2ch黒猫スレまとめwiki

『朝の光輝けり』:(直接投稿)

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
Merry Xmas!!黒にゃん!

そんなわけでクリスマスを題材にしたSS
『朝の光輝けり』を投稿させて頂きました。

この話は原作12巻から1年後の話として書き始めた拙作

『光のどけき春の日に』
『かわらないもの』
『呪いの果て』
『父の教え』
『黒騎士の微笑み』

から話が続いています。

作中の設定のために、クリスマスを題材にしているはずなのに
ほとんどそれらしい描写がないのが恐縮ですが
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

--------------------------------------------------
「はい、試験時間は以上です。筆記具を置いてください。
  それでは答案用紙を後ろから順に前の方に回してください」

試験官の指示に合わせて私は愛用の鉛筆を机に置くと
大きく息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。

……ふぅ、今日の模試くらいなら合格できそうかしら……ね。

今まで試験に全神経を集中していたこともあって
その確かな手応えをようやく実感することが出来た。

今年ももう残すところあと3週間。今年最後のこの模試の結果次第で
本来は最終的に願書を出す学校を慎重に選ぶべきなのでしょうけれど。

私は第一志望とする大学を今更変えることなどないものね。

経済的な面からは国立の学校で、そして実家から通えるのが望ましい。
そして将来のことを考えて、私は自分の今の得意分野を生かせる様に
情報工学のある大学を希望している。

それら全てを満たす大学は唯一つ。そしてそれらの条件よりなによりも。
その大学には私が望む最大の理由もあるのだから。

だから模試の結果がどうだから、と諦めるわけにはいかない。

もちろん、そこが私の学力であまりにも
無謀で高望みな学校なら論外ではあるけれども。

この大学に合格するために、私は『闇の宿務』に匹敵するほど
受験勉強に力を注いで取り組んできた。

元々の私の学力では、とても合格は覚束なくて
今までの模試の結果でもB判定以上を取れたことはなかった。
担任の先生にも、もう1ランク偏差値を下げた学校を
薦められた事もあったくらいなのだし。

でも私はそれでもあくまで第一志望を変えずに来た。
そして学祭が終わってコン部の活動を終えてからは
全ての創作活動を中断して、勉強だけに集中したわ。

その甲斐があったのか今回の模試では十分な手応えを感じられた。
結果は年末になるのでしょうけど、きっと今までのどの模試よりも
良い判定を出せる自信がある。

でもそれで安心することなんて、とても今の私にできる余裕はない。
1ヶ月後にはセンター試験が。そしてその1ヶ月とちょっとで
本来の入試となるのだけど。

すでに残り少ないそれまでの間は今までと同じくらいに、
いえ、今まで以上に勉強と試験対策を怠らないようにしなければ
今回の結果をコンスタントに出す事などできないでしょう。

おかげで今年は私が闇の宿命に目覚めてから
ずっと欠かさず続けてきた冬コミの参加をも見合わせた。
『夜魔の女王』として己が魂の発露の機会を失うのは口惜しいけれど
今は目指す『理想の世界』のために雌伏の時も必要ということよ。

それとオタクっ娘で予定されている年末年始関連のイベントも
冬コミと同様に見送らざるを得ないでしょうね。

きっと桐乃あたりにそんな事を言えば
『そんな目前になって慌ててやった事なんて結局身につくわけないじゃん。
  付け焼き刃でどうにかしよう、なんてみっともなくあがいてないで
  普段どおりの実力が出せるように休む時は休むべきっしょ』
なんて返される光景がこの『神眼』に浮かぶようね。

でもね、桐乃。

今回ばかりは何の弁解も悔悟もなく全てを賭して挑むつもりよ。

私の目指す理想により近づくために。

私の抱く宿願、見果てぬ夢、邁進する行路。
それを成すべき策謀として。私を取り巻く情勢や時宜、
全ての『因子』を鑑みて導き出した『術式』として。

私は是が非でも志望校に合格しなければならないのだから。

だから……どうか私の我が儘を赦して頂戴。

心の中で親友に謝ると私は席を立ち、教室を後にした。

とはいえ、それを実際に桐乃に伝える時には
やっぱりあの娘はすんなりと受け入れてはくれないでしょうね。

どうやってそれを宥め賺したものかしら、と
今受けた大切な模試の事すらすっかり頭の中から追いやって
懸命に考えていた自分に気付いて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

会場の外はここのところの冷え込みですっかり冬めいた空気になっていた。
心身ともに疲れていた今の私の頭と身体にはそれも心地よく感じられた。

ふと見上げた冬の寒空はそのほとんどが雲に覆われているばかりか
暗く重い鉛色に染まっているところもある。

シンと冷たく、研ぎ澄まされた冬の空気は
そもそも私にとって一番好きな季節ではあるけれど。

でも、冬の雨に濡れるのは御免被りたいところね。

今の大切な時期に風邪などひくわけにもいかないこともあるし。

……なにより、あの時のことを思い出さずにはいられないもの、ね。

そんな気持ちに引きずられて、徐々に歩を早めていった私は
文字通りに師走の町並みを駆ける様に家を目指すのだった。



    *    *    *



間が悪いことに自宅まであと数百メートルというところで
遂に冬空に泣き出されてしまった。幸いかばんの中には
常備している折り畳み傘はあるものの、それでこの空模様と同じく
今の憂鬱な気分まで晴れてくれるわけでもない。

