
 そして、その俺の背中に押し当てられている、薄布を数枚隔てただけの柔らかい膨らみ――

 こうなれば、嫌でも分かる。

 そこにあるのは、『成長した珠希ちゃん』の姿だった。


 ――く、くそ。迂闊すぎだろ、俺っ!

 日向がああなっていた以上、珠希ちゃんもこうなっている可能性は低くなかっただろうに。
 体が毛布に隠れていたとはいえ、ここまで近付いて気付けなかったとは。
 いくらこの『成長した珠希ちゃん』が、暗がりで顔だけ見れば昔と変わらないくらい童顔だったとしても、だっ!

「……どうしたんですか、兄さま? そんなに慌てて……ふふ」

 今の珠希ちゃんは『おにぃちゃん』ではなく『兄さま』なのか。
 その呼び方が、この珠希ちゃんの小悪魔的な魅力を一層引き立てている気もする。

 ていうか、あの純真無垢な珠希ちゃんが……こ、こんなになっているなんて……!
 ロリコンの夢を壊してくれるなよ! ショックで鬱になったらどうすんのっ?

 ……お、俺は違うからね!?

「あ、慌てるに決まってるだろ! こ、こんなこと……っ」
「こんなこと、って何ですか?」

 くっ、こんな時はいつもの天然口調で返しやがって!
 本当に天然なのか、それともこれも小悪魔的な計算なのか。
 “この世界”の珠希ちゃんのキャラが掴めない以上、今度こそは下手に動けねえ……っ!

「だ、だから……、あ、朝からふざけてたら駄目だろっ?」
「……ふふっ、先に悪戯をしたのは、兄さまのほうですよ?」

 そう言われると確かにその通りなんだが……、い、いかんっ!
 このままじゃ完全に珠希ちゃんのペースだ。
 とにかく、この状態だけでも早くなんとかしないと……!

「と、とりあえずっ……離れてくれると嬉しいんだが……っ?」
「あれ? 兄さまは、女の子に抱きつかれたほうが……嬉しい、ですよね?」
「うん、それは嬉しい……じゃなくて! あぁもうっ、とにかく起きろーーーっ!」
「きゃっ」

 問答では分が悪いと悟った俺は、半ばヤケクソ気味に渾身の力を振り絞り、体を起こす。
 するとその勢いで珠希ちゃんが背後に吹き飛び、仰向けに倒れてしまう。

 幸いというか、ベッドの上だから怪我はしないと思うが……。

「わ、悪い……大丈夫か?」
「もう……兄さま、乱暴ですよぅ」

 口を尖らせて、上体を起こす珠希ちゃん。……ほっ、どうやら平気みたいだな。

 そこでようやく、俺は“今の”珠希ちゃんの全身を目の前に確認することができた。

 成長したとはいえ、背丈は随分小柄だ。黒猫も小柄なほうだが、それよりもさらに小さい。
 髪型は……昔とあまり変わっていないように見える。肩口に切り揃えられた、ボブカット。
 ……というか、顔だけ見れば本当に昔と変わらない印象なんだよ。
 ぶっちゃけ童顔なんだよ。だから分からなかったんだよ、文句あっか!

 まあそれよりも問題なのは――その童顔にそぐわない、たわわに実った胸の二つの果実。
 はっきり言って、かなり大きい。こ、これはおそらく瀬菜クラスじゃないだろうか。
 あれがついさっきまで背中に押し当てられていたかと思うと、いけない妄想が加速してしまいそうだ。

 昔から、「寝る子は育つ」とは言うが……特定の部分が育ちすぎだろ!
 それとも、黒猫姉妹の遺伝子は、年少者ほど胸に栄養がいくようになっているのだろうか……?

 ってか、そうしてよくよく見ていると。
 ……さっき乱暴に振り解いたせいか、パジャマの前がはだけて割とギリギリまで見えちゃってたり……!?

