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『理想郷のリンゴ』:(直接投稿)

最終更新:

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
HappyHalloween!!

から既に2週間も過ぎてしまいましたが……
ハロウィンを題材にしたSS『理想郷のリンゴ』を投稿させて頂きました。

この話は俺妹HD家庭派ルートをベースにした拙作SSから話が続いていますが
この話だけでも特に問題なくお読み頂けると思います。

俺妹HDでは厨二、天使ルート共に黒にゃんのほうから割と積極的に
京介にアタックしていますが、家庭派ルートはトゥルーエンドで
ようやく勇気を振り絞って再告白という状態でした。

でもそんな本来の内気さが出ているところもなんとも黒にゃんらしくて
微笑ましいので、今回はその辺りにも焦点を当ててみました。

相変わらずの拙い作品ですが、少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

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明日は世界的には『ハロウィン』と呼ばれるお祭り。
あたしがたまちゃんくらいのころはそうでもなかった気がするけど
ここ最近では日本でも一気に馴染のある行事になってきた感じだよね。

といっても、うちではそれこそあたしが物心ついた時には
毎年欠かさずに慎ましくも祝ってきてた覚えがある。
「ジャックランタン」とかいう大きなかぼちゃのちょうちんを
作って飾ったり、お化けの仮葬をしてお菓子をもらったりね。

ルリ姉に聞いても同じ答えだから、きっとお父さんかお母さんの
どっちかの家で、有名になるずっと前からしていたのかもしれないね。
お婆ちゃんも確か楽しそうに参加していた気がするし。

まあ、お父さんにしろお母さんにしろ、こういうお祭り的な事は
大好きだし、家族で行う催し物をとても大切にしている。
あたしとしてもそれには大賛成。やっぱり家族みんなで
楽しい時間を過ごすってのはいいことだよね!

まあ凝り性が高じて、手作りの仮葬衣装や飾り付けが
毎年凄いことになってたお母さんや、自分自身も仮葬する上に
完全に役になりきってたお父さんはちょっとどうかと思う時もあったけど。
その辺は今や完全にルリ姉に受け継がれている感じだしね。

ルリ姉のいわゆる厨二病な言動は、ルリ姉本人の性格は勿論だけど
元を質せばそんなお父さんたちの影響も大きいんじゃ、って思うなぁ。
あたしも努々気を付けていかないとね。

とはいえ、今やルリ姉は、そんな厨二的な立ち振る舞いと
その正反対な家庭的な内面とのギャップが強力な個性となって
押すに押されぬトップアイドルになっているんだから。
本当、世の中ってわからないものだよねぇ。

今も丁度ルリ姉が出演しているレギュラー番組を
たまちゃんと一緒に居間のテレビで見ているんだけど。

明日のハロウィンに向けて、飾り付けの定番ともいえる
「ジャックランタン」の作り方をルリ姉は実地を交えて
説明しているところだった。

『『ジャック』の喉首を切り落とし、その身に蓄えし
  『悪魔の種子』を解放なさい。『ジャック』には
  『水の精霊力』溢れるものが多いから、『結界の敷紙』などで
  周囲が『種子』の魔力に侵蝕されないよう十分に気を配ることね』
『はい、ハロウィンかぼちゃの土台を切り落として中身を掻きだすんですね。
  この際、種や実は水分が多いので、周りが汚れないよう
  作業する場所には新聞紙など引いておくのがコツとなります』
  
いつものようにルリ姉の説明は異様なほどに得意気でノリノリで。
電波な台詞満載で正直何をいっているんだかよくわからないんだけど。

司会の人がしっかりと現代日本語に翻訳してくれるし
そもそもルリ姉の手際を見ていれば説明なんていらないくらい
判りやすく丁寧にやり方を示してくれているから
割と好評らしいんだよね、このコーナー。

お料理の作り方だったり、刺繍のやり方だったり、掃除の豆知識だったりと
専業主婦でも唸らせるルリ姉の家庭的な知識は世の女性陣に評価が高いし
そのぶっ飛んだ説明がその手のファンは勿論、ネタとして受けていて
放送日にはその日のネットでのキーワードでランクインしちゃうくらいに
いつも注目を集めているらしい。

おかげで友達の間でも、ルリ姉のことが話題になる時も多いんだけど。
最初はこそばゆいような気恥ずかしいような感じを味わってたけど
今ではあたし自身が笑い飛ばしてネタにしちゃうくらいだからねぇ。
なかなか有名人の妹、っていうのも大変なもんなんだよ?本当。

「うんしょ、うんしょ」

あたしがそんなことを考えていたすぐ隣では
たまちゃんが目の前のいわゆる「ハロウィンかぼちゃ」
と呼ばれる、黄色い大きなかぼちゃを相手に一人奮闘していた。

こたつテーブルの上にはテレビでも言っていた通りに
しっかりと新聞紙を引いて、その上においたかぼちゃの
中身をスプーンを使って一生懸命掬い出している。

お察しの通りに、たまちゃんはルリ姉の番組を見ながら
「ジャックランタン」を自分で作ろうとしているんだよね。
まだ小学2年生だっていうのに、器用にナイフやスプーンを
使いこなして次々と作業を進めていた。

あ、たまちゃんはもう工作用のナイフなら一人で使ってもいいって
ルリ姉からお墨付きを貰えているから、そこは心配しないでね。
ま、一応あたしもこうして見ているしね。

本当、たまちゃんはルリ姉やお母さんに似て手先も器用だし
こういう「物を造る」事にかけてはすごく興味があるみたい。

お絵かきや折り紙なんかは小さい頃から大好きだったけど
年を追うごとに、粘土細工や切り絵とか、学校の工作以外にも
どんどん複雑なものにも率先して取り組んでいるんだよね。

姉としても妹のそんな成長は微笑ましくもあるんだけど。
願わくばその趣味が高じてルリ姉のような方面には
足を踏み入れないで欲しい、と常々思ってもいたりするんだよね。

まあ、その辺の事は今は関係ないからこれくらいにしとくとして。

そもそも今回の事は、この間、ルリ姉がジャックランタンの
作り方をテレビで実演することになったわって話になって。

それを聞いたたまちゃんが、それなら姉さまの番組を見て
わたしが今年のうちのジャックランタンを作りますねって
いつもの天使の笑顔をきらきら輝かせていたのが発端なんだよね。

それを聞いたルリ姉の喜びようっていったらなかったなぁ。
ええ、珠希に全部任せるからお願いねって、涙声になりながら
ルリ姉はたまちゃんを抱きしめて頭をずっと撫で続けてたくらいだから。

まあさすがに材料とかは前もってルリ姉が用意していたんだけどね。
そんなわけでたまちゃんは敬愛するルリ姉の期待に応えようと
ますます張り切ってジャックランタン作りに励んでいるところなんだ。

「たまちゃん、くれぐれもナイフは気をつけてね」
「はい、おねぇちゃん」

たまちゃんはカボチャの顔を真剣な表情で刳り貫いていた所だったけど
あたしが声をかけるとすぐさま返事をくれた。もっとも目線はずっと
テレビとカボチャから離さなかったけれどもね。

そんな集中力はやっぱりルリ姉譲りだなぁと感心してしまう。
あたしはすぐにいろんなことが頭に浮かんで、気が散っちゃうんだよねぇ。

え、妹に感心なんてしてないで、少しは自分でも見習いなさい、って?
ほ、ほら、あたしは集中力よりもひらめきやセンスで勝負するタイプだから!

だからコツコツした作業よりも、学校での出し物のアイディア出しとか
運動会の陣頭指揮とかならクラスの皆から定評があるからね。
明日のハロウィンのサプライズイベントとかなら
この日向ちゃんにばっちり任せといてよ!

