新参陣営最終応援ボーナス:229点
埴井葦菜と愉快な仲間たち⑥「埴井葦菜の陰謀」
「お前ら、暇なら俺の手伝いをしないか?」
昼下がりの拠点教室にて、そう声をかけてきたのは探偵魔人・紫野縁である。
人並みの背丈に鋭くない目と、一見普通の男子生徒に見えるが、彼は実はDDC(ダンゲロス探偵倶楽部)に所属する魔人探偵なのだ。
腰まで届く三つ編みとそれを結ぶ乙女ちっくなリボンも、そう考えてみると中々絵になっているように思えた。
「手伝いって、探偵の?」
「ああ、そうだ。ハルマゲドンの前に、調べておきたいことがあるのでな」
ふーん、と相槌を打ちつつ、蜂使いの女子高生魔人・埴井葦菜は考える。
ここにいてもどうせ暇なんだし、こいつの付きあって見るのも面白いかなー、なんて。
少し離れた机に座る巨躯の少年を一瞥し、了承することに決定した。
「まっ、あんたがそこまで頼むんだったら付き合ってやらないこともないわよ」
「ははは、人手が増えればなんでもいいさ――さて、巨堂、お前は?」
「……」
紫野の呼びかけに思案している様子のこの若者は、巨大ぼっち魔人・巨堂斧震である。
荒ぶるぼっちマインドを操り拒絶結界を発生させる彼は、繊細すぎるがゆえに一年生陣営の仲間たちとも未だ打ち解けてはいなかった。
それは葦菜も例外ではなく、端的に言って葦菜はこの巨大な若者を苦手としていた。紫野の頼みをきいたのも、この空間から抜け出す口実が欲しかったという理由もあってのことだ。
「巨堂、頼む。今回の調査には、お前のその巨体は是非とも欲しいんだが」
「…………分かった」
長き沈黙の末に、遂に紫野は巨堂を口説き落とした。
意外なこともあるもんだ、と感心する葦菜と共に、三人は教室を後にした。
歪なパーティによる、探偵ミッションの開始である。
「お前らも気付いているかもしれないが、古参どもと戦う我々の仲間にも、数人ほど油断ならぬ怪しい者が潜んでいる」
「そうね、あいつら憎たらしい程目立っちゃって、あーむかつく」
噛み合っているんだかいないんだかよく分からない会話を交わしながら一同が向かったのは、学校の近くのゲームセンターであった。
こんなところに誰がいるのやら、と疑問符を浮かべる葦菜と巨堂だったが、その答えは間もなく判明することとなる。
その存在はゲームセンターの一角、パンチングマシンの付近にいた。
「本当につよいやつは強さを口で説明したりはしないからな口で説明するくらいならおれは牙をむくだろうなおれパンチングマシンで100とか普通に出すし」
独りごちつつパンチングマシンを殴りつけているのは、光属性のリアルモンク属性魔人・武論斗さんである。
彼はその独特の言語センスにより陣営内でも一部に狂信的なファンを獲得しているが、今回はそれが紫野の目に止まってしまったらしい。
ずばり、陣営の有力な能力者をまとめて引き抜こうとする敵のスパイでないか? と――
「最初のターゲットはあいつだ。お前らはどう思う?」
「どうって、まあ、変な奴よね。変なことしか言わない割にすっごい目立ってるし……言っててだんだん腹が立ってきたわ。むかむか」
「おいィ?」
「「 !? 」」
気付いた頃には時すでに遅し――武論斗さんは三人組に気付き、バックステッポで接近していた!
「もうついたのか!」「はやい!」「きた!盾きた!」「メイン盾きた!」「これで勝つる!」
どこからともなく現れたブロンティストが囃したてる中、武論斗さんは不敵な笑みを浮かべて探偵団をねめつける。
三人は一様に感じた。こいつ、かなり強い――!
