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番長GSS2



アカシャ攻略戦【20×5=100】


1、


 阿摩羅識あらか(あまらしき-)に連れられて彼女が訪れたのは、都内某所にある、ごくありふれたマンションの一室であった。
 その阿摩羅識あらかは手に箱入りのプリンを提げている。先方への手土産であった。真夏日にも関わらず、それは奇妙にもキンキンに冷えていた。彼女はよく知らなかったが、これは都内どこぞの有名スイーツ店のもので、気が遠くなるほどの行列を乗り越えねば手に入らない逸品らしい。まあ、そんなことはあらかにとっては何の問題でもないのだが。
「あら、いらっしゃい――」
 あらかの鳴らしたインターフォンに応じて、扉から現れたのは一人の少女。年の頃は彼女と同じくらいか。十七か十八。真っ黒に焼けた肌と、赤い目。髪は真っ白で、目の周りには濃いアイシャドウ。この少女のことは既にあらかから聞いている。
 ――意識唯。
 識家の一人でありながら、あのお屋敷でその姿を見ることはない。識家の中のはぐれ者。そして、識家の魔人の中で最も強大な力を持ち、それゆえに最も手に負えない問題児でもある。その意識はあらかの下げている袋に気がつくと、
「あっ、結昨日屋のプリンだ! 気が利くじゃん、ありがとー!」
「うん。そろそろ忘れた頃かと思ってね」
 お土産のプリンをひったくり、早速テーブルに着いてニコニコしながらスプーンを突き刺す。
 しかし、彼女がお屋敷に行くと、末那識千尋をはじめとして敷家はいつもプリンを食べている気がするが、もしかして一族揃ってプリン好きなのだろうか……、などと彼女が思っていると、「キミのもあるよ」とあらかがプリンを差し出してくれた。
 その時に、初めて意識唯は彼女のことを意識したのだろう。
 行儀悪くプリンを頬張りながらも、そちらを見て……、
「あらかさん、そちらの彼女はどなた? 『転校生』?」
「うん、正解。キミを何とか倒せないかと思ってね。連れてきたんだ。紹介するよ」
 だが、彼女はあらかの紹介を遮って――、
「どうも、意識さん。はじめまして。両性院乙女です」
 ぺこりと頭を下げる。
 意識唯は、興味深げに目の前のボーイッシュな少女を見つめ返した。


