2ch黒猫スレまとめwiki

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fuya

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「――だよ、起き……」

 何だ……? 意識の遠いところから、誰かに呼ばれる声がする……。

「――朝だよ、起きてっ、起きてってば~っ」

 ……誰だっけ、この声……。どっかで……聞いたことがある、ような……。

「もー! 起きないとルリ姉に言って、朝ごはん抜きにしてもらうからねっ?」

 ルリ姉……? ああ……そうか、この声は……。

「……ふぁぁ……、……何だ、日向ちゃんか」

 深淵に沈んだ意識を引き戻し、重い瞼をゆっくりと開く。

「やっと起きた? キョウ兄ぃ」
「……へ? きょう……にぃ?」

 まだぼやける視界の中、耳に飛び込んできた聞きなれないフレーズ。
 ……はて、この声は日向ちゃんで間違いないと思うが。
 だとしたら、一体どういう風の吹き回しだ……?

「ん? どうしたの?」
「……どうしたもこうしたも、お前、俺のことそんな風に呼んだこと……」
「へ?」

 むくり、と上体を起こし、傍らに立つ日向ちゃんのほうに向き直った俺の目に映ったのは――

「……もー、まだ寝ぼけてるの?」
「…………えっと」

 ごしごし。

 服の裾で瞼を拭ってみる。
 数回瞬きをして、深呼吸。
 よし。気を取り直して、もう一度日向ちゃんが“居るはずの”ほうを凝視する。

「今朝のキョウ兄ぃは一段と寝起きが悪いなァ。いつも起こしてるあたしの身にもなってよねっ」
「…………何から突っ込んでいいか分からないが、とりあえず、だ」
「うん?」
「……どちら様ですか?」

 呼び名とか、いつも起こしてるとか、そんな些細なことはどうでもいい。
 いや、良くはないがとりあえず置いておこう。


 ――誰!? この目の前の美少女は……っ!?


「…………はぁ? 寝ぼけてるにしたってさ~、さっき自分であたしの名前言ってたじゃん」

 腰に両手を当て、呆れるように胸を反らすその“美少女”。
 それに……さっき言った『名前』って……?

 いや、待て待て待て待てっ!
 た、確かに、声は日向ちゃんそのまんまだけど……。

 歳が全然違うだろ!? 日向ちゃんはまだ小学生だったはずだぞ!?
 今、俺の目の前にいるこいつは……どう見たって桐乃や黒猫と同じくらいの年齢に見える。
 ……た、確かに、あと何年かすれば、こんな感じに成長するのかも知れないが……。

「ほら、いい加減起きてよ~。朝ごはん冷めちゃうよ?」
「……ああ、そうか、なるほど。……夢オチだな?」

 事態の理解を早々に放棄した俺は、最強にして無限の可能性を持つ結論を下した。
 身も蓋もないと言われようが知ったことじゃない。
 そうと決まれば、もう一眠りするとしよう……。

「意味分かんないってば。……まだ夢だって言うなら、ジツリョクで夢から覚ましてあげるけど?」

 再び布団に潜り込もうとする俺を、すぐ傍まで顔を近づけてジト目で睨む日向ちゃん。……っぽい美少女。
 ……これだけ近づいて見ると、ますますその面影が見える気がしなくもないが……。

 まあ、これが日向ちゃんなわけないよな。だってあいつぺったんこだったじゃん?
 それが今、目の前で前屈みの美少女の双丘はしっかりとその存在を主張してて……立派に女の子のスタイルなんだぜ?

「はっはっは。いくら俺の目が節穴でも、日向ちゃんがこんな可愛い女の子に見えるわけないだろ?」
「んなっ……!?」
「その証拠にホラ、へたれの俺でもこんなことできちゃうぞ? 夢だからなっ」

 もみもみっ

「ひゃぁんっ♥」
「ほらな? 何ともないだろ?」

 ……って…………あれ?