「俺を強いと感じてしまってるやつは本能的に長寿タイプ」
こいつ、心まで読めるのか!?――紫野は驚愕した。
誰かが止めなければ、全滅もありえるやもしれん――巨堂は決意した。
ホント変なやつねえ。転んで死なないかしら――葦菜は侮辱した。
「おれの怒りが有頂天になった。お前ハイスラでボコるわ・・」
「ええ!? あたし!?」
葦菜の暴言を察知したのか、臨戦態勢に入る武論斗さん。
“ヴァナのイチロー”とでも形容すべき身体能力を遺憾なく発揮し距離を詰め、葦菜に反撃の隙を与えることもなく一撃を――
「ウオオオオオオオオ!」
――見舞ったが、驚くべきことに、それは巨堂によって止められていた!
葦菜も、紫野も、武論斗さん自身も目を見開いていた。
あの、他者との関わりを避けていた巨堂が、自らの意志で――!?
「お前らは、ぼっちの俺を誘ってくれた……! 友だちは、護る!」
ぼっちであるがゆえに、一度結ばれた絆は己の身を挺してでも護り抜くというのだろうか。
ともかく葦菜は当面の危機を脱したが、しかし根本的な解決には至っていない。
目の前の、この黄金の鉄の塊で出来ているナイトを退けないことには――!
「俺は別に強さをアッピルなどしてはいないが、実は俺は四天王№1の攻撃力と言われてるイフリート」
「お前、攻撃力0じゃないか」
「完 全 論 破(された)」
破壊力ばつ牛ンの舌戦を制したのは、巨堂であった。意外にもあっけない勝利――!
彼は護りきった仲間たちの方を振り返り笑みを見せ、葦菜と紫野もその栄光を称えた。
一方、がっくりと膝をつく武論斗さん。その光景を見て、ブロンティストたちが激昂する!
「お、俺たちの武論斗さんが……」「武論斗さんが負けるはずがねえ!」「チートに決まってやがる!」「チートは消毒だあー!」
好き勝手なことを喚きながら、ブロンティストたちは探偵団に襲い掛かった。
葦菜や紫野が応戦するよりも早く、彼らの前に巨堂が立ちはだかる!
「お前らは、俺が護ると決めた! こいつらは俺に任せて先に行け!」
「ぐっ……致し方ない! 無事に戻れよ、巨堂!」
「死なない程度に頑張るのよー」
気持ちの入った励ましを送る紫野と、対照的に適当さの際立つ声援を送る葦菜。
二人は次なる調査対象の元へと駆け足で去って行った。
「(『ここは俺に任せて先に行け』か……ずっと言ってみたかったんだよなあ……)」
仲間たちを護れたことで満足した巨堂は、晴れ晴れとした気持ちでブロンティスト達と交戦した。
「巨堂を失ったのは痛いが、まあ次で最後だ」
「次は誰? 妖怪? 大根? それともスライム触手?」
「あいつだ」
ゲームセンターの奥へと進んだ二人は、二人目にして最後のターゲットを視認する。
紫野の指差す先にいたのは、自称一般人魔人・緑風佐座であった。
飽くまで己を一般人であると称する緑風こそ、ある意味最も怪しい存在であると言えるのかもしれなかった。
「やっているのは……格ゲーか。一般的だな。埴井嬢は、彼をどう見る?」
「あいつ、一般人の癖にいろんなSSに引っ張りダコなのよね……このあたしを差し置いて……いらいら」
何か不思議なことを呟く葦菜に首を傾げながら、確かに一理あると紫野は思った。
ただの一般人であれば、そんなにも注目されることはないハズである。彼の人気の秘密とは……?
そう思案している最中に、なんと葦菜は緑風と接触していた!
「あんた、ホントに一般人なの?」
「あァ? 今ゲーム中なんだよ、ちょっと黙ってろよ変態」
「あ、あたしは変態じゃないっての! あー頭来た! やっておしまい!」
葦菜が所持していたキャリーバッグの扉を開くと、中より無数のアシナガバチが湧いて出てくる。
蜂達は主人の命令に嫌々ながらも従い、緑風に襲い掛かる!