2、


 それはさておき、スイーツタイムはまだまだ続く。
 テーブルに着いた三人は、それぞれのプリンを味わっていた。
「あらかさん、レモネード欲しい。ホットで」
「はいはい」
 直後、意識の手元には、湯気を立たせたレモネード入りのカップが存在している。この部屋にはクーラーもないのに夏場とは思えぬ程に涼しい。
「乙女ちゃん、キミは?」
「アイスティーもらえますか」
「ミルクとレモンは?」
「ストレートで」
 同様に、両性院乙女の手元にも今やストロー付きのアイスティーが存在していた。御丁寧にコースターまで付いている。これらは阿摩羅識あらかの能力『サールナート』によるものである。
 冷えたアイスティーを啜りながら、両性院乙女は部屋の様子を窺った。
 ……奇妙な部屋である。
 意識唯の、その伝え聞く絶大な力と無茶苦茶な悪評の割には、ごくごく地味なフローリング張りの洋室である。六畳部屋にキッチンが付いただけのシンプルなもの。
 が、なぜか床の間がある。洋室なのに床の間。そして、そこには一本の三叉の槍が――、まるで壺でも飾るかのように架けられていた。意識にはすっかり骨董品扱いされているようであるが、これが、あの秤屋馬紗斗(はかりやまさと)の物だと聞いているから、乙女には感慨深いものがある。"仮面の13人(マスケーラ・サーティーン)"の一人、秤屋馬紗斗には乙女の知己の『転校生』も何人か殺されている。しかし、その秤屋も意識の気まぐれによって討たれた……。それでも意識唯は決して乙女たちの味方でもない……。
 彼女の複雑な表情に気付いているのかいないのか、意識は乙女を見て、
「ね! どうやってこの子であたしを殺す気なの!?」
 と、楽しげに聞いてくる。興味津々といった体である。
 一方、あらかは頭をかきながら、
「いや……、何か手があるという訳ではないんだけどね。来てから考えようかな、と」
「なあんだ」
 意識は呆れたような口ぶりで、オーノゥーなどとふざけながら天を仰ぐ。
「たいへん、たいへん。ゆいちゃんが識家のみんなを裏切って"仮面の13人"になっちゃったから、みんなはなんとかゆいちゃんを殺そうとがんばるけど、ついに万策尽きちゃったのでした」
 そう言って残りのプリンをかきこむと、意識は容器をポイとどこかに投げ捨て、ころんと床に寝転がった。投げ捨てたゴミは既にどこかに消えている。あらかはそんな様子を見て、あははと笑うと、
「あのさあ。前も言ったけど、できればじっとしててくれないかな?」
 いつもどおりの、のんびりした口調で説得らしきものを試みる
「いや、好きなことしてくれてていいんだけどさ、うちの『転校生』をあんまりパンパン殺さないで欲しいんだ」
「やーだ」
 が、相手はまるで子供のようなものである。にべもない。
「ね。なんで、うちの子たちを殺すの?」
「だって、あたし、"仮面の13人"だもーん」
 意識は秤屋の槍を欲しがり、彼を殺した。その後、何故かそのまま"仮面の13人"秤屋馬紗斗として居座ったのである。おそらく大した理由はないのだろう。いつもの彼女の気まぐれだ。
「でも、キミは"仮面の13人"のやつらもパンパン殺してるじゃん?」
「それはいーのよ。悪の組織ってそういうもんでしょ。敵を殺したり、仲間を殺したりするのよ」
「あいつらはいくらでも代わりがいるからいいけど、『転校生』は有限なんだから勘弁して欲しいんだよね」
「『転校生』なんて、あらかさんがいくらでも作ればいいじゃん!」
「千尋ちゃんに負担が掛かるから、それはあんまりやりたくないんだよ」
「そんなの知ーらない」
 意識はそっぽを向いてしまい、あらかを苦笑いを浮かべてこちらに向き直った。
「ま、こんな感じで、今回も説得は失敗に終わったわけだけど」
 さあ、どうしようかね?と、まるで他人事のように呑気に言い放つ。
 そんな彼の姿を見て乙女は今も思うのだが、やっぱり識家の人たちはどこか緊張感に欠けている。スズハラ機関との抗争が激化して以来、既に過半数を超える『転校生』が討たれた。それどころか識家の一人である阿頼耶識そら(
あらやしき-)までが"仮面の13人に"殺されているし、先日、乙女が阿頼耶識ゆまと共に野獣牛兵衛又吉を討ちに行った際は、危うくゆままでが命を落とすところであった。にもかかわらず、あらかにも、彼の弟のぎりかにも、それどころか阿頼耶識ゆまも含めて、彼らからは緊張感というものが未だにさっぱり感じられない。他の魔人と一線を画する能力の持ち主ばかりだから色々と感覚が麻痺しているのだろう。それは目の前の意識唯もきっと同じだ。彼女は他の"仮面の13人"よりもよっぽど『転校生』を殺している。同時に、他の誰より"仮面の13人"を殺しているのも彼女なのだから……。
 ともあれ、考え込んでばかりいても仕方がない。何事も物は試しである。
 両性院乙女はすっくと立ち上がって、
「意識さん――」
「なあに?」
 尋ねてみる。
「ちょっと試しに殺してみてもいいですか」


