歌琴みらい(かこと-)
- 性別:女
- 胸:普通
- 学年:2年
- 所持武器:マイク
- 出身校:妃芽薗 評価点数500
- 固有技能:普通
- 攻撃力:2 防御力:2 体力:9 精神力:3 FS「アイドル」:14
特殊能力『疾風賢者(カラミティダンス)』 発動率:85% 成功率:100%
【メイン効果】
効果:バステ「疾風賢者(カラミティダンス)」付与
対象:同マス敵一人
時間:1ターン
タイプ:付与型
スタイル:アクティヴ
制約:男性のみ
制約:DPで負けているときのみ
制約:永続行動不能
【バステ内容】
効果:体力半減
対象:周囲2マス内一人
時間:一瞬
タイプ:瞬間型
スタイル:カウンター
カウンター条件:範囲内での味方キャラクターの行動終了
カウンター対象:条件を満たしていないキャラも含む
待受け範囲:同マス
待受け時間:1ターン
待受け回数:無限
タイミング:後手
<補足>
同マス敵男性一人に、1ターンの間カウンター状態を付与する能力です。
カウンターの内容は、味方(術者から見て逆の陣営)が同マスで行動終了すると、
周囲2マス内にいる味方一名(術者から見て逆の陣営)の体力が半減します。
待ち受け時間1ターン、待ち受け回数無限。
術者から見て敵陣営のフェイズにカウンター条件を満たした場合、
3分間の思考時間を設けるので、誰をカウンター効果の対象にするか術者から見て敵陣営の方で決定してください。
<能力原理>
その場で彼女のファースト・シングル『疾風賢者(カラミティダンス)』を披露する。
幼さを残した美貌と、可愛らしい歌声――そして、それとは正反対の過激な衣装と、淫らな歌詞、舞踏。
相反する二つは、しかして相乗的に引き立て合い、聴衆の中の一人の少年に集中的に注がれる挑発的な目線を以って、その魔性を顕現する。
あどけない少女の淫靡な視線は少年を蠱惑の罠に突き堕とし、頭の中を少女の痴態の妄想に蕩けさせる。
その結果、少年の前方から誰かが近寄ってくる度、少年にはそれが淫猥に喘ぐ少女の這い寄る姿として認識され、恐るべき早さで彼の熱を迸らせる。
発射された情熱を浴びた者は、熱や臭気がもたらす嫌悪感から体力を減じることとなる。
疾風の如く罪なき少年を賢者たらしめる――故に、『疾風賢者(カラミティダンス)』。
なお、唄い終えた少女は疲労と罪悪感に押しつぶされ、糸が切れた人形のように動かなくなる。
キャラクターの説明
芸能事務所・office69に所属する女子高生アイドル。
中くらいの背丈で童顔。肩にかかる程度のふわっとした髪からは石鹸の匂いが漂う。
齢十六にして己に突出した才能がないことを自覚しており、努力でカバーしようと頑張る健気な子。
去年より清純派アイドルとして売り出し中であったが、あまり捗々しくなかった。
そんな折、地道な営業が実を結んだのか彼女にも転機が訪れ、遂に念願の歌手デビューを果たす。
彼女のこれからの活躍に期待が膨らむばかりである。
歌琴みらい エピソード 「アカルイミライ」
煌めく照明。華やかな衣装。胸躍るメロディと、連動して早鐘を打つ鼓動。
ブラウン管の向こうに広がる、輝かしき世界。
それが、“彼女”の原点だった。
「ねえねえ、みらい! ウチらこれからカラオケ行くんだけど、どう?」
かしましい話声に満ちた、放課後の教室。
椅子に座って帰り支度をしていた少女の背後に声がかけられる。
振り返った美貌は、申し訳なさそうに眉を下げ、口を開く。
「あっ……。ごめん、今日はレッスンがあるんだ……」
「そっかー……。デビューまで日がないし、仕方ないね」
「みらい、歌、すっごいウマいんだもん。久しぶりに聴きたかったんだけどナー」
「うん、本っ当にごめん! また誘って?」
笑顔で頷く友人たちに手を振りながら、少女は教室を出た。
少女の名は、歌琴みらい。
中高一貫の女子校・妃芽薗学園に通いながら、芸能事務所・office69にも所属している、現役女子高生アイドルである。
みらいがアイドルという存在に惹かれたのは、彼女がまだ幼い時である。
テレビで見た、そのアイドルの少女は、まるで満天の星を身に纏ったかの如く輝いていた。
「ママ! わたしも、あんなふうになりたい!」
幸運にも、少女の母親も娘の芸能界入りには賛成していた。
そして二人で父親を説得し、子役として芸能事務所に所属することとなった。
以来、いくつかの事務所を転々としながらも、彼女の夢は不変のまま今に至っている。
寮の最寄りの駅から電車を乗り継ぎ、今日も少女は事務所のビルの前に立つ。
彼女が現在所属している事務所・office69は、最近立ち上げられたばかりの、新進気鋭の芸能事務所である。
所属メンバーは、魔人や触手など一癖も二癖もある者たちばかりであるが、そこに文句はなかった。
――周りがどうであれ、私は私の夢に向かって頑張るだけ!
