-お化け屋敷-
「ルリ姉の弱点って、知ってる?」
「黒猫の弱点? そんなのあるのか?」
俺はちょっと考え込んだよ。
確かに黒猫はあがり症のところはあるし、想定外の事態にテンパっちゃうことはあるけど、
でも、まぁそれって弱点っつーか、人にはよくあることだろ。
初対面の人(っていうか、初対面じゃなくてもか?)と、うまく打ち解けにくい
――なんてのはいまさらな話で、日向ちゃんの質問の答えにはならないだろう。
あえていえば…… 敏感すぎっていうか、初心(うぶ)っていうか、
耐性なさすぎな点はあるが、これも日向ちゃんの意図するところではなさそうだ。
そんなもんだから、
「わかんねー。弱点なんてあんの?」
って答えたんだけど…… そしたら、
「にゅふふふ…… 教えてあげよっか。実はさ、ルリ姉、『お化け』に弱いんだよ」
俺は一瞬だけお化けに怯える黒猫を想像しかけたが、
「うそつけ! 高校生にもなってそりゃねーって。
だいたい『闇の眷属』とか『魔王の呪い』とか言ってる黒猫だぞ。そんなわけねーじゃん」
「あ~っ、信じてないんだー。そりゃ確かに高坂くんの言ってることはわかるけどぉ」
「だってそうだろ。普段の言動からして黒猫がお化けが怖いなんて信じらんねーよ」
「そうなんだけどねぇ。でもさ、ルリ姉ってさ、何ていうのかなぁ、不思議なこととか信じてるじゃん」
「? まぁ、そうだな……」
「邪気眼厨二病?」
「それは黒猫の前では絶対に言っちゃダメだぞ」
「言うわけないじゃん。またおかずがなくなっちゃうよ」
「そ、そうか……」
「とにかく、そういう超常現象っていうの? そういうことを信じちゃうからさぁ……」
――なるほど、日向ちゃんの言うことももっともだ。
幽霊なんて怖くない、っていう人は『幽霊』という超常的な存在を信じていないからだ。
それに対して超常現象を信じているというか、受け入れている黒猫にとって、
『幽霊』は実在すると信じられる存在であり、受け入れざるを得ない物であって、
だからこそ幽霊が苦手なのか。
「ところで―― どうして俺は黒猫に会いに来たのに、またしてもその妹と遊んでいるんだ?」
「……相変わらずだね、高坂くんは」
そう、今日は黒猫に呼び出されて五更家に来ていたのだが……
「これまた同じ答えだけど、ルリ姉、高坂くんに綺麗なとこ見せたくて気合入れてんだからさぁ」
「う、うむ……」
まぁ、俺が来るのもちょっと早すぎたんだけどな…… 三十分も早く着いちまった。
そうしているうちに、着替えが終わったらしい。
「……お、お待たせしたわね」
黒猫がリビングに入ってきた。
いつもの「夜魔の女王」の服装だ。
俺が訪ねた時は、ジャージ姿だったのだが、俺を見てあわてて自室に飛び込んでいったよ。
「いや、俺が早く着き過ぎちまったんだ」
「そ、そうね。少しは自重しなさい」
「すまなかった。ところで、今日は何するんだ? 時間があれば来てほしいってことだったが……」
「今日は…… ここへ付き合ってほしいの……」
黒猫は2枚の前売りチケットを俺に見せた。
――って、お化け屋敷?
あれ? 日向ちゃん曰く、黒猫はこういうの苦手なんじゃねーの?