まあ、そんなことをルリ姉に言おうものなら
『あなたはまずはその性根から叩き直さないといけないようね……』
なんて鬼より恐ろしい形相でルリ姉の部屋に連れて行かれて
お説教がまっているんだけどね……

まったく人にはそれぞれ向き不向きがあるんだって判って欲しいよねぇ?
自分だって人見知りで人付き合いとかからきしだったくせに。

『後は忌々しきも力溢れる『天の光』にその身を晒しながら
『風脈』の流れる所で宿りし『水の精霊力』を十分に祓いなさい。
  さすれば新しき闇の眷属『ジャックランタン』が顕現することでしょう。
  クククッ、コンゴトモヨロシク、ね』

テレビからは相変わらずノリノリのルリ姉の声が流れてきていた。
あ、ちなみにルリ姉の恰好はいかにもハロウィンらしく
おとぎ話の魔法使いのような服装なんだけど。

パッと見でもとんがり帽子やマントが無駄に豪勢で
とても仮装レベルの代物じゃないほど手間がかかっているのが判る。
そういえば先週のこの番組はそのハロウィン用の衣装の作り方だったっけ。
いくらわかりやすく説明してくれていたとはいえ、ルリ姉と同じものを
作ろうと思ったらすっごい手間がかかると思うけど大丈夫だったのかな?

まあ、そんなルリ姉の一般のご家庭ではとてもマネできないような
技術力のおかげで、昨年は町内の商店街で行われたハロウィンイベントの
仮装部門でたまちゃんが最優秀賞を貰ったりもしているんだけどね。

「おねぇちゃん、できました!」
「おー、すごいね、たまちゃん!すっごく良く出来てるよ!
  これならルリ姉やお母さんが作ったのにも全然負けてないよ」
「えへへへ、姉さまも喜んでくれますか?」
「うんうん、ルリ姉は勿論、お父さんもお母さんも
  たまちゃんのつくったジャックランタンのできばえに驚くと思うよ」

さっきまでの真剣な表情とうってかわって、ふにゃっとした天使の笑顔で
喜ぶたまちゃんがあまりに可愛くて、あたしは妹の成果を全力で褒め称えた。
でも本当、よく出来てるからね。決して妹可愛さだけじゃないんだよ?
いやたまちゃんが可愛い事は勿論なんだけどさ。

「あ、でもまだお日さまでかわかさないといけないみたいです」
「お、そういえば司会の人もそんなこといってたね。じゃああたしが
  ベランダに干してくるからたまちゃんはテレビでも見て休んでて」
「ありがとうです、おねぇちゃん。
  でもまだまだつくらないとあしたにまにあわないです」
「そっか……じゃああたしにも教えてくれるかな、たまちゃん。
  たまちゃんのを見てたらあたしも作りたくなってきちゃったから」
「……はい!いっしょにがんばりましょう!」

たまちゃんはあたしの提案に少しだけうーんと考え込む仕草をしたけれど。
すぐに笑顔で頷いてくれて、右手をぐっと突き上げると気合を入れ直してた。
うーん、どうもあたしの考えななんてお見通しだったのかもしれない。
本当、もう、なんて良い子なんだろう、この子は!

これがルリ姉だったらきっと気付いた上でそ知らぬ顔で断ってくるのにね。
これは私が課せられた試練よ、あなたではまだ耐えられない、とか言って。
まったく少しは自分の妹を信用して欲しいものだよねぇ。

「よし、じゃあお日様が沈むまでにはあと4つくらいは作っとこうか。
  じゃあこれはベランダで干してくるからたまちゃんは先にはじめててね」
「はい!」

あたしはジャックランタンを手に取ると、寝室の奥にあるベランダに向かう。

「じゃあ夜、その間はたまちゃんを見てあげててね」

居間の入り口近くで香箱座りで佇んでいた夜に声をかけると
心得たとばかりに小さくにゃあと返って来た。
あたしはその鳴き声に軽く頷くと居間を後にした。

さてルリ姉が戻ってくるまでには全部作り終えておかないとね。
きっとルリ姉のことだから、途中だったら絶対に手伝っちゃうだろうし。
毎日ただでさえアイドル活動やらなんやらで急がしいんだから
このくらいはあたしたちにきっちり任せて欲しいもんだよねぇ。

実際、ルリ姉は半年前からは歌手としても活動を始めたんだけど
デビュー曲の「Platonic Prison」がいきなり月間オリコン1位を
取るくらいの大ヒットになったし、先月出たばかりの新曲
「モノクロ☆HAPPY DAY」もそれを追い越す勢いで大ブレイクしてる。
それこそ街中のどこにいても流れてるくらいにね。

ルリ姉の歌は「家庭派厨二アイドル」としてのイメージとはまた違った
恋する乙女の切なさや辛さ、そして喜びや嬉しさの気持ちに溢れていて
それがまた普段の姿とのギャップと合わせて魅力になっているみたい。
ファンの間では歌手としてのルリ姉は、その歌詞内容や可憐な歌声から
「天使」なんて呼ばれているとかいないとか。

確かに見慣れなれてない人はびっくりするかもしれないよね、
とても同一人物とは思えないくらいルリ姉がいろんな姿を見せるのは。
でもあたしからしてみれば、どれもルリ姉以外なにものでもないんだけどなぁ。

電波でオタクで思い込みが激しくて強情で怒ると凄い怖いけれど。
家族想いで家事全般を熟して、不器用だけど純真ですっごく優しい。

あたしのたった一人の……大切なお姉ちゃんなんだから。

そ、そうそう、今年は紅白にまで出場するんじゃないか
なんて話もあるくらいなんだよ。あのルリ姉がねぇ。

だからこそ、最近はアイドル活動から家に戻ってくるのも
夜遅くになっちゃうくらいの売れっ子なんだから、せめて家の中に
いるときくらいはゆっくりして欲しいって思ってる。

それと……好きな人と一緒にいるときくらいは、さ。

明日のハロウィンは久しぶりに高坂君が家に来て
ルリ姉のハロウィンの写真を撮りにくることになってる。

結局、高坂君がルリ姉のマネージャーを辞めてからも
家庭派アイドルとして、テレビや雑誌では中々見せられないような
「家庭的な一コマ」を写真にとって、ルリ姉の公式ブログに
掲載する活動は続けられているんだけど。

気軽に家にこれて、ルリ姉のリラックスした普段通りの姿を
引き出せるのは高坂君しかいない!、ってルリ姉の今のマネージャーの
河上さんの強い意向で、その撮影は高坂君が引き続きやってるんだよね。

だから高坂君との一緒の時間は、アイドル活動の一環なことも多いんだけど。
たまの彼氏との逢瀬なんだからルリ姉にはいろいろと頑張って貰わないとね。

まったくアイドルでは今をときめく時代の人だってのに
そっち方面では全然奥手で進展が無いみたいだからねぇ。
高坂君もルリ姉のこと大事に思っているからなんだろうけど
傍から見てるとじれったいったらないもんね。

ま、そんなヘタレな二人のために、明日のハロウィンでは
この日向ちゃんがキューピット役を買って出るつもりなんだけど。

あたしは日差しにたっぷり当たるようにと、ベランダの小棚の上に
ジャックランタンを置いた。そして居間に戻りがてら
明日のために考えてきた作戦をもう一度頭の中で確認する。

さあ、不甲斐ない姉のために妹のあたしが一肌脱がなくっちゃ、ね!



