2ch黒猫スレまとめwiki

『With You Forever』:(直接投稿)

最終更新:

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
ハッピーバレンタイン!黒にゃん!!

恋する乙女には外せない決戦の日、
バレンタインにちなんだSSを投稿させて頂きました。

この話は俺妹HD家庭派ルートをベースにした拙作

『家庭派アイドルの11月29日』
『聖なる夜に幸いあれ』
『新年の母と娘のガールズトーク』

から話は繋がっていますが、俺妹HD家庭派ルート(特にラスト付近)を
把握されていれば、この作品だけで問題なく読んで頂けると思います。

それでは少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。

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「『ムスペルの業火』で滾らせた『ダヌの魔釜』によって
  『漆黒の晶餡』を『原初の姿』に十分に還したら
    この『乳海甘露』を『真言』を詠じながら攪拌させなさい」
「はい、湯煎したチョコレートが十分に馴染んできましたら
  隠し味としてこちらの特製シロップを混ぜるわけですね?
  特製シロップのレシピはこちらのようになっています」
「そう、この霊薬の呪力によって、必ずや意中の相手の
  心を繋いで決して離さぬ『貪食の枷』となるはず。
  ククク、さあ聖日を明日に迎えて惑える眷属たちよ。
  この晶餡によって己が願いを成就するがいいわ」
「明日のバレンタインデーに相応しい、黒猫さんによる
『夜魔の女王特製手作りチョコレート』の作り方
  ありがとうございました!さあ早速皆さんもご家庭でお試しください!」

もうすっかりとこの番組にも手慣れた感のある司会の方の進行に合わせて
私は『夜魔の女王』に相応しい妖艶な微笑をカメラに向けた。

ふぅ、今日の料理番組の収録もこれでひと段落ね。
明日はバレンタインデーなので、誰でも手軽に作れるチョコレートの作り方
ということだったけれど。そもそも手作りなので、高級チョコレートのような
きめ細かいカカオマスの精錬や繊細なテンパリングは難易度が高すぎるので
どうしても市販の板チョコを湯煎して固め直すだけの代物になってしまうわ。

だから手作りチョコにできる手軽な工夫としては
隠し味として何をチョコに混ぜるか、が重要な要素となるのだけれども。
そこで私が長年研究してきた特製のシロップの秘伝を公開することにしたわ。

放映される番組を見て数多くの眷属がこのレシピを試すとなると
神秘性が薄れてせっかくの呪力が落ちてしまうのは否めないけれど。
でも毎年日向や珠希は市販のチョコレートよりも
すごくおいしいと太鼓判を押してくれる代物ですもの。
呪力抜きで考えても味は自信を持って保証できるはずよ。

最近は料理や裁縫などを始めとした家庭派アイドルとしての活動も
すっかり油が乗ってきて、女性の眷属も増えていると聞いているわ。
そんな眷属たちへの特別な日への助けとなっているならば。
『高貴なる者の義務』を遂行すべき『女王』として誇らしいことよね。

番組の収録も終わり、そんな手ごたえと充実感を感じながら
楽屋に戻った私だったのだけれども。

「お疲れ様、五更さん。今日もいい収録だったね」

マネージャーの河上さんが、いつもの彼の穏やかな口調で
労いの言葉をかけてくれた。見た目は30代前半くらいの若い方だけど
口調や身に纏っている雰囲気は良い意味で老成した紳士然としたものなのよね。

河上さんは先輩が私のマネージャーをしていたときから
先輩のフォローを担当していてくれていたのだけれども。
先輩が先月、とある雑誌記事のゴシップネタをきっかけに
マネージャーを辞退した後には、私のマネージャーに任命されている。

「はい、ありがとうございます、河上さん。
  でも、収録時間に対して私の説明が冗長すぎたところもありました。
  司会の青木さんには後で謝ってきますね」
「ああ、いいよ、いいよ。本人も五更さんの台詞を
  噛み砕いて説明するのを楽しんでいるみたいだしね。それにしても」

そこで一旦言葉を切った河上さんは私の顔をじっとみてから続けた。

「すっかり一人前の顔になったね、五更さん」
「一人前の顔……ですか?」

私は鸚鵡返しに河上さんに質問を返していた。私自身、毎日鏡で見ている
自分の顔だけれど特別に変化を感じたことはなかったから。
もっとも、それが言葉通りの意味でないこともわかってはいたのだけれども。