不思議そうな顔して見ていたら、黒猫が説明を始めた。
「このお化け屋敷、『マスケラ』とタイアップしていて、マスケラのキャラクターが出てくるらしいの」
「へぇ~、そういうのってありなの?」
「私は、どうかと思うのだけれど…… 唯……」
「ただ……?」
「お化け屋敷の途中にある『キーワード』をゴール地点で答えると、マスケラのレアアイテムがもらえるのよ」
「なるほどねぇ……」
「最初は私一人で行こうかと思ったのだけれど、ああいうところは一人では入りにくいわ……」
まぁ、確かにお化け屋敷に一人で行くようなやつはいねーよな。
「それに、あなたもマスケラは嫌いじゃないと思ったから、誘ってみたのだけれど……」
「あぁ、いいよ。俺も暇だったし。お化け屋敷って、なんか懐かしいっていうか、面白そうじゃん」
「そう、ありがとう。その…… けして一人では怖くて行けなかった訳ではないのよ」
「あぁ、はいはい。そりゃそうだろうよ」
まぁ、せいぜい『お化け』相手にビクビクする程度だろう。
そんな俺たちの様子を見ていた日向ちゃんは「にょほほほ」と笑いながら、
「高坂くん、ルリ姉のナイト役、しっかりね」
なんて送り出してくれた。
さてと、受験勉強の息抜きに、いっちょ行ってきますか、お化け屋敷に……
――で、俺たちはとあるテーマパーク内のお化け屋敷の前に来ていた。
チケット売り場から入り口までの短いスペースには10人ほどの人が並んでいる。
どうやら中でかち合わないように、ある程度の間隔をあけて入るよう入場制限しているようだ。
チケット売り場のお姉さんに前売りチケットを渡すと、引き換えにパンフレットをくれた。
パンフレットの表にはマスケラの真夜や夜魔の女王などのイラストが描かれている。
中を開くと、これまたマスケラのイラストやちょっとしたストーリーとお化け屋敷の説明があった。
といっても、あんまりおどろおどろしい感じはしない。
ほら、マスケラとタイアップしているだろ、だから不気味さを強調した感じではなくて、
ダークな印象はあるものの、……うまく説明はできないが、耽美系っていうの? そんな感じ。
だからぜんぜん怖くないっていうか、普通のアドベンチャーアトラクションだな。
俺たちはそんなパンフレットを読みながら列の最後尾に並んだ。
「けっこう面白そうじゃん。なぁ、黒猫……」
って、あれ?
さっきまで横に並んで歩いていた黒猫は……
――いた。後ろのほうで立ち止まっている。
「おーい、なにやってんだ?」
俺の声にビクッと反応したあと、早歩きで俺の横に並んだ。
「な、なんでもないわ。気にしないで頂戴」
と言っているが、なんだか顔色悪いし、額に冷や汗かいてるぞ。
「おいおい、大丈夫か?」
「べ、べつに怖くなんてないわ」
とか言いながら、列は進んでいくのだが……
黒猫は最初は俺の横に並んでいたのに、だんだんと俺の背後に回り始め、
入り口の前に着くころには俺の背中にぴったりとくっついて、俺のシャツの裾をギュッと握り締めていた。
入り口のお兄さんが無線で何か聞きながら、「どうぞいってらっしゃい~」と入り口を開けてくれたのだが、
「く、黒猫、入るぞ」
「うぅ~、わ、わかっているわ」
なんだか、今にも泣きそうな声が背後から聞こえてくる。
俺たちは慎重にお化け屋敷の入り口から入っていった。
お化け屋敷も中盤を過ぎて、俺たちはゆっくりと薄暗い通路を進んでいた。
お化け屋敷自体は内容もなかなか凝ったもので、マスケラのちょっとしたストーリー仕立てになっており、
所々にアニメのシーンが再現されていた。
真夜がアニメの中で辿る場所や建物の部屋を、
入場者たちが、まるで真夜を追いかけるように巡るしかけになっている。
所々で魔王やその眷属たちが不気味な格好で不意をついて現れたりして、
スリルも『そこそこ』(俺にしてみればあくまでも『そこそこ』だ)に感じられた。
ただな……
そのたびに黒猫は「ひぃっ」とか「くうっ」とか言って、
全身をガチガチに強張らせて動けなくなっちゃうもんだから、なかなか先に進めなかったよ。
それでも最初のうちは、ひとしきり驚いた後に一呼吸おいて
「た、たいした事ないわね。こ、これしきのことで私に勝ったつもりでいるのかしら?」
なんて強がりも言っていたのだが……
今、俺たちがいる所はお化けの応酬が一段落した通路のようなところだ。
黒猫はもう、すっかり驚き疲れた様子で、
涙目になりながら俺の左腕にぎゅっとしがみついて、「うぅ~」と唸りながら歩いている。
「ちょっと休んでいくか?」
俺はそんな様子の黒猫を見かねて声をかけたのだが、黒猫はすんすんと鼻をすすりながら
「何を言っているのかしら? わ、私がこんな下等な物たちにひれ伏すとでも思って?」
なんて強がりを吐いている。
「それより早く先に進みましょう。もうすぐ目的の……」
と、その時、いきなり左側から「プシュー」とエアが噴出され、おどろおどろしい魔物が現れた。
まさに俺たちは油断していたところをつかれ、
黒猫は「ひぐぅっ」と言って腰を抜かして足元に倒れそうになる。
俺は咄嗟に左手を踏ん張って、黒猫がしゃがみ込みそうになるのを支えた刹那、
「顕現せよ!」との叫び声とともに、正面からケルベロスがいきなりどばっと現れた。
――しかも、運が悪いことに、黒猫の顔の真正面だ。
「けふっ……」
そう言って、黒猫は床の上に崩れ落ちていった。
「……おーい、黒猫~。目を覚ませー」
どうやら黒猫は一瞬だけ意識が飛んだようで、床にぺたんと座り込んで虚空を仰いでいる。
俺は膝立ちになって、力なくすがりつかれている左腕をブンブンと動かして黒猫を揺すった。
だめか、こりゃ? なんて思っていたとき、ふらっと黒猫が仰向けに倒れそうになる。
「おっと、あぶねぇー」
俺は即座に黒猫を右手で抱き寄せた。そしたら……
「ふ、ふぇ?」
それまで力が抜けてふにゃふにゃだった黒猫が、急に体を硬直させた。
「な、なな何をしているの? いくら人がいない所だからって、そんな……」
「お、おい、今、変な勘違いをしてるだろ」
「なっ…… 勘違いですって? そ、それはあなたでしょう。まったく破廉恥な雄ね」
はいはい、ちょっと理不尽な言われように悔しいとは思ったけど、
とりあえず黒猫が正気に戻ってほっとしたよ。
さて、俺はゆっくりと立ち上がると、「んじゃ、行くか?」と黒猫を促したのだが……
「――立てないの」
「ハイ?」
「立てないと言っているでしょう」
黒猫は顔を赤くしながら、拗ねたように横を向いている。
ま、マジですか? びっくりして腰を抜かすって、漫画では見たことあったけど、
まさか本当に腰を抜かしちゃったということ?