    *    *    *



ハロウィンの当日、昨日たまちゃんと作ったジャックランタンや
折り紙でつくったおばけなんかで立派に飾りつけた居間で
高坂君がルリ姉の写真撮影をしているのを何時ものように
あたしとたまちゃんと夜とで見てたんだけど。

え?なんで撮影に関係ないあたしたちまでいるのかって?
たしかひな祭りのときくらいからだったかな。あたしたちがいた方が
ルリ姉がいい笑顔を見せてくれるんだって高坂君が言うもんだからね。

それ以来、家で高坂君がルリ姉の写真を撮るときには
あたしたちが同席しているのがお約束になっているんだよ。

アイドルになり立ての頃はあたしたちが見ているのを恥ずかしがって
逆に表情がこわばっていたような気がするルリ姉だったけど。
段々とそれにも慣れてきたのか、確かに高坂君の言うように
華のような笑顔を向けてくれることが増えてきたと思う。

勿論ルリ姉はもう全国的に有名なアイドルだから
いろんな雑誌に特集やグラビアが載ってるんだけど。
その中の写真のどれよりも、家で撮ってるこれが
一番優しい笑顔だって、あたしも密かに自慢に思っているんだ。

だってルリ姉が一番「お姉ちゃん」の顔をしているときだからね。

きっと家庭派アイドルとしてはそれがなによりも大切なんだって
元マネージャーの高坂君も、今のマネージャーの河上さんも
受け止めてくれてるんじゃないかって思うな。

今だってたまちゃんと遊んでいるときのような穏やかな表情で
小さなジャックランタンの置物を手に取って微笑んでいる。

まあ恰好は昨日のテレビと同じ、ハロウィンの魔女だから
ミスマッチなことこの上ないんだけどね……

テレビでは分らなかったけど、ほうきや猫のぬいぐるみとか
魔女の衣装の小道具も揃えてたり、マントをはためかせたり
LEDでパーツを光らせるようなギミックまで用意していたらしい。

せっかくだからとそっちの機能をフルに使った写真を撮るときには
厨二全開ドヤ顔ノリノリな魔女の衣装が似合いまくるいつものルリ姉だった。

どっちも見慣れているはずのあたしですらそのあまりにもの違いに
めまいがしてきそうなくらいなんだから。そりゃ世間の人から見たら
ギャップ萌、っていうんだっけ?ともかく良くも悪くも
強烈なインパクトを受けるんだろうね。

「よし、じゃあハロウィンの写真はこんなもんでOKだろ。
  黒猫、日向ちゃん、珠希ちゃん、それから夜、お疲れ様」
「ええ、あなたもね。ふふっ、今日は一段とカメラが乗っていたようね?
  私としても心行くまで『夜魔の女王』の『化身』の一つである
  この『モルガン』の姿を披露することができたわ。ありがとう、京介」
「はい!おつかれさまです、おにぃちゃん」
「にゃぁん」

っとと、いけないいけない。そんなことをぼんやり考えている
場合じゃないんだよ。撮影が終わったんならいよいよ
『ルリ姉と高坂君のハロウィンどっきり大作戦』を実行に移すときだからね!

「みんな、おつかれー。じゃあ、お父さん達が帰ってくるまでの間にさ。
  せっかくのハロウィンなんだからそれにちなんだゲームをやろうよ!」

あたしはその場にいる皆を見回しながら何気なくそう切り出した。

「ハロウィンにちなんだゲーム?家にそんな物あったかしら?」
「や、別にゲーム機とかボードゲームとかじゃなくってね。
  昔からハロウィンのパーティで行われていた遊びなんだって。
  この前、クラスのハロウィンでみんなでやったんだよね」
「へぇ、そうなのか。それでどんなゲームなんだ?日向ちゃん」

よしよし、ゲーム好きのルリ姉は勿論、高坂君も興味を持ってくれてる。
まずはつかみはOK、ってところだね。

「『ダックアップル』っていうんだけど、大きめのたらいやボウルの中に
  リンゴをたくさん浮かべてね。それを手を使わずに口だけで
  上手く引き上げるんだ。取れた分だけその人が食べられるってわけ」
「わぁ、リンゴさん、おいしいからだいすきです」
「うん、たまちゃんも頑張ってたくさん取ろうね」
「はい!」

たまちゃんは勿論最初から問題ないとは思っていたけれど。
それでもこんなに喜んでくれるなら、本来の目的とは違うんだけど
あたしとしてもやっぱり嬉しいなぁ。

「……なるほど、豊穣と知恵の象徴でもあるリンゴを使うことで
  ハロウィンの時期と重なる収穫を祝う意味もあるのかしらね。
  水はそのリンゴが常しえに実るという『理想郷』への門の象徴、
  もしくは魔女への責苦、という所でしょう。
  クククッ、異境の地に根差す伝承はなかなか興味深いものだわ」
「ま、まあそんなところの由来までは知らないけどさ。
  リンゴは用意しておいたからみんなでやってみない?」

相変わらずのあっち方面にいってしまったルリ姉はひとまず置いといて
一応確認は取ってみたけれど。みんな特に異論はなく賛成してくれた。
まあ、たまちゃんがやる気になっているんだから、ルリ姉や高坂君が
今更反対する心配もないんだけどね。

よし、これで作戦の第1段階はクリアだね!

「じゃちょっと待っててね、準備してくるから」
「日向ちゃん、俺も手伝うよ。水があるから重いだろ?」
「うん、ありがとね、高坂君」

高坂君はこういうところは本当よく気が付いてくれるし
優しくしてくれるのはあたしとしても嬉しいんだけどさ。
肝心の一番大切な人の乙女心とかにもしっかりと
気をまわして欲しい、ってのはやっぱり期待しすぎなのかなぁ。

本当、頼むよ、未来のお兄ちゃん?

あたしは達は台所に行って、家で一番大きなボウルに水を張ると
あらかじめお母さんに買ってきて貰ったリンゴを六つほど浮かべた。
まあゲームの準備といってもこれだけだから簡単なもんだよね。

「じゃあ高坂君、これを居間に持って行ってくれるかな。
  あたしは顔を拭くためのタオルとか取ってくるから」
「おう、任せてくれ」

とはいえ、あたしは他にも用意するものがあるから
ひとまずリンゴ入りボウルは高坂君にお任すると
洗面所にいってタオルを何本か回収してから自分の、
といってもたまちゃんと一緒なんだけど、部屋に向かう。

そして机の中からあらかじめ用意しておいた
猫用のおもちゃと髪留めを取り出すと服のポケットに仕舞いこんだ。

これで本当に準備は完了、あとは決行あるのみ!

あたしはひとりその場でぐっと気合を入れ直すと、急いで居間に戻った。



    *    *    *



「じゃあはじめよっか。初めはたまちゃんからで後は時計回りで
  あたし、高坂君、ルリ姉の順番かな。たまちゃん以外は
  制限時間1分以内に取ったリンゴを貰えるってことで。
  リンゴは引き上げて横のお皿に置くまで、手を使っちゃダメだからね」
「フッ、真打は常に最後に控えているものね」
「ま、ルリ姉の番までに、全部なくなっちゃったらゴメンだけどね?」
「くっ!?ま、まあいいでしょう。逆周りで私が2番目では
  それこそそこでゲームが終了してしまって興ざめというものよ。
  あなたたちの手並みを篤と拝見させてもらうわ」

よし、ルリ姉のプライドを刺激して、順番に関してもすんなり納得させられた。
これで作戦の第2段階まで無事に完了して、次の第3段階に移行だよ。

「よし、最初はたまちゃんの番だよ。
  あ、夜は邪魔しない様にこっちでちょっとおとなしくしててね」

うちの飼い猫の夜は、たまちゃんの体温が高めなのが暖かくて居心地が
いいのかたまちゃんの近くで寛いでいたり膝の上で丸くなってたり
時には頭に乗っかってたりする事が多いんだけど。

この作戦では夜の力が切り札になるからね。
あとでモンプチあげるから今だけは練習通りに協力してくれるかな。

あたしはたまちゃんのすぐ横に座っていた夜の身体を
そっと抱きかかえるとテーブルから少し離れた場所に運んでいく。
そしてポケットに入れていた髪留めを密かに取り出すと
夜の首の裏をちょっとつまんで髪留めで挟み込んだ。

いわゆる「猫の緊急停止スイッチ」というところだね。
本能的にここを摘ままれると猫は動きを止めてしまう。
苦しくはないはずだけど、しばらくは夜にここで大人しく
待機していてもらう必要があるからちょっとの間だけ辛抱してね。

案の定、夜はなんとも言えない不思議な表情のまま
時間が止まったようにぴったりと動きが止まっている。
あまりおかしな様子に見えないように、横に寝そべっている姿にして
そっと床の上に置くと、夜の頭を軽くなでてから自分の席に戻った。

その間にも、たまちゃんは早速小さな口を目一杯に開いて
懸命にリンゴを引き上げようとしてたんだけど。
やっぱり慣れない事に勝手が分らず、リンゴを口でつついては
水の中に沈めるばかりで一向に上手くいかない様子だった。