「うん、プロの顔つきっていうかね。自分の仕事に対する喜びや遣り甲斐、
  それに誇りや自負なんかを感じてくるとみんなそんな感じになるんだよ。
  先月までの五更さんとは見違えるくらいだ」

河上さんの口調にも表情にも弾むような嬉しさが見て取れる。
それはあたかも家でお父さんが私を褒めてくれる時と同じような。
それがやけにくすぐったいやら恥ずかしいやらで。

「そ、そうなんですか。自分では全然わからないんですが……」
「でも五更さんも思い当るところがないわけじゃないでしょ?
  正直なところ、高坂君がマネージャーを辞めた時には
  君はすぐにアイドルを引退してしまうものとばかり僕は心配していたよ。
  それくらい君は高坂君を公私共々精神的に支えとしていたようだからね」

事実その通りではあるけれど、こう改めて言われると
やはり恥ずかしさがこみ上げてくるものがあるわね……
今までのアイドル活動の間、先輩にずっと依存していたことも。
なにより私がアイドルを始めて、続けてきた動機に関しても。

「でも五更さんは僕の予想に反して、むしろ今まで以上に
  アイドル活動を精力的に、なにより魅力的にこなしている。
  さっきも言ったとおりにすっかり一人前の顔になっているしね。
  ……一体何が五更さんを変えたんだい?」

河上さんはいつものように優しい笑顔を浮かべてはいたけれども。
その眼には文字通り芸能界のプロとして真剣な光が込められていたわ。
まだまだ河上さんに比べればこの業界でひよっこといえる私だけど。
そういうことならプロとして真剣に応えないわけにはいかないわね。

「そうですね……確信が持てたからだと思います」
「確信?何のだい?」
「おっしゃる通り、先輩が、高坂が私のマネージャーを辞めることに
  なったとき、私はひどく動揺して、そして不安でいっぱいでした。
  そんな私が高坂と話し合って、改めて見つめ直したんです」

あの時は本当に私は怯えていた。せっかく手に入れたものの全てを
取るに足らないようなゴシップ一つで何もかも失ってしまう、と
心の底から恐れていたわ。

でも、そんな私を。先輩はマネージャーじゃなくなっても
ずっと隣にいて、どんな時でも支えてくれると誓ってくれた。
あなたがいなくなるかもと怯えていた弱い私を思い出に変えてくれた。

「そして確信できました。高坂が私をどんな時でも支えてくれることに。
  それに時には私が彼を支えてあげることもできるのだということを。
  そして彼や友人、家族たち、ファンの支えの元で、自分自身が
  皆の期待に応えることに喜びを感じていることにも、でしょうか」
「……なるほど。あの機にいろいろと迷いが消えて成長できたってことかな。
  五更さんは普段の厨二台詞や態度とは裏腹にすごく繊細な女の子だしね。
  まあそんなギャップが魅力なんだからねぇ」

やはり面と向って自分のことを評価されるのは恥ずかしいことこの上ない。
でもそれも自らの一面と、素直に受け止められるようになったのも
ようやく私が掴むことができた確信の一つ、かしらね。

「はい、ですから引退なんて全然考えてませんしこれからも頑張っていきます。
  今後も沢山お世話になると思いますけど改めて宜しくお願いしますね」

私は素直な気持ちのままにぺこりと頭を下げた。
そして顔をあげた私を、河上さんは先ほどまでの鋭い光が
すっかり影を潜めた優しい瞳で迎えてくれていた。

「ああ、こちらこそだよ。君のことは高坂君から土下座してまで
  頼まれているからね。彼との男の約束を反故にするわけにはいかないさ」

……相変わらず土下座外交をしていたのね、先輩は……
でもそのみっともないまでの誠意が自分のために向けられているかと思うと
恥ずかしさとともに心の奥からじんわりと暖かさもこみ上げてくる。

今の私が先輩をはじめどれだけ大切な人たちの想いで成り立っているのか。
それを実感する度に、私の身体に新たな力が漲ってくるものね。

「ともかく五更さんの話を聞いて僕も確信がもてたよ。
  君がこれから世の中を席巻するアイドルになる逸材だってことがね。
  そんな未来の大スターにひとつ相談があるんだけど聞いてくれるかな?」