私は深々と溜息をつきながら傘を取り出すと
模試で疲れた身体をさらに鞭打って、我が家に向かって走り出した。

せっかく持ち合わせた傘も、走りながらではその防御効果は
半減してしまい、瞬く間に足元や袖口を濡らし始めている。

でもその代償を払ってでも、私は一刻も早く我が家に戻る事を選んだ。
自らの記憶に、心象に、そして立ち向かう宿命から逃れるかのように。

荒い息をつきながらも漸く見えてきた自宅に駆け込んだ。
乱れた呼吸を整える間も惜しく、すぐに自分の部屋に行って
散々に濡れてしまった制服から普段の部屋着にしている
中学生時代のチャージに着替えた。

……まったくなんて様かしらね、この『夜魔の女王』ともあろうものが。

自嘲の笑みを浮かべながら、すっかり水気を帯びた髪の毛をタオルで拭う。

己が進むべき道を見定めて、それに邁進する覚悟を固めて。
そのためにどんな試練があろうとも決して諦めない、と
自らに強く『誓約』をかけた身であるのだけれども。

それで過去の記憶や現在の躊躇い、そして未来への憂慮が
綺麗さっぱりなくなってくれるわけではないのだから。

いえ、むしろその『誓約』故に我が身にかかる
『心圧』は以前よりも増しているともいえるわね。

それに私の決意一つではどうにもならないような問題も多い。

私を取り巻く人間関係や物質的状況、時間的制約、
そして何より人の『想い』という自身のものですら御し切れない
要素をも見据えて、より良き手法を模索し続けなければ
私の目指す場所に辿り着くことは適わないだろうから。

……でも、そんなこと、今更よね。

私は頭を軽く振って、今までに数えきれないほど
考え尽くしてきたを命題を追いやった。

そしてそんな気分を切り替えるためにも
夕飯の準備に取り掛かろうと愛用の割烹着を身に着けた。

『何事も形から入るというのも大切なことなんだよ、瑠璃。
  思い通りにいかないような時なんてのは特にねぇ』

私がまだ日向くらいだったころ、大好きだったお婆ちゃんから
家事を教わっていた時に聞かされた言葉が思い浮かぶ。

おかげで、何かに真剣に取り組むときや気持ちを切り替える時には
我が身を纏う装束を換装して集中力を高めるのが私の流儀になっていた。

さすがに割烹着を来たからとすぐに気が晴れてくれるわけでもないけれど。
少なくとも家事に取り組まねばという活力は湧き上がってくる。
我ながら単純ではあるけれども、ね。

早速台所に向かおうとしたところで
机の上においていた愛用のスマホから着信のメロディが流れてきた。

最初のイントロで聞き分けられるそれはマスケラの2期エンディング。
激しい曲調の多いマスケラのボーカル曲の中で、珍しく穏やかなそれは
漆黒と彼に関わる人たちとの束の間の安らぎを表現していて
私のお気に入りの曲の一つでもある。

そしてその着メロを対応させている人物は只一人だけ。
私はすかさずスマホを手に取って、パネルに想定通りの名前が
表示されているのを確認すると、即座に通話アイコンをスライドさせた。

「もしもし……どうしたの?沙織」
『もしもしでござるよ、黒猫氏。今、お時間大丈夫でござるか?』
「ええ、これから夕飯の準備をするから長話はできないけれどね」
『あいわかり申した。なにさしてお時間は取らせませぬ。
  模試も終わってそろそろご自宅に戻られた事と思いましてな。
  して首尾のほうはどうでござりましたか』
  
わざわざ模試が終わるタイミングではなく、家に着くまでの時間を
考慮しているあたり、沙織の気配りも本当、まめなことよね。

「そうね、今までの模試の中でも一番の結果を出せると思うわ。
  今回は第1志望にもA判定が貰えそうなほどには、ね」
『おお、それは重畳。黒猫氏の不断の努力がここにきて
  ついに実を結んだ、というところでござろうな。
  なにはともあれお疲れ様でござるよ』
「でもたまたま私と相性の良い問題が多かったのも事実よ。
  本試験でこうも上手くいく保障はないわ」
『相変わらず己に厳しい御仁でござるなぁ、黒猫氏は。
  それでも最後の模試でその手応えが得られたのは大きな成果でござろう。
  ……そして、こちらが本題なのですけれど』

それまでの『バジーナ』としての陽気な調子から一転して
沙織本来のお嬢様然とした落ち着いた声に変わって後を続ける。

『黒猫さんはやはりクリスマス会には参加は難しそうでしょうか?』

前々から沙織には、受験に集中したいからオタクっ娘の年末年始の
イベントには、参加できなさそうだと伝えてはいたのだけれども。

今回の模試の結果次第では、と期待してくれていたのでしょうね。
その心遣いが嬉しく思うし、そんな親友になんとか応えてあげたいのも
私の偽らざる気持ちでもあるけれど。

「そうね、例え苦手な問題が出ても今回のような結果が出せるように
  まだまだ最後の追い込みをかけなければならないもの。
  予定通りにクリスマス会や冬コミは欠席でお願いするわ。
  参加する皆で私の分まで楽しんでおいて頂戴」
『……そうですか。きりりんさんやユウさんが残念がりますね』
「ええ。あなたにばかり厄介ごとを押し付けてしまっているけど
  上手くあしらって当日は盛り上がってくれれば私も憂いがないわ。
  ……本当、いつもごめんなさい、沙織」

