ある初冬の日の学校帰り。
私は、“新世界の構築”のため、高坂邸を訪れた。有体に言えば、新作ゲームの製作だ。
この場所での先輩と二人でする創作活動は、最早私の習慣になりつつある。ライフワークと言ってもいい。
機材が揃っている部室も決して悪くは無いのだけれど、逆にそれらを必要としない作業の場合、やはりこの場所が一番落ち着く。
……別に、二人きりになりたいとか……そういう邪念は無いのよ、勘違いしないで頂戴。
「遠慮しないで上がれよ。何時もの如く誰もいないから」
「……そう。……お邪魔します」
この時間帯の高坂邸は、誰も居ないことが多い。“あの女”も、部活やら仕事やらで、帰りは遅いことが多いようだ。
“二人きり”……、先程の言葉が頭を過ぎるけれど、別段意識したりはしないわ。大体、もう慣れたもの――
ごんっ! 「にゃっ!?」
――二階に上がろうとした矢先、半開きになっていたリビングのドアに頭をぶつけた。い、痛いじゃないのよ……っ。
「だ、大丈夫か? ――お前、いつまでたっても人の家に上がるときは緊張するのな」
先輩が心配げな声をかけつつ、苦笑する。……い、今のは、ドアを開けっ放しにしておいたこの家の住人が悪いと思うわ。
ちょっと涙目になってしまったじゃない。
「……大丈夫よ、問題ないわ」
さながら天界の騎士のように颯爽と切り返す私。……ぶつけた所、赤くなったりしていないかしら。後でこっそり手鏡で見ておこう……。
とん、とん、と、先輩の後ろに付いて階段を上っていく。上りきってすぐの所にある先輩の部屋、先輩はそのドアを開いて招き入れてくれた。
「……ありがとう」
あくまでもクールに、私はその招きに応じる。……実際のところ、この辺りが毎回、緊張の極限だったりするのだけれど。
部屋に染み付いた先輩の“匂い”であったり、小さな空間に置かれた“ベッド”であったり……どうしても“意識”してしまう。
ここは先輩の“領域”……、例え何かが起こったとしても、現世の非力な私に抗う術は無い。
……ふん、そんなもの、当に覚悟の上よ。見縊らないで頂戴。
もう何度目かになる覚悟を秘めて足を踏み入れた私の後ろで、そっとドアが閉ざされる――
カチ カチ ……
作業に入り、先輩は自分の勉強机で、私はもう定位置になっている先輩のベッドの上にうつ伏せの格好で、ノートPCを操作する。
この状態になると、さっきまでの緊張の波がすぅっと引いていくのが分かる。リラックス効果というものは偉大だわ。
「ふぁ~あ……」
そんな中、先輩が大きなあくびを漏らす。
先輩に任せているデバッグ作業は単純な繰返し作業のようなものだから、睡魔が襲ってくるのも無理は無い、けれど……。
「……先輩、大丈夫?」
「ん……ああ、すまんすまん。ちゃんとやってるぜ」
……そういうことを言いたかったわけでは無いのだけれど。相変わらず、自分に対する気持ちには鈍感なのね。
「……そう」
呟くように一言だけ返し、私は再びノートPCに視線を戻す。
でも、思考の方はまだ、先輩を離れていなかった。
――やっぱり、疲れているのではないかしら。
実際、先輩は受験生だ。夜遅くまで勉強したりもするだろう。(エロゲーしてるわけじゃないからね!:京介談)
今日だって、勉強の邪魔になるから、と最初は断ったのだが……結局先輩に押し切られてしまった。
そんな先輩の責任感……というか、お節介焼きなところが、悩ましくもあり、……愛おしくもあるのだけれど。
兎も角……どうしたものかしらね。
今日は早めに作業を切り上げて、それとなく休憩を促すのがいいかしら。
――そうね。それじゃ、手早く終わらせてしまいましょう。
「先輩、ちょっとこっちへ来て、ここの分岐の選択肢を見てもらえないかしら」
「ふぁ……あいよ」
椅子から立ち上がった先輩が、うつ伏せになっている私と並ぶ形でベッドに横になる。
――最初にこの位置を強要したときは随分焦っていたようだけれど、今の先輩は随分自然体に見える。
“慣れ”というものなんでしょうけれど……、実のところ、私自身は何度目になっても、その度に鼓動が早まる。
ふと肩が触れ合ったりしたら、一気に顔が熱を帯びてしまう。表情は平静を装えても、身体反応までは制御出来ない。
二人で一つの寝具に横になる――、この、言葉にすればこの上なく危ういシチュエーション。
これを“意識”しないで済む方法があるなら、是非ともご教示願いたいものだわ。
全く意識していない――ように見える――先輩が、少し忌々しいくらい。
――あぁもう、どうして私ばっかりこんななのよ。不公平じゃない。
恨みがましい目をして隣を見る。でも、その視線の先に先輩の横顔を捉えることは出来なかった。
「……先輩?」
気付くと、先輩はうつ伏せの体勢のままベッドに突っ伏してしまっていた。
顔を毛布の中に埋め、動く気配は全く無い。
えっ……まさか、日頃の過労が祟って……っ?
