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『聖なる夜に幸いあれ』:(直接投稿)

最終更新:

匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
メリークリスマス、黒にゃん!
そんなわけでクリスマス記念にSSを投稿させて頂きました。

原作とはかなりかけ離れた部分が多いのですが

・ベースは俺妹HD家庭ルート
・原作11巻分までの話は大体俺妹HD開始前
  (黒にゃん高校1年夏休み前)に終わっている
・拙作『家庭派アイドルの11月29日』と続いています

上記のような設定で書いております。

そのような独自設定が気にならない方でしたら
少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

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「さて……と、こんなものでいいかしらね?」

朝ご飯を食べてからすぐに取り組んでいたクリスマス会の料理の準備も
お昼過ぎになってようやく一通り目途がついたところなのだけれども。
さすがに10人分の料理ともなると並べるだけでも壮観なことね。

まあ、日向はともかく珠希は1人分に数えるほどではないでしょうけど。
いえ、先輩やお母さんがいる分を考えるとむしろ人数分以上かしらね?
どちらにしても多めに作っておいたから皆に沢山食べて欲しいものよね。

日向や珠希、お父さんお母さんも普段と違う御馳走に喜んでくれるかしら?
舌の肥えていそうな桐乃や沙織の口にも合うといいのだけれど。

それに先輩の御両親に初めて私の料理を食べてもらうのも緊張するわね……
そのために桐乃に協力してもらって密かに修練を積んだ高坂家の味付けも
試してみたのだけれど。何より先輩にも満足してもらいたいものね。

だ、だってこれからもずっと私の料理を美味しく食べてもらいたいから……

大仕事をやり終えた充実感からそんな愚にも付かないことを考えていた
私だったけれど、すぐ隣から浴びせられたシャッター音で漸く我に返った。

「い、いきなり写真を取らないで、と言っておいたじゃない、先輩」
「ああ、すまんすまん。今の黒猫、すっごくいい表情をしていたからさ。
  声をかけて邪魔しちゃうのがもったいなくて、な」
  
口では謝っていてもまったく反省しているところがないのは
こんな不意打ちの撮影が今までも何度も続いていることが証明している。

まったく私にもアイドルとして写真を撮る、
ということへの心の準備というものだってあるのよ?
本当、いつまでたっても乙女心を理解し得ない残念な雄ね。

それに……あんなことを考えていた時の表情を
みんなに見られるなんて、そんなの恥ずかしすぎるじゃない……

真っ赤になって抗議の目を向ける私の気持ちを
しっかりと理解したわけではないでしょうけど。
先輩は私の機嫌を損ねないようにと労いの言葉を続けてきた。

「まあ、それはともかくお疲れ様、黒猫。こんな沢山の料理を
  ひとりでみんな作っちゃうなんて本当すごいなぁ、お前は。
  今日の写真もきっとSNSですっごいアクセス数になると思うぜ」
「……それはともかく、で片付けて欲しくはないのだけれども。
  まあ、我が眷属たちを満足させる義務が『女王』としてはあるものね。
  それに……あなたも撮影中とても嬉しそうでなによりだったわね?」

先ほどの反撃とばかりに幾分の皮肉も交えつつの言葉だったのだけど。

「ああ、最近写真を撮るのが楽しくて仕方ないよ。
  特に黒猫が見せるすっごく良い表情を逃さずにフレームに収めた時とか
  ぞくぞくするくらいの充実感がある。俺にこんな嗜好があったなんてなぁ」

そんな満足げな表情で応えられてしまったら
これ以上あなたを怒ることなんてできないじゃない……

「そ、そう。まああなたの妹の性癖を鑑みれば
  あなたのそれも似たようなものなのかもしれないけれどね?」
「いくらなんでもあんな廃人レベルと一緒にしないでくれよ!?」
「そうかしら?だってもうあなたは……
  私の『良い表情』とやらを見てしまったら、その一瞬を
  切り取らずにはいられない身体になってしまっているのでしょう?」
「ま、まあ、それは否定できないところはあるが……」

いつものように妖艶な『夜魔の女王』のマスケラを被って
あなたを茶化そうと思っただけなのに。
そこを肯定されてしまったら反応に困るじゃない……

「でもマネージャーとして黒猫のことを考えての行動でもあるんだ!
  だからあんな欲望まみれの妄想全開の趣味とは格が違うんだぜ!」

赤くなって押し黙った私に気がついているのかいないのか。
ようやく見つけた最もらしい理由で理論武装を図る先輩。

「ではやましい気持ちなどなにもなかったと心から誓えるのね?」
「……すみません、今日も黒猫超可愛いぜ、ひゃっほうー!
  って何度も思ってました……」
「…………」
「く、黒猫?」
「……破廉恥で邪まな妄想を抱いた罪であなたに罰を与えましょう。
  今日1日、我が僕として私の満足のいくようにエスコートなさい」

先輩の言葉に顔が熱くなりすぎて、脳が沸騰してしまいそうな私は
なんとかそれだけを絞りだして先輩に背を向けた。
もうまともにあなたの顔なんて見ていられなかったから。

「はっ、お任せください。『我が女王』よ」

先輩は即座に応えてくれた。幾分芝居がかってはいたけれど
私を落ち着かせるようなとても暖かで優しい響きが込められている。

「……で、いつまでその寸劇を続けているの?」

突然廊下からかけられた声に私も先輩も驚きながら振り返った。

「ひ、日向!?あなたいつからそこにいたの!」
「んー、高坂君のルリ姉への盗撮趣味が暴露されたあたり?
  まあ二人の特殊なプレイの事は置いといてそろそろ時間じゃないの?」
「人聞きの悪いことをさらっと置いとくなよ!
  これもアイドルとマネージャーの仕事なんだって!!」

反射的に突っ込む先輩だったけれど、確かに時計を改めてみると
そろそろ自宅を出ないと今日の仕事に間に合わない時間に差し掛かっていた。

「先輩、日向にいろいろ言いたいのはやまやまだけど
  確かにもう時間がないわ。私もこの服を一度着替えないといけないし」
「ああ、そうだな。さすがにメイド服で出歩くわけにはいかないしな」
「あえてそこにはつっこまなかったんだけど……
  すっかりメイド服で料理する姿が当然のようになっているね、ルリ姉……」
「この前の『良い肉の日』の時の写真がすごい反響になってな。
  今日もこれからメイド服でクリスマス向け料理番組の生放送なんだぜ。
  『もっともメイド服の似合う有名人は?』なんてランキングで
  ぶっちぎりの1位を取ってるくらいだからな、黒猫は」
「ふっ、手ずから闇の眷属たちへ、聖夜を蝕む邪悪なる
  宴の晩餐を用意するのも『夜魔の女王』たる私の務めよ。
  そのために私に相応しい装束にならなければいけないわ」

内心この格好に思うところがないではないけれど。
大切なファンの要望と声援に応えられるのだから。
仮初の姿と仮面を纏うことも『女王』として時には必要だものね。
まあ、日向のやれやれといった表情には不遜なものは感じるけれど。