私はスマホで通話しているというのに自然と頭を下げていた。

桐乃たちだけではなく、沙織自身だって
間違いなく残念に思ってくれているとわかるから。

それにオタクっ娘の管理人として、沙織は裏表のサークル問わずに
積極的にイベントを企画してはメンバーを楽しませているのだけれど。

そんな沙織のおかげで、私はそれまで受け入れるがままだった
『闇の宿命』と相対し、乗り越える転機を迎えることができた。

そしてそれからも私は沙織に何度も支えられて今に至っている。
今だって平日のこんな時間にわざわざ連絡をしてくれているのだしね。

だから常々抱いている沙織への感謝が思わず零れてしまったのでしょう。
沙織がそれになんと応えるかもわかりきっているのにね。

「ふふっ、どうしました、黒猫さん。今更水臭いですわよ?
  わたくしはいつだってわたくしのやりたいようにやっているだけですから。
  だから黒猫さんもそんなことを気になさらないで
  自分の目指す道を胸を張って進んでください」

そんな私の気持ちなんてお見通しなのか
沙織は穏やかな声で予想通りの答えを返してくれる。

それでいつものように私の疚しさも口惜しさも
淡雪のように消え去ってしまうのだものね。

「フッ、あなたに言われるまでもないわ。
  今はまさにそのための枢要たる分水嶺なのだから。
  『運命に抗いし者』として、誰でもない私自身の手で
  理想へと至る縁を掴みとって見せるわ」
『はい、それでこそ黒猫さんです。
  そんな気高さに私も何時も励まされていますわ』

半分は私を気遣っての言葉なのでしょうけれども。
沙織も私と同じように自らの境遇に甘んじることなく
自身を変え、目的を叶えんと宿命と対峙し続ける『同胞』でもある。

だからきっとその言葉は沙織にとっても偽らざる本心だと思うし
私があなたを勇気付けられているのならそれはとても誇らしい事ね。

おかげでずっと沈んでいた心もすっかり本来の調子を取り戻してくれていた。

「それはお互い様というものよ、沙織。
  だからたまには素直に感謝させて貰ってもいいでしょう?
  ……こんなクリスマスを控えた冬の日は特に、ね」
『……そうですわね。あれからもう2年になりますか』

沙織も私の言わんとしている所をすぐに察してくれたらしい。
2年前のあの冬に、私たちが迎えた出来事を。

「ええ、あの時と同じように、今年もまたクリスマスに向けて
  面倒な事をあなたに頼んでいるのだから。まったくこの
  『夜魔の女王』とあろうものが、成長のないことよね」

あの時の冬、私達を取り巻く関係は大きく動こうとしていた。

先輩への想いを何人もの女の子が明らかにしていたし
何よりも先輩と桐乃との間の複雑に絡みあった問題を
桐乃が留学する前に解決しなければならなかったから。

そして先輩は自身の選んだ答えを伝えるための準備として
友達で一番中立の立ち位置にいた沙織に相談と協力を頼んでいた。
クリスマスのためのプラン作りや施設の予約を手伝って欲しいと。

このことは桐乃には絶対に秘密にしておいてくれ。
沙織はそう先輩に念を押されていたらしい。本来念を押すまでもなく
沙織が自分だけに相談された事を他言するなんてありえないけれど。

でも沙織は先輩からその話を聞いた時には大いに悩んだらしい。
私達オタクっ娘の集まりにとっても、その先輩の行動が
とても重要な意味を持つ事になると察したのでしょうね。

結局、考え抜いた末に沙織はその事を私に伝えてくれた。

本当にこのまま先輩の後押しをしていいのか。
あの2人をそこまで踏み込ませてしまってもいいのか。
その結果、私の想いが遂げられなくなるのではないか。

沙織は全てを話してくれた後、そう私に尋ねてきたのだ。

『拙者、今回の件に関しては皆の判断にお任せして
  傍観者に徹しようと思っていたのでござるが……
  それでも拙者にとっても望んでいた未来がありまする。
  できれば黒猫さん。身贔屓と言われても、あなたの
  『理想の世界』が実現して欲しい、とわたくしも願っているのですよ?』

それを聞いた私が、あの時どれだけ嬉しかったか、今でも鮮明に思い出せる。

私の人生で初めて出来た親友のために、初めて恋した人のために。
そして私の想いをも成就させるために考え実行してきた計画を
もう一人の掛け替えのない親友が共に力添えてくれるというのだから。

私の気持ちを何よりも優先して考えてくれていたのだから。

だからこそ私は迷いなく沙織に応えた。

どうかそのまま先輩の力になってあげて欲しい、と。

先輩の選んだ答えがどうであれ、その先にこそ
私の目指す理想が続いていくのだから、と。

沙織は暫し考えこんだ後、それ以上は何も聞かずに黙って頷いてくれた。

『ならば僭越ながら京介氏の動向は逐次黒猫氏に報告させて頂きますぞ。
  なにせ京介氏の事ですからなぁ。きりりん氏との事ともなると
  果たしてプランどおりに事を運べるかどうか心配になるというもの。
  ……いつも通りにわたし達のアシストが必要かもしれませんでしょう?』