「………ぐぅ~……Zzz……」
……まぁ、こっちよね。急に倒れているから吃驚するじゃない。
それとも、私の方がそんなに長く考え事をしていたのかしら――
「先輩……起きて、うたた寝なんかしたら風邪をひいてしまうわ」
肩を揺すってみる。しかし、先輩は軽く唸って寝返りを打つだけで、簡単には“眠り《ヒュプノス》”の呪縛は解けそうに無い。
……これは、完全に熟睡しているわね。
そうなると、このまま寝かせておいた方がいいかも知れない。やっぱり疲れが溜まっているのだろう。
とりあえず、寒くないように毛布を掛けてあげようと思ったけれど、“それ”は現在、先輩の下敷きになってしまっている。
強引に引き抜いたら、その反動で先輩がベッドから転げ落ちる展開が目に見えるわね。さすがの私もそこまで鬼じゃないわよ。
他に何か、手頃な物は無いかしら……、私は上半身を起こし、ふと、部屋の周りを見渡すと。
――閉鎖された狭い空間、ここに居るのは二人だけ、聞こえてくるのはPCの稼動音と、先輩の静かな寝息――
状況を再確認してしまい、また、さっきの緊張が甦ってしまった。
上半身を起こしたことで、心の安寧“リラックス効果”が途切れ、途端、私の思考回路は迷路と化す。
どうしよう、こういう場合はどうしたら……っ。ええと、何か暖かくなるもの……っ?
――――そうだ、要は体を冷やさないようにすればいいのよ。何も掛け布団に拘る必要は無いわ。
以前、似たようなシチュエーションの対処法を“知識の湧泉”で閲覧した記憶がある。なんという僥倖。
それならば……と、先輩の寝顔を見つめる。今は体勢を横にして、ちょうど私のほうを向いている状況だ。
子供のように無邪気な寝顔、その前髪をそっと掻き分ける。私の、妹たちを寝かし付けるときの癖のようなものだ。
次いで、つんつん、と、少し頬っぺたを突っついてみる。……少し眉が動いただけで、やっぱり起きる気配は無い。
……これなら大丈夫よね。意を決して、私は再び先輩と並ぶ格好で、ぱたん、と体を横倒しにする。そして、
――ぎゅっ。
眠っている先輩の体躯を、正面から抱きしめた。
……な、何を勘違いしているのよ。これは、先輩が体を冷やして風邪を引いてしまっては大変だから。
冬山で遭難した時は、こうしてお互いの体温で暖を取るのよ、知らないの?
正確には、肌と肌で……らしいけれど、ここは冬山ほど寒くはないからこれで大丈夫。……そういうことにしておいて頂戴。
――お互いの制服越しとはいえ、その体温はしっかりと伝わってくる。
顔を上げると、すぐ目の前に先輩の寝顔。恥かしくなって、すぐ顔を先輩の胸に埋めた。
とても心地いい暖かさ、……そして、先輩の規則正しい鼓動が聞こえて、それが何とも言えず安心する。
「うぅ~……ん……」
急に聞こえた先輩の声で、心臓が飛び出るかと思った。でも、目を覚ましたわけでは無いようだ。
もぞもぞと、体の位置を変えただけ。
そして、その拍子に、先輩の腕が私のちょうど腰のあたりを抱きかかえた。
「あ……っ、ちょっ……先輩……」
思わず声を出してしまった……けれど、起こしてしまっては元の木阿弥。
幸い、熟睡モードの先輩には遠く届かなかったようだ。その寝息は相変わらず安らかなもの。
――――全く、とんだ甘えん坊さんね。私は、あなたの抱き枕では無いのよ?