3、


 勿論、彼女は快諾してくれた。
「別にいいけど。無策じゃダメだと思うよ?」
「分かってますけど、やっぱり自分で体験してみないと理解できないところもあると思うんです。すいませんが、少し付き合って下さい」
「おーけー、おーけー」
 意識はコロコロ寝転んだまま手招きする。近付いた乙女は足下にある彼女の顔を見下ろすと、
「踏んでもいいですか?」
「なんでもいーよー」
 黒のニーソックスの足の裏で、意識唯の顔を踏みつけた。そして、そのまま……、
「乙女ちゃん、ちょっと臭いよー?」
「す、すいません……!」
 体重をかけて、――踏み抜いた。
 無限の攻撃力を持つ両性院乙女に踏み抜かれれば結果は瞭然である。意識の頭蓋はメギメギと音を立てて一瞬きしんだ後、スイカ割りの如くに四散し、辺りに赤い果肉が飛び散った。テーブル上の食べ終えたプリン容器にも真っ赤な液体が飛び込んで、狭い室内には血の匂いが充満する……。
 ――が、次の瞬間には、意識はテーブルに着いて二つ目のプリンを食べていた。このプリンは先程と同じく結昨日屋の銘菓であるが、しかし、阿摩羅識あらかの生み出したものではない。テーブル上に飛散した血飛沫も、室内を満たした臭気も、もちろん頭部を失った意識の死体も転がっていない。おまけに、乙女もまたテーブルに着いており、意識と向かい合い、先程食べ終えたはずのプリンにスプーンを刺していた……。
「おかわり、いるかなと思って」
 両性院乙女は応えずに立ち上がって、
「意識さん、槍を借りてもいいですか?」
「どーぞ、どーぞ」
 はぐはぐとプリンを頬張りながら、意識は応える。
 乙女は秤屋の槍をヒョイと床の間から持ち上げ、意識の頭頂にその先端を合わせた。
「刺しますよ?」
「あいあい」
 乙女が軽く力を入れると、彼女の無限の攻撃力により穂先は易々と意識の頭頂を穿ち、そのまま喉を通って、胸骨をバキバキとへし折りながら貫通していき、尻の辺りまで深々と差し込んでから、――止まった。上からの圧力でカエルのようにへしゃげた意識の顔が前のめりに倒れて、テーブルの上にガツンと打ち付けた瞬間――。
「きゃっはー! 乙女ちゃん、意外とおっきいね!」
「……っ!」
 背後から回された意識の両腕が、乙女の両胸を鷲掴みにしていた。しかも、意識の部屋のベッドの上である。乙女の着ていたYシャツは半ばはだけて、白いブラジャーの上から意識の両手がもみもみと彼女を揉みしだいていた。しかも、これは……、
「ひゃん……! はぁ……っ!」
 意外なまでのテクニシャン! もはや女子同志の戯れの域ではない。明らかにその道の技だ! 意識はぺろぺろと赤い舌を突き出すと、熱い唾液と共に乙女の首筋を這わせた。あまりの快感に乙女の下半身はぶるぶると震えたが、そんな様子を見て意識はクスクス笑うと――、彼女から離れた。
 だが、これは命拾いと言うしかない。今回は意識の可愛いイタズラだから良かったものの、もう少し「可愛げのないイタズラ」を彼女が選んでいたら――。そう、彼女のほんの気まぐれで両性院乙女の命は失われていたことだろう。この遣り取りの間もあらかはまったりと抹茶を啜っていたし、これまでの呑気な雰囲気に乙女もすっかり騙されていたが、意識と対面している間中、自分がずっと生と死の綱渡りにあったことを彼女ははたと気付かされたのである。
「と、いうわけで、キミにも実感してもらえたと思うんだけど」
 阿摩羅識あらかは湯呑みを置いて、
「どうかな? 彼女の『アカシャ』、破れそう?」
 そう、これこそが、いま彼らが意識の下を訪れた理由であった。