これに間一髪で気付いた緑風は咄嗟に避けたが、操作を投げだされたゲーム内のキャラクターは敵の必殺技を喰らい、KOされてしまった。
「ああああああ! おまっっ、もうすぐ連勝記録樹立するところだったんだぞ!?」
「知らないわよ! むしろ、ふふん、いい気味ね」
「あんだとコラァ!」
葦菜の挑発を受け、闘志を剥き出しにする緑風。
あの闘気、やはり魔人か……? 推測する紫野だったが、それならそれで問題がある。
ここで仲間の魔人同士に激突されては、来るハルマゲドンにおける戦力低下は避けられなかろう。ならば――
「お前たち。ここはゲーセンであり、ファイトクラブじゃあないんだ。勝敗は、あれで決めたらどうだ?」
親指でクイッと指し示した先を、葦菜と緑風も向く。
そこにあったのは、一昔前に流行った音楽ゲームであった。
その名も、『ダンゲダンゲレヴォリューション』――!
「いいだろう。あいつで決着をつけるとしよう」
「やってやろうじゃないの。後で謝ったって許してあげないんだから!」
筐体にコインを投入し、所定の位置につく両者。
流れるメロディに合わせて脚をせわしなく動かしながら、対戦相手を睨みつけることも忘れていない。
非常に高度な戦いを、後方で紫野が『探偵手帳』に記録していた……
後日、三つ編みを花柄のゴムで縛った紫野は、DDC総代に調査報告書を提出した。
曰く――
『武論斗さん:不可解な言語センスで信者を増やすが、これといって害悪はなし』
『巨堂斧震:孤立していたのはスパイだからではなく単に繊細なだけのイイヤツであった』
『緑風佐座:一般人を自称しているだけの魔人で、魔人の中でも極々一般的であるがゆえに非常に便利な存在』
『埴井葦菜:嫉妬心の強さは吉とも凶ともとれるが、少なくとも敵とは通じていなそうである。ぱんつは白』
そう、紫野は怪しい者の調査と並行し、同行を依頼した者の調査も行っていたのだ。
結果的に、埴井葦菜の陰謀の存在は確認されなかったということであった。
ダンレボの最中にぱんつは確認されてしまったが、まあ、どちらもシロだったので無問題であろう。 <終>
埴井葦菜と愉快な仲間たち⑧「埴井葦菜の分裂」
「ねえねえ! 分裂したら、きっと目立つわよね!」
まーた変なこと言いだしたよ、と呆れ返るアシナガバチ達を引き連れ、埴井葦菜はグラウンドに飛び出した。
快晴の空の下、グラウンドでは、二人の男が待ち構えていた。
一年生陣営所属の魔人が二人――分身魔人・行方橋ダビデと反復横跳び魔人・左高速右である。
「遅いぞ。小娘の分際で吾輩を待たせるとはいい度胸だな」
「うるさいわねー。来てやっただけでも感謝しなさいよ」
「なっ! 貴様が呼びつけたのだろうが……!」
「まあまあ、二人とも落ち着くでありますよ」
互いに譲らず、バチバチと火花を散らす葦菜(ぶるま着用)とダビデ(腰巻着用)、それを宥める左高(ジャージ着用)の図。
今回、ダビデと左高は葦菜が「分身の術」を会得するために招集されていた。
全ては彼女が目立つための作戦なのである。
二人も、「葦菜が増えれば、それは戦力の大幅な底上げになるだろう」と了承した。
かくして修行は開始された――のだが。
「我が『質量を持った残像』の極意は魔人拳法にある!