「……夢なのに随分柔らかいな……?」
「こっ、ここ、この……っ」
「……気のせいかも知れん。どれ、もう一回……」
「このヘンタイっ! キョウ兄ぃのエッチ! もうずっと寝てればっ!!」

 ドカッ! バキッ!!

「ぐほぁっ!?」

 俺の顔面にグーパンを二発かまして、日向ちゃんっぽい女の子は怒って部屋を出て行った。

 うん、まあ仮に日向ちゃんならやっぱりパーよりグーだよな。
 世の中には更に頭突きをかますような掟破りの武闘派もいるしね。

 ――っていうか……凄ぇ痛いんだけどッ!?

「……っぐ……、……夢じゃない……だと……?」

 ポタポタ

「うお、鼻血出てるし! 夢じゃないならちょっとは手加減しろよ!? とりあえずティッシュ、ティッシュ……」

 ベッドの横にある筈のティッシュの箱に手を伸ばした俺は、またひとつの違和感に気付いた。

「……って、何処だ、この部屋……」

 どう見ても俺の部屋じゃない。
 今まで日向ちゃん(?)の変貌にばかり気を取られて、全く認識していなかったが……。

 床はフローリングではなく畳張りで、入り口はドアじゃなくて襖だ。
 ……この昭和の香りを感じさせる佇まいは……そう、以前の黒猫の家のような……?

「俺、黒猫の家に泊まってたんだっけ……?」

 そんな気もするし、どこか違う気もする。
 そもそも、今泊まるとしたら、新しい社宅のほうだろうし……う~ん?

 どうにも記憶が定まらないが……とりあえず今すべきことは。

「ティッシュ、どこだ……」

          ☆

 程なくして探し当てたティッシュを鼻に詰め込み、部屋を出た俺は、とりあえずお茶の間へ向かった。
 廊下に出て分かったが、やはりここは以前の黒猫の家と同じ間取りだ。
 いや、実際にその家……なのか……?

 お茶の間に近づくと、トントン、という包丁のリズムと共に、和食のいい匂いが漂ってくる。
 この襖の向こうに、もしかしてさっきの女の子がいたりするんだろうか。
 一瞬躊躇ったが……それでも意を決して襖を開けると。

「――おはよう、兄さん」

 台所に立つ割烹着姿の黒猫が、俺に気付いて振り向いた。

「お、おはよう……黒猫」

 そこには黒猫以外に人影はなく。
 俺はとりあえず「知っている顔」に出会えたことで、大きく安堵の溜息をついた。

「さっき随分と騒がしかったようだけれど……って、どうしたのっ? その顔っ」

 黒猫は、俺の顔を見るや、料理の火を止めてこちらに駆け寄ってくる。
 その背格好、仕草、一挙一動も、やはり俺の知っている黒猫と何も変わらない。

 そうなると、さっきの女の子のことがますます不可解になってくるわけで……。

「いや、何と説明したらいいのか……」
「日向の仕業ね。全く、どうしてそういつも乱暴なのかしら」

 日向……やっぱりあれは、日向ちゃんなのだろうか?
 だが、この黒猫とは違って、俺の記憶の日向ちゃんとはかけ離れて――

 いや、“この”黒猫も……それでも何か違和感があったような。

 そうだ、一番最初の挨拶で、黒猫は俺のことを何て呼んだ……?

