2ch黒猫スレまとめwiki

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fuya

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 あの夏の日から、半年あまりが過ぎた。

 転校先での生活も、私自身も不安はあったけれど、今ではとりあえずは落ち着いている。
 簡単に、現在へ至る概要を説明しておこうかしらね。少し長くなるから、面倒な人は読み飛ばして頂戴。

 編入した学校は松戸市内の女子校で、特に『制服が可愛い』ことで知られているらしい。
 実際、私の新たなる“形態《フォーム》”、女子校制服姿をお披露目したときは、京介はそれはもう可愛い可愛いと褒めてくれたし。
 桐乃に至っては興奮のあまり理性のタガが外れて襲いかかってきたわよ。……軽く貞操の危機だったわ。

 そんな桐乃や、瀬菜のような所謂『親友』と呼べるような人は今のところは居ないけれど、クラスで特別孤立しているというわけでもなく。
 とりあえず、休み時間におしゃべりをしたり、昼食を一緒に取ったりする友達は出来た。
 これはまあ、私の力量によるものではなく……やたらと面倒見のいい、クラスの中心人物的な人が居て。
 その人がいろいろと世話を焼いてくれたお陰であるとは思っている。分かりやすく例えるなら、ボーイッシュな沙織、と言った感じかしら。

 部活もいくつか誘われたけれど、転校時は二学期の途中ということもあってなかなか入り辛く。
 というより、私の琴線に触れるような部活動が無かった、という理由のほうが大きいわね。
 ゲーム研究のような部活は無かったし、文芸や漫画、アニメーションといった部にも今ひとつ興味を惹かれなかった。

 それならば……というわけでもないけれど、しばらくはバイトのほうに時間を割くことにしたのよ。
 社宅に移ったお陰で家計的には幾分楽にはなっているのだけれど、これからは、『電車代も必要になってくる』だろうし。
 京介や桐乃なら、気を使って向こうから来てくれるだろうことは想像に難くないけれど、それに甘えるわけにもいかない。
 というか、桐乃がこっちに来るとなると、私の妹たちの身が危険に晒されるのが厭なのよ……。


 そんなこんなで、季節は巡り高校二年の春。
 私は、校門へ続く並木道を、ゆっくりと歩いている。

 京介は無事地元の大学に合格し、この春から晴れて大学生。
 桐乃も、また海外留学の話もあったようだけれど、ひとまずは県内の陸上の名門校に推薦で進学した。
 新たな道を歩みだした二人に、一年前の自分の姿を重ね見る。

 ――ちょうど一年前には、こうして新学期の登校途中に、前方を歩く先輩……京介が居て。
 田村先輩と仲良く並んでいるその姿が少し忌々しくて、わざと無視して追い越したりして。
 でも、京介は私に気付いてくれて、追いかけてきてくれて。
 そんな京介に、私は――

「おはようございます、先☆輩っ!」

 そう、こんな風に挨拶をするのよ。

 …………。

 ……って、ちょっと待ちなさい。☆は付いていなかったわよ、☆は。
 記憶の齟齬というより、最早キャラ崩壊のレベルね。……はぁ、新学期早々幻聴なんて……疲れているのかしら。

 ――――そう、幻聴。……幻聴よね?
 ……このいちいち癇に障るような、妙に聞き覚えのある声は……っ?

「なっ……な、なな……っ」

 振り向いた私の双眸に映った光景は、私を愕然とさせた。

 ライトブラウンの少し癖のある長い髪、八重歯を覗かせる悪戯っぽい笑み。
 女性らしい柔らかいラインの肢体に、“私と同じ制服”を纏った、その姿は――。

「き、きき…………桐乃っ!?!?」

 見紛う筈も無い。私の永遠の宿敵であり、……大切な親友――高坂桐乃。
 その彼女が、“今こうして私の目の前に立っている”。その事実を以ってしても、追及せずにはいられない。

「な、何故あなたがここにいるのよっ」
「へへ~。だって、あたしも今日からここの生徒だから」
「は、はぁ?」
「言ったじゃん。『陸上の名門に推薦で入学する』って。ココがそう。自分の学校のことなのに、知らなかったの?」