凝り固まった『型』などには囚われず、固有の能力と拳法の融合を目指すのだ!」
「ちょっと待ってよ、固有の能力って、つまり、あんたの能力じゃなきゃ分身出ないってこと?」
「そうだが?」
「使えねー!!」
「自分は特別なチカラなど必要なくても分身できるようになれるでありますよ! (゚Д゚≡゚Д゚) シュッシュッ」
「……確かにすごく速く動いてるけど、でも別に分身してる訳じゃないわよね」
「その通りであります! 自分はまだまだ修行の身ゆえ、完全な分身まではまだ遠い道程であります! (゚Д゚≡゚Д゚) シュッシュ」
「使えねー!!」
その後も試行錯誤を繰り返す三人だったが、結局分身の術の会得には至らなかった。
日も落ち、辺りを夕闇が包み始め、校舎からは下校を促す放送も聞こえてくる。
「……あんたたち、結局なんの役にも立たなかったわね」
「とことん不遜だな、貴様」
「わはは。 自分は楽しかったので『良し』であります」
まあ、確かに。 いがみ合う二人も思った。
なんだかんだ言って、分身を作りだそうと奮闘した数時間は、時の流れを忘れるほどに楽しかったのだ。
でも、それを認めるのはなんとなくシャクだったので、ぷいっとそっぽを向いたままで葦菜は解散を告げた。
「と、とにかく! 今日の特訓はこれでおしまいよ! お疲れ様っ!」
「あ、最後に一つ」
一方的に別れを告げて走り去ろうとした葦菜を、左高が止める。
ちなみに、この左高という男は、一年生陣営において陣頭指揮を執っていた。
なんなのよ、とジロリと睨む葦菜の視線には気付かぬように左高が口を開く。
「来るべき三年生陣営との決戦において、我々は隊をAとBの二つに分けて迎え撃つことになるのは知っているでありましょう?」
「ええ、知ってるわ」
「埴井殿には、そのBチームの覆面メンバーになって欲しいのであります」
「「 !? 」」
覆面メンバー。
それは、戦いの直前までその情報の全てを秘匿される、まさに勝負の鍵を握ると言っても過言ではない存在だ。
葦菜自身も「覆面メンバーとか、逆に目立ってて気に入らないわね。むかむか」と思っていたのだが、まさか、自分が……?
「ふ……ふん。よかったじゃないか。せいぜい吾輩の勝利のために隠れているがいい」
覆面メンバーの重要度についてはダビデも理解しており、「吾輩が覆面になれば……ぐふふ」などと思った事もあった。
それゆえに葦菜に取られてしまったことは少し悔しい様子ではあったが、今は彼なりの遠回しな励ましをしていた。
葦菜は若干迷ったのち、
「そ、そこまで頼むんだったら、まあ、覆面になってやらないこともないわね!」
と了承した。
「ふふ……ふふふふ……! あったしっが覆面っ♪ だっれよっり目立つ♪」
覆面メンバーになれたことが余程嬉しかったのか、陽気に歌いながら帰宅する葦菜。
しかし、彼女の連れている蜂達は、どこか雰囲気が違っていた。
それに気付いた葦菜は、立ち止って問いかける。
「あんたたち、どうしたの? なんか変よ」
首を傾げる葦菜に向かって蜂達が口を開く。
『オレたち覆面か―――…』
『なんかさ…こんなもんかってカンジだよな』
「え…」
それは、一言で言い表すならば“異様”。
これまで葦菜の横暴に何一つ反抗することなく従ってきた蜂達が見せる、初めての表情であった。
『戦場からの景色って別に変んねェなと思って 模擬戦・本戦もたいして変んねェよな』
『うん…二度もいらねェな そんなのより作戦会議がキツイし』
「………何言ってるの、あんたたち…?」
そして、決定的な一言を口にする――!