そういって、沙織は見た目通りにお嬢様然とたおやかに微笑んでくれた

だから私も沙織の配慮を快く受け止められるように
『夜魔の女王』に相応しく艶然と不敵に笑んで見せた。

親友のせっかくの好意に素直に応えられない申し訳なさと。
それでも私に手を貸してくれる、文字通りに
涙が出るほどの嬉しさを覆い隠せるように。

沙織のおかげで、あの時、先輩が私の所へ想いを伝えに来たときも
万全の体制で臨むことができた。先輩の答えを受け入れる心構えも
その答えを桐乃に届かせるための一手も、ね。

もっとも心構えが出来ていたことと、それをすんなり
受け入れる事が出来たかどうかは別ものであったけれども……

そしてクリスマスの当日には『生涯最大の呪い』を発動させて
無事に事の顛末を見届けることが出来た。

全て沙織の助力なしには成し得なかったものね。

その後も自業自得だというのに、先輩の事を考えては
思い悩み落ち込む私を懸命に励まし続けてくれた。

今まで以上にイベントを企画しては私達を楽しませたり
ユウを始め、新しい人を裏のメンバーに引き入れて
新たなオタクっ娘の雰囲気を作り出したりして。
悲しんでいる暇などないのだと言わんばかりに。

こうして思い返してみても、沙織は私達のためにずっと尽力してくれた。
それは沙織自身のサークルの仲間を二度と失いたくない、
という願望故の行動なのも間違いはないでしょうね。

でもこんな捻くれものの私にだってもう十分にわかっているわ。
だって、沙織のそれは、私の掛け替えのない家族が向けてくれるような
優しさと暖かさに満ちているから。

本当、それをいいことにして、いつまで私は
あなたの好意に甘え続けてしまっているのかしらね。

だからこそ、そんな自嘲の気持ちが思わず言葉に出てしまっていた。

でも電話口の向こうの沙織はそれを聞くや否や、くすくすと笑い出して。

『いいえ、何をおっしゃいますか、黒猫さん。
  あなたは2年前とはすっかりお変わりになりましたわ。だって』

可笑さのあまり、話すことすら苦しいのか
一旦そこで沙織は言葉を切って呼吸を整えていたようだった。

『あの時とは比べ物にならないほど笑顔を見せてくれるようになりましたよ?
  それこそ、女性のわたくしから見ても可愛らしくて仕方がないくらいに』
「そ、そう、なのかしら……?最近何度かそんな事を
  言われるのだけど、私には全くそんな自覚はないのだけれど」

普段自分の事を「可愛い」などと言われたら、反射的に反発してしまうか
取り乱してしまうくらいに感情が昂ぶってしまう事が多い。

『それはもう黒猫さんにとっても自然なものになったということでしょう。
  ですからそんな風にご自分を卑下なさるものではありませんわよ?
  黒猫さんは間違いなく日々成長していますもの』
「そう……であればいいのだけれど」

でも沙織に言われると言葉通りに受け取ることができる。
まるでお母さんと話している時のように
沙織には素直な自分を出せている事に最近気がついていた。

桐乃との何の遠慮もなく全力でぶつかり合える関係とはまた違った
まっさらな素の自分を見せてもなんの問題もないという安堵感。

ここ数年だけの付き合いとはいえ、互いの弱さも強さも全て見せ合って
共に歩んできたあなたとは、沙織自身が言っていた通り
遠慮なんて水臭い、ということなのでしょうね。

『はい、これならきっと、そう遠くないうちに黒猫さんが望む世界へ
  たどり着けるのではないでしょうか。わたくしはそう信じていますよ』
「ええ……改めてありがとう、沙織」
『はい、どういたしましてでござるよ、黒猫氏』

今度は自嘲でも後ろめたさでもなく、心からの謝意を送ることができた。
それが伝わったのか、沙織も暖かな声で受け入れてくれる。

「いけない、すっかり話も長くなってしまったわね。
  では改めてクリスマス会のほうはお願いするわ」
『判り申した!黒猫氏も入試までの追い込み、大変でござろうが
  この大切な時期にはくれぐれも御自愛くださいませよ』
「ええ、肝に命じておくわ。それじゃあね、沙織」
『またでござるよ、黒猫氏』

私はスマフォを元通り自分の机に置くと急いで台所に向った。
時計を見ればもう18時を回ろうとしていたのに
夕飯の準備は何も出来ていないのだから。

でも、おかげで憂鬱な気分もすっかり晴れていたものね。
模試で心身ともに疲れていたことすら忘れて
気がつけば鼻歌交じりに夕飯の準備を進めていたくらいだもの。

……本当、いつもありがとう、沙織。

私は掛け替えのない親友に向って、心の中で何度目かも判らない礼を送った。




    *    *    *



今年の本来のクリスマスイブは水曜日という週の真ん中なので
おそらく多くの人が今日23日の祝日にパーティを開いたり
ケーキを食べたりして、年に一度の聖なるイベントを
過ごしているのではないかしらね。

本来『闇の眷属』たる我が家とてその例外ではなく
今日クリスマスを祝うための定番のケーキや晩餐、
そしてプレゼントなどを準備している。

私は祝日なので朝から自室に籠って受験勉強に取り組んでいたのだけれども。
気分転換もかねて、夕飯の買い物に出かけることにした。

例年のように日ごろの感謝を込めて、腕に縒りと手間をかけた
聖夜の晩餐を家族に振舞う、なんて時間がないのが口惜しい限りね。

でも、そんな私の代わりに、クリスマスケーキはお母さんが
年末の忙しい中だというのに前もって作っていたし、
日向や珠希が夕飯の用意は自分達でするのだと言って
張り切って私の帰りを待ってくれている。

