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『夢と絶望の果て無き戦い』:(直接投稿)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
明けましておめでとうございます、黒にゃん!!

そんなわけで新たな年を記念して、今年も黒にゃんに幸あれと願うために
SS『夢と絶望の果て無き戦い』を投稿させて頂きました。

この話は原作12巻から1年後の話として書き始めた拙作
(直近は『朝の光輝けり』)から話が続いていますが、今までの作品との
関連は薄いので、この作品だけでも問題なくお読み頂けると思います。

また黒にゃんや桐乃が登場している格闘ゲーム『電撃文庫 FIGHTING CLIMAX』の
知識があると(私の描写不足を補完できて)より楽しんで頂けると思います。

それでは相変わらずまとまりの無いSSで恐縮ですが
この年初めに少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

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……助けて……
……この世界の……夢を……救ってください……

どこからかそんな幽かな声が聞こえていた。

救世という典型でありながらも心躍る言葉に興味を覚え
最近見た何かの小説かアニメの台詞だったかしら、
とぼんやりと自分の記憶を辿ってみる。

小説などで気に入った表現を見かけたら全て『創世の書板』に抜き出して
後の作品作りに役立てている私だけれど、特に該当するような
タイトルも文章も思い当たらなかった。

……残された希望は……夢は……

でも、それが自分に向けられていた言葉であると認識した途端、
周囲を包んでいた闇が晴れていき、急速に意識が覚醒した。

「……ここは……どこ?」

開けた視界を見回した私は、思わずそんなベタな台詞を口に出してしまった。
だって、それくらい周囲の風景にまったく身に覚えがなかったのだから。

月光に染め上げられた武家屋敷。一言で言えばそんな情景だったのだけど。

派手やか過ぎるほどの過剰な装飾や金色の布で張り渡された襖、
そして紅い月光に負けじと煌々と眩く照らしだしている数多の篝火。

まるで海外作品でよくある『間違った日本文化』をそのまま
顕したかのような、見知っているものだからこそ感じる強烈な違和感。
ここがそんな現実離れした場所なのだと、それが如実に物語っていた。

しかし私の疑問に応えてくれる者もなく。それどころか周囲には
人影すら見当たらず、私は当て所なく周囲をさ迷い歩くしかなかった。

……確か私はおせちとお雑煮を皆で食べた後、部屋で勉強をしていたはず。

でも今はその時に着ていたはずの小豆色のジャージに紺のどてら姿ではなく
『夜魔の女王』の装いである手ずから縫い上げたゴスロリ服だった。

勿論、私が新しき闇の力に目覚めたのでなければ
その装束に着替えた記憶など微塵もないのだけれど。

時も場所も自らの行いすらも。何もかもが不可解すぎる状況だった。

……まさか『闇の渦』に飲み込まれて魔界に誘われたのではないでしょうね?

クククッ、そう。ついに来たのね、この時が。
私が本来の『彼方の世界』に舞い戻り、我が力を存分に揮える時が!
見ているがいいわ、私を認めようとしなかった愚民達よ。
直に本当の支配者が誰なのかを思い知る事になるでしょう。

今の私が置かれているこの不可思議な現象を検分し
『闇考分析』にかけることで導き出された答えに一人満足する私。

えっ?見知らぬ状況にたった一人でいるのが
不安で仕方ないから現実逃避してるだけだろう、ですって?
演算が袋小路に嵌った時には思い切った発想の飛躍が必要なのよ。
統括思考も出来ない浅慮な輩は余計な口出しをしないで頂戴。

『闇の小宇宙』が『女王』の位階まで高まっていく事を感じながら
昂ぶる氣力を『妖艶なる嘲弄』によって発散したまさにその時。

私は柱の影に隠れるように倒れていた一人の少女を見つけた。

見紛うことなきこの茶髪。大人びた中学生モデルで
通っている、というのがいまだ信じられないこの丸顔。
彼女の快活な性格に良く似合っている、夏の制服に身を包み
しかし微動だにせずに倒れているのは、我が生涯の宿敵である
『熾天使』桐乃だった。

「桐乃!?だ、大丈夫なの?」

私は名を呼び続けながら桐乃の元に駆け寄った。
しかし相変わらず桐乃からの反応はまったくない。
嫌な予感を振り払いつつ、私は慎重に桐乃の腕を取った。

よかった。脈はしっかりしている。
胸元も規則的に上下していて呼吸も問題ないようだった。

「ふひひ……りんこりん、可愛いよ、りんこりん。
  何?助けて欲しいって?うんうん、全然心配することないんだよ~
  すぐにお兄ちゃんが助けてあげるからね~」

……ええ、本当に何も問題がないようで安心したわ。
まったくさっきまでの私の焦慮を返して欲しいものよね?

これ以上ないくらいの幸せそうな寝顔の桐乃を見下ろしながら
私は次の行動を決めあぐねていた。ひとまず自分ひとりでは
なかったことに安堵しながらも、この場所に自分だけならともかく
私と桐乃の二人きりというのが、何者かの作為故であるのを感じていたから。

どちらにしろ桐乃からもいろいろと確認しなければならないでしょうね。
そもそもそんな妄想に塗れた夢を見ているような不埒な輩への
これは教育的指導でもあるわ。

私はいつも日向にしているように、桐乃の耳を抓りながら
引っ張りあげると、息を大きく吸い込み、耳元に有らん限りの
魔力を籠めた『人根の叫喚』を解き放った。

「ひぇえぇぇえええ!?な、ななな何、何をしたの、みやびちゃん!?」

迂闊に聞けば魂をも滅するというその叫びの力には
さしもの『熾天使』といえども抗しきることはできなかったようね。

「みやびちゃん、じゃないわよ、まったく。
  その間抜け顔をいつまでも晒していないでいい加減起きて頂戴」
「え、えええ?瑠璃……?ど、どうしてあんたが家にいんのよ?」
「ここはあなたの部屋じゃないわ。よく周りを見回して御覧なさい」
「……どこなの、ここ……確か部屋で『しすしすEX』の
  お正月イベントをずっとやってたはずなのに……」

桐乃は彼女には珍しく呆然とした表情で周囲の武家屋敷を見渡していた。
まあさっき私も同じ状況になっていたのだから気持ちは良くわかるのだけど。

「そう……やっぱりあなたも気がついたらここにいた、ということね」
「あんたもそうだったってこと?」
「ええ、私も自分の部屋で勉強をしていたはずだったわ。
  それがいつの間にかここで『夜魔の女王』の姿で顕現していたというわけ」
「あ、そういやあたしも学校の制服になってる。しかもお正月なのに夏服?」

桐乃は益々当惑して自分の姿を見回していた。
そうだとは思っていたけどその辺も私と同じということね。

私だけというなら『闇の力』が発動したとも考えられたけれども
さすがに桐乃まで思いもよらぬ力が目覚めてここに現れた、
なんてことはないでしょうし。やはり何者かが私達を拉致し
服装まで着替えさせた上でここに放置した、ということなのかしら。

とはいえ、そんなことが果たして可能なのか。
私も桐乃も自宅の部屋にいたわけだし、家族に気が付かれる事なく
そんな事をやってのけるなんて。

いえ、ひょっとして日向たちも一緒に……?
そう思うといても立ってもいられなくなるけれど
状況がわからない今は焦ったところで状況は好転しないでしょうし。

それにこれで私の考えていた推測は裏付けられたのでしょうしね。
私と桐乃という縁浅からぬ二人をこんな見知らぬ場所に同時に連れてきた以上
そこには明確な意図があるのでしょうから。

「で、どうすんの、これから?」

ひとまず不可解ながらも状況を受け入れた様子の桐乃は
いつもの調子で私に尋ねてきた。まったく、相変わらず
自分の力の及ばない事は人に丸投げする悪癖はそのままのようね。

「……そうね。あなたも私もここにいる理由を何も覚えてなくて
  思い当たる節もないのだから、正直私達が打つ手もないのだけど。
  でも、おそらくはすぐに」

私がそう言った途端、まるでそれを待ち構えていたかのように
先ほどまで誰もいなかったはずの場所に一人の少女が姿を現していた。

日向くらいの年頃のその少女には見覚えがあった。
少し変わったデザインの学校の制服姿に桃色のショートカットの髪、
そしてそれを片側で結えている紫のリボンがよく似合っていて
彼女の可愛らしさをさらに引き立てている。

とはいえ、私は彼女に面識があるわけでも
ましてや直接に顔を合わせたことがあるわけでもない。
というよりは本来そんなことはあるはずがないのだから。

だって彼女は……物語の中の登場人物なのだから。

「あっ、あんたまさか……、ふおぉぉ、やったー!2次元の世界きたー!!

桐乃も彼女に気が付いた途端、先の寝言以上の奇声を上げていた。
私は思わず深淵の底から吐き出す瘴気のように深々と溜息を付いてしまう。

この異常な状況にでもそんな反応ができる桐乃には、ほとほと
呆れ返ってしまうけれど。まあある意味らしいとも言えるかもしれない。

私は一人でいたらきっと混乱してさぞかし取り乱していたことでしょうけど。
こんな状況でも動揺もしないで自分を保っているのだから。

それにしてもそろそろ私達をここに連れてきたものが
何かしら動きを見せる頃だと踏んでいたけれど。
こんな展開が待っているとまでは我が『神眼』を持ってしても
予想することは適わなかったわ。

……まさか……ここは本当に物語の中の世界、だとでもいうの?

