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闇の世界の住人

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高校卒業おめでとうございます、黒にゃん!

とっくに時期を逸してしまいましたが、アニメ版の設定準拠であれば
今年の3月に黒にゃんは無事に高校卒業を迎えたことになります。

そこで高校卒業を題材にしたSS『卒業式』を投稿させて頂きました。

この話は原作12巻から1年後の話として書き始めた拙作

『光のどけき春の日に』
『かわらないもの』
『呪いの果て』
『父の教え』
『黒騎士の微笑み』
『朝の光輝けり』
『夢と絶望の果て無き戦い』
『入試と大切な人達とバレンタインと』

から話が続いています。

相変わらずオリキャラオリ設定満載の話しになっていて恐縮ですが
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

-------------------------

窓から注ぎこむ柔らかな朝の陽ざしと、長年愛用してきた
目覚ましのアラームの音とで、まどろんだ意識がゆっくりと覚醒した。
条件反射的に目覚ましを手繰り寄せ、いまだ焦点のぼやける目で
表示された時刻を確認してからアラームのスイッチを押し込む。

すぐ隣ではそんなアラームの音などものともせずに
長らく連れ添ってきた愛する伴侶が眠り続けていた。

その幸せそうな寝顔に私も思わず笑みが零れてしまう。

私だって中々寝付けなかったこんな大切な日だというのに、この人ときたら。
覇気なんて縁遠い飄々とした性格なのに、こういうところは大物なんだから。

でもきっと、それは。

もう何も心配はいらないって事なのかしら、ね。

おかげでこの日を無事に迎えられた高揚感の影で
胸の奥で燻っていた憂いすらも、夫のそんな満足そうな
寝顔を見ているだけで晴れ渡っていくような気がしていたわ。

まるでこの良き日に相応しく、窓の外に垣間見える澄んだ青空のように。

込み上げる嬉しさを伝えたくて、夫の唇に自分のそれを静かに重ねた。
いつもの朝の挨拶でもあるけれど、できればそんな安らいだ眠りを
邪魔したくはなかったから、軽く触れたつもりだったのだけど。

「ん……朝、か?」
「……あら、ごめんなさい、起こしてしまったかしら」

でも唇が触れた途端に夫は微かに身動ろぐと
そのままゆっくりと目を開いて、私の瞳を見つめ返してきた。

朝の弱いあなたは、普段はなかなか起きてくれないというのに。
ふふっ、そんな時はこうやって起こそうかしら?まるで御伽噺みたい。

「いや、そろそろ起きないといけないだろう。おはよう、碧璃」
「おはよう、悠希。そうね、瑠璃も今日は色々と準備があるでしょうし」

目覚ましを手にとって時間を確認した悠希は
身体を起こして私の身体をふわりと抱き寄せた。
私も両腕を背中に回して互いの温もりをしばし確かめ合う。

とはいえ、そんなに悠長な事をしていられないのも確かね。
私は暖かな夫の胸元から身体を離して立ち上がると
身支度と朝食の用意をするために先ずは洗面所へと向かった。

今日は瑠璃の卒業式。私もお父さんもそれに出席するために
ずっと前から仕事のスケジュールを調整して有給を取ったのだけど。

そんな晴れの式に出席する以上、お父さんはともかく
私はどうしても準備に時間がかかってしまうから
普段出社するよりも早い時間に目覚ましをセットしていたわ。

私は洗面所で顔を洗って、いまだに眠気の残る頭を
すっきりさせると今度は台所へと足を向けた。

普段はすっかり娘にまかせっきりになってしまっている朝食や
お弁当の準備だけれど、こんな日くらいは私がやっておきたいもの。

本当、家事だけでなく、瑠璃にとって大変な高校生活だったものね。

互いに心から想い合える友達を作って。
初めて抱いた恋心を勇気を出して伝えて。
望んだ未来ゆえに一度はその想いをも断ち切って。
その悲嘆に押し潰されることなくもう一度歩み出した。

すべて瑠璃の言う、理想を叶える為に。

それからも瑠璃は学校の内外で友達と一緒になって
学業に、部活動に、趣味に、愉しい時間を過ごしてきたわね。

時に痛み続ける心の傷に崩れ折れそうにもなっていたけれど。

その度に瑠璃を想う人達が、あの娘を支えてきたわ。

私達家族は勿論、趣味や学校の友達にも、部活の仲間にも。
そしてきっと、あの娘の想い人自身にも。

あの娘の目指す場所がどれだけ遠く
どれだけ辛く苦しい道が待ち受けているとしても。

沢山の想いに後押しされた瑠璃はいつかそこに辿り着く。

私や悠希も瑠璃と同じ年頃の時にそうして想いを遂げたように。
そしてあの時に私のお母さんが黙って私を信じてくれたように。

私も母親として娘を信じずにはいられなかったわ。

いつしか瑠璃は心からの笑顔を浮かべられるようになっていた。

それを見た私自身、嬉しさと安堵の余りに
お父さんの胸の中で泣いてしまったこともあったわ。

日向や珠希が瑠璃の様子を頻りに心配していたときには
『大丈夫よ、あなた達のお姉ちゃんを信じてあげなさい』
なんて言っていたというのにね。

迷いの晴れた瑠璃はこれからの自分の進路のために
あれほど打ち込んでいた趣味の時間や大切な友達との
付き合いも控えて大学受験に打ち込んできた。

その甲斐もあって、センター試験や本試験でも十分な手応えを得たらしい。
明後日に合格発表を待つ身だけれど、あの娘には珍しく自信があるのか
ここのところも落ち着いた様子だった。

だから今日の卒業式も何の憂いも無く迎えることができるでしょうね。

まあ、最近は卒業してしまう事を惜しんでいるようでもあったけれども。
それは逆にあの娘の高校生活がとても充実していた事の証でもあるのかしら。

そんな娘の成長が、母親として本当に嬉しく思ってしまうわ。
感傷に浸っている瑠璃には、ちょっと申し訳ないけれども、ね。

私は込み上げる笑みを浮かべながら、久しぶりの朝食の準備を
楽しみながら進めていたのだけど。そこに、かすかにパタパタと
軽やかなスリッパの足音が近づいてくるのが聞こえてきた。

「あら、お母さんだったの?今日は早いのね。私も朝ご飯の用意を手伝うわ」
「せっかく有給を取ったんだからこんな日くらいは私に任せておいて頂戴。
  あなたも最後の登校日くらいゆっくりと準備するのも悪くないでしょう?」

