古参陣営最終応援ボーナス:182点


数珠 浅葱(すず-あさぎ)のキャラクター説明

努々 明里(ゆめゆめ-あかり)/海辺の町/剣道の道場主の娘/両親はすでに亡くなっており、祖父と二人で暮らしている。

 浅葱に助けられた少女。はじめは浅葱を気味悪がっていた。
 彼女の祖父、努々 草月は、剣客でもある浅葱の祖父とは、旧知の仲である。


 明里の住む町に来た浅葱であるが、風当たりは冷たく、餓死寸前で駅の前に倒れていた。
 そこにたまたま現れた草月に助けられ、浅葱はしばらく彼の家に身を置くことになる。


 そろそろ、次の町へと発とうと考えていたころ、草月と彼の友人が、この町で現在起こっている異変について話しあっているところに出くわす。
 彼の友人は、浅葱を避けるように、その場から立ち去ってしまう。
「虫の居所が悪かったんだろう」と、その場を取り繕う草月をいぶかしみながらも、浅葱は「そうか」と応え、余計な節介は無用と解釈する。


 しかし、その晩、用事を終えた浅葱が、草月の家に戻ると、家の中から異様な気配を察知する。
 家の中に入った浅葱は、全身をどろどろに溶かされて虫の息となっていた草月を発見する。
 浅葱の目には、全ての気配と性質、またその軌跡が見えており、何がその場であったのかをその瞬間に推理し悟った。
 そっと草月の体に触れてみると、草月の体に付着した草月とは異なる何かの体液は、まだかなりの湿り気を帯びていた。やはりまだそれほど時間は経っていない、と浅葱は瞬時に状況を把握する。

「無理はしなくていい。いったい何があった?」


 そう問う浅葱に対して、ただ、一言、草月は、


「明里を……」


 とそれだけを述べる。草月の言葉を聞き、浅葱はすぐさま階段を駆け上り、明里の部屋へ向かう。
 悠長に考えている時間はない。浅葱はそう判断したのだ。


 明里が浅葱を避けているのは、誰の目にも明らかだった。浅葱が帰ってくるこの時間帯、浅葱と顔を合わせないように、明里はいつも部屋に閉じこもっていた。
 草月は「年頃だから」と、取り繕っていたが、浅葱は単純に余所者を警戒しているのだと感じた。得体のしれないものに対し、警戒心を抱くのは自然なことだ。こちらから無理に近づいて、警戒心を煽る必要もないな、と浅葱は関わらないようにしていた。


 浅葱が二階に上がると、明里の部屋のドアは溶かされ跡形も無く、そこから灯りが漏れていた。浅葱の四眼には、すぐ目の前を「青白い」気配の何かが横切るのが見えた。それを追いかけて、浅葱は明里の部屋へ入った。
 浅葱の四眼が、部屋の中の明里の気配を捉える。


「た、たすけて……!!」


 消え入るような明里の声が、浅葱の耳に入る前に彼は動いていた。
 両手で、脇差に手を添え、抜刀する。それと同時に、何かは、この世のものとは思えない背筋を這うような悲鳴をあげた。


 浅葱は思う。確かに、両断した。その手応えはあった。しかし、何かの気配は、未だにこの空間の中で蠢き、活発に収縮を繰り返している。
 浅葱は、両手に携えた脇差を床に突き刺した。そて、静かに息を吐き、呼吸を落ち着かせる。

 浅葱は、生まれながらに背に痣を持って生まれてきた。血を塗りたくられたようなその痣からは、六つの腕が浮かび上がっている。
 現世の万物には、決して見ることも、触れることもできないそれは、冥府の六道の門を預かる。六腕と浅葱はそれを呼ぶ。


 浅葱が、その両眼を開いた刹那、六腕のうち一本が、浅葱の胸を貫いた。

 浅葱の心臓が、突如として、活動をやめる。浅葱は頭を垂れ、その体は前のめりに倒れこもうとした。しかし、何かに吊るされているかのように、浅葱の体が床と平行となることはなかった。
 何も動かない。部屋にかけられた時計の針さえ進みはしない。全ての時間が止まっていた。その空間は、まるで凍りついたかのように――四眼――に支配されていた。

死。


 絶対的な死が浅葱に満ちていくとともに、彼自身の気配が変わっていった。満ちていく死を糧に脳に巣食う四眼が神経を伸ばし、彼の両眼を侵食していく。浅葱の肉体の内部を破壊しながら根を下ろしていく。浅葱のその髪は老婆のように白く、その瞳は、血のように紅く染まっていく。
 死が浅葱の体を支配したとき、浅葱の体は、四眼によって支配されていた。操られるように再び力を取り戻す浅葱の存在は亡者と化す。それと同時に動きだす時間と空間。


 六腕が彼の胸から抜かれ、浅葱の意識が、再びその肉体の元に帰った時、何かが、「何か」言葉めいたものを発しているのを、浅葱は本能的に理解した。
 しかし、浅葱はそれに耳を貸しはしなかった。それもまた浅葱の本能であった。