「とりあえず台所のほうに来て。タオルを水で濡らして冷やしましょう」
「あ、ああ。……にしても、どうしてまた今更『兄さん』なんだ?」
「え?」

 確かに、さっき黒猫は俺のことを『兄さん』と呼んだ。
 そう呼ばれたことが無い訳じゃないが、それはもう随分前の話だ。

 紆余曲折を経て変わっていった俺たちの関係のように、今では呼び方も別のものになっていた筈なのに。

「最近は、その……、な、名前で呼んでくれてただろ?」
「っ……ば、莫迦。妹たちに聞かれたら困るでしょう……っ。……それは、二人きりのときだけという約束よ?」
「……そうだったか?」

 そんな約束したっけ?
 ……なんだろう。同じようで、何処か違う、この間違い探しのような感覚……。

「ま、まあ、今は二人きりと言えば二人きりだからいいけれど……」

 赤くなってもじもじと割烹着の裾を弄ぶ黒猫。
 こういうリアクションといい、口調といい、やっぱり俺の知っている黒猫そのものなんだが。

 どうにも釈然としないんだよなぁ……。
 ひとまずは……さっきから一番気になっている件から確認してみるか。

「……なぁ、日向ちゃんって……今いくつだっけ?」
「……? 私と年子だから、今年で15の筈だけれど。それがどうかしたの?」
「 15 !? 」
「ひゃ! き、急に大声を出さないで頂戴、吃驚するでしょう」

 いや、そりゃ大声も出るだろ!?
 俺の知っている日向ちゃんはまだ小学生……確か11歳だったはずだぞ!?

 た、確かに、15歳と言われればあの容姿にも納得がいくが……。
 いやいや、そういう問題じゃなくてだな……っ!

「……どうしたの? 今朝は何処か変よ?」

 傍目にも動揺しているであろう俺を見兼ねて、黒猫が心配そうに声をかけてくる。
 ……変? ……俺が変……なのか?

「もしかして、打ち所が悪かったとかじゃないでしょうね?」
「……そうなのかも知れん」

 ここまで来ると、俺はもう自分の記憶が、信じられなくなってきていた。
 夢と現実の境目が、霧に霞んだようにはっきりしない……。

「……どうにも訝しいわね。……何か憂い事があるのなら、私で良ければ話して貰えないかしら」

 そう言って台所に向かった黒猫は、水で濡らしたタオルを持ってきて、俺の顔をそっと拭いてくれた。

 募る不安の中で、こういう黒猫の変わらない優しさは、一筋の光明のような安心感をもたらしてくれる。
 そのお陰で、ざわついていた俺の心も、多少の落ち着きを取り戻すことができた。

 お茶の間には、未だに俺たち以外誰も姿を現さない。
 “あの日向ちゃん”も、今朝の騒ぎからまだこっちには顔を出していないようだ。

 これ以上他の誰かと出くわす前に、まずはある程度状況を整理しておく必要があるな――。

「……とりあえず、この家のことについて聞かせてくれ」
「この家、と言われても……。そうね、見ての通り、ここは“私たち”の家よ?」

 そうか。やっぱりここは以前の黒猫の家で間違いないのか。
 それにしても……何だろう。
 またちょっと台詞の中のニュアンスに微妙な違和感が混じっていた気がする。

「……家族構成は?」
「まずは、両親ね。……尤も、二人とも仕事の関係でここ一年ばかり家を空けているけれど」
「……ほう」

 ……俺の知ってる黒猫の両親も、確かに忙しい身だったが……同居はしていた筈だ。
 この辺りから、俺の知っているこの家の事情とずれてくるな。

「それと、“私たち”兄妹」
「黒猫、日向ちゃん、珠希ちゃん、か」
「それと、京介。……“兄さんも”、よ」


 …………。

 ……俺がその黒猫の言葉の意味を理解するのに、優に数秒の時間を要した。


「――は!?」

「ひゃ」
「あ、す、すまん。……えっと……、……俺たちが、兄妹……!?」

 ――これはもう、確定的に俺の知っている世界じゃない。
 俺と黒猫が、『兄妹の関係』になっている――!?