まだぼんやりした表情のまま台所に入ってきた瑠璃をそう諭したのだけれど。
卒業式の時くらい、学生としてその日を存分に味わって欲しかったもの。

「いいえ、こんな日だから、よ。それに準備といったら私より
  お母さんの方が時間がかかるんじゃないのかしら?」
「ふふっ、そんな事で娘に気を使われるようなお母さんじゃないわ。
  でもまあ、そこまでいうなら手伝ってもらおうかしらね。
  私達はともかく、お父さんも早めに準備して貰いたいし。
  普段は飄々としてるのに、案外こういう時は身嗜みに気を使う人だから」
  
ええ、そうね、と笑顔で応える瑠璃に私も微笑み返すと
私達は早速朝食の用意を再開したわ。二人で台所に立つと途端に
手狭に感じられるけど、私達は協力して手際よく調理を進めていく。

こうして二人で台所に立つ機会も中々なくなってしまったけれど。
確かにこんな日には相応しいのかもしれないわね。

我が娘が波乱万丈な高校生活でこんなにも立派に成長して。
その学び舎から巣立つ姿を見届けるような日には。

本当、いつの間にこんなにも大きくなったのかしら、ね。

「ねぇ、お母さん」
「……ん、なにかしら、瑠璃」

そんな娘の姿に思わず見とれていた私は瑠璃の呼びかけに漸く我に返った。

「ありがとう、私を何時でも見守ってくれていて」
「ふふっ、どういたしまして。でもそれが母親というものよ?
  あなたもすぐに自分の娘に振り回されると思うから覚悟しておきなさい」

こんな特別な日だから、なのでしょうね。
我が娘には珍しく素直な気持ちを私に見せてくれた。

だから私も母親としての気持ちを正直に応えたわ。
きっと私のお母さんもあの時同じ気持ちだったに違いない。
今ならそれがはっきりとわかるものね。

瑠璃は私の言葉を柔らかな微笑みで応えていたけれど。
すぐに目を見開いたと思うと、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

ふふっ、この様子ではまだまだ先のことなのかしら?

いいえ、それもやっぱりあっという間の事なのでしょうね。
瑠璃にとって大変な事ばかりだったこの高校生活だってそうなのだから。

瑠璃が目を見張るように成長して、自分の望みを掴むその時が。

純白のドレスに身を包んだ瑠璃の姿がふと脳裏を過ぎっていって。

今日この日が愛娘がその未来を迎えるための
大切な1日になってくれる事を私は確信していたわ。



    *    *    *



「ご卒業おめでとうございます」

あたしは読モの仕事で培った会心の笑顔を浮かべながら
今日卒業式を迎える3年生の先輩の制服に黄色い花飾りを
あしらった胸章をピンで取り付けた。

「ありがとう、生徒会のお仕事、ご苦労様」

落ち着いた笑顔で上級生の女の子は応えてくれた。
あたしも歳の割には大人びてる、なんて良く言われているけど
この年頃の2歳差はやっぱり大きいのかなって思ってしまう。

その人の笑顔がとても穏やかで大人っぽく見えたから。
きっと高校生活を3年間過ごした卒業生というのは
それだけの風格というものが備わるものなんだろうね。

きっとあいつも。

そう思うとあたしとしても親友として誇らしい気持ちも
あの邪気眼厨二病がねぇと可笑しい気持ちも溢れてくる。

喧嘩友達で親友で。そんな事以上に一緒にいると楽しくて。
恋敵だけど恩人で。でも危なっかしくて手助けしたくなる。

そのためにあたしはこの高校に進学したんだから。
あいつと。瑠璃と一緒の高校生活を送るために。

ま、2年前に突然海外行きを取り消したあたしには
あまり選択肢がなかったのも正直なところなんだケド。
ここの陸上部はあたしの尊敬する元陸上の選手がコーチを
してるってことも理由の半分くらいはあったんだけどね。

でも、おかげでこの2年間は本当に楽しい毎日だったな。

勿論嬉しいことだけじゃなくて、瑠璃に怒った事も呆れた事も
激しく喧嘩した事だって何度もあった。でもそれもあいつと
それまで以上に本気で向き合えたからだと思う。

あたしも、それにきっと瑠璃だってそう願ったように。

そしてそれは京介に対してだって。

一番激しく抱いていた気持ちを解き放つ事ができたあたしは
文字通り心の中にずっと秘めていた枷が消え去って
京介にも素直な気持ちを向けられるようになったと思う。

ま、まあ時には天邪鬼な態度を取っちゃうこともあるけど。
その辺は年頃の複雑な乙女心だって理解して欲しいよねぇ、ほんと。
ま、瑠璃はともかく京介にはそんなの無理な相談だけどねー。

話が逸れたけど、それも元をただせば瑠璃のおかげ。
きっと瑠璃がいなければ。瑠璃があんな捨て身のバカをしなければ
今頃あたしは海外に行って我武者羅に目標に突き進んでいたんだと思う。

自分の気持ちを無理矢理にでも押し込んで、何も考えなくて済むように。
自分の気持ちから目を背け逃げ出し続けて、何れ消えてなくなるように。

それが兄妹としては普通のことだったのかもしれないけれど。
誰もがそれが当たり前の事だと諭してくると思うけど。

だけど瑠璃はあたしたちの背中を押してくれた。
自分の気持ちを抑えてまで、あたし達を心から向き合わせるために。

ま、そのやり方は救ってもらったあたしがいうのもなんだけど
厨二病の思い込み乙!のそりゃもう酷いモンだったけどねー。

今でもあいつに言わせれば、それも全て私の理想の世界のためよ、
なんていつもの痛い台詞が返って来ると思うケド。

ハイそうですか、ありがとうございます。……なんて黙って
恩を売られたままじゃそんなのあたしの女が廃るってもんでしょ?

瑠璃にはそのお返しをたっぷりしなきゃ、あたしの気が済まないんだからね!

それにあいつは目的のためには自分自身がどうなろうと
全然顧みないような危うさがあるしね。瑠璃自身の考えとは裏腹に
そういう時は周囲の人だってやっぱり巻き込まれちゃうもんだから。

そりゃ、あたしが巻き込まれる、ってんなら望むところなんだけど。
やっぱりその悪癖は直さないとこっちとしても安心できないでしょ?
瑠璃のそういう所はあたしがすぐ隣で気を配っていないとね。

だからその一環として、今日もこうして生徒会が主導している
卒業生を見送るための行事の手伝いをいろいろとしているってワケ。

瑠璃の卒業を在校生として一番近くで見送るためにね。

ま、現生徒会長でクラスメートでもある美緒に
どうしてもって頼まれたからってこともあるんだけど。

美緒には今回みたいに何度か面倒事に巻き込まれたりもするけれど
同じくらいにこっちの起こした騒動で世話をかけたりもしたからね。
こういうときくらいは素直に頼みの1つも聞いてあげないと。