「ともかく後はよろしくね、日向。沙織の迎えがきたら
  運び出す料理を教えてあげて頂戴。それと珠希の面倒もよろしくね。
  後、こっちはお父さんたちの分の料理だから
  帰ってきたら忘れずに伝えて二人で食べてもらって頂戴ね」
「うん、その辺は心配しないでばっちりあたしに任せておいて。
  じゃあお仕事頑張ってきてね、ルリ姉」

先ほどまでの態度とはうってかわって素直に応じる日向。
ふふっ、いつもこうならいいのだけれどもね。

「じゃあ先輩、申し訳ないけれど居間で少し待っていて頂戴。
  すぐに準備していくわ」
「ああ、俺もすぐに出られるようにしておくよ」

言うや否や、私は自分の部屋に急ぎ足で向かった。

今日はせっかくの年末の三連休の中日だというのに朝から晩まで
公私に渡って予定がびっしりで一息つく暇もないのだけれども。

その代わりに今までの『此方の世界』での短い人としての
生活の中でも今までにないほどの充実感もある。

大切で暖かな家族、煌びやかなアイドル活動、かけがえのない親友たち。
そして……心の支えになってくれる大好きな人。

まさか私がこんな満ち足りたクリスマスを迎えるなんて……ね。

今日これからのことに思いを馳せるだけで心が躍るようだったわ。


  *  *  *


慌しく今日のアイドルのお仕事に向かったルリ姉と高坂君を見送った後
あたしも今日のクリスマス会のために出かける準備をしていた。

今日のためにキリ姉に見繕ってもらった洋服に着替える。
やっぱりルリ姉のお下がりみたいな地味な感じじゃなくて
このくらいおしゃれな方があたしにもあっているよね。

「お姉ちゃん、お着替え終わりましたよ」
「おー、たまちゃんもよく似合っているよ。すっごく可愛い」
「えへへへへ。お姉ちゃんもすてきです」

たまちゃんもあたしと同じくキリ姉の見立ての洋服に着替えていた。
私のボーイッシュな感じとは違ってたまちゃんの服は
女の子の可愛さが溢れている。それもルリ姉の趣味みたいな
フリルやレースで強調しているわけではなく、センスの良い
デザインや色合いでまとめられている。

やっぱりこういうところは元々のセンスもそうだけど
普段の女の子としての趣味やおしゃれへの興味で
感性が磨かれているか、の差なんだろうとは思う。

ルリ姉はともかくとして、お母さんも服装にあんまり頓着しないほうだから。
二人とも何を着ても本人の素材の良さでカバーできてしまっているのも
それはそれで困りものだよねぇ。

ルリ姉もアイドルになってこの辺改善されるといいなって思ってたけど。
家庭派厨二アイドルなんてわけのわからない路線になってしまって
さっきみたいにメイド服とか着ているうちはまだまだあたしの期待は
望み薄のようだった。

心の中で一人溜息を付いていたあたしだったけど。

「ただいまー」

そんなときちょうどお父さんが帰ってきた。
せっかくの連休、しかもクリスマスの直前だっていうのに
お父さんもお母さんも仕事がはいっちゃうなんて本当タイミングが悪いよね。

「おかえりなさい、お父さん」
「おかえりなさいですー」

二人して居間に入ってきたお父さんを出迎えた。
平日はお父さんが仕事から帰ってくるのは夜遅くだから
あたしはともかくたまちゃんにはなかなかこんな機会は珍しい。

「おお、二人とも今日はえらくかわいいなぁ。これから例のクリスマス会か」
「うん、そろそろルリ姉のお友達が迎えにくるところ」
「そうか、じゃあめいいっぱい楽しんでおいで」
「はい、姉さまのおともだちやお兄ちゃんといっぱい遊んできます」

お父さんはずっと笑っていたけれど。いつもクリスマスの夜は
五更家一家揃って、ささやかながらもご馳走やケーキを食べながら
楽しく過ごしていたからちょっぴり胸の奥が痛んだ。
なにせ今夜は高坂君の家に泊まりがけでパーティだからね。

「お父さん、ルリ姉がお父さんとお母さんの分の料理も
  しっかり作ってあるから二人で食べてね」
「ああ、いつもすまないな。お母さんが帰ってきたら一緒に食べるよ。
  なにせ今日は久しぶりにお母さんと二人っきりのクリスマスだしな。
  瑠璃のご馳走を楽しみながら昔のように甘い一時を過ごすさ」

そんなあたしの気持ちなんてお見通しなのか
お父さんは努めて楽しそうにそんなことを言っていた。

……言葉通りに気持ちまで若返ったのだろうか。
お父さんがその昔に打ち込んでいたという舞台劇の役者さんのような大仰さで
片手で顔を隠しながら謎のポージングまでしているんだけれど。

まったくお父さんもこれがなければいい父親なのに。
ルリ姉はもうすっかりその方面に毒されて手遅れだけど。
たまちゃんにまで悪影響を与えないで欲しいものだよ。

「はいはい、あんまり調子にのってお母さんに怒られないようにね」
「そんな事なら心配いらないぞ、日向。お母さんはお父さんの
  こういうところも好きだっていってくれているからな?」

……どうやらルリ姉の男趣味の悪さはお母さんの遺伝のようだった。
まあ見た目もそっくりだしね、ルリ姉とお母さん。のほほんとして
マイペースなお母さんとルリ姉は一見性格は違うようにみえるけれど。
根っこのところは瓜二つなくらいに似ているし。

「お父さんもお母さんも、姉さまとお兄ちゃんみたいにらぶらぶですね!」

たまちゃんだけはきらきらした笑顔でその事実を受け止めていた。
まあ確かに。その人の趣味がどうであれ、二人が互いに好き同士で
周りも祝福してくれているのなら、何を恥じる必要もないのかもしれない。

たまちゃんの言葉に一瞬複雑な表情を浮かべたお父さんだったけれど。

「ああ、もちろんだとも、珠希。まだまだ瑠璃たちなんか足元にも
  及ばないくらいお父さんたちはずっと昔から愛し合っているんだぞ」
「わぁ、やっぱりお父さんはすごいですー」

たまちゃんの天使の笑顔に讃えられてすっかり舞い上がっているお父さん。
これを無意識にやっているんだから、どこぞの演劇漫画ではないけれど
『たまちゃん、恐ろしい子!』なんて一抹の不安も感じてしまう。

これもひょっとしたらある意味お父さんの遺伝ということなんだろうか。
我が血筋、恐るべし。まさかそのうちあたしも厨二病が
発症するんじゃないかと我が身が心配にもなってしまうよ。

まあそれはおいといて。そういうことならあたしとしても
久しぶりの二人きりの逢瀬を心配するような野暮はすまい。
これで心置きなく今夜のクリスマス会を楽しんでこれるってものだしね。

そんなときにちょうど玄関の呼び鈴がなった。

「おっと沙織さんがきたかな。じゃあいこうか、たまちゃん」
「はい、お姉ちゃん」

片手を軽く突き上げて、満面の天使の笑顔で応えるたまちゃん。
たまちゃんとしても今夜のクリスマス会を楽しみにしていたんだろう。

「それじゃ料理を運び出したらいってくるね、お父さん」
「ああ、お父さんも手伝おう。瑠璃のお友達にお礼も言いたいしな。
  それから京介君の親御さんにもよろしく伝えておいてな」

勿論あたしだってたまちゃんと同じくらい今日のことを楽しみにしていた。
ルリ姉の渾身の美味しいご馳走は食べれるし、ルリ姉のお友達の
キリ姉や沙織さんと遊べるのも嬉しいことだし。

それに……きっとルリ姉にも喜んでもらえるよね?