 浅葱は、そっとその何かに触れた。

 その瞬間、全てが決した。


 その何かは、吐き出すように、巨大な仮足のようなものを天に伸ばした。そして、その仮足の内部から、一人の少女を吐き出し、さらに中空に捧げた。
 少女は安らかに眠っていた。その神々しささえ抱く光景に、様子を見守っていた明里さえ見とれていた。だが、浅葱は違った。そっと瞳を閉じ、それに背を向ける。その瞬間だった。弾けるようにして、少女の体は破裂し、その肉片を周囲に散らした。
 浅葱はじっとその場に留まり、その光景を背にしたまま表情を変えなかった。


何かと少女の肉片は、ぱちぱちとさらに爆ぜ続け、やがて消えてなくなった。


 明里はその後、静かに意識を失った。
 気づいたとき、浅葱の姿は無かった。明里は病院で目を覚ましたときは、集中治療室で草月が治療を受けており、それ所では無かったのもある。それ以来浅葱に会っていない。
 草月は、なんとか一命を取りとめ、また、道場で剣を奮っている。
 明里の中には、もやもやがあった。彼女は、浅葱にお礼を言いたいと思った。しかし、草月に尋ねても、草月は彼の行く先を知らなかった。


 草月は言う。
「彼は業を背負っている。いや、自らそれを背負いこんでいる」


 明里は草月から浅葱の話を聞く。
 明里は思った。
「それは違うよ」
 そして、もう一度浅葱と会って話がしたかった。しなくちゃいけないと思った。


 それ以来、明里は浅葱を探している。


「この人知りませんか!?」


 きちんと、お礼を言って、そして――。


雪(すすき)/転写体/14歳



 雪は学校で山登りをした帰り道に、青白い球状の物体を拾う。
 それを持ち帰り、しばらく身に着けていると、ある日、その物体は弾け、中から見たことも無い生き物が数匹現れた。
 驚いた雪だが、どこかその生き物のしぐさを愛おしく思い、隠れて育てる。


 しだいに大きくなっていく生き物たち。これ以上は、家族に隠し通すのも難しくなってきたため、雪は球状の物体を発見した山の中に生き物たちを移した。
 しかし、最近の雪の様子に不信感を抱いていた、クラスメイトの男の子(スグル)に後を付けられてしまう。
 その生き物のうち一匹を発見したスグルは、その気味の悪さに悲鳴を上げてしまう。そして、恐怖のあまり、手近な石でその生き物を殴り殺す。
 悲鳴を聞き、駆けつけた雪はその惨状を目撃する。ショックを受けて泣き崩れる雪に、スグルは「あんな生き物、すぐに殺したほうがいい。おまえが無理なら、俺が全部殺してやるよ」と言い残し、その場から立ち去る。


 一頻り泣いた後、生き物たちを探す雪だが、その生き物たちはスグルによってめちゃくちゃな状態であちこちに転がっていた。




 だが、生き物たちは帰ってきた。彼女は喜んだ。
 しかし、スグルとその家族は、奇怪な死を遂げていた。雪はそれを自業自得だと思った。


 それからも、生き物たちは、自ら人を襲うことはなかったが、彼らを山中で見つけた登山者などは、狂ったように執拗に彼らを追いかけ彼らを殺そうとした。
 そして、逆に彼らによって殺された。雪はいい気味だと思った。先に手を出したのはあっちだなんだからと、さらに生き物たちを愛でるようになった。

 だが、ある日、浅葱は町でたまたま彼女を目撃する。
 くすんだその青い気配に違和感を覚える。
 それから数日後、あまりに行方不明者や死者が多いため、青年会で山狩りが行われる。しかし、その晩、青年会は帰って来なかった。
 警察が捜索したところ、山中には青年会と思われる変死体が点々としており、生存者も発見されるが、発狂しておりとても話のできる状態ではなかった。


 浅葱はその話をある少女から聞く。
 少女はたびたび路上で歌う彼のところに来ていた。少女は兄が謎の変死を遂げたことを告げる。
 少女は浅葱が魔人であることに気づいており、あの山に何がいるのか調べてほしいと懇願された(できれば退治してほしいとも)。
 浅葱自身、この町で起こっている怪異に思うところがあったため、それを承諾する。

 山中に入ると、浅葱は何者かに襲撃を受ける。
 見ると、それは死者の気配であったが、青白い何かによって侵食されていた。その気配は山中に散らばっている。


「もう、無理だな」


 浅葱は呟く。
 彼らはこの山中に潜む何かに殺され、さらに、恐らくそれを飼っている何者かの手によって肉体の半分近くを「同化」させられていた。


 浅葱は抜刀し、深く息を吐いた。


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「来るな、人殺し……!」
 手近な石を拾い上げ、雪はそれを投げつけた。
 浅葱は冷たい表情のままそれを避ける。
「なんで、なんで、皆を殺したんだ……! よくも、よくも……!!」
 雪は望む望まざる、知らず知らざるに関わらず、仄暗い魂によって選ばれた存在だった。
「皆? お前の生み出したあれらは、人か?」
 雪は答えに詰まった。
 あの生き物は確かに、人ではない。しかし、雪はあの中に少女の影を見出していた。
「けど、あれは、友達だったんだ……!」
「そうか」
 雪は後ずさる。白い髪に、深紅の瞳、彼女は浅葱という存在に、恐怖を覚えていた。