『『 オレたち もう ハルマゲドンやめます 』』
「――――――!!」
それだけ言い残し、蜂達は飛び去った。
ただ一人置いて行かれた葦菜は、空のキャリーバッグを抱えてその場にへたりこみ、しばらくそのままでいた。
埴井葦菜の分裂は、かくして起こってしまったのだった。 <終>
埴井葦菜と愉快な仲間たち⑨「埴井葦菜の驚愕」
「アッシーナ! 覆面メンバーに選ばれたんやってな!」
「おめでとうございます!」
続けざまに飛び交う祝福の言葉。
普通の女子高生のような表情でそれらを浴びながら、しかして気分は沈んでいた。
嫉妬に身を焦がす蜂使い魔人・埴井葦菜も、蜂を失った今では、ただの嫉妬魔人でしかなかった。
「もォ、あいつら、どこに行っちゃったのよ……!」
家に帰ってベッドの上のクッションに顔を埋めながら、葦菜は久しぶりに独りごちた。
いつもならなにがしかのリアクションをとってくれるハズの相棒は、もういない。
「うう、もォ、ばかばか……!」
口では必死に強がろうとしてみてるが、そう上手くはいかないものである。
本当は、さみしくて、くやしくて、目元もなんだか潤んできて――
――ピピピピピ!
「わっ!?」
心が折れかけた、そんな時にこそ救いの手は差し伸べられるものだ。
けたたましく鳴り響く携帯を開くと、ディスプレイには『埴井ホーネット』の名が表示されていた。
じんわりと浮かんだ涙をパジャマの袖でぐしぐし拭い、いつも通りに……! と念じて通話ボタンを押す。
「も、もしもし?」
『お久しぶりですー!』
電話の向こうから聞こえる声は、最後に聞いた“あの時”と何も変わっていなかった。
明るい声の主は、葦菜の従姉妹にして同じく蜂使いの魔人・埴井ホーネットである。
尤も、葦菜を“嫉妬”の蜂使いとするなら、ホーネットは“色欲”の蜂使いと呼ぶのが相応しかろうが……
とにかく二人はしばらくぶりの通話を味わい尽くす様に色々な話をした。
近況報告に始まり、そこから派生する枝葉に他愛無い話を咲かせてゆく。
そんな中、避けては通れぬ話題というものもあろう――それが、蜂。
『そういえば、葦菜さんのところのアシナガバチさんたちは調子はどうですか?』
「あー、あいつらね……うん、どうなんだろうね……」
『? なにかありました……?』
隠すことなど不可能だった。
堰を切ったように感情の奔流が溢れだす。
「――あ、あたしっ……ぐずっ……見捨てられちゃったの、かな……どうしたらいいんだろ……!」
『ど、どういうことですかっ!?』
葦菜は蜂たちの離反におおよそ関係ありそうなことはなんでも喋った。
要約するなら、自分の暴挙に愛想を尽かされてしまった、という感じであろうか。
聞き終わると、ホーネットは珍しく強い口調で言葉を発する。
『――それで、葦菜さんはこのままでも別に構わないというわけでしょうか?』
「なっ……! そんなわけないでしょ!? 何年一緒にいると思ってんのよ!」
ホーネットの辛辣な言葉を受け、葦菜は半ば焦って言い返した。
その言葉を待っていたとでも言わんばかりに、ホーネットは一転して優しい口調で語り出す。
『そう、私たちは蜂さんたちとずっと一緒に生きて来ました。なら、何をしたらいいかなど、誰かに聞くまでもないことでしょう?』
「――っ!」
そう。簡単なことだったのだ。
このままサヨナラだなんて、そんなの了承できるはずもない。
選択肢など、元より一つしかなかった。
「……ありがと、ホーネット。それと、ごめんね」
『はい? 謝られるようなこと、何かありましたっけ?』
「……ふふ、なんでもないっ。こっちのゴタゴタが片付いたら、会って話そっか♪」
『? うふふ、そうですね♪』
それから二言三言交わし、互いに別れを述べて通話を終えた。
葦菜の心にかかっていた雲も今や全て消え失せていた。
晴れ渡った気持ちで、ここに宣言する。
「絶対に仲直りしてやるんだから!」
後日、葦菜はある部屋の前に来ていた。
そこは一年生陣営が使っている拠点のうちの一つではあるが、最初の顔合わせの時以来使われていなかった。
「きっと、ここにいるハズ……!」
ここ数日、葦菜はこれまで使ってきた拠点教室を順番に思いだし、辿ってみた。
それらはどれも複数回以上使われていたが、ここだけ最初の一度きり。理由は分からないが、隠れるならここが最も適しているというわけだ。
その証左に、この部屋からは明らかに複数の人間のものと思しき足音や物音、さらには聞き違えるはずのない、慣れ親しんだ羽音も聞こえた。
「誰が手引きしてるんだか知らないけど、きっちり連れて帰るんだから……!」
軽くなって久しいペット用キャリーバッグをぎゅっと抱き締め、葦菜は部屋の扉を思い切り開けた!