そんな家族の心遣いは本当に嬉しくて。

だから皆の気持ちを大切に受け止めつつも、今の自分でも
出来る限りの事はしたくて、夕飯の材料の調達を買って出たのよ。
さすがに日向達には食材の目利きや費用の抑え方などは
まだまだ任せきれないところでもあるし。

私は今日の献立に必要な食材を行きつけの商店街やスーパーで
一通り買い揃えると、妹達が首を長くして待っている
自宅へと急いで引き返した。

まだ午後5時前だというのにすっかり日は落ちていて
宵闇に閉ざされた帰り道をぽつりぽつりと設置されている
街灯が頼りなさげに照らし出していた。

そんな不十分な灯りでは、闇の領域が逆に鮮明に浮かびあがっている。
『闇の眷属』でもない只の人の身には、それは本能に刻まれた原初の不安や
えも言われぬ焦燥感を与えてしまうことでしょうね。

ふふっ、確かにこれでは桐乃にも『狂気の街』と
揶揄されても仕方ないところではあるわね。

毎日通っているはずのこの道で、今日に限っては
そんな他愛もない昔の思い出が脳裏を過ぎっていた。

無論その理由にも思い当たるところはあるのだけれども。

丁度今頃、オタクっ娘のクリスマスパーティが
沙織のマンションで開かれているころでしょうから。

私の意思で選んだ行動とはいえ、そこに加われなかったのが
やはり心残りで仕方ない、というのが偽らざる本音だもの。

いつものチャットで桐乃にパーティの欠席を伝えたときには
納得いかない、と桐乃があまりにもしつこく食い下がってくるものだから
私も意地になって大げさに啖呵を切っていたというのにね。

それからと言うもの、いつものチャットは勿論
学校でも顔を合わせる度に、いえ桐乃の方から暇さえあれば
私のところにやってきてはずっと文句を言い続けていた。

受験生である私達3年は、既に通常の授業は終わっていて
特別編成された受験対策用の講座を必要に応じて受けているのだけど。

どこから聞きつけたのか、私が教えてもいない講座の場所にも
きっちり合わせて教室にやってくるのだから
その執念にはほとほと参ってしまったわ。

入試が終わるまではと私はオタクっ娘の活動は自粛するつもりだったのに。
最後には初詣だけはいつものメンバーと一緒に行くと約束したことと
クリスマスのために皆の分を用意していたプレゼントを桐乃に託すことで
なんとか聞き入れてもらったわ。

とはいえ、今でもパーティの場で桐乃が私に対して
ぶつぶつと文句を言ってる様が目に浮かぶようでもある。
きっと沙織や先輩が懸命にそれを宥めているのでしょうね。
二人には余計な負担をかけてしまって申し訳ないとは思うけれど。

まったく相変わらず自分の意にそぐわない事は許せない『暴帝』気質よね。
少しは周りで振り回されるものの気持ちを考えて欲しいものだわ。

まあ、あの娘の気持ちが嬉しくない、といったら嘘だけれど……
今年が高校生としての私の最後のクリスマスになるのだし。

だからそんな親友の気持ちを今は胸の奥に大切にしまっておいた。
次の機会には取り出してそのお返しができるようにね。


そんな愚にも付かないことを考えているうちに、我が家が見えてきていた。
宵闇の中でも街灯や玄関の灯り、窓から漏れ出る光で浮かび上がる様子に
やはり心が落ち着く気がしてしまう。

お父さんの転職先の社宅に入れる事になって
千葉からここ松戸に引っ越してもう2年とちょっとが経っていた。
暮らしていた時間は引越す前の懐かしい平屋の家とは比べ物にならないけれど。
今では毎日暮らしている場所に相応の愛着も湧いている。

引っ越した当初は悲しい思い出ばかりが刻みこまれた場所だった。
もしも引っ越すことがなければ……そんな風に考えてしまう時もあったわ。

それでも、私の家族の待っている掛け替えのない場所だもの、ね。

さあ早いところ、日向たちに食材を渡してあげないと。
日向は怒るかもしれないけれど、少しは料理も手伝わせて頂戴ね。

私はゴールの見えたマラソンランナーのラストスパートよろしく
逸る気持ちのままに足を速めると、我が家への距離を一気に詰めた。

そして驚きに目を見開く。

深みを増した夕闇を、街灯の光がスポットライトのように照らしている。

そこに彼が立っていた。

「ふっ、よくぞ辿り着いたものだな、『夜魔の女王』よ」

そして聞き覚えのある台詞をあなたのいつものドヤ顔で口にしていた。

「……それは私の台詞でしょう?私の許可なく勝手に真似しないで頂戴。
  そも『闇の眷属』の資格のなくなった今のあなたでは
  全然様になんてなっていないわよ?」
「ちぇっ、せっかく全力で決めたってのになぁ」

私達は顔を見合わせて幽かに笑いあう。
もっとも私は心の中の動揺を覆い隠すのに必死だった。

まるであの時の再現。待つ者と来た者の立場は入れ替わってはいるけれど。

あの時の記憶が脳裏に浮かんだ私は、震えだす手を抑えつけるように
愛用の買い物カバンの持ち手をぎゅっと握り締めていた。

「……それで一体どうしてこんなところにいるのかしら、先輩。
  あなたは今、オタクっ娘のクリスマスパーティに
  参加しているものだと思っていたけれど」
「ああ、最初はそっちに行ってたんだぜ。そこで桐乃に頼まれたんだよ。
  皆からおまえへのプレゼントを今すぐまとめて渡してこいってさ」