 俄かに信じ難いことではあるが……どうやらここは『俺の知っている人物』が居る『俺の知らない世界』。
 所謂、“平行世界(パラレルワールド)”――ってことなのか。
 ……俺もいよいよ、厨二病が極まってきたな。

 まあいい。そう考えれば、いろいろと余裕も出てくるってもんだ。
 こういうトンデモ設定には随分免疫を付けられたからな。目の前の誰かさんの影響で。

 そういうことなら、“あの日向ちゃん”のことも無理矢理に納得しようと思えばできないことはない。
 この世界では、歳の離れた姉妹ではなく、歳の近い姉妹になってるってことだ。

 ……ただ、ひとつ気掛かりなのが。
 俺と黒猫が兄妹、というなら……俺の黒猫への気持ちは……どうなんだろう。
 黒猫に会えてほっとして、優しくされて安らぐような……俺のこの気持ちは……?

「……兄妹と言っても、私と日向と珠希はお母さんの、京介はお父さんの再婚同士の連れ子だから、血は繋がってないけれど」
「な、なんだ、そういう設定か……。ちょっと焦ったぜ」
「設定?」
「いや、こっちの話だ」

 何とも都合のいい話だが。
 ……それならまぁ、この気持ちもあり、ってことでいいんだよな……?

 にしても、義理の兄妹ねぇ……。ぶっちゃけ実感が湧かないぜ。
 まぁ、黒猫のことは兎も角、向こうの世界でも日向ちゃんや珠希ちゃんは妹みたいなもんだったし、何とかなるか?

 ……って、日向ちゃんにはさっき勢いでつい粗相しちまったんだっけ。……それを思うと気が滅入るが……。

「家族構成としては、そんなところね」
「なるほど。……つまり今の俺は『五更京介』、というわけだな」
「……本当に大丈夫? 病院に行ったほうがいいのではないかしら……?」

 俺としては納得したつもりの台詞だったんだが。
 聞くほうの黒猫にとっては、殊更に自分のことを確認するような言葉に不安を感じたらしい。

「いや、状況は大体理解したから。そんなに心配するなよ。……ただ、あと一つだけ、聞いていいか?」
「……何かしら」

 そう。もう一つだけ、どうしても確認しておきたいことがあった。

「……桐乃……、高坂桐乃は?」
「桐乃?」
「……知ってるか?」

 俺がこの家の兄妹になってるなら、あいつはどうなってるんだ?
 ……まさか……高坂という家自体、この世界には存在しない……なんてことになるのか……?

「当たり前でしょう。私と、京介の共通の友人よ」
「そ、そうか。……良かった」

 ほっと胸を撫で下ろす。
 どうやら、この世界でもあいつは高坂桐乃として、ちゃんと存在しているらしい。
 ……へっ、どうせ何も変わってないんだろうな、あいつのことだから。

「……仮にも自分の彼女を前にして、他の女の事でほっとするなんて……一体どういう了見かしらね?」

 そんな俺の心境を見抜かれ、黒猫にじろっと睨まれた。

「すっ、すまんっ! ……って……“彼女”? ……俺たち兄妹じゃなかったっけ?」
「だ、だから義理の……だと言ったでしょう。それに……き、京介のほうから告白してくれたんじゃない……っ」

 頬に手を添え、ぽっ、と頬を赤らめる黒猫。ち、ちくしょう、可愛いな……こういう仕草も。

 いやまあ、それにしても……何だよ、拍子抜けだぜ。
 黒猫に対する気持ちで一喜一憂していたのなんて、全くの取り越し苦労だったんじゃねえか。
 何せ、もうすっかり恋人同士の間柄だっていうんだからな!

 そういうことなら、この世界も割といいところな気がしてくるぜ!
 何て現金なんだ、俺!