ほんと、我ながら義理高いよねぇ、あたしって。

「あら、あなたがこんな事をしているなんて珍しいわね?」

卒業生の登校の波が途切れていた間に、そんな事を
ぼんやり考えていたあたしに聞き慣れた声がかけられた。

「美緒に頼まれちゃって仕方なくねー。ま、こういう役は
  あたしみたいに華のあるキャラが相応しいってもんでしょ?」

美緒の名前を出した途端、なんともいえない複雑な表情になる瑠璃。

一昨年の学祭の問題の後で、活動時間制限を課せられた事や
予算会議で一悶着あったりと、何かとコン部は生徒会と軋轢が合ったみたい。
それにあたしが美緒にフォローしてもらった騒動のいくつかには
瑠璃自身も関わっているからその気持ちもわからないではないけどね。

真面目で融通は利かない所もあるけど、面倒見はいいし
筋道立てた考え方は瑠璃に通じるところもあるんだけどねぇ、美緒は。
普通に友達付き合いしてみれば案外馬が合いそうだと思うんだけど
そのチャンスを作れなかったのはちょっとしたあたしの心残りでもあるかな。

「臆面も無く言ってのけられるあなたは確かに適任なのでしょうけどね……
  まあ、おはよう桐乃。在校生のお勤め、お疲れ様」
「おはよう、瑠璃。んじゃ、胸章つけるからじっとしててね」

もう何度もこなして慣れた手つきで、胸章を瑠璃の制服に手早く取り付けた。

瑠璃のセーラー服姿はいっぱいしのプロでもあるあたしから見ても
なかなかのモンだと思うけど。そこに普段は見慣れない黄色い花の
アクセントってのも悪くないかな、って思う。

和風な顔立ちと黙ってれば清楚な雰囲気のある瑠璃には
そんな色合いもばっちり似合ってるしね。

そんなことを考えながら顔を上げると、丁度瑠璃と目が合った。

優しくて、暖かくて、見てるだけで落ち着くような瑠璃の微笑み。

ひなちゃんやたまちゃんに向けているのは昔から良く見てたけれど。
最近はあたしにもたまに見せてくれるようになった。

お母さんのような。そしてきっと、お姉ちゃんのような。

そんな温かさに包まれていると、あたしとしたことが
つい感傷的な気分にもなってしまう。瑠璃に初めてあったその時から
今日この日を迎えるまでの様々な出来事が次々と心から溢れてきてしまって。

まったく、見送る側のあたしがそんな事じゃいけないってのに。

「ありがとう、桐乃。じゃあ私は教室に行くわね。また後で」
「……う、うん。あ、そうだ瑠璃」
「ん、なにかしら?」

玄関に向かおうとした所を呼び止められて、
訝しげに振り替えった瑠璃にあたしは居住まいを正した。

これだけは言っておかないと、あいつ流にいえば
『ここに何のために存在しているのか』わからないから。

さっきの瑠璃の微笑みに負けないくらいの飛び切りの笑顔でね。

「……卒業、おめでとう、瑠璃」
「……ええ、ありがとう、桐乃」

瑠璃もやっぱり同じくらいの晴れやかな笑顔で応えてくれた。

きっと瑠璃だって今日はあたし以上にいろんな気持ちが渦巻いていると思う。
楽しい事も辛い事も沢山あった高校生活だったんだから。

だけど瑠璃のその笑顔からは何の気負いも憂いも感じられなかった。

今日の卒業式を。そして明日から始まる新生活も
きっとその笑顔に相応しく、瑠璃は全てを包み込んでいくんだと思う。

あたしたちを取り巻くこの複雑な関係ですらも。

……これであたしの肩の荷も下りたのかな?

そんな満足感とも寂寥感とも自分でも解らない気持ちに浸りながら。
あたしはもう一度心の中で親友の節目に祝いの言葉を送っていた。

卒業おめでとう、瑠璃。



    *    *    *



体育館で行われた卒業式も滞りなく終わり、在校生の作った
人のアーチの中を祝福の声援と紙吹雪とで見送られながら
私達卒業生は各々の教室に戻ってきた。

そして今、このクラスでの最後のホームルームで
担任の藤原先生から一人一人に卒業証書が渡されている。

「それじゃあ次、二村花楓。卒業おめでとう。
  大学じゃもっともっと料理の腕を磨いてくれよ」
「はい……先生も、その、今までありがとうございました」

一礼して証書を受け取ると藤原先生は目を細めて大きく頷いていた。

2年から担任を務めてくれた藤原先生は三十路ちょっとの歳の割には
おおらかな、ううん、はっきり言えばのんびりとした人だと思う。
クラスメートの女の子は、その辺に頼りなさを感じていたみたいだけど
こういう所で生徒への優しさを感じさせてくれる良い先生だと私は思うな。

「それじゃあ卒業証書はみんな受け取ったな。これで立派に高校卒業だ。
  これからの進路は人それぞれで、みんな自分の道を進んでいくと思うが
  たまにはこの高校の、クラスのことも思い出して見るのも悪くないぞ。
  きっとその時のみんなの支えになってくれるって先生が保障する」

いつもの聞いてるこっちが恥かしくなるような言葉で
先生は最後のホームルームを締めくくった。

普段なら先生のそんな台詞にみんな苦笑いを浮かべたりもするけれど。
今日この日ばかりは誰一人そんな表情のクラスメートはいなかったかな。

それは勿論私だってそう。だって先生の言った事が
今度ばかりは本当のことだって痛いほどわかっているもの。
小学校、中学校と今まで繰り返してきた卒業式と同じように
親しい友達との別れが辛いと思っているんだから。

ううん、きっと。

この高校の卒業式こそが、今までで一番そう感じているんだと思う。

今まで自分のこの引っ込み思案の性格のおかげで
友達のグループの輪の中に入っていても、親友とまで
呼べるような人を中々作ることはできなかったけれど。

今の私には掛け替えのない友達だって呼べる人がいるんだから。

「お疲れー、二村ちゃん。これで明日からは晴れて自由の身だねぇ」
「お疲れ様、櫻井さん。ふふっ、でも櫻井さんは自由登校に
  なった3学期になってから、ずっとそうだったんじゃないの?」
「ちっちっちっ、それは結果的にそうだっただけで
  これからは胸を張って好きな事ができる立場ってことだからね」
「でも、好きな事って、櫻井さんは何をするの?」
「よくぞ聞いてくれたよ、二村ちゃん。まずは1日中実家に篭って」
「まったく、せっかく高校を卒業したのにあなはたそれでいいの?秋美」