少女は逸る気持ちを抑えきれぬように元気よくレッスン・ルームの扉を開いた。
「おおっ! 今日は遅れずに来たねー!」
「お、おはようございます、コーチ! 本日も、よろしくお願いします!」
にこやかに笑いながらからかってくるコーチに対し、少女は慌てた様子で腰を直角に曲げてお辞儀をする。
この丁寧過ぎる挨拶は、若きコーチに対する敬意によるものであることは勿論だが、少女の朱に染まった頬と緩む口元を隠すためのものでもあった。
普段男性と交流する機会の乏しかった少女は、献身的に己を指導してくれるこの男性に淡い恋心を抱いていたのだ。
「デビューイベントはいよいよ来週……。ここが正念場だ! びしびし行くから覚悟しろよ!」
「はいっ!」
数時間のレッスンの後、みらいは寮の門限ギリギリで帰宅した。
彼女がアイドルを目指し芸能事務所に所属していることは、妃芽薗学園側も知っており、黙認していた。
自身の夢に共感し、多額の寄付金と共に妃芽薗へ送り出してくれた両親に、彼女が感謝をしない日はなかった。
(見ててね、お父さん、お母さん……。私、絶対すごいアイドルになって見せるから!)
決意を新たに少女は布団に潜りこんだ。
同室の友人も事情は飲みこんでおり、ここ数週はいつもより早く消灯することにしていた。
これまでのレッスンの日々やコーチの暖かな笑顔をまぶたの裏に描きながら、少女は眠りに就いた。
そして夜が明け――今日は、少女のデビューイベントの最終の打ち合わせの日だ。
少女が抜擢されたのは、『office69が贈る、超ド級アイドルデビューイベント!』と名付けられた企画である。
みらいは既に、高校入学と同時に清純派アイドルとして売り出し中ではあったが、何が悪いのか、成果は上がっていなかった。
ゆえに、この企画の存在を知ってからは、血反吐を吐く思いでレッスンに励み、己をアピールし、そしてこのチャンスを掴んだのだった。
(ちっちゃいころに見た、あの華やかな世界……。私も、あの場所へ……!)
打ち合わせの部屋の前で立ち止まり、少女は自身の携帯電話を開く。
『みらい、やったね!』
『歌琴せんぱい、デビューおめでとうございます!』
『お前なら、きっとデビューできると信じてたよ! おめでとう、みらい!!』
友人や後輩、そして愛しのコーチ達からの励ましのメールが、少女に勇気を与える。
不安や緊張は一気に解消し、少女は凪いだ海の如き落ち着きを取り戻した。
そして、元気よく目の前の扉を開き――夢への一歩を踏み出す!