沙織さんの待つであろう玄関まで急ぎ足で向かう傍ら
あたしは胸躍らせながら今夜の一時に思いを馳せていた。


  *  *  *


「これでお料理は全部積み込みましたわね。
  さあそれでは、いざきりりんさん宅へ向かいましょう」
  
私は黒猫さんの作った今夜のクリスマス会のためのご馳走の数々を
黒猫さんのお父さん、妹さんたちと一緒に車に積み込み終えると
一路今夜の会場となるきりりんさん宅へと車を走らせました。

勿論私が車を運転しているわけではないですけれど。
うちの実家の専属運転手に今日のところはお願いしてあります。

「それにしても……沙織さんって本当にすごいお嬢さんだったんだね」

黒猫さんの上の妹さん、日向さんが私をまじまじと見つめながら
話しかけてきました。好奇心旺盛なところと興味のあることには
物怖じしないところは、さすがに黒猫さん譲り、といったところでしょうか。

「はい、とはいえ、私はただ槇島家に生まれた
  というだけですから自慢するようなことでもないのですけれどね?」
「ううん、そんなことないよ!だってこんなに綺麗で
  センスのいい服を着て言葉使いも丁寧で、性格だってすっごくよくて。
  本当にこんなお嬢様がルリ姉のお友達なのってびっくりしちゃったよ」

普段は本来の私の姿でこんな風に褒めちぎられたら
恥ずかさいっぱいで取り乱してしまうところでしょうけど。
さすがに日向さんくらいの女の子ならその心配はありませんね。

「それこそそんなことはないんですよ?
  私だって黒猫さんとお友達になってもらってから
  毎日楽しい日々を過ごせているんですから。なにより……」

私は一旦言葉をきってこちらをじっと見ている
日向さん、珠希さんの顔を交互に見つめてから続けました。

「黒猫さんが一人の女性として素晴らしい方であり
  そして妹思いなお姉さんであるのはお二人が一番ご存知でしょう?」

私は片目を瞑って日向さん、珠希さんに笑いかけました。

「はい!るり姉さまはとってもやさしいお姉ちゃんです」

珠希さんがとても元気な声で応えてくれました。
車に乗るまでは見知らぬ私に少し物怖じしていたようでしたけど。
きっと大好きなお姉さんのことには黙っていられなかったのでしょうね。
そんな大切な方のために頑張る健気さと優しさが、やはり黒猫さんの
妹であると実感させられます。

「そうですわね。本当、黒猫さんはとてもとても優しい方です。
  私と姉さんの仲をきりりんさんと二人で取り戻してくれたんですから」

思い返せばあれかれもう数ヶ月がたったのですね。
おかげで今ではすっかり私と姉さんは、黒猫さんのご姉妹のように
大切な家族として何気なく接しながらも互いを思いやれるようになりました。

今日だって姉さんは最後まで一緒にいくといってましたけど……
さすがにこんな日は旦那様を放っておくわけにはいかないでしょう、と
なんとか説得しましたわ。

「ですから私は本当に黒猫さんに感謝しているのです。
  そんな私の大切なお友達の妹さんとして、日向さんも珠希さんも
  どうか何も遠慮することなく私とも付き合って下さいね」
「うん、こちらこそ改めてよろしくね、沙織さん」
「はい、よろしくです」

二人とも素晴らしいくらいの天使の微笑みで応えてくれました。
……ちょっとだけきりりんさんの気持ちがわかったような気がしましたわ。

「あ、そう言えばあたしからも沙織さんにお礼をいわないといけないんだった」
「え、私にお礼を、ですか?」

なんのことでしょう?今日のクリスマス会の迎えにきたことでしょうか?
少し目線を落とした日向さんでしたけど、意を決して顔を上げました。
そしてゆっくりと。私に向かって気持ちを紡ぎます。

「はいっ。……沙織さん、お姉ちゃんと友達になってくれてありがとうね。
  お姉ちゃん、あのオフ会の日から毎日楽しそうにしていた。
  話のあう友達が出来たのよって本当に嬉しそうにしていた。
  それも全部沙織さんのおかげだっていつもいってたから。
  だから……本当にありがとう」

まさか妹さんからそんなことを言われるとは思ってなかった私は
ちょっと驚いてしまいましたけれど。日向さんの気持ちを大切に
しまうように胸に手を当てて目を閉じました。

「はい、どういたしまして。それにこちらこそ、ですよ、日向さん。
  先ほども言いましたけれど、私もおかげで楽しく過ごせているんですから」

私も正直な気持ちを返しました。日向さんも珠希さんも
私の言葉に嬉しそうに頷いてくれています。
こんなに姉思いの妹さんをもって、本当に黒猫さんは羨ましい限りですね。
いえ、それも黒猫さんの常日頃の妹さんたちへの思いあってのことでしょうか。

「それと……ね。ルリ姉はアイドルを薦めてくれた沙織さんに
  すごい感謝しているって言ってたよ。ルリ姉最近は人気も出てきて
  すごい忙しそうだけど、毎日生き生きしているんだ。
  だからそれにもお礼を言わせてね、沙織さん。
  お姉ちゃんに女の子としての幸せを感じさせてくれて本当にありがとう」
「あら……でもそれは私なんてほんのきっかけを作ったにすぎませんよ?
  その後自らの努力でアイドルの座を掴んだのは黒猫さんの
  そしてそれを支える京介さんのお力なんですから」

これは本当に謙遜でもなんでもなく。私は単に提案をしただけでしたから。
しかも……その提案自体も本当は私の発案ではありませんでしたしね。

「うん、あたしにもルリ姉がすごい頑張っているのはわかってる。
  でも沙織さんやキリ姉はなんだかんだとルリ姉を手助けするために
  いろいろと動いてくれているんでしょう?ルリ姉はあんな性格だから
  普段はなかなか表に出さないだろうけど」
「姉さまは『やみのせかいのじゅうにん』の沙織お姉ちゃんに
  いつだってありがとうっていってますよ」
  
