-妹-
このSSは『負け戦』の続きです。
「ご、ゴメンね、高坂くん。変なこと言って」
どうしよう。絶対に泣かないと決めていたのに……
涙があふれてきて止まらない。
「日向ちゃん…… そんなことは無いよ。俺は……」
「待って、それ以上は言わないで。」
「えっ?」
「その続きを言ったら、きっと私は元に戻れなくなる」
「いや、しかし……」
「言わないで! 私は…… 私は『妹』に戻るから。だから……」
私は泣いた目をこすりながら、しゃくりあげて息も絶え絶えに言った。
「日向ちゃん……」
「叶わないことはわかっているの。でも、あなたに私の気持ちを伝えたかっただけなの。
だから…… お願いだから私を拒絶しないで……」
私は下を向いて、涙ながらに訴えた。
ふと、私の後ろに人の気配を感じた。
「日向……」
「る、ルリ姉…… ご、ごめんなさい。私、けしてルリ姉のこと……」
「――いいのよ。それ以上言わなくても、わかっているわ」
そう言ってルリ姉は、ふわりと私を包み込むように抱いてくれた。
「る、ルリ姉……」
私はルリ姉の胸の中で、泣いた。
ひとしきり泣いて落ち着いてきたころ、私は聞いた。
「――珠希は?」
「今、クッキーをオーブンで焼いているわ。
焼けるまでしばらくかかるから、みんなのところに行きましょうと言ったのだけど、
『ここで見てる』って、真剣にオーブンの中を覗いていたわ」
「そう……」
「それにしても…… そうね、あなたも16歳なのね」
「えっ?」
「フフフ…… 本当に、まるで5年前の自分を見ているようよ」
ルリ姉は、私を見ながら、でもその目は遠くを見ているような感じで言った。
「そうか、あれから5年も経つんだな……」
それまで口も出さずに静かに私たちを見ていた高坂くんがつぶやいた。
「5年前、私が京介に告白したのも、あなたと同じ16歳だったわ」
ルリ姉が私に、静かに、そして懐かしそうに言う。
「あのときの私も、今のあなたと同じだった。
告白しても、きっとうまくいかない……
それどころか二人の関係は壊れてしまうって思ってたわ」
「そうだったの?」
ルリ姉の意外な言葉にびっくりする。
「でもね、告白せずにはいられなかったわ。もう、どうしようもないくらい」
「そ、それで? どうなったの?」
「それは俺から言わせてくれ」
高坂くんが、ちょっと言いづらそうに割って入った。
「あのころの俺は子供だった。だから、俺が答えを先送りしたんだ」
「先送り?」
「そうだ。その時、どうしても自分で答えを出せなくてな」
「ヘタレねぇ……」
ルリ姉が突っ込む。
「ぐぅっ…… それを言わんでくれ。だいたいそういう黒猫も返事を聞こうとしなかったろう」
「あら? そうだったかしら?」
「おいおい、とぼけんなよ。
『その続きを口にしたら、私は死ぬわよ』って脅迫してきたじゃねーか」
「そ、それは……」
「まぁ、いい。とにかく、あのときの俺はダメな野郎だった。それは認める。
そんな俺のせいで、みんなにつらい思いをさせちまった……」
「高坂くん……」
「だからな、日向ちゃん。今度はきちんと言わせてくれ。
俺は日向ちゃんのことを今も、今までも、とっても大切に思っている」
「うん……」
「俺は今まで日向ちゃんを妹のように思っていたんだ。
だから、もし、日向ちゃんがいなくなったりしたら、俺はとてもつらい。死んじゃうくらい」
「……」
「だから、大好きな日向ちゃんには、これからもずっと、これまでと同じように俺と付き合ってほしい。
――っていうか、俺の妹になってください」
「……ありがとう、高坂くん」
こうして、私の初恋は終わった。
元から実るはずの無い恋と知っていたし、自分の気持ちを伝えられただけでよかった。
だから今、自分でも驚くくらいすっきりしている。
キッチンからクッキーの焼けた、いいにおいが漂ってくる。
今ごろ、珠希とルリ姉がクッキーをお皿に並べているに違いない。
「しかし、私とルリ姉が、同じ16歳で、まったく同じような想いをしていたなんて……」
そんなことをつぶやいていたら、高坂くんが優しい目で言ってきた。
「そりゃそうかな。だって、黒猫と日向ちゃんて似てるもん」
「うそっ。ぜんっぜん違うよ」
「確かに普段の言動だけを見たら、日向ちゃんは明朗快活で、黒猫は…… だけど……
でも、根は素直で、一途で、努力家で、とっても優しいところなんか、そっくりだ」
「そ、そうかなぁ?」