「失礼します!」
開いた扉の向こうには、多数の男性スタッフと、二人の女性がいた。
そのうちの一人には見覚えがあった――今回の企画でデビューするアイドルを全面的にプロデュースする、天才プロデューサー魔人・悪鬼悖屋Sucie、その人である。
悪鬼悖屋Sucieと言えば、今や(いい意味でも悪い意味でも)抜群の知名度を有する国民的触手アイドルグループ・SKS48の生みの親である。
以前は触手業界においてのみ活動していた彼女だったが、最近はそれ以外の分野にも精力的に進出していた。
今回の企画も、そんなSucieの心変わりを渡りに船とばかりに、office69がゴリ押しして実現されたものだった。
ともあれ、同い年ながら芸能界の第一線で活躍する彼女に、みらいは尊敬の念を抱いていた。
みらいはSucieの方へと向き直ると、深々と頭を下げた。
「あの、私、歌琴みらいと申します! よろしくおねがいします!」
この時、みらいはいつもコーチに対してする以上に深くお辞儀をしていたが、それは幸いだったと言えよう。
少女の後頭部に向けられた、Sucieや他のスタッフの不憫そうな視線に、少女は遂に気付くことはなかったのだから。
ややあってSucieは、ゴホン、とわざとらしく咳をし、口を開いた。
「……歌琴みらいさん。非常に言い難いのだけれど――」
「――え?」
憧れの存在から届けられた言葉は、少女の心を折るには十分すぎた。
いつものレッスン教室で、みらいは独り、唄っていた。
その歌声は、涙混じりで、乱暴で、かつてない悲痛さを孕んだ、とてもじゃないが静聴に耐え得るものではなかった。
しかし、少女は唄うことを止めなかった。教室に“彼”が入ってきたことにも気付かぬ程、一心不乱に――
「……みらい、もうやめろ。やめるんだ」
「……っ、コーチぃ」
その声が耳に届いた瞬間、みらいは無意識のうちにコーチの胸に飛び込んでいた。
厚い胸板に頭を押し付け、幼児の如く泣きじゃくる少女を、コーチはいつまでも抱きしめていた。
そしてその日、みらいは――中学時代から校則を破ったことなど一度もなかった少女は、初めての無断外泊をした。
(…………)
――明け方。
幽かなシャワーの音が響くホテルの一室で、ベッドに身体を預けながら、男は昨夜みらいから聞いたことを反芻していた。
曰く、プロジェクトは最初から、Sucieが目をつけた『原石』を華々しくデビューさせるためのものだったという。
曰く、プロジェクトを立ち上げて大々的に宣伝したはいいものの、『原石』の実家が、娘がアイドルの道へ進むことを猛反対していたという。
曰く、もしも『原石』がアイドルになることの許可を最後まで得ることができなかったときのための、『予備』を立てておく必要があったという。
曰く、その『予備』が『私』だった――。
(……ま、そりゃ荒れるわな)
だが――そんなことは、この業界じゃ日常茶飯事だ。その『原石』とやらに勝る魅力がなかった自分が悪い。
ま、芸能界の明るいところしか見えてないあのお嬢様ちゃんにゃ、納得できんかもしれんがな。
男は嗤いながら携帯を手にし、短縮ダイヤルを押す。数度のコールの後、通話が開始される。
「もしもし、俺です、小内(こうち)です。例の話、うまくいくかも知れません」
その後も男は、電話の先にいる者に、軽快な相槌を打ち続ける。
そして通話が終了するとほぼ同時に、タオルを身体に巻きつけただけの姿で、歌琴みらいがバスルームから出てきた。
目が合うと、顔を赤くして視線をそらす――そんな反応が可愛くて、男は目を細める。
「あの、コーチ……じゃなくて、幸一(こういち)さん……。えへへ、まだなんか照れますね……」
みらいは昨日よりはだいぶ元気を取り戻しているようだった。
それは、想い人と一つになれた喜びからか、はたまたベッドの上で号泣と共に不満をぶちまけた解放感からか。
「焦る必要なんてないさ。それより、みらい……。お前に、いい話がある」
コーチこと小内幸一は、日ごろ少女に見せるものと全く変わらぬ爽やかな笑顔で、話を持ちかける。
少女はベッドの上で胡坐をかいている小内の横へ行き、疑問符を浮かべた表情で小首を傾げる。
そんな少女の肩をぐっと抱き寄せ、額に軽く口づけすると、男は言葉を発した。
「実はな――」
数日後、みらいは事務所のビルの一室にいた。
あれからこっそり寮に戻ったみらいは、友人たちがうまく口裏を合わせてくれたおかげで無断外泊が学校にばれてないことを知る。
少女は友人たちに、学校側に黙っていてくれたことを感謝し、期待に応えられなかったことを謝り、そして、一つのグッド・ニュースを伝えた。
「元々の企画からは落っこっちゃったけど、その代わり、別の企画でデビューできるかもだって!」