口調は相変わらずの柔らかさではあるけれども。
再び言葉に込められた真剣な響きに、私も気持を引き締めながら頷く。

そして河上さんから告げられた内容は
そんな私をも驚愕させるには十分な内容だった。


  *  *  *


翌日の午後。私はとある喫茶店で1人紅茶を飲んでいた。

今日はバレンタインデー。そして先輩の私立の志望校の受験日。
だから試験が終わった先輩を真っ先に出迎えてあげようと
先輩の受験校の校門前にあるこの喫茶店に陣取って、先輩が試験を終えて
出てくるのを1時間くらい前からずっと待っているのだけれども。

きっとファンの皆が私を出待ちしてくれている時は
こんな心境なのでしょうね……

焦がれるほどに待ち続ける切ないまでのもどかしさと
いざ待ち人を目の当たりにする時の心躍る瞬間への溢れる期待と。

見た目には午後の暇に優雅に紅茶を楽しむ女子高生を装ってはいたけれど。
その実、逸る気持ちを『闇の力』を総動員して抑えている有様だった。

まるで初めて先輩とデートの待ち合わせをしたあの時と同じかしらね。
いえ、今の方があのころよりもより心焦がれる想いは強いでしょうね。
だってあの時とは違って、先輩と会える時間は格段に減っているもの。

だからこそこの貴重な時間を精一杯大切にしていきたい。
それはこの待ち時間だってそう。今この瞬間はあなたを思う気持ちだけで
この心を満たすことができるのだから、こんなに幸せな時間はないものね。

先ずはなんて言って先輩のことを労ってあげようかしら。
何も言わずにここにきた私に先輩はどんな反応をしてくれるかしらね。
きっと最初はびっくりして。そして喜んでくれるといいのだけれども。
そんなあなたに私もとびきりの笑顔で応えてあげたい。

そして文字通り心血魂をも注ぎこんで作り上げたチョコレートを差し出すの。
受け取ったあなたは喜悦に溢れた表情を私に向けてくれるわよね。

そのお返しにあなたに手ずからチョコレートを食べさせてあげて……

そんな桃色の『未来視』で一杯だった私だったのだけれども。
わずかに残っていた冷静な自分がしきりに突っ込みを入れてくる。

いけない、今日の私には三つも行うべき大切な『儀式』があるものね。
それはこんな浮ついた心では成功は望むべくもないわ。
十分に気を引き締めて挑まないといけないのだから。

私は慌てて『未来視』を中断して、遊離しかけていた魂を引き締めた。
ふぅ、真実が見えすぎてしまう、というのも困りものね。
決して『儀式』の緊張から現実逃避していたわけではないのよ?
誤解しないで頂戴。

ゆっくりと深呼吸をしてから紅茶を一口飲み込んで気持ちを落ち着ける。
我知らず早まっていた鼓動も暫くすると一旦は収まってくれたのだけれども。

でも、校門から現れた待ち人の姿を鍛えあげた動体視力で捉えた瞬間、
結局は先ほど以上に心臓は早鐘を打ち始めて。私は急かす心のままに
外に駆け出していたわ。


「先輩」
「く、黒猫?どうしてこんなところに?」

校門を出てすぐの交差点で私は先輩に追いついて後ろから呼びとめた。
先輩は予想もしてなかった私の声に、振り返り様にとても驚いたような
様子を見せたけれど。すぐに予想通りの嬉しそうな表情になってくれた。

「黒猫さん、久しぶりだね~。黒猫さんの活躍はいつもてれびで見ているよ。
  それにしても京ちゃん。こんなところに、なんて台詞はないんじゃないかな。
  せっかく黒猫さんが大切な日に会いにきてくれているんだから」

そして先輩の横には田村先輩の姿もあった。
この大学は二人とも受験すると聞いていたから当然の帰結ではあるし
想定済みのことでもある。何故ならそれも今日の目的の一つなのだから。

言葉通り久しぶりの再会だったのだけど、田村先輩は以前と少しも変わらず
人を安心させるような柔らかい雰囲気で先輩を嗜めていたわ。

「はい、お久しぶりです、田村先輩。
  そしてお二人とも、試験お疲れ様でした」

田村先輩に軽く頭を下げた後、私は二人に労わりの言葉をかけた。
先輩を嗜めていた時でも微笑みのままだった田村先輩が
一瞬だけ不思議そうな表情になって私を見返していた。

