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『父の教え』:(直接投稿)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
母の日と同様、家族思いの五更家では、父の日も同じように
家族から贈り物を渡したり労いの言葉をかける大切な日だと思います。

既にそんな父の日からは半月も経ってしまいましたが
父の日にちなんだSS『父の教え』を投稿させて頂きました。

この話は原作12巻から1年後の話として拙作

『光のどけき春の日に』
『かわらないもの』
『呪いの果て』

から話が続いています。

今回は原作ではほとんど触れられなかった父猫や母猫の話を
いつも以上に妄想爆発で書いています。そのような話でも問題ない方でしたら
相変わらずの拙い話ではありますが少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

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ふと時計を見上げると、後幾分もしないうちに日付も変わろうとしていた。

今日は自分のような所謂『お父さん』と呼ばれるものたちにとっては
その存在を大いに称えられる有難い日なんだが、それもすぐに
終わりを告げ、次の機会はまた1年後となってしまう。

世の中の同胞達は、普段は家族にも虐げられ、この歓き日にも
なんら顧みられることもないものたちも多いとも聞いている。

なんと嘆かわしい事だろうか。確かに父親は家族に感謝されるために
日々の仕事に勤しんでいるわけじゃない。それが父親に与えられた
自らの家族を守るための務めってものだろうからな。

それでも『父の日』という代物が用意された歴史的経緯を慮って
時にはそんな家族を支える大黒柱の存在を労うことも必要だろう。
意義はどうあれ、自らの護るべきものから謝意を向けられて
嬉しくない人なんていないんだからな。

世の中の家族の諸君にも是非ともその辺をわかって欲しい切に願うわけだ。
まあ、自分も父の日に感謝したことなんてなかったが、それはそれ、だ。

だからその点に関しては、俺は恵まれているんだろう。
毎年、掛け替えのない娘達や愛する妻から、こんなに素敵な
プレゼントを贈られているんだから。

そんな家族達の信頼に俺は十分に応えられているのだろうか。
それを改めて見つめ直すいい機会でもあるが相応の重圧も感じている。
特に男親である自分が、年頃の娘の力になれているのか、
本当、自分で改めて考えてみても怪しいものだからな。

居間のテーブルの上で、娘や妻から貰ったプレゼントを
改めて見回しながら、俺はそんな感慨にふけっていたんだが。

「どうしたの、お父さん?そろそろ休まないと明日からまた仕事でしょう?」

そんなところに明日の弁当の仕込を終えたらしい
我が愛妻が、台所から戻ってきて声をかけてきた。

「ん、ああ、そうだな、母さん」

そう言いながらも妻が両手に持ったお盆の上には、大きめの急須と
湯飲みが2つ乗せられている。さすがはお見通しってところ、か。

妻はテーブルの上のポットから急須にお湯を注いで程よく蒸らしてから
湯飲みにお茶を交互に注ぎ、俺と妻自身の席の前に置いた。

「で、どうしたのかしら?」

俺の横にふわりと腰掛けて妻が改めて聞いてくる。
こういうところは昔から、それこそ初めて彼女に出会った時から変わらない。
だからそのときからずっと、俺は彼女に頭があがらないんだよな、まったく。

「いや、皆から貰ったプレゼントを見てたら、いろいろと考えてしまってね」
「……そう、今年もみんなから素敵なものを貰ったわね」

お互いにお茶を飲みながら一息つくと
テーブルの上に置かれた娘達からのプレゼントを改めて見渡した。

「ああ、この珠希の粘土細工なんか本当、良く出来ているよ。
  家族をモチーフにしているんだろ?
  みんなで楽しそうに食卓を囲んでるのが凄く幸せそうだ」
「そうね、学校の図工の時間で作ったみたいだけど。
  先生もとても褒めてくれたって珠希は喜んでいたわ」
「そうか……まだ3年生なのにこんなに立派なものが作れるなんて
  あの子は本当、手先が器用だよ。母さんや瑠璃と良く似たんだな」

俺は生まれてこの方、図工や美術の時間に自分の作ったものを
先生に褒められた事なんてなかったしな。まあクラスメイトからは
『超前衛的な作品』と密かに恐れられたもんだったが。