4、


 はぐれ識家、意識唯の能力『アカシャ』――。
 簡単に言えば、これは無限に存在する平行世界の中から自らに都合の良い世界を選択する能力である。
 ……だが、この説明は少し端折り過ぎのきらいがある。もう少し詳しく説明する必要があるだろう。
 この世界が魔人末那識千尋(まなしきちひろ)の認識により成立――、つまり、末那識千尋の妄想の産物であることは周知の事実だが(少なくとも識家と彼らに関わった『転校生』たちにとっては周知である)、一般の魔人が末那識千尋の認識を微修正することでその能力を発揮しているのに対し、識家の面々はその末那識千尋に直接アクセスすることにより自らの能力を実現している。つまり、阿摩羅識あらかの『サールナート』はあらゆるモノを自在に存在させる能力であるが、これは彼が末那識千尋に直接アクセスして、「そこにそれがある」という認識を植え付けているに他ならない。彼の手元に「よく冷えた結昨日屋のプリンがある」と千尋に認識させれば、実際に彼の手元にはよく冷えたプリンがある。時代設定を操る阿頼耶識ゆまの『ヴァイシャリー』や登場人物の関係性を操る阿頼耶識そらの『ラージギール』も同様である。より正確に言えば、彼らは末那識千尋が妄想の世界を組み上げる際の、その時に使用される無数のデータを一部改竄する。これは「世界」を千尋の生み出す妄想(妄念)と認識している彼らの特権である……。
 一方、意識唯の『アカシャ』も似た能力ではあるが、彼らとは少しだけ違う。末那識千尋は識家に改竄されたデータを用いて、ほとんど動物的に世界を創るが、とはいえ、同じ材料を扱えば常に同じ世界が一つだけ産まれる訳ではない。幾つかのデータを元に創り上げられる世界は無数に分岐し、彼女の中には無数の世界が存在する。とはいえ、そのほとんどの平行世界は誰にも意識されることなく泡のように消えていく。……と、ここまで言えばお分かりだろう。意識唯の『アカシャ』とは、まさにその泡の如き平行世界の一つを、我々にむりやり"意識させる"能力である。
 だから、「意識唯を殺す」世界が今まさに我々に意識されていても、彼女は殺された後に適当な世界を選択する。それは彼女が「テーブルに着いて次のプリンを食べている」世界だったり、「乙女の背後に回ってレズプレイを仕掛けんとする」世界だったりする。そして、それを我々が意識させられた時、当然ながら彼女は平然として生存し続けている。無論、世界を選択しているのは、いま目の前で頭を潰され、槍に貫かれて死んだ意識唯ではない。それを行使しているのは更に上位世界にある意識唯である。
 というわけで、意識唯は手に負えない。彼女は文字通り「望むことなら何でもできる」。彼女は殺しても死なないし、どんな強者でも彼女なら殺せる。彼女は大金持ちにもなれるし、乞食にもなれる。男にもなれるし、女にもなれる。アルビノにしてガングロという彼女の無茶苦茶な存在も「何でもできる」彼女の戯れの一環に過ぎない。「何でもできる」故に彼女は様々な矛盾を内に抱え込んで自らをデコレートする。もっとも、それが彼女の存在意義だとか、そういった大それたものではない。単なる戯れ。一過性のマイブームに過ぎない……。
「どう? いけそう?」
「そうですね……」
 意識唯の『アカシャ』を前に、両性院乙女は考え込む。事前に『アカシャ』の説明は受けていた。目の前で能力の実演までしてもらった。だから、ここからは彼女の仕事だ……。
 ほとんど何の役にも立たない性転換能力『チンパイ』を使いこなして様々な依頼を解決し、さらには阿頼耶識ゆまと共に"仮面の13人"の一人、丑田牛若丸を倒した――もっとも彼らが倒したのはそのオリジナルである野獣牛兵衛だが――彼女は、その才知を買われて、いま、阿摩羅識あらかと共に秤屋馬紗斗攻略――、事実上の意識唯攻略に臨んでいるのである。敵味方問わず猛威を揮う最危険人物、意識唯を突破できるのは、凶悪な能力を持つ魔人ではなく、むしろ才気溢れる一つの知恵ではないかと思われたからだ。
「がんばれー。がんばれー」
 考え込む乙女の横では、意識唯がふざけた調子で囃し立てている。敵を殺し、仲間を殺し、そして今、同類であるはずの一族から命を狙われている彼女だが、あまりにも突き抜けた脳天気さである。とはいえ、「何でもできる」彼女に常識的感性を期待する方が間違いなのだ。強大な力を持った者が力に溺れて性格が歪む……ということはままあるが、彼女は生まれつきこの力を持っていた。いや、この力を持って存在した、というべきか。ともかく、そんな彼女に通り人並みの倫理観など宿るはずもない。他者の感謝の念も恨みの想いも、すべて彼女には昨日吹いた風のようなものである。何の意味もない。助けてくれと懇願したら味方してくれる時もあるが、ほぼ同じ確率で"助けを乞うたら敵に回る"。説得も、同情も、憐れみも、通用しているようで通用してない。完全なきまぐれ。天災の如きもの。いや、それでいて、「イタズラ」という形で発現する悪意だけはしっかり内に持っているのだから、天災よりも余程タチが悪い。だが、
「意識さん……」
 両性院乙女は不意に顔を上げた。そして、
「一つ確認したいんですが」
「なあに?」
 乙女は、先程の彼女の様子を思い返しながら、尋ねる。
「意識さん。確か、あらかさんからお土産を貰った時、喜んでましたよね?」
「うん。結昨日屋のプリン、美味しかったよ」
 屈託なく彼女は答えた。乙女は重ねて尋ねる。
「でも、それって不思議だと思うんですよ。意識さんは、その気になれば結昨日屋のプリンも簡単に手に入りますよね? あらかさんがプリンを生み出すのと同様に、意識さんは『手元にプリンのある世界』を選ぶだけでいい……」
 そのはずである。あらかにとってプリンを得ることが造作も無いように、彼女にとってもそれは造作もないことのはずだ。となれば、彼女がプリンを供されて喜ぶはずはないが……。
「それはそうなんだけどね」
 意識はまたしても手にプリンを持っている。三つ目だ。「自分が太ってない世界」を選べばダイエットの必要もないからだろう。彼女はそれを一掬いして、口に運びながら、
「でもね。忘れちゃうのよ。他に楽しいこといっぱいあるし。いろいろやってると、何が美味しかったとか忘れちゃうの。だからね、人からの贈り物とか、結構嬉しいんだよ」
 そう言ってにっこり笑った。
 一方、両性院乙女もその言葉に満足したのか、晴れやかな顔で立ち上がった。
「あらかさん。十分です。今日のところは出直しましょう」
「オッ、唯ちゃんを倒す妙案が浮かんだのかい?」
「そんなところです」
 意識が目を輝かせて、「ホント!?」と尋ねてくる。彼女は、自分をなんとかしようと努力する人の姿が大好きなのだ。誰もが徒労に終わるのだけれど、手を変え品を変え挑んでくる挑戦者たちを彼女は何度でも喜んで迎える。……飽きるまでは。
「ねえ、ねえ、次はいつ来るの!?」
「明日にはまた来ますよ」
「じゃあ、今度は乙女ちゃんもお土産持ってきてね! 絶対だよ!」
 自分が"本当に"殺される可能性などまるで考えてもいないのだろう。呑気なものである。
 一方、ドアに手をかけた両性院乙女は振り返って笑顔で答えた。
「ええ。とっておきのお土産を持参しますよ」