「お前はもう戻れない。捨て犬を拾ったようなつもりでいたのかもしれないが、あれはそんな生易しいものじゃない。お前の魂は魅入られたに過ぎない……。やがて、あれと同じ化け物に、今度はお前自身が成り果てる」
 雪は浅葱の話を理解していなかった。彼女の目には血に濡れた浅葱の脇差しか映っていない。


「……だから、私を……」


 殺すの?


「……」


 無言。
 長い沈黙の後、浅葱は口を開いた。


「お前は責任を取らなければならない。お前の軽率さによって、この町の住人が犠牲になった。家族を失ったもの、友人を失ったもの、彼らは決してお前を許しはしない」


「けど、それはあっちが……! あっちが、先に手を出したからなんだよ……! そうじゃなかったら、あの子達が、あんな酷いことをするはずがないんだよ……!」


「お前は、あくまでそう信じるのか」


 浅葱は静かに雪へと手を伸ばす。まるで、何かに体を射抜かれているのかのように、雪の体は動かなかった。


『怨むなら、怨め』

 浅葱の深紅の瞳と表情は、雪にそう告げていた。


 ――転写。浅葱はその現象をそう呼ぶ。あれらと心を通わせ、あれらと関わってしまった者に、平穏などありはしない。やがて、彼女も、彼女が犠牲者に施したように、肉体と魂を少しずつ侵食され、書き換えられる。その魂は永劫、穢されたまま、清まることは決してないのだ。ならば、いっそ、その前に。


 雪の頬を涙が伝う。死にたくない。雪は浅葱にそう眼で訴える。しかし、浅葱の掌は、すでに彼女の頭を捉えていた。瞬間、少女は悲鳴を上げた。海老反りに腹を持ち上げ、許しを請うように、浅葱の方へ手を伸ばす。


 肉を裂き、服を引き裂いて、何かが、雪の胎内から顔を出す。仮足のようなものが、雪の腹の裂け目から、天へ向かって伸びていく。
 雪は獣のような、悲鳴を上げながら悶え苦しむ。雪の指先が浅葱の頬に触れた直後、その何かは、突如として爆ぜた。


 雪の意識はそこで途絶えた。
 気づくと、雪はあれらと関わった、一切の記憶を失っていた。
 お腹には、手術の後があった。

「応急措置がよかった」


 と、医者は言っていた。しかし、誰と一緒にいたかなど、雪にはその記憶がなかった。
 ある少年が、山中にいた彼女を、麓まで担いできたらしいが、彼女には心当たりはない。


 雪の母は、目覚めた雪をぎゅっと抱きしめた。雪の父は医者や警察にあれこれと聞いていた。

 何があったんだろう。雪はふとそんなことを思うときがある。しかし、それと同時に「思い出さなくていい」という、そんな声が自然と内から湧くのだった。
 ただ、私を助けてくれた少年。彼については、いつかきちんと思い出せたらいいな、と雪は思っている。

清々那 帰莢(すがたな-きさや)



 少女は虚無を内に抱えていた。少女の名は帰莢と言う。
 浅葱は思う。俺が彼女を殺した。


「俺は業(つみ)を背負っている」


 かつて、浅葱は自らの祖父の友人、草月にそう語った。帰莢と浅葱の間に何があったのか。それを人づてに聞いていた草月は、浅葱のその言葉を聞き、彼の言う「業」を、そのように解釈した。
 草月のほか、浅葱と帰莢の間で起こった出来事を知っているものは、ごく一握りである。


 そもそも、「清々那 帰莢」という存在が、無名の魔人でしかない。それを知っているものがまず少ないのであるから、浅葱と彼女の間で何があったのかなどに、興味を持つこと自体ほとんどないのである。


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「ここ、大丈夫?」
 帰莢は浅葱に問いかける。
 彼は無言で頷く。


 昼下がりの休日、帰莢と浅葱は、ただ静かに軒下から庭を眺めていた。
「道場はいいのか?」
 浅葱は尋ねた。
「今日は、父さんがいるから」
 と、帰莢は微笑む。浅葱は「そうか」と言った。


 帰莢の父親、清々那喜朔は、瞳術の復興者であり、現代瞳術を大成させた存在であった。当然、その娘である帰莢も、その瞳術を叩き込まれ、出稽古で滅多に家にいない父に代わり、道場を預かっていた。
 この時間帯、いつも帰莢は、近所の子ども達に瞳術の稽古をつけてあげていた。