でもすぐに田村先輩は先ほどと変わらない、
いえ、先ほどよりも満面の笑顔を浮かべながら応えてくれた。

「ありがとう、黒猫さん。ほら、京ちゃんもお礼を言わないと」
「あ、ああ。ありがとうな、黒猫。わざわざきてもらって嬉しいぜ」
「どういたしまして。それで……首尾のほうはどうだったのかしら?」
「ああ、ばっちりさ。これで少なくとも浪人はしなくて済みそうだな」
「ふふふ。京ちゃん一人暮らししてた時よりも、毎日必死になって
  頑張ってたからねぇ。私もそんな京ちゃんの勢いに引っ張られて
  勉強が捗ったから、今日も手ごたえ十分だったよ」

二人ともよくぞ聞いてくれたとばかりに朗らかに応えてくれる。
それを見る限り、今日の試験には確かな自信を感じているようで安心したわ。
特に先輩には、随分と私のために時間を使わせてしまったから……

それが理由で受験に合格できなかった、なんてことになってしまったら
唯でさえあなたからたくさんのものを借り受けている私が
一生をかけても払えないほどの負債を抱えてしまうところだもの。

「そう、それを聞いて安心したわ。じゃあそんな頑張った二人に
  私からのプレゼントがあるから受け取ってもらえると嬉しいのだけど」

通学用のカバンに入れてあったラッピング済みの小箱を取り出して
先輩と田村先輩にそれぞれ手渡す。

「黒猫、これって……」
「ええ、お察しの通りにバレンタインのチョコレートよ」
「ひょっとして昨日の番組で作ってたのか?あれすっげーおいしそう
  だったからなぁ。ありがとな、黒猫。食べるの楽しみだよ」

先輩は文字通り、お菓子をもらって喜ぶ
子供さながらの無邪気な笑顔を浮かべていた。

それにしても昨日は先輩にとって、人生を左右する大切な日の
前日だというのに、私の出演した番組を見てくれていたなんて。
心配になる気持ちの反面、やはり嬉しさもこみ上げてくる。

「わ、私ももらっちゃっていいのかな?」
「はい、田村先輩にも転校前やあの時のパーティでお世話になりましたから。
  ささやかながらもその時のお返しと思って頂ければ。それに」
  
相変わらずの笑顔ながらも、予想外だっただろう私からのプレゼントで
少々困惑した様子も見て取れる田村先輩に、私はその理由を続けた。

「実は田村先輩には折り入ってお願いがあるんです。
  だからこのチョコはそのための手付品でもあったりするんです」
「そうなんだ。それで私にお願いってなにかな?」
「はい、私は知りたいんです。私の知らない先輩と桐乃のことを。
  私の出会う前の高坂兄妹のことを。二人の一番近くでそれを見て来て
  二人以上にそれを知っているだろう田村先輩から」

先輩が私に何かを言いかけたのを、すっと右手を上げて制する。
ごめんなさい、すぐに終わるから今は二人だけで話をさせて頂戴。

「うん、そんなことならお安い御用だよ。
  あ、でもこの場で話すにはちょっと長くなりそうだね」
「はい。ですからまた後日改めてで結構です。
  先輩が一緒にいると話しづらいこととかもあるかもですし」

ちらりと先輩をみるとなんともバツの悪そうな表情を浮かべていた。
確かにあなたにとってはいろいろと黒歴史が隠されているのでしょうけれど。
それでも口を挟んでこないのはなんとも律儀というか
馬鹿がつくほどの正直者というべきなのかもしれないわね。

でも、あなたのそんなところも私は大好きよ。

「うん、そうだね~今の京ちゃんにとっては恥ずかしい話ばかりだね。
  それに京ちゃんはこの前の桐乃ちゃんと三人で話した時に聞いてるしね。
  じゃあ次の黒猫さんのお休みの日に、でどうかな?」
「ええ、是非ともお願いします。といっても私の次の休日の予定は
  まだはっきりしないので田村先輩の連絡先を教えて頂けますか?」
「アイドル活動ほんとに忙しいんだねぇ。じゃあ携帯のアドレス交換しよっか。
  ってえーとこれどうすればいいんだっけ、京ちゃん?」
「ちぇっ、こんなときには頼るのかよ。ほら、貸してみろって」

口では文句を言いながらもすぐに田村先輩のフォローをする先輩。
こんな些細なやり取りでも本当に互いを信頼し合っているのがよくわかる。
それが弁天高にいた時には居た堪れなく感じたこともあったけれど。