そんなたまちゃんをルリ姉は傍から見ても、ハラハラうずうずしながら
見守っていた。たまちゃんが困っているのを助けてあげたいんだけど
それではたまちゃんが自分で取った達成感が得られないし
ゲームとしても体をなさなくなってしまう……そんな感じかな。
変な所で真面目なんだからねぇ、まったく。

「ううっ、むずかしいです……」
「ほら、たまちゃん、たまちゃんの口だと直接は頬張れないから
  リンゴのこのヘタの部分をくわえるのがコツなんだよ」
「はい!やってみます」
「お、良い感じじゃないか、がんばれ、珠希ちゃん!」
「ん~~!」

あたしのアドバイス通りに、小さめのリンゴのヘタを上手にくわえた
たまちゃんは、ゆっくりとボウルの中から引き上げた。

そのまま横のお皿に移し終えた途端、たまちゃんの横に座っていた
ルリ姉がすかさず動いてたまちゃんの身体を抱きしめると
水でびしょびしょに濡れていたたまちゃんの顔をタオルで拭っていた。

「珠希、良く頑張ったわね」
「はい!でも、おねぇちゃんのおかげです」
「そうね、でもそれを実行出来たのはあなたの力よ。
  助力に感謝する気持ちは忘れていけないけれど
  それで自らの成果を貶める必要はないのよ。胸を張って喜びなさい」
「はい、えへへへ、やりました!」

満面の笑顔で喜ぶたまちゃんの頭を優しく撫でるルリ姉。
それをやっぱり優しい笑顔で見守ってる高坂君。
うんうん、いつものことだけど、こんな光景は何度見てもいいものだよね。
まあ、まるっきりわが子の成長にはしゃいでる親馬鹿若夫婦みたいだけど。

「それにしても、日向。珠希が始める前からやり方の
  コツくらいは説明して然るべきだったのではないかしら?」

一人和んでいたらなぜか非難の矛先がこっちに飛んできましたよ?

「いや、だって、その。ルリ姉だって最初は
  たまちゃんの好きなようにやらせてたでしょ?」
「それは……確かに、そうだけれど。それでも導入部分で
  正しく遊び方を提示するのは、ゲームの必要不可欠な要素よ」
「まあまあ、珠希ちゃんも無事に取れたんだし、
  その辺はもういいだろ。それじゃ次は日向ちゃんの番か?」

高坂君の取り成しで、ようやくルリ姉も矛を収めてくれた。
まあルリ姉の言い分ももっともだとは思うけど
今のは単にルリ姉が自分のじれったさのはけ口を探してただけだしねぇ。

「よーし、それじゃクラスの皆を驚愕させた
  この日向ちゃんの実力、見せてあげるよ!」

あたしはそう嘯きながら自信満々に目の前のボウルを見据える。
これが作戦の第4段階なんだけど、ここが一番心配がないところなんだよね。
だって、純粋にあたしの力を発揮すればいいだけだから。

「じゃあ1分を計るわよ。用意……スタート!」

ルリ姉がスマホのタイマーを使って開始の宣言をした途端
あたしは迷わず最初に目をつけていたリンゴに口を寄せた。
そして寸分違わずリンゴのヘタを咥え取ると一気に顔をあげ、
その勢いのままに横に置いたお皿にリンゴを運び落とした。

「なっ……8秒ちょっと、ですって!?」

おおっ、と皆のどよめきが聞こえるのが心地よい。

クラスでダックアップルをやったときにこの計画を思いついて
今日この日のために磨いてきたこのあたしの実力を持ってすれば。
1分もあれば5つのリンゴを全て取りきってしまうことなんて
わけないことなんだけど。

あたしは次々とボウルの中に浮かぶリンゴを咥えあげてはお皿に置いていく。
とはいえ、ここで全部のリンゴを取るのが目的なわけじゃないからね。
怪しまれないよう、1分の時間をフルに使うためには
最後のほうは時間を調整していかないと。

「残り10秒……5、4、3、2、1、それまで!」

終了の残り5秒くらいのところで、計画通りに4つ目のリンゴを獲得した。
一応最後の1つにも挑戦する素振りは見せておいたけど
勿論それを取る気はないので、そのままタイムアップを迎える。

「へへーん、どんなもんよ!」
「おねぇちゃん、4つもとっちゃうなんてすごいです!」
「あなたはこういう事には本当にすごい才能を発揮するわね……」

たまちゃんは心から、ルリ姉は半ば呆れながらも褒めてくれる。

あたしはルリ姉やたまちゃんと違って、手先が器用だったりとか
趣味に打ち込んだりとかないから、地味だとか平凡だとか
まったく謂れの無い扱いを受けてる気もするんだけど。

あたしだってやるときはやるんだよ!

今回の作戦だってこのあたしが綿密に計画立てて
そしてそれを実行するために色々と準備と練習を重ねてきたんだからね。
この日向ちゃんの真の実力、みんな思い知るがいいよ!

「しかし日向ちゃんが凄かったのは勿論だが……
  俺と瑠璃の2人残っているのにリンゴは後1個になっちまったな」
「ごめんごめん、準備してたリンゴはこの6つ分しかないんだよね。
  ま、これも勝負の非情さと思って、高坂君も気にせずにやってよ。
  ルリ姉も変に気を使われたくはないでしょ?」
「ふっ、当然のことね。京介、一度始めたからには全力で当たるのが
  勝負事の礼儀というもの。そこに手心など加えようものなら許さないわよ」

ルリ姉は本当に扱いやすいなぁ。用意していた台詞で予想通りの反応を
引き出せたことに満足しながら、あたしは自分の後ろに置いといた
タオルを取るために立ち上がった。

そして計画の第5段階に移行する。さあ、ここがこの計画の正念場。
今までは駆け引きはあったといっても気心知れた人だからある程度
その言動の予想もできたんだけど。

第5段階はあたしの狙い通りに夜が動いてくれるかどうか、だからね。
勿論前もって何度か練習はしてあるけれど、なにせ気まぐれなことで
有名な猫だからねぇ。

タオルを取るついでに、さっきと同じ体勢で固まったままでいる
夜の頭を不自然にならないように軽く撫でながら
首につけていた髪留めを取り外した。

とたんにぷるぷると首を振る夜。あたしはもう一度夜の首筋から頭まで
すっと撫でてあげてから、タオルで顔を拭きながら自分の席に戻った。

その間にも高坂君がダックアップルを始めていたけれど
なかなか思うようにいかずに苦戦している最中だった。

ヘタの部分を狙って口を近づけるも、短いヘタをうまく咥えられずに
いたずらにリンゴを水の中に押し込んでしまっている。
それなら、ということか、高坂君は口を大きく開けてリンゴそのものを
かじろうともしていたけれど、リンゴの大きさに文字通り歯が立たず
時間だけが過ぎていってた。

ま、そもそも、その最後にわざと残したのは、用意したリンゴの中でも
一番大きなものだし、ヘタの部分は前もって咥えられるぎりぎりまで
短くしてあるから苦戦するのも当然なんだけどね。

そう簡単にそれが取られてしまっては、せっかくあたしがずっと考えて
ここまで実行してきた計画が全部ご破算になってしまうんだから。
予定通りに、そんな風にたっぷりそのリンゴに口付けておいてね、高坂君?

でも、何度もチャレンジしているうちに高坂君も勝手を掴んできたみたい。
残り15秒になろうか、というところで、ついにヘタをがっちりと咥えて
唇で固定すると、いよいよ引き上げるところまで来ていた。

あれを見事に捉えるとはなかなかやってくれるね、高坂君。
ふふふっ、でもそれもあたしの計画では折込みなんだからね。
さあ最終兵器の出番だよ、夜。お願いだから、練習した通りに動いてね。

皆が高坂君の口元に意識が集中している間に、あたしは後ろ手に
ポケットから猫用のおもちゃを取り出すと握り手をしっかりと掴んだ。
そして紐につながれた蝶をかたどったおもちゃを
高坂君の方にそっと放ると小刻みに紐を手繰り寄せる。

チラッと後ろを伺うと、期待通りに夜はそのおもちゃの動きを目で追って
今にも飛び掛らんと体勢を低くしてお尻を振っていた。

よし、いけ、夜!!