「ふふっ、でも瑠璃や珠希のシャイなところはあなたにそっくりよね?
  飄々として気儘のように見えて、その実なかなか本心を見せてくれないもの」
「ぐっ!?い、いや俺の場合はちょっと人付き合いが慎重なだけだろう?
  ま、まあそれはともかく、だ。珠希は3年生になってから
  クラス替えがあったんだろ?友達とか問題なく作れているのか?」
「大丈夫よ、あの娘は確かに内気だけど、ふんわりした雰囲気で
  周りを和ませるから。仲のいい娘ももう何人もいるみたい」

瑠璃が小学生の時には、あの娘は内気で物静かなあまりに
クラスになかなか打ち解けられなくて困ったものだったが。
まあ瑠璃もあの娘なりに頑張ってはいたんだけど、な。
珠希は末っ子の分、いい意味で甘え上手なところがあるからかもしれない。

「そうか、そこは安心したが、珠希は可愛くて大人しいから
  クラスの男子にはいろいろちょっかい出されてそうなのも心配だな」
「その辺も、クラスの友達の女の子達が団結して
  いろいろと庇ってくれているみたい。担任の先生も感心していたわ」
「そりゃすごいな。珠希はそんなに人望があるのか」
「ふふっ、あの娘を見てると『私が護ってあげないと』って思われるみたいね。
  それにあなたの学生時代みたいに、幼馴染やクラスメイトに
  ついつい悪戯するようなやんちゃな男の子もいないようだから安心して?」

普段通りのニコニコとした穏やかな顔をしながらも
自分の黒歴史でもある痛いところをざっくりと突いてくるのも
それこそ学生時代のころからの妻の得意技ではある。

まあ、それもそんなやり取りを楽しみながらも
人との交流を常々大切に思っているが故の癖なんだけどな。
だから厳しいことを言っても本気で非難するようなことはほとんどないし
冗談を交えて和やかな雰囲気を作ることも忘れてはいないんだが。

そんな妻の細やかな配慮に、今まで随分助けられてきたとも思う。
俺は昔から早とちりで直情的で、自信もない癖に一度思い込んだら
突っ走ってしまう時が多いしな。

「いや、あれは俺流の和やかなコミュニケーションの手段だったわけで……
  ってもうその辺の話は時効だろう?碧璃先輩!」

あの頃の俺は学校でしょっちゅう突飛な事をやって騒ぎを起こして
クラス中の好奇の目を集めていた。それも今考えてみればきっと
心に開いた空虚さを埋めるための行動だったのかもしれない。

家では父親への反感と病気がちな妹に兄として何もしてやれない
不甲斐なさばかりを味わっていたからな。

だからクラスでも悪目立ちする存在だったけど、友達といえたのは
性格も言動も正反対なのに、不思議と馬の合った俊文くらいだったし
幼馴染の和澄にもしょっちゅう心配をかけたものだった。

それにしても、もうあの時から倍以上の人生を送っているってのに
あの頃のことはえらく鮮明に思い出せる。楽しかった事も辛かった事も。
それだけ自分の人生において強い印象を、影響を与えたからなんだろう。

とはいえ、碧璃曰く、シャイなこの心には古傷が疼くのもまた事実。
あの頃の出来事を思い出して小っ恥ずかしい気持ちで一杯になった俺は
それをごまかそうと妻の学生時代の呼び名を思わず口走ってしまっていた。

そしてそんな動揺を見逃してくれるような碧璃ではない。
我が妻ながら、3児の母とは思えないくらい愛らしい顔立ちなのに
その瞳がまるで猛禽獣の如く、きらりと光を放っていた。

あの目は何か楽しいものを見つけたときの目でもある。
学生時代はしょっちゅうその目をしながらいろんなものに
首を突っ込んで、その度に騒ぎになったもんだ。

俺の幼馴染の加澄や、俺の親友で碧璃の幼馴染でもある俊文。
碧璃の親友で俺が所属していた演劇部の部長でもあった美幸さん。
そしてもちろん俺も加えて、当時一緒にいることが多かった
この辺の面子がその騒ぎの主な犠牲者だったな。