5、


 その両性院乙女は約束通り、翌日に意識の部屋を再訪した。
 昨日と違うのは、付き添いの阿摩羅識あらかがいないこと。代わりに一人の女子高生を連れていたこと。
「お土産って、もしかしてその子?」
 出迎えた意識は、目の前の三つ編み眼鏡の少女を値踏みするように見つめた――。
「ま、とりあえず、上がってお茶でも飲んでいってよ」
 意識が部屋の方を指すと、机の上には3つのレモネードが生まれていた。そういう世界を選んだのだろう。昨日、あらかにレモネードを所望したのは彼女の気まぐれだろうか。だが、両性院乙女は彼女の申し出を断って、
「お気遣いありがとうございます。でも、僕はすぐに帰りますので」
「え、そうなの!? ……まあ、いいけど。で、どうやってあたしを倒すの?」
「はい、意識さんには今から彼女と――」
 横にいる少女をちらりと見て、
「レズプレイをしてもらいます」
「ふうん」
 意識はつまらなそうな顔をした。なんだ、そんな手か、と言わんばかりに。恋人をあてがって彼女を懐柔――、さらには操作しようとした者もかつていなかったわけではない。
「言っとくけど、あたし、レズはお手の物だよ? 前にね、妃芽薗って女子高の子たちを全員ね……」
「知っています」
 乙女は意識の言葉を遮った。彼女の手並みは昨日、乙女も味わったばかりである。だが……、
「ま、モノは試しです。とりあえず、やってみて下さい」
「それはいっけど……。あんまり期待外れだったら、この子、殺しちゃうかもよ?」
「それはどうぞご自由に……」
 そう言い残して、両性院乙女はその場を立ち去った。
 ドアが閉まってからすぐに、「ひゃああん!」「うあっ、ひゃ、らめっえ!」など、これまで聞いたこともない程の意識の取り乱した声が聞こえてきたが、そこまでは両性院乙女の思惑通りである。