そんなことはありえない、そう現実を拒絶しようとして私は頭を振った。
今はそんな事を考えている場合じゃない。私はともかく桐乃だって
一緒にいるのだから。冷静に沈着にこの異様な状況にも対応しなければ。

私は自分にそう言い聞かせると改めて彼女、『湊智花』を見据えた。

「……」

少し離れた場所から智花の方もじっとこちらを見ているだけだった。
でも物語の中での彼女らしからぬ、険の入った表情が気がかりではある。
まるで私達にはここは相応しい場所ではない、そう言うかのように。

「智花ちゃん!妹になってぇぇぇ~~~!!」

しかしそんな雰囲気も空気も読まずに桐乃は相変わらずのノリで
智花に向けて自らの煩悩を丸出しにしていた。まったく少しは
相手の表情くらい見てから、言うべき台詞を選んで欲しいものよね。

まあ、小学生の可愛い女の子達が健気にスポーツで頑張る
あの作品に入れ込んでいるあなたからしてみれば。
まさに空想が具現化したような夢のような状況なのだから
それも仕方ないかもしれないけれど……

「あなたたち、邪魔です」

しかし智花は私の予想通りに拒絶の意思を宣言すると、静かに、
それでいてはっきりとした意思を感じさせながらこちらに近づいてきた。
その愛らしくも鋭い瞳がその台詞が冗談ではないことを物語っている。

「って、ええええ!!マジで!?なにこの展開!」

さすがの桐乃も智花の剣幕に只事ではないものを感じとったらしい。
困ったように桐乃はこちらを振り返るも、私とてどうしたらいいのか
決めあぐねていた。

やはりここで私達普通の人間は異分子であるということ?
ひとまずはこの場を離れたほうがいいかしら。

そう結論付けて、桐乃に逃げるように促そうと思ったその時。

智花は物語の中でのバスケット選手の彼女宜しく
弾かれたような瞬発力を見せて一気に私達との距離を詰めてきた。
そのまま前にいた桐乃に体当たりでもするつもりなのか
走ってきた勢いを少しも緩めることもなく。

「あぶない、桐乃!」

桐乃はこちらを振り返ったままそれに気が付いていなかった。
私は反射的に桐乃の前に飛び出して智花の勢いを押し留めようと
右手を前に突き出した。

その瞬間。

そうした私自身が目を疑うような事が起きていた。

私の周囲にいくつもの薔薇の花が発生したかと思うと
その花弁がまるで弾丸となって智花に向って放たれていたのだから。

それを見て取った智花はダッシュを止め、どこから取り出したのか
両手に持ったバスケットボールを自らの前にかざしていた。
そして迫り来る無数の薔薇の花弁をボールで受け止めきると
私の力を警戒したのか後方にステップをして一旦距離を離していた。

「え、瑠璃!?あんた、今のはどうやったの!?」

私の直ぐ後ろでそれを見ていた桐乃が目を真ん丸にして私に尋ねてくる。

「わ、私にも解らないわ。でも、それが出来る事が
  今の私には当たり前のように思えた気もするの」

私自身、今の現象に混乱しながらも桐乃に応えた。普段の私なら
いくら小学生の女の子とはいえ、あの勢いで体当たりをしてくるのを
右手一本で受け止めるなんてとてもじゃないけどできるわけがないのだし。

でも咄嗟だったとはいえあの時の私は、そうすればあの娘の
突進を食い止められると確信して動いたようにも思える。
まるでそれがゲームのルールだ、と始めから理解していたように。

しかしその真偽を確かめる暇などなく、智花が次の行動に転じていた。
バスケットボールを右手で構えるとジャンプからのフリースローのように
私達目掛けて放ってきた。

でも、実際のバスケットボールのシュートように、ボールの速度自体は
さほどあるわけでない。さらにその軌道から私達の頭上を飛び超えて
しまうと予想できたので、私は智花の次の行動に注力しようと
ボールから目を離していたのだけれども。

「バカ、瑠璃!ドコ見てんのよ!」
「え?きゃぁあ!?」

そんな私を桐乃が突然脇に抱きかかえると
その体勢のまま凄い勢いで後ろに跳躍していた。

見れば私達の先ほどまでいた場所をボールが通過しようとしたその瞬間
突然バスケットボールのゴールが空中に出現して、そのゴールに
ボールが入ったと同時に、煌きを放つ何かがその周辺を覆いつくしていた。

その光に触れた瞬間、その場にあった篝火が土台ごと跡形もなく消し飛んだ。
撒き散らされた火の粉がフィラメントが切れた直後の電球の如く
その寸刻のみ周囲をそれまでの倍する明るさで照らし出していた。

「き、桐乃?あなた一体……」

それを察知した事もそうだけど、いくら陸上で鍛えているとはいえ
私を抱えたまま一気に数メートルは跳んだであろう桐乃に
今度は私が驚かされる番だった。

「話は後っ!あっちは完全にやる気なんだから
  いくらもっかん相手でもこっちもやるしかないっしょ!」
  
そう言うや否や、桐乃は常人離れした速さで智花に向って奔り込む。
その勢いのまま右手の肘を突き出して智花に突進していった。

智花は先に私の攻撃を防いだときと同じく、両手に持った
バスケットボールをかざして桐乃の肘打ちを受け止めた。

ガシッと、周囲に重く激しく響いた音が、桐乃の攻撃も
それを受けた智花も、年端も行かない少女が行ったとは
信じ固い程の力が籠められていた事を物語っていた。

だけどそれに驚いてばかりもいられなかった。
攻撃を受け止められて上体が仰け反るように体勢を
大きく崩していた桐乃が反撃を受けるのは必至だったから。

「桐乃、下がりなさい!」
「いらないってーの!いくよっ!下っ!!」

もう一度さっきの力で援護を、と思った私を桐乃が良く通る声で制止した。
と同時に、桐乃は崩れていたと思った体勢を逆らわずに横倒しにしつつ
滑り込むようにして智花の無防備になっていた足元を狙った。

桐乃の肘打ちに意識が向いていた智花は、その高さの変化に付いていけずに
前足を勢い良く払われていた。つんのめった智花に対して、桐乃は素早く
起き上がると勢い良く肩からぶつかって行って、智花を仰向けに押し倒した。

「この……目を覚ましなさい!」

そのまま桐乃は智花に馬乗りになると容赦なく頬を引っ叩いていた。
ぱちーんっ、と聞くだけでも痛そうな音がここまでも響いてくるくらい。

それにしてもあなた、確かに相手側から仕掛けられたとはいえ
さっきまであんなに萌えていた相手に随分容赦のない攻撃よね?
普段原作を読んでいるときには『ふおぉぉ、智花たんは私が護ぉーる!』
とか散々わめき散らすほどお気に入りのキャラクターだというのに。

まあでもそれが桐乃のすごい所でもあるのかもしれない。
自分の一度決めたことに対しては一切の妥協も躊躇もせずに貫き通す。
その心意気だけは確かに見習いたいところではあるわね。

それに、桐乃も智花がそれで正気に戻ってくる事を期待しての
攻撃だったのでしょうし。確かに智花の原作内での性格を考えれば
何者か、例えば私達をここに連れてきた黒幕とか、に
操られている可能性は高いように思えるものね。

でもこちらのそんな甘い期待とは裏腹に、智花は後方に弾け飛ぶようにして
起き上がると、すぐさま反撃をしかけてきた。その愛らしい顔とは裏腹の
鋭く冷たく昏い、こちらへの、いえ、全てに敵意むき出しの瞳のままで。

「お願い!」

智花の鋭い声と共に再びバスケットボールを放り投げた。
今度は先程とは違い、胸元から両手で押し出すフォームで
ボールは低い軌道で放たれ、私達の目前でワンバウンドしていた。

今度も明らかにこちらに当たるような軌道ではなく右側に逸れていた。
それでも先程のシュートの件もある。私達は油断なく智花の動きにも
ボールの軌道からも注意を逸らさずにいた。

「お~、覚悟ー」

それだけに、もう一つの存在が突然現れたことへの反応が遅れてしまった。
ボールが私達の横を通り過ぎたと思った途端に、後ろから
不意にそんな声が聞こえてきた。驚いて私が振り向いたときには
その声の主の少女は智花の投げたボールを受け止めると
ドリブルしながら桐乃に向けて突進してきていた。

ボールが逸れた事で次の行動に移ろうとしていた桐乃は
その突進をまともに背中から受けてしまい、大きくよろけた。
さらに少女はジャンプしながら後ろ向きにボールを放つと
またもや突然空中に現れたゴールに吸い込まれていき
前のシュートの時と同じように煌く光が周囲を包みこんだ。

「いっったあ!?」

その光に直撃されて悲鳴と共に桐乃は地面に叩きつけられた。
いつのまにかその少女-確か智花と同じ作品の中の袴田ひなた-の姿は
現れたときと同様に突然に掻き消えていた。