あたしは握り手を上下に強くスナップさせて
おもちゃの動きがめいっぱいに大きくなるように振るった。
それに合わせて練習と同じように、夜はおもちゃ目掛けて突進してくる。

「おにぃちゃん、もうすこしです!」
「残り8、7、6……」
「ってうわぁ!?」

高坂君がリンゴを慎重に咥え上げ、お皿の方に顔を向けようとした
丁度その時、おもちゃに飛び掛った夜は、その勢いで高坂君の身体に
ぶつかっていった。

高々猫の体重とはいえ、集中していたところへの思わぬ衝撃に
不意を付かれた高坂君は反射的に驚きの声をあげてしまった。
言うまでもなく、せっかく咥えあげてたリンゴはそれで高坂君の口を離れて
とぽん、という音と共に再び水の中へと戻ってしまった。

よーし、ナイスだよ夜!練習通りの猫アタックだったね!
モンプチだけじゃなくて大好きなおやつも追加してあげるからね!

「……2、1、そこまでよ」
「おにぃちゃん、ざんねんでした……」
「こら、夜。高坂君がもうちょっとで
  リンゴ取れそうだったのに、おいたしちゃだめじゃない」
「まあ、夜も俺達だけで盛り上がってて、寂しかったんだろうさ。
  それにこんなアクシデントも勝負の常ってもんなんだろ、瑠璃?」
「ふふっ、そうね。『勝敗は時の運』。どんな名将や英雄でも
  予想外のアクシデントが起こりえるからこそ時に敗れ去る事もあるわ。
  99%勝利を握っていたとしても、努々油断をしないことね」

さすがにそこまでは予想してなかったんだけど。
高坂君が夜の悪戯を自分からフォローしてくれたおかげで
ルリ姉もすぐにそれに追従してくれた。

結果的に勘の鋭いルリ姉に変に怪しまれずに済んだのは幸いかな?
ルリ姉は我が強いように見えて、案外人を立てるのも忘れないんだよね。
それが大好きな人ならなおさらってところかな?

まあ、高坂君とルリ姉は、多分あたしや夜の事を
思いやってそんなことを言ってくれたんだろうけどね。
そう思うとちょっと申し訳ない気持ちもあるんだけど。

とはいえ、いよいよあたしの計画も最終段階。
それもこれもルリ姉や高坂君のため、なんだから
二人の気持ちへのお返しはそれで勘弁しておいてね。

「じゃあ最後はルリ姉だね。あ、タイマーはあたしがみるよ」
「姉さま、がんばってください!」
「え?……ええ、ま、任せておきなさい、珠希」

ルリ姉は目の前のボウルに向き直ると静かに開始の合図を待っている。
でも、良く見るとルリ姉の頬は目の前のリンゴのように赤らんできて
口元はわなわなと震え出していた。

ふふふ、ようやく気がついたようだね、ルリ姉!
その最後に残ったリンゴが持つ意味を!

「日向……あなた、まさか……」
「ん?なにかあった?ま、そろそろ始めるよ、ルリ姉」
「瑠璃、どうかしたのか?顔も赤いし、目もなんか泳いでいるぞ?」
「あ、あなたのせいでしょう!?い、いえ、ごめんなさい、なんでもないわ。
  精神を集中して『闇の小宇宙』を高めている所だから気にしないで頂戴」
「じゃあ、よーい、スタート!」

でももう遅いんだからね!さあ、高坂君の熱いベーゼを
一身に受けたそのリンゴを存分に味わうがいいよ、ルリ姉!

そう、これこそがこの日向ちゃんが考え出した
『ルリ姉と高坂君のハロウィンどっきり大作戦』の最大の目的。

恋人に戻ってからもう半年も経っているってのに
いまだに手を繋ぐ事すら滅多にしないような奥手なルリ姉たちなんだけど。
そんな二人を心配してせめて間接的にとはいえ甘い体験を出来るように思う
この妹心をありがたく受け取ってくれると嬉しんだけどね。

それにまあ。

ますます顔を紅潮させて、目の前のリンゴに口を近づけては戸惑い
全身を震わせながら乙女の苦悩をしているルリ姉の姿を見ることは。

「残り30秒、あれ、どしたの、ルリ姉。
  全然取ろうとしてないけど、チャレンジもしないで
  ギブアップするの?あんなに自信満々だったのにねぇ?」

こんなに楽しいことってないからね!!

電波な厨二病や家庭的なお姉さんの姿よりなによりも
こんな可愛く恥らう乙女なところが、ルリ姉の本当の姿なんだから!

え、大層な作戦なのに結局あたしが楽しんでただけだろう、って?

ち、違うんだよ。結果的にそういう面もあったというだけで
こんな風に互いを意識せざるをえないイベントの一つでもすることで
二人の距離をより近づけてあげようと言う健気な妹心が発端なんだから。

そんな謂れの無い言い掛かりは止めて欲しいなぁ。

それにしてもそこまで躊躇うものなら諦めてもいいのにねぇ。
まあ、ルリ姉がゲームを途中で投げ出すわけがない、
ってとこまでもちろんのこと計算に入っているんだけど。

「ち、違うのよ。今までは水面の波動定数を見定めるまでの一刻。
  それももう完全に見切ったわ。後は……捉えるだけよ」

喉を鳴らし、ぐっと気合を入れなおすルリ姉。
どうやらついにリンゴに口付ける覚悟を決めたようだった。

その悲壮なまでの決意溢れる表情に、周囲の緊張も否応なく高まっていく。

事情を良くわかっていないたまちゃんも、そしてようやくルリ姉が
躊躇している理由を察したのか、顔を赤くしている高坂君も
その異様な雰囲気に飲まれて、ただルリ姉の口元に見入っていた。

勿論、あたしだってルリ姉の一挙手一投足を見逃さまいと
テーブルから身体を乗り出して対面のルリ姉を食い入るように見つめる。

覚悟を決めたとはいえそこはルリ姉。今どきの小学生の女の子よりも
繊細で内気で恥ずかしがり屋の乙女だからね。相変わらず真っ赤に
染まった今にも泣き出しそうな表情をしてるんだけど。

それでも目標を見定めた目の力まで失っていないのはさすがかな。
本当、臆病と行動力とが不思議と同居するのがルリ姉ってもんだよね。

さあ、ルリ姉、女は度胸だよ!一気に剛毅にいっきなYO!

ルリ姉がリンゴのヘタ目掛けて徐々に唇を近づける様子に
最近凝っているヒップホップなノリで盛りあがっていたあたしは
ポケットに入れておいたものがいつのまにかはみ出ていた事になんて
全然気がついていなかった。

「ルリ姉、残り15秒だよっ!早くしないとって、うわあぁあ!?」
「……え?きゃあ!?」

テーブルから乗り出したあたしの身体を、後ろから何かがトンと押した。
予想もしてなかったその力で、あたしは悲鳴を上げて前方につんのめった。

今まさにリンゴを咥えようとしていたルリ姉は、あたしの叫び声に
一旦顔を上げると、目の前に迫ったあたしの頭に驚きながらも
反射的に身をかわしていた。

後から考えれば、ルリ姉がそのままの姿勢だったら頭同士で思いっきり
ごっちんこしてたから、さすがルリ姉の反射神経と讃えたいところだけど。
その時のあたしはとてもそれどころじゃなかったからねぇ。

ばしゃあぁん、と派手な音を立てながら、あたしの顔は水を張った
ボウルへ一直線に突っ込んでいた。水がクッションになってくれた事と
その直後にテーブルに手を着くことはできたので、頭をボウルとかに
ぶつけるようなことはなかったのは幸いだったけど。