「ど、どうしようか?」
俺の頭はいくつかの選択肢を思い浮かべたが、できるのか?
だってさ、背負うにしても体が密着するし、ましてやお姫様抱っこなんて、
それこそ黒猫の耐性の無さからすれば気絶もんだって。
「どうしたの? とにかく……お願いするわ。どうにかして頂戴」
「い、いいのか?」
「仕方が無いでしょう。こればかりはもう諦めるしかないわ」
諦める?というのに引っかかったが、まぁ、そこまで覚悟してるのならそうするしかないのだろう。
「わかった、ちょっと待ってろ」
そう言って俺は黒猫の手をとり、自分の首にかけて、そのまま黒猫を背中に背負い込んだ。
「えっ? ちょ、ちょっと待って頂戴。ななな何をするの?」
俺は軽い黒猫をひょいと背負ってから、
「何って…… 黒猫をおんぶで連れて行こうかと……」
「な、なんて破廉恥な雄なの、あなたは」
俺の顔のすぐ横にある黒猫の顔が、みるみる真っ赤になっていく。
「――もしかして、お姫様抱っこのほうがよかったのか?」
「ば、莫迦なことを。そんな恥ずかしいことができるわけ無いでしょう」
「しかし、こうでもしないと外に出られないだろう?」
「係りの人を呼んでくるとか、そういう選択肢は無かったのかしら?」
「――なるほど。 いや、でもさ、さっき黒猫も覚悟して『諦める』みたいなことを言っていたから……」
「そ、それはレアアイテムをもらうことを諦めたという意味よ」
「……降りる?」
「も、もういいわ。このまま行きましょう。誰も見ていないようだから」
それから俺は黒猫を背負ったまま、お化け屋敷をほとんど会話も無く進んでいった。
いや、だってさ、黒猫の顔がすぐ横にあって、照れくさくって話ができねーんだよ。
それに、黒猫も最初は強張って、俺から体を離していたんだけど、
お化けや魔物の攻撃を食らうたびに、
「いやっ」とか「やめて頂戴」とか言いながら、目をつぶってギュってしがみ付いてくるもんだから、
いろいろと密着している部分が気になっちゃって、俺はもう気が気じゃなかったよ。
終盤では黒猫もこの状態に慣れてきたのか、俺の首に両手を絡めながら、
「フフフ、こういう風に誰かに運んでもらうというのも悪くはないわね」
なんて悪戯っぽく笑いながら言いやがるし。
もちろん、出口の手前で黒猫は下ろしたよ。
人前では恥ずかしくてやってらんねーよ、あんなこと。
そうそう、『キーワード』はちゃんとゲットしたぜ。
薄暗い中、突然フラッシュが焚かれて、目がチカチカとして見にくい部屋があってな、
その部屋の隅のほうに隠れるように書かれていた。
背負われていた黒猫が目ざとく見つけて、俺の首を腕で絞めながら「あったわ、こっちを向きなさい」ってな。
今、俺たちは、お化け屋敷の出口の外にいる。
久々のまぶしい太陽に、俺は目を細めて大きくのびをした。
黒猫は出口で渡された解答用紙に『キーワード』と自分の住所氏名を書いて係員に渡している。
引き換えに何かをもらった黒猫がこちらに振り返って歩いてきた。
「何がもらえたんだ?」
「これよ」
そう言って俺に見せてくれたものは、チェーンに「角」のようなものがついた……
「ケルベロスの牙のネックレス。ちょっと複雑な気分よ」
そう言いながら首からネックレスを下げると、うつむき加減に言った。
「今日は、本当にありがとう……」
「いやいや、俺も一緒に行けて楽しかったよ」
「それだけじゃないわ。途中から私を背負ってくれて……」
「はは、いやぁ、いい思い出になったよ」
「忘れて頂戴」
「へっ?」
「忘れないと、あなたに呪いが降りかかるわ。息が吸えなくなって苦しみのた打ち回りながら死ぬ呪い」
「――わ、わかった。忘れるようにする」
「もちろん、口外無用よ」
「わかってる」
「それから……」
黒猫は一瞬言い淀んで下を向いたが、そのまま赤い顔をして上目遣いで続けた。
「始めは…… とても怖かったの。怖くて足がすくんでしまって、周りもよく見ていなかったわ。
でも、あなたに背負われたら…… 怖いのは怖かったのだけれど、でも、とても安心できて……
もう少しこのまま……って思ってしまったわ」
「黒猫……」
そう言って俺は黒猫の手をとろうとしたら
「ひゃぁっ」って顔を真っ赤にしながら手を引っ込めてしまった。
「と、突然何をするの? ……まったく破廉恥な雄ね」
あれ? お化け屋敷の中では背負われたり、俺の腕にすがりついてきたりしていたのに?
う~ん、やっぱり奥手なのは治っていないのか。
こうして黒猫との『お化け屋敷デート』は終わったのだが、ちょっとした後日談があってな。
数日後、五更家に俺と桐乃、それに沙織が集まった。
沙織は初めての五更家だったのだが、ちょっと用事があって遅れることになり、
先に着いた俺と桐乃を家に残して、黒猫が駅まで沙織を迎えに行っている。
というわけで、今、五更家のリビングには、俺たち兄妹と黒猫の妹たちの四人だ。
相変わらず桐乃は狂ったように「珠希ちゃん、かわゆいよ~」なんて抱きしめている。
「ねぇ、高坂くん。この前はちゃんとルリ姉の『ナイト』になれたみたいだね」
にへらっと笑いながら、日向ちゃんが話しかけてきた。
「な、なんのことかな?」
「だめだめ、もうネタは上がってんだから。誤魔化しても無駄だよ」