先輩は手にしていた大きな紙袋を抱えあげて私に見せた。
皆の、ということは今日のパーティに参加しているはずの
桐乃、沙織、ユウ、秋美、そして先輩の5人分も入っているのかしら。

「……別に明日だって桐乃や秋美とは学校で顔を合わせるのだから
  そこで渡してくれてもいいでしょうに。それにあなたもそんな事の
  ためだけにわざわざパーティを抜け出して松戸まで来たと言うの?
  まったく相も変わらず度を越したシスコンよね」

自分でも予想外に辛辣な物言いになってしまっていた。
想像もしていなかった事の動揺と、2年前の思い出が溢れて来た事と。

なにより私のためにここまで配慮してくれた皆の気持ちを
正面きって受け止めるなんて。そんなの嬉しすぎて堪らないじゃない……

まったく、あなた達兄妹には本当に振り回されてばかりよね。
こんな日に限ってこんなサプライズを用意してくれているのだから。

「そう言うなって。確かに桐乃に言われたのがきっかけだけど
  他の皆も、それに俺だってそうしてやりたいって思ったからな。
  ほら、まずは皆からのプレゼント受け取ってくれよ」

でも先輩はそんな私の物言いを全く気にするでもなく私の方に歩いてきた。
それで私も、ずっとその場に立ち尽くしていた事に漸く思い至って
慌ててこちらからも先輩の方に近づいていく。

「っと、すまん、そういや買い物にいってたんだっけか。
  じゃあ俺が家まで一緒に持っていくよ」
「ええ、そうしてもらえると助かるわ……でも、それなら
  始めから私の家で待っていてくれればよかったのではなくて?」
「実際、最初はそこの黒猫の家を訪ねたんだけどな?
  そしたら日向ちゃんからお前が買い物に出てるって言われてさ。
  もうすぐ帰って来る頃だって事だから、ここで待つことにしたんだ」
「あの娘ったら……そんなことなら家に上がって貰うべきでしょうに」

中学生になって料理や家事も積極的に身につけてきている日向だけど
遥々の来客への配慮や対応はまだまだということかしらね。

「いやいや、日向ちゃんからはちゃんと上がってお茶でも飲んで待ってて
  って言われたよ。でも、お前にプレゼントを渡すなら、こんな
  予想外のシチュエーションで盛り上げた方がいいかなって思ってな」

くっ、先輩がまさか心理的演出まで考えていたとは侮っていたわ。
狙い通りにすっかり不意を突かれてしまった私は
その分も余計に皆のプレゼントを嬉しく感じているのだから。

……本当、あの時と同じでいて正反対ね。

ひょっとするとこれはあなたの仕返しだったのかもしれない。
思わずそんな風にも考えてしまうほどに。

「それに今日はお前のところに長居するわけにもいかないだろ?」
「そう……そうね。確かに何のために私が
  パーティを欠席したか判らなくなってしまうものね」
「おう、ま、黒猫の受験が無事に終わったらさ。
  また桐乃たちと一緒に遊びに来てゆっくりさせてもらうぜ」

どうやら久しぶりに先輩と二人きりで話す機会は
ほんの僅かの時間しか許されていないらしい。

互いに歩み寄った私達は、改めて我が家に向けて歩き出した。
まるであの夏の日のように二人並んで寄り添って。

もっとも、その時と比べるとその足取りは不自然なまでに
ゆっくりとしたものだったけれども。

「そうね。志望校に合格出来たらきっとそんな機会も増えるでしょうね」
「そういや、黒猫は結局どこを受ける事にしたんだ?
  この前の模試はいい結果だったってさっき沙織から聞いちゃいたが」
「そういえばあなたには私の志望校を伝えていなかったかしら?」

ふてぶてしくよく言ったものだと自分でも思う。
先輩に今までそれを話していなかったのは
合格する確信がいまひとつ持てなかった事もあるけれど。

私は平静を装いつつも最大限の気力を振り絞って言葉を続けた。

「私の第一志望は、先輩と同じところ、よ」

なによりもそれをあなたに伝えることが恥かしかったのだから。

でもせっかく私のためにプレゼントを運んできてくれた
サンタさんには、このくらいのお礼をしないといけないわよね。

先輩は驚いたように私の顔をじっと見返していた。
私はそれに気付かないふりをしてずっと正面を見据えていた。

それでも私の心臓は早鐘を打ち始め、その勢いに押し出された血液が
一気に顔中に昇ってくるのがわかる。幸い我が守護たる闇の帳が
私の顔を覆い包んでそれと気が付かせないでくれていると思うけれど。