 ***

「じゃあ、ゆまさん。鏡子さんを一ヶ月前に戻してあげて下さい」
 結局、三つ編み眼鏡の少女――鏡子が、意識唯の部屋から出てきたのはあれから一月後のことであった。
「おっけー」
 ゆまがそう応えた瞬間には既に鏡子の姿はない。時代設定上「一月前の世界」へと彼女は送られたのだろう。これで彼女の空白期間は補償される……。
「しかし、どうやったんだい。乙女ちゃん?」
 阿摩羅識あらかが不思議そうに尋ねてくる。意識唯が他者に影響を与えうる全ての世界から消えたのは今朝のことであった。彼女はいま、ただひとり、真っ暗な世界の中で、殻に閉じ篭るようにひっそりと過ごしている。意識唯の封印に成功したのである。これまで識家にも他の『転校生』たちにもできなかった偉業と言えるが、両性院乙女は平然と答えた。
「簡単なことですよ。意識さんに最高のレズセックスを体験してもらったんです」
「鏡子ちゃんか? 確かに彼女のセックスは宇宙レベルと聞くが、それで唯ちゃんがどうこうできるわけではないだろう?」
 あらかの言うとおり、鏡子の性技は人外の域、――快楽の荒波とでも言うべきものであって、この世のものとは思えぬ快楽をもたらす。そして、それをわずか十分も受ければ人は半日の間ぴくりとも動けなくなるのだ。だが、意識は「自分が疲労していない世界」を選択し続けることにより、ノーリスクで愛撫の快楽のみを享受し続けることが可能となる。だから、鏡子のセックスで意識を行動不能にしたわけではないだろう。
 ――その疑問に答えて、乙女は言う。
「ヒントはあらかさんのお土産にあったんです」
「オレの――? 結昨日屋のプリン??」
「そうです。あの時、意識さんは喜んでましたよね」
 それは昨日も意識本人に確認したところであった。あらかは頷く。
「それに意識さんはこうも言ってましたよね。『忘れちゃうんだ』と。彼女は無数の可能世界から、自分に都合の良い世界を自在に選択できます。しかし、『忘れる』ということは、彼女はその全ての可能世界を認識して、そこから選択しているわけではないということです。もっとも全てを認識なんてしたら意識さんの精神が耐えられないと思いますけど」
「ふむ……」
 そもそも末那識千尋本人ですら自らの妄想世界の全てを認識できているわけではないのだ。
「ですから、意識さんが『選択できる世界』というのは、実際は『彼女が想像できる世界』に限られた話なんです。千尋さんの生み出す世界にはプリンのある世界なんて幾らでもあるのに、意識さんがプリンのことを忘れている限り、『プリンが手元にある世界』を彼女は選択できない」
 ゆえに阿摩羅識あらかのお土産は喜ばれたのである。意識唯は結昨日屋のプリンが美味しいということを忘れていたし、そもそも彼女が初めに「結昨日屋のプリンが美味しい」ことを知ったのも、前にあらかが手土産として持ってきたからである。「美味しいプリン」を知らない意識は、「美味しいプリンが手元にある世界」を認識できない……。
「僕は意識さんに押し倒された時に分かったんです。『彼女は最高のレズセックスを知らない』と……。確かに意識さんのテクニックは大したものでした。僕なんかよりよっぽど巧い。でも、彼女のレズセックスは常識的な範囲で素晴らしかっただけです。鏡子さんの規格外のセックスとは違う……」
 両性院乙女は、まだ彼が男だった頃に受けた鏡子の愛撫を思い出さざるをえない。意識の愛撫を受けた時も下半身が震えたが、しかし、鏡子に胸を揉まれ、首筋を舐められたなら、あの程度で済むはずがない。
「そうか……」
 あらかはポンと手を叩いた。
「じゃあ、唯ちゃんは『最高のレズセックス』を知ったことで……」
「そう。意識さんは『鏡子さんのレズセックスを飛び越えた』。一度鏡子さんの愛撫を知った以上、『この愛撫を超える愛撫のある世界』を選択することは可能です。ここからは推測ですが、彼女は最初は『鏡子さんの愛撫が更に凄まじい』世界を選択したことでしょう。そして、『自分と鏡子さんが疲れていない世界』を選択し続け、無限の体力の下、おさるのように鏡子さんとのレズセックスにのめり込んだと思います。ですが、意識さんは途中で気付いた」
「『最高の自慰を実現する世界』に……」
 あらかは今朝確認した意識の姿を思い出していた。誰もいない真っ暗な世界で、たった一人、股間に手を当て、止めどない愛液と喘ぎ声と共に転げまわっていた彼女の姿を――。
「最高の快楽の最中にあった意識さんは、できるだけ思考を排除して快楽に耽りたいと思ったことでしょう。『何でもできる』彼女にとっては、鏡子さんさえもこの快楽を得るための必須条件ではありません。自らの自慰能力を鏡子さんと同じにまで高めれば良いのですから。他者も、おふとんも、光でさえも、今の意識さんには必要ありません。たった一人で最高のセックスを自給自足できるんですから。だから、鏡子さんが意識さんの世界から追い出されるのも時間の問題と考えていました。いま、意識さんは必要最小限ギリギリの思考だけを残し、残りのリソースの全てを快楽に集中させているはずです」
 両性院乙女はそこでニヤリと笑って、
「このまま彼女には神話になってもらいましょう。宇宙の片隅で永遠の自慰に耽り続ける少女神が一柱いたって構いませんよね?」
「ああ、それはもちろん構わない。ということは、これで――」
「ええ。"仮面の13人"秤屋馬紗斗、攻略です」
 宇宙の片隅でとはいえ、秤屋(意識)自身は健在である。スズハラ機関の欠員補充システム「仮面システム」も機能しない。これで"仮面の13人"も残りあと五名……。
「あ、そうだ」
 乙女は思い出したように付け加えた。
「あらかさん。鏡子さんにはいつかお礼をしてあげて下さいね。まあ、鏡子さんとしては満ち足りたレズセックスを満喫できて満足でしょうけど、僕たちとスズハラ機関の戦いに巻き込んじゃったのも事実なんですから」
「うん、そうだね。一つ借りができたし。僕たち識家にできることなら協力すると、鏡子ちゃんに伝えておいてもらえるかな?」
「ええ、了解しました」
 だが、この時の"識家の借り"が返されるのは、まだまだずっと先の話である。――具体的には八十年強先のおはなし。それは彼女の、実の曾孫に対する愛情として発現されることになる。
「では、次にいきましょうか。そろそろ未来探偵紅蠍に仕掛けた罠が活きる頃でしょうし」
「そうだね、あちらも巧くいってればいいんだけど……」
 二人は意識唯のことは忘れて、『転校生の世界』へと身を隠す――。
 事実、これから先、彼らが意識に煩わされることも、逆に彼らが意識へと接触することも永遠にありえないだろう。