それを聞いていた桐乃が「なんの話?」と会話に加わってきた。
「あれが宅配便で届いたときには、ちょっとびっくりしたよ。にゅふふふ……」
「あぁ、姉さまの宝物のことですね」
桐乃から開放された珠希ちゃんが、そう言ってとてとてとリビングから出て行った。
「ねぇねぇ、なんのコト? お姉ちゃんにも教えてよ」
「桐乃お姉ちゃんは知ってる? 高坂くんとルリ姉がお化け屋敷に行ったこと」
「あぁ、この前電話で話してたやつかな?
『まったく子供だましね。大したこと無かったわ』なんて言ってたけど」
おい、黒猫、全然事実とは違っていないか? なんて心の中で突っ込んでいたら、
珠希ちゃんが大事そうに写真たてを抱えてリビングに戻ってきた。
「はい、姉さまの宝物。毎朝起きたときと、夜寝る前に、姉さまはこれに向かってお話してるんだよ」
って言いながら見せてくれたのは…… なんと黒猫を背負った俺の写真じゃねーか。
いつ? いったいどこで? と、俺が冷や汗を掻きながら言葉を失っていると、
「これはどういうコト? セツメイしてもらえる?」
「ちょ、ちょっと待て桐乃。これには深いわけがあってだな……」
「どういうワケ? 首に抱きつかれちゃって、なんだか今にも……キ、キスしそうな写真を前に?」
「ちょ、それ誤解だって。そんなことしてねぇーよ」
俺が必死になって言い訳をしていると、
「お待たせしたでござる…… って、またでござるか?」
「何をしているの? 入り口のところで止まっていては中に入れな……」
黒猫は珠希ちゃんが見せている写真を見て固まっていた。
――その後は、みんなの想像通りの展開さ。
俺は正座で桐乃にセツメイさせられるし、黒猫姉妹には魔王の呪いが降りかかるし、
それを見ていた沙織は腹を抱えて転げまわっているし。
え? 写真? あぁ、あれはどうやらお化け屋敷のおまけみたいなものらしい。
そう、あの『キーワード』の部屋。
あそこでフラッシュが光ったときに撮影されていて、後から送られてきたんだとさ。
今になってよく見りゃ、パンフレットにもそんな事が書かれていた。
しかし、後々までとんでもない『お化け屋敷』だったよ。
「ルリ姉の弱点って、知ってる?」
「黒猫の弱点? そんなのあるのか?」
俺はちょっと考え込んだよ。
確かに黒猫はあがり症のところはあるし、想定外の事態にテンパっちゃうことはあるけど、
でも、まぁそれって弱点っつーか、人にはよくあることだろ。
初対面の人(っていうか、初対面じゃなくてもか?)と、うまく打ち解けにくい
――なんてのはいまさらな話で、日向ちゃんの質問の答えにはならないだろう。
あえていえば…… 敏感すぎっていうか、初心(うぶ)っていうか、
耐性なさすぎな点はあるが、これも日向ちゃんの意図するところではなさそうだ。
そんなもんだから、
「わかんねー。弱点なんてあんの?」
って答えたんだけど…… そしたら、
「にゅふふふ…… 教えてあげよっか。実はさ、ルリ姉、『お化け』に弱いんだよ」
俺は一瞬だけお化けに怯える黒猫を想像しかけたが、
「うそつけ! 高校生にもなってそりゃねーって。
だいたい『闇の眷属』とか『魔王の呪い』とか言ってる黒猫だぞ。そんなわけねーじゃん」
「あ~っ、信じてないんだー。そりゃ確かに高坂くんの言ってることはわかるけどぉ」
「だってそうだろ。普段の言動からして黒猫がお化けが怖いなんて信じらんねーよ」
「そうなんだけどねぇ。でもさ、ルリ姉ってさ、何ていうのかなぁ、不思議なこととか信じてるじゃん」
「? まぁ、そうだな……」
「邪気眼厨二病?」
「それは黒猫の前では絶対に言っちゃダメだぞ」
「言うわけないじゃん。またおかずがなくなっちゃうよ」
「そ、そうか……」
「とにかく、そういう超常現象っていうの? そういうことを信じちゃうからさぁ……」
――なるほど、日向ちゃんの言うことももっともだ。
幽霊なんて怖くない、っていう人は『幽霊』という超常的な存在を信じていないからだ。
それに対して超常現象を信じているというか、受け入れている黒猫にとって、
『幽霊』は実在すると信じられる存在であり、受け入れざるを得ない物であって、
だからこそ幽霊が苦手なのか。
「ところで―― どうして俺は黒猫に会いに来たのに、またしてもその妹と遊んでいるんだ?」
「……相変わらずだね、高坂くんは」
そう、今日は黒猫に呼び出されて五更家に来ていたのだが……
「これまた同じ答えだけど、ルリ姉、高坂くんに綺麗なとこ見せたくて気合入れてんだからさぁ」
「う、うむ……」
まぁ、俺が来るのもちょっと早すぎたんだけどな…… 三十分も早く着いちまった。
そうしているうちに、着替えが終わったらしい。
「……お、お待たせしたわね」
黒猫がリビングに入ってきた。
いつもの「夜魔の女王」の服装だ。
俺が訪ねた時は、ジャージ姿だったのだが、俺を見てあわてて自室に飛び込んでいったよ。
「いや、俺が早く着き過ぎちまったんだ」
「そ、そうね。少しは自重しなさい」
「すまなかった。ところで、今日は何するんだ? 時間があれば来てほしいってことだったが……」
「今日は…… ここへ付き合ってほしいの……」
黒猫は2枚の前売りチケットを俺に見せた。
――って、お化け屋敷?
あれ? 日向ちゃん曰く、黒猫はこういうの苦手なんじゃねーの?