 知らなかったわよ、悪かったわね。
 そういえば、敷地内にグラウンドとは別に陸上競技場があって、随分と大仰な設備だと思ってはいたけれど……そういう理由だったのね。

 それにしても――完全にしてやられたわ。
 この女は、進学先が決まってからずっと今のこの状況を想像して、ほくそ笑んでいたに違いないのだ。

「まあ、そういうわけだから。――べ、別にあんたがここに居るから決めたワケじゃないからね? 勘違いしないでよ?」
「わ、……分かっているわよ、そんなこと。でもそれなら、決まったときに先に言いなさい。吃驚するでしょう」
「だってビックリさせようと思ってたんだもん」

 ほら、やっぱり。
 全く……相変わらず性根の厭らしい女ね。

 ……何か突っ込まれそうだから言っておくけれど、一年前の私とは状況が違うわよ?
 あの時の私は、別に驚かせようと思っていたわけではなく……本当に言う必要が無かったと思っていただけだし。

「……京介は知っていたの? このこと」
「あいつも今朝まで知らなかったよ? だってあいつに教えたらすぐバラしそうだし」

 まあ、懸命な判断ね。
 京介の考えている事なんて、この私の“神眼”をもってすれば手に取るように分かるのだから。

「にしても、見てよこの制服! チョー可愛くない!?」
「……私も着ているのだけれど」
「あんたが着るのとあたしが着るのじゃ、見栄えが違うから」

 ポーズを取ってその場でくるりと一回転する桐乃の短いスカートが、慣性でふわりと宙に舞う。ぱんつ見えるわよ?
 にしても、何とも桐乃らしい厭味な台詞だけれど、事実そうなのだから反論出来ない。
 今日初めて着た制服を完璧に着こなすその姿は、同性の私から見ても、心がときめくような可憐さと華やかさがあって。
 ふん、マル顔でも一応はモデルの端くれ……ということかしらね。

「それじゃ、用事あるから先行くね。これからよろしくっ、先輩♪」

 茶目っ気たっぷりに敬礼の真似事をして、駆け足でその場を去っていく桐乃。
 嵐が去ったような感覚に、私はしばらく呆然とその場に立ち尽くしていた……。

          ☆

 そして入学式が終わり、その日の正午過ぎ。
 今日は授業も無いため、私のような他に特にやることのない一般生徒は、ここで帰宅となるわけだけれど――。

「五更さーん。お客さん来てるよ~?」
「えっ……、……って……!?」

 帰り支度を整えていた私に、クラスメイトが声を掛けてくる。
 その声に教室の入り口のほうを見やると、記憶に新しい“茶髪の一年生”がもじもじと遠慮がちに中を覗いているのが見えた。
 ちなみに、制服のタイの色が三年生は青、二年生が赤、一年生は緑、と分けられているので学年は一目で分かる。

 ……というか何よ、あの柄にも無い初々しい態度は……。見てるこっちが恥ずかしくなってくるじゃない。

「あの子、一年生だよね? ってか超可愛いじゃん! 五更さんの知り合い?」
「え、ええ……まあ……」
「あれぇ、なんか顔赤くない? 怪しいなぁ~」
「べっ、別に何も怪しくないわよ?」
「ふーん?(にやにや) 今度紹介してね~♪」

 ……紹介と言われても、どう紹介したらいいのよ。
 最初は皆あの女の外見に騙されるけれど、世の中には知らないほうが幸せなこともあるのよ……。
 妙な含み笑いをするクラスメイトに軽く手を振り、私は廊下で待つ“知らないほうが幸せな本性を持つ女”の元へ急いだ。

「ふぅ、やっぱ上級生の教室は緊張するなァ……。おっと、こほんっ……こんにちは、五更先輩っ」
「や、止めて頂戴、鳥肌が立つわ。……学校でも、二人きりのときは別にいつも通りでいいでしょう」
「そう? んじゃ黒猫」
「何よ」
「あんた普通にクラスに馴染んでるじゃん。ちょっと意外」

 ……開口一番、失礼な女ね。喧嘩を売りに来たのかしら。

「……だから問題はないと前から言っていたじゃない。そんなことをわざわざ確認するために来たの?」
「さすがのあたしもそんなにヒマじゃないって。ちゃんと用事があって来たの」
「だから何よ。早く言いなさい」
「あんた、今日これから時間ある?」
「バイトは夕方からだから……それまでなら」
「おっけ。んじゃちょっと付き合って」