さらにそこに今度は智花自身がドリブルしながら突っ込んできた。
うつ伏せに倒されていた桐乃はそれを避ける事も受け止める事もできず
ドリブルのボールの下敷きになってしまう。

しかも、あろうことかボールに触れた桐乃の姿は、同化したかのように
ボールに吸い込まれてしまい、何度かドリブルで地面にたたきつけられた後
ジャンプから空中に放り投げられた。

そしてその度に決まって空中に現れるゴールに決まると
これもお約束のように煌きが発生した。そこでようやく本来の姿に戻った
桐乃はやはり煌く光に弾かれて、再び地面に向けて吹き飛んでいく。

「あーーーッもう!」

しかし身を捻ってなんとか足からの着地に成功した桐乃は
その反動も利用して後方に飛んで体勢を立て直していた。
智花もそれ以上の追撃はせずに、油断なくこちらの出方を伺っている。

「なんだかわかんないけど、もう一人隠れてるってコト?」
「いえ、きっと今のはあの娘の作り出した『幻像』みたいなものよ。
  後ろの風景が透けて見えていたから。どちらにしろ本当のバスケットの
  コンビネーション染みた攻撃に惑わされないようにしないといけないわね」

苛立つ桐乃に私は冷静にそう応えた。本当にそんな仕組みだとを
知っているわけでもないのに、何故か一目でそう確信できたから。

「それにしてもあなた、一瞬ボールに同化していたけれど身体は平気なの?」
「んー、まあ打ち身とかはあるけど別に異常はない……かな?」
「それもあの娘の特殊能力の一つ、なのかしらね……
  まあどちらにしろ今はそんなことを議論している暇はないでしょうね。
  この場では『起こる事は起こる』、というくらいの気構えでないと」
「おっけー。そんじゃ智花ちゃんには悪いけど、思いっきりいくよ!」

そもそも自分達が何故こんなことができるのか、ということからして
自分でも説明が出来ないくらいの大問題なのだから。
今はこの状況をなんとかして打破するのが先決でしょう。

次々と湧き上る疑問を心の中でそう押さえつけると
私は改めて智花と桐乃の動きに意識を戻して集中し直す。
と、同時に身体の内から膨れ上がる力を感じるとともに
脳裏を閃く何かが私の行動を促した。

「桐乃、あなたに今から我が闇の力で防御結界を施すわ。
  一度だけなら相手の攻撃を無効化するし、自動的に反撃するから
  相手の迎撃を恐れずに仕掛けなさい」
「え、そんなこともできんの?さっすが元祖邪気眼厨二乙。
  ま、あたしも今は人のこといえないか。んじゃちゃちゃっとお願い」
「無駄口叩いてないで素直に受け入れなさい。ふふっ、闇に落ちよ……」

私は湧き上る力を解き放つと、周囲の影が一際濃くなったかと思うと
桐乃と私を闇が包み込んでいった。数瞬後にそれが晴れた時には
薄っすらと燐光を放つ五芒の陣が私達に展開していた。

それを見るや桐乃は智花に向って疾風の如く走り出した。
そして残り3,4mと言ったところで大きく跳躍すると
いつの間にかメイド服姿になって手に持っていたモップを
眼下の智花に向けて大きく振り抜いた。

……それにしてもいきなり桐乃がコスプレしたばかりか
どこから取り出したのかモップで攻撃していたり。
そもジャンプの高さが軽く3mに届きそう、なんてことには
一々驚いてなどいられなくなってしまっているわね……

対する智花は両手に扇子を取り出して身を捻りながら飛び上がった。
その如何にもな挙動は所謂対戦格闘ゲームにおける『対空技』と
呼ばれる代物とそっくりだったわ。

案の定、桐乃のモップ攻撃は日舞のように流れる動作の扇子で
優雅に受け止められ、その流れのまま上昇した智花の次の扇子の攻撃が
桐乃の身体を過たず捉えていた。

でもその瞬間、先に桐乃身体を包むように展開していた魔法陣が
一際輝きを放ち、扇子の攻撃と相殺した。と、同時に陣が消失する際に
衝撃波が発生し、その周囲にいるものに対して容赦なく牙をむいた。

それは魔法陣に攻撃を仕掛けた智花は勿論のこと展開していた桐乃にまでも。

「バカ瑠璃!あたしまで反撃くらうじゃん、これ!!」
「そのくらいしっかりガードなさい。ほら、攻めるなら今よ!」

等しくダメージを受けたとはいえ、予想外に攻撃を無効化され
なおかつ上昇中に魔法陣の攻撃を受け、空中にさらに浮き上がっていた
智花の方が、体勢を立て直すのに時間が掛かっていた。

私に言われるまでもなく、それを見た桐乃は即座に行動を起こしていた。

「もらったァーーーッ!!」

智花を追いかけ空中に飛び上がりながら手刀、かばんを連続で繰り出し
さらに、気合の入った掛け声と共にビーチボールをスパイクの要領で
智花に向けて叩きつけた。

たかがビーチボールのはずなのに、ボウリングのボールがピンを弾き飛ばすが
如くの勢いで智花は吹き飛び、地面に激しく打ち付けられていた。

「どんな獲物もまっかせなさーい!!」

バウンドするほど強烈に地面に叩きつけられた智花に
桐乃はさらなる追撃を見舞った。もはや突っ込む気すら失せるような
巨大なUFOキャッチャーが現れて智花をその中に捉えると
キャッチャー商品に見立てられた智花を巨大クレーンで挟み込む。

状況をこうやって説明するのも馬鹿馬鹿しいようなその技だけれども。
どうやら与えるダメージは大層な見た目通りの大技のそれだったようね。
キャッチャーの筐体も消失して、その内部から解放された智花が
しかし二度と立ち上がることなく地面に倒れ伏したままだったのだから。

「やっと二次元の世界に来られたってのに!
  なにこの展開!信じらんない!!」

でも桐乃はそれに安心するでも喜ぶでもなくただ怒りを顕わにしていた。
例え自らの行動に躊躇も迷いもなかったとしても。それが自分にとって
本当に望んだ事かどうかは別問題だったのでしょうしね。

それは私にとっても同じ事。いくらそれ以外の方法が見出せなかったとはいえ
こんな手段を取らざるを得なかったのは私の至らなさでもある。

なにより、あなたにそんな想いをさせてしまったことも。

「桐乃、まずは智花の様子を見ましょう。
  ここまでしてしまって何だけど、私達以外にはここで出会った
  始めての人なのだから、何かしら話を聞ければいいのだけど」

それでもまたこちらを攻撃してくることがないように
拘束するくらいはしなければならないでしょうね。
私はそう結論付けると今だ倒れている智花の元に近づいていったのだけれど。

不意に智花の身体が揺らいだかと思うと、まるで空間に溶け込むように
その姿が薄らいでいって、遂には跡形もなく消え去ってしまった。

今更何が起きてももう不思議でもないくらいだけれど。
ひょっとして先の戦いに敗れていれば私達も……?
そう思わされた私と桐乃は、暫し言葉を失って
智花が居た筈の場所を呆然と見詰める事しかできなかった。

「消えちゃったけど……ひょっとして、偽者だったってこと?」
「……そうね。そう考える方が腑に落ちる点が多いわ」

何も判っていない今の状況ではそんなことは何の根拠もない希望的観測
さらに言えば罪悪感からの逃避、ということは内心解っているけれども。

桐乃のその言葉に、私も只々頷くだけだった。

「いいえ、違います……それは取り込んだ世界の
『情報』を模倣した「絶無」の一部です……」

突然その場に響いた声に、私達は驚いて回りを見渡した。
その声には聞き覚えがあったから。

「あなたは一体……それに「絶無」というのは?」

私達を挟んで智花の倒れた場所とは正反対の位置に一人の少女が現れていた。
両端が強烈にカールされた桃色の髪にどこかで見たようなデザインの
独特なヘッドドレスを付け、まるでRPGのキャラクターのような
出で立ちにご丁寧に腰から剣まで下げていた。

「この世界を……夢を……救ってください……!
  お願いし……きゃあ!」

彼女の消え入りそうな声は、突然の彼女の悲鳴で中断してしまった。

「電神めらが……まだ他の世界にリンクする力が残っていたか。
  貴様達が最後の『希望の担い手』というわけか。
  いいだろう、実力を見せてみろ」

苦しむ少女の下に慌てて駆け寄ろうとした私達の元に
今度はまるで機械で無理やり合成したような声がかけられた。

私達は即座に声が聞こえた後方を振り返ると
先ほど智花が倒れていた場所に蜃気楼のように朧げな少女が現れていた。
智花が消えたときとはまるで逆に、次第にはっきりとその像を結んで行き
すぐに黒いドレスを纏った美しい黒髪の少女の姿となった。

「ひょっとしてこの変身してる、こいつが絶無?」
「そのようね。取り込んだ情報の模倣……
  そういわれてみればあの娘にも見覚えがあるわ」

確か『加速世界』と呼ばれている人気作品のヒロインで
作内では『黒雪姫』と呼ばれているキャラクターだったはず。
先の智花といい、取り込んだ世界の情報というのは
何らかの物語の世界ということなのかしら。