不思議そうな顔して見ていたら、黒猫が説明を始めた。
「このお化け屋敷、『マスケラ』とタイアップしていて、マスケラのキャラクターが出てくるらしいの」
「へぇ~、そういうのってありなの?」
「私は、どうかと思うのだけれど…… 唯……」
「ただ……?」
「お化け屋敷の途中にある『キーワード』をゴール地点で答えると、マスケラのレアアイテムがもらえるのよ」
「なるほどねぇ……」
「最初は私一人で行こうかと思ったのだけれど、ああいうところは一人では入りにくいわ……」
まぁ、確かにお化け屋敷に一人で行くようなやつはいねーよな。
「それに、あなたもマスケラは嫌いじゃないと思ったから、誘ってみたのだけれど……」
「あぁ、いいよ。俺も暇だったし。お化け屋敷って、なんか懐かしいっていうか、面白そうじゃん」
「そう、ありがとう。その…… けして一人では怖くて行けなかった訳ではないのよ」
「あぁ、はいはい。そりゃそうだろうよ」
まぁ、せいぜい『お化け』相手にビクビクする程度だろう。
そんな俺たちの様子を見ていた日向ちゃんは「にょほほほ」と笑いながら、
「高坂くん、ルリ姉のナイト役、しっかりね」
なんて送り出してくれた。
さてと、受験勉強の息抜きに、いっちょ行ってきますか、お化け屋敷に……
――で、俺たちはとあるテーマパーク内のお化け屋敷の前に来ていた。
チケット売り場から入り口までの短いスペースには10人ほどの人が並んでいる。
どうやら中でかち合わないように、ある程度の間隔をあけて入るよう入場制限しているようだ。
チケット売り場のお姉さんに前売りチケットを渡すと、引き換えにパンフレットをくれた。
パンフレットの表にはマスケラの真夜や夜魔の女王などのイラストが描かれている。
中を開くと、これまたマスケラのイラストやちょっとしたストーリーとお化け屋敷の説明があった。
といっても、あんまりおどろおどろしい感じはしない。
ほら、マスケラとタイアップしているだろ、だから不気味さを強調した感じではなくて、
ダークな印象はあるものの、……うまく説明はできないが、耽美系っていうの? そんな感じ。
だからぜんぜん怖くないっていうか、普通のアドベンチャーアトラクションだな。
俺たちはそんなパンフレットを読みながら列の最後尾に並んだ。
「けっこう面白そうじゃん。なぁ、黒猫……」
って、あれ?
さっきまで横に並んで歩いていた黒猫は……
――いた。後ろのほうで立ち止まっている。
「おーい、なにやってんだ?」
俺の声にビクッと反応したあと、早歩きで俺の横に並んだ。
「な、なんでもないわ。気にしないで頂戴」
と言っているが、なんだか顔色悪いし、額に冷や汗かいてるぞ。
「おいおい、大丈夫か?」
「べ、べつに怖くなんてないわ」
とか言いながら、列は進んでいくのだが……
黒猫は最初は俺の横に並んでいたのに、だんだんと俺の背後に回り始め、
入り口の前に着くころには俺の背中にぴったりとくっついて、俺のシャツの裾をギュッと握り締めていた。
入り口のお兄さんが無線で何か聞きながら、「どうぞいってらっしゃい~」と入り口を開けてくれたのだが、
「く、黒猫、入るぞ」
「うぅ~、わ、わかっているわ」
なんだか、今にも泣きそうな声が背後から聞こえてくる。
俺たちは慎重にお化け屋敷の入り口から入っていった。