「ありがとう、京ちゃん。黒猫さん、これで大丈夫かな?」
「はい、大丈夫です。それではまた後ほど連絡させて頂きますね」
「うん、楽しみにしているよ」

勿論今でも完全に蟠りがないといえば嘘になるわ。
でも少なくともあの時よりは素直に受け止められていると思う。

だって二人にとってそれは無くてはならないものなのだから。
本当の家族のようにそうして今までを過ごしてきたのだから。
こっちが余計な気を回すだけ詮無き事というものよね。

それに、ずっと疑問に思ってきた田村先輩の気持ちにも
ようやく自分なりの答えを見いだせそうな気がするから。

だから高坂兄妹の過去と共に、田村先輩とも向き合ってみようと思ったのよ。
それが私の『理想の世界』を掴むために避けては通れないものであるから。
永遠の好敵手たるあの『熾天使』と決着をつけるためにも……ね。


その後、私たち三人は受験校からの帰宅の途につきながら。
二人の試験や私のアイドル活動のこと、弁天高での思い出や
合格してからの大学生活の展望などから始まって
最後にはまったくもってとりとめもないような雑談までも。

最近ではアイドルとして名前も売れてきたこともあって
学校でのクラスメイトとの交流もなにかと増えてきた私だけど
こんなにもおしゃべりに興じるようなことは新鮮なことだった。

もしも私が転校しないで、そしてもっと早くこんな決意を
固めることができたなら。ひょっとしたらこんな楽しい時間を
この三人で過ごすことができたのかもしれない。

そう思うとこんな楽しい気持ちの中でも。
ほんの少しだけ寂しさも感じてしまうわね……

以前の私ならそんな事は微塵も思わなかったでしょうね。
いえ、違うわ。無理やりに仮面を被って気持ちまで上書きしていただけ、ね。
それが今ではこんなにも素直に受け入れられるようになっている。
仮初の身とはいえ、人生とは本当、不思議なものよね。


  *  *  *


田村先輩と別れた後、私と先輩は特に申し合わせることもなく
高坂家の近くの公園に足を向けていた。特に用事はなかったとしても
互いに離れがたい気持ちからか、自然とここで暫しのトークタイムとなるのが
以前付き合っていたときからのお約束だったから。

あの時のようにベンチに並んで腰かけているのだけれど。
こうしていると傍から見ればやっぱり恋人同士に見えるのかしらね?
ほんの半年前のことなのに、あの頃が随分昔のようにも思えるわ。

そんな感傷に浸っていた私に先輩が話しかけてきた。

「なあ、黒猫。麻奈実が別れ際にいってた
『黒猫さんは前に進む決心をしたんだね、すごいね』ってどういうことだ?」
「そうね。そんな事を聞いてしまう先輩はどうしようもなく
  鈍感で察しが悪くて、乙女心なんて何もわかってくれない
  残念な雄でお互い大変だね、ってことじゃないかしら?」
「素直にわからん事を聞いただけなのに容赦ない言い草ですね!?」
「……まあ正直に言えば、まだ先輩にその言葉の意味を
  話すわけにはいかない、ということよ。今は察して頂戴」

だってそれを話してしまったら、今の私達の関係を規定している
『神魔の和約』が破られてしまうもの。

私のなけなしの勇気を振り絞って告白して一度はあなたと付き合ったけれど。
その時に当然のようにぶつかることを覚悟していた二人の存在。
予想に反して田村先輩は私たちを応援してくれていたようだけど。
予想通りに桐乃は表面はどうあれ心の中では納得できてはいなかった。

だから一旦は私たちの関係を白紙に戻した。
あなたと桐乃、そして二人を取り巻く人間関係を見つめ直すために。
私の目指す『理想の世界』に皆で至るための方法として。
その時から『神魔の和約』は締結されて、私たちの関係は保留状態となっている。

だって、たとえ先輩が私を選んでくれたとしても。
その結果、私たちの世界が『廃墟の広がる黄昏の世界』と
なってしまっては意味がないでしょう?