結婚して、母親になってからは、さすがに娘の前ではそんなところは
すっかり鳴りを潜めているんだが。それでも俺に対してだけは
時折そんな振る舞いを見せることもある。

それに何度振り回されたか、なんてとても数えられたものじゃないが
それが碧璃の俺への信頼の証でもあると思うと、それも誇らしいってものだ。

まあ、そんな風に思ってしまう時点で
やっぱり俺は碧璃に一生頭があがらないんだろうけどな……

「あら?随分と懐かしい呼ばれ方ね?
  そういうことなら……私も昔の呼び方に戻そうかな、悠希君?」
「って、碧璃!……先輩。今更、君、呼びは無いんじゃ……ない、ですかね」

ほんの1歳差とはいえ年上の余裕を感じさせながら次のカードを切る碧璃。
こちらも果敢に反撃を試みようとするも、早くも圧倒的に劣勢な状況だ。
ひとまず呼び名を戻そうとしたら途端に悲しい顔で俯かれてしまい、
結局自分にできることは、もはや単なる懇願になっていた。

くぅ、俺がその表情には弱いんだって判ってやっているからな。
のほほんと何にも考えていないように見えて(親友の美幸さん談)、
その実かなりの策士でもあるのは今まで思い知らされている事でもある。
その辺も瑠璃の思慮深いところに受け継がれているところなんだろうなぁ。

「ふふっ、たまにはこんなのもいいよね、悠希君。
  学生時代に若返った気がするよ」

結局こちらの願いなど碧璃に完全にスルーされているばかりか
ご丁寧に呼び名だけでなく、口調までもが学生時代のものになっている。

そんな碧璃の楽しげな表情は普段の落ち着いた母性溢れたそれではなく。
見た目はお淑やかなお嬢様然とした雰囲気なのに、快活で茶目っ気たっぷりな
学生時代の、あの頃の碧璃に戻っているような気さえしてくる。

「ま、まあそれはともかく、だ。この日向のマドレーヌも
  なかなか美味しく出来ているよ。碧璃先輩も一つどうだ?」

その笑顔に思わず見惚れてしまい。そしてそれすらもお見通しとばかりに
ますます得意気な笑みを浮かべる碧璃に対して、俺に残された手段は
ともかく話題の転換だった。

え、旦那の威厳はないのかって?
そんなもので夫婦の関係を良好に築けるなんてことが
そもそも旧来の幻想だというのを理解して言っているんだろうな?

これこそが長年連れ添ってきた妻にもっとも効果的な対応だと
冷静に判断した夫の最良の選択というものだよ、君。
後学のためにしっかりと覚えておきたまえ。

「日向も中学では料理部に入って頑張ってるからね。
  うん、ちょっと甘めだけど焼き加減はばっちりだね。
  甘党な悠希君の好みにしっかりあわせてるんじゃないかな?」

しかし、一縷の望みを託した転進戦術も今の碧璃にはまったく効果がない。
まあこうなった碧璃は誰にも止められないってのもわかってはいる。

例えるなら今話題のワールドカップで、ゴール前でフリーでボールを
持たせてしまったネイマールやメッシみたいなもんだからな。
そういや、トシは今頃ワールドカップを楽しんでるんだろうか。
高校ではエースで活躍して大学もサッカーの推薦で進学したくらいの
サッカー小僧だったからな。

まあ、話は逸れたが、そんなわけでこちらとしてはもうここでの
失点は覚悟して次の反撃のチャンスを虎視眈々と狙うしかないだろう。
人はどうやったって失敗するもの。だから失敗なんて恐れずに、
そしてその失敗をどうフォローするかが肝要なんだというのが
俺が築いてきた人生哲学でもあるからな。