それなのにこんなに感謝されてしまうなんて。面映い気持ちで
いっぱいでしたけれど、やはりここは例の台詞で結ぶべきでしょうか。

「いえいえ。私はいつでも思ったことを思ったようにしているだけですわ」

本当に裏表ない気持ちを込めて告げた私の言葉に、日向さんも珠希さんも
少しの間逡巡しているようでしたが、すぐにそっかと笑ってくれました。

「それにしても、お二人は偉いですね。私がお二人くらいのときには
  姉のためにお礼をいうなんてとてもできませんでしたよ」
「うん、でも妹としてお姉ちゃんを思う気持ちは沙織さんも一緒でしょ?」
「ふふっ、そうですわね。私たちは少々遠回りしてしまいましたけれど。
  じゃあ同じ妹同士、私たちも今日のクリスマス会でお友達になって
  これからもっともっと楽しく過ごせるようにしましょうね?」
「はいっ!」
「はいです!」

今日のクリスマス会の楽しみがまた一つ増えました。
『オタクっ娘あつまれー』の記念すべき初めてのクリスマス会である
今日という日を、私はそもそもずっと心待ちにしていましたけれど。

きっと一生の思い出に残るような素晴らしい日になってくれる。
そんな確信が今の私の心を暖かく満たしていたのでした。


  *  *  *


一通り掃除機を掛けたリビングを見渡して
ようやく今日のクリスマス会の準備ができそうになって
まずは安堵の気持ちがこみ上げてきた。

そしてそれと同時にこんな面倒な事、そもそもいつもの
あたしの役目じゃないってことにふつふつと怒りも湧いてくる。

「あーもう、大体こういうのはいつもあいつの役割でしょう!?」

誰もいないことをいいことに、ここにはいない京介に文句をぶつける。

とはいえ京介がここにいないのは当然といえば当然で。
朝から黒いののSNSのために料理を作っている姿を撮影をして
その後はTV番組の生放送に付き添い。その後こちらに合流する
予定なのだから、このクリスマス会の準備を手伝えるわけはない。

だからこそ、黒いののファン倶楽部筆頭の沙織とあたしが
黒いのの生番組の応援や出待ちをすることもなく
こうしてクリスマス会の準備を前もってやっているのだから。

「そもそも、こういう雑務はあたしのイメージじゃないしねー」

口ではそうはいったけれど、あたしだって別段今回の
クリスマス会の準備を引き受けたことに不満があるわけではない。
黒いのも京介もここのところ目の回るほど忙しくなって。

沙織と一緒になって黒いののファン倶楽部の中核メンバーとして
あれこれ手を尽くしているし、いつものチャットでの会話は
続けているけれど、実際に皆で集まれるような機会はなかなか取れない。

だから今日のクリスマス会は本当に貴重な時間になるんだよね。
そんな舞台をきっちり準備して皆に喜んで欲しいという気持ちは
間違いなくあたしの本心でもあるけれど。

それでも、心のどこかでちくりと痛む何かが
先ほどからしきりにあたしの手を止めさせるのだった。

「でも、そろそろ沙織たちもくるしね。下準備くらいは終わらせないと」

まあ以前とは違ってずきずきとしないだけでも進歩はしているのかな。
あの時、あたしにとっては運命の選択で。京介が黒いのを選んだその時から。

ともすれば沈む心をなんとか持ち上げて掃除機を片付けると
リビングの飾りつけをするためのテープや色紙などの道具を揃え始めた。


「どうかされましたか、きりりんさん。
  先ほどから心ここに在らず、といった感じですわね?」

沙織たちが到着して料理をキッチンに運び入れた後。
ひなちゃんたまちゃんがクリスマスツリーの飾り付けをしている間に
あたしと沙織はリビングの壁や天井に、輪飾りやオーナメントを
手分けして備え付けていた。

「え、別に、そんなことないって。ただ今頃黒いの頑張ってるかなーって」
「そうですわね。でも家庭派アイドルとしての立ち位置も
  もうすっかり確立しましたし。きっと今の黒猫さんなら
  今日の生放送だって何も問題なくこなしてくれますわ」

沙織は自信たっぷりにアイドルとしての黒いのに太鼓判を押す。

うん、そんなことはあたしだってそう思っているんだ。
厨二病のキャラだけで押していた当初とは違い、今は家庭派という
相反した要素をも取り入れて強力な個性を出しているから。

その二つのそれぞれの魅力とギャップとが合わさって
誰でもない「アイドル五更瑠璃」としての存在を際立たせている。

それは本来黒いのが持っていた才能でもあったし
火付け役となった沙織やあたし、そして京介の手助けを受けたとはいえ
黒いの自身が掴み取ったアイドルとしての実力なんだから。

だから今となっては黒いののアイドル活動に心配などない。
そんなことはあたしだって理解しているしこういってはなんだけど
一人前と認めてあげてもいいくらい。

黒いのをアイドルにしようと言い出したあたしからしてみても、ね。

あたしが海外留学から戻ってきたとき、既に付き合っていた
京介と黒いのだったけど、あたしは表面上はそれを認めても
心の中ではどうしても受け入れる事ができなかった。

それを見抜いていた黒いのは、結局あたしの本心を引き出して
京介と向き合えるように半ば強引に京介と別れる事を選んでしまった。

そのときにはそのあまりにも強引な方法に
『彼氏を作る資格なんてない』なんて言ってしまったけれど。
あの時の事への感謝と、黒いのの自身を軽んじる性格を
親友として直せればと思って、沙織に相談を持ちかけた。

ちょうど美咲さんから誘われていたアイドルオーディションを
黒いのに勧めて合格させて。アイドル活動を通して
自分自身に自信をつけさせよう、と二人で目論んだんだけど。

黒いのは思っていたよりすんなりオーディションを受けてくれた。
京介をダシに使ったのがよほど効果的だったんだろう。

そのまま無事にアイドルに合格してからは、いくつか壁に
当たりながらもアイドルとして着実に成功の道を歩んでいる。
それ自体は狙い通りだし、喜ばしいことなんだけど。

「本当、きりりんさんがあんなことを相談してきたときには
  正直どうなることかと思いましたけど。私たちの想像していた以上に
  黒猫さんはアイドルとしての成功を収めましたものね」
「まあ、あいつだって必死に頑張ってことでしょ?
  まったくちょっと煽ってその気にさせただけで
  ここまでやれちゃうんだから、本当黒いのも単純なもんだよねぇ」

でも口から出てしまうのはいつものように憎まれ口。
まったく……どうしてあたしは、自分の本当に大切なものに対しては
素直な気持ちを表すことができないんだろう?