「なら、早く帰った方がいい」
 しばらくの間を置いて浅葱はそう続ける。 
 久しぶりの親子水入らずと言うのに、わざわざ自分と共にいる必要もない。
 浅葱はそう考えた。
 しかし、帰莢は首を振った。
「私は養子だから」
 浅葱はそれ以上言葉を続けなかった。


 帰莢は、幼少の頃、道に置き去りにされていたところを、今は亡き喜朔の夫人に拾われた(その頃は、夫人ではなかったらしいが)。
 帰莢に瞳術の才能を見出したために、喜朔は帰莢を必要とした。しかし、もし、帰莢に才能を見出さなければ……。


 二人は、それ以上互いに言葉を交わさなかった。ただ、静かに時間だけが過ぎていく。


 日が沈んだころ、帰莢はぽつりと言葉を漏らした。 
「バカだね、私。こんなのいつまでも続くはずないのに、ずっと続いたらって思っちゃったよ」
 帰莢は袖で目をさっと擦り、「父さんの夕食作らないといけないから」とその場から立ち去る。
 周囲には人の気配はなく、月明かりだけが浅葱を照らしている。
「……ずっと、か」
 浅葱はそう呟いた。


「お前、何なんだよ」
 見覚えのない少年が、ある日、浅葱の前に現れた。
「何のことだ?」
 こう言ったのは嘘ではない。しかし、少年はむすっとした表情で浅葱を見ている。
「……お前、帰莢の何なんだよ」 
「質問の意図が分からん」
 そう答えると少年は声を上げる。
「お前は帰莢のことが好きなのか!?」
「……考えたこともないな」
「嫌いなのか? それとも……そうなのか?」
「回りくどいな」
 浅葱は押し黙る。このような乱暴な物言いをする以上、こちらから、その意図を汲んで、それに答えてやる必要はない。
 長い沈黙の後、少年はか細い声で言った。
「……帰莢のことが好きなんだよ。あいつを手に入れるのに、お前が邪魔なんだ……」
「……そうか。なら、安心しろ。俺はあいつのことなど、何も思っていない」
 浅葱はそう答えた。事実、浅葱はこの少年が抱くものと同質の感情を、帰莢に抱いてはいなかった。
「本当か!? 本当なんだな?!」
「ああ」
 浅葱はそれだけ告げた。
「なら、今度あいつが来たら、突っ返してくれよ。そしたら、あいつもお前を諦める!」
 浅葱はうんざりした。なぜ、自分がそこまでしなければならない。
「俺はお前の邪魔はしない。後は、お前の力でどうにかしろ」
 浅葱は立ち上がり、部屋の奥へと引っ込んだ。

 翌日、帰莢はいつもと同じように、浅葱の元へとやってきた。
 浅葱はいつもと同じように、軒下にただ、座っていた。
「浅葱くん」
 珍しく帰莢が彼の名を呼んだ。
「あのね、昨日、誰か来たの?」
 そう問う帰莢に対して浅葱は「来たな」とだけ告げた。
「何か言われたの?」
 帰莢はさらに問う。
「多少、言葉を交わしたな。ただそれだけだ」
「私のことについて聞かれた?」
「ああ」
「なんて……答えたの?」
「愚問だな」
 浅葱はそう答えた。
 帰莢はそれ以上、浅葱にこのことを問いはしなかった。
 こんなやり取りがあった後も、帰莢は時間を見つけては、浅葱の元へやってきた。
 二人は一切の会話をしなかったが、不思議と二人の間に流れる空気は優しいものだった。


「お前、この前、何ていった?」
 あのときの少年が再び、浅葱の前に姿を現した。
 浅葱はただ黙っていた。
「おい、言ってみろよ!? てめえ、前、俺に何ていった!?」
「……しつこいな」
 浅葱は呟いた。
「何だって!?」
「俺は何もしていないが? 何か問題があるとすれば、それはお前自身であると俺は思うがな」
 少年は絶叫し、怒りを露にして浅葱に殴りかかった。浅葱はそれをひょいと避けて、腰の脇差を抜く。そして、その切っ先を少年の首元に突きつけた。
「……!!」
 浅葱は無言のまま、動かない。
「お、お前、め、眼が見えないんじゃ……?」
 浅葱は答えなかった。
 そのときだった。
「……何してるの?」
 帰莢だった。
「道場はどうした?」
 浅葱が問う。
「父さんが戻ってきたから。それより……」
「帰莢……!」
 少年が帰莢にどたどたと駆け寄る。浅葱は脇差を鞘に戻した。
「み、み、見てただろう? こいつ、俺に刃物を……!」
「大丈夫、浅葱くん……?」
「え……?」
 少年の脇を通り過ぎ、帰莢が浅葱に駆け寄る。
「大丈夫だ」
 浅葱はそう答える。