しかし私がそれに関してそれ以上の思索を巡らせる事はできなかった。
黒雪姫となった絶無が、それ以上の問答は無用とばかりに
私達に攻撃を仕掛けてきたのだから。

「話は後!偽者だってわかってれば始めっから容赦しないかんね!!」
「ええ、どうやら今回の黒幕はその「絶無」で間違いがないようだしね」

私達は再び戦闘態勢を整えると、黒雪姫を模倣した絶無の放った
黒く伸びる槍のような攻撃を、紙一重で交わしていた。



    *    *    *



「きりりんさいきょ~♪まるでゲームみたい!きゃっほー!!」

絶無の模倣した『黒雪姫』のリーチの長い攻撃に手を焼いたものの
私の『神魔絶滅衝』で遠距離戦を対抗しつつ、桐乃が間合いをつめた後
スピード勝負と手数で制して辛くも勝利した。

続けて絶無の変身した『司馬深雪』には空中を自在に舞う
変幻自在の動きに翻弄され、強力な氷の魔法攻撃に散々に苦しめられた。

それでも1度見た攻撃で我が『神眼』が見切れぬものなどないわ。
私は桐乃に『深雪』の攻撃パターンを指示して的確に隙を突かせると
そこから逆に反撃を許さぬ猛攻で押し切ってこの難敵を倒していた。

そんな厳しい連戦を乗り越え、桐乃はすっかり高揚していた
テンションそのままに、如何にもな勝ち鬨の声を上げていた。

「何が最強よ。あなたの力だけで勝ったわけでもないでしょうに。
  そんなことよりも『電神』だったかしら?あなたは大丈夫なの?」
  
私は絶無が襲ってきた事で中断させられていた少女、
『電神』との会話を再開するべく彼女の元に駆け寄った。

電神と呼ばれた少女は、相変わらずどこか苦しげな表情だったけれど。
私の問い掛けに毅然とした態度で頷き返してくれた。

「はい。ただ、今の私はこの世界の力のほとんどを絶無に
  吸収されてしまって、こうして姿を保つ事が精一杯の状態ですが」
「そう……でもそんなところを悪いけれど
  あなたが私達をこの世界に『召喚』したのでしょう?
  その理由や絶無について。そして私達のこの謎の力に関しても
  聞きたい事は山ほどあるわ。……話してくれるのかしら?」
「はい、勿論です。今はあなたたちのおかげで、この一帯の絶無の力は
  弱まっていますのでそのくらいの猶予はあると思います」
「大丈夫、だいじょーぶ。絶無なんてキモイのがくんなら
  何度だってあたしがそっこー追い払ってあげるから!それに、さ」
  
相変わらず自信満々に何の根拠もなく断言してのけた桐乃だったけれど。
一旦そこで言葉を切ると、遠い目をして空を見上げていた。

「あんただったんでしょ?あたしに助けてくれってずっと言ってたの。
  『電子の女神』ちゃんからの人生相談、確かにあたしが承ったから
  そんな辛そうな顔してないで大船に乗ったつもりでいなさいって!」

そう言うや桐乃は八重歯を見せて会心の笑顔を電神に向ける。

……まったく、あなたは。詳しい話を聞いてみないうちには
そんな事を軽々しく約束してしまっていいわけないでしょうに。

昨今では救世や希望の徒と称して、自らの魂を取り出されて魔へと
堕ちる運命にされてしまったり、莫大な力の見返りに、己の感覚を
代償にして戦い続けねばならなかったりする話もあるのよ?

それでもそんな桐乃に安心したように微笑を返す電神を見ると
考えている事とは裏腹に私も誇らしげな気持ちになってしまう。

そんな世の中に溢れかえっている酷い設定の不幸に塗れた物語でも。
そんな状況を覆す主人公は、私のように小賢しく考えを巡らして
目敏く立ち回ろうとするようなキャラクターではなくて。

いつだってあなたのように信じた道を胸を張って突き進む人物だもの、ね。

ならば私がここでやらなければならないことは。あなたが進む道を共に歩み
障害があれば全力で排除し、問題が起こりそうなら未然に防ぐこと。
それでもままならないものがあるなら、私がそれを引き受けるわ。

「では何故私達がここに呼ばれることになったのか。
  その理由からまずは聞かせてもらえるかしら?」

私は自らに固く誓うと、早速それを成す為の行動に移った。


「成程……あの絶無はこの世界の絶望から生まれた存在。
  夢や希望を糧として取り込み、よりその力を増していく。
  そしてこの世界のみならず、取り込んで強化された力を持って
  いずれは全ての世界の夢や希望を喰らい尽くす事になってしまう、と」

私は電神より説明された事柄を要約して確認した。
それに対して電神は大きく頷くことで肯定してくれている。

「それを阻止するために私達は別の世界から呼び出された。
  この世界ではもはや絶無に対抗しうる存在がなくなってしまったから。
  ここで絶無を食い止めるための『対抗者』として戦う力も付与されて」
「はい。あなた達でなく、他にも様々な世界からの有志が
  私達の呼びかけに応えてこの世界に集ってくれました」
「でも、みんなあの絶無にやられて吸収されちゃったんでしょ?
  『貴様達が最後の希望の担い手だ』って言ってたしね」

電神は俯きながらも桐乃に頷いてその言葉をも肯定する。

「……全ては私達の考えの甘さが招いてしまった事です。
  でも、あなたたちなら。様々な世界の夢や希望を垣間見て
  それを自分達の力と換える事ができるあなたたちならばきっと」

それでも電神はそう言うと顔をあげ、私と桐乃の顔を交互に見て
目を輝かせていた。文字通りの希望をそこに見出しているように。

一通りの疑問に思っていたことの回答を貰った私は
改めて今後の行動方針を頭の中で纏め上げた。

「何れにしても絶無をここで倒さない限り
  私達に未来が訪れることはないのでしょうし、ね」

電神に願えばおそらく現実に戻して貰う事は可能でしょうけれど。
それではいずれ私達の世界ですら絶無に飲み込まれてしまうことになる。
しかも現実に戻れば、今の私達に宿っている力など皆無なのだから
それに対抗する事すらできないものね。

そう理解し、覚悟を決めても、我が身の奥底から湧き上る震えが
じわじわと心にまでも侵食してくるのがわかる。

もしも私達が絶無を食い止められなかったのなら。
全ての世界が滅びさるのだという、この眩暈がするような状況に。

「よっしゃー、燃えてきたー!!ともかく絶無を取り込んだ世界の数だけ
  倒せばいいんでしょ?そんなことくらいお安い御用だってーの。
  あたし達にどーんと任せなさーい!」
「……相変わらず威勢がいい事ね、あなたは。
  まあ、今はその気構えくらいは見習ってあげてもいいかしらね」

これでもかといわんばかりのドヤ顔で胸を叩く桐乃に
私も精一杯の虚勢を張って艶然と微笑み返した。

桐乃とて私と同じように身震いするほどの重圧を感じているに違いなかった。
でもあの娘はそれを強烈な自己暗示で己の力へと換える事ができる。
困難な大きければ大きいほど自分の実力以上のものを発揮して
立ち向かうことができる。

元々は先輩を見返すために。先輩に自分を見てもらいたいがために
自分に言い聞かせていたことが発端だったんでしょうにね。

いまやそれが桐乃を『熾天使』たらしめるほどの
輝きを放つ力の源泉になっているのだから。

だからあなたの『永遠の宿敵』たる私だって
あなたの隣に並び立ち、あなたに負けないように進まなければ。

あなたのように自信を持つ事はできないけれど。
その変わり決して諦めることなく歯を食いしばって事を成すわ。

まあ、あなたは予想外の事なんかには時に脆さも見せるのだし。
私達のサポートが必要というものでしょうし、ね。

「ふん、やはり、ただの凡愚か……神仏か魔神の類でも
  呼び出すかと思えば、随分と拍子抜けだ」

心外ながらも既に聞きなれた絶無の声が聞こえてきた。
何もないはずの空間に次第に何者かのシルエットが浮かび上がっている。

「あんたらがどんな夢を抱えていようが知ったことじゃないな。
  俺はなにもかもぶった斬るだけだ」

そして見る間に真っ黒な服装の剣士の姿となった。背中には2本もの
長剣が背負われている。勿論、この人物にも私は心当たりがあった。
そしてその恐るべき実力も。

……この世界まで吸収しているというの、絶無は。

黒き二刀流の剣士『キリト』。それと実際に戦うことになるなんて。
私はその戦慄に、再び身を震わされる思いがしていた。

「夢なんてものは、剣の前には無力だ。
  絶望と恐怖の中で、あんたたちも消えていくんだ」
「……なーんか、ハラたってきた!
  『その顔』で……つまんないコト言うなっ!」

桐乃も勿論相手がキリトだと気が付いていたようね。

普段の桐乃が物語の男性のキャラクターに対して思い入れを
持つような事は珍しいのだけれど。不思議とキリトに対しては
盛んにカッコいいだの素敵だの言っていた記憶がある。