「ですから、きりりんさんの『黒猫さんに自信をつけさせよう』計画も
  着々と実を結んでいるではありませんか。きりりんさんも安心こそすれ
  何も心配する事などないと思っていましたわ」
「うん……まあそうなんだけどねー。
  でもあいつ、やっぱりほっとけないっていうか、どこか危ういっていうか」
「ふふふ、それは確かにそうですけれども。でもきりりんさんが
  今心配しているのは黒猫さんのことだけではないのでしょう?」

ニコニコと笑顔を浮かべながらもあたしの気持ちの核心を
鋭く突いたことを言ってくれる沙織。

「な!?それってどういう……」
「此度の共謀者同士、私にまで隠し事はなしですよ、きりりんさん。
  今回の計画は、黒猫さんのためだけではなく……
  京介さんのためでもあったのでしょう?」

「京介さんを黒猫さんのマネージャーにさせて二人だけの時間を
  作ってあげることで、もう一度互いの事をしっかりと考えて欲しかった。
  そう私は思っていますよ」

私が呆気にとられて二の句が告げずにいるところで
沙織はさらに畳み掛けてきた。いくら図星の事であったとしても
こんなにもはっきりとこの件に関して沙織が指摘してくるのは珍しい。
それがあたしの気持ちの乱れに拍車を掛けた。

「べ、別にそんなことまで考えるほど殊勝じゃないってーの。
  まああの二人が元鞘に収まるっていうならそれでも良いんじゃない?
  そもそもあの二人の問題であってあたしには関係ないことだし」
「あら?きりりんさんは京介さんが彼女を作るのはイヤだ、と
  二人にはっきり告げたと記憶していますわ」
「ぐっ……そ、それは確かにそうなんだけど!
  でもあの二人にとって重要なのは、あたしの気持ちじゃないでしょう!?」

湧き上る苛立ちと、朝からのモヤモヤした気分とが合わさって
あたしは思わず声を荒げてしまった。いけない、こういうところは
悪い癖でいつも直さなきゃって思っているのに。

自己嫌悪まで合わさって言葉を無くしたあたしに
沙織はすっと近づくと、そのままふわりと抱きしめてきた。

「え?ちょ!沙織!?」
「ごめんなさいきりりんさん。ちょっと意地悪でしたわね。
  でもそれでいいのです。二人のことが気になるというのでしたら
  今のように二人にはっきりと伝えればいいのですよ」

先ほどまでの鋭さは既になく、ただ優しく諭すように
沙織はあたしに話しかけてくる。こんなときは身長差もあって
沙織がすごくあたしよりも年上に感じてしまう。

「それに、いえ、きりりんさんは既にわかっているとは思いますが
  あのお二人にとってきりりんさんの気持ちはとても重要なんですよ」

「だからこそ、あの二人に思うところがあるのなら
  余計な気遣いなどしないで正面からぶつかっていくべきなんです。
  あのお二人もそれを心待ちにしているんですから」

沙織の腕に包まれながら優しい言葉を聴いているうちに
あたしの心の中の淀みも少しずつ消え去っていく。

「うん……そんなのあの時からわかってはいるケド……」
「ふふ、なかなか正直に自分を出せない、ですか。
  でもきりりんさんは、私と姉さんの一件の時には
  『妹は全力で兄姉に甘えるものでしょう!?
    遠慮する必要なんてどこにもないんだって。
    だってそれが兄弟姉妹の真理なんだから!』
  なんて言って私を説得してくれたじゃないですか」
「ゔうっ……本当に今日は厳しいね、沙織」
「それはそうでしょう?こんな楽しい日にきりりんさんだけが
  沈んでいたらせっかくのクリスマス会が台無しですもの。
  だから……拙者はきりりん氏にも笑っていてほしいでござるよ?」

もう一度ぎゅっと抱きしめてから沙織はそっとあたしから離れた。
それは悩む時間はもう終わりで。次の一歩を踏み出しなさい
という無言の呼びかけなのだと思った。

「わかった。わかったわよ。だったら今日は精々正直になって
  あの二人を目一杯困らせて笑ってやるんだから!
  二人でいちゃいちゃなんてさせる暇は絶対あげないからね!!」
「はい、それでこそきりりんさんです。
  拙者も及ばずながら会を盛り上げるために助太刀致しましょうぞ!」

まったくどうしてあたしの周りにはこんなにお節介な人ばかりなんだろう。
特別な日に感傷的な気分になって、ちょっとばかり落ち込んでいるのだって
絶対に見逃してくれやしない。

だったら全力でお節介を焼いてもらおうじゃない!
今日のあたしはもう全力全開。煩悩パワーマックスでいくかんね!!
ふひひひ、可愛い妹達を目の前で奪われたあの黒いのは
一体どんな面白い顔を見せてくれるのかな!

燃え上がる『妹小宇宙』が、あたしの心を正直な気持ちで一杯にする。
まあ、ああいってくれた沙織にはちょっと悪いけど
そっちの件は今回は少しどいていてもらおう。

きっとそれも向き合うときが近いうちに必ずくるはず。
あたしにとっても黒いのにとっても、そして京介にとっても。
みんなで胸をはって憂いなく。

だから今日という日は目一杯みんなで楽しんでおく日に決めた。
あたしはクリスマス会の『妹源郷』に激しく思いを馳せるのだった。


  *  *  *
  

「……結局、すっかり遅くなってしまったわね」
「ああ、スタジオ出るときに桐乃に電話をかけたら
  『何チンタラやっているのよ、この愚図!
    こんな日にみんなを待たせるなんてさいっってぇぇぃぃぃぃ!!』
  なんて全力で怒鳴られちまったからな。皆待ちくたびれてるよな」

スタジオから飛ばしてもらったタクシーから降りた後
俺と黒猫は、これから入る俺の家の門の前で
溜息をつきながらしばし佇んだ。

「まあこうしていても埒が明かないわ。覚悟を決めて入りましょう」

ぐっとこぶしを握って気合を入れている黒猫。
生放送の収録が終わった後、時間を惜しんですぐさまタクシーに
飛び乗ってきたので黒猫はメイド服の格好のままだったんだが。

家の前でその格好で気合を入れている様がなんだか無性に
シュールにみえて、おかしいやら可愛いやらでつい笑ってしまった俺を
黒猫がジト目でにらんできた。

「……なによ。あなたの妹様に怒られるのがそんなに楽しいというの?
  まったくシスコンな上にマゾなんて相変わらず救いようがない変態ね、先輩」
「そんなところで笑ったんじゃねえよ!?」
「あら、じゃあ何が可笑しかったというのかしら?」
「いや……まあ……メイド服の黒猫があんまり可愛いから、つい、な?」
「な、ななな何を突然言い出すのよ、あなたは……
  今日だけじゃなくずっとこの格好の私を見ているじゃない」

相変わらずちょっと褒めるだけで途端にキョドり出す黒猫。
アイドルのときにはもうファンの褒め称える声援なんかにも
すっかり慣れているはずなんだが、こうして二人っきりの時には
今も昔も反応が変わらない。

まあ、そんなところがやっぱり可愛いんだけどな。
そう、お前のいうとおり、ずっと見ているからわかるんだよ。
これが親しいものだけに見せる本当の瑠璃の姿なんだって。

「まあいきなり笑って悪かったよ。さあ覚悟を決めたなら行こうぜ?
  鬼の妹様だけじゃなく、天使の妹達やでっかい妹もいるし
  せっかくのクリスマス会も待っているんだからさ」
「何か誤魔化された気もするけれど……まあいいわ。早く行きましょう」