「……ふふ、そうか、俺から告白したか。どうやらこの世界の俺はへたれじゃないようだなッ!」

 ドヤ顔で胸を張り上げる。
 その誇らしげな心境に、狂科学者風にフゥーハハハ!と高笑いをしたいくらいだ。

「十分へたれよ。……私が一体何年待ったと思っているの」
「そ、そうか……すまん」

 いじけるような黒猫の口調に、俺の誇らしげな心境は、あっという間に萎んでいった。
 まあ、そうですよね。どうせ俺ですもんね。……はぁ……。

「それと、一応再確認しておくけれど……、私たちの関係は、まだ誰にも秘密よ? 勿論、家族にも」
「へ? そうなの?」
「……もう。……色々と事情があって、今はまだ秘密にしておいたほうがいいって、二人で決めたじゃない」
「事情、ねぇ……」

 その事情とやらが、今の俺にはさっぱり分からんのだが。

「……やっぱり、ちゃんと皆に話したほうがいいかしら」
「あ、いや、すまん。二人で決めたことなら、しばらくは今のままでいいんじゃないか?」

 ここは下手に状況を混乱させないほうが得策だ。
 その事情とやらが分かってからでも遅くはないだろうしな。

「……そうね。……それにしても京介……さっきから謝ってばかりよ?」
「そ、そうか? すま……。こほん、……さて、どうしたもんかな」

 気を取り直し、これからのことを前向きに考えるとしよう。

「とりあえず、朝食にしましょう。今日は休日だから、後のことは食べ終わってから考えるといいわ」
「……それは、名案だな」

          ☆

 朝食の準備を再開し(勿論俺も手伝ったぜ)、ちゃぶ台にメニューを並べ終えた頃。

 お茶の間の襖が遠慮がちに開き、15歳の日向ちゃんがようやく顔を出した。

「あら、日向。おはよう」
「お、おはよ。ルリ姉」

 黒猫の挨拶に、ややぎこちなく返す日向ちゃん。
 今朝の騒ぎを追及されるとでも思ってるのかね。体は大きくなっても、やっぱり姉ちゃんには弱いんだな。

 ……というか。
 この姿の日向ちゃんを改めて見ると、『日向ちゃん』と呼ぶのはどうしても抵抗があるな……。
 ここはとりあえず、俺の心の中でだけ、日向ちゃん15歳バージョンのことは『日向』と呼び捨てにすることにする。

 ――それにしても、こうして姉妹が並んでいるのを見ると、改めて日向の成長に驚くぜ。

 ちんまい身長はすっかり伸びて、今や黒猫と同じくらいか、やや高いくらい。
 髪も長くなって、少しふんわりとウェーブがかかってたりして。
 それでも髪型がおさげのままなのは、案外あれはあれで気に入っていたのかもな。
 服装も、肩と太ももを大胆に露出させたカジュアルな格好。まあ、『日向ちゃん』のときも肩の露出はあったが。
 ……見れば見る程、とてもあの地味猫の未来(?)の姿とは思えない。

 何より特筆すべきは、先ほどその感触をこの手に味わった胸のサイズだろう。
 生意気に育ったそれは、この俺のおっぱいスカウターを持って見るに……ふむ、あやせと同じくらいか?
 要するに、決して大きいわけではないが、モデルとしても通用するくらい均整の取れた体型ってことだ。

 露出の多い薄着だから体のラインが強調されているというのもあるんだろうが。
 実際こうして並んでいると、特に何も変わっていない黒猫との差は歴然。
 成長したとはいえ、一応まだ日向は黒猫より年下の筈だが、姉妹でもこうも発育が違うものなのか。

 ――などと、黒猫に知られたらその場で眼球を潰されそうな観察眼を発揮していると。
 ばつが悪そうにお茶の間をきょろきょろと見回していた日向と、俺のその視線が交錯した。

 その瞬間日向は、ぼっ、と顔を赤くして、さっと顔を背けてしまう。

 ……なんだよ、そんなに顔真っ赤にして……まだ怒ってるのか?