なんでも他人の気がしない、とのことだったけれど。
不思議とそんな事を言っているときの桐乃は、先輩と穏やかに
話しているときのような素の彼女を出している気がした。

そんな桐乃にとってキリトの姿をした絶無が心底許せなかったのでしょうね。
気合の声を残すと、私の制止の言葉すら聴かずに飛び出していった。

こうなれば仕方ないわね。どちらにしろ誰になっても戦うしかないのだから。
私は激しい戦いになる予感を振り払いつつ、桐乃の後を追いかけていった。



    *    *    *



予想に違わずキリトは恐るべき相手だった。最初のうちは様子見だったのか
一本の剣しか使わずに戦っていたけれど、それすら素手の桐乃からしてみれば
脅威的なリーチを誇り、そして同等以上のスピードで攻撃を繰り出してきた。

私と桐乃の連携でなんとか対抗していたけれど。遂にはキリトは
2本目の剣を抜き放ち、彼本来のスタイルの二刀流へと移行した。

そこからの戦いは思い出すだけで身震いがするほどだった。
圧倒的な剣速での息をつくことさえ出来ないほどの連続攻撃の前に
桐乃は防戦一方となった。そのまま成す術なく敗れてしまうのでは、
何度もそんな恐怖が脳裏を掠めたほどに。

でも、ひたすらに耐え抜いてくれた桐乃のおかげでキリトの攻撃の
組み立てをなんとか見切ることができた。それに合わせて
私の『闇女神の防陣』で攻撃を受け止め、刹那の間隙を作り出すと
それを見逃さずに桐乃が瞬発力を生かした体当たりから連続攻撃を見舞った。

それでもキリトはまだ反撃を狙っていたくらいだったけれど。
それを見越した私が予め放っていた『神魔絶滅衝』に撃ち抜かれ
さらに桐乃の強烈な平手打ちを受けて、キリトは遂に地面に倒れ伏した。

しかし間髪入れず、絶無は炎髪灼眼の少女『シャナ』に変身した。
こちらも物語の中ではキリトに勝るとも劣らない優れた戦士である。

先のキリトとの戦いのダメージの残る中、苦しい戦いを余儀なくされた
私達だったけれど、自らに与えられた力に馴染んで来ていたのか
桐乃は今までの戦いに増して速く鋭く強い攻撃を見せていた。

むしろその世界を取り込み、模倣している絶無のほうこそが。
きっとその本来の力を使いこなせていないのではないか。

桐乃のサポートに徹して戦い全体を俯瞰していた私の目からは
確かにそう感じられていたわ。

「チッ、電神どもが頼りにするわけよね」

再び絶無が新たな少女に変身していた。
確か彼女は『超電磁砲』の異名を持つ『御坂美琴』。

「アンタたちも電神にたぶらかされたんでしょ?
  どんな都合のいいことを抱えてんのよ」

その超能力は物語の中で数えるほどしかいない程の高レベル。
対峙しているだけでも底知れぬ重圧を感じてしまう位に
その力が溢れ出しているのが、今の私達にははっきりと解った。

「アンタたちのその夢が、他の誰かの絶望に変わるって考えた事ある?
  輝く夢の踏み台にされ、暗闇に放り込まれる夢もあるってことを。
  子供のわがままみたいな夢や希望があるから、皆で奪い合って倒れていく」
「叶わない夢……ね。ふん、ばっかじゃないの?」

絶無の文字通り絶望の底からの怨嗟の声を桐乃はすっぱりと切り捨てた。
それを聞いて、絶無の、美琴の顔が怒りに歪む。
周囲には彼女の押さえきれない力が、電撃となって放出されていた。

勿論、絶無の言い分も真理の一面を示しているのはわかっている。
私自身、そして桐乃だってその意味が解らないほど
平坦な人生を過ごしてきたわけではないのだから。

ずっと抱いてきた夢が叶わずに涙に暮れたことだってある。
狭き門を目指して競いながら力及ばずに手が届かなかった目標だって。
自分だけでなく誰もが夢を目指して進む以上それは避けられない事でしょう。

でも、だからこそ、絶無の言い分などを認めるわけにはいかない。
桐乃もそう思っているからこそ、絶無の恨み節を
全く取り合うことはなかったのでしょうしね。

「私はその絶望から生まれたって訳。自業自得って知ってる?
  これがアンタたちの育てた絶望よ!」

その言葉と共に右手から強烈な電撃を放ってきた美琴の攻撃を、前方に
大きく跳躍して避けた桐乃は、そのまま空中からの攻撃を叩きつけていた。

黒雪姫同様、多彩な電撃や磁力を利用した遠距離攻撃を繰り出す美琴に
私達は攻略の糸口を掴めずにいた。私が『神魔絶滅衝』で援護しようにも
すかさず電撃を放たれて牽制されてしまい、桐乃が距離を詰める
足がかりをなかなか作り出せなかったから。

でも、桐乃が俊足を生かしたスピードで揺さぶって一旦懐に入り込むと
そこからは桐乃の独壇場だった。逆に防戦一方になった美琴は
代名詞の『超電磁砲』すら満足に発揮できずに打ち倒されていった。

続けて絶無はまたもや一人の少女に変身した。
今度の少女には私は見覚えがなかったけれど、桐乃曰く
『あの娘は「手乗りタイガー」の異名を持つ『逢坂大河』よ』
とのことだった。

大河は日向と同じくらいの身長の小柄で可愛い女の子だし
彼女の出てくる物語はバトルとはまったく無縁らしい。
それを知っている桐乃はすっかり警戒心を緩めていたけれど
私が一喝して気を引き締めなおさせた。

日常に生きる私達ですらこんな力を持っているくらいなのだから。
絶無の変身したキャラクターがどんな不思議な能力を持っていても
なんら不思議ではないものね。

そして私の予想した通り、大河は桐乃と同じく
どこからか取り出した木刀や金属バット、椅子やソリといった
不可思議な攻撃を繰り出してくる相手だった。そしてその技の威力は
キリトやシャナといったバトル物のキャラクター達と遜色がないくらいに。

最初こそ余裕の表情を見せていた桐乃だったけれど
我が身を持ってそのことを思い知らされることになったわ。
大河の木刀での突撃からの連続攻撃を受けて吹き飛ばされてからは
桐乃もすっかり目の色を変えて全力で戦っていた。

でも連戦の疲労とダメージが、本人にも気付かぬところで桐乃の身体を
蝕んでいたのでしょうね。普段の動きの切れが感じられない桐乃は
逆に得意のはずの近距離で手数で攻める大河に押し込まれていた。

それでもスプリンターの意地を見せた桐乃は
ヒットアンドアウェイによる機動戦に活路を開くと
逆に大河のお株を奪うような連続攻撃で辛うじて大河を退けたのだった。

「ちっ……あー、もう!キリがないってーの!」

しかし桐乃はもう、身体の至る所に隠し切れない怪我を負っていた。
絶無との連戦で肩で息をしているくらいに体力的にも限界な様子だった。

そして直接絶無と戦っているわけでない私にしても、全神経を戦いに
集中して、力を立て続けに使っていた事で相当の疲労を感じていた。
気を抜くとすぐに足元がふらついて倒れてしまいそうなぐらいに。

「ようやく限界がきたようだな……
  なまじ夢など抱かなければもう数日は長生きできたものを……」
「夢を持つ事は決して悪い事ではありません!」

今まで私達の後ろに控えて、ずっと戦いを見守っていた電神が
いつのまにかそんな私達を守るように前に進み出ていた。
先の苦しんでいた様子など欠片も見せずに、凛とした良く通る声で
姿の見えぬ絶無に反論する。

そうして私達を振り向くと腰に吊るしていた剣を抜き放ち空に掲げた。
途端に剣の切っ先から柔らかい光が溢れ、私達を照らし出していた。

「電神ちゃん、もう平気なの?あ……疲れが取れた?」
「この力は……『回復呪法』ということなの?」

私達がその光を浴びると、先ほどまでに鉛のように重かった身体が
途端に軽くなり、頭の中までもがすうっと晴れ渡るようだった。
見れば桐乃も、体中についていた無数の傷跡が綺麗に消え去っている。

「馬鹿な!何故貴様らが蘇る!?
  もうこの世界には夢を抱く者など存在していない筈だ!」
「確かに叶わない夢も、届かない想いもあるわ。
  でも、一度描いた夢は、決して無駄にはならない。
  途絶えてしまった夢も、想いも、それを受け継ぐ者が現れる限り、
  決して消える事はない……人は……同じ夢を追うことが出来る。
  それこそが、私達の世界が生まれた理由なのだから……!」

電神の言葉が私の胸の内にもゆっくりと染み渡っていく。
叶わぬ夢、届かない想い。私もその事を呪い、疎んじた事もあったわね。
一度は完全に途絶えたと思って絶望した理想だってあるもの。

だけど私はそれを諦めなかった。それは私自身の力だけではなく
掛け替えのない家族の、そして友人達に助けられたおかげ。
みんなが私の夢を、理想を後押ししてくれたからこそ
私はもう一度その夢を追うことができているのだから。