「たっ、珠希ちゃんっ。ま、前っ……ボタン外れてるぞっ?」
「え? ……あぁ、本当です」

 特に慌てる様子もなく、おっとりした感じでボタンを留める珠希ちゃん。

 ……仮にもしこれが黒猫だったら、慌てて胸を隠してうずくまるだろう。顔を真っ赤にして睨まれるかも知れん。
 桐乃や、この世界の日向なら、テンパった勢いで俺を殴り倒してくる気がする。……って、今朝やられたばっかだな。

 つまり、この世界の珠希ちゃんは、今まで俺の回りには居なかったタイプなわけで。

「……兄さまの、エッチ」

 ほんのり頬を上気させ、拗ねるような仕草でそんなことを言う珠希ちゃんに。

 ――はっきり言って、どう対処していいか分からん!?

 おおお、落ち着け、俺っ?
 ここはあれだ、まずは相手を知ることが先決だ。
 偉い人は言っていた。敵を知り、己を知れば、百戦危うからず……っ!

「え、えーと。……珠希ちゃん?」
「はい?」
「いま何歳(おいくつ)でしょうか?」

 何で敬語なんだよ!
 ああもう、セルフ突っ込みでもしてないとこの場のピンク色の空気に流されそうだ!

「14歳ですけど……それがどうかしたんですか? 兄さま」
「お前も年子かよ! 5年おきに子供を作る向こうの両親もどうかと思うが、こっちはこっちでペース速すぎだろ!」
「きゃっ? ……今……なんて?」

 ぐはっ、しまったぁぁぁ!
 突っ込み体質の条件反射で、つい思いっきり口に出ちまった!?
 さっきもそうだが、モノローグをうっかり口走る癖をなんとかしろよ、俺!!

「い、いや、何でもない。こっちの話だ」
「…………」

 何事もなかったかのように流そうとするが、一方の珠希ちゃんはさっきとは打って変わって真剣な表情。
 その顔のまま俺のほうへ、ずいっと身体を寄せてくる。
 ベッドの上で寄り添うような格好になり、否が応にも“女の子”としての珠希ちゃんを意識してしまう。

 ……こ、こうなったら早々に誤魔化してこの場を脱出するしかない……!
 偉い人は言っていた。三十六計逃げるに如かず。
 前言は撤回する。百戦とかいちいち戦っていられるかっ!

「……向こうとか、こっちとか……どういう意味ですか?」
「だ、だから何でもないって。えーと、その……知り合いの話、みたいな?」

 我ながら下手な言い訳をする俺の双眸を、珠希ちゃんはその奥底まで見透かすように覗き込み。

「……兄さま、もしかして……此処とは違う世界の記憶があるんじゃないですか?」
「なっ――!?」

 その発せられた言葉は、俺を愕然とさせるに十分なものだった。
 まさか、たったこれだけのやり取りで、今の俺に秘められた真実を見抜かれた……!?

「……ど……どうして……分かった……?」
「兄さまの嘘はすぐ分かります。……この私の〝聖眼〟を以ってすれば」
「…………は?」

 ……今なんか、物凄く聞き慣れた語感の台詞を聞いた気がする。

「……兄さまにもやっと、前世の記憶が甦ったんですよね?」
「 違 う わ ーーー ッ !! 」

 只の邪気眼だったぁぁぁーーー!?

 何だよ、この珠希ちゃんはっ!?
 童顔で、巨乳で、天然で、小悪魔で、その上邪気眼だと!?
 要素詰め込みすぎだろ!!