すたすたと歩き出した黒猫を追い越して執事のように玄関の鍵を開けた。
そのまま黒猫を招き入れてから鍵を掛けなおしている間に
黒猫はメイド服に合わせたシンプルな黒い布地の靴を脱いで
廊下にあがっていた。

「場所はリビングでいいのよね?」
「ああ、親父たちは部屋に籠ってもらっているから遠慮はいらないぞ。
  今頃黒猫の御馳走を二人して楽しんでいるだろうしな」

そして自分はわざとゆっくりと靴を脱ぐ。
黒猫は少し躊躇ったようだけど、こちらが時間がかかっているとみて
すぐに先にいっているわね、と声を残してリビングに向かった。

さて、中の準備は万全だろうな?妹様よ。

自分もそれに加わらなければともう片方の靴は
急いで脱ぎ棄てると、慌てて黒猫の後を追いかけた。


「「「「メリークリスマス、そしてアイドル活動お疲れ様!!
黒いの(黒猫さん、ルリ姉、姉さま)!!」」」」

リビングのドアを黒猫が開けた瞬間、炸裂するクラッカーの音と
共に四者四様の声が黒猫に掛けられた。

「……え、ええ?」

おそらく開口一番、桐乃に罵声を浴びせられるのを
覚悟していたであろう黒猫は、想像と現実の落差に言葉を失っていた。

「ほら、なにをぼーっとつったってんのよ。
  今日の主役が来るのをみんな待ってたんだから早く席につきなさいよ」
「黒猫さん、生放送お疲れ様でした。みんなでさっきまで
  ずっと黒猫さんのご活躍をテレビで見せてもらっていましたよ」
「ほらほら、ルリ姉。今日の料理もすっごく美味しく出来てるから
  早く一緒に食べようよ!今度はテレビでやってたのもお願いね!」
「姉さま、今日の『やみのしょうぞく』。
  テレビの中でもここでもとってもおにあいです!」

さらに四人は次々と黒猫に労いの、親愛の、歓迎の言葉を上げる。

「メリークリスマス、黒猫。ほら、早く入ろうぜ?」

相変わらず事態についていけずに硬直したままの黒猫を後ろから促す。

「……先輩、あなたもこれを知っていて……?」

あまりに平然とした俺の態度に、ことの状況を察した黒猫が
恨みがましい目と声を向けてくる。まあ黙ってて悪かったけどな?

「まあな。ほら、みんな黒猫の今日までのアイドル活動を
  労ってくれているんだからさ。今をときめく
  家庭派厨二アイドルとして皆の気持ちを受け取ってくれよ」

でもまあ、これもパーティにはつきもののサプライズイベントだよ。
黒猫の非難はしれっと流して、改めて皆の輪に加わるように
そっと背中を押した。

「……ふ、ふふふ。まさかこんな不意打ちを用意していたとは……
  私の『真紅の神眼』を持ってしても見抜けなかったわ。
  でもいいでしょう。それほど私の『栄光の虹路』を
  讃えたいというのなら……皆の思うがまま称賛の祝詞を吟じなさい!」

お得意の荒らぶる堕天聖のポーズを決めながら
やはりいつものようにドヤ顔を皆に向ける黒猫。
それは確かに厨二病な黒猫のいつもの応対なんだけどさ。

ここにいる俺たちはみんな知っているんだぜ。
それが不器用な黒猫が、恥ずかしさや素直な気持ちを覆い隠して
自分を奮い立たせるための『仮面』だってことを。
あのどや顔の裏には皆への感謝と感激が隠されていることを。

そしてそんな黒猫がここにいる皆、大好きだってことも、な。

もうじれったい、とばかりに桐乃に引っ張られて
無理やり席に付かされた黒猫に、沙織が、日向ちゃんが、珠希ちゃんが
次々と労いの言葉と乾杯のグラスを合わせている。

「本当にお疲れ様、黒猫!これからも頑張ろうな!」

自分も遅れじと、ノンアルコールのシャンパンが
入ったグラスを持って、その輪の中に加わっていった。

「ええ、皆にこんなにも応援されているんだから」

珍しく満面の笑みで黒猫は俺に、そして皆に応えてくれた。
優しく、柔らかく、お姉さんの包容力と親友への慇懃さを込めて。

それは黒猫のファンが待望して止まないもの。
SNSの写真リクエストでぶっちぎりトップの貴重なもの。
家族や親しいものだけに向けられる、瑠璃の本当の笑顔。

だけどファンには申し訳ないけど、この顔は皆に見せてやることができない。
だって、黒猫のいい表情を撮ることが生きがいになってきた俺ですら。
すっかりこの笑顔に魅了されてしまって、カメラを取り出すことすら
忘れてしまっていたんだから、な。

だからこの笑顔を常に黒猫が浮かべられるようになるその日まで。
待っていてくれよ、『闇の眷属』諸君。


  *  *  *


「さて、そろそろかしら……ね?」

日付も変わってクリスマス会の後片付けもすっかり終わった後
私と先輩、桐乃と沙織はいまだリビングで取りとめもない
おしゃべりに興じていた。

日向と珠希はお風呂を借りた後、客間に引いてもらった布団の中で
もうぐっすり眠ったころでしょう。二人とも今日のクリスマス会で
ずっと楽しそうにはしゃいでいたので、きっとクタクタでしょうしね。

それに……どこぞの妹萌えの変態の暴走から逃れるために
心身ともに疲れ果てたことでしょうし……

それでも日向はともかく珠希だって、まるで鬼ごっこで
遊んでいるかのように楽しそうに桐乃から逃げ回っていたから
それはそれでよしとしましょうか。

まあその分、私と先輩の負担は生半可ではなかったけれども。
珍しく沙織まで一緒になって桐乃を煽るものだから
今日の暴走度はもはや『災害級』『ヒューマノイドタイフーン』と
いっても差し支えはなかったわね……

まったく今日は改めて朝から晩まで目の回るような忙しさで
いかな『夜魔の女王』たる私でも『此方の世界』の仮初の肉体では
もう限界を通り越していたのだけれども。

まだ今日の最後のイベントが残っているからには
もうひと頑張りする必要があるのよね。

「お、そうだな。そろそろ今日のクリスマス会のトリ。
『サンタさん大作戦』を決行するか」
「じゃああたしが二人の靴下回収してくるね!
  ふひひひ、ひなちゃんたまちゃんの寝顔はどんなかなぁ」
「待ちなさい!あなたような危険人物を眠っている二人の
  傍に近づけるわけにはいかないわ!私が持ってくるから
  あなたはおとなしくここで待っていて頂戴」