ホームルームが終わってから、私のすぐ後ろの席の櫻井さんと
話しているところに、五更さんが呆れ顔でやってきていた。

いつもの放課後と同じようにね。もっとも、それも今日が
最後になってしまうんだけど。そう思うだけで胸の奥の方で
チクリと何かが傷む気がする。

「ふふん、そんな心配は無用だよ、五更ちゃん。あたしだって単なる
  引きこもりのニートオタで終わるつもりなんてさらさらないんだからね」
「それなら実家に篭って一体何をするというのかしら、あなたは?」
「……だからこれからは家でみっちりと勉強をするんだ。
  お母さんの手掛けている工芸品を扱うお仕事のね」
「……そう、それがあなたがずっとやりたかったことなのね」
「そ、そうなんだ、すごいね、櫻井さん!
  もうそんなに自分の将来のこと、決めてるんだね」
「ま、本当にあたしがものに出来るかは全然わかんないし
  お母さんもあたしの熱意が続くのかって半信半疑半分だけどねー」

思いがけない友達の大人びた面を見たようで
驚きと興奮で思わず声が大きくなってしまった私だけど。
櫻井さんの方はいつもの彼女らしく飄々とそれに応えていた。

とはいえ、少し頬が赤らんで、視線を彷徨わせてるところを見ると
自分の将来を語るのは櫻井さんとしても気恥ずかしいことなんだと思う。

その気持ちは私にだって良くわかる。私も大学では自分の夢でもある
お料理の仕事に就くための勉強をするつもりではあるけれど。
それを人に伝えるときには、どうしたって夢を語る恥かしさや
本当に実現できるかも解らない不安も付いてまわるものだから。

「それでもそれがあなたの目指す理想なのでしょう?
  大丈夫、きっとできるわ。あなたは自分のやりたい事にかけては誰よりも
  粘り強く打ち込める人だから。普段のやる気の無さが嘘のように、ね」

そんな櫻井さんを、五更さんはとても優しい笑顔で励ましていた。

櫻井さんは目を見開きながらじっと五更さんの顔を見返していて。

「……ん、まあ精々頑張るよ。これだけは諦めるわけにはいかないし。
  だから五更ちゃん」

一度俯いて、深々と目を閉じてからもう一度五更さんの顔を振り仰いだ。
今度は口元に緩やかな笑みを浮かべながら。

「あっちのほうは五更ちゃんにお任せするよ」
「……ええ、必ず」

五更さんは少しだけ困ったように悲しそうに眉を顰めたけれど。
すぐに元の笑顔に戻ると、短く、でもとても情感の篭った声で応じていた。

うらやましいな。

不謹慎だとは自分自身、思ったけれど。

2人の間で交わされた想いを察することができた私には
五更さんと櫻井さんとの間の繋がりがとても眩しく見えたから。

例えそれが2人にとって切ない思い出に彩られたものであっても。

それにしても、とさっきの五更さんの笑顔を思い出して私は思う。

本当に五更さんの笑顔、素敵になったね。

始めは五更さんはとても無口な上に、近寄りがたい
雰囲気を漂わせていて、クラスの皆が声を掛け辛い状態が続いていた。

勿論、そんな五更さんに私なんかが話をするような機会もなかったけど。

でも、そんな五更さんが櫻井さんやこのクラスまで遊びに来る桐乃ちゃんと
ポーカーフェイスを装いながらもとても親しそうにやり取りしているのが
どことなく気になってもいたんだ。

そんな時、昨年のバレンタインでの出来事がきっかけになって
私は初めて五更さんと話すことが出来たんだっけ。

高校生にして家で台所を預かっているという
五更さんの料理の腕や知識は相当なものだった。
私も唯一といってもいい趣味で料理をしているんだけど、
実践を重ねて研鑽を積んでいる五更さんの話もその腕前も
本当に唸らされるようなものばかりだった。

そして実際に話してみて解ったのは、五更さんは言葉少なめだけど
その内容は的確で本質を突いていて。最初は突き放されている
印象もあったけど、相手のことをしっかり考えてるって解っていった。

それにこんな引っ込み思案の私の話でもいつでも受け入れてくれて。
まるでお母さんみたいな包容力があるんだよね。

それを一番感じたのは、やっぱり昨年料理部のコンクールで
急な入院で出場できなくなった部員の代役を頼んだときだったかな?

最初こそ気乗りしないような態度でいた五更さんも結局は了承してくれて。
私の提案で毎日お互いのお弁当を食べ比べて味を確認しあったり
コンクールで勝ち抜く秘策まで用意してくれたんだ。

その時から私にとって五更さんは頼れるクラスメートで恩人で。
そしてなにより心から大切な友達になったんだと思う。
できれば五更さんもそう思ってくれているといいんだけど。

だからこのごろの五更さんの変化を我が事のように嬉しく思ってる。
それは紛れもなく五更さんにとって幸せな事だってわかるから。

だって、その理由はきっと、ね?

普段の凛として落ち着いた雰囲気の五更さんも素敵だと思うけど。
やっぱりこんな優しい笑顔をしている時が一番だと思うもの。

できれば、これからもずっと一緒に学校生活を過ごしたかったなぁ。

最近、五更さんの笑顔を見ていると、嬉しくなってくる反面
そんな気持ちも湧いてきてしまう。そんなの今更どうしようもないし
大学生になってからだって友達だって解ってはいるんだけどね。

「そんなことよりさ。今日は2人ともこの後の
  クラスのみんなの打ち上げにも行くんでしょ?
  来月になったらみんな新しい生活が待ってるんだろうけど
  今日くらいは高校の友達と目一杯楽しんでこようよ」
「うん、楽しみだね。集合は駅前のボウリング場だったっけ?」
「そだねー。その後はレストランで美味しいものも沢山食べないと!」

そんな湿っぽい空気を変える様に、櫻井さんが別の話題を切り出した。

今日はクラスのみんなで卒業式の打ち上げと称して
この後、一緒に遊んだりご飯を食べたりカラオケに行く予定なんだけど。

私達2組は体育祭、合唱会とかでも毎回良い成績を残せるくらい
まとまっていたし、林間学校や修学旅行もみんなで楽しく過ごせた
思い出ばっかりの、本当、良いクラスだったと思う。

だから誰ともなく卒業式の後で打ち上げをやろうって話が出て
ほとんどのクラスメートが参加することにもなってるんだ。

勿論、私だって楽しみにしていることだから喜んで相槌を打ったんだけど。

「ごめんなさい、私はそちらには少し遅れることになるわ。
  この後、行くところがあるから」
「あ、そうだったね。部室に集合なんだっけ?」
「ええ、現部員は勿論、卒業生にも全員、部長の招集が掛かっているから」
「へぇ、さっすがコン部はこんなときまで一致団結なんだねぇ」
「ふふっ、そうね。ゲーム制作は共同作業。最後にその矜持を
  示すためにも私達自身が後輩達の道標とならなければね」