……自分から抱きついておいて何だけれど。
でも……、今日のところは、特別に許してあげるわ。
いつも頑張っている、そして、私を気遣ってくれる、そのご褒美。
胎児に戻ったようなその温もりの中で、きっと幸せな夢を見ているのね。
今眠ったら、私も先輩のその幸せな夢に入れたりするのかしら。
……ふふっ、……それはとても素敵な誘惑ね……。
「……おやすみなさい、先輩……」
おまけのエピローグ
――ガチャッ!
「ただいま~! ……あれ、コレ『黒いの』の靴? ……あのバカ、また人の留守中に……ッ」
ゲーム作りだか何だか知んないケド、実際二人っきりで何やってんだか分かったもんじゃない。
今日こそは動かぬ証拠を掴んでやるんだからッ!
二階の二人に気付かれない様、あたしは足音を立てないように階段を上っていく――。
☆
「……うぅ~……ん? ……やべ、寝ちまって……たッ!?」
――――うん、眠かったのは覚えてる。
黒猫に呼ばれて、ベッドに移動したまでは覚えてるんだ。
それから後の記憶が全く無いぜ。どうだ、文句あっか!
「な、……何もしていないよな、俺……?」
慎重に、腕の中で静かに寝息をたてる黒猫を見つつ、自問する。
俺の胸元をぎゅっと掴み、小猫のように丸くなって眠るその姿。
うん、可愛いな……じゃなくてっ!
幸いというか、双方共に衣服の乱れは無かった。
よし、それはいいとして。……もうひとつ気になることがある。
背中に感じる“もうひとつの温もり”――。
恐る恐る、それを肩越しに確認する。
「………すぅ……、……駄目だってぇりんこりん……、……すぅ」
この変態な寝言、どう見てもウチの妹ですありがとうございました。
そうか~、俺のベッドって密着すれば3人寝られるくらいは広かったんだな。初めて知ったぜ。
――――てか何、この状況!?
「……何が何だか分からない……」
正面と背後から完全に動きを封じられ、気付かれずに抜け出す術は無い。
この二人が目を覚ました時の自分の命運について、ただ祈るしかなかった――
-END-
私は、“新世界の構築”のため、高坂邸を訪れた。有体に言えば、新作ゲームの製作だ。
この場所での先輩と二人でする創作活動は、最早私の習慣になりつつある。ライフワークと言ってもいい。
機材が揃っている部室も決して悪くは無いのだけれど、逆にそれらを必要としない作業の場合、やはりこの場所が一番落ち着く。
……別に、二人きりになりたいとか……そういう邪念は無いのよ、勘違いしないで頂戴。
「遠慮しないで上がれよ。何時もの如く誰もいないから」
「……そう。……お邪魔します」
この時間帯の高坂邸は、誰も居ないことが多い。“あの女”も、部活やら仕事やらで、帰りは遅いことが多いようだ。
“二人きり”……、先程の言葉が頭を過ぎるけれど、別段意識したりはしないわ。大体、もう慣れたもの――
ごんっ! 「にゃっ!?」
――二階に上がろうとした矢先、半開きになっていたリビングのドアに頭をぶつけた。い、痛いじゃないのよ……っ。
「だ、大丈夫か? ――お前、いつまでたっても人の家に上がるときは緊張するのな」
先輩が心配げな声をかけつつ、苦笑する。……い、今のは、ドアを開けっ放しにしておいたこの家の住人が悪いと思うわ。
ちょっと涙目になってしまったじゃない。
「……大丈夫よ、問題ないわ」
さながら天界の騎士のように颯爽と切り返す私。……ぶつけた所、赤くなったりしていないかしら。後でこっそり手鏡で見ておこう……。
とん、とん、と、先輩の後ろに付いて階段を上っていく。上りきってすぐの所にある先輩の部屋、先輩はそのドアを開いて招き入れてくれた。
「……ありがとう」
あくまでもクールに、私はその招きに応じる。……実際のところ、この辺りが毎回、緊張の極限だったりするのだけれど。
部屋に染み付いた先輩の“匂い”であったり、小さな空間に置かれた“ベッド”であったり……どうしても“意識”してしまう。
ここは先輩の“領域”……、例え何かが起こったとしても、現世の非力な私に抗う術は無い。
……ふん、そんなもの、当に覚悟の上よ。見縊らないで頂戴。