あたしは水しぶきで髪の毛までびしょびしょなほどに濡れネズミになったし
周りに飛び散った水でテーブルもみんなも水浸しになってしまった。

「ひ、日向、大丈夫なの!怪我はない!?」
「いや、頭を打ったりはしてないようだから心配ないぞ、瑠璃。
  でも良い音立ててつっこんでたから顔は痛そうだけどな……」
「おねぇちゃん、これでおかおをふいてください!」

それでもみんな真っ先にあたしの身を案じてくれたのは
正直ちょっとジーンときてしまったなぁ。

たまちゃんから渡されたタオルで顔を拭ったあたしが振り返ると
さっきあたしを押した犯人が、ドヤ顔でこちらを見上げていた。

思わずこんな悪戯をしでかした夜を怒ろうかと思ったけど
そこであたしは自分のポケットからさっきのおもちゃが
飛び出していたのに気がついた。

ううっ、つまり全部あたしの自業自得だったってわけ……?
せっかくここまで完璧にこなした作戦だったのにこんなオチってないよぉ。

「ほら、日向。ひとまず洗面所で髪を乾かして着替えてきなさい」
「うん……ごめんね、ルリ姉。せっかくの衣装に水掛けちゃって」
「ふっ、この程度の『ウンディーネ』の力では
  この『魔衣』に染み一つ付ける事は適わないわ。
  ……だからそんな事を心配をしてないで早く行ってらっしゃい」

あたしは自ら墓穴を掘って作戦を失敗してしまった事と
それで皆に迷惑を掛けたのに優しくしてもらっている事への自己嫌悪で
がっくりと肩を落としながら洗面所に向かおうとしたんだけど。

「それと……今回の件はその後でゆっくりと聞かせてもらうわよ、日向?」
「は、は~い……」

あちゃあ、やっぱりルリ姉に感づかれてるよ……
ううっ、もう十分罰ゲームを受けた気分なのに
この上さらにルリ姉からの特別教育が待っているのかなぁ。

あたしはさらに重くなった足を無理やりに動かして居間を出て行った。



    *    *    *



日向が洗面所に向かった後、私たちは水が飛び散ったテーブルや居間、
濡れてしまった自分たちの後始末をしていたのだけれども。

「これ以上は雑巾では無理でしょうから、後は新聞紙を引いておきましょう」
「おう、じゃあ雑巾とバケツは片づけてくるぜ」
「お願いするわ、京介。珠希はタオルだけで大丈夫?」
「はい、おうでがちょっと水にぬれただけですから」

裾をまくって右腕を拭いていた珠希からタオルを受け取ると
私はテーブルの下にいっぱいに広げた新聞紙を敷き詰めた。
暫くはこうしておいて畳から水分を吸い上げるしかないでしょうね。
こぼした量から考えればこれで大丈夫だと思うけれど
場合によっては畳を上げて干さないといけないかもしれないわ。

それにしても、日向はいったい何を企んでいたのかしらね……

夜が私達がゲームをしている間に2度も体当たりをしてくるなんて
おかしな行動をしたのは、恐らく日向が何か細工をしたからでしょうけど。

そこまでして私の狼狽する姿を見たかった、なんて言わないでしょうね?
その情熱をもっと有益な方向に使えるようになれば
あの子の持つ『潜在能力』を如何なく発揮できるでしょうに。

本当、日向はお父さんに似て、自分の楽しいと思ったことには
傍目から見たらどんなに骨折り損な努力でも厭わないんだから。

それで情熱的に打ち込むのはいいのだけれど、のめり込みすぎて
目的自体を見失って迷走したり、努力が空回りして自滅したりするのよね……
きっと今回もそれであんな結果になったのでしょうし。

まあそれはともかく、確かに日向はことあるごとに
私をからかったり京介との仲を囃し立てたりすることは多いけれど。
それもあの子なりに私たちの事を思いやってくれているのはわかっている。

アイドルとしては自分でも手応えが感じられるくらいに
日々の努力が着実に成果に結びついてはいるのだけれど。
逆にプライベートな事では、見据える次の目標に、その先の
『理想の世界』になかなか近づけないもどかしさも感じている。

あの子はあの子なりにそんな私達を応援してくれているのでしょうね。

もっとも、だからと言って今回のように全面的に歓迎できるような
代物じゃないのがやっかいなのだけれども、ね。

まあ本人もびしょ濡れになって応報を受けたのでしょうから。
今回は姉に対して不遜な態度をとったことに対してだけ
ハロウィンのパーティが終わったら再教育することにしておきましょうか。

それにわざわざ日向に心配されるまでもなく。
私だって京介との関係を深める『儀式』は密かに進行中なのよ。
姉の偉大なる成果を目の当たりにして、さぞや驚愕に包まれる
日向の顔がこの『神眼』に浮かぶようだわ。

私は今の『モルガン』の姿に相応しい嫣然とした笑みを浮かべながら
皆の使ったタオルを洗濯籠に入れるためにお風呂場へと足を向けた。


「お、瑠璃。雑巾とバケツは何時ものところに仕舞っておいたぜ」
「ありがとう、それなら居間に戻って休んでいて貰えるかしら」

お風呂場へ続く洗面所から丁度出てきた京介にそう声をかけたのだけど。
京介は居間には向うことなく、擦れ違った私の後に続いて
今出てきたばかりの洗面所へと私と一緒に入ってきた。

そういえば既に洗面所に日向の姿は見えないけれど
もう髪を乾かし終わって自分の部屋に着替えにいったのかしらね。

私は洗濯機の横に備え付けた洗濯籠に持ってきたタオルを入れた。
明日は晴れのようだし朝のうちから洗濯しておこうかしらね。

「……なあ、瑠璃」
「ええ、判っているわ。日向のことでしょう?」

私の様子をずっと伺っていた京介は暫らく逡巡した後
ようやくそう切り出してきた。でも、逆にそれを予測していた私は
躊躇いもなく応えると、京介はばつが悪いような
それでいて安心したような苦笑を浮かべた。

「日向にも何か考えがあったのでしょうから
  あの子への教育は一応その理由を聞いてからにするわ」
「ああ、日向ちゃんも反省はしているようだったからさ。
  その辺もできれば考慮してやってくれよ」

本当、ほとほと身に染みてはいるのだけれども。
人様の妹にまで必死に弁護を図る京介は文字通り筋金入りのシスコンよね……
私が日向を追及する前に、日向と接触を図るためにここにきたのでしょうしね。
まったく、あまり日向を甘やかされては五更家としても困るのよ?

私は深く溜息をつきながら、京介の顔をきっと睨む。

日向のことも、京介のことも。その気持ちは判ってはいても
それだけに自身のままならない事への歯痒い思いを実感してしまう。
そんな焦燥が自分でも思いがけず、つい口をついて出てしまっていた。

「そもそも、元を質せばあなたがしっかりと
  していないのが原因なのではないかしらね?」
「な、なんだよ。そりゃ日向ちゃんを心配しすぎかもしれないけどな」
「いいえ、そのことではないわ。いえ、それもあるのだけど
  今はその話は置いておきましょう。そも日向がこんな悪戯を考えたのは……
  私達が、こ、恋人として、その、相応しい状態に……ないからでしょう?」

自分で言っておいて恥ずかしのあまりに顔が熱くなってくるけれど。
期せずとも本音を言い出してしまった勢いも借りた私は
なんとかそれを言い切った。

「そりゃあ、そうかもだが……それは俺だけの問題じゃないだろう?」

京介は少し困惑した表情でそう応えていた。
ええ、全くその通りよ。でもこうなったら今は言わせて頂戴。

「こ、こういうものは殿方がリードするものでしょう?
  春はあなたから告白してくれたのに、その後は……
  その、なにも、してくれてないじゃない……」

最後の方は、遂には気恥ずかしさの方が勝ってしまい
自分自身にしか聞き取れないくらいの小声になってしまっていたけれど。

「わ、私は……あなたが望むのなら……いつだって……」

それでも満身の力を振り絞って言葉を繋いだ。
普段は照れくさすぎてなかなか表に出せない気持ちを
こんなときくらい勢いに任せてでもあなたに届けたいから。

とはいえ、きっと私の勇気を振り絞った言葉にあなただって動揺するはず。
それをいつものようにからかって、こんなあまりにも恥ずかしい状況は
それでお仕舞にできると思っていたのに。

「お、そうなのか?それなら遠慮することもなかったな」

予想外にあっけらかんと言い放った京介はぐっと私に近づいた。
手を伸ばせばあなたの全てに届いてしまうくらいの……恋人の距離。

「それじゃ、早速」

私の肩に手を置いて真顔で顔を寄せてくる京介。

え、ええ?えええ!?あ、あなた本当に京介、よね?
まさかハロウィンの夜に迷い込んだ『自己像幻視』が
我が家の魔力で京介に化けているのではないでしょうね!?
そうよ、こんな甲斐性が京介にあるわけないのだから!!