それじゃあいくわね、と鞄を持ち直した五更さんは
教室の入り口に向かおうとしたのだけれど。

「五更さん!そ、それじゃあ、また後で」

その後姿に、思わず私は立ち上がって声をかけてしまった。

五更さんは不思議そうに私たちのほうに振り返って。

「ええ、また後で、ね。花楓、秋美」

けどすぐに、微かな笑みで柔らかくそう残してから教室を出て行った。

「そんじゃ、あたしたちもいこうか。二村ちゃん」
「あ、うん、そうだね」

そのまま、教室のドアをずっと見ていた私の肩を軽く叩いて
櫻井さんが声をかけてきた。いつの間に帰り支度も終えたのか
逆の手には通学鞄も持っている。

慌てて私も最後に配られたプリントを鞄にしまうと
椅子にかけていたコートを羽織って準備を整えた。

大切な友達2人の思い遣りに感謝しながらも
こんな自分の情けない悩みなんて吹き飛ばすくらい
今日これからの時間を楽しく過ごせる様にと願いながら。



    *    *    *



「最後に卒業生を代表して、青井元部長からも一言をお願いします!」

我らコン部伝統の「追い出しコンパ」もそろそろ
お開きとなるあたりで現部長の小川がそう切り出してきた。

コンパって言ってもそこは高校生。部室に並んでいるのは残念ながら
ジュースとかノンアルコールのものばかりだが、それでもテンション高く
後輩達が拍手やら口笛やらで俺のスピーチを囃し立てて来る。

まあ、少なくとも自分が在席しているこの3年間は
卒業式の時に毎年このコンパをやっているから伝統には違いないんだが。
こんなにこの場が盛り上がってるのは、俺の知る限りは初めての事だな。

今この場にいる部員たちが、それだけこの部でやり取りを
楽しみにして集まってくれているってのが伝わってくる。

それが後輩達に後を託してここを去る俺達への何よりの贈り物、ってもんだ。

そんな感慨に囚われながら俺はその場に立ち上がって周りを見回した。

1年の頃からこの部で一緒にゲームを作ってきた卒業生。
顔を合わせりゃゲームの話で、自分たちの作る理想のゲームを
ぶつけ合ったもんだ。まったくどいつもこいつもゲーム馬鹿ばっかだぜ。

今のコン部を支えている頼りになる2年生。
俺が部長になって、個人活動が主だったここの方針を変えようとした時に
お前らが協力してくれなきゃそれも叶わなかったな。本当にありがとうよ。

俺達が勧誘したときと比べてすっかり頼もしくなった1年生。
2年越しの作品『シュバルツリッター』が完成するころには
今度はお前達がコン部の中核だ。次の作品も楽しみながら頑張ってくれよ。

これが最後ってわけで、そんな思いの丈をともかく全部ぶちまけた。

そもそも俺がそんな上手いスピーチなんて出来るわけがないだろ?
そういうのが必要な時には副部長だったトモに任せてたしな。

ゲームにかける情熱や意欲、なにより、それまでのコン部を変えて
大作をみんなで作りたい、という意気込みで部長になったようなもんだ。

まあ、情熱や意欲ってんなら俺よりすごいやつだっているわけだしな。
次期部長選出の時、俺が推したら柄じゃないってすっぱり断られたんだが。

それでもそいつの、五更の熱意がなけりゃ、とてもじゃないが
『シュバルツリッター』の作成はありえなかった。

五更の天才的なゲームセンスは勿論だが、世界感やビジュアル、
ゲームシステムまでをも取りまとめて、一つの作品として
方向付けるようなことは他の誰にも出来なかったろうからな。

俺達が2年の時、その年から入部してきた五更が作っていたゲーム
『天使と巨神と黒猫と』であいつの並外れた熱意と、学祭に向けて
文字通り倒れるまでに作業を進めた気迫に俺達も圧倒されてたっけか。

『例え私達にとってそれが単なるβ版に過ぎなかったとしても。
  遊んで貰う人達にとってはそれが最初で最後のプレイかもしれないわ。
  だからこそ私は自分の作品がそんな『遊べればいい』なんて
  中途半端な代物であることを許すわけにはいかないのよ』

誰もが学祭に展示する作品なんて、ある程度遊べればいいだろう、
なんて考えていたときに、五更はそう言って一切妥協をしなかった。

何時も俺やトモと下校時間ぎりぎりまで部室で作業をしていて
そんな五更を見ているうちに、何時の間にか俺達も小川と一緒に
五更の手伝いをしてたよな。そしてしまいにゃ部内のほとんどを
巻き込んで俺たちのできる限りの作品として学祭に送り出す事もできた。

その時の充実感と達成感。それにずっと前からやりたかった
チームでの大作作成の手応えを掴んだ俺たちは、それからコン部
一丸となって『シュバルツリッター』の作成を始める事になったわけだ。

それから五更が中心になって製作のディレクションをしていたから
部長の俺や、副部長のトモも自分の作業以外では、部のとりまとめに
専念することができた。

おかげで紆余曲折はあったが、昨年の学祭で俺達がコン部を引退するまでに
予定通りの、いや予定以上の仕上がりを見せることができたしな。

だから俺達今年のコン部の卒業生の中で、本当の意味で代表と
いえるような存在は俺なんかじゃなくて、五更なんだと思ってる。
きっと部の誰もが。あいつはやっぱり否定するんだろうけどな。

「--だから後はお前たちがお前たちのやりたいようにやっていってくれ。
  ま、ヒマを見てはちょくちょく遊びにくるつもりだから
  そんときゃすげぇゲームを期待しているぜ、後輩ども!」

俺たち卒業生を代表してってことで、この場を設けてくれた
後輩たちへの挨拶が終わると狭い部室内が一斉に歓声に包まれた。
どれもこれも後輩からの頼もしい返礼ばかりだったけどな。

「名残惜しいですが以上で本日の送別会を終わりにしたいと思います。
  卒業生の先輩方、本当にお疲れ様でした!」

そんな喧騒の中、部長の号令で追いコンもお開きとなった。
渡された後輩たちの寄せ書きやら記念品やらを手にとって
俺達卒業生は部室を後にする。まあ、長々と部室に残っても
後輩たちの片付けの邪魔になるだけだしな。

「五更、お疲れ。次は大学対抗のゲームコンクールで
  お前の作品と競い合うのを楽しみにしているぜ」
「ふっ、そのときは楽しむ余裕があるといいのだけどね?
  新たな位階に至る私の『魂の創造物』を見て肝を冷やさないことね」

同じく部室から出てきた五更に声をかけると、相変わらず
自分の想像と現実とがごっちゃになったような台詞で返される。
これがなければこいつも学校で5指に入る美少女だってのになぁ。