そしてそれは私自身に問い直すことでもあった。
私の先輩を想う気持ちは例え来世でも変わらないとしても。
その気持ちに殉じるのか、それとも心に秘めて大切な人の幸せを願うのかを。

私と田村先輩が似てきた、と、いつか先輩が言っていたけれども。
私たちがきっと似たような立場で、同じ想いを抱いた結果
当然のように一緒の問題に直面していたから、なのでしょうね。

そして田村先輩はその解として後者を選んでいたのだと思う。
その結論に至った理由は次の機会に教えてもらえればと思うけれど
おそらく先輩を、高坂兄妹を一番に大切に思うがゆえに。
一つの家族のような慈しみの心を持って。誰一人不幸にならないように、と。

そして私も以前はそちらを選んだ。辿りつく結果は
田村先輩の望むそれとはきっと違ったかもしれないけれど。
二人の真実の想いを明らかにした上で彼らの幸せを第一に願ったのだから。
ともすれば最後までその選択のままの運命もあったのかもしれないわね。

でも今の私は、私の気持ちに殉じることに決めていた。
あの時から既に半年以上の時間が経ってしまったけれど。
私はようやく自身の真の理想と向き合うことができたから。

それはあの時に先輩と一緒に迎えにきて私を叱咤激励してくれた桐乃。
私を闇の深淵から煌びやかな世界に誘い陰日向に支えてくれた沙織。
そしてずっと昔から暖かく見守り続けてくれた家族のおかげ。

勿論、大切な人たちを家族のように慈しむ心は変わりはないわ。
でもその上で、どんな困難も、たとえ互いが傷つくことになったとしても。
皆で手を取り合ってそれを乗り越える喜びをこの半年で改めて知ったから。
互いが助け合う存在になれる、と自信を持つことができたから。

それが私をいつだって支えてくれた大切な人たちと
暖かな未来を目指して行く道だと確信できたのだものね。

だから私は前に進んでいく。
大切な人たちと名実ともに『家族』となるために。
共に歩んでいくためのパートナーとなるために。

それには、田村先輩や二人の過去とも向き合う必要もあるわ。
けどまだ本命の試験が残っている先輩には余計な負担は増やせないものね。
だから『最終決戦』のための決意表明はもう少しだけ待っていて欲しいのよ。

「まあ年頃の女の子同士の秘密ってのなら仕方ないけどな」
「ええ、ごめんなさい。その代わりといってはなんだけれど。
  元マネージャーとして、私がアイドル活動で悩んでいる
  相談事を聞いてくれないかしら?」
「お、なんだなんだ?まあ今の俺が力になれるかはわからないけどな?」

おどけていう先輩に思わず笑みが零れてしまう。
だってそんなことを言いつつも。あなたはいつだって
相談した人に全力で力になろうとするじゃない。

その様子に安心して、私は昨日から散々に頭を悩ませている
案件に関して、先輩に正直に打ち明けることにしたわ。

「実は……歌手デビューしてみないかって話を持ち掛けられたのよ」
「おお、遂にその話が来たのか!やったじゃないか、黒猫!
  俺がマネージャーのときに何度かその話が上がったんだけど
  まだ時期尚早やらなんやらで見送られていたんだよ」
「そうだったの……でも確かにそれは正解だったと思うわ。
  以前の私では大勢の人の前で話すことだって抵抗があったのに。
  ましてや歌を歌うなんて考えられなかったもの」

実際今だって私に歌手が務まるか、と自問してみると
決して上手くいくとは思えないのが正直なところなのだし……ね。

「ってことは、今ならやってみたいって考えてるってことだな?」
「ええ、その通りよ。例え先輩がマネージャーじゃなくなっても。
  これからもアイドルを続けていくって先輩に誓った今の私には
  歌手としての活動もとても魅力的に感じているの」

昨日河上さんから伝えられた時には、驚きのあまり
まともに答えも返せずに返事にはしばらくの時間をもらったのだけど。
落ちついてから考えるほどに、今までにないくらいの試練と
その先の充足を与えてくれるに違いなかった。

「でも……河上さんからもいわれたのだけれど。
  歌手活動も行うとなると、今よりもっと時間の制約を受けるようになるわ。
  そうなると家のことや学業だって今まで通りにはいかなくなるでしょう。
  それに関しては家族や学校と相談するのだけれど。でも、なによりも」