「なめやがって……!!」
 浅葱が見ると、少年はまだそこにいた。そして、能力を増大させている。
 何かをしようとしているのは、誰の目にも明らかだった。だが、浅葱は少年の能力を見誤っていた。
「……!!」
 浅葱が危険を察知したとき、少年の右手が帰莢の胸を貫いていた。
 少年は、ぐったりとした帰莢をぐっと抱き寄せ、そっとその髪に鼻をつけた。そして深く息を吸う。
「ずっと、ずっと、見てたんだ。好きだった。触れたかった。一つになりたかった。なのに。お前さえいなければ……」 
 少年は、ぎょろりと浅葱を見る。
「帰莢……!」
 見えなかった。少年の動きを彼は見切ることができなかった。その事実が浅葱を慎重にさせる。何かある。しかし、それ以上に、目の前の帰莢の惨状が彼の思考を鈍らせていた。
「悔しいか? 悔しいよなあ? 俺は、今、帰莢と一つになってるんだ」


「ごふっ……!」


 帰莢がわずかに顔を上げる。


「きみ……、ま、えに、私の、瞳術が見てみたいって言ってた、よね……?」
 帰莢の瞳術――浅葱は、それを知っていた。
「言った! 覚えててくれたんだ!」
 少年は顔を綻ばせる。
「なら、今、見せてあげる……。浅葱くん、君は、どっか言ってて……」
「ハハハ! 浅葱ぃ! だってさぁ!」
 少年は血の臭いに酔っていた。浅葱は拳を握り締め、さっとその場から去った。
 その瞬間、少年の悲鳴と、何かがずたずたに引き裂かれる音が聞こえ、浅葱はすぐに戻った。


「帰莢……」


 少年はすでに肉塊と化していた。
 そして、帰莢の息もすでになく、浅葱はただ膝から崩れ落ちた。


 浅葱は、それ以来、町から町へと放浪する日々を始めた。






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 それが、草月らが知る、浅葱の業であった。

数珠 刹那/浅葱の祖父/名の知れた剣客であり医者



 刹那と旧知の仲であったもので、浅葱のことを知らぬものはいない。
 しかし、刹那に子がいたという話を知っているものは誰もいない。だが、そういうこともあるだろう、とそれを不審に思うものもいなかった。
 なぜなら、刹那は好色家であった。刹那は色男であり、常に女性を側に侍らせていた。
 代わる代わる女を抱き、女の嫉妬を買い、そのために友人の家にずらかりこんでは、昨晩の情事について語り出すのであった。
 とは言っても、刹那は女を暴力で屈させたことは一度もなかった。刹那は一度抱いた女は最後まで目をかけたし、また、言い寄ってくれば誰でも何度でも何晩でも何人でも抱いた。何十年とそんなことを繰り返してきた。
 旧知の仲であった草月など、娘を嫁がせるという時期にあっても。
 それが刹那のすごいところでもあったが。
 しかし、それ以上に、刹那は強かった。刹那の友は、そのあまりの強さに、普段の情けの無い姿を見ても、刹那を見限ることはしなかった。なにせ、剣客であるにもかかわらず、素手でもって郎党何百人を相手に大立ち回りをしたというのだから、本分である刀を持たせれば敵はいなかった。


 そんな訳で、刹那がある日突然、浅葱をという孫を連れて歩くようになっても誰一人不思議に思わなかった。
 むしろ良い傾向だと友人たちは暖かく見守っていた。すでに五十歳
 それに、浅葱は目が見えない。誰かが連れて歩かなければならなかった。


 いつまでも若々しく枯れることのない刹那に対して、浅葱はまるで老人のような気性の子どもであった。
 刹那が連れ出さなければ、一日中庭を眺めているようなこともあった。
 そんなこともあり、刹那の友人たちは妙な節介を焼いて、浅葱に刹那の剣術を覚えさせようとした。  
 しかし、浅葱の剣術はすでに浅葱の剣術として一定のレベルに達していたことと、刹那の「猿真似させんのは趣味じゃねえ」という言葉で、目論見は失敗に終わる。

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「今日はすまねえな」
 刹那は、お猪口に口をつけた。
「ある意味、驚いたよ。まさか、あんたが孫を連れてくるなんてね」
 女性は遠い目で微笑む。
「なぁに、俺も見た目相応、歳を取ったってことさ」
「何を今さら。まだまだ現役のつもりのくせに」
 刹那と、女性は互いに顔を見合わせ笑い合う。
 女性の名はユウナと言う。刹那とは幼馴染であり、五十年来の仲である。
「浅葱。ちょっと向こうの姉ちゃんと遊んでてくれねえかい? このお姉さんとお話があんだよ」
 刹那がそう言うと、浅葱は小さく頷き、控えていた女性と共に、部屋の外へと出た。
「いくらなんでもお姉さんはないだろ。お世辞を言ってもらって喜ぶ歳でもないよ」
「へへ、俺の目にはいまでも、おめえはあの頃のまま変わらねえよ」
「はいはい。で、今日は何のようだい? まさか、本当にあの頃のようにってつもりでもないだろう?」
「まぁ、俺はそれでも構わねえんだけどなぁ」
 ユウナは目を伏せ、寂しそうに笑った。二人の間に沈黙が流れた。
 刹那は気まずそうに頭をかきながら言った。
「ま、おめえとは一番付き合いが長えからな、挨拶くらいと思ってよ」
「挨拶?」
 ユウナは怪訝な顔をする。
「そんな畏まって、あんたらしくないね」
「もう、長くねえんだよ」
「何を言って……」
「冗談じゃねえんだよ。俺は死ぬ。分かるんだよ。死期ってのかな。最近、妙に体の調子が悪ぃしな」
「医者には、見せたのかい?」
「必要あるか?」
「……」
「一つ、頼みがある」
「なんだい?」
「浅葱のことを頼みたい」
 刹那は、改まったように向き直り、ユウナに深く頭を下げた。
「……いったい、何のつもりだい?」
「俺は、このまま姿を晦まつもりだ。だから、お前に浅葱を頼みたい」
「……そんなことを訊いてんじゃないよ。」
「いきなり、孫なんか連れて歩きだして、しかも浅葱って……」
「そりゃ、あいつは浅葱だからな」
「あんた、歳取って耄碌したんじゃないの? あの子は死んだのよ。あの子の代わりなんかいやしない」
「代わりなんかじゃないさ。あれは浅葱だよ」
 刹那はそう言ってお猪口に酒を注ぐ。
「もちろん、信じてもらおうなんて思っちゃいないさ。だけどな、あれは間違いなく浅葱だ。その魂は受け継いでるよ」
「あんたの口からそんなオカルトが出るなんてね……」
 ユウナはやれやれと首を振った。
「だから、信じてもらおうとなんて思っちゃいないさ」
 しばらくの沈黙。刹那が口を開く。
「で、答えはどうなんだ?」
「あんな得体の知れない子を二つ返事で預かれるほど、私はお人好しじゃないんでね」
「……そうか。すまねえな」
 刹那は立ち上がる。
「どこ行くんだい」
「さっき行ったろ」
「あんた、本当に最低の父親だよ」
「……浅葱を頼むな」
 刹那はそう言い残して、浅葱を置いて行方を晦ました。


 行方を晦ます直前、刹那をたまたま見かけた友人が、彼に話しかけた。
 刹那は「時間がねえんだ」と取り合わず、先を急いでしまったという。

もう一人のアサギ/女性/刹那とユウナの娘



 刹那は、剣客として名が通ってはいたが、優秀な医者でもあり、名医と言われていた。しかし、横暴な発言が多かったため評判はよくなかった。
 自ら犯した医療ミスでユウナとの間にできた一人娘であるアサギを亡くして以来、ユウナとも縁を切り、医者としての自分を捨てた。
 刹那に娘がいたことを知るものはいない。その理由としては、正式に婚姻を結んでいなかったこと、挙式をあげなかったことなど多々ある。
 だが、一番の理由は、二人が夫婦として共同生活をしていた期間がなかったことがあげられる。


 ユウナは、刹那との間に娘ができたことを話さなかった。
 アサギは十四年間、父親の存在を母から知らされすに過ごしてきた。しかし、病にかかり、その治療が難しいことが分かり、ユウナに「お父さんに会いたい」と話す。アサギは、自分の父親のことをユウナに内緒ですでに調べており、父が刹那であることを知っていた。
 そして、刹那が優秀な医者であることも。アサギはユウナに自分の治療を、刹那にしてもらいたいと願う。しかし、アサギも、女性がらみで節操のない刹那に対して、自分が実の娘であることを明かすのは躊躇れられた。
 結果、自身が娘であることを隠してアサギは刹那に依頼する。


 刹那はそれを知らず、アサギに「分かってると思うけどな。さすがの俺でもお前の病気を確実に治すのは無理だ。まぁ、できて5%ってとこか」と発言する。
 傷つくユウナを尻目に、さらに多額の医療費を要求する刹那に、ユウナは怒りを露にする。しかし、そのユウナが刹那にとって、以前に何度も抱いた女であったため、「一度抱いた女は身内も同然」と発言し、治療費は無料でいいと言い出す。
 アサギはその発言に引く。そして、刹那の娘は、「医療費はきちんとした額できちんと払います」と強情を張ってしまうことになる。


 ・
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 ・

 アサギは苛立っていた。
「不潔」
 刹那はその言葉に目を丸くした。
「おまえ、まさか処女か?」
 そう口に出す刹那にアサギは顔を赤くし、大声で叫ぶ。
「うるさいな!」
 刹那は激昂するアサギの手首をそっと掴み、その肩に手を回した。
「悪かったな。けど、そう怒るなよ。今から、俺が手ほどきしてやるから」
 アサギはぽかーんと、刹那のその言葉に口を開けていた。刹那の指がそっとアサギの頬に触れる。そして、無駄のない動きで、刹那の唇がアサギの唇に接近した。それがまさに触れんとしたとき、  
「ほんっとあんたってサイテイ!! キモイ! 気持ち悪い! あっちいけ!!」 
 アサギは両手で、刹那の胸板を押しのけた。そして、手近なものを掴むと、次々と刹那にそれを投げつけていく。ペンの先が、刹那の頭に突き刺さり、血が吹き出る。
 それでもアサギは、投げる手をやめず、刹那を部屋から追い出した。