「大丈夫ですよ。最初は戸惑うかもしれませんが、すぐに真実を受け入れられますから」
「だから違うって!! ってか受け入れちゃ駄目だろ、その真実はっ!」
「いいえ、受け入れて貰わないと困るんです。……だって、兄さまは」

 そう言って、とん、と珠希ちゃんはその体重をかけて俺に寄りかかる。
 お互いの触れ合った部分から伝わる体温と、柔らかな感触から、思わず逃れようとした俺の体は。

 ぼふっ。

 いとも簡単に、珠希ちゃんによってベッドの上に押し倒される格好になってしまった。

「た……珠希……ちゃん?」
「……兄さまは……前世で、私と……“恋人同士”だったんですから」
「は、はぁ!?」

 俺の胸の上の珠希ちゃんが、熱を帯びた視線で俺を見つめてくる。
 当然、この状態の俺と珠希ちゃんは、再び密着した姿勢で。
 圧し掛かる柔らかな膨らみの甘美な感触が、俺の理性を侵食して――

「朝っぱらからナニやってんのあんたらはーーーッ!!」

 どかっ!!

「ぐはッ!?」

 怒声と共に突如現れた乱入者のフライングニードロップが、俺の脇腹に見事に突き刺さった!!

 位置的に珠希ちゃんを狙ったもののようだったが、当の標的はすばやく身を起こし、しれっと攻撃を回避していたりする。
 ってかどこまでスペック高いんだよ、この珠希ちゃんは……っ!

 脇腹を押さえつつ起き上がる俺の目前には、腕組みをして仁王立ちする日向。
 それはもう背後に燃え盛る憤怒の炎が見えるかのような勢いだ。

 何だか知らないが、今度こそ絶対に、物凄く怒っているぞ!?

「い……いつまでたっても起きてこないから様子を見にくれば……、べ、ベッドの上でナニやってんのさっ!?」
「な、何って、べ、別に……」
「……はぁ……折角いいところだったのに。間が悪いですよね、お姉ちゃん」
「何も……って……、おい?」

 何とかその場を取り繕おうとした俺の台詞に、やれやれといった感じの珠希ちゃんが割り込んでくる。
 日向の剣幕などまるで涼風の如しだ。

「あ、あんたまさか……毎朝こうやってキョウ兄ぃをユーワクしてるんじゃないよねっ!?」
「……ふふっ。勿論、このくらい朝の挨拶みたいなものですよ?」
「ンなッ……!」

 ……なん……だと……?

「……と言いたいところですけど、残念ながら今日が初めてです。
 だって今日の兄さま、反応がいつもと違って何だか面白くて……うふふっ」
「いつもと違って……って……、まさかキョウ兄ぃ、珠ちゃんにまで……あ、あんなことを……っ!?」
「……あんなこと?」
「し、してないぞっ!? 今回は俺からは一切手を出していないからな!?」

 頬っぺたぷにぷにはしたけど!

「……へえ……。……兄さま、お姉ちゃんには手を出したんですか?」
「んが……っ!?」

 あれ、もしかして俺、墓穴掘ってる!?

「てて、手を出されたとかじゃないよ!? その、チョット弾みで……む、胸を触られたってだけで」

 そこの日向はテンパってわざわざ詳細説明しなくていいから!
 ああ……なんか泥沼にずぶずぶと嵌っていくような気がする……!

「胸……ですか。…………あの、兄さま」
「な、なんでしょう、珠希ちゃん」
「あんな中途半端なお胸より、どうせなら私のお胸のほうがきっと気持ちいいですよ?」
「……は!?」

 ななな、何言い出すんだこの子は!?

「ち、中途半端とか言うな! じ、自分の胸がチョット大きいからって……ッ!」
「大きいお胸も、小さいお胸も需要はありますけど、お姉ちゃんみたいな普通のお胸は属性として魅力に欠けるんです」
「ぞ、属性とか意味わかんないし! 胸でも何でもちょうどいいのがいいんだってばッ!」

 仮にも男の俺の前でお胸お胸と連呼するなよ!
 聞いてるこっちのほうが恥ずかしいわ!

 つーか大声でその話題は止めろ!
 万が一黒猫の耳に入ったら泣いちゃうかもしれないだろ!!