私はじっと先輩の顔を正面から見つめた。私の視線に、言葉に。
そしてあなたへの想いに偽りのない本心を込められるように。

「あなたとの時間がますますとれなくなってしまうもの」

しばし二人の間に落ちる沈黙。
その間、私も先輩も互いの顔を見つめ続けていた。
様々な気持ちが表情に現れては消え、言葉無き想いが交錯する。

「……そうだな。でも、それが相談の内容だというのなら
  俺からの答えはこの前と変わらないぜ」
「そう……そうよね」
「ああ、黒猫がどんな道を選ぼうとも、俺がどんな立場になろうとも。
  俺は黒猫をずっと支え続ける。俺の力が必要なら何をおいても飛んで行く。
  だから黒猫がしたいように選んでくれ」
「うん……ありがとう先輩」

先輩はあの時と、マネージャーを辞退したときと同じ誓いを繰り返してくれた。
あなたが時折見せる、とても優しくて私を安心させる表情で。
いつだって私の悩みはそれだけで淡雪のように消えてしまうのよね。

「それにな。俺の個人的な希望を言わせてもらえれば、だ」

そしてすぐに大真面目な顔になって先輩は続けた。
そう、先輩がこの顔をするときは。

「黒猫が煌びやかなステージで歌っている姿を
  いつか俺の手で最高の1枚に撮ってみたいぜ!」

……どうしてこの人は大真面目な顔をするときに限って
煩悩丸出しの飛んでもないことを言い出すのかしらね。
おかげで思わずついた溜息とともに、私の心に残っていた
不安や心配も一緒に吐き出されてしまうじゃない。

「ふふっ、そういうことなら安心して頂戴。
『夜魔の謳い手』たる私にとって、あなたの願望を実現させることなど
  造作もないこと。すぐに『此方の世界』でもその銘を馳せてみせるわ」
「ああ、頑張っていこうぜ、黒猫。直接アイドルの手助けはできないけれど
  普段の生活や勉強のことなんかで困ったことがあればいつでも相談してくれ。
  月末に受験がひと段落ついたらもう遠慮も無用だからな」
「ええ、頼りにしているわ、先輩」

私の生活の変化だけではなく、そも私に歌手としての実力があるのか等々
実際に歌手デビューを飾るのに問題点は山積みではあるけれど。
先輩のおかげで決心のついた私は、昨日からの悩みが嘘のように
気持ちが晴れ渡るようだった。

「それにしても、アイドル活動も順調そうだし、黒猫もすっかり
  頼もしくなってきたなぁ。さっきも麻奈実が感心していたぜ?
  まるで孫の成長を喜ぶお婆さんみたいだったけどな」
「ええ、だから先輩だけでなく、田村先輩も安心させられるくらい
  私はこれからもまだまだ成長していかないといけないわね」

私は正直な気持ちを口にしていたわ。だって、ようやく次の一歩を
踏み出したとはいえ、いまだ私の目指す先は遠いのだから。
あの人はずっと前から先輩たちを見守り続けていたのだもの……ね。

「それに……確かにまだまだ私は子供なのよ。田村先輩がいる時には
  恥ずかしくて自分の本心を見せることができなかったもの。
  きっと田村先輩はそのことにも気が付いていたのに
  私に気を使って何も言わなかったのでしょうし」
「ん?どういうことだ?」

合点がいかずに私にその意味を訪ねてくる先輩。
さっきもそうだったけど、人が言葉を濁した事にも
臆面もなく疑問をすぐ口に出せるのはある意味才能よね。

なんてそんな風に先輩を非難して責任転嫁してしまうけれど。
私自身もいい加減に覚悟をきめなければならないわね。
これこそが今日の私の本当になすべきことなのだから。

それにしても私は自分の進む道を邁進するだけのはずなのに。
いざ大切な人に自分の気持ちを露わにしようというだけで
どうしてこんなにも平静ではいられなくなってしまうのかしらね……

私は大きく息を吐き出して意を決すると、鞄の中にもう一度手を入れた。
心臓は早鐘を打ち始め、押し出された血流は全て頭部に
集まったかのように私の顔を赤く染め上げる。

「……先輩。実はこっちが……その。ほ、本当の先輩へのチョコレートなの」

それでも目的のものをなんとか掴み出し、俯きながら先輩にそれを差し出した。

「こ、これは先ほど渡した物より、呪力を高めるために十分な大きさを備え
  呪術における『真心』を象徴をする『紋章』を象っているわ。
  その霊力を抑えるために張り巡らせた『封印の鎖』も
  同じ『真心』を編み出すことで開封時の相乗効果を向上させ……」
「そっか……黒猫の気持ち、すごい伝わってくる。
  すげー嬉しいよ。本当にありがとうな」