まあ、これが五更なりの人付き合いの仕方だって今はよくわかってるけどな。
人見知りで恥ずかしがり屋で、入部当初は前から知り合いだったらしい
小川以外とは全然会話がないくらいだったからなぁ。

それが部活動を通して、なにより一昨年の学祭の出来事ですっかり
部内に溶け込んで、ディレクターの立場まで立派にこなしてやがった。
ま、言動は相変わらずこんな感じだけどな。

「おう、そっちこそ楽しみにしとけよ。俺の行く大学じゃ
  セミプロや同人で活躍しているような先輩達も沢山いるって話だしな。
  すぐに俺もそのレベルまで腕を上げて見せるぜ!」
「そういえば三浦さんも同じ大学だったかしらね。
  クククッ、プロを目指すものたちならば我が敵として不足はないわ。
  私も全霊の作品を作り出して雌雄を決しましょう」

ますます厨二なノリを強めてドヤ顔で返してくる五更に
俺も負けじと不敵な笑みを浮かべる。これからは一緒にゲームを
作れないのは正直残念だが、今度は五更に胸を張って見せられるような
ゲームを作らないと元部長として後輩達にも笑われちまうってもんだ。

「それじゃあ元気でな、五更。大学じゃ、あんまり無茶すんなよ」
「ええ、あなたもね。……ねぇ、青井君、私がコン部でこうして
  やってこれたのはあなた達がずっと力添えてくれたおかげよ」

一頻り挨拶を交わしてから帰ろうとした俺に、五更はさっきとは
打って変った神妙な顔つきで俺に向かって頭を下げていた。

「この部活で得たものはこれから私の目指す『理想』への道標となるわ。
  本当にありがとう。この感謝の気持ちは心の中に永えに留めておくから」

そして頭を上げた五更は、今まで俺がこの部活で
見てきたどれよりも優しげな笑顔を浮かべていた。

俺が呆気に取られているうちに、五更はそれじゃあと踵を返していた。

後から考えれば、きっと五更だって俺に対して素直に礼を言ったのが
恥かしかったんだと想像が付くが、その時の俺はそんな余裕は
これっぽっちもなかったから、ただ去っていく五更の背中を見送っていた。

「お疲れ様です、元部長。それじゃ、帰りますか」

そんな俺に丁度部室から出てきた元副部長の山上知久、
-俺の昔からの友達で俺はトモって呼んでる-が声をかけてきた。
コンパが終わった後、部の会計に関して現副部長の北條と
打ち合わせしていたっけな、そういえば。

「お前……狙ってただろ?」
「あなた達の会話が終わるまでは部室から出るに出れなかった、
  というのがタイミングを計っていた、と解釈するならそうなりますね」

あまりにもタイミングが良い登場に、今までのやり取りを
全部聞かれてたんじゃと勘ぐったが、全く悪びれずに
そう返されてしまってはこちらとしても文句を続けようもない。

やっぱり口ではこいつに勝てるわけがない。
小学校からの付き合いでそんなことはわかっちゃいるんだが
こっちの照れ隠しくらいは付き合って欲しいもんだぜ、まったく。

「それに、後輩達が部室から出るのまで止めていたというのに
  感謝されこそすれ、非難される覚えなどありませんよ?」
「あー、わかった、わかったって。思い遣り溢れる親友を持って
  俺は果報者だぜ!ご厚意に感謝していますって」

こちらの気持ちを察するどころか、さらに容赦なく
追い討ちをかけてくる親友に、俺は早々に戦意を挫かれて両手をあげた。

日ごろから鋭い指摘で痛いところを静かに切り裂くことで
部活の内外で恐れられていたトモだが、いつにまして刺々しい雰囲気に
長年の経験から逆らわない方がいいと判断したわけなんだが。

でも、一体全体何を怒ってるんだ、こいつは。
その理由は長い付き合いの俺でも全然わからなかったぜ。

「とはいえ、せっかく最後に絶好の舞台が整ったというのに
  肝心な事は何も言い出せないヒロに感謝されても嬉しくはないですがね?」
「……そういうことかよ。いいんだよ、そんなことは」
「なんでも当たって砕けにいくのが心情のヒロらしくないですね?」

怒りを納めずに辛辣な口調でますます追求してくるトモに対して
親友の言いたいことがようやく納得できた俺は正直な気持ちを応えた。
それが友人の思い遣りに対する礼儀だと思ったからな。

「あんな感謝までされてるってのに、五更の『理想』
  とやらの邪魔を、おれがするわけにもいかねーだろ?
  こっちにはダメ元自爆上等でも、きっとあいつは引きずっちまう。
  普段はクールさを装っていたって、情が厚すぎるヤツなんだから」
「……そうですね。それは確かにそうでしょう」

愛用の眼鏡の位置を直しながら応えたトモの声からようやく険が消えていた。
まあこいつもなんだかんだ言って情に厚いヤツの一人だしな。

「それに、まあ、その、なんだ、山上君よ。
  自分で出来無い事を、人に要求するのはどうなんだ?」
「……何事にも適材適所、というものがありますからね。
  出来ないものは出来る人に割り振るのが元副部長の僕の役目ですよ」

お前はそんな大事なことを俺に託すだけでいいのかよ。

まあ、トモが普段から理論的な態度を取るのも
こういう感情的な問題の対処が苦手だから、だしなぁ。
俺は思ったことがすぐに口に出ちまうタイプだから
お互いのフォローをしながら今までやってきたってわけだ。

とはいえ、さすがに今回の事はトモにだって俺にだって
まあどうしようもないっちゃあないんだが。

「それを言ったらコン部のメンバーの大半は五更の事、気にしてただろ。
  まったくあんな美人がコン部に入ってくるかよなぁ、普通。
  まあ、全然眼中にない、ってわかってるからこそ
  安心して憧れられた、ってのはあるんだろうけどな」
「すっかり暗黙の了解、ってものができましたしね、部内には。
  それに学祭の時に散々思い知らされたってのもあると思いますが」
「だよなぁ。あいつが五更を泣かせるような
  ひでえヤツだってんならまた話は別なんだけどな。
  ま、俺の単なるカンだが」

そこで俺は言葉を切って改めてあの時の情景を思い出した。

一昨年の学祭では過労で倒れた五更を横抱きにして
校内を駆け回っていたあいつの必死な形相を。

昨年の学祭ではデバッグの礼だと言って、部の出展物や
校内を案内して回っていた五更の嬉しそうな表情を。

そんなもの見せられちゃ、割って入ろうなんて気も失せるってもんだろ?