気が付けば桐乃が私の顔をじっと見ていた。
その表情はあの人が時折見せるのと同じくらいに優しくて。
それでいて迷子になった子供のような不安に揺れていた。

私はそんな桐乃にただゆっくりと頷いてみせる。
桐乃は少しだけ戸惑った表情を見せたけれど、
すぐにいつもの不敵な顔つきに戻って絶無に視線を戻していた。

「そうか。召喚されたのは『希望の担い手』なんかじゃなかったのね……」

絶無はまたもや新たな姿を取るために、空間に結像していった。
次第に、白い装束に包まれた長髪の女性剣士の姿が現れていき
機械的な絶無の声もその少女のものへと変化していく。

「あなたたちはこの世界の『外側』の人たちの抱く希望そのもの。
  なら……私が……壊す!」

『アスナ』それが彼女が物語の中での名前だった。
先に戦ったキリトと同じ物語の人物で『閃光』の二つ名を持っている。
その細剣から繰り出される攻撃は、トップレベルのプレイヤーですら
目視しきれない超高速と精密さを兼ね備えると言う。

私はアスナに関しての知識を記憶から引っ張り出すと
キリトの時同様の激戦を覚悟しなければならないことを悟っていた。



    *    *    *



アスナとの戦いは互いに接近戦での手数の応酬となった。

速度重視の細剣による空間制圧力の前に最初こそ手が出なかった桐乃が
技の振りぬきに合わせて奔り込むタイミングを見定めると
そこからは激しい接近戦が展開された。

最後には、防陣の効果と多少の負傷を覚悟した捨て身の吶喊で
無数の突きを掻い潜った桐乃の、勢いを乗せた渾身の一撃が
再び立ち上がることが出来ないほどにアスナを打ち抜いていた。

「ぐっ……。こ、この力は……」
「どーだ!へっへー、ざまぁみろっての!」

仰向けに倒れたアスナの身体が陽炎のように溶け行く中、
それを成し得た桐乃に対して、絶無は遂には驚嘆の声をあげていた。

「貴様は……傀儡に過ぎん……!電神に召喚され
  他人に夢を押し付けられ、何故戦い続ける!!」
「ん?だって電神ちゃんに一生懸命頼まれたのを引き受けたんだからね。
  そりゃこっちだって全力で応えるってもんでしょ」

絶無の問い掛けに桐乃はあっけらかんと言い放った。
その言い草もどうかと思うけれど、まあ確かにあなたらしいわね。

「つーかさー、あんたさっきから超ムカつく!」
  夢なんか見ないほうがいい?そんなわけないでしょ!」
「叶わなければ、夢に意味など無い!意味の無いものに
  踊らされるなら、全てを無に帰すほうがマシだ!」

既にアスナの姿は完全に消え去り、不可視の状態の絶無だったけれど。
その言葉が発せられたであろう空間が歪んで見えるほどの情念が
そこに籠められているように思えた。

まさに絶望の果てに生まれた存在、というわけね。
絶望を感じたとき、誰しもが同じように思うものでしょうから。
感情が理性を支配し、まるで癇癪を起こす幼い子供のように。
それは身に覚えのある私にだって良くわかっている事でもあるけれど。

でも、それでも。

「ばぁぁぁぁーか!!!なにソレ?キモすぎ!!
  んなことないっつーの!!」
「これ以上の議論は無駄か……勝負だ……決着をつけてやる!」

私の気持ちも桐乃がその一言で目の前に実在する絶望にぶつけてくれた。
それは私にとっても、桐乃にとっても己自身にも向けた
自戒でもあるのでしょうね。

「我は「絶無」……全ての希望を絶ち、
  あらゆる希望を無に帰すために生まれてきた……」
「くっ……!絶無に……とりこまれ……る!」
「「電神!?」」

絶無の存在しているであろう空間が大きく渦巻いたかに見えた瞬間、
私達の後ろに控えていた電神の姿がまるでノイズの入った映像のように
大きく乱れていた。

そして今まで絶無が変身したキャラクター達のように
その姿が薄れて行き、ついには完全に消えてしまっていた。

「あんた!電神をどうしたのよ!!」
「電神から奪った全ての力で……貴様達と言う
  『希望』を、『夢』を、全て喰らいつくしてくれよう!!」
「くっ、無理やりにでもこの世界の全てを取り込んだと言うわけね……
  桐乃、気をつけなさい!今までの絶無は己の物とは違う力に
  むしろ振り回されている感じがしていたけれど……
  今度は絶無の生まれた世界そのものの力よ。
  恐らく今までと違って能力を最大限に発揮して襲ってくるわ!!」

私の精一杯の警告に、桐乃にしては珍しく、素直に黙って首肯していた。
恐らく桐乃も解っているのでしょうね。この場に集い
今も益々膨れ上がっていくこの恐ろしいまでの力の大きさが。

「凡愚と言った非礼を詫びよう。そして、認めようではないか……
  貴様達こそが私の不倶戴天の敵だと!ゆえに我が『絶望』の
  力の全てを持って、貴様達『希望』を打ち滅ぼしてくれる!!」

そして絶無が変身したのは、鍛えられた身体を持つ青年の姿だった。
逆立てた黒髪に赤い鉢巻を巻き、拳法着に身を包んだその人物は
私が現実世界でやり込んだ事もある、とあるゲームのキャラクターだった。

絶無が実体を持つのに合わせて、周囲の風景もまた変わっていた。
つい先ほどまでは確かに夜の武家屋敷であったはずのそれは
瞬きする間もあればこそ、庭の桜が咲き誇る古寺へと変貌していた。

「……なるほど、どこかで見たことがあると思ったら
  電神の頭の飾りはゲーム機のコントローラだったのね。
  そしてこの世界こそはそのメーカーの」
  
私は最後までその台詞を続けることが出来なかった。

己自身と戦う舞台とを相応しい姿に膳立てた絶無、
『アキラ』が私達に向けて猛然と疾駆してきたのだから。

「ほら、瑠璃!ぼけっとしてないで一旦離れて!」
「ええ、桐乃!くどいようだけどくれぐれも気をつけて!」

私達は頷き合うとそれぞれの戦闘準備に入った。
きっとこれが最後にして最大の戦いになる。
私もきっと桐乃も。同じくそんな確信を抱きながら。


そしてその確信は程なく現実のものとなった。

今まで桐乃が、戦ってきた相手の誰にも劣らずに勝利に結び付ける
原動力となってきた瞬発力。それを生かした俊敏な攻撃も
アキラには苦も無く受け止められていた。

逆にアキラは動きのスピードこそ無いものの、一瞬の隙を見逃さずに
鋭い踏み込みから繰り出す重い一撃で、桐乃に手酷いダメージを
積み重ねていった。

桐乃の予想外の攻撃もタイミングを計った私の援護も悉く防がれ避けられ。
対してアキラの攻撃は、着実に、そして正確に効果を上げていった。

元々格闘家でも戦士でもない桐乃に対して、派手さはないけれど
最も効果的な相手を出してきた、ということでしょうね。

それだけに、それまでの傲慢な態度すらかなぐり捨て、言葉通りに
私達を倒すことだけに邁進する絶無の執念を思い知らされた気がしたわ。

いまだに有効打の一つすらあげられないうちに
もはや桐乃は満身創痍の状態だった。

……だけど、それは甘い読みだったようね、絶無。

ここがゲームの世界に基づいている、というのなら
最初からあなたに勝ち目などなかったのよ。

そう、この『松戸ブラックキャット』たるこの私には、ね。

私は桐乃の全てに意識を集中した。その動作の一つ一つを『追跡』し
目線を、呼吸を、心臓の鼓動ですら自分のものと『同調』させる。

今、私の見える風景、捉える感覚、考え判断するものを
全て桐乃のもののそれと同じになるくらいに。
桐乃のそれを、私のものと同じになれるくらいに。

『桐乃、私の『思惟』が伝わっている?
  今から私の『心象』に沿ってあなたの動きを合わせなさい』
『え、ちょ、瑠璃?なんであんたの声があたしの頭の中から聞こえんの?』

桐乃の動揺が私にもはっきりと伝わってくる。
まったく鈍い娘ね。ほら、集中が乱れると一気に畳み掛けられるわよ。

『今更これくらいのことで驚かないで頂戴。ともかく言われた通りにして。
  今のあなたではアキラの攻撃についていけないのでしょう?』
『う、うっさい、まだまだ勝負はこれからなんだかんね!』
『ええ、その通りよ。私達はここで負けるわけにはいかないもの。
  ……だから私が判断して指示を出すわ。あなたの身体に直接、ね』

私の『思惟』に桐乃はほんの少しだけ考え込んでいたようだったけれど。
その隙を見逃さずにアキラは踏み込んできて右肘打ちを繰り出してきた。
桐乃の感覚でそれを捉えた私は、瞬時に肘打ちに合わせて身を捻り
右手を振るう動作をイメージする。

今まではアキラの攻撃に反応できずに、かろうじてガードするのが
精一杯だった桐乃は、アキラの肘打ちを避けると共に、その勢いも
利用して放った攻撃でアキラに初めての打撃を与えていた。

『……おっけー。よくわかんないけど要領はよくわかった。
  ここまでするんだから絶対に勝つよ、瑠璃!』
『ふっ、私達が『神魔』が力を合わせるのだから
  それ以外の未来などありえないわ、桐乃』