私は世界レベルの反射神経をもって
桐乃よりも早く立ち上がって桐乃を制する。

「えー、そんなー。ただでさえあんたが有利なのに
  持ってくる間に欲しいものをすり替えるとかなしだかんね?」
「そんな阿漕な真似するわけないでしょう!
  大体うちの妹たちの欲しいプレゼントを皆で当て合う、だなんて
  どうしてこんなことになってしまったのかしらね……」

そもそも今回のクリスマス会の発端は
私がSNSに書きこんだとあるつぶやきが原因だった。

日向や珠希のクリスマスプレゼントを用意しようと考えて
覚書程度に二人の欲しいものを書きだしたり
珠希にもそろそろサンタクロースの真実を告げて
本当に欲しいものを聞き出そうと思っていることを
つぶやいたりしたのだけれども。

桐乃に即座に『小さな女の子の夢を壊すな!』と散々に怒られてしまい。
その後も何度かレスを返しているうちに沙織や先輩も話題に加わってきて。
気がつけばいつの間にか、日向や珠希をクリスマス会に招待して
その夜には皆で思い思いのプレゼントを渡すことになったのだ。

しかも誰が一番プレゼントの望みをかなえられるか、という競争付きで。

ククク、だけどこの件に関してははじめから勝負になどなってはいないわ。
普段から二人にずっと接している私には、二人の欲しいものなど
手に取るようにわかるもの。

でも桐乃に『あんたの狭い了見で二人の本当に欲しいものを
用意できてるとは限らないんじゃない?』なんて言われてしまって。
ちょっとだけ、あくまでちょっとだけ不安になってきたのも事実なのよね。

まあたまには家族以外の人からプレゼントをもらうのも
新鮮で二人にはいい経験になるかもしれないものね。
私にも今後の参考になることでしょうし。

クリスマス会の最後に、日向と珠希に『欲しいもの用紙』を手渡して
二人にサンタからのプレゼントで欲しいものを書いて
靴下に入れておくように、と伝えておいたのだけれど。

日向はもうサンタの真実などわかっているのだから
ある意味茶番ではある。でも、さすがに珠希の前では空気を読んで
一緒に喜ぶ様を見せてくれていた。

あの娘もお姉さんとして妹のことを考えてくれていると嬉しく思うわ。
まあでも本心のところは、これで欲しいものが手に入ると
内心ほくそ笑んでいそうだけれどもね。


なおも食い下がろうとする桐乃の相手を先輩に任せて
私は一人リビングを出て客間に向かった。
既に何度もお邪魔して勝手知ったる高坂邸。
自身が客間で泊まった事もあるので暗闇の中も問題はないわ。
まあもともと『暗視能力』を持つ私には例え見知らぬ場所でも
なんということはないのだけれども。

静かにドアを開き、客間にするりと入っていく。
カーテン越しに届く月明かりでぼんやりと照らし出された部屋の中は
想像していたよりも簡単に行動できた。

枕もとに近づくと、案の定、二人は静かな寝息を立てながら
ぐっすりと眠っているようだった。柔らかな光の中で
二人とも文字通り天使のような寝顔を見せていた。

ふふっ、今日は本当にありがとうね、日向。珠希。

この世でたった3人の掛け替えのない姉妹。同じ魂を共有した大切な血族。
あなた達がいるから私はどんな辛いときでも頑張ってこれたのよ。

今日の出来事を思い返しながらしばし二人の寝顔に見入ってしまう。
いけない、こんなことでは桐乃のことをどうこういえないわね。
そろそろ自分の役目に戻りましょう。

大抵のプレゼントが入るようにと、通常ではありえないくらい
大きな靴下を二人の枕元から回収すると、そのまま再び
音を立てることなくドアを開閉して客間を後にする。

ふっ、隠形の術など闇の眷属にとっては基本能力よね。
少しばかり靴下の中に入っているだろう『欲しいもの用紙』を
見てみたい衝動に駆られるけれども。さすがにそれはフェアではない。
私は逸る気持を抑えるように、急ぎリビングに戻っていった。

「おかえりなさい、黒猫さん。さて私もどきどきしてきましたわ」

リビングのテーブル上に二つの靴下をおくと
この場を代表して沙織が中に入っている『欲しいもの用紙』を
取り出して貰うことになった。

まずは日向の用紙。私の事前チェックでは『新しい他所いき用の靴』
だったので、ひたすらに『知識の泉』を渡り歩いて
今どきの小学高高学年の女の子が欲しがりそうな靴を調べつくしたわ。

色もあの娘の大好きな暖色系を基調としたものを用意したことだし。
これは問題なく私の勝利は約束されたものね。

周りを見渡すと、桐乃は暖かそうなジャケット。
沙織は可愛らしい手提げバッグ。そして先輩は
3DSのゲームソフトを用意していた。

……確かにどれも日向が欲しいと言っていたものばかりね……
どうやってこの3人はこんな情報を集めたのだろうか。
くっ、どうやらこの勝負、楽には勝たせてくれないようね。

「では開けますよ、はい!」

沙織が二つ折りにされていた用紙を開いてテーブルの上に置いた。
そこに書かれていた日向の欲しいものとは。

『あたし専用の料理道具』

思わず何度も用紙を見返したり裏に他の願いが書かれていないかと
疑ってしまったけれど。どうやらこれが本当に日向の欲しいものらしい。

「そっか……日向ちゃん。あの時のことって」

小学生の欲しいものとしてはおそらく奇抜といえるような内容に
私や桐乃、沙織が揃って困惑していた中、一人先輩だけは
何かを納得して頷いていた。

「ちょっとどういうこと?あんか何か知ってるなら教えなさいよ」

それを見咎めた桐乃が先輩を問いだ出す。
一瞬しまった、といった顔を見せた先輩だけど
慌てたようにその質問に答えを返した。

「いや、き、きっと日向ちゃんは黒猫に触発されて
  これから料理を頑張ろうって思ったってことじゃないのか、これ」
「ん~まあ確かにそうかもしれないケド。あんたなんか隠してない?」
「いやっ!そんなことは断じてないぞ!!」

あからさまに先輩の態度が怪しい感じはするけれど。
それを追求するより早く沙織が私に話しかけてきた。

「よかったですね、黒猫さん」
「……ええ。私のプレゼントは無駄になってしまったようだけれどもね。
  まあ今はさすがに誰も調理道具なんて持ってないだろうから
  実家に戻ってから私が見繕って日向に買ってあげることにするわね」

最近は私のアイドル活動で帰りが遅くなることが多くて
日向が食事の用意をすることも多くなってきたけれど。
日向の料理の腕前は未だ『食材を食べれるようにする』域を脱していない。

とはいえ、遊びたい盛りの日向ばかりに負担をかけられないから
そこをどうにかしようなんて真面目に考えたことはないのよね。
漠然とそのうちに身につけてくれてばいいと考えていたから。

それが日向のほうからしっかりと料理をしたい意思を示してくれるなんて。
先輩だけが知っている『あの時』とやらが少し気にはなるけれど。
日向の気持ちが嬉しくて、つい顔が綻んでしまうのを隠せなかったわ。