まあ碧璃からは
『そんな出たとこ勝負な所はもう少しなんとかして欲しいものね』
っていつもいわれてはいるんだけどな……

「瑠璃の誕生日や、先月の母の日の時にも思ったけど
  ここのところ日向の料理の腕はめきめきと上達しているな」
「うん、最近は私や瑠璃も教えることもあまりなくなってきてるくらいだよ。
  今年中に瑠璃の代わりにうちの家事を全部熟せるようになるんだって、
  張り切ってるからね、日向は」
「正直にいえば、まさか日向がこんなにも早く
  真剣に家事に取り組んでくれるようになるとは思ってなかったよ。
  あの娘はまだいろんなことに興味持って遊びまわる時期だろうしな」

日向は瑠璃や珠希と比べて活発で、楽しそうな事を見つけては
常日頃から飛び回っているような男の子顔負けの行動的な娘だ。
その辺は完全に碧璃の性格に似たんだろう。

だからそんな日向の活発な個性も楽しみにして見守っていたんだが
まさかこんなにも早く女の子らしい方面に力を入れ出すとは。

「それだけ日向は瑠璃の事を後押ししたいってことじゃないかな。
  あっ、でも、ひょっとすると……日向には女の子らしいところを
  見せたい人が中学校にいたりもするのかも、ね?」
「なん……だと……?日向にはもうそんな相手がいるのか!?」
「ううん、今のは単なる私の想像なんだけど。
  でも日向ももうお年頃なんだし、好きな男の子が
  いるんじゃないかな、って思うときも時々あるよ」

軽く握った右手を口元に当てて、小首を傾げる碧璃。
その仕草そのものも確かに学生時代の碧璃の癖だったんだが
最近はめっきりみなくなってたな、そういえば。

そもそも、このしゃべり方も、結婚する前に碧璃のお母さんに
いい加減子供っぽい話し方はやめなさい、って指摘されて
今の口調に改めたんだよな。

まさか口調と同じく、普段の癖まで矯正してたのか……
元々凝り性なところはあるけど、そんなところまで徹底していたとは。
その辺の性分は、瑠璃にそのまんま受け継がれているんだろう。

いや、まて、そんなところに感心している場合じゃないだろ!!
今、気にするべきところはそんなところじゃなくて、
日向に意中の相手がいるかどうかだ!

とはいえ日向だってもう中学生。そんなお年頃ってのも勿論わかってる。
女の子は男の子よりも成長期が早い分、精神的にも大人だって言うしな。

「まあ日向は元々何事にも関心を持つ性格だからなぁ。
  瑠璃たちのことも興味津々で見ていたようだし
  そろそろ本人が初恋の一つや二つしたっておかしくはないんだろうが……」
「そうだね、それが女の子ってものだしね」

なんとか自分を納得させようとするも、やはり内心の動揺は隠せない。
まあこの辺は年頃の娘を持つ父親ならば皆が抱える問題だろう。
2年前、瑠璃に好きな人がいると知った時だって
飛び上がらんばかりに驚いたものだったが。

その件がいまだ落ち着かない所で今度は日向まで、なんてことになったら。
頼むからこのシャイな父親の心臓を少しは考慮してくれないものか。

「大丈夫だよ、そんな悠希君が心配するようなことには
  まだまだならないんじゃないかな?日向はあれで慎重な所もあるから。
  例え本当に好きな人がいるんだとしても、瑠璃のように
  一気に行動に出るような思い切りはないと思うよ」
「……ああ、そう願うよ。せめて瑠璃の方が落ち着くまでは、な。
  そういえば瑠璃は、そっちの事はもちろんだけど
  受験勉強に部活動、普段の家事も忙しいだろうに
  よくこんな立派な甚平なんて作る時間があったもんだな」

瑠璃のプレゼントしてくれた手縫いの甚平を手にとってまじまじと見つめる。
紺色の唐草模様の入った薄手の布地を使っていて、見た目からも
これからの暑い季節でも涼やかにすごすことができそうだった。

この脇の部分の入り組んだ縫い目(千鳥かがりというらしい)なんて
結構太い糸で編みこんでいるから瑠璃の手の力じゃあ大変だったろうに。

「毎晩遅くまでこつこつと作っていたみたいだね。
  あの娘はそんな素振りは全然見せないけど、睡眠不足に弱いのに、ね。
  そういうところを身体を張って頑張っちゃうのは悠希君譲りかな。
  それと、この甚平、母の日に私が瑠璃から貰ったものとお揃いなんだよ」
「お、そうだったのか。あれ?そういや碧璃先輩が
  あの時の甚平を着ているところはまだ見てない気がするな」
「ん~それは、ね?」