そこからはそれまでの展開と完全に逆の様相を呈した。

現実の世界で散々にアキラの攻撃を見ている私の『思惟』に従った桐乃は
その悉くをかわしきり、さらにはカウンターでの反撃を確実に見舞っていく。

たまらず距離を置くアキラに対して、私は間髪入れずに追撃を指示した。
桐乃得意の瞬発力で一気に距離をつめてからアキラ顔負けの肘打ちを放つ。
そのまま上下にガードを揺さぶりながら連撃で付け入る隙を与えさせない。

たまらずにアキラは彼の代名詞、切り札とも言える『鉄山靠』を放ってきた。
桐乃の連撃の僅かな繋ぎ目を見逃さずに、乾坤一擲のタイミングで。

やはり絶無は想像した通り、取り込んだ世界における模倣した本人の技や特質、
内面までをも完全に再現して行使できるのでしょうけれど。

それでもその状況を判断しているのは絶無自身ということなのでしょうね。

その反撃のタイミングが完全であればあるほどに。
私からしてみれば、用意した罠にまんまと誘われた哀れな獲物に過ぎない。

絶望だ、叶わぬ夢だ、などと泣き言を言っている暇があるのなら。
己を意思を押し通せるくらいには、自らも修練を積むべきだったわね。

『桐乃、『しゅーてぃんぐ・すたー』よ!』
『おっけー!それそれそれー!』

私の『思惟』通りに『しゅーてぃんぐ・すたー』と名付けた突進攻撃で
『鉄山靠』の攻撃を打ち消し、そのままアキラにメルルステッキによる
連撃を見舞っていく。

『後はお願い、桐乃!これで決めるわよ』

その間に私は桐乃との『同調』を解除すると、自らの身体から
あらんばかりの力を紡ぎ出し、最大限に放出するためにその全てを織り上げた。

その力は私の『魔装』すら換装させ、眩い輝きを放つ『聖衣』と化す。

「今の私は聖天使『神猫』よ!」

『しゅーてぃんぐ・すたー』の最後に振り下ろされたステッキの攻撃で
大きく跳ね跳んだアキラに向けて、私は今までの『神魔絶滅衝』の
倍にも増した薔薇の花弁でアキラを打ち抜いていく。

「……はぁあぁぁああ!!このォーーッ!!」

同時に桐乃も自らの持てる技の全てを乱舞としてアキラに叩き込んだ。
この世界における桐乃の力の表れなのか、攻撃の度に目紛しく衣装が変わり
それと同じだけの攻撃が叩き込まれる。

そして最後には、確かこの世界の宣伝隊長の衣装をその身に纏い
翼のような光の刃を持つ巨大な剣を一閃させた。

私達二人の最大級の攻撃を受け吹き飛んだアキラは
もはやその姿を保つ事すらできずに、絶無本来の虚空へと還って行った。


「やったあー!きりりん大勝利ー♪」
「……ふっ……勝利などたやすい」

桐乃と『同調』していたときの名残でもあったのかしらね。
最大の敵を倒したことで桐乃はともかくとしても
私も一緒になって誇らしげな凱歌の声を揚げていたわ。

「貴様達は……叶わぬ『夢』を抱き続ける苦しみを知らぬとは言わさぬぞ……」

既に存在を保つ事さえままならないのかもしれない。
虚空から発せられる絶無の声は掠れ、元々の機械的に合成された響きは
さらにノイズが入り乱れていた。

「知ってるけど、それがなに?望みがなくても、
  辛くても、あたしは『夢』を見るのをやめない。
  『希望』を持って頑張るのをやめない。
  あたし以外の誰かにそれが無意味だなんていわせない」
「その苦しみを乗り越えるほど、『夢』には価値があるというものでしょう?
  それに『叶わぬ』なんて一体誰が決めてしまったのかしら?
  例え何度失敗しても、幾度手が届かなかったとしても。
  私は自分の『夢』を絶対に叶えると誓ったのよ。誰にでもない、自分にね」

私達はそれぞれに絶無の、いえ、きっとそれは。
自分の心の中の絶望からの問い掛けに胸を張って応えていた。

時にそんな絶望に囚われてしまう事もあるけれど。
それは決して乗り越えられないものじゃない。自分一人では辛くても
友達と、仲間と、大切な人達と一緒なら大丈夫だって判っているもの。

「あたしの人生はあたしが決める。あんたはあんたで勝手にすれば?
  でも、まあ……一人で悩んでダメそうならこっちの世界にでも
  『人生相談』に来なよ。あたしと瑠璃と、それにアイツと一緒に
  3人で聞いてあげるからさ」
「貴様達は、そうやって……『絶望』を乗り越えて来たのか……」

絶無の嘆息の言葉と共に、その場の空間が揺らいだかと思うと
絶無に完全に取り込まれていた電神が元の姿を取り戻していた。

「絶無に捕まっていたみんなも、元の世界に還って行ってます。
  これでこの世界も元に戻ります」

電神はぐっと両拳を握りしめて自身の力が戻っているのを試していた。
そして両手をそのまま頭上に振り上げると、そこから淡い光が溢れて
徐々に周囲を満たしていった。

「貴様らはせいぜい輝いていろ……そこに生まれる
  より深き影から、私はまた……手を伸ばす……」
「ふひひー。そしたらその手におすすめのエロゲを渡してあげるよ」

……あなた、言うに事欠いて世界を滅ぼそうとした相手にそれでいいの?
まあでも。それくらいでいた方が、絶望などとは無縁なのかもしれないわね。

どんな時にでも、そうやって一緒に楽しんでくれる友人がいるのなら。

目には決して見えなかったけれども。絶無は最後に小さく
息を吐いたような音を立てるとその場から気配が消えていった。
まるで、最後に苦笑の溜息を漏らしたように、ね。

「お二人には感謝の言葉もありませんが、本当にありがとうございました」

電神は私達に向けて深々と頭を下げていた。
先ほどまでの弱々しいイメージなど既に微塵も無く、淡い輝きを
後光のように伴った姿は確かに神と呼ばれる存在に相応しいと言える。

そんな相手にこうも頭を下げらるとなんとも面映いものがあるわね……

「あー、いいっていいって。期待されたら応えたくなるじゃん?
  それに、ま、ちょっと目を覚まさしてやりたい相手だったしね」

でも桐乃はそんな相手にもまったく動ぜずに胸を張って応えていた。
本当、その度胸だけは見習いたいものだわ。

「そうね。ある意味自分達の戦いでもあったものね。
  でも大丈夫なのかしら?まだ絶無は完全に滅びたわけではないようだけど」

私が電神に問いかけると、彼女は直ぐに安心してください、と応えた。

「あなた達の『夢』の力を受けて、絶無にも変化が生まれていると思います。
  それに何度もあなた達に助けを求めるわけにもいきませんからね。
  もしも絶無が再びその力を暴走させるようなら、今度はこの世界の者で
  食い止めて見せます。私達の『夢』の力をこの世界に一杯にして」

神々しい姿にある意味似合わずに、にっこりと人懐っこく微笑む
電神の姿を見て、私達もほっと胸を撫で下ろしていた。

もはやこの世界には何の心配もないのだと、ね。

「それではこの世界を救ってくださったお礼、といってはなんですが
  あなた方の『夢』を叶えられるよう私の力で助勢することができます。
  お二人はどんな『夢』を叶えたいですか?」

突然のその電神からの提案に、思わず私は答えに窮してしまった。
頭の中には様々な想いが浮かんでは消え、煩慮と葛藤とが鬩ぎ合い
全く考えが纏まってくれる気がしなかったわ。

「はーい、じゃあたしには、ちょー可愛い妹をちょうだい!」
「桐乃さんの『夢』はそれでいいのですか?」
「だってこればっかりはあたしの努力じゃどうしようもないしね!」
「ふふっ、それもそうかもしれませんね。
  それでは……はい、近いうちにきっとあなたの望みは適いますよ」
「やたっー!!ふおぉぉぉ、今から興奮してきたー」

私がすっかり考え込んでしまっているのとは対照的に
桐乃はあっさりと自分の願いを決めて電神に告げていた。

……まあ、その内容には正直突込みどころが満載だったけれど。

それでもきっとあの娘は。

自分の一番焦がれている『夢』を言わなかったのでしょうしね。

「黒猫さんはどうしますか?」
「私は……いいわ。さっき絶無にあれだけ啖呵を切ってしまったもの。
  今更私の夢を叶える為に女神様の力を借りるわけにはいかないでしょう?」

おかげで私は漸く自分の考えをまとめることが出来た。
後ろ髪惹かれる思いがするのも正直なところだけど、ね。

それでもこればかりは、自分自身の全てを賭す事で叶えてこそ意味がある。
……そうでなければ、きっとその想いは嘘というものでしょう?