私は自分ではよくわからなかったけど、この人がそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
なんせ5年も付き合いがあるんだから。
「それにな、最初に日向ちゃんの気持ちに気付いたのは、黒猫なんだぞ」
「えぇ、ルリ姉が?」
「あぁ、そうだ。自分と根本的な思考は似ているから、
日向ちゃんが考えていることは、手に取るようにわかる、って言ってた」
「うわぁ~、そうだったんだ……」
「でな、黒猫に、近いうちに今日のようなことがあるぞ、って忠告されたんだ。
だから、その時のために、答えをず~っと考えてたんだ、俺」
「うぅ~っ、なんかずるいよ、それ」
「はは…… でも、俺の返事を拒絶するところまで黒猫そっくりとは、びっくりしたよ」
なんだか高坂くんとルリ姉の想定どおりに事が進んでしまっていて、
自分がまだ子供なんだって自覚させられて、ちょっと悔しい。
と同時に、そんな私の子供の考えにも真剣に向き合ってくれているんだなぁって、
本当に私のことを大切にしてくれているのがわかった。
だから、これからもずっとこの人の妹でいられると思うと、それはそれで嬉しくなってきた。
「これからもよろしくね。お兄ちゃん」
「お、おう!」
そんなことを話していたら、
「おまたせしました~」
珠希とルリ姉がクッキーの並んだお皿を持ってリビングにやってきた。
「お~、うまそうだなぁ」
高坂くんが待ってましたとばかり、立ち上がって二人を迎えている。
そんな高坂くんに珠希がお皿をわたしながら尋ねた。
「ところで、おにぃちゃん?
さっきキッチンにいたら、おにぃちゃんの大きな声が聞こえたんですけど……」
「ん? 俺、なんか言ってた?」
「日向お姉ちゃんに、『俺の妹になってください』って言っていました」
「そ、そうだな」
「って言うことは…… とうとう、姉さまと…… け、結婚するんですか?」
「なっ……」
あははは、高坂くん、絶句してるよ。
ルリ姉なんて、後ろで真っ赤になって固まっているし。
よ~し、チャンス到来、反撃開始!
「そうだよ、珠希。高坂くん、わたしたちのお兄ちゃんになってくれるって約束したもん」
「ひ、日向ちゃん! 勘弁してくれ……」
うふふ…… やだよ~。
初恋が実らなかった分、絶対にこの『妹』の立場は譲らないんだからね~!
このSSは『負け戦』の続きです。
「ご、ゴメンね、高坂くん。変なこと言って」
どうしよう。絶対に泣かないと決めていたのに……
涙があふれてきて止まらない。
「日向ちゃん…… そんなことは無いよ。俺は……」
「待って、それ以上は言わないで。」
「えっ?」
「その続きを言ったら、きっと私は元に戻れなくなる」
「いや、しかし……」
「言わないで! 私は…… 私は『妹』に戻るから。だから……」
私は泣いた目をこすりながら、しゃくりあげて息も絶え絶えに言った。
「日向ちゃん……」
「叶わないことはわかっているの。でも、あなたに私の気持ちを伝えたかっただけなの。
だから…… お願いだから私を拒絶しないで……」
私は下を向いて、涙ながらに訴えた。
ふと、私の後ろに人の気配を感じた。
「日向……」
「る、ルリ姉…… ご、ごめんなさい。私、けしてルリ姉のこと……」
「――いいのよ。それ以上言わなくても、わかっているわ」
そう言ってルリ姉は、ふわりと私を包み込むように抱いてくれた。
「る、ルリ姉……」
私はルリ姉の胸の中で、泣いた。
ひとしきり泣いて落ち着いてきたころ、私は聞いた。
「――珠希は?」
「今、クッキーをオーブンで焼いているわ。
焼けるまでしばらくかかるから、みんなのところに行きましょうと言ったのだけど、
『ここで見てる』って、真剣にオーブンの中を覗いていたわ」
「そう……」
「それにしても…… そうね、あなたも16歳なのね」
「えっ?」
「フフフ…… 本当に、まるで5年前の自分を見ているようよ」
ルリ姉は、私を見ながら、でもその目は遠くを見ているような感じで言った。
「そうか、あれから5年も経つんだな……」
それまで口も出さずに静かに私たちを見ていた高坂くんがつぶやいた。
「5年前、私が京介に告白したのも、あなたと同じ16歳だったわ」
ルリ姉が私に、静かに、そして懐かしそうに言う。
「あのときの私も、今のあなたと同じだった。
告白しても、きっとうまくいかない……
それどころか二人の関係は壊れてしまうって思ってたわ」
「そうだったの?」
ルリ姉の意外な言葉にびっくりする。
「でもね、告白せずにはいられなかったわ。もう、どうしようもないくらい」
「そ、それで? どうなったの?」
「それは俺から言わせてくれ」
高坂くんが、ちょっと言いづらそうに割って入った。
「あのころの俺は子供だった。だから、俺が答えを先送りしたんだ」
「先送り?」
「そうだ。その時、どうしても自分で答えを出せなくてな」
「ヘタレねぇ……」
ルリ姉が突っ込む。
「ぐぅっ…… それを言わんでくれ。だいたいそういう黒猫も返事を聞こうとしなかったろう」
「あら? そうだったかしら?」
「おいおい、とぼけんなよ。
『その続きを口にしたら、私は死ぬわよ』って脅迫してきたじゃねーか」
「そ、それは……」
「まぁ、いい。とにかく、あのときの俺はダメな野郎だった。それは認める。
そんな俺のせいで、みんなにつらい思いをさせちまった……」
「高坂くん……」
「だからな、日向ちゃん。今度はきちんと言わせてくれ。
俺は日向ちゃんのことを今も、今までも、とっても大切に思っている」
「うん……」
「俺は今まで日向ちゃんを妹のように思っていたんだ。
だから、もし、日向ちゃんがいなくなったりしたら、俺はとてもつらい。死んじゃうくらい」
「……」
「だから、大好きな日向ちゃんには、これからもずっと、これまでと同じように俺と付き合ってほしい。
――っていうか、俺の妹になってください」
「……ありがとう、高坂くん」
こうして、私の初恋は終わった。
元から実るはずの無い恋と知っていたし、自分の気持ちを伝えられただけでよかった。
だから今、自分でも驚くくらいすっきりしている。
キッチンからクッキーの焼けた、いいにおいが漂ってくる。
今ごろ、珠希とルリ姉がクッキーをお皿に並べているに違いない。
「しかし、私とルリ姉が、同じ16歳で、まったく同じような想いをしていたなんて……」
そんなことをつぶやいていたら、高坂くんが優しい目で言ってきた。
「そりゃそうかな。だって、黒猫と日向ちゃんて似てるもん」
「うそっ。ぜんっぜん違うよ」
「確かに普段の言動だけを見たら、日向ちゃんは明朗快活で、黒猫は…… だけど……
でも、根は素直で、一途で、努力家で、とっても優しいところなんか、そっくりだ」
「そ、そうかなぁ?」
私は自分ではよくわからなかったけど、この人がそう言うのなら、きっとそうなんだろう。
なんせ5年も付き合いがあるんだから。
「それにな、最初に日向ちゃんの気持ちに気付いたのは、黒猫なんだぞ」
「えぇ、ルリ姉が?」
「あぁ、そうだ。自分と根本的な思考は似ているから、
日向ちゃんが考えていることは、手に取るようにわかる、って言ってた」
「うわぁ~、そうだったんだ……」
「でな、黒猫に、近いうちに今日のようなことがあるぞ、って忠告されたんだ。
だから、その時のために、答えをず~っと考えてたんだ、俺」
「うぅ~っ、なんかずるいよ、それ」
「はは…… でも、俺の返事を拒絶するところまで黒猫そっくりとは、びっくりしたよ」
なんだか高坂くんとルリ姉の想定どおりに事が進んでしまっていて、
自分がまだ子供なんだって自覚させられて、ちょっと悔しい。
と同時に、そんな私の子供の考えにも真剣に向き合ってくれているんだなぁって、
本当に私のことを大切にしてくれているのがわかった。
だから、これからもずっとこの人の妹でいられると思うと、それはそれで嬉しくなってきた。
「これからもよろしくね。お兄ちゃん」
「お、おう!」
そんなことを話していたら、
「おまたせしました~」
珠希とルリ姉がクッキーの並んだお皿を持ってリビングにやってきた。
「お~、うまそうだなぁ」
高坂くんが待ってましたとばかり、立ち上がって二人を迎えている。
そんな高坂くんに珠希がお皿をわたしながら尋ねた。
「ところで、おにぃちゃん?
さっきキッチンにいたら、おにぃちゃんの大きな声が聞こえたんですけど……」
「ん? 俺、なんか言ってた?」
「日向お姉ちゃんに、『俺の妹になってください』って言っていました」
「そ、そうだな」
「って言うことは…… とうとう、姉さまと…… け、結婚するんですか?」
「なっ……」
あははは、高坂くん、絶句してるよ。
ルリ姉なんて、後ろで真っ赤になって固まっているし。
よ~し、チャンス到来、反撃開始!
「そうだよ、珠希。高坂くん、わたしたちのお兄ちゃんになってくれるって約束したもん」
「ひ、日向ちゃん! 勘弁してくれ……」
うふふ…… やだよ~。
初恋が実らなかった分、絶対にこの『妹』の立場は譲らないんだからね~!