「だ、大体胸が大きければ魅力があるってワケじゃないっしょ!?
 だってさ、あたしなんか、もうキョウ兄ぃに名前呼び捨てにされてるんだから!」

 え、そこでまたその話題に戻んのっ!?

「……呼び捨て?」
「『日向』って呼んでくれたもん! あんたはまだちゃん付けでしょ! あたしのほうが一歩リードってことだよねっ!」

 何だよリードって!
 お前らは一体何と戦っているんだ!?

「へえ……そうなんですか」

 じろっ、と横目で俺を見る珠希ちゃん。
 そういう目つきをすると、やっぱりあの黒猫の妹なんだと実感するほど良く似た雰囲気になる。
 ぶっちゃけ怖い。呼び捨てどころか『珠希さん』と呼びたくなりそうだ。

「……でも、いいですよ、そんなことは。もう兄さまに前世の記憶が戻るのは時間の問題みたいですから」
「はぁ? ……前世?」

 うん。その反応は至極当然だと、俺も思う。
 日向は肩を竦め、嘲るように言った。

「また始まったよ、この邪気眼妹は。妄想するのは勝手だけど、その電波にキョウ兄ぃを巻き込むの止めてよねー?」
「……邪気眼……、……電波……?」

 あれ、どこかで聞いたことがある気がするぞ、この会話。……既視感(デジャヴュ)

「……ふふ……、言ってはいけないことを言ってしまいましたね。このびっち……っ」
「はァ? 事実でしょー?」
「ふ……ふふ……、例えお姉ちゃんでも、私のセカイを冒涜するのは許しませんよ……っ?」
「へー? 許さなかったら、どーするって?」

 殊更に神経を逆撫でするような態度の日向に、珠希ちゃんの負のオーラが増大していくのが分かる。
 これも、黒猫と付き合うようになってから身に付いた、俺の特殊能力の一つだ。割と役立ってます。

「お、おい日向。そのくらいに……」
「ヘーキだって。ほらほら、どーするって? 言ってみ、言ってみっ?」
「……今日こそは、本気で……〝呪い〟ます……っ」
「にゅふっ、呪いー? はいはい、どーせそんなことだと思ったよ~」
「……兄さまの目の前で、お嫁に行けない体にする〝呪い〟……ですっ!」

 言うや否や、珠希ちゃんはさっきのニードロップを避けたときのような俊敏な動きで、一瞬のうちに日向に飛び掛った。

「にゃっ!? ――こ、この……ッ!」
「油断大敵ですよ? ……ふ、お姉ちゃん風情が、この私の〝零距離戦闘〟に敵うと思っているんですか――?」
「な、ナニがゼロ距離……ひゃぁんっ♥」

 抵抗を試みる日向だが、何やら艶かしい声を上げた途端、みるみる力が抜けてそのまま畳の上に組み伏されてしまう。

「ちょっ……ドコ触って……ッ、あぁん♥」
「……ふふ、どうしたんですか? そんなはしたない声を出して」
「くっ……こ、このヒキョー者っ!」
「ふふふ……これは〝贖罪〟なんです。兄さまの目の前で……びっちの恥ずかしい本性を晒してあげます……っ!」

 さ、流石にこれは止めたほうがいいのは分かってはいるんだが。
 薄着の女の子が二人、組んず解れつで絡み合ってるわけで。
 衣服がはだけて、それはもう大変なことになっていたりする。

 止めに入るどころか、目のやり場にも困る状況なんだが……っ!?

「お、お前ら、おお、落ち着――」

 ばんっ!!

 目を覆いながらしどろもどろに仲裁に入ろうとした俺の台詞は、勢いよく開かれた襖の音に掻き消された。
 突然の音に驚いたのか、組み合っていた日向と珠希ちゃんもその動きをピタリと止めている。

「…………何をやっているの、あなたたちは」

 そこに立っていたのは、この場の全てを圧倒する雰囲気を纏った黒猫だった。

 その威圧感に触れ、日向も珠希ちゃんも何も言わずにお互いから離れて、着衣を直しつつ正座する。

 というか、俺もとりあえず並んで正座していた。
 ……だってこの黒猫さん、超怖いんだもん!