先輩は口を開きかけては、また閉じて。
私に応えるべき言葉を探っているようだった。

「……そっか、それなら春からはまた本当の先輩と後輩同士、だな」
「……ええ、その時にはまた宜しく、ね、先輩」

結局、先輩は優しい声でそれだけを言うものだから。
あなたの反応を散々に身構えて待っていた私も、素直にそう応えた。

きっと今。

あなたも私と同じように弁天高での出来事を思い返していたのでしょうね。
告げられなかった台詞にはどんな想いを隠していたのかしら。

あの頃に戻ることは決して適わないけれど。
でもまた同じように、いえそれ以上にだって
掛け替えのない日々をあなたともう一度過ごす事はできる。

そんな予感をあなたも抱いてくれていると嬉しいのだけれど、ね。

「もっとも無事に合格できれば、の話だけれどもね」
「確かに俺が言うのもなんだがうちの入試、大変だろ?」
「そうね。だけど私が希望する、国立で実家から通えて工学部がある所、
  となると必然的に候補が限られてしまうもの。だからこそ、こうして
  我が『創世衝動』すら封印して、オタクっ娘のイベントも見送って
  試験勉強に打ち込んでいるのだし」
「お、黒猫は工学部なんだな。さすがに学部まで一緒ってわけじゃないか」
「別にあなたがいるからと進路を選んだわけではないから当然でしょう?」
「そりゃそうだろうけどよ」

まるで弁天高に入学して初めて顔を合わせた時のようなやり取りね。
それを思い出して少し笑ってしまった私だけど
見れば先輩も私と同じように口元が綻んでいた。

もっともあの頃とは色々なものが変わってしまってはいる。
あなたと同じ学校に通える事に胸躍らせていればよかった頃とはね。

でも考えてみれば結局は自分の目標を目指す事に変わりはないのかしら。
自分の理想を掴むために。あなたへの想いと向き合えるその日まで。

「でも黒猫が後輩になるなら、大学ももっと楽しくなりそうだ。
  またゲーム系のサークルとか入るのか?不安ならまたいつでも協力するぜ」
「あの頃の私と一緒にしないで頂戴。確かに大学でもゲーム制作の
  出来るサークルに入るつもりだけど。今の高校では何の問題もなく
  入部出来たのだからあなたのお節介など今更不要よ?」
「そういやそうだな。まあ本格的なゲーム制作となると
  俺がいたって確かに全然役には立てないしなぁ」
「そ、そんな事はないわ。能力の有無なんて結局取りうる手段や
  表現できる質の違いでしかないもの。あなたが本当に純粋に
  ゲームを作りたい、というならそんなことは些細なことよ?」

それも転校先のコン部での活動を通して学んできた事でもある。
ともすれば技法に走りがちな私の考えを改めさせてくれたものね。

それにこういう話題になると、先輩は口では諦めてる風を装いながらも
その実、内心では劣等感に苛まれているってわかっている。
そんなあなたの悪癖も改められればと常々考えている事もあって
思わず反論にも力が入ってしまった。

「そう言われると確かにやってみたい気持ちもあるけどな。
  でも、ま、しばらくは俺もバイトで手一杯だからなぁ。
  骨折で夏場は全然稼げなかったから気合入れないと間に合わないしよ」
「そういえばそうだったわね。何か欲しいものでもあるのかしら?」

先輩は大学に入学しても特にサークルには入らずに
空いた時間には定期的なバイトをこなしていたくらいだった。

1年のときには運転免許を取るために教習所に行ったり
免許を取った後も練習に励んだりもしていたようだけれど。

それにしては桐乃のようにお金を使うような趣味をしているわけでもないから
バイトに一体どんな目的があるのかずっと疑問に思ってもいたわ。

ひょっとして自分の車でも買いたいのかしらね?
前に皆でいったドライブはお父さんの車を借りたと言ってたから。
私は今までそんな風に考えていたのだけれども。

「おう、来年の春から家を出て一人暮らしを始めようと思ってるからな」

でも、まるで私が想像もしていなかった事を
先輩はいつものドヤ顔で高らかに宣言していた。

「え、ええ!?で、でもいいの、あなたはそれで」

『運命の記述』にすら想定外だったその理由に驚かされた私は
真っ先に思い浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまった。
でも落ち着いて考えてみれば、いったい何に関して聞きたいのか
これでは分らない台詞よね。

「ああ、元々は親父の大学進学の時の条件だったんだけどな。
  在学中に実家を離れて自活出来るようになれってさ。
  まあ、俺も社会人になる前にはやっておきたいって思ってたし」

案の定、私の一番聞きたかった事に関しては答えはなかった。

「そのための資金集めだったというわけね。でも大丈夫なの?
  受験前に一人暮らしをした時には生活力の無さを心配されて
  結局あやせがお目付け役についていたくらいだったあなたが」
「その辺を本気でなんとかしなきゃな、ってずっと考えちゃいたんだよ。
  平穏な人生ってのが俺の理想だけど、そのためには
  自分のことは最低限自分でやれるようにしとかないと」
「相変わらず現役大学生の志としては情けない事この上なくて
  あなたの将来が本気で心配になってくるけれど。
  まあ、その心がけを持てただけでも殊勝なことよね」
「人の一大決心を情けないとかばっさり切り捨てないでくれませんかねぇ!
  ……まあ確かに昔から家事をしながらあんなにも趣味にも打ち込んでいる
  お前にはそういう資格はあるだろうけどな。だから、さ」

先輩は歩みを止めて私の方に向き直っていた。
その顔があなたがたまに見せるとても真剣なものに見えたから。
私も立ち止まると先輩の方にしっかり身体を向ける。

あなたの決意を私も全力で受け止められるように。

「お前や桐乃のように目標に真っ直ぐに全力で向っていく
  凄いやつらと同じ様な事は俺にはやっぱりできないだろうけど。
  せめてその邪魔にはならないようにしないといけないじゃないか」

