2ch黒猫スレまとめwiki

◆MsHTck9REk

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匿名ユーザー

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桐乃が帰国してしばらくたったとある日曜日、京介たち四人はいつものように高坂家に集っていた。
玄関で顔を合わせてから、桐乃たち三人はずっと話し続けている。
同じ趣味をもつ者同士、通じ合うものがあるのだろうとは思うが、桐乃と自分、あるいは瑠璃と自分が二人だけの時との落差にやや複雑な気分にもなる。
そんなことを考えながら三人の後について階段を上っていくと、京介の部屋の前で立ち止まった瑠璃がこちらに振り返った。

「『きょうちゃん』、今日もあなたの部屋には入れないのね。残念だわ」
あの時の騒動を蒸し返して楽しもう、という腹らしい。
いつもの、こちらをからかってくる時の笑みを浮かべている彼女の様子が、今日は妙にカンに障る。
だったらこちらからも仕掛けてやろうじゃないか、そう思いながら、いかにも『バカップルの男』が言いそうな言葉を返してみる。

「おい『るー』、その呼び方は他の奴の前でするな、って言っただろ?」
「……!?」
一瞬驚いた様子を見せる瑠璃。
しかし、それ以上に強い動揺を見せたのは桐乃だった。

「る、る、るるるるるる、『るー』?」
「キタキツネを呼んでいるのでござるか?」
「違うわよ! 沙織、あんたこの二人がお互いにこんな呼び方してるの知ってたの?」
「さて、拙者も四六時中お二方とご一緒していたわけではないでござるからなあ。お二人の間にどんなことが起こっていたかについては、本人たちでなければわからぬところもありましょうぞ」
「んなっ……!?」
沙織の言葉に目を白黒させる桐乃。
大丈夫かな、と目をやると、「わかっているでござるよ」とでも言いたげな沙織のニヤニヤ顔と目があった。
これなら大事にはならなそうだ、と思う間もなく、瑠璃が『バカップルの女』らしい返しをかけてくる。

「『きょうちゃん』だって、『るー』と呼ぶのは二人きりの時だけにして、と言ったでしょう?」
「ふふふ二人きりの時ぃ?」
動揺しっぱなしの桐乃を横目で見つつ、さも普段どおりの会話をしているような瑠璃の様子に、正直京介は舌を巻く思いだった。
考えてみれば、『黒猫』も瑠璃が意識して演じている人格である、とも言える。
常から演技をしているのだから、『バカップルの女』を演じるのも軽いものなのかもしれない。
不利な勝負をはじめてしまったかな、と後悔するが、それ以上に、こちらの一言一言に反応する妹の百面相を見るのは本当に面白い。
もう少しからかってやるか、と思う余裕さえ出てくる。

「悪い悪い。どうしたら許してくれるかな」
その言葉に瑠璃は少し考える様子を見せてから言葉を返してきた。

「じゃあ、耳を貸して頂戴、『きょうちゃん』」
そのまま言えばいいのに、と一瞬いぶかしく思うが、そうか、とすぐに意図を理解する。
こちらに顔を向けてしまっている瑠璃には、桐乃の表情が十分に見えておらず、視線を変える機会を探していたのだろう。
それなら、と軽くしゃがみ込み、顔をまっすぐ瑠璃の方に寄せる。
こうすれば、耳打ちするためには瑠璃の方が首をひねらなければならなくなる。そうすることで、百面相をもう少しはっきり見ることが出来るだろう。
さらに不満げな表情を強める桐乃と対照的に、瑠璃は満足げな笑みを浮かべながら京介の耳元に口を近づけた。
吐息が頬にかかり、そうでなくても高まっていた動悸がさらに高まる。

「二人きりの時に『るーは可愛い』と言ってくれるのなら、許してあげるわ」
何も、耳打ちの内容まで演技することはないだろう、と思いつつもそう言われることがどこか嬉しい。

「そんなことでいいのか? じゃあ、また今度な」
妹に、自分たちが彼女をからかっていることを悟られてはならない、と思いながらも、どうしても顔が緩んでしまう。
が、その緩んだ表情が、逆に会話にリアリティを与えてしまったらしい。

「いい加減にしろこのバカップル! 何が『きょうちゃん』『るー』よ! あんたたち二人、勝手に部屋でサカってたらいいじゃない! いこ、沙織!」
怒りに満ちた様子でそう言い捨てると、桐乃は沙織の手を引き部屋に入っていく。ドアが乱暴に閉じられ、鍵がかかる音がした。

「仕方ないわね。あの子がおさまるまで、あなたの部屋で休ませてもらうわ」
言いながら、当然のように京介の部屋に入る瑠璃。
京介自身もそれを当然の様子と思いながら、瑠璃の後から部屋に入っていった。

◇ ◇ ◇

いつものように、瑠璃は京介のベッドに腰掛け、京介は椅子に座る。
いつも通りの二人の距離で改めて顔を見合わせ、思わず吹き出す。

「少しやり過ぎたかな?」
「そうかもね。あの女のあんな顔ははじめてだったわ。あなたがもう少し早く耳打ちをさせてくれればもっと楽しめたのに」
「しかし、すっかり怒らせちゃったな……どうしたもんかね?」
「そのうち、沙織がなだめてくれると思うわ。シスコン兄さんには心配でしょうけど」
いつもの『黒猫』がそこにいた。
さっきの演技とはまるで違うな、とややがっかりしていると、その表情を見て取ったのか、瑠璃が言葉をかけてきた。