「ふふっ、あなたらしいですね。それでこそ召喚に応じて頂けた戦士です。
  あなたがご自身の『夢』を掴める様、私もこの世界から祈っていますよ」
「ええ、女神に祈ってもらえるなんてこんなに心強い事はないものね。
  それで十分すぎておつりがくるわ」

ありがとう、電神、と私も笑顔で彼女に応えた。

「それでは名残惜しいですが、そろそろ元の世界にお送りします。
  本当にありがとうございました」

電神が腕を振るうと、空間に方形の力場が発生した。
どうやらそれが元の世界に戻るための『次元の扉』という事かしら。

「皆さんの世界に……今まで以上に夢が溢れますように……」
「帰ったらあいつに自慢してやろっと。じゃあね、電神ちゃん!」
「この世界にもまた夢が溢れる事を願っているわ。
  ひとりのゲーマーとしては、ね。さようなら、電神」

私達が別れの言葉を伝えると同時に、先の力場が私達を包み込んだ。
それと同時に私達の周囲の風景が一気に色褪せ
数瞬の後には完全に暗闇に閉ざされた。

気が付けば隣に立っていたはずの桐乃の姿も見えない。
思わず桐乃の名前を呼んだものの、音すらも周囲の暗闇に
塗りつぶされてしまうのか、自分の声すら聞こえなかった。

そして遂には自らの身体も闇に溶け込んで行き。

最後には意識そのものが闇に閉ざされた。



    *    *    *



……て、お…き……て……

またもや私の耳に幽かな声が聞こえてきた。

私はさっき世界を救ってきたばかりなのよ?
いくら私が絶大な力を持つ『夜魔の女王』とはいえ
そんなに何度も軽々しく呼び出さないで他を当たって頂戴。

救世の活躍の代償として、傷つき疲れ果てた身体を
せっかくここでゆっくりと休めていたというのに。
まったく道理を弁えぬ残念な輩ね。

私は心の中でそんな悪態を付くと再び微睡みに戻ろうとしたのだけれども。

……皆で……いくんでしょ……ルリ姉……

再び私に、私だけに呼びかける声が聞こえてきた。

告げられた内容がようやく霞む頭の中でも意味を結んだその時
私を覆った闇の帳が引き開けられ、私の意識は急速に覚醒していった。


「あら……おはよう、日向」

私が目を開けた途端、私の顔を覗き込んでいた妹の顔が見えた。

「おはよう、じゃないよ、ルリ姉!もうこんな時間だよ!
  皆で初詣にいくんでしょ?早く準備しないと!!」

日向の剣幕に押されるように、私は愛用の猫を象った目覚ましを手に取った。
その短針は既に真左を差し、長針もその反対側まで移動している。

「え……ええ!?いつの間に私は『真紅の王』の攻撃を受けたというの!?」
「あーほらほら、そんなのはどーでもいいからすぐジャージを着替えないと!
  キリ姉たち10時に来るんでしょ?急がないとご飯食べる時間もないよ」

私は日向に言われるまでもなく布団から跳ね起きると
日向へ礼を告げる暇もあればこそ、慌てて洗面所に向った。
残り時間を考えると、確かに日向の言う通り外出する用意だけで
きっと約束の時間になってしまうでしょうけど。

それでも少なくとも新年早々皆にみっともない姿を見せずには済むわ。

そのことに安堵しながら、私は人生最速のスピードで顔を洗う。

……まったく新年早々寝坊だなんて。
それもあんな夢を見てしまったせいからしら、ね?

我ながら血湧き肉踊るような大変な初夢だったけれど。
逆に言えば、今年の私の運勢もきっと波乱に満ちているのかしらね。

もっともそれは望むところでもあるわ。
いつだって私は運命に抗い、絶望を乗り越えた先にこそ
目指す理想を掴んで見せるのだから。

そう、それは昨夜見たあの夢のように、ね。

寝起きでとても家族以外には見せられない自分の顔を鏡で覗き込みながら。
私は改めて今年1年の決意を己自身に言い聞かせたのだった。


約束通りに10時過ぎには桐乃たちが我が家を訪ねてきた。

大学受験が終わるまで、オタクっ娘の活動は自粛すると決めていた私だけど。
クリスマス前に桐乃と約束した通り、初詣だけは皆で行くと決めていたから。

私の負担を減らせるようにと、うちの地元の神社にお参りする事になって
それならばとうちの家族も一緒に行く事になっていたのよね。
総勢10名近い大所帯となってしまったけれど。

……まあ、桐乃がそんな事を言い出したのは、
間違いなく日向と珠希が目的だったのでしょうけどね……

今も神社に向う道すがら、桐乃は緩みきった顔を恥かしげなく晒して。
珠希と手をしっかりと繋ぎながら、日向と楽しげに話をしている最中だった。

「ふはぁぁぁ、新年早々こんな可愛い妹二人に囲まれて幸せ……
  やっぱりあの初夢は正夢だったんだぁ」

桐乃の言葉にはっとなった私は、すぐに桐乃にそれを問い質していた。

「正夢……ってどういうことなの、桐乃」
「ん?あー、今日見た初夢がさぁ。このあたしが大活躍して世界を
  救っちゃうようなすっごい内容だったんだけど。悪のラスボスが
  変身したいろんな物語のヒーローやヒロインをぜんぶあたしが倒してね!
  ま、夢の中でもあたしの力を持ってすればとーぜんだよねー」
「……へぇ、また、あなたにしては荒唐無稽な夢を見たものね。
  さすがは大人気作家の『理乃先生』。初夢にもそんな冒険譚を見るなんて」
「うっっさい。そういや瑠璃もその夢の中に出てきた気がするケド。
  ま、あんたはあたしのサポート役で主役は完全にあたしだったけどねー」
「あなたの夢なんだからそうなるのは当たり前でしょう?
  それで、その夢のどこが正夢だったというの?」

桐乃の話す夢の内容に、あまりにも心当たりがあることに
内心酷く驚かされながらも、私は話の続きを促した。

「で、世界を救ったらさ。そこの女神様がお礼に何でも『夢』を
  叶えてくれるっていうじゃない?ま、私は遠慮したんだけどねー。
  どうしてもっていうから、じゃ可愛い妹ちょうだい!って頼んだってワケ」

桐乃の語った初夢は、何から何まで私の見たそれと一緒だった。

「その後ベッドの上で目が覚めて、なんだ夢かぁ、って残念に思ってたけど。
  それが今日すぐに正夢になるなんて、さっすが女神様ってとこだよねー」

桐乃は珠希を抱き上げると、くるくるとその場で回転する。
うちではなかなかそんな身体を使った遊び方をしてくれる人がいないから
珠希もとても喜んでいたけれど。こんな往来ではさすがに控えて欲しい。

……それにしても、あれは夢の中の出来事なんかじゃなかったというの?

思わず自分の右手を見詰めて、ぐっと力を籠めて握ってみたけれど。
当然のように『闇の力』が収束するような実感はなく
ましてや『神魔絶滅衝』が発現するようなこともなかった。

「お、どうしたんだ黒猫?自分の右手をまじまじと見て。
  ひょっとして、あれか?闇の力がどうとかって」
「ち、違うわよ!ちょっと右手に力が入らなかったから確かめてただけで」
「まさか、勉強しすぎで痛めたんじゃないのか?ほら、見せてみろよ」

私の咄嗟の言い訳を真に受けた先輩は、半ば強引に私の右手を掴んだ。
そしてまじまじと見回したり、指で軽く押し込んだりしては
私に痛みがないかを確認している。

勿論、私は右手を本当に痛めているわけではないから
そんなことをされても特に異常が見つかるわけがないのだけど。

何の心の準備もなく、先輩が今も私の右手を念入りに
触り続けているこの状況に、すっかり逆上せてしまっていた私は
それを止める事もできずに只々先輩の成すがままに任せてしまっていた。

「黒猫、やっぱり右手がやけに熱を持ってる感じがするぞ。
  勉強で使いすぎて炎症を起こしてるんじゃないか、これは」
「……そ、そうかしら。……家に帰ったら、湿布でも張っておくわ……」
「いや、出来ればすぐに冷やしたほうがいいだろ。
  ちょっと先に行っててくれ。この先のコンビニで何か買ってくるから」

そういうと先輩は私の止めるのも聞かずにコンビニに走っていった。

先輩が手を離してくれたことで漸く再起動が掛かった私は
先輩が戻ってきたら勘違いさせた事を先ずは謝まろうと思ったのだけど。

でも、そもそも考え直してみれば、先輩の早とちりが
原因だったと思い直して、思わず深々と溜息を付いてしまった。

……まあ、それでこそあなたらしい、と言えるのでしょうけどね。
こんな何気ない事で、こんなにも私の心を乱してくれるのだから。

そして右手に残った温もりをこれ以上逃さぬように
左手で包み込むようにして胸元に抱きかかえる。

ふふっ、桐乃はすぐに願いを叶えることができたようだけれど。
こんなことでは私が『夢』に辿りつくのはまだまだ先の事、ね。
まったく『絶望』を乗り越えるより大変なことだわ。

そんな愚にも付かぬことを私が考えていたその時。

--大丈夫、きっともうすぐですよ

どこからかそんな声が聞こえた気がして。

足を止めて辺りを見回した私は、丁度通いなれた地元の
ゲームセンターの横まで来ていた事に今更ながら気が付いていた。

……ええ、ありがとう、電神。私も必ず『夢』を叶えて見せるわ。

彼女が宿っているであろうその場所に一旦視線を送ってから。

私は先輩の誤解を解くために、先輩の入っていったコンビニを目指して
真っ直ぐに前を見据えて駆け出したのだった。

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