 だが、いまでも宇宙の片隅で、意識唯は永遠の自慰によがり続けているのだ。




   終



『聖靴フォーファルサフブーツの由来」【10点】


昔々ある村に若い男がいました。
その男はとても勇敢で、気前もよく、村の皆に慕われておりました。
ある日村に預言者を名乗る男がやってきました。
預言者は男に言いました。
「今から3年後、北の大地に恐ろしい魔王が現れる。倒せるのはお前しかいないだろう。」
村の皆は笑いました。そんな魔王などがいるわけがないからです。このキチガイ野郎がと口々に罵倒しました。
しかし男は真剣な眼でその話を聞いていました。
「その魔王を倒すにはどうすればいい。」
「この世界には伝説の武具と言われるものがある。聖剣ポクアリ、聖盾アエジス、神の鎧・エイトドラゴン、そして聖靴フォーファルサフブーツ、これらの力を借りなければ魔王は倒せぬだろう。」
「わかった。」
そういうと男はすぐに村を旅立とうとしました。村の皆は止めました。
これほどの男がキチガイのタワゴトを真に受け、貴重な青春の3年を無駄にするなど非常にもったいないことだと思ったからです。
しかし、男は決意を翻すことはありませんでした。村の皆に今までのお礼と挨拶をするとその日のうちに旅立ってしまったのです。

それから3年後と2ヶ月後、村に北の大地に恐ろしい魔王が現れたという噂が流れました。
魔王の力は強大で北の大地の5割は既に滅びてしまっているとのことでした。
あのキチガイの言ったことは本当だったのか。村の皆は愕然としました。
そして3年前に村を旅立った男のことを心配しました。
その3日後、北の大地に現れた魔王がたった一人の勇敢な男によって倒されたという噂が流れてきました。
3年前に旅立った男だ。村の皆はそう確信しました。
さらにその3ヶ月後、約3年と5カ月ぶりに男は村へ帰ってきました。
右手に立派な剣を、左手に美しい盾を、また着ている鎧はとても煌びやかなものでした。
村の皆は宴会を開き口々に男を讃えました。
男も村の皆と久し振りにあえてとても嬉しそうでした。
宴会が盛り上がってくると、村に再び預言者がやってきました。預言者は男に言いました。
「勇者よ。よくぞやってくれた。」
「いえ、あなたがこのことを教えてくれたからだ。」
「そんなことはない。お前が勇敢に闘ったから」
ここまで言って預言者に少し気になることができました。
「ところでこの靴は前にこの村に来た時と同じもののようだが、聖靴フォーファルサフブーツはどうした。」
「探しても見つからなかったから、無しで言ってみた。案外いけた。」
「そ、そうか。」
預言者はなんだか微妙な顔をして帰って行きました。
やがて、男が死ぬと、聖剣ポクアリ、聖盾アエジス、神の鎧・エイトドラゴンは魔王を打ち破った伝説の武具として奉られることになりました。
そして、聖靴フォーファルサフブーツは今でもこの世界のどこに眠っているそうです。
いまはむかしのものがたり。



