日向 「高坂く~ん、ここ分かんない~」
京介 「……お前さっきからそればっかりじゃねえか。自分の宿題なんだから、少しは自分で考えろって」
日向 「考えても分からないから聞いてるんだよぅ。……あーもー! 算数なんて出来なくても生きるのには困んないよ~!」
京介 「いや、さすがに困るだろ。一般常識的に考えて」
日向 「むぐっ……、だ、大丈夫! そのうちルリ姉のフのソーネンがぼーそーして世界を滅亡に導くから!」
京介 「お前、都合のいいときだけ姉ちゃんの異能力を利用すんなよ……」
日向 「――ぶぅ~、高坂くん冷たいよぅ。カワイイ妹がこんなにお願いしてるのに」
京介 「自分でカワイイとか言うか。ってか、いつからお前は俺の妹になったんだ」
日向 「にゅふ、将来高坂くんがルリ姉とケッコンすれば、あたし“お兄ちゃんの妹”になるんだよね?」
京介 「っけ!?」
日向 「ふふ~ん、だからお兄ちゃんは、未来の妹のお願いを聞いてあげる義務があると思うんだっ」
京介 「……これ以上厄介な妹が増えるのは勘弁して欲しいところだが……」
日向 「ん? 何か言った?」
京介 「いや何でも。――っていうか、一つ思うことがあるんだが」
日向 「どうしたの、急に改まって」
京介 「……俺は、彼女の家に彼女を迎えに来たはずなのに、どうしてその妹の夏休みの宿題を見てあげているんだ?」
日向 「……ルリ姉のお着替えが長いのはいつものことだけど……約束の一時間前に来る高坂くんもどうかと思うよ?」
京介 「い、いやあ、何か気が早っちまって…………その、すんません」
日向 「まあルリ姉も悪い気はしてないみたいだからいいけどさ。――ってことで、時間は有効に使わないとっ、ね!」
京介 「なんかお前の都合よく使われてる気がしないでもないが……ったく、仕方ねえな。どこが分からないって?」
日向 「えっとね……ここっ」
ぴとっ
京介 「あ、あんまりくっつくなよ」
日向 「んー? あれェ~、もしかして照れてるぅ?」
京介 「なっ、んなわけあるかっ、こんな地味なガキんちょに。単に暑苦しいだけだっての」
日向 「あー! また地味って言ったな! ヒドイよ高坂くん、純情な乙女心を傷付けてーっ!」
京介 「……結構気にしてるんだな」
日向 「だからっ、あたしが地味に見えるのはこの髪型とお下がりの服のせいなんだってばっ!」
京介 「そういえば、お前って髪の毛解くと黒猫ソックリだよな。やっぱ姉妹だよなぁ」
日向 「くろねこ? ……お兄ちゃん、まだルリ姉のことそう呼んでるの?」
京介 「ん……まぁ、何ていうか、そっちに慣れちまってるからなぁ」
日向 「ダメだよっ、もうルリ姉とお兄ちゃんはハンリョなんだから、ちゃんと名前で呼ばないと!」
京介 「は、伴侶ってお前、意味分かってなくて言ってるだろ!?」
日向 「慣れてる、とか言ってさァ~、結局のところ恥ずかしいだけなんでしょ? 前に言ってたじゃん」
京介 「うぐっ……」
日向 「まったく、お兄ちゃんはヘタレだなぁ」
京介 「……よく言われるよ。主にお前の姉ちゃんに」
日向 「仕方ない。それじゃあたしが練習台になってあげようっ!」
京介 「……は? 練習台?」
日向 「とりあえず、あたしのこと名前で呼んでみてっ」
京介 「日向ちゃん?」
日向 「“ちゃん”はナシ! 名前でっ!」
京介 「日向」
日向 「…………」
京介 「…………」
日向 「な、なんでフツーに呼べちゃうの!?」
京介 「いや呼べるだろ。むしろ呼べない理由が分からん」