小内コーチより告げられたのは、Sucieではなく、office69お抱えのプロデューサーが進めている企画の話だった。
その企画では、イメージに合うアイドルを丁度探しており、小内コーチがみらいを推薦したところ、「見てみよう」となったのだという。
みらいからの報せを聞いて、友人たちはみな自分のことのように喜んだ。
「すっごいじゃん! 彼氏とデビュー、両方ゲットしたんだね!!」
喜色満面で話す友人たちに、みらいは驚きを隠せなかった。
「えっ、か、彼氏って――な、なんで知ってるの!?」
赤面し慌てるみらいに、友人たちはビックリした表情を見せた後、にんまりと笑った。
「……。お泊まりなんかしてきたもんだから、もしかして、ってカマかけてみたら……へえ~~!」
「も、もぉー! みんなヒドイよぉー!!」
けらけらと笑いながら逃げる友人たちを、笑顔で追いかけるみらい。
楽しげに騒ぐ少女は、もうすっかり吹っ切れたように見えた。
さて、話はビルの一室へと戻る。
少女の眼前には、二人の男性がいた。
一人は、彼女をここへと導いた、小内幸一。すると、もう一人――にこやかに笑っている初老の男性が、この企画を推進しているプロデューサー氏であろう。
「あのっ……この度は、プロジェクトに抜擢いただきありがとうございます!」
例の如く、深くお辞儀をするみらい。
その様子を見て、プロデューサー氏は満足気に頷く。
「うむ。聞いた通りの良い子のようだな」
「ええ、それはもう♪」
小内の言葉がくすぐったい。
思わず緩む口元をなんとか引き締め、みらいは顔を上げた。
と同時に、小内が出口に向かって歩き出した。
「俺に出来るのはここまでだ。だが、お前なら絶対にイケる! 自分を信じろ、みらい!」
「――はいっ!」
爽やかな笑みを残し、小内は退室した。
励ましの言葉が嬉しかったのは事実だが、居なくなってしまうと寂しいのもまた事実。
気持ちしょんぼりとした少女に、プロデューサー氏が話しかける。
「そろそろ良いかね?」
「あっ――ごめんなさい、お待たせしました! ええと、う、唄ってみたりした方がよろしいでしょうか!?」
みらいの若干取り乱しながらの発言に、プロデューサー氏は笑って答える。
「はは、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。君のデビューは、もう、ほぼ確定しているからね」
「え、そうなんですか?」
プロデューサー氏の思わぬ言葉に面食らうみらいだったが、デビュー確定は悪い話では決してない。
きっと、小内コーチが一生懸命売り込んでくれたのだろう――少女は一人で納得し、ほんのりと顔を赤らめた。
「だが、一つだけ条件がある」
「じ、条件、ですか?」
『条件』。
全く想定していなかった言葉に、みらいは一瞬戸惑う。
「なに、それほど難しいことじゃない。……そうだ、先にこっちを見てもらうことにしよう」
と言って、プロデューサー氏は机の中を探り始める。
そして手を動かしながら、言葉もまた紡がれ続ける。
「今回プロデュースさせてもらうにあたって、君のアイドルとしての路線を変更させてもらおうと思ってるんだ」
「ろ、路線変更……ですか?」
これまでみらいは、清純派アイドルとして活動していた。
そのジャンルも自分としては悪くないと思ってはいた。
だが、事実として芽は出なかったわけだし、今までにも「思い切って路線を変えてみるのも一つの手ではないだろうか」と考えたことがないわけではなかった。
「……そうですね。いい機会ですし、やりましょう! 路線変更!」
「おお! 君ならそう言ってくれると信じていたよ! ――っと、ちょうど見つかったよ。これだ」
嬉しそうに嗤いながら、プロデューサー氏は探していた物――クリップ止めされた紙束を手渡した。
みらいは期待に胸を高鳴らせながら、ペラペラと資料を捲ってゆく。
しかし、漫画を読む子どもの如き軽快さで動いていた手は、すぐに止まってしまった。
彼女自身も、信じられないものを見るような表情で手元の資料を見つめている。
「あの……これって……」
「お気に召してくれたかね? なかなかイケると思うのだよ――『元清純派アイドル、淫靡なる転身!』、とね」
少女のか弱い手で握りしめられた資料には、彼女のコスチュームの画が載っていた。
水着以上・全裸未満といった具合の露出度を誇るそれは、容易にみらいの精神の安定を奪った。
プロデューサー氏は、僅かに震えながら自らの新しい衣装に釘づけになっているみらいに、言葉を続ける。
「そうそう、『条件』の話だったね。いや、ね、君、こういうのの経験値、少なそうだからさ――単刀直入に、僕と寝てほしいんだ」
「 !! 」
ここで、世界の悪意に疎いみらいも、漸く気付いた。
ああ、これが! これこそが、俗に『枕』と呼ばれる――!