「ん、じゃあ今回は引き分けってことで。
  とりあえず皆のプレゼントをひなちゃんの靴下袋に入れておこうよ」

そんな私を見て、桐乃もそれ以上野暮な詮索はやめにしたらしい。

皆のプレゼントを詰め込んで、それこそサンタクロースの持つ
プレゼント袋のように一気に膨らんだ日向用の靴下袋の口を軽く縛ってから
ひとまずテーブルの脇に置いておいた。

次は珠希の番ね。日向は嬉しい誤算で予想を外してしまったけれど。
今回ばかりは私の勝利に疑いようがない。何せテレビを見ている時に
発売されたばかりのメルル人形が欲しいと何度も言っていたのだから。

桐乃はこちらも発売したばかりのメルルステッキ3rdバージョン。
勿論これにも珠希は興味を示していたので侮れないわね。
いえ、よく見ればステッキに変形ギミックが付いている受注生産版!?
ま、まああなたならば持っていても不思議ではないけれど……

沙織はすでに入手困難となっている限定品のメルル変身セット。
く、最近の沙織は目的のためには手段を選ばないわね。
この容赦のなさは香織さんを彷彿させるわ……

そして先輩は……ま、まさかこれは世界に1つしかないはずの
1/5メルルフィギュアEXバージョンだというの!?
つまりは本来これを持っているのは此の世にただ一人なわけで。

……このためだけに加奈子から譲りうけたというの、先輩!?

周りを見渡せば誰もが不敵な笑みを浮かべていた。
くっ、まさかここまで皆が本気になって
この勝負に臨んでくるなんて計算外もいいところだわ。

後から考えれば、既に珠希の欲しいプレゼントを当てるという
当初の目的から大きく離れてしまっていることに皆が気が付かないほど
異様な雰囲気と熱気にその場が包まれていたわね……

「では珠希さんの欲しいものは……これです」

こちらは日向のように二つ折りにしていなかった『欲しいもの用紙』を
沙織は取り出すと、そのままの勢いでテーブルの上に置いた。

皆の視線が一斉に集まりそこに書かれている『欲しいもの』を見る。
それは日向とは違って、作文のように文章になっていた。

『わたしはおにいちゃんがほしいです。
  るりねえさまとおにいちゃんは、すきな人どうしなので、けっこんすれば
  おにいちゃんは、ほんとうのおにいちゃんになってくれるとききました。
  そうなればるりねえさまも、いっぱいいっぱいよろこんでくれます。
  そればかりか、きりのおねえちゃんもおねえちゃんになってくれます。
  だからサンタさんおねがいします。おにいちゃんをわたしにください。
  そしてねえさまやひなたおねえちゃん、さおりおねえちゃんもいっしょに
  いつまでもきょうのような、たのしい日がつづくとうれしいです』

……え?

珠希の『欲しいもの』の内容があまりにも衝撃的で暫く頭が真っ白になった。
ようやく理解が追い付いた時には、私の視線は先輩の方に釘づけになっていた。

先輩もこちらを見ていた。なんとも恥ずかしそうな気まずそうな
苦笑いをその表情に浮かべて。きっと私自身もそんな顔をしているだろう。

先ほどからどうしようもないほど顔の温度が上がっていく。
それでも今度は先輩から目が離せなかった。
珠希の『欲しいもの』の意味するところを考えれば考えるほど
思考がぐるぐる回る気がするのに、その内容は一つに集約する。
その想いが溢れ出て、言葉は無いままに二人の気持ちが交錯していた。

「よかったじゃん、あんたたち。早速明日にでも結婚して見せてあげたら?」

桐乃の言葉にようやくその呪縛が解かれた。
その物言いに、計らずも桐乃をひどく傷つけてしまったのではと
ようやく考えるに至って、途端に心を不安が埋め尽くす。

「桐乃、聞いて頂戴。これは珠希の……」
「ああ、わかってる、わかってるって。そんな慌てた声出さないでよ。
  あたしだって小さい頃はこんな無邪気な願い事の一つくらい持ってたって。
  だから……たまちゃんの『欲しいもの』は本当によくわかるんだ」

桐乃は何かを懐かしむようにとても穏やかな表情を浮かべていた。
桐乃にとってそれはとても大切なことなんだとその表情が物語っていた。

「ふふっ、珠希さんは本当に今日のことを気に入ってくれたのですね。
  そして日向さんもですが、本当に黒猫さんのことが大好きなのですね。
  珠希さんの『欲しいもの』を叶えられる様に、私たちはこれからも
  本当の家族のように仲良く楽しくやっていきたいですわね」

沙織も満足げにそう言ってくれた。

……どうやらみっともないほど醜態を晒しているのは私と先輩だけのようね。
二人とも珠希の目線になって『欲しいもの』を理解してくれているのに
実の姉にしてこの体たらくとはなんとも情けないかぎりだわ……

先ほどまで感じていたそれとは別の恥ずかしさのおかげで
ようやく心も落ち着いてくれた。

「そうね。珠希には明日しっかりといい含めておくとして……
  改めてありがとうと言わせて頂戴、桐乃、沙織、先輩。
  日向や珠希、勿論私もこんなに楽しい時間を過ごせたのは皆のおかげよ」
「へぇーやけに殊勝な態度じゃん。いつもみたいに
  『眷属が女王のために奉仕するのは当然よ』って
  本当は思ってるんじゃないの?」
「きりりんさん、こんな素直にお礼を言っている黒猫さんに
  それは失礼というものですよ?」
「まったくだぜ、ありがたく礼を受けておかなきゃ
  罰があたるってもんだ。こんな黒猫滅多に見られないんだからな?」

皆が声を揃えて一斉に笑い出す。
まったくこんなときくらいと素直にお礼の気持ちを伝えたというのに。
皆が皆、私のことを知りつくしてくれているのも困ったものね。
皆が笑ってくれるおかげで、本心を告げた恥ずかしさも
どこかに飛んで行ってしまうもの。

本当、こんなにも自分のことを理解してくれて。
そこにいるだけで楽しくて嬉しくて安心するような関係を
家族以外に持てるなんて昔の私は考えたこともなかったわ。

だからきっと。きっとこの先にこそ私の望む『理想の世界』があるはず。
珠希の『欲しいもの』をそのまま具現化したようなその世界が。

そしてアイドル活動を通して改めて家族の暖かさを。
親友の大切さを。そして大好きな人の存在を見つめ直した今の私なら。
それを絶対に掴みとってみせるのだから。

皆の笑い声に包まれて、いつしか私も皆と一緒になって笑っていた。
聖なる夜に向けられるあの有名な言葉通りに。

メリークリスマス。私の大切な人たち。

『堕天聖』たるこの身は本来闇からは逃れることはできないけれど。
今日このときくらいは皆のために聖夜を祝うのを許して頂戴ね。

いずれ、今日のような特別な日だけに限らずに。
いつだって幸せに包まれた暖かな未来が待っているのだから。

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