ε:靴使わねえのかよww

『神足迅美のどうでもいい日常』【5点】


 早朝の町を、迅美はランニングしていた。
 人気のない道路の、車道際を軽く走る。
 全力を出せば新幹線も簡単に追い抜ける彼女だが、街中でそんなことをすれば周囲は瓦礫の山だ。
 自動車の制限速度を魔人に適用すべきかどうかはよくわからないものの、とりあえず標識に示された数字と同じくらいの速度で彼女は走っていた。
 ふと、背後から車の走行音が聞こえてきた。
 聞こえたかと思ったすぐ後には、その車は彼女を追い抜いていく。
 明らかなスピード違反だ。
 迅美は少し走る速度を上げる。それだけで、彼女は車に追いついた。
 車と併走しながら窓を軽くノックする。
「スピード違反はよくない人がいたら危ないですよ」
 親切に注意してあげたのに、運転していた男はまるで化け物を見るような目で迅美を見た。
 アクセルを踏み込んだのだろう。さらに車が加速する。
 追いかけようかと彼女は考えたが、その必要はなかった。
「あ」
 破壊音が薄暗い街に響き、車体が電柱にめり込む。
 無茶な急加速がたたったらしい。
「だから言ったのに」
 通報しようかと思ったが、下手をすると魔人である自分のせいにされかねない。
 ため息をついて、迅美はそのままランニングを続けた。



「うんこと靴と」【3点】


「いいのができた。」
父は私を抱き上げた。
「この靴を勇者が履けば、いつか現れるであろう魔王にも負けはしない。」
父の目は、少年のように輝いていた。その目をみてこれは夢だと気づいた。
これは私が産まれた時の記憶だ。私を生まれた時父は本当に喜んでいた。
自分の為すべきことを完璧以上に為せたそう思っていたのかもしれない。
自慢ではないが、確かに私は凄かった。いや、父の腕が凄かったのか。とにかく、他の靴に比べても圧倒的に高性能だった。
父は死ぬ間際も、俺はお前を作れただけ悔いはない、と言葉をかけれくた。
───でも
───ごめんね、お父さん。
───私は───勇者の役には、立てなかったよ。


「サブちゃーん!」
少女のような声で、目が覚めた。哀しいけど、懐かしい夢だった。覚めてよかったような気もするし、もう少し見ていたかったような気もする。
瞼を開くとそこには茶色い物体があった。うんこだ。それをみて夢から覚めてよかったという気持ちは消えた。
「うんこ、寝ているときに大声を出さないでくれるかな。」
少し憎々しげな声を作ってみた。まぁ、こいつはそれぐらいじゃ応えないんだろうけど。
「えー、だってサブちゃん靴だから寝てるかどうかなんてわかんないよー!」
少しイラッお前なんてうんこだけどな、という言葉を全力で飲み込んだ。
「それと、そのサブちゃんって言うのやめてくれないか。」
「でもフォーちゃんじゃハードゲイっぽくていやだし、ファーちゃんだとファイちゃんとフェイちゃんとかぶっちゃうし。」
「だったら無理に名前を呼ぶ必要はないだろう。」
言外に私に関わるな、と言ったつもりだった。そもそも靴にとってうんこというものは天敵だ。
うんこを踏んだ靴はその瞬間価値が暴落し、ひどいものは寿命が尽きてしまう。
それは聖靴である自分も例外ではない。だから私は、うんこを嫌い、そして恐れている。
私が、父があれほどに思ってくれた私が、うんこのせいで死んだりするのは父に対する冒涜に他ならない。
「そんなこと言わないでよー。あたしとサブちゃんの仲じゃない。」
うんこが何故か嬉しそうな声で言う。表情がわかりづらいから感情は声で判断するしかないのだ。
わかりたいというわけではないのだが、ずっと付きまとわれるせいでわかるようになってしまった。
うんこがずっとしゃべっているので、私も適当に相槌を打っていた。
どれくらい時間がたったのかはわからないが、チャイムがなった。
「あ、もう授業が始まっちゃう!ごめんね、そろそろいくね!」
というとうんこはうんことは思えない早さで移動していった。
毎朝のことだが、あいつが普通に授業を受けているということに違和感を覚える。
皆のように、椅子に座っているのか、それても机に置かれているのか。それもよくわからない。
一つだけ確実にわかるのはクラスメイトが災難である、ということだけだ。
毎朝話し相手にされる私も相当災難ではるけれども。
まぁ、うんこのことばかりを考えていてもしょうがないのでまた眠りについた。
できれば、また夢の中で父に会いたいと願って。