先輩のその言い草は傍から聞けば
やっぱり卑屈すぎて嘆かわしい限りだと思うけれど。

その言葉の持つ意味に、そして先輩が言外に秘めた意味に
考えが及んだ私は暫し言葉を失ってしまった。

「……成程、つまりは桐乃のヒモになっても、せめて家事くらいは
  出来るようになるから一緒にいてくれ、ということなのかしら?
  はっ!?ま、まさかあなた……一人暮らしをする
  本当の理由は家族の目から離れたところで桐乃と……」
  
漸く話せるぐらいには心を宥めた私は
先輩の決意をわざと曲解していつものように揶揄う。

だって、そうでもしないと今の私の気持ちが
心の堰から溢れ出すのを抑えることができなかったでしょうから。

まったく今日は漸く私の志望校を伝えることで
これからの私の覚悟と目標をあなたに示すことができたというのに。

それ以上にあなたの覚悟と決意を思い知らされることになるなんて。
我が『神眼』を持ってしても見通すことなどできなかったわ。

「そんなことしねーよ!どんだけ信用ないんだよ、俺は!
  ……まあ、あいつは確かに大切な妹で
  ずっと一緒にいるってあの時約束したけどな。
  それはきっと文字通りの意味じゃないって桐乃だって判ってる。
  なにせ俺の一人暮らしの件にも協力的なくらいだしな」

思いもかけず最初の疑問の答えが返って来た。

そう、桐乃も全て承知のことなのね。

それにしてもあなたはずっと実家に残るものだと思っていたわ。
少なくとも桐乃が家を出るまでは、と踏んでいたのだけれども。

私の予想を超えてあなた達も前に進んでいく。
それでこそ我が永遠の宿敵たる『熾天使』と永久の伴侶である『漆黒の獣』。
私も気を緩めていたら、あなた達に置いて行かれてしまいそうね。
急ぎ『真・運命の記述』を更新する必要があるわ。

「まあ、といっても俺がちゃんと一人暮らしできるのか
  心底疑わしいから、週に何度かチェックしにいくって息巻いてるけどな」
「ふふっ、それは確かに桐乃が正しいでしょうね?
  何の確認もなかったのなら、あなたは絶対に楽な方にと
  堕ちていくことになるでしょうから。でもそれは『混沌の増大』。
  この世のものが存在する限り避けては通れぬ理でもあるけれど」
「ちぇっ、人が珍しくやる気になってるってのに
  身内にまったく信頼されてないってのも泣けてくるよなぁ。
  ああ、そういや桐乃がこうも言ってたな」

演技がかった仕草で深々と溜息をついていた先輩は
何かを思い出したように顔をあげ、もう一度私の顔を真っ直ぐに見詰めた。

「俺の監視は自分だけじゃ手が回わらないだろうから。
  瑠璃にも頼んどくからしっかりやんなさいよ、ってな」

……そんなところまで気を回さなくてもいいでしょうに、あの娘は。
まさか2年前には私に任せられなかったことへのお詫び、
というわけではないでしょうね?

「そんなわけで俺からもよろしく頼むぜ、『後輩』」
「ええ、約束するわ、『先輩』。精々桐乃の期待にも応えられるよう
  厳しくあなたを指導してあげるから覚悟しておいて頂戴」

そんな理由でもなければ、今の私があなたの部屋を
一人で尋ねるなんてわけにはいかないのでしょうしね。

それにしてもまさか来年からはそんな生活が待っているなんて。

散らかし放題になってる部屋を叱りつけながら一緒に片付けて。
出来合いの惣菜や冷凍食品に偏った料理を実演しながら正して。

洗濯も掃除も繕い物も。きっと家事の基礎なんて
何も出来ていないあなたにそれを一つ一つ指南していくのは。
とても楽しくて嬉しくて心躍る事なのでしょうね。

顔を見合わせたまま私達はもう一度笑いあう。

きっとあなたも私と同じ思いを抱いてくれている。
桐乃に向けるのに負けないくらいに優しいあなたの笑顔が
確かにそう実感をさせてくれたのだから。


再び歩き出した私達は程なく我が家にたどり着いた。
高々数十メートルの距離をいつもの何倍もの時間をかけてしまったけれど。

先の言葉通りに先輩は私へのプレゼントを手渡すと
別れの言葉と共に踵を返してオタクっ娘のパーティへと戻っていった。

私は先輩の後姿が宵闇に溶け行くまで玄関先で見送った。

刹那の邂逅に名残惜しい気持ちがするのも確かだけれども。
このクリスマスにこれ以上ない贈り物を私は受け取ることができたから。

皆からのこの暖かな気持ちと。
あなたと交わした未来への『盟約』と。

私は先輩から受け取った紙袋を今一度胸元で抱きしめる。
そして頭を振ってそんな感傷を追い払うと我が家に戻った。
私が今すべきことを成す為にね。

私の目指す『真の理想の世界』へと至るために
今まさに大きな壁として立ち塞がる大学受験だけれども。

また一つそれを乗り越えなければならない理由が増えたものね。
それに抗しうる武器もまた、この手に授けられて。

だから私は必ずそれを成し遂げて見せるわ。

そして障壁を踏破した先に新しい未来を積み重ねていこう。
昔日の幻影など明けの光で掻き消して二度と惑わされる事がないように。

私は胸の内で改めてそう決意すると、その力を与えてくれた
感謝を込めて、この聖夜に相応しい言葉を贈っていた。

どうか良きクリスマスを、私の大切な人たち。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー