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◆h5i0cgwQHI

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匿名ユーザー

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『私の真名は』


それは、中一の夏休みのことだった。
私は、祖父母の家に向かいながら、思考を巡らせていた。


「ペンネーム、どうしようかしら」


私は小説を書くことを趣味としている。
ちなみに今のところ、私の高尚な趣味に理解を示す友人はいない。
ふん。 まぁ人間風情と馴れ合おうなんて愚の骨頂だわ。


私はこの頭の中に、世界を創造する。
その世界を紙に書き起こすだけで、胸が高鳴り、興奮して。
そして、何もかも忘れていられた。
現実世界の何もかもを。


今までは、そうして自分で書いて、それを自分で読んで満足していたのだが。
しかしだんだんと、それだけでは満足できなくなってきてしまったのだ。


文学賞に、応募してみよう。


私がやらねばならないことと言えば、家事と妹達の世話くらいなもの。
創作活動にあてる時間はたっぷりある。


作品は、もうほとんど出来上がっている。
あとは――――


「ペンネーム、ね」


ずっと考えているのだけど、ピンとくるものはすぐには見つからないわ。
私にぴたりと合う名前――"真名"が、どこかにある気がするのだけど。
ここ一週間ほど、『それ』をずっと探しているのだ。


と、考え事をしながら歩いていると、道端のダンボールが目に入った。
昨日もこの道を通ったけれど、こんなものはなかったはず。

ちょっと気になって、中をのぞいてみた。


「猫……?」


ダンボールの中にいたのは、生まれて間もないだろう小さい黒猫だった。
夏の暑い中で、こんなところに放置されたら一日経たずに死んでしまうだろう。

私はひざを曲げ、子猫に人差し指を差し出した。
小さな舌が、私の指先をペロペロと舐める。


「この世界は、生きづらいわね」


邪気の欠片も感じないこの生き物が、このまま死に逝くような、冷たくてくだらない世界。
呪いも、奇跡も、魔力さえなく。
力の弱いものは淘汰され、邪険にされ、やがて消え行くしかない。


「あなたも、このまま死んでしまった方が楽かもしれないわよ」


私は子猫の頭を撫でると、ゆっくり立ち上がった。



◇ ◇ ◇



ずいぶんと古い和風の家屋。
祖父母の住んでいる家はボロボロなのだが、
風情があって私は嫌いではない。

玄関を開けると、祖母が出迎えてくれた。


「いらっしゃい、日向……じゃなくて珠希……じゃなくて……なんだっけ?」
「ふふ。 おじゃまします、おばあちゃん」
「あぁはいはい、ゆっくりしていってね」


少しボケている祖母。
けれど、私は祖母が大好きで。
料理や裁縫や、家事はほとんど祖母から教えてもらった。
おかげで料理のレパートリーは和食中心だけれど。

とても優しい人で、面倒見がよく、一緒にいると心が落ち着く。
いつかこんな風になりたいと、密かに思っている。


「あら、どうしたのその猫?」
「えっと……さっきそこで拾ったのよ」


黒猫は、私の腕の中でミーミー鳴いている。
祖母がふと、優しい表情になった。
それは、いつもの表情と似ているようで少し違う。
何か昔を懐かしむような、そんな顔だった。


「おばあちゃんも昔同じように、かわいらしい子猫を拾ってね」
「そう……」
「親にはずいぶん反対されたけど、頼み込んで――」
「飼えたの?」
「うん。 どうしても飼いたくて、泣きながら頼んだからねぇ」
「どうして?」
「ん? なにが?」
「どうして、そんなに飼いたかったの?」
「そうだねぇ……ふふ。 ずいぶん昔のことだから、忘れちゃったねぇ」


実を言うと、私の両親も、動物が苦手な人たちだ。
でも、おばあちゃんのように頼み込めば、飼わせてもらえるかしら。

と、家の奥から祖父が現れた。


「おう、来たな」
「こんにちは、おじいちゃん」
「お前はおばあちゃんの若い頃にそっくりだな」
「そ、そうかしら」


祖父は、いつも私を祖母に似ていると言う。
だとしたら、私も将来はおばあちゃんのようになれるのかもしれない。
もしなれたら――――嬉しい。


「おぉ、猫拾ってきたのか。 今、ミルク持ってくるからな」
「うん」


祖父もまた、優しい人で。
まぁ、ちょっとヘタレなところはあるのだけど。
もし結婚するのなら、こんな雰囲気の人が良いなと思う。
でも、おじいちゃんみたいな人は、なかなかいない。