「……何をやっていたのか、聞いているのよ?」

 正座する俺たちを、上から見下ろす視線で睨む黒猫。
 こ、怖い。マジで怖いぞ! 泣きそう!

「す、すみません、姉さま。……ちょっと悪ふざけが過ぎました」

 口を開くのも憚られるような雰囲気の中、珠希ちゃんが率先して謝罪し、深々と頭を下げた。
 どうやらこの小悪魔珠希ちゃんも、黒猫には相変わらず従順のようだ。

 まあ、今の黒猫に逆らえるやつはこの世に存在しないと思うが……。

「……そう。……日向は?」
「あ……あたしは別に……ただキョウ兄ぃと珠ちゃんの様子を、見にきただけでさ……」

 言い訳を始める日向を、黒猫がじろっ、と氷の視線で一瞥する。
 日向は、びくっ、と肩を震わせて。

「ご、……ごめんなさい。あたしも……悪かった、かも」

 やっぱり深く頭を下げて謝った。

「そう。……それじゃ、今度は二人とも、お互いに謝りなさい」

 そう言われて、日向と珠希ちゃんはそれぞれに向き合い。

「「ごめんなさい」」

 お互いに頭を下げあったのだった。

 ――恐るべし、お姉ちゃんの威光。
 あの状況を、ほぼ視線だけで丸く収めてしまうとは……。

「それじゃ、珠希は早く着替えてお茶の間にいらっしゃい。日向は先に戻ってご飯を装っておいて」
「……う、うん」
「……わかりました、姉さま」

 黒猫の言葉に、それぞれ立ち上がる二人。そして、俺はというと。

「兄さんは、ちょっとこっちに来て頂戴」

 黒猫に呼ばれて、少し離れた部屋へと連れ込まれた。
 襖を閉め、二人きりになると、幾分かあの威圧感も薄らいだような気がするが……。

「一体どういうことなのか、説明して貰えるかしら?」

 ……それでも、まだ少し怒っているようだった。

「どう……と聞かれても、実際のところ俺もまだよく分かっていないんだが……」
「分かる範囲でいいわ。今日の兄さん……京介がどこかおかしいのは理解しているから」

 分かる範囲……か。
 正直、分からないことだらけだが……う~ん、とりあえず。

「……何かあいつら、異常にブラコンのような気がするんだが……」
「そうかしら? 別に普通だと思うけれど」
「普通なの!?」

 ヤバいだろ!
 それとも、義理の兄妹ってどこもこうなの!?
 ああいうのってエロゲーの中だけの話じゃないのかよ!

「それを言うなら……私を恋人にした、京介も相当のシスコンということになるわよ?」
「うっ……ぐ」

 それを言われると、確かに返す言葉も無いが。

 ――だが、そこでふと真面目に考えてみる。

 この世界の“俺”は、シスコンの延長線として黒猫のことを好きになったのだろうか?

 ……いや、それは違う。違う筈だ。
 何故なら、例え前の世界の記憶が無くても、俺は……この黒猫に会ったら、やっぱりこいつを好きになると思うから。
 妹だろうが、義理だろうが、それこそ他人だろうが……黒猫は黒猫。世界でただ一人の、俺の恋人。
 この気持ちだけは、この世界の俺も、違う世界の俺も、きっと同じ――。

「……そうか。やっとひとつだけ、分かった気がするぜ」
「どうしたのよ……急に真剣な顔になって」
「俺はどの世界でも、やっぱりお前のことが好きだ、って事」
「……っ!?」