「後は五更の『理想』が叶うのを願うだけだろ、俺たちは、さ」

五更がたまに口にしていた『理想の世界』。
それが何を意味するのか、なんて結局俺にはよくわからんかったが
あいつが必死になってそれを目指しているってことだけは解ってる。

なにせこのコン部でのゲーム製作だってその一環だって言ってたからな。
五更がここでどれだけの熱意と直向きさで打ち込んでたか、
なんて今更言うまでもないってもんだ。

それに、その『理想の世界』とやらではきっと。
五更の隣にはあの学祭の時のあいつがいるんだろうぜ。

「随分損な役回りですが……確かにそんな裏方も必要ですか」
「それが部員の問題をケアしてきた俺たちの役割ってもんだろ?」
「後輩たちのフォローもしないといけないでしょうけどね。
  小川や北條が良くまとめてるから今になって離脱者はないでしょうが
  勧誘の時に五更さんに惹かれて入部した1年もいたでしょうし」

ここの学生としてはきっと最後になるだろう、数えきれないほど辿った
部室から昇降口への廊下の風景をやけに感慨深く思いながらも。

俺とトモは今までと同じようにコン部のことを話題に歩いていく。

もう部長でも副部長でもない、ましてやここの学生でもなくなるってのに。

卒業したって掛け替えのない、仲間達の行く末を案じながら。



    *    *    *



「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

コン部の送別会が終わってから、私は急いで約束していた校門脇の
ベンチに向かったものの、今まさに待ち合わせの時間を過ぎた所だった。

案の定、既にここに来ていたらしい待ち人は
ベンチに座るでもなくその場に佇んでいたのだけど。

「おっそいじゃん!……と、いいたいとこだケド。
  ま、瑠璃だっていろいろと忙しい、ってのは聞いてたしねー。
  良かったんじゃん?高校でもボッチな卒業式を繰り返さないで」
「……確かに僅か数十秒とはいえ遅れてきた事には間違いないのだから
  その点に関しては言い訳などするつもりはないのだけど。
  クククッ、その無礼千万な物言いに関しては、今日卒業式を迎えた
  先輩として、最後に後輩を正しく躾ける必要があるようね?」
「そ、卒業でしんみりしてる先輩に気を使った後輩のお茶目な冗談だって。
  ホラ、そんな本気のトーンで怒らないでってばぁ」

中学までの古傷を抉られて、封印していた闇猫の力が発現しかけた私を見て
桐乃が大慌てで詫びてくる。まったくこの娘ときたら調子が良いのだから。

もっとも、これが以前の私達だったらこの後際限なく口喧嘩を
続けていたのでしょうけどね。そう考えれば、あんな事でも
繰り返していたうちに躾が行き届いたということなのかしらね?

あなたも。そして、きっと私にも、ね。

「まあ、いいわ。それで何の用事なのかしら、桐乃。昨日話した通り、
  私はこの後クラスの打ち上げにも参加しなければならないのだけど」
「わかってるって。んじゃ駅まで歩きながら話そっか。
  瑠璃の行く場所も駅前のボーリング場なんでしょ?」

そう言うやベンチにおいてあった通学鞄を手にとって歩き出す桐乃。
相変わらずのマイペースぶりに苦笑しつつも私もすぐにその後を追う。

昨夜のチャットで、卒業式が終わったらちょっと
用事があるから待ち合わせようと桐乃に言われていたのだけど。

最初はコン部の送別会やクラスの打ち上げであまり時間も無いからと
断ろうとしたけれど、桐乃も生徒会の手伝いで卒業式の片づけもするから
丁度いいよ、とまで言われては、私としても応じないわけにもいかなかった。

その理由を尋ねてみても、その時話すからと教えてはくれなかったのだけど。
わざわざこんな忙しない合間を縫ってするような話ともなれば、
こちらとしても少しばかり身構えてしまうものもあるわね。

「そういえば卒業式には瑠璃のお父さんとお母さん、2人とも来てたね。
  緑のスーツ姿のお母さん、びしっと決まっててカッコ良かったじゃん?
  あんたも将来はああいう感じになるのかな?」
「それはひょっとして私の服のセンスに対する嫌味なのかしら?」
「んなことないって。あんただって少し気を使えばすぐ良くなるんだから。
  そもそも大学に入ったら毎日私服でしょ?大丈夫なの?」
「ふっ、そんなことなら何も問題ないわ。最高学府に相応しい
  我が装束に関しては既に設計の最終段階に入っているのよ。
  入学を迎える前に『朔望十二聖衣』のいくつかを披露してあげましょう」

この日の本の国の四季折々の『要素』を取り入れた装束は
大和の心を持って時に清楚に、時に艶やかに私を鎧い包むはず。

その姿を『神眼』で捉えながら、私は胸を張って高らかに告げたのだけど。

桐乃は少し俯いて額に人差し指を当てながら溜息を付いていた。

「……あー、瑠璃。合格決まったら、沙織と一緒に服見に行くかんね。
  大学だけじゃなくて、旅行の服も用意しないといけないでしょ?」
「……そういえばそうね。我が装束は異郷の『想気』に対しては
  何の術式も施していないから無防備といえるでしょうし」
「そうそう、やっぱ海外旅行にはそれらしい服ってのがあるからさ。
  ここはあたしたちに任せておきなさいって。合格発表は明後日だっけ?
  どうせならみんなで見に行って、その足でってのもいいんじゃない?」

相変わらずちょっと気を許していると、桐乃は自分のペースで
どんどんと事を運ぼうとするわね……まあ、それもあなたなりに
相手の事を思いやっているのだから無碍にもできないのだけど。

「せっかくの申し出だけど、合格発表は私だけで見にいかせて頂戴。
  私の我侭と重々解ってはいるけれど、この大学受験に関しては
  私の力で成し遂げなければならないから。その最後まで、ね」

桐乃は一度立ち止まると、鋭い目で私の瞳をじっと覗き込んできたけれど。
すぐに軽い溜息とともに前に向き直って再び歩み出した。

「ま、それに関しては散々言い合ってきたからもういいケド。
  それにぃ、もしもの時には気まずくなっちゃうから
  確かに発表当日は避けたほうがいいのかもねぇ?」
「クククッ、そんな心配はそれこそ無用というものね。
  合否に寄らず発表を確認したらすぐにあなた達に報告を入れるわ。
  その後であれば、オタクッ娘のオフでも旅行の準備でも
  なんでも付き合ってあげるから精々楽しみにしておくことね?」
「おっけー。良い度胸じゃん?せっかくの卒業旅行がまた傷心旅行に
  ならないようにあたしも祈ってるから感謝しなさいよねー」