ちなみに、祖父と祖母はものすごく仲がいい。
いつもお互いを気遣い合っていて。

いまだに一緒にお風呂に入っているみたいだし、
夏の花火大会は毎年二人で手を繋いで出かけるらしいし、
二人で旅行に行った話は何度も聞いた。

私にも、祖父のような人と出会える日が来るのだろうか。
友達の一人も作れないような、こんな私に。



◇ ◇ ◇



私の小説を読んだ祖母の感想は、それはもう大絶賛だった。


「こりゃあすごい。 設定もすごく練られてるし、世界観がいいねぇ」
「ふふ。 ありがとう、おばあちゃん」


私の胸は幸せでいっぱいになる。
祖母は、私と趣味が合うらしい。
そういえば先日も、


『おばあちゃん、こんなに熱いお風呂に入って大丈夫なの?』
『おばあちゃんは薄い妖気の膜で体を護ってるから、平気なんだよ』
『そ、その設定もらってもいいかしら?』


という会話をしたばかりである。
私も頑張って、祖母のような審美眼を養っていきたい。


「私も若い頃は、よく書いたものだよ」
「え?」
「小説。 文学賞にも投稿してたもんだ」
「そっか……で、結果はどうだったの?」
「……わ、わわわ忘れちゃったわねぇ」


おばあちゃん……。
ま、まぁきっと時代がおばあちゃんに付いてこなかったのね。
きっとそうだと信じているわ。


「そういえば、ペンネームが空欄になっているねぇ」
「うん。 どうしようか、考え中なのだけど」



ガラガラガラ



扉が開き、祖父が入ってくる。
お茶とお菓子をテーブルに置きながら、私の原稿を覗き込んだ。


「ほう、小説を書いているのかね」
「う、うん」
「友達に見せたりはするのか?」
「えっと……」


祖父は何気なく聞いただけだ。
でもそれは、私にとっては痛い質問だった。


「いないから……」
「ん?」
「こういうの見せられる友達、いないから」
「そうか……」


少し落ち込む私。
そんな私を見つめながら、祖父は続けた。


「おばあちゃんと、同じだね」
「え?」


おばあちゃんの方をさっと見る。
ニコニコした顔が、私を見つめ返している。


「そうねぇ。 おじいちゃんの妹に見せるまで、ずっと一人で書いていたからねぇ」
「桐乃おばあちゃんに?」


桐乃おばあちゃんは、京介おじいちゃんの妹だ。
元々おばあちゃんは、桐乃おばあちゃんと京介おじいちゃんの共通の友達だったらしい。
今でも、この家に遊びに来るとたまに鉢合わせることがあるのだけれど。


「オフ会でおじいちゃん達に会うまで、友達全然いなかったんだから」
「えぇー!?」


信じられない。
こんなに優しくて人当たりのいいおばあちゃんが、友達いなかったなんて。


「もういないけど、沙織っていう友達がいてね。
 その子と京介と桐乃が、おばあちゃんの初めての友達だったの」
「そ、そうなんだ」
「だから、あなたにもいつか、大切な友達がきっとできるわ」


私は、瑠璃おばあちゃんのその言葉に少しだけ元気をもらった。



◇ ◇ ◇



もうちょっと遅くまでいようと思ったけど、今日はデートの日らしい。
なんでも高校生の頃、初めて付き合い始めたのが今日だったということで。

これから初デートの時の服装を引っ張り出してきて、散歩に行くそうだ。
やっぱりおばあちゃんは、おしゃれな服で初デートに臨んだのかしら。


いつまでも仲のいい二人は、やっぱりすごくうらやましい。
ずっとずっと、仲良く元気でいてほしいと思う。



帰り際、私は子猫を抱きかかえながら、ふと思いついた。
今抱きかかえている子猫の名前と。
それから、私の真名。
どちらもきっと、おばあちゃんなら気に入ってくれるだろう。


「夜」
「?」
「猫の名前。 "夜"にしようと思う」
「おやおや」


おばあちゃんは少し驚いたように、ニコニコ笑っている。
あれ? 気に入ってくれると思ったのだけど。
おかしかったかしら。


「ところで、ペンネームの方は決まったのかい?」
「うん、決まったよ」
「そう。 じゃあおばあちゃんに、こっそり教えて頂戴」
「えっとね……」


胸に抱いたこの小さい生き物を見つめながら、おばあちゃんに耳打ちする。


私の真名は――――



おわり

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