「ねえ『きょうちゃん』、約束を守ってくれないの?」
「約束って、なんだよ?」
「さっき、二人きりになったら言ってくれる、と約束したでしょう」
まだからかうつもりか、と思うと同時に、それならこちらもとことんやってやろうじゃないか、とイタズラ心が湧いてくる。

「そうだよな、約束はちゃんと守らないとな」
言いながらベッドに登り、座っている瑠璃の後ろに回り込んで腰を下ろす。

「な、何をする気……?」
不安げにこちらを振り返る瑠璃の姿に、内心で勝利の喝采をあげながら両手を瑠璃の肩に伸ばす。
軽く力を込めて引き寄せるだけで、華奢な身体が倒れ込み、京介の胸にすっぽりと収まった。
鼻のすぐ下、長い黒髪から立ち上る甘い香りに頭がくらくらする。
ここで退いてしまってはなんのためにここまでやったのかわからないぞ、と思うのだが、香りに酔ってしまったようだ。
このまま何も言えないのか、と諦めかけた時、口から自然に言葉が漏れた。

「るーはホントに可愛いな」
今、無理に意識しなくても『るー』と呼べたな、どうしたんだろう、と思ったのと、ドアが――ノックも無しに――開けられたのは殆ど同時だった。

「黒いのー、さっきはごめん……!?」
「は、ははは……」
「ち、違うのよ! これは……」
「何やってんのよ、このバカップル! エロップル!! 無恥ップル!!!」
部屋に踏み込んできたと思うと、次の瞬間、机の上に置いてあった本の類を手当たり次第に投げつけてくる桐乃。
まずい、黒猫に当たるぞ、と思った瞬間、身体が勝手に彼女をかばいながら身をよじり、ベッドに伏せていた。
その結果、瑠璃の身体に京介の身体が覆い被さる。

「こ……このっ!! 死ねえっ!!」
その様子がさらに火に油を注ぐこととなったのか、桐乃の怒声がさらに高まる。
身体に物がぶつかるのを感じながら、椅子でも投げつけられたらやばいな、と思った時、様子を察した沙織が部屋に飛び込んできた。

「き、きりりん氏! 少々落ち着くでござるよ! お二方、ここは拙者に任せてしばしお逃げ下され!」
「放せ沙織ー!! この二人、死なん程度に殺すー!!」
沙織が桐乃を羽交い締めにしてくれている間に、二人は家を飛び出さざるを得なかった。

◇ ◇ ◇

別に走る必要はなかったはずだが、あの剣幕を考えるとついつい足が逃げてしまう。
気がつくと二人は、息を切らしながら近くの公園に走り込んでいた。

「ハァッ、ハアッ……」
「ハァハァ……先輩、手を放してくれないかしら?」
「え? ……ええっ?」
そう言われてはじめて、自分が瑠璃の手を引いていたことに気付き、慌てて手を放す。

「わ、悪かったな」
「全くよ……誰かに見られでもしたら、どうするつもりだったの?」
互いの顔が赤いのはきっと、走ったせいだけではないだろう。

「……そ、それにしても、今日は参ったぜ。黒猫、あんなことは今回限りにしてくれよな」
「乗ってきたのはあなたの方でしょう?」
「まあ、そりゃそうだけどよ……」
確かに、それを言われると返す言葉もない。

「じゃあ、私はこのまま帰らせてもらうわ」
「戻らないのか?」
「今の桐乃と、わざわざ顔を合わせるほど愚かではないつもりよ」
「そうか。じゃあまた明日、学校でな」
「ええ。……あなたが生きて明日の朝日を拝むことができたなら、ね」
「うっ……」

沙織がいてくれるとは言え、あの状態の桐乃が待つ家に帰らなくてはならないことを思いだし、京介の気持ちは限りなく重くなる。
今から、桐乃のいない自宅に帰ることの出来る瑠璃のことが本当に羨ましかった。

◇ ◇ ◇

家への帰路、瑠璃は今日のことを思い返していた。
いつものように彼を、あの子をからかうだけのつもりだった。
予想外の彼の言葉に少しは驚いたが、それでもからかう対象が一人に絞られただけのはずだった。
だが、ふざけたあだ名で互いを呼び合うのは、あの子の表情を楽しむことと同じくらいに楽しかった。
抱き寄せてくれた。
『可愛い』と言ってくれた。
そして、逆上したあの子から自分を守ってくれた。

「きょうちゃん……」
そっと呟いてみる。
それだけで心のどこかが温かくなる。
彼を自然にそう呼べる一人の女性を、心底羨ましく思った。

◇ ◇ ◇

翌日の放課後、いつものように二人は部室へと向かっていた。

「どうやら生きていられたようね。まあ、何があったかは聞かないでおいてあげるわ。だいたい想像もつくし」
顔に強烈に残る傷跡と絆創膏が、昨日、京介の身に何が起こったかを雄弁に物語っている。

「……ま、おおかた当たってるだろうよ」
後はお袋にこうされたらコンプリートだな、とやけくそのように考える。
沙織の取りなしがなかったとしたらどんな恐ろしいことになっていたか、考えたくもない。

「昨日も言ったけど、もう二度とあんなことは無しにしてくれよ。頼むぜ」
「そうね。私のせいであの子が殺人を犯した、なんてことになったらさすがに寝覚めが悪いでしょうし……」
「なんか、俺のことは全然心配されてないみたいなんだけど?」
「……二人きりの時だけにしておくわ」
「えっ?」
「それじゃきょうちゃん、先に行っているわね」
言うなり身を翻し、駆けていく瑠璃。
その背中を見送りながら、結局、してやられたかと京介は苦笑いする。
背中を向けた瑠璃が、いつもとは違った表情をしながら駆けていることに気付くことなく。

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