私が恥ずかしさを紛らわすために並び立てていた事なんてすべて吹っ飛んで
しまうくらい、先輩は私に最高の笑顔を見せながら受け取ってくれた。

本当、あなたはどうしてこんな時に限って、恥ずかしがりもせずに
私の気持ちをまっすぐに受け止めることができるの?
私だけこんな気持ちになっているなんて、不公平極まりないじゃない……

「……そ、そう。よ、喜んでもらえたならなによりだわ……」
「ああ、今ここで開けてもいいか?黒猫の力作、すぐに食べてみたいぜ」
「え、ええ!?こ、ここで……私の目の前で……それを!?」
「おう、それじゃ早速」

それが意味する事への恥ずかしさのあまりに混乱しかけた私が
止める間もなく、するするとリボンを解き包みを開けた先輩は
包みと同様の『真心』型のチョコを取り出した。

そして、そのチョコの表面に刻み込み、ホワイトチョコを流し込んで
あしらった一文を読んだ途端、先輩の顔色も私の今のそれと同様
一気に真っ赤に染まっていった。

「お、おう……俺も同じ気持ちだぜ、黒猫」
「……うん」

私も相変わらず身体中の血も熱も、すべて頭部に集中しているようで
意識が朦朧とするくらいの状態だったけれど。先輩の素直な気持ちが
聞けたおかげかそれがむしろ心地よく感じてしまう。

きっとお酒に酔うってこんな感じなのかしらね……

恥ずかしさのあまりさっきまで堅く目を閉じて俯いていたはずなのに。
そんな幸せな気持ちを噛みしめていた私は
気がついた時には目の前の先輩の顔をじっと見上げていた。

先輩も私と同じように私を見つめ返していた。

交差する視線。通じ合う気持ち。等しく共有する想い。

今、先輩と私の考えていることは同じものであるという
確かな実感が、胸の奥を暖かく満たしている。

……でも。まだそれを受け入れるわけにはいかない。

あなたが一人暮らしをしていた時に私にした宣言はまだ解決していないし
なにより私がまだあの娘と向き合う準備が終わっていないもの……ね。

「そ、そろそろ日も落ちてしまうわね。まだ試験の続く先輩に
  風邪をひかせてしまったらいけないわ。そろそろ帰りましょう?」
「お、おう、そうだな。でもそれをいうなら黒猫の方が問題だろ?
  これから喉がもっと大切になるんだろうし」
「まだ歌手をすると完全に決めたわけではないのよ?
  家族や学校にも相談しないといけないことだし」
「ああ、わかっているよ。でも、お前はやりたいんだろ?
  それに、俺もやっぱり見てみたいよ、黒猫の歌手姿。
  だからそんな黒猫を支えるためには、今からだって
  気をつけるところはきちんとしていかないとな」

自分のことには基本いい加減で事なかれ主義なあなたなのに。
マネージャーでなくなっても、私との約束通りに
こんなにも真剣に気を配ってくれている。

だけどあなたへの心配もしっかりと聞いてもらって
自分のことも大事にして貰わないといけないわ。

だってこれからは。

「ありがとう、先輩。でも先輩も今は自分のことを第一に考えて欲しいわ」
「確かに、俺もまずは試験に集中しないといけないな。
  無事に合格が決まったら今度こそ本格的に撮影の勉強も始めるよ」
「ええ、その時には約束通り、あなたが一人前のカメラマンになるのを
  私からも協力させて頂戴ね」
「おう、頼りにしているぜ、アイドル様」

ずっとあなたに支えられるだけだった私だけれども。
あなたがようやく見据えた目標に向って進んでいくのを
今度は私から支えることもできるもの。

それはとても嬉しいことで。私の新たな活力になってくれている。
きっとあなたが大切な人におせっかいを焼く時の
あの我武者羅なまでの力も、こんなところから出ていたのでしょうね。

この力があれば、歌手への挑戦だって恐れずに挑めるわね。

でも、時にはその力が余って蛮勇にまで至らないよう
お互いに気遣うことも忘れないようにしていかないと。
そうでなければまだまだあの人に心配をかけさせてしまうもの。

だからこれからもあなたとこうして支え合っていきたい。
どんな困難なことだって。あなたとなら乗り越えることができるから。

そう、『ずっとあなたといっしょに』、ね。

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