          ☆

 桐乃に連れられて校舎を出た私たちを、新入生を勧誘する部活の列が出迎える。
 こういうのは、どこの学校でも変わらないのね。

 その勧誘攻勢の中では当然、一年生のタイを付けた桐乃も次々と声を掛けられるわけだけれど、その度。

「あたし陸上推薦なんで、部活はもう決まっちゃってるんです。ゴメンナサイ」

 と、丁寧にお辞儀をして断っていた。
 傍若無人とばかり思っていたけれど、こんな殊勝な態度も出来るのね。……少し見直したわ。

 その場を通過してグラウンドのほうに出ると勧誘の声も遠くなり、一段落した桐乃が話しかけてくる。

「――あんたは、部活何もやってないんだよね?」
「ええ。放課後はバイトもあるし」
「でもバイトって言っても毎日ってわけじゃないんでしょ? 部活のひとつくらい大丈夫じゃん?」
「まあ……そうかも知れないけれど。特に興味を惹く部活が無かった、という理由もあるわ」
「そっか。んじゃ興味があれば入ってもいいってことか。ふむふむ……」

 ……何やら訝しんでいる様子だけれど、別に嘘は言っていないわよ?

 それからまたしばらく歩いて向かった先は、構内の陸上競技場。
 成る程、ここの下見に来たかったのね。

 そこには新学期早々にもかかわらず、熱心に練習する沢山の部員たち。
 その真摯な熱気に、この学校が陸上の名門と言われる所以を見た気がするわ。
 何かに打ち込んでいる人を見るのは、それが何であれ、やはり感銘を受けるものね。

 桐乃は、そんな部員の練習姿を脇で見ていた一人の先生に挨拶をする。
 あれは――体育の先生かしら。陸上部の顧問もやっていたのね。
 さばさばした性格の女性教諭で、口調は男っぽく、生徒からは大変人気がある人だ。

「高坂か。入学早々見学に来るとは、感心感心」
「あ、はい。これからよろしくお願いします!」
「期待してるぞ。……そっちの連れの子は? 入部希望か?」
「はいっ! あ、マネージャー希望でっ」

 ――完全に傍観者を気取っていた私は、その言葉の意味を理解するのに、数秒の時間を要した。

「…………はぁ!?」

 『連れの子』って、……どう見てもここに第三者は私しか居ないわよね?
 い、いえ、ちょっと待ちなさい? どうして二人の視線が私に向けられているのよ?
 というか、桐乃の口から何か突拍子も無い発言が飛び出した気がするのだけれど……っ!?

「この子、家の事情でアルバイトとかあって、毎日は来れないんですけど……大丈夫ですか?」
「別に構わんよ、マネージャーにはそういう生徒も多いしな。参加出来るときにしっかり役割を果たしてくれれば」
「それはもう大丈夫です! この子、記録とか計測とかの細かい作業は得意だし、あ、洗濯とか、裁縫とかも……」
「ちょ……ちょっ、き、桐乃……っ」

 当の本人を無視して進んでいく会話に強引に割って入り、桐乃をこちらに引っ張り寄せる。

「ナニよ?」
「何よ、じゃないわよっ。なな、何を勝手に話を進めているの……っ」
「だって、さっき『興味があれば入ってもいい』って言ってたじゃん」
「そんなことは微塵も言っていないわよっ。大体、私、陸上なんてこれっぽっちも……」
「大丈夫! 分からないことはあたしがみっちり教えたげるから!」

 じ、人語が通じていないわ……っ。
 そんな自信満々に胸を張られても、私はどういう反応をすればいいのよっ。

「だ、だからそういう事を言っているのではなく……っ」
「まあまあ。どうしても無理だったら辞めてもいいんだしさ。物は試しってコトで」
「そ……そんな急に……言われても……」
「大丈夫だって、何かあってもこのあたしが付いてるからさっ! 入部契約をして、あたしの専属マネージャーになってよ!」