 俺にしてみれば、ようやく見つけた俺の中の只一つの真実だが。
 それを聞いた黒猫は真っ赤になって俯いてしまう。

「ば、莫迦……。突然何を言うのよ……」

 どうやら、俺は今、物凄く恥ずかしい台詞を口走ってしまったらしい。
 思い返すと、急激に穴があったら入りたい気持ちに襲われた。

「さ、さてと。いい加減に朝飯にしようぜ。もう腹が減って死にそうだ」

 相変わらずワンパターンに話を逸らしてその場を立ち去ろうとする俺の服の裾を、黒猫が摘んで引きとめる。

「……待って」
「な、……何だよ?」

 振り返ると、頬を染めた黒猫が、潤んだ瞳で上目遣いに俺を見つめていた。

「……この部屋を出るためには、〝儀式〟が必要なのよ」
「ぎ……〝儀式〟?」

 そう言って黒猫は、そっと瞼を閉じ、可愛らしい顎をくいっと上げる。
 こ……ここ、これは……、まさか、……キスの合図!?

 こ、この世界の俺たちって、もしかして“そういうこと”も経験済みなの!?
 しまった、その辺りもしっかり聞いておくんだったっ! いや、ホントに聞いたら張り倒されそうだけど!

「い……いいのか?」
「……ん」

 ここまでして貰って確認するってのも、我ながらへたれに過ぎると思うが。
 よ、よし……、こうなったら俺も覚悟を決めるぞ……ッ!

 黒猫の頬に手を添え、顔を近づける俺は、そっと目を閉じて――――


    ☆ epilogue ☆


「――だよ、起き……」

 ……意識の遠いところから、誰かに呼ばれる声がする。

「――もう時間だよ、起きてっ、起きてってば~っ」

 ……この声……日向か。もう……機嫌は、直ったのか……?

「もうルリ姉の準備できたって! 早く起きないと置いてっちゃうよー?」

 準備……? ああ……そうか、朝飯……食わないとな……。

「……ふぁぁ……、……やっと朝飯か……」

 深淵に沈んだ意識を引き戻し、重い瞼をゆっくりと開く。

「……あ、朝ごはん? ……高坂くん、その歳でもうボケちゃったの?」
「へ? ……あれ?」

 視界に飛び込んできたのは、真新しい社宅の壁と、見慣れたちっちゃい日向ちゃんの姿。
 ……おいおい……あそこまで来て結局夢オチで終わるのかよ……。

 ……どうせならもうちょっと見させてほしかったぜ。凄ぇいいところだったのにな……。

「もうお昼過ぎだよ? ちょっと遅くなっちゃったけど、これからみんなでお昼食べに行くんでしょー?」
「あぁ……そうだったっけ」
「もー、まだ寝ぼけてるの? ……でもまァ、気持ちは分かるよ。夜を抱いて寝ると、なんか気持ちイイよね~?」
「ん……夜?」

 気付くと、俺の胸の上から艶やかな黒い毛並の猫が一匹、すとん、と床に飛び降りた。

 ――そういえば。
 やたらと騒々しい世界だったが、登場人物だけは今この家に居る人間と一致している中で。
 こいつだけは……あっちの世界に居なかったよな。

 ……もしかして……お前が“あの世界”を俺に見せてくれたのか……?

 その問い掛けに、夜が答える筈もなく。
 ただじっと、その金色の瞳で俺のほうを見つめているだけ。

「……んなわけねぇか」

 体を起こし、頭の後ろをぽりぽりと掻く。

 でも、まぁ……もしそうなら。
 “あいつら”に係わっちまった以上、気にはなるし、やっぱり心配だから。
 何ていうか……危なっかしくて放っておけないんだよな。

 今回は何もしてやれなかったけど、次はもうちょっと……何とかしてやりたいから、さ。


 良かったらまた、連れてってくれよ?

 何せ俺は――自他共に認める、筋金入りの『シスコン』――だからな!


 にゃぁん。


 漆黒を纏った獣が、小さく鳴く。
 それはまるで、俺の願いを了承したとでも言っているようだった。



 -END?-(if・俺の妹猫がこんなに可愛いわけがない)

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