「今日は朝から随分と元気だったみたいね? 日向」
「き、キョウ兄ぃが悪いんだよっ! 寝ぼけてヘンなことするからさっ」
「変なこと?」

 ぎくっ。

 ……そういえば黒猫に今朝の一件の詳細は話してなかったな……。

 まあ、別にこの俺に疚しいところなど一点たりとも無いが。
 今のこの状態の日向に説明させると、状況がややこしいことになりかねん。

 ふむ。ここは俺が漢らしく、且つ迅速にこの場を収めてやろう。

「日向」
「えっ? ……な、何?」

 引き締まった表情で日向を見据え、一歩踏み出した俺は。

「俺が悪かったぁぁぁーーーッ!」

 ヘッドスライディングをするかの如く、伝家の宝刀である土下座を繰り出した。

 ――「またかよ」とか言うなよ?
 へたれと言われようが、土下座男と言われようが、事態を穏便に済ますには何よりこれが最善なんだよ!

「にゃっ!? や、やめてよキョウ兄ぃっ」
「お前が怒る気持ちも分かる! だが俺もあの時は混乱していたんだ! すまんっ!」
「わ、分かったからっ。……それにあたしっ……別に怒って、ないから」
「そ、そうか?」
「うん。あの時は、ちょっとビックリしちゃっただけで……そ、そんなにイヤってわけじゃ、なかったし……」

 その言葉に少し安心して顔を上げると、相変わらず真っ赤な日向の顔。
 怒っていたから顔を赤くしていたわけじゃなかったのか。……だったら何でなんだろうな?

 ってか、そんなことより今、何か凄ぇ台詞を聞いたような……。

「い……嫌じゃなかった……って……?」
「相手が、その、……キョウ兄ぃなら……。た、ただもうちょっと場所とかムードとかさ、選んでよねっ?」
「え、そ、そうなの?」

 ど、どういうことなんだ、これは。
 “この世界”の俺は、おっぱい揉んでもギリギリセーフなイケメン設定なのか!?

 今の俺と日向は義理とはいえ兄妹……の筈。
 当たり前だが、黒猫のように実は恋人、なんてこともあるはずもない。
 ということは、やはり今のこの俺には伝説のイケメン補正が……!?

「日向。……ひとつ訊きたいんだが」
「な、何?」
「俺ってカッコいい?」

「………………」

 うおっ、何か物凄く可愛そうな人を見る目で見られたぞ!?
 男の永遠の夢を無言で粉砕するなよ!
 この世界では「※但しイケメンに限る」って免罪符が使い放題かと思ったのに! くそっくそっ!

「……にゅふっ。……何だか分かんないけど、キョウ兄ぃは、キョウ兄ぃだよ」
「……どういう意味だ?」
「そのまんまがいい、ってことっ!」

 よく分からないが、嬉しそうに笑う日向。
 その顔は、11歳のときと少しも変わらない、屈託のない笑顔だった。

「今朝のことはもういいって。……その代わり、今ちょっといいコトあったしさ」
「いいこと?」

 おっぱい揉まれたことより?

「……キョウ兄ぃ、初めてあたしのこと呼び捨てにしてくれた」
「へ? ……あ」

 しまった。心の中(モノローグ)だけと思っていた矢先だったのに、つい口に出してしまっていたらしい。
 もう呼んじまったもんは仕方ないが……根が正直者過ぎるのも困ったもんだぜ。

「あー……よかったか?」
「……うん。……呼び捨てが、いいな」

 照れくさそうに俯き加減で俺を見る日向。
 そんな“日向ちゃんらしくない”仕草に、また不覚にも……こいつのことを「ちょっと可愛い」とか思っちまう。
 ……今日の俺、いや、“この世界の俺”はどうかしちまってるな。

 にしても、こんなのが『いいこと』になるのかねぇ。
 相変わらず、この年頃の女の子の考えてることはよく分から――

「――こほんっ、こほんっ! ん、んっ!」

 と、黒猫が不自然極まりない咳払いをして、俺を半目で睨んできた。
 この俺に備わっている特殊能力の一つ、“黒猫の表情を見るだけで言いたいことが分かる能力”によると、だ。

 『秘密にしているとはいえ彼女の目の前で、何を勝手に二人だけの空間を作っているのよ。殺すわよ?』

 ということらしい。
 ははっ、こいつとの付き合いもそろそろ長いからな。このくらいの意思疎通は文字通り朝飯前だぜ。

 ――すみませんでしたぁッ!!