日向 「むぅ……。んじゃ、あたしをルリ姉だと思って『瑠璃』って呼んでみて?」
京介 「本人じゃなきゃ別にこんなの何て事は…………る、……瑠……っ」
日向 「じーっ」
京介 「……そ、そんなまじまじと見るなよ。変に照れるだろっ」
日向 「なんで照れるの?」
京介 「うぐ……、だ、大体お前は日向なんだから、瑠……とか呼ぶの、おかしいだろっ?」
日向 「ふーむ……。そうだ! にゅふ、イイコト考えたっ!」
がさごそ
日向 「……こーやって髪を下ろして……ちょっと整えれば……っと」
京介 「またロリ猫モードか」
日向 「ろりねこ?」
京介 「こ、こっちの話だ。……こほんっ、でもいくら見た目だけ黒猫に似せたって……」
日向 「ふふ~、あたしの変身がこれで終わると思っちゃダメだよ?」
京介 「ゴスロリでも着んの?」
日向 「き、着ないよっ、あんなフリフリヒラヒラの恥ずかしい服っ!」
京介 「それ、姉ちゃんが聞いたら確実に教育だな」
日向 「にゃっ!? い、今のは聞かなかったコトにっ」
京介 「へいへい。――それじゃ変身って?」
日向 「あー、あー↑、あー↓」
京介 「……歌でも歌うのか?」
日向 「低い声にロックオンしてんのっ! ……こほんっ、あー、あー↓……『……ふっ……こんな感じかしら?』」
京介 「!? ――く、 黒猫の声!?」
日向 「『フフッ、驚いたようね?』……あたし、ルリ姉の声真似が特技なんだよね~!」
京介 「す、凄えな……マジで本人にしか聞こえん。お前、将来声優とかなれるんじゃねえの?」
日向 「えへへ、そう? ……じゃなくてっ、今は練習が先っ!」
京介 「……まだやる気だったのかよ」
日向 「そのために変身したんだからねっ? これならあたしをルリ姉だと思えるハズ! それじゃいくよ~?」
京介 「見た目プラス声真似ねぇ……。それでどうにかなるとは思えんが……」
日向 「『ねぇ……京介?』」
京介 「――ッ!?!?」
日向 「『……どうしたの? ……ふふっ、顔が赤いわよ?』」
京介 (こ……これは予想外にヤバい……っ! まるで本物の黒猫が“魔女の呪い”で子供の姿になったような……!?)
日向 「『京介……私のお願い……聞いてくれる?』」
京介 「な、なんか変だぞ、お前? って、何でそんな猫みたいに四つん這いで擦り寄ってくんのっ?」
京介 (その服で前屈みになるとイケナイところが見えちゃうだろっ!? いくらぺったんこでもっ!)
日向 「『ふふっ、私のことをいつも“黒猫”って呼ぶのは……こういうのが好き、だからでしょう?』」
京介 「た、確かに嫌いじゃないが……って、そういうわけじゃなくだなっ!」
日向 「『でも、今は“黒猫”じゃなく……“瑠璃”って呼んで?』」
京介 「ぐ……う、潤んだ瞳で見つめるなっ! お、お前だって顔赤いぞっ?」
京介 (まるっきりあの『メイドパーティー』のときの黒猫の再現じゃねぇかこれ……っ。姉妹の血が成せる業か……っ?)
日向 「『……わ、私だって少しは恥ずかしいのよ……? ……でも……“瑠璃”って呼んでくれたら……』」
ぴとっ
京介 「よ、……呼んでくれたら?」
京介 (身体ごと圧し掛かってくるな!? いくら幼児体形でも女の子特有の危険な柔らかさが……っ)
日向 「『も……もっと恥ずかしいこと……してあげてもいいのよ……?』」
京介 「も、もっと……っ!?」
京介 (み、耳元に息が……っ! お、落ち着け俺っ、っていうか小学生でこれは反則だろ――!?)