「いったい、何だってんだよ」
 刹那は頭をさすりながら、ユウナの隣に座った。
「あんたが悪いんだよ」
「まぁ、多分そうなんだろうな。けど、ああいう女も中々、こう、いいもんだな」
 ユウナはため息を吐いた。
「いいかげんにしとくれよ」
「ん? なんだ、嫉妬なんてお前らしくもない」
「……ほんっと、あんたは変わんないよ。昔から」
 悲しそうな目をするユウナに対して、刹那は笑う。
「俺から言わせりゃ、みんな変わりすぎさ」
「……あんたからすれば、そう見えるのかもね」
 刹那はユウナの手の甲に自分の手の平を重ねる。そして、もう片方の手で、そっとユウナの顔を自分の方へ向けると、そのまま無言で、唇を重ねようとした。
 それをユウナは顔を逸らして避ける。
「そういう気分じゃないんだよ」
 刹那はユウナから手を離し、首を傾げた。
「……分からねえなあ」
「あんたは無神経すぎるんだよ」
「それが俺だからな」
 刹那は笑った。


「失敗だよ」
 刹那は笑った。泣きじゃくるユウナに対して、刹那は頭を撫でた。
「期待させて悪いことしたな」
 そして、そっと抱き寄せる。しかし、ユウナは、それを突き返した。
「ふざけんな!」
「……不謹慎だったか?」
 そう問いかける刹那に対して、ユウナはわなわなと震えた。そして、無言で出て行った。


 アサギが目覚めると、そこにはユウナがいた。
 ユウナは膝を突き、アサギと視線を合わせた。
「……おはよう。アサギ」
「ダメだったのね」
「……」
 ユウナは答えられなかった。
「覚悟はしてたからいいの」
「ごめんなさい」
 ユウナは謝る。
「何を?」
「……」
「パパのこと? パパのことは仕方ないわ。私がママに、どうせ無理ならパパに治療してもらいたいって言ったんだから。それとも、ママは私を産んだことを後悔してるの?」
「そんなこと! そんなことない……!!」
「なら、もういいの。もう、いいから。だから、ママ、もう泣かないで」
「アサギ……」
 ユウナはそっとアサギを抱き寄せた。そのときだった。
「どういうことだよ」
 突如、刹那がドアを開けて入ってくる。
「どういうことだよ……!」
「どうもこうもないわ」
 ユウナが立ち上がり、刹那に詰め寄る。
「ママ……」
「もう出て行くわ。あんたの顔なんか二度と見たくない」
「おい、説明してくれよ……!」
「分からない? あんたと話すことなんてないって言ってるの」
 刹那は悲愴な面持ちで、アサギに視線を移す。
 アサギはユウナの袖を引っ張る。
「ママ、刹那をあまり邪険にしないであげて。刹那も最善を尽くしてくれたんだよ」
「……アサギ」
 ――刹那。
 その呼び方の違いに、刹那はアサギとの間の埋められない時間を感じた。