「頼もおおおおおおおおおおおおおお!!」
「「 ぎゃああああああああああああ!! 」」
押し入った部屋の中から爆発した叫び声は、全て聞き覚えのあるものであった。
そこにいたのは、アシナガバチたちと、一年生陣営Bチームの面々であった。
「……え?」
メンバーは、それぞれが一つの目的に向かって異なる準備に取り掛かっていたようだった。
ある者は輪飾りで部屋をデコレーションし、またある者は黒板に色とりどりの文字や落書きを描く。
別の者は、部屋の中央でくっつけた机の上に料理やお菓子、ジュースの類を並べていた。
「えっ、えっ」
黒板にでかでかと描かれた文字を、葦菜の目が追ってゆく。
曰く――
『 アッシーナ、覆面抜擢おめでとうパーティ 』
「えー、それでは改めて! アッシーナ、覆面抜擢おめでとお! カンパーイ!」
「「 カンパーイ!! 」」
パーティ会場たる教室では、チームメイトたちが各々お喋りに興じながら机の上の料理に舌鼓を打っている。
中でも稲荷山謹製の寿司は別格で、最早パーティの主賓が誰かなど忘れたかのように パクついていた。
「ちょっとちょっとお! その辺はアッシーナのためにとっておくべきですよ!」
「はッ、速いもん勝ちだぜ!」
「わあ、武論斗さん、お寿司とるのも速いですねえ! すごいなー、あこがれちゃうなー」
「それほどでもない」
好き勝手に騒ぐ者ども。魔人の集いなど、所詮こんなもんであろう。
ちなみにこの部屋は、陣頭指揮官・左高速右がパーティ用にと予め少ない使用回数で確保しておいたものであった。
さて、会場が盛り上がっている中、主賓たる葦菜が何をしているかと言うと、乾杯の直後、蜂たちを連れて一旦外に出ていた。
「――はあ!? 狂言!?」
離反の真相を確かめるべく問い質そうとした葦菜に明かされたのは、俄かには信じられないものであった。
それは、狂言。
サプライズパーティのための布石と、普段横暴に振る舞っている主人へのちょっとした薬のつもりだったという。
「……びっくりさせないでよ、ばかぁ……!」
安堵したためか、いつもは他人に見せないような本音をつい明かしてしまう葦菜。
はっと気づいて「いや、今のは違くて……!」などと取り繕おうとするも、時すでに遅し。
にやにやと笑う蜂たちに囲まれ、照れ隠しにプイッとそっぽを向いてしまうのだった。
『……まあ、でも良かったんじゃない? 目立つことには成功したわけだし』
一匹の蜂がそっと耳打ちする。
確かに、覆面メンバーに選ばれ、こんなに盛大に祝ってもらって、葦菜は正直言って大満足であった。
ちなみに別の拠点教室ではAチームによる鶴崎の覆面抜擢おめでとう乱行パーティが開かれているのだが、ここでは割愛するとしよう。
「でも、まだ足りないわ……最大限に目立つには、もっと、何か……」
しかし、葦菜にとってはまだまだ物足りないらしい。
あれでもない、これでもないとブツブツと呟きながら思索に耽る。
やがて、今度こそ正真正銘の名案を思い浮かんだようで、頭上の豆電球をピコーンと光らせる。
「そうよ! 敵の中でも特に目立つやつをあたしが倒せばいいのよ! 古参どもを驚かせてやるわ……!」
余程その作戦を気に入ったのか、うん、うん、としきりに頷き、やがてくるりと蜂たちの方へ振り返ると、
「とにかく目立ってそうな奴を探してきなさい! 覆面をつけた怪しいのとか!」
などと、アバウト極まりない命令を口にするのだった。
全然懲りてないなあ、と笑う蜂たち。もう、自分たちがついて行ってやるしかないようだ。
埴井葦菜の驚愕は、まだまだこれからなのである。 <終>
行方橋ダビデのダンゲロス・覇竜魔牙曇(ハルマゲドン)~邂逅編~
前回までのあらすじ: もうついたのか!はやい!きた!盾きた!メイン盾きた!これで勝つる!