すっかり恐慌状態になってしまって、徐々に近づいてくる
大好きな人の顔を只々見詰め返す事しか出来ない私。

鼻が触れ合いそうな、あなたの暖かさまで伝わってきそうな
距離まで近づいたとき、京介はゆっくりと目を閉じた。
それに追従して私の目蓋もまた自然と塞がっていく。

まるで眠りの精霊に魔法の砂をかけられたかのように。

ーーーーーーーっっっっ!?

目を閉じた事で行き場を失った光が私の頭の中で闇雲に跳ね回り
脳を灼熱化させると、私の思考を完全なる『白妙不視』に陥れた。
もはや指先一つ動かせないほど我が身の指揮系統は乱れ
五体は自分勝手に戦慄き続けるばかりだった。

遂には限界を超えた私の意識が翻転し
純白の世界から深淵の漆黒に墜ち行こうとした刹那。

「いや、ごめん、やっぱり、な」

その言葉と共に、肩にかけていた手に力が込められると
すぐそこにあったあなたの温もりが離れていくのが分った。

それでようやく呪縛から解かれた私が目を開くと
京介は私から慌てて視線を逸らしてばつが悪そうに頬を掻いていた。

「すまん、瑠璃。やっぱりまだ俺の覚悟が足りないみたいだ」
「え……あ、そ、そうなの?」
「ああ、正直に白状すると、な。トップアイドルになったおまえに
  そんなことをする資格が俺にはないんじゃないか、なんて
  情けないことを考えちまうときもあるくらいだ」
「そんなこと!」
「いや、勿論瑠璃のことを想う気持ちは誰にも負けないつもりだぜ。
  おまえもそう想ってくれてるって自負だってある。
  だから余計に……それに甘えちゃってもいるんだろうな。
  今のままだって十分だろう、ってな」
  
話しているうちに気まずさも薄れてきたのかしらね。
いつのまにか私の目を真正面から見据えて、穏やかな笑顔で続ける京介。
それはいつもあなたが私に向けてくれる、優しさの証。
あなたの誠実さの現れでもあるものね。

「だから、俺の覚悟が決まるまで……もう少し待ってくれ」

そういって京介はぺこりと頭を下げた。
申し訳なさそうに、そしてそれ以上にあなたの真心を込めて。

「ふっ、ふふふ、そう、そういうことなら……
  あなたに猶予を与えましょう。寛大なる『夜魔の女王』に感謝なさいな。
  精々、何時までも安寧に身を委ねる事無く己の練磨に励む事ね?」
「おう、まあ、すぐに恋人らしく胸を張って、あんなことや
  こんなことも出来るようになってやるからな。期待しててくれよ」
「……莫迦。すぐに調子に乗らないで頂戴」

そんないつものやり取りで、私の掻き乱された気持ちも
こんな事を言い出してしまった後ろめたさもどこかに行ってしまった。

……本当、あなたたちは良く似た兄妹よね。

私は以前、京介に告白する前に桐乃に自分の気持ちを
打ち明けた時のやり取りを思い出していた。

私を思いやって、そんな下手な嘘をいうのだもの、ね。

あの時も、そして、いまだに覚悟が足りていない……私のために。

その優しさは大切に胸の奥に仕舞っておくとして。

そんなあなたの言葉にも、偽らざる本心を垣間見せてくれていたから。
だから私だってあなたたちの優しさに守られてばかりではいられないもの。

あなたがマネージャーを辞めても、私はアイドルを続ける道を
選んだあの時に、私たちはそう誓いあったのだから。
互いに支え合い、護り合いながら、目標に進んでいくのだと。

「だからこれからもあなたの秘めたる力を世に知らしめなさい。
  今宵ハロウィンの力を得た我が『幻像』を衆目に顕すように。
  そしていずれは誰もが認めざるを得ないでしょう。
  『夜魔の女王』に相応しい『黒きの獣』の存在を」
「はっ、精進致します、『我が女王』よ」
「ふふっ、忠勤、大儀なことね。……それなら」

私は京介にすっと右手を差し出した。
いつもの『堕天聖の見得』のそれではなく、私の気持ちを
あなたに真っ直ぐに届かせるられるよう、その道標として。

「その時には、今度こそあなたに応えられるよう……私も精進するわ」
「……ああ、お互い頑張っていこうぜ。俺達のペースで、な」



    *    *    *



居間のダックアップルの片付けも終わったところで
皆が獲得したリンゴを食べようと、私は果物ナイフで皮を剥いていた。
まあ、京介の分は結局取れなかった最後の1つだし
私の分はおいたをした日向から1つ拝借したのだけれども。

「さすが瑠璃、綺麗に剥くもんだなぁ」

私の手元をじっと見ていた京介がしみじみとそんな事を言う。
あなたは私の腕など見慣れてるのではないかしら?
ま、まあ褒めてくれるのはやっぱり嬉しく思ってしまうものだけど。

「姉さまは一かいもとぎれずにぜんぶむけるんですよ」
「そっか、やっぱ家庭派アイドル様は伊達じゃないよな」
「はい!かわもとってもうすいんです」

……そんな事を言われてたら変に意識して手元が狂ってしまうじゃない。

それでも数え切れないほど繰り返した動作は身体に染み付いている。
私の気持ちとは裏腹に、特に失敗もなくリンゴの皮を剥き終えた。

そのまま2つに割って、中の芯の部分を切り離すと
さらに2つに割ってお皿に並べていく。

「じゃあこれは珠希の分よ」
「はい、ありがとうです」

満面の笑顔でお皿を受け取る珠希に私も微笑み返すと
そこにぱしゃっと聞きなれた音がかかった。

「やっぱりこういう時の瑠璃の笑顔はすごくいいな」
「もう依頼の分は撮ったのでしょう?まったく仕事熱心なことね」
「いや、せっかくだから今のを河上さんには一押ししておくぜ」

アイドルになってしばらくは、それも仕事のうちとはいえ
こんな風に突然写真を撮られる事が恥かしくて仕方なかったけれど。
何度も繰り返しているうちにそれにもすっかり慣れてしまったわね。
さっきの皮むきといい、本当、継続は力なり、ということかしら。

……つまりは何度もそんなシチュエーションを体験すれば
私も恥じ入ることなくあなたに応える事ができるのかしらね?
京介ともっと二人きりの甘い時間を過ごせるようにしていけば
きっと私だっていつかは自然に……

そんな情景を想像した途端に、体中の血液が顔に昇ってくるのが分る。
ううっ、『幻想修練』でこれでは実現するのはいつになることかしらね……

「あれ、どったのルリ姉、顔赤いよ?」

ようやく着替え終わったのか、居間に入ってきた日向は
私の顔を見るなりそんな余計な指摘をしてくれた。

「……なんでもないわ。ほら、今あなたの分の
  リンゴを剥いているから大人しく座っていなさい」
「はーい」

さっきのことがあったから、かしらね。いつものようにしつこく
絡んでくることもなく、日向は素直に自分の席についていた。
本当、いつもこんなに大人しくしていればいいのだけれど。
まあ、それはそれで物足りない、って思ってしまうのでしょうね。