お化け屋敷も中盤を過ぎて、俺たちはゆっくりと薄暗い通路を進んでいた。
お化け屋敷自体は内容もなかなか凝ったもので、マスケラのちょっとしたストーリー仕立てになっており、
所々にアニメのシーンが再現されていた。
真夜がアニメの中で辿る場所や建物の部屋を、
入場者たちが、まるで真夜を追いかけるように巡るしかけになっている。
所々で魔王やその眷属たちが不気味な格好で不意をついて現れたりして、
スリルも『そこそこ』(俺にしてみればあくまでも『そこそこ』だ)に感じられた。
ただな……
そのたびに黒猫は「ひぃっ」とか「くうっ」とか言って、
全身をガチガチに強張らせて動けなくなっちゃうもんだから、なかなか先に進めなかったよ。
それでも最初のうちは、ひとしきり驚いた後に一呼吸おいて
「た、たいした事ないわね。こ、これしきのことで私に勝ったつもりでいるのかしら?」
なんて強がりも言っていたのだが……
今、俺たちがいる所はお化けの応酬が一段落した通路のようなところだ。
黒猫はもう、すっかり驚き疲れた様子で、
涙目になりながら俺の左腕にぎゅっとしがみついて、「うぅ~」と唸りながら歩いている。
「ちょっと休んでいくか?」
俺はそんな様子の黒猫を見かねて声をかけたのだが、黒猫はすんすんと鼻をすすりながら
「何を言っているのかしら? わ、私がこんな下等な物たちにひれ伏すとでも思って?」
なんて強がりを吐いている。
「それより早く先に進みましょう。もうすぐ目的の……」
と、その時、いきなり左側から「プシュー」とエアが噴出され、おどろおどろしい魔物が現れた。
まさに俺たちは油断していたところをつかれ、
黒猫は「ひぐぅっ」と言って腰を抜かして足元に倒れそうになる。
俺は咄嗟に左手を踏ん張って、黒猫がしゃがみ込みそうになるのを支えた刹那、
「顕現せよ!」との叫び声とともに、正面からケルベロスがいきなりどばっと現れた。
――しかも、運が悪いことに、黒猫の顔の真正面だ。
「けふっ……」
そう言って、黒猫は床の上に崩れ落ちていった。
「……おーい、黒猫~。目を覚ませー」
どうやら黒猫は一瞬だけ意識が飛んだようで、床にぺたんと座り込んで虚空を仰いでいる。
俺は膝立ちになって、力なくすがりつかれている左腕をブンブンと動かして黒猫を揺すった。
だめか、こりゃ? なんて思っていたとき、ふらっと黒猫が仰向けに倒れそうになる。
「おっと、あぶねぇー」
俺は即座に黒猫を右手で抱き寄せた。そしたら……
「ふ、ふぇ?」
それまで力が抜けてふにゃふにゃだった黒猫が、急に体を硬直させた。
「な、なな何をしているの? いくら人がいない所だからって、そんな……」
「お、おい、今、変な勘違いをしてるだろ」
「なっ…… 勘違いですって? そ、それはあなたでしょう。まったく破廉恥な雄ね」
はいはい、ちょっと理不尽な言われように悔しいとは思ったけど、
とりあえず黒猫が正気に戻ってほっとしたよ。
さて、俺はゆっくりと立ち上がると、「んじゃ、行くか?」と黒猫を促したのだが……
「――立てないの」
「ハイ?」
「立てないと言っているでしょう」
黒猫は顔を赤くしながら、拗ねたように横を向いている。
ま、マジですか? びっくりして腰を抜かすって、漫画では見たことあったけど、
まさか本当に腰を抜かしちゃったということ?
「ど、どうしようか?」
俺の頭はいくつかの選択肢を思い浮かべたが、できるのか?
だってさ、背負うにしても体が密着するし、ましてやお姫様抱っこなんて、
それこそ黒猫の耐性の無さからすれば気絶もんだって。
「どうしたの? とにかく……お願いするわ。どうにかして頂戴」
「い、いいのか?」
「仕方が無いでしょう。こればかりはもう諦めるしかないわ」
諦める?というのに引っかかったが、まぁ、そこまで覚悟してるのならそうするしかないのだろう。
「わかった、ちょっと待ってろ」
そう言って俺は黒猫の手をとり、自分の首にかけて、そのまま黒猫を背中に背負い込んだ。
「えっ? ちょ、ちょっと待って頂戴。ななな何をするの?」
俺は軽い黒猫をひょいと背負ってから、
「何って…… 黒猫をおんぶで連れて行こうかと……」
「な、なんて破廉恥な雄なの、あなたは」
俺の顔のすぐ横にある黒猫の顔が、みるみる真っ赤になっていく。
「――もしかして、お姫様抱っこのほうがよかったのか?」
「ば、莫迦なことを。そんな恥ずかしいことができるわけ無いでしょう」
「しかし、こうでもしないと外に出られないだろう?」
「係りの人を呼んでくるとか、そういう選択肢は無かったのかしら?」
「――なるほど。 いや、でもさ、さっき黒猫も覚悟して『諦める』みたいなことを言っていたから……」
「そ、それはレアアイテムをもらうことを諦めたという意味よ」
「……降りる?」
「も、もういいわ。このまま行きましょう。誰も見ていないようだから」
それから俺は黒猫を背負ったまま、お化け屋敷をほとんど会話も無く進んでいった。
いや、だってさ、黒猫の顔がすぐ横にあって、照れくさくって話ができねーんだよ。
それに、黒猫も最初は強張って、俺から体を離していたんだけど、
お化けや魔物の攻撃を食らうたびに、
「いやっ」とか「やめて頂戴」とか言いながら、目をつぶってギュってしがみ付いてくるもんだから、
いろいろと密着している部分が気になっちゃって、俺はもう気が気じゃなかったよ。
終盤では黒猫もこの状態に慣れてきたのか、俺の首に両手を絡めながら、
「フフフ、こういう風に誰かに運んでもらうというのも悪くはないわね」
なんて悪戯っぽく笑いながら言いやがるし。
もちろん、出口の手前で黒猫は下ろしたよ。
人前では恥ずかしくてやってらんねーよ、あんなこと。
そうそう、『キーワード』はちゃんとゲットしたぜ。
薄暗い中、突然フラッシュが焚かれて、目がチカチカとして見にくい部屋があってな、
その部屋の隅のほうに隠れるように書かれていた。
背負われていた黒猫が目ざとく見つけて、俺の首を腕で絞めながら「あったわ、こっちを向きなさい」ってな。
今、俺たちは、お化け屋敷の出口の外にいる。
久々のまぶしい太陽に、俺は目を細めて大きくのびをした。
黒猫は出口で渡された解答用紙に『キーワード』と自分の住所氏名を書いて係員に渡している。
引き換えに何かをもらった黒猫がこちらに振り返って歩いてきた。
「何がもらえたんだ?」
「これよ」
そう言って俺に見せてくれたものは、チェーンに「角」のようなものがついた……
「ケルベロスの牙のネックレス。ちょっと複雑な気分よ」
そう言いながら首からネックレスを下げると、うつむき加減に言った。
「今日は、本当にありがとう……」
「いやいや、俺も一緒に行けて楽しかったよ」
「それだけじゃないわ。途中から私を背負ってくれて……」
「はは、いやぁ、いい思い出になったよ」
「忘れて頂戴」
「へっ?」
「忘れないと、あなたに呪いが降りかかるわ。息が吸えなくなって苦しみのた打ち回りながら死ぬ呪い」
「――わ、わかった。忘れるようにする」
「もちろん、口外無用よ」