もう何度目かになる覚悟を秘めて足を踏み入れた私の後ろで、そっとドアが閉ざされる――
カチ カチ ……
作業に入り、先輩は自分の勉強机で、私はもう定位置になっている先輩のベッドの上にうつ伏せの格好で、ノートPCを操作する。
この状態になると、さっきまでの緊張の波がすぅっと引いていくのが分かる。リラックス効果というものは偉大だわ。
「ふぁ~あ……」
そんな中、先輩が大きなあくびを漏らす。
先輩に任せているデバッグ作業は単純な繰返し作業のようなものだから、睡魔が襲ってくるのも無理は無い、けれど……。
「……先輩、大丈夫?」
「ん……ああ、すまんすまん。ちゃんとやってるぜ」
……そういうことを言いたかったわけでは無いのだけれど。相変わらず、自分に対する気持ちには鈍感なのね。
「……そう」
呟くように一言だけ返し、私は再びノートPCに視線を戻す。
でも、思考の方はまだ、先輩を離れていなかった。
――やっぱり、疲れているのではないかしら。
実際、先輩は受験生だ。夜遅くまで勉強したりもするだろう。(エロゲーしてるわけじゃないからね!:京介談)
今日だって、勉強の邪魔になるから、と最初は断ったのだが……結局先輩に押し切られてしまった。
そんな先輩の責任感……というか、お節介焼きなところが、悩ましくもあり、……愛おしくもあるのだけれど。
兎も角……どうしたものかしらね。
今日は早めに作業を切り上げて、それとなく休憩を促すのがいいかしら。
――そうね。それじゃ、手早く終わらせてしまいましょう。
「先輩、ちょっとこっちへ来て、ここの分岐の選択肢を見てもらえないかしら」
「ふぁ……あいよ」
椅子から立ち上がった先輩が、うつ伏せになっている私と並ぶ形でベッドに横になる。
――最初にこの位置を強要したときは随分焦っていたようだけれど、今の先輩は随分自然体に見える。
“慣れ”というものなんでしょうけれど……、実のところ、私自身は何度目になっても、その度に鼓動が早まる。
ふと肩が触れ合ったりしたら、一気に顔が熱を帯びてしまう。表情は平静を装えても、身体反応までは制御出来ない。
二人で一つの寝具に横になる――、この、言葉にすればこの上なく危ういシチュエーション。
これを“意識”しないで済む方法があるなら、是非ともご教示願いたいものだわ。
全く意識していない――ように見える――先輩が、少し忌々しいくらい。
――あぁもう、どうして私ばっかりこんななのよ。不公平じゃない。
恨みがましい目をして隣を見る。でも、その視線の先に先輩の横顔を捉えることは出来なかった。
「……先輩?」
気付くと、先輩はうつ伏せの体勢のままベッドに突っ伏してしまっていた。
顔を毛布の中に埋め、動く気配は全く無い。
えっ……まさか、日頃の過労が祟って……っ?
「………ぐぅ~……Zzz……」
……まぁ、こっちよね。急に倒れているから吃驚するじゃない。
それとも、私の方がそんなに長く考え事をしていたのかしら――
「先輩……起きて、うたた寝なんかしたら風邪をひいてしまうわ」
肩を揺すってみる。しかし、先輩は軽く唸って寝返りを打つだけで、簡単には“眠り《ヒュプノス》”の呪縛は解けそうに無い。
……これは、完全に熟睡しているわね。
そうなると、このまま寝かせておいた方がいいかも知れない。やっぱり疲れが溜まっているのだろう。
とりあえず、寒くないように毛布を掛けてあげようと思ったけれど、“それ”は現在、先輩の下敷きになってしまっている。
強引に引き抜いたら、その反動で先輩がベッドから転げ落ちる展開が目に見えるわね。さすがの私もそこまで鬼じゃないわよ。
他に何か、手頃な物は無いかしら……、私は上半身を起こし、ふと、部屋の周りを見渡すと。
――閉鎖された狭い空間、ここに居るのは二人だけ、聞こえてくるのはPCの稼動音と、先輩の静かな寝息――
状況を再確認してしまい、また、さっきの緊張が甦ってしまった。
上半身を起こしたことで、心の安寧“リラックス効果”が途切れ、途端、私の思考回路は迷路と化す。
どうしよう、こういう場合はどうしたら……っ。ええと、何か暖かくなるもの……っ?