「それじゃ頂きましょうか」
「「「「いただきまーす(にゃあん)」」」」

全員の分のリンゴを剥き終えてから、皆で揃って食べ始めた。
ふふっ、剥いた順に食べてもいいわよ、と言っておいたのに
珠希も日向もずっと待っていてくれるのだもの。

夜にも私の分の一切れをさらに半分に割って小皿に乗せておいた。
夜は果物も結構おいしそうに食べるのだけど、それを嬉しがって
あまりあげすぎると栄養バランスが偏るから気をつけないとね。

私も早速目の前のリンゴを味わう。一般的には今がリンゴの
収穫の時期とはいえるけど、市場に出回るまでの時間差はあるので
実際に良くお店でリンゴを見かけるようになるのはもう少し先のこと。

だからこのリンゴは少し早熟な感は否めないけれど。
でもだからこそのしゃきしゃきとした歯応えと
酸味の強さもこれはこれで美味しいものね。

「ねぇ、ルリ姉」
「ん、どうしたの、日向。もう一つ剥いて欲しいのかしら?
  お夕飯前なのだからそろそろ控えないと駄目よ」

私の正面に座っていたリンゴを食べていたはずの日向が
いつの間にか席を立って私の左隣まできていた。
日向のお皿は早くも空っぽになっていたので
てっきりリンゴのお代わりの催促だと思っていたのだけれども。

「ううん、そうじゃなくて。あの、さっきはごめんなさい」

驚いた。あの日向が神妙に頭を下げて謝ってこようとは。
大方、さっき京介がお節介を焼いた時に諭されたのでしょうけれど。

「ええ、もうそのことはいいわ。あなただってきっと
  ハロウィンを盛り上げようとして頑張ったのでしょう?
  まあその方法に関しては今後はもう少し考えて欲しいものだけど」

でもそんな日向はいつもと違う分、歳相応にとてもいじらしく思えてしまう。
京介からの取り成しもあるのだから、今回はこれ以上は不問にしましょうか。

「はーい、気をつけます。じゃ、お詫びといってはなんだけどさ。
  ハロウィンに伝わるリンゴを使った占いがあるんだけど
  せっかくだからルリ姉やってみない?」

……まったく、懲りない子ね。
まあそれでこそ日向、というべきかしら?

さっきまでの神妙な態度は何処へやら、途端にいつもの調子に
戻っている日向は、本当に活き活きとして楽しそうだもの。
その辺はちょっと桐乃にも似ているのかもしれないわ。

ふふっ、私も京介のことは悪く言えないわね。
そんな妹の楽しそうな姿を見るのが心から嬉しいのだから。
まったく兄姉心というのは救い難いものよね。

「フッ、古代ケルトの流れを汲むハロウィンの呪術と聞いては
  『夜魔の女王』としては引き下がれないわね。
  精々私を失望させないように奮励することね?」

私は座りながらも『堕天聖の見得』をきって日向を眇める。

「おっけー、まかせてよ!まずはルリ姉、そのままリンゴを食べてて」
「また変わった手法ね……これでいいのかしら?」
「うん、じゃあそのままこの鏡を見てくれるかな」

日向は愛用の手鏡を持ってきたらしく、私の顔の前に差し出した。
鏡は古来より祭祀、呪術の道具として重宝されてきたもの。
まあリンゴも知恵の実や豊穣の象徴でもあるのだから
少しはその占いの効果を期待してもいいのかしらね?

「で、鏡の中に何が映ってる?ルリ姉」
「それは勿論私と……京介の姿、ね」

日向は私の左側から鏡をかざしているので
必然的に私と私の右手に座っている京介も映っていた。

「おー、おめでとー。そうやって鏡に一緒に映ったのが
  未来の結婚相手になるんだって!よかったね、ルリ姉、高坂君。
  ハロウィンの占いでも二人の未来はばっちり約束されてるんだね!!」

な、なな、ななな、なんですって!?

日向のとんでもない占い結果に、思考が付いていけずに
しばし魂が異世界に吹き飛んでしまった私だけれども。

「まあこの日向ちゃんのキューピットのおかげかな!
  じゃあ今後もルリ姉の事よろしくね、高坂君。ううん、お兄ちゃん!」
「よろしくです、おにぃちゃん!」

その隙に、日向や珠希ですらも大はしゃぎで京介を囃し立てている。

「こら、あなたたち!調子にのるんじゃありません!
  そもそも相手を直接鏡に映していいのなら占いになってないじゃない!」
「あー、細かい事は気にしない気にしない。今は結果を大切にしようよ。
  手段はどうあれ、高坂君が鏡に浮かんだ人に違いないんだから、さ。
  まあ占いってのが気になるなら、ルリ姉がいつもやってる
  儀式ってことでいいんじゃない?」

ようやく我に還った私がその占いとやらの欠陥を指摘するも
まったく悪びれることなく言い放った日向。

「……古来より伝わる占術のみならず我が崇高なる儀式まで貶めようとは。
  やはりみっちりと特別教育が必要なようね?あなたには」
「うわー、ルリ姉が怒ったー!助けてーお兄ちゃん」
「たすけてくださーい!おにぃちゃん」

私はこの身に秘めし闇猫の力を怒りを呼水に発現せしめると
その場にゆらりと立ちあがった。でも日向と珠希はそんな私を
恐れるどころかむしろ楽しげにするりと京介の背中に隠れていた。

「おう、占いで出てるんなら安心だな。俺に、お兄ちゃんに任せろ!」

そんな二人を庇いながら、胸をはって自信満々に応える京介。
いつもあなたがとんでもないことを言いだす時のあの渾身のドヤ顔で。
まったく妹のためなら普段のヘタレ加減が嘘のようね?

「そんなことを軽々しく言って、責任が取れなくなっても知らないわよ?」

京介の得意気な表情にすっかり毒気を抜かれてしまったばかりか
その言葉の意味するところで再び激しく心を揺さぶられていた私は
溜息をつきながらもそんな言葉で釘を刺すのが精一杯だった。

「ん、そんなことなら心配ないだろ?だって、さ」

やはり傲岸不遜なまでの決め顔で京介は続ける。

「俺もお前もその目標に向かって進んでいくんだし
  こんな可愛い妹たちまで応援してくれてるんだぜ?
  後はもう占い通りに実現させるだけじゃないか」

そう言って今度はふんわりと微笑む。
今までも、今も、そしてきっとこれからだって。
自信がなくて不安な私をいつも安心させてくれる優しさを込めて。

「……そうね、必ず踏破して見せるわ。私達の『理想の世界』を
  実現した先にある『遙かなる理想郷』を目指して、ね」

それなら私だって覚悟を決めるしかないものね。
今までのアイドル活動と同じように、どんなに無理と思うことだって
あなたと、そして家族と一緒ならいつだってやり遂げてこれたのだから。

「ひゅうひゅう、熱いねぇ、お二人さん!ま、結婚よりも前に
  まずは恋人としての契り、からじゃないの、ルリ姉?」
「姉さま、やみのけいやく、がんばってください!」

……とはいえ不埒な物言いまで許すわけにはいかないわね?

「待ちなさい!日向!珠希!!」
「「きゃあ~~~」」

宥めに入る京介の声にももう耳を貸すわけにはいかないわ。
姉として不遜な妹にはきつく言い含めておく必要があるのだから。
私は逃げ惑う2人を追いかけて、3人で居間の中を
くたくたになるまで走り回った。

いくらアイドル活動で鍛えられてきているとはいえ、
この『仮初の身体』には堪えるというのにね。
まったく姉としての責務を果たすのも大変だわ。

まあ、それでも、きっと。

いつか辿り付く『遙かなる理想郷』でも、きっとこんな風に。
いつもドタバタしていて落ち着かないけれど、
明るく、楽しい、素敵な毎日が待っているのでしょうね。

そこではここにいる皆は勿論、ここにいない大切な人たちも。
そしてまだ見ぬ新しい家族も合わせて、いつだって笑顔に溢れた
幸せに包まれているに違いないもの。

ハロウィンとそのリンゴに籠められた魔力の後押しも得て。
皆で必ずそこに至ってみせるのだと、私は決意を新たにしていたわ。

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