「わかってる」
「それから……」
黒猫は一瞬言い淀んで下を向いたが、そのまま赤い顔をして上目遣いで続けた。
「始めは…… とても怖かったの。怖くて足がすくんでしまって、周りもよく見ていなかったわ。
でも、あなたに背負われたら…… 怖いのは怖かったのだけれど、でも、とても安心できて……
もう少しこのまま……って思ってしまったわ」
「黒猫……」
そう言って俺は黒猫の手をとろうとしたら
「ひゃぁっ」って顔を真っ赤にしながら手を引っ込めてしまった。
「と、突然何をするの? ……まったく破廉恥な雄ね」
あれ? お化け屋敷の中では背負われたり、俺の腕にすがりついてきたりしていたのに?
う~ん、やっぱり奥手なのは治っていないのか。
こうして黒猫との『お化け屋敷デート』は終わったのだが、ちょっとした後日談があってな。
数日後、五更家に俺と桐乃、それに沙織が集まった。
沙織は初めての五更家だったのだが、ちょっと用事があって遅れることになり、
先に着いた俺と桐乃を家に残して、黒猫が駅まで沙織を迎えに行っている。
というわけで、今、五更家のリビングには、俺たち兄妹と黒猫の妹たちの四人だ。
相変わらず桐乃は狂ったように「珠希ちゃん、かわゆいよ~」なんて抱きしめている。
「ねぇ、高坂くん。この前はちゃんとルリ姉の『ナイト』になれたみたいだね」
にへらっと笑いながら、日向ちゃんが話しかけてきた。
「な、なんのことかな?」
「だめだめ、もうネタは上がってんだから。誤魔化しても無駄だよ」
それを聞いていた桐乃が「なんの話?」と会話に加わってきた。
「あれが宅配便で届いたときには、ちょっとびっくりしたよ。にゅふふふ……」
「あぁ、姉さまの宝物のことですね」
桐乃から開放された珠希ちゃんが、そう言ってとてとてとリビングから出て行った。
「ねぇねぇ、なんのコト? お姉ちゃんにも教えてよ」
「桐乃お姉ちゃんは知ってる? 高坂くんとルリ姉がお化け屋敷に行ったこと」
「あぁ、この前電話で話してたやつかな?
『まったく子供だましね。大したこと無かったわ』なんて言ってたけど」
おい、黒猫、全然事実とは違っていないか? なんて心の中で突っ込んでいたら、
珠希ちゃんが大事そうに写真たてを抱えてリビングに戻ってきた。
「はい、姉さまの宝物。毎朝起きたときと、夜寝る前に、姉さまはこれに向かってお話してるんだよ」
って言いながら見せてくれたのは…… なんと黒猫を背負った俺の写真じゃねーか。
いつ? いったいどこで? と、俺が冷や汗を掻きながら言葉を失っていると、
「これはどういうコト? セツメイしてもらえる?」
「ちょ、ちょっと待て桐乃。これには深いわけがあってだな……」
「どういうワケ? 首に抱きつかれちゃって、なんだか今にも……キ、キスしそうな写真を前に?」
「ちょ、それ誤解だって。そんなことしてねぇーよ」
俺が必死になって言い訳をしていると、
「お待たせしたでござる…… って、またでござるか?」
「何をしているの? 入り口のところで止まっていては中に入れな……」
黒猫は珠希ちゃんが見せている写真を見て固まっていた。
――その後は、みんなの想像通りの展開さ。
俺は正座で桐乃にセツメイさせられるし、黒猫姉妹には魔王の呪いが降りかかるし、
それを見ていた沙織は腹を抱えて転げまわっているし。
え? 写真? あぁ、あれはどうやらお化け屋敷のおまけみたいなものらしい。
そう、あの『キーワード』の部屋。
あそこでフラッシュが光ったときに撮影されていて、後から送られてきたんだとさ。
今になってよく見りゃ、パンフレットにもそんな事が書かれていた。
しかし、後々までとんでもない『お化け屋敷』だったよ。