「と、とりあえずだ。いつまでも立ってないで、座って朝飯にしようぜ?」

 この場を取り繕うべく、至極自然に二人を食卓へと誘う。

「……そうね」

 渋々、といった感じで答える黒猫の表情からは、「後できちんと説明して頂戴?」という台詞が滲み出ているが。
 今はとりあえず見なかったことにしよう。

 ……ときに、呼び方といえば。

「なあ、黒猫」
「何かしら? 兄さん」
「その……だな、兄妹なのに黒猫って呼ぶの……やっぱり変か?」
「え?」

 一瞬、何を言われたのか分からない、といった感じにきょとんとする黒猫。
 ……少し言葉が足りなかったか。
 ここでは一応兄妹という間柄なんだから、ハンドルネーム……いや“真名”で呼ぶのは不自然かと思ったのだ。

「……ああ、そういうことね」

 意を汲んだのか、ふと破顔する。

「別に構わないわ。その呼び方は気に入っているし。……幼い頃に兄さんが私に付けてくれた愛称、だから」
「そ、そうだったか」

 そう言いつつ、黒猫は俺の耳元に口唇を寄せ。

『……でも、日向を呼び捨てにする以上……二人きりのときは私のことも名前で呼んで貰うわよ?』

 囁くように耳打ちした。
 ……当然といえば当然の要求だが、未だに黒猫のことを名前で呼んだ事の無い俺にとっては超難題だな……。

「ナニそこ、二人でこそこそしてんの?」

 そうこうしていると、今度は日向の不機嫌そうな声。
 あちらを立てればこちらが立たず。
 ああもう、今日の俺は一体どうすりゃいいんだよっ?

「何でもないわ。今日の兄さん、少し頭がおかしいのよ」
「あー……それはあたしも思う。いつもヘンだけどさ、今日は朝からずっと、いつもよりヘンだし」
「ははは、仮にも兄に対して酷い言い草だなお前ら?」

 全く、妹っていうのは結局誰でもこんなに容赦ないもんなのかね。

 ……待てよ、妹……といえば――さっきから何か物足りない気がする。
 まるで、揃いの色鉛筆が一本欠けているような……。

「……あ」

 そこで俺は、ちゃぶ台の上に用意された“四人分の朝食”を見て、ようやくそれが何なのか悟ることができた。

「珠希ちゃんは?」

 朝からのドタバタですっかり失念していたが、黒猫三姉妹のうち、珠希ちゃんの姿だけ未だに見ていない。
 俺の問いかけに、黒猫と日向は互いに顔を見合わせて。

「一応さっき声はかけたけど……タブン起きてないと思うよ?」
「……あの子、いつも朝は弱いのよ」

 二人ともため息まじりにそう言った。
 ……常々よく寝る子だとは思っていたが、朝もそうなのか。低血圧なのかね?

「キョウ兄ぃ、珠ちゃん起こしてきてよ」
「え、俺が?」
「いつも、日向が兄さんを起こして、兄さんが珠希を起こしているのよ?」

 ふむ、そうだったのか。
 なかなか面倒見がいいじゃないか、この世界の俺。

「特に珠希は、兄さんじゃないと全然起きてくれないのよね……全く甘えっ子なのだから」
「……分かったよ。えっと、珠希ちゃんの部屋はこっちでいいんだよな?」
「ええ。お願いするわ」

 日向が「何で今更そんなこと訊くの?」みたいな顔をしていたが、説明するとややこしくなるだけだしな。

 右掌を上げて了解のサインを送ると、俺は“この世界”での三人目の妹の元へと向かった――。


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