 何か凄く頼もしいことを言っているつもりのようだけれど、契約詐欺にしか聞こえないのは何故かしらね。

「あたしの格好いいところ、特等席で見せたげるからっ、ね?」
「ち、ちょっと待ちなさいと言っているでしょう。……大体、何故そんなに熱心なのよ。……またあなたたち兄妹お得意のお節介かしら?」
「へ?」

 熱弁に横槍を入れたその言葉に、桐乃はきょとん、と目を丸くして私を見る。
 桐乃がここまでするような理由を、私はこれしか思いつかなかったのだ。
 それは、一年前に重なる――

「……別に一緒の部活に入って貰わなくても、今の学校生活には不自由していないということよ」
「あー……、いや、誤解させちゃってたらゴメン。なんていうか、そういうのじゃないんだよね」

 私の言葉の意味を理解したのか、桐乃はぽりぽりと頬を掻いて訂正を求めてきた。

「……じゃあどういうことよ」
「まあ、ホントのこと言うと……ちょっとだけ不安な気持ちもあってさ」
「……不安?」
「ここってさ、それこそ全国から将来有望な選手が集まってくるんだよね」

 仮にも名門、と呼ばれているのだから、まあそうでしょうね。
 後で聞いた話だけれど、そういう選手の為の学生寮もあるらしいし。

「あたしだって自信がないわけじゃないけど……あたしより凄い選手なんていっぱいいるし」

 それにしても、いつも唯我独尊を地でいくようなこの女が、ね。
 ……いえ、違うわね。それはきっと、桐乃の“仮面《マスケラ》”……多分、心の深いところは、私たちはよく似ている。

「だからさ、あたしが頑張れるように、あたしの頑張ってる姿を、傍で見ていてくれる人がいたらいいな……って思ったんだ」
「……フッ、成る程。要するに私は“京介の代わり”というわけね」

 そう、それが桐乃が今まで頑張ってきた理由。
 直接の事情を聞いたことは無かったけれど、私には何故かそう確信させるものがあった。

「は? 全然違うし」

 しかし、それははっきりと否定で返される。

 ――あら?
 おかしいわね、こればかりは間違いないと思うのだけれど。
 いつもの照れ隠し――というわけでもなさそうだし、どうにも雰囲気が違うわね。

 戸惑う私の肩を、桐乃はしっかりと両手で掴み。
 真っ直ぐに私の瞳を見詰めて、言い聞かせるようにその心の内を明かした。

「あたしは、あんたが今までどれだけ頑張ってきたか知ってる。“あいつとのコト”だけじゃない。
 前のガッコの件だって、きっかけを作ったのはあいつかも知れないけど、最後に頑張ったのはあんたじゃん。
 同人誌だって、ゲーム作りだって、あんたがどれだけ自分の信念を持って頑張ってるか、あたしは知ってる。
 あんたは……黒猫は、自分が思ってる以上に凄いんだって。――こ、このアタシが認めてんだよ? あんたのこと。
 だから、あたしだって負けてらんない、だから頑張る。その『あたし』の頑張りを、あたしが認めた『黒猫』に見ていて欲しいの」

 それは正に、相手の心を射抜き、我が物とする“魅了の呪い”。
 “京介の代わり”ではなく、“私自身”へ向けられた素顔の言葉――。

 全く……、この至近距離でこれをやられたら……もう断れるわけがないじゃない……。

「そ……そこまで言うなら……仕方ないわね……。でも、先に言っておくけれど、合わないと思ったらすぐに辞めるわよ?」
「ホント!? やったーーーっ!! さすが話が分かる、あたしの心の妹っ!」
「誰が妹よ。――あなた、時々私が年上だということを忘れている節があるけれど……。
 ホラ、タイの色を刮目なさい、私は上級生よ? フッ、畏敬の念を込めて“先輩”と呼びなさい」
「えぇ~、さっき普段通りでいいって言ったじゃんっ。……じゃあ……妹先輩?」
「意味が分からないわ……」

 こうして、高校二年の春は、私自身全く想像もしていなかった“陸上部のマネージャー”という新たな二つ名を得て始まった。
 全く……これから忙しくなりそうね。やれやれだわ。

 ――二つ名といえば、この数日後。
 “一年生の可愛い彼女がいる”五更さん、というのがクラス中の噂になってしまっていたのだけれど。

 ……一体、どうしてこうなったのかしら……。


 -END-(新たな二つ名)

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