いつにもまして悪戯っぽく俺に微笑みかける碧璃。
それを見た俺はもはや条件反射的に心の中で身構えてしまう。
なにせその顔が出たときにはほぼ間違いなく。
周りの人間が碌な事にならないのは昔から判りきってはいるからな。

それでもその笑顔があまりに楽しげで活き活きとして見えるから
今になっても吸い込まれるようにその碧璃の笑顔に惹きつけられてしまう。

「悠希君とペアルックが出来るのを待っていたんだよ。
  明日からは一緒に瑠璃の作ってくれた甚平を着ようね、悠希君?」

そういうや否や、すっと身体を近づけてきてぴったりと寄り添うと
俺の左肩に頭を預けてきた。ご丁寧に昔のように頬を赤く染めながら。

やっぱり碧璃があんな笑顔を見せるときには
碌なことなんかにはならなかった。主に俺の精神的な面で。

顔を赤らめながらも小首をかしげてこちらを見上げる碧璃の瞳に
抗えるはずもなく、俺は碧璃の右肩をそっと抱き寄せると
しばらく互いの温もりを伝え合った。

それで俺の胸の中に渦巻いていた懸念もどこかにいってしまう気がした。

「よし、じゃあ明日は瑠璃たちに二人揃って見せ付けてやるとするか。
  そのほうが瑠璃にだってもっと喜んで貰えるだろうしな」
「そうだね。それに瑠璃も少し心に余裕が出来たみたいだしね」
「ん?どういうことだ?」
「ふふっ、悠希君だって瑠璃の変化に気付いたから考え事をしてたんでしょ?
  私も瑠璃に直接確認したわけじゃないんだけど。
  先週末、京介君の骨折のお世話をしに行ってから、瑠璃はなんていうか……
  いい意味で気持ちを切り替えられたんじゃないかな」

そう、今日の父の日のプレゼントを貰ったときに。いや確かに言われてみれば
先週末から瑠璃の様子がそれまでと違っていたのを薄々感じていた。


瑠璃がここ2年近くの間で、いや元を質せば3年ばかりになるのか。

自分が若い頃は演劇に打ち込んだように、自分の趣味に
没頭しているとばかり思っていたあの娘が、友人を作り
交流を深め、ついには親友と呼べる存在を得るに至った。

それまで俺や碧璃は引っ込み思案で人見知りな愛娘が
ずっと人付き合いに悩んでいる事に、ちょっとした助言と
後押しをするくらいしかできないことを歯がゆくも思っていた。

だからその問題を自力で解決した娘の成長を
親としてどれだけ嬉しく思えた事か、喜んだ事か。
その瑠璃の2人の親友に、どれだけ感謝したことかわからない。

瑠璃の努力は勿論だが、きっとその友人達のおかげでもあるのだろう。
それはきっと瑠璃のこれからの人生に大きな力になってくれるはず。
俺や碧璃がそんな親友に支えられてここまでこれたのと同じように。

そしていつしか瑠璃はその親友の兄に恋をして。紆余曲折の末、失恋した。

その時の瑠璃の落ち込む様は今も脳裏に深く刻み込まれている。
きっとこの先、一生涯二度と忘れることはないだろう。

実の娘の悩み苦しみ涙する姿に、我が身を引き裂かれるような
耐え難い思いがするのだと俺は何度も思い知らされた。
同時に子育てというものが、親の立場というものが
どれだけ大事で大変なものなのか、ということも改めて。

俺はその時になって初めて己の父親の。
酒に酔っては毎夜暴れて、いつしか憎しみすら抱いていたあの酷い親父が
奥底に秘めていた気持ちをわずかながらでも理解できた気がした。
父親として我が子に対する想いを腹を割って話し合ってみたいと思った。

だけど親父は以前の病気の後遺症でもう満足に俺と会話なんてできない。
あの時の藁をも縋る思いの俺でも、そんな親父に頼れるわけもなく
自分自身で愛娘の問題に答えを出さなければならなかった。