「ねえ、刹那。刹那はママのこと好き?」
 アサギはある日刹那にそう尋ねた。
「もちろん、好きだよ。当たり前だろ」
 刹那はそう答える。
 刹那は言えないでいた。先の手術の際にくだらないミスを犯してしまい、それが原因で手術が失敗してしまったことを。
 誰にも言えないでいた。
「ならさ、どうして刹那は、節操がないの?」
 刹那は答えに困った。そんなことに今まで疑問など抱いたことがない。
「さぁ、どうしてだろうな」
「自分のことなのに分からないの?」
「自分のことだからこそ、あまり意識したことないな」
「じゃあ、ポリシーとか、そういうもんでもないんだ?」
 刹那は考えてみるが、ポリシーなどと言う大それたものではない。
 特にそういうことを意識せずに過ごして来た結果が、現状であると思っている。
 だが、刹那はこの話の流れを考えるに、それを素直に言うのをためらわれた。
 しかし、刹那には負い目がある。
「どうなの?」
 刹那は思わず言ってしまう。
「そういうのじゃないと、思う……」
「そうなんだ。ならさ、私のパパになってくれない?」
「パパ?」
 自分はすでに父親だと思っていた刹那は面食らった。
「そう、パパ。ママだけを愛してあげて欲しいの。そうしたら、刹那のこと許してあげるよ」
「許す?」
 刹那はドキリとした。アサギはにやりと笑う。
「私の病気のことは私が一番知ってるよ。刹那、医療ミスしたでしょ? 私の手術」
「す、すまない!」
 刹那は頭を下げた。それを見て、アサギは笑いをこらえた。
「ふふ、鎌をかけたんだよ。こんなあっさり行くとは思わなかった」
 刹那は呆然とアサギを見ていた。
「まぁ、まだこうして話ができていることから、今回だけは刹那くんにチャンスを与えよう」
 アサギは尊大な態度で言った。
 しかし、すぐに態度を改めた。そして寂しそうに言う。
「さっきみたいな無茶な話じゃないよ。そもそも、刹那みたいな人が、パパになれるわけないんだよね」
 刹那はすぐさま否定しようとしたが、それを否定する言葉を持ち合わせていなかった。
「でね。私、悪い子だからね。最後にわがままを言おうと思うの」
 アサギはパッと笑った。
「わがまま?」
 刹那は聞き返す。
「私ね、ママの結婚式姿が見たいの。だから、その相手役になってよ」
「……」
「ママはね。刹那の目にはどう見えてるか分からないけど、すごく嫉妬深いんだよ。それでね、すごく真面目なの。お腹の中に私がいるのを知ったときだって、きっと刹那にそれを言いたかったと思うよ。でも、刹那はそんなでしょ? だから、ママは一人で育てるって決めたんだよ」
「だからと言って、今さら」
 ユウナが、そんなことを望むはずがない。刹那はそう思った。
「分かってないなあ! だから、私のわがままなんだよ。私の自己満足のために二人は協力すればいいの!」
 すぐに刹那は返事ができなかった。すると、アサギはじれったそうに声を上げた。
「もう! 分かってないな。後は、刹那がOKしてくれればいいんだよ!」
「ユウナが?」
「ママって以外とロマンチストなんだよ。長い付き合いみたいなのに気づかなかった?」
 刹那は自分が恥ずかしく思えた。
「で、もちろん、協力してくれるでしょ?」
 しかし、刹那はまだ何と答えていいかわからなかった。
 今まで、挙式をあげて欲しいと、何人もの女性に泣きつかれ、刹那はその度に逃げ出してきた。
 どこまでも尽くしてくれた女が、どれほど懇願しようと刹那はそうしてきた。それが、自分と関わる全ての女に対しての、刹那なりのけじめでもあった。それを考えると、そればかりは、覚悟を容易に決めることが刹那にはできなかった。
 しかし先の話もあり、アサギは刹那のその沈黙を肯定と受け取ったらしく、笑顔を輝かせた。
「じゃあ、約束だよ! 絶対ね!」
 楽しそうに式の段取りなどを話す、アサギを見て、刹那は自分の決心が未だにつかないことなど言えはしなかった。
 相槌をうちながら、時間が欲しいと切り出すタイミングを見計らったが、とうとう、そのタイミングはつかめなかった。
 刹那は後にこの事を後悔することになる。

 アサギは、病の身でありながら、人前でその苦しさを表に出すことが決してなかった。
 それゆえに、刹那はアサギが、自分のミスのために、いつ亡くなってもおかしくない状態であるということを忘れていた。
 いや、アサギのその強さに甘えていた。


 そして、挙式の日、刹那は行方を晦ました。しかし、ちょうどその日は、台風が重なったため、式は中止となった。
 その翌日になって、アサギの様態は急変し、そのまま近くの病院で息を引き取った。
 刹那が駆けつけたとき、アサギの葬儀は終わっていた。


 アサギの遺言で、ユウナは刹那を表面的には許したが、その心の内には深い溝ができた。
 刹那はそれから数年の後、消息を絶つ。
 再び刹那が友人らの前に現れたとき、彼の傍らには「浅葱」がいた。











闇との性交/浅葱に関する根も葉もない噂の一つ?/この噂に根拠はない



 刹那はアサギを蘇らせる方法を探していた。
 中途半端な生ではなく、完全な生をアサギに与えたかった。
 それが自分にできる唯一の罪滅ぼしだと刹那は考えた。


 刹那は探した。
 何年も何年も探し続けた。
 そして、ある洞穴の奥深くで、あるものを見つける。


 刹那はアサギの墓を暴き、その骨をあるものに捧げた。
 そして、その仄暗い闇の中で、刹那は、アサギの魂を移した名状しがたい何かと契る。
 刹那は気が狂いそうになりながらも、アサギへの罪悪感と、気づかぬうちに娘に抱いていた劣情を糧に、なんとか正気のようなものを維持し続ける。
 だが、自分が自分でないものに取って代わられていく恐怖によって、刹那の精神は日に日に蝕まれていった。
 浅葱が、それより生まれたときは刹那は、すでに正気とは言いがたい状態だった。
 その後、その洞穴を出て、麓の村で浅葱を育てていた刹那だが、十年目にとうとう限界が生じ、村人を殺してしまう。
 浅葱にはそれを隠し、村から出、かつての友人らの元へと姿を現す刹那。正気である振りをしながら、かつての友人らに浅葱を孫と紹介して回った。


 しかし、すでに刹那の肉体jは異形と化しており、正気の振りをし続けるのにも限界が生じた。


 ゆえに刹那は浅葱をユウナに預け、そのまま自ら命を絶った。






最終更新:2011年06月18日 13:36