「いっ、いやああああああああああああああああ!!」
刹那、みらいは走り出していた。
出口に向かって。我を忘れ。縋りつくようにドアノブに手をかけた――
――だが、開かない!
「なんで?!開かないなんで?!」
「おいおい、逃げるなんてつれないじゃないか。君にとっても悪い話じゃないと思うんだがね」
「た、助けてっ! 助けて、幸一さん!!」
夢中で扉を叩きながら、愛しの男の名を叫ぶみらい。
だが、得てして現実とは残酷なものである。
彼女の悲鳴に答える者は、“いてしまった”のだ。
『そんな大声出さなくても、ちゃんといるよ』
「! こ、幸一さんっ!」
扉のすぐ向こうから聞こえた声は、紛れもなく小内幸一のものだった。
それを救いの手と認識したみらいは、いつの間にやら目尻に浮かんでいた涙を拭い、叫び続ける。
「幸一さん、助けて! 私、ま、枕営業を――」
『うん、知ってる。受ければいいんじゃないかな』
「――えっ」
それは彼女にとって、数日前のものよりも遥かに重い衝撃だった。
愛する人。自分と確かに繋がったはずの人。その人から発せられた、信じがたい一言。
「そんなっ……! そんな言葉って、幸一さん!?」
『だってさ? 躰一つでアイドルデビューできるんなら、安いと思うんだよね、正直。君だって悲願が達成されるわけだし、願ったり叶ったりじゃない?』
「こ……幸一さんは、それでいいの!? 私が、そんなことをしても――」
『構わないよ、ちゃんと『味見』は済ませたし。俺さー、処女以外興味ないんだよね』
「――――っ」
それは、例えるなら、アッパーカット。顎を突き抜け脳を揺さぶるような一撃。
無意識の内にみらいの膝は折れ、ノブにかかっていた手も滑り落ちた。
そして、壊れかけた心へも、追い撃ちが続く。
『まあ、気持ちは分かるよ。気安く躰を許したくない乙女心ってヤツ? でもさー、これは乗るに値する千載一遇のチャンスだと思うんだよね』
「…………」
『考えてもみなよ。君はこれまで、十年もの間、様々な事務所を渡り歩きながらアイドルの道を目指してきたさ。で、その成果は……言わなくても分かるね』
「…………」
『歌に関してはさ、悪くないレベルだと思ってるし、顔も全然及第点だ。じゃあ何故うまく行かないのかって、正直さ、「向いてない」としか思えないんだよね』
「…………」
『そんなアイドル適正皆無の君を、あろうことか拾ってくれるってさあ! この話を蹴って、君、まだアイドルになれる可能性が残ってるだなんて、本気で思ってるの?』
「…………」
『それに、今の君にとって、アイドルになる動機は「憧れ」だけじゃないでしょ? 喘ぎと嗚咽にまみれながら叫んでたじゃんか――「絶対に許さない」って!』
「……埴井、葦菜」
小内の言葉に導かれるように、みらいの脳内で、ある光景がリフレインする。
それは数日前のこと。苦汁をなめさせられたイベント打ち合わせの場で、Sucieの隣に立っていた、あの女。
道を閉ざされた絶望に青ざめていたみらいに向かって、彼女はこう言った。
『えっと……。あたし、別にアイドルとかやりたくないし、譲ってもあげてもいいわよ』
それは、確かに悪意なき発言ではあった。
だが、「アイドル」という夢に捧げたみらいの人生を、丸ごと否定する言葉であったことも確かだった。
聞けばその――埴井葦菜という少女は、Sucie自身が実家に何度も足を運んでアイドルの道に進むことの許可を貰おうとしたほどの『原石』であるという。