――――そうだ、要は体を冷やさないようにすればいいのよ。何も掛け布団に拘る必要は無いわ。
以前、似たようなシチュエーションの対処法を“知識の湧泉”で閲覧した記憶がある。なんという僥倖。
それならば……と、先輩の寝顔を見つめる。今は体勢を横にして、ちょうど私のほうを向いている状況だ。
子供のように無邪気な寝顔、その前髪をそっと掻き分ける。私の、妹たちを寝かし付けるときの癖のようなものだ。
次いで、つんつん、と、少し頬っぺたを突っついてみる。……少し眉が動いただけで、やっぱり起きる気配は無い。
……これなら大丈夫よね。意を決して、私は再び先輩と並ぶ格好で、ぱたん、と体を横倒しにする。そして、
――ぎゅっ。
眠っている先輩の体躯を、正面から抱きしめた。
……な、何を勘違いしているのよ。これは、先輩が体を冷やして風邪を引いてしまっては大変だから。
冬山で遭難した時は、こうしてお互いの体温で暖を取るのよ、知らないの?
正確には、肌と肌で……らしいけれど、ここは冬山ほど寒くはないからこれで大丈夫。……そういうことにしておいて頂戴。
――お互いの制服越しとはいえ、その体温はしっかりと伝わってくる。
顔を上げると、すぐ目の前に先輩の寝顔。恥かしくなって、すぐ顔を先輩の胸に埋めた。
とても心地いい暖かさ、……そして、先輩の規則正しい鼓動が聞こえて、それが何とも言えず安心する。
「うぅ~……ん……」
急に聞こえた先輩の声で、心臓が飛び出るかと思った。でも、目を覚ましたわけでは無いようだ。
もぞもぞと、体の位置を変えただけ。
そして、その拍子に、先輩の腕が私のちょうど腰のあたりを抱きかかえた。
「あ……っ、ちょっ……先輩……」
思わず声を出してしまった……けれど、起こしてしまっては元の木阿弥。
幸い、熟睡モードの先輩には遠く届かなかったようだ。その寝息は相変わらず安らかなもの。
――――全く、とんだ甘えん坊さんね。私は、あなたの抱き枕では無いのよ?
……自分から抱きついておいて何だけれど。
でも……、今日のところは、特別に許してあげるわ。
いつも頑張っている、そして、私を気遣ってくれる、そのご褒美。
胎児に戻ったようなその温もりの中で、きっと幸せな夢を見ているのね。
今眠ったら、私も先輩のその幸せな夢に入れたりするのかしら。
……ふふっ、……それはとても素敵な誘惑ね……。
「……おやすみなさい、先輩……」
おまけのエピローグ
――ガチャッ!
「ただいま~! ……あれ、コレ『黒いの』の靴? ……あのバカ、また人の留守中に……ッ」
ゲーム作りだか何だか知んないケド、実際二人っきりで何やってんだか分かったもんじゃない。
今日こそは動かぬ証拠を掴んでやるんだからッ!
二階の二人に気付かれない様、あたしは足音を立てないように階段を上っていく――。
☆
「……うぅ~……ん? ……やべ、寝ちまって……たッ!?」
――――うん、眠かったのは覚えてる。
黒猫に呼ばれて、ベッドに移動したまでは覚えてるんだ。
それから後の記憶が全く無いぜ。どうだ、文句あっか!
「な、……何もしていないよな、俺……?」
慎重に、腕の中で静かに寝息をたてる黒猫を見つつ、自問する。
俺の胸元をぎゅっと掴み、小猫のように丸くなって眠るその姿。
うん、可愛いな……じゃなくてっ!
幸いというか、双方共に衣服の乱れは無かった。
よし、それはいいとして。……もうひとつ気になることがある。
背中に感じる“もうひとつの温もり”――。
恐る恐る、それを肩越しに確認する。
「………すぅ……、……駄目だってぇりんこりん……、……すぅ」
この変態な寝言、どう見てもウチの妹ですありがとうございました。
そうか~、俺のベッドって密着すれば3人寝られるくらいは広かったんだな。初めて知ったぜ。
――――てか何、この状況!?
「……何が何だか分からない……」
正面と背後から完全に動きを封じられ、気付かれずに抜け出す術は無い。
この二人が目を覚ました時の自分の命運について、ただ祈るしかなかった――
-END-