結局、俺にできたことは、気分転換のための家族で旅行に行ったこと。
そして俺の人生経験を瑠璃に語ることだけだった。
それは俺が親父から唯一教えられてきたことでもある。

『自分の人生、自分のやりたいことをやり遂げろ』

自分が親父に言われた時には、なんて無責任な言い草だよ、って
反感しか覚えなかったというのに、な。それでも俺が
父親というものから生き様を教えられたのはそれだけで。

結局それがそのまま俺の生き方になった。
若い頃は俺なりに真剣に演劇に打ち込んだのもそのせいだ。
まあ結局はそれが実を結ぶような事はない程度の代物だったが。

だからそんな中途半端な俺の人生経験の話で
あの時の瑠璃が立ち直ることができたわけでもなく。
ひとえに家族の、碧璃や日向や珠希の暖かな想いに支えられたおかげだろう。

そしてなにより瑠璃自身が持つ、それすらも乗り越えて
前に進もうという強い意志の現れのおかげなんだろう。

それでも、瑠璃はまだこの間18歳になったばかりの女の子だ。
どんなに気丈に前に向こうとしても、不安や迷いがないわけじゃない。

だからあれ以来、俺は瑠璃の心からの笑顔というのを
ずっと見たことがなかった。家族とのやり取りで笑ってはいても
心の奥底に眠る辛さを、痛みをずっと抱えているためなのか
どことなく影が差していた。

常々それを何とかしたかったが、俺が選んだのは待つことだけだった。
瑠璃の気持ちの整理にしても、京介君たちの問題の解決にしても。
自分達の時と同じように、時間が必要なのには間違いがなかったが
そんな判断を下してしまう自分が親として余りにも情けない限りで。

俺はやっぱり父親失格なんじゃないか。
父親の愛情なんてこれっぽっちも感じたことがないような俺が
人並みに、一人前に父親なんかできるものか。

結婚する前から何度も囚われていたそんな疑念が。
今でもずっと胸の奥に押し込めてるそんな怪訝が。

瑠璃の思い悩む姿を見てからと言うもの
より一層大きくなって俺の心を苛む毎日だった。

だけど、先週末から瑠璃の様子が変わっていた。
あの娘を取り巻いていたどこか思いつめたような雰囲気はすっかり影を潜めて。
今日プレゼントを俺に渡してくれたときには、それこそ碧璃の若い頃に
そっくりだと見惚れてしまったくらいに眩しい笑顔を見せてくれた。

その原因はわからない。でも何が起きたかくらいは想像が付く。

瑠璃は、掛け替えのない愛娘は。

遂に迷いを吹っ切ることが出来たんだ、と。

「そうか……その時に何か思うところがあったのかな?」
「うん、きっと。瑠璃がずっと悩んでいたことが
  2人の間でいい方向に向かってくれたんじゃないかなって思うよ」

瑠璃だけでなく、京介君にしても、瑠璃と一度付き合い
別れてからもお互いのことをずっと迷い、悩み、考え続けている。
それは温泉で伝えられた彼の気持ちや、今までメル友としてやり取りした
メールからも、彼の苦悩や決意が痛いほど伝わってきていた。

そしてそれがまるで昔の自分達の姿を見ているようで
俺も碧璃も今は二人の思うがままに任せるより他なかった。
たとえそれが瑠璃にも京介君にも辛い選択だったとしても、だ。

それがきっとあの娘たちの抱く問題を乗り越える術になると信じているから。

「そういえば、京介君からは、今週初めに
  骨折して瑠璃に世話になったとメールをもらってたよ。
  瑠璃がいつも傍にいてくれることにとても感謝しています、
  なんて、改まって書いてるのが、引っかかってはいたんだが」
「今回の事がきっかけになって、お互いに今の状況を
  もう一度見つめ直す良い機会になってくれたのかもしれないね。
  だから瑠璃だけじゃなくて京介君も迷いが晴れたのかな。
  ……本当、よかったね、2人とも……」