アイドルを厭う『原石』と、アイドルになるために全てを捨ててきた『石ころ』。
みらいが、己の人生を肯定するためには、葦菜を否定することの他に道はなかった。
ベッドの上で小内に突かれながら、泣き叫んだ言葉を思い出す。
「あ、あの女……絶対、許さない! アイドルになって、同じ舞台に上がって、そのうえで、追い落としてやる――!」
『そうそう♪ そのために君がすべきことは、折角のチャンスを棒に振って部屋を出ることかい?』
みらいの心は、修復された。
ただし、零れた破片を繋ぎ合わせてできたそれは、かつての彼女の心とは似ても似つかぬ歪な形となっていた。
少女は振り返った。目の前には、口を挟まず律儀に待っていた、初老の男。
「心は決まったかね?」
「……ええ」
言いながら、みらいは制服のリボンを解いた。
そして、纏いし衣服を次々と脱いでゆく。スカートが、ブラウスが、純白の下着が、ビルの床で密やかに重なり合う。
やがて生まれたままの姿となった少女は、すっかりズボンを押し上げる程になった男性に向かって告げる。
「乗るわ。私を……アイドルに、して」
「ねえねえ! 久しぶりにカラオケ行かない? 私、奢っちゃうよ~!」
「おお~! みらい太っ腹~! さっすが、アイドルだね!」
「ていうか、今日はレッスンはないの?」
「へーき、へーき! もう、全部“大丈夫”だから♪」
それからさらに数週間が経った。
学校で友人たちと談笑するみらいに、これまでと変わった様子は見受けられなかった。
あくる日の放課後、彼女は早々に学校を出て、事務所に入ってゆく。
「朗報だ。デビューイベントの日取りが決まった」
その部屋には、あれから幾度躰を重ねたかも定かではない初老の男と、あれからレッスン以外では口も利かなくなった小内幸一の姿があった。
みらいは特に感動した様子もなく口を開く。
「いつ?」
「近々、君の通う妃芽薗学園で大規模な戦いが起こりそうだという話を聞いた。本当かね?」
みらいは記憶を探る。
以前より度々あった、生徒会の役員たちと、番長グループのならず者たちの殺し合い。
最近では希望崎学園の阿呆どもも加わり、より激化しつつあることを妃芽薗の誰もが知っていた。
「……確かに、いつハルマゲドンがあってもおかしくない雰囲気ではあるわ。それが?」
「その戦いを、君のデビューの舞台としよう。ファースト・シングルは既に頭に入っているだろう?」
みらいは曖昧に頷きながら、ちらりと横の小内幸一を見る。
最近分かったことだが、この男も魔人であった。
他人の歌の持つ力を増幅させる魔人能力。それと、みらいの持つ生来の歌唱力を合わせて作られた曲――それが、『疾風賢者(カラミティダンス)』である。
「ハルマゲドンがいつ勃発するかも分かったもんじゃない。衣装は渡しておくから、制服の下に着込み、いつでもお披露目できるようにしとくように」
手渡された衣装、それは、あの日の資料で見たものと瓜二つの過激極まりないものだった。
そして、ここ数週間、みっちりレッスンを重ねてきた歌詞も舞踏も、どちらも淫らなものだ。
「既に生徒会への根回しは済んでいる。健闘を祈る」
「ええ」
もう後戻りはできない。
僅かに生まれし罪悪感の萌芽から目を背け、少女は窓の外を仰ぎ見る。
曇りがかった空は、今にも大粒の雨を降らしそうであった。
(――お父さん、お母さん。私、とうとうアイドルデビューだよ。
最初に思い描いていた形とは違っちゃったけど、きっと、喜んでくれるよね――?) <終>
最終更新:2011年08月18日 19:37