私と桐乃は再び顔を見合わせると、交錯した視線が火花を散らした。
初めて遠慮なく互いをぶつけ合った、あの2次会の時のように。

でも真一文字に結び面を強めていた口元はどちらともなく緩んでいって。
その変化が互いに可笑しくて気が付けば声を出して笑い合っていた。

本当、あの頃から何もかも変わったものね。

こうやって笑いながらあなたと学校からの帰り道を歩いているのだから。
私は今日卒業するとはいえ、同じ高校の生徒としてね。

その後も私と桐乃は本当に何気ない会話を繰り返した。
いつも顔を合わせる度に、いえ、それこそチャットやスカイプで
毎日している本当に取るに足らないような話題を。

「ねぇ、瑠璃……高校、楽しかった?」

駅までもう目の前まで歩いてきたところで、桐乃それまでの
やり取りとなんら変わらない調子でそう切り出してきた。

いつものようにまずは軽口の一つでも返そうかとも思ったけれど。

こちらを真っ直ぐに見ていた桐乃の表情を見た私は
こちらもしっかりと桐乃に顔を向け直して正直な気持ちを答えたわ。

「ええ、楽しかったわ。今までの学生生活の中で間違いなく一番、ね」

そんな懸命に、それでいて不安そうに尋ねられてしまっては。

きっと先輩もこんな顔の桐乃から人生相談をされているのでしょうね。

だって年上として、そんな可愛くていじらしいお願い事に
こんなにも応えてあげたくなってしまうのだから。

「……そっか。うん、それならいいかな」

言葉の通り、何気ない体を装いながらも。
明らかに桐乃の表情には心配から解き放たれた安堵の色が伺えた。

「まさか、それを聞きたくて今日待ち合わせたというの?」

そんな桐乃の様子が微笑ましいのも山々だけれど。
ついいつもの癖で思ってもいない事まで口に出してしまう。

だって、私の事で親友にそんなに喜んで貰えているなんて。

そんなの、嬉しすぎて堪らないじゃない……

「そんなわけないじゃん?ま、こんな日だから
  ちょっと聞いとこうかな、って思っただけだしー」
「そう、じゃあ本当の理由はなんなのかしら?」

でもその勢いに任せて私はさらに桐乃を追求した。
だって私ばかりがこんな気持ちになるのは不公平というものでしょう?
だからあなたにだって本音を聞かせて貰わないといけないわ。

「それは、まぁ、ホラ。いろいろと、ね?」

視線をさっと逸らすや否や、すぐに足を速める桐乃。

本当、本心を口に出すのは私以上に苦手な娘よね。
別にそこまでして隠すようなものでもないでしょうに。
だって、私だって同じ気持ちなのだから。

私は苦笑いを浮かべながら桐乃の後を追いかけた。
今までと同じように、そしてきっとこれからも変わらずに。

あのオタクっ娘の初のオフの2次会で互いに顔を合わせてから。
いつでも思った事を遠慮なく言い合えるような友達になって。
お互い負けないくらいに大好きな人を巡って大立ち回りをして。
同じ高校の先輩後輩として、今まで以上に楽しい日々を送って。

そして今日、私はその学校から卒業することになる。

初めて会った時から私たちの関係はこんなにも変わっていったけれど。
これからもこうしてあなたの我侭に振り回されながら
私はあなたと一緒に歩いていくのでしょうね。

それだけはきっと、これからどれだけの運命を迎え
幾多の因果を経たとしても、かわらないものだと思えるもの。

神魔の宿世も数奇な縁も理想の導きも、他のなによりも増して。

私自身、それが楽しくて仕方がないのだから、ね。


「それじゃ、私は行くわね」
「ばいばーい。あっきーやでっちゃんにもよろしくねー」

結局その後も世間話を繰り返して私達は駅の改札前に辿り着いた。

私はこの後駅前のボウリング場に向かうので
電車で帰る桐乃と互いに別れの挨拶を交わしたのだけれど。

「ねぇ、桐乃。あなたは楽しかったのかしら?」

結局桐乃からはっきりとした答えを聴き出せなかった私は
その変わり、とばかりに桐乃にもその問い掛けをしてみたのだけど。

「あったりまえじゃん?」

桐乃はちょっとだけこちらの意図を測りかねていたようだけど。
すぐさま彼女らしい八重歯をむき出したドヤ顔で答えを返してくれた。

「ふふっ、そうよね、あなたはいつだって」

そう、そんなことは聞くまでもないことだもの。
桐乃はどんな状況になろうとも、自分のやりたい事を
全力で押し通して、自分の人生を謳歌するのでしょうから。

だから今聞きたかったのは、桐乃自身の事ではなくて。

……まったく、口に出してもらわないと安心できないなんて。

そんな自嘲と安堵とが綯い交ぜな感情に思わず苦笑いを浮かべてしまう。

……やっぱりまだまだ駄目なようね、私は。

あなたと先輩とを巡る騒動が一つの決着を見てからというもの。
私はもう一度『真の理想の世界』を目指すことを自らに誓った。

そのための過程として、大切な人達との関係を推し進めるのは勿論、
自分自身に対しても高校生活を通して見つめ直して。
理想を適えるに相応しい存在であらんと日々を律し、勤しんできたわ。

目指す進路に向けた勉学にも、皆で想いを合わせて創出する部活動にも。
そして自ら率先して友好関係を築くことも、ね。

こうして振り返ってみてもある程度の成果を出すことは出来たとは思う。
桐乃やユウを始め、皆に助けられてばかりだったのも事実ではあるけれど。

もっともそれ自体を無為に卑下するつもりはないわ。
一人で出来る事の限界なんて当の昔に思い知らされているもの。

だけどその結果として、私が克服するべき重大な要素の一つが
いまだその成果を実感できていないようでは。

……まだまだ、あなたに胸を張って向き合える時は。
『真の理想の世界』に辿り着く日は遠い、ということかしら。

そんな自分の不甲斐なさには苦笑いを浮かべるより他ないのだけれど。

「ま、瑠璃も最後のクラスのイベント、楽しんできなさいって。じゃーねー」

桐乃はそんな私にドヤ顔のまま手を振ると、小走りに改札を通っていく。
その後姿が階段で見えなくなるまで私はその場で黙って見送っていた。
あの娘のそんな思い遣りに感謝しながら。

でも心の中ではしっかりと反論はしておいたわ。
だって、最後のイベントなんかじゃないわよ、桐乃。

卒業しても今のクラスメートとはクラス会や同窓会もあるでしょうし。
いえ、そんな畏まったものでなくても、いつだって好きなときに
会えばいいんだってもう解っているから。

毎日顔を合わせられるような機会はなくなってしまうけれど。
今までに紡いできた縁は決して離れる事はないって信じられるから。

たとえ未だに自分自身の事は信じられなくても、ね。

ひょっとしたらそう思えることこそが、私の高校生活で
得ることができた一番の宝物なのかもしれないわね。

高校を卒業する今日この日に、そんな確かな手応えを感じながら。

私は意を決すると大きく一歩を踏み出した。

もう一度その縁を皆と分かち合うために。

そして明日から始まる新生活に向けて。

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