がらっ
黒猫 「先輩、お待た……せ…………っ?」
どさっ
京介 「く、黒猫っ!?」
黒猫 「な、ななな……何をやっているの、あなたたちは……っ?」
日向 「うわっ、やっば~……」
京介 (目をまん丸に見開いて硬直している黒猫……この状況だけを見れば無理もないが……)
京介 (っていうかまたこのパターンかよ!!)(*1)
京介 「ちち、違うぞ、黒猫。ご、誤解するなよ? こっ、これはただ夏休みの宿題を教えていただけであって……」
黒猫 「……へ、へえ……夏休みの宿題を教えるのに、どうしてそんなに密着する必要があるというのかしらね……?」
日向 「あー、ルリ姉の声真似マスターのこのあたしから見て、今のルリ姉の声はめっちゃ怒ってるときの声だねっ」
京介 「んなことは俺でも分かるわ!!」
日向 「怖いよー助けてー京介くーんっ!」
京介 「わざとらしく縋りつくな! むしろ俺が助けて貰いたいよ!」
黒猫 「あら、随分と仲が良くなったものね……羨ましいわ……フ、フフフ……」
京介 「く、黒猫……さん?」
黒猫 「末期のシスコンともなると、人様の妹でも劣情を催すというの……。いっそ去勢してあげようかしらね? この駄犬」
日向 「えっと、今の声は本気の声だよ?」
京介 「いちいちそんな恐ろしい解説はいらないから!
んなことより、こういう声のときの姉ちゃんはどうすればいいのか教えてくれよ!」
んなことより、こういう声のときの姉ちゃんはどうすればいいのか教えてくれよ!」
日向 「うしっ、任せて! ――ルリ姉にしつもーん!」
京介 (…………やべえ…………自分で振っておいて何だが、嫌な予感しかしねえぞ……っ!?)
黒猫 「……何かしら」
日向 「体を密着させるより恥ずかしいことって、具体的には何をしてあげればいいのかな?」
京介 「ぐはっ、信じられねえ!! トドメを刺しやがった!?」
黒猫 「…………ふ、ふふ……。そう、そんなことを妹に要求したのね、この変態ロリコンは……」
京介 「し、してないって! これには訳が! 話せば長くなるワケがっ!!」
京介 (本気で呪い殺しそうな光彩の消えた目で俺を見ないで! マジで怖い!! 泣きそう!!)
黒猫 「この期に及んで言い訳? 見苦しいわね」
京介 「言い訳くらいさせてくれよ! さっきのは日向が――」
黒猫 「……日向が、何?」
京介 (…………い、言えねえ。日向相手に『お前の名前を呼ぶ練習をしていた』とか、恥ずかしくて言えるわけねえっ!)
京介 「そ、そう、日向ちゃんがちょっとふざけてじゃれてきただけなんだよ」
日向 「えー、ふざけてないよぅ。あたし真面目にお兄ちゃんのこと考えてさ~」
京介 「いいからお前は話をこれ以上ややこしくするな! 恥ずかしいことの意味も分かってなかったんだろっ?」
日向 「えっ……そ、そんなコト……あたしに言わせる気?」
京介 「さっき質問してただろ! いちいち思わせぶりな言い回しをするなっ! ってか、どこでそんな台詞を覚えてくるんだ!?」
日向 「ルリ姉の部屋の押入れにしまってある薄い本だけど」
京介 「…………」
黒猫 「…………」
日向 「…………」
京介 「…………よ、よし、こうしよう。今日のところは痛み分け、ということで……」
黒猫 「……ふ……ク、ククク……」
京介 「く、黒猫……?」
日向 「や、やっべー……。ルリ姉がキレた」
黒猫 「日向。あなた……私の部屋の“禁断の領域”には近づかないようにと言っておいたはずよね……?」
日向 「あ、あれ? そ……そういえばそうだったような……そうでもないような……てへっ☆」
黒猫 「……フ、フフ……どうやら、まだ私の教育が足りていなかったようね……。――先輩、今日の予定は変更よ」
日向 「にゃっ!? ま、まさか……っ!? たっ、たた、助けてっ、お兄ちゃんっ!」
京介 「……すまん。自業自得ということで、潔く死んでくれ」
日向 「は、はくじょーものーっ!!」
黒猫 「…………何を他人事のように言っているの? 先輩」
京介 「……はい?」
黒猫 「――あなたたち、そこに並んで正座なさい」
京介 (こうして、俺と日向ちゃんはこの日の深夜に及ぶまで、黒猫の“教育”を施されることになった)
京介 (当然、“魔王の呪い”によって俺と日向ちゃんの夕食は闇に消え去り)
京介 (“教育”が終わった時には、二人とも空腹と精神的ダメージによって一歩も動けなくなっていたのだった――)
-END-(中猫の悪戯目録・練習編)