遠くを見上げるようにそう言う碧璃の横顔を見るや否や、
俺は碧璃の方に向き直ると今度は愛妻の身体を正面から抱きしめた。

「ゆ、悠希君?」

完全に不意を突かれた碧璃が戸惑ったような声を上げた。

ようやく訪れた碧璃への起死回生のカウンターを仕掛ける好機を
見逃さなかったのはいいんだが、これは諸刃の剣でもある。
なぜならこちらも相応のダメージを負うのがわかっちゃいるからな。

「瑠璃たちの問題が全て解決するのはまだまだ時間が必要だろうけど。
  あの様子ならもう俺たちが瑠璃の心配をしなくても大丈夫だろうさ。
  だから、さ」

それでも男ならばリスクを承知で勝負を仕掛けなければならないこともある。
俺は一度身体を離して碧璃の顔を間近で見詰めながら続けた。

「もう無理しなくてもいいよ、碧璃先輩」

そしてもう一度力強く抱きしめ直した。
初めて碧璃が俺に弱さを見せてくれた学生時代のあの時のように。
家族の問題で1年も行方を晦ませた俺を赦してくれたあの時のように。

あの頃も、今でも上手くやれるような自信はこれっぽっちもないけれど。
そんな君を俺の持てる力の全てで護る決意だけはしっかりと伝えたいから。

「……うん。せっかく悠希君が優しくしてくれるから……
  今だけは甘えさせてもらうね……」

消え入りそうな声で碧璃は頷くと、おずおずと俺の胸に顔を埋めた。
そして碧璃の口からは呻き声が漏れ、いつしか忍び泣きになっていく。

やっぱり碧璃のあの表情を見た後は禄なことにはならない。

昔から碧璃は自分の辛い気持ちを滅多に表に出さないで
無理にでも笑って場の雰囲気を明るくしたり自らの心も鼓舞していた。

母親になってから、ますますそれが顕著になっていて
今回の瑠璃の事でも、碧璃はいつだって瑠璃に微笑みながら接していた。
それも碧璃のお母さんからの教えだったらしい。

だからあんな悪戯っぽい表情をしている時は
その裏側で本当はこんな気持ちを隠しているときでもある。

まったく俺は大切な人の涙を見るのが大の苦手だってのに。

それがたとえ嬉しさのあまりに流す涙だったとしても。

愛娘の名を繰り返し呟きながら涙を流し続ける愛妻の背中を
優しく擦りながら、俺は妻の献身的な努力を労う。

「お疲れ様、碧璃。よく頑張ったな」

こんな頼りない俺でも、夫の務めは果たさなければならない。
それが『父の日』に称えられるべき、父親ってものでもある。

たとえ自信がなくても、思い惑うことがあっても。
追い求めた若さゆえの夢を手放すことになったとしても。
それが俺が自らの生涯をかけて選んだ自分のやりたい事、なんだからな。

夫の、父親ってのはこういうものなんだろう?なあ、親父。

「……ええ、ありがとう。それにあなたも、ね」

一頻り胸の中で泣き続けた碧璃は、ゆっくりと顔を上げながらそう言った。

その表情は今までのお茶目で快活な雰囲気ではなくて、
普段の、母親としての落ち着いた笑顔に戻っていた。

「あなたのそんな優しい所が。どんなに悩んでも信じたことを
  貫く強さで、あなたの友達や家族、私や娘達を守ってきた事が
  きっと瑠璃の何よりの道標になってくれたと思うわ。
  だからお疲れ様、お父さん」
「ああ、ありがとう、母さん」

最後にようやく夫としての体面を取り繕えたと思っていたのに
やっぱり最後まで碧璃には適わないようだ。

その愛妻の労いの言葉が俺が今まで抱いていた
焦燥感を、無力感をすっかり拭い去ってくれた。
それが文字通り涙が出るほど嬉しく思ってしまうんだから、な。

俺は碧璃にこの想いが伝わるようにと、その身体をもう一度抱きしめて。
この『父の日』に最高の贈り物を貰えた事を改めて家族に感謝する。

そして俺のただ一つのその矜持を受け継がせてくれた父親に。
この『父の日』に生まれて初めての礼の気持ちを贈っていた。

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