「ひぃっ!ブ、武論斗さん!」
背後に立つ巨躯の男の姿に気づいてモヒカンザコの顔色が蒼ざめる。
「君も一年生かい?」
「なに気安く話しかけちゃってるわけ?」
ダビデの問いに対して鎧を纏った男、武論斗さんはリアルモンク的な憮然とした口調で返す。
「あいんsつにもそれなりにもっと丁寧のがあるでしょう?お前調子ぶっこき過ぎですよ」
「……ああ、そこに寝転んでる彼らの事?勘違いしないでくれよ、僕が先に彼らに襲われたんだ。正当防衛だよ」
武論斗さんが刺青のモヒカンザコをじろりと睨む。
「や、やだなあ武論斗さぁん……俺らなりの歓迎ってやつですよぉヒャッハー!」
「おまえ親のダイヤの結婚指輪のネックレスを指にはめてぶん殴るぞ?」
「ヒッ……お、オレ達ちょっと用事を思い出したんで今日はちょっと失礼しますヒャッハー!」
武論斗さんの放つリアルモンク的な覇気に気圧されたモヒカンザコは、気絶した仲間を載せてバイクに跨りあっという間に立ち去った。
あとに残ったのは砂煙と二人の男、行方橋ダビデと武論斗さんである。
「まったく……迷惑な連中だ。ところで君、相当できるみたいだねぇ……面白そうだ」
ダビデの口の端がニヤリと歪み、その瞳には殺気の火が灯っている。
「俺を強いと感じてしまってるやつは本能的に長寿タイプ」
それに気付いてか気付かずか、武論斗さんの表情は変わらない。
「いいねえ、気に入ったよ。戦 ら な い か」
ダビデが再び構えを作り、その体から闘気が立ち上る。
「おい、やめろ馬鹿。お前の人生は早くも終了ですね」
武論斗さんもダークパワーっぽいオーラの封印を解きそれに対峙する。
二人の魔人の間に静かな緊張が走る。
空気の膠着が臨界に達する刹那―――――
「なあぁにしてんねん!アホ!!」
スパァァァァァン!
ドゴォォォォォン!
「おいぃッ!?」
突如、武論斗さんの体が真横に吹っ飛ぶと同時に、派手な音を立てて爆炎に包まれる。
現れるなり突然に彼を殴り飛ばしたのは、巨大なハリセンを持った少女だった。
「武論斗さん!覇竜魔牙曇も近いっちゅうのに何道草食うてんねん!ん?誰やアンタ?ひょっとして助っ人さん?いやー助かるわあ!ウチ一年生の朱音多々喜!」
ハリセン少女改め、ツッコミ魔人・朱音多々喜はポカンとした表情のダビデに凄まじい早口で自己紹介した。
「……えっ、ああ、僕は行方橋ダビデ。覇竜魔牙曇に参加したくてこの希望崎に来たんだ。一応キミたちの助っ人って事になるのかな。さっきのはキミの能力かい?」
「せやでー。アホな能力やろ?ま、これからよろしゅう頼むわ。ホラ、行くで武論斗さん」
吹き飛ばされた武論斗さんには派手な爆発の割にダメージがほとんど無いが、顔中が煤で真っ黒に汚れている。
「ゲホッ……ゲホッ…お前マジでかなぐり捨てンぞ?」
「あぁ゛?なんやとコラ?」
「……今日のところはやめときてやrう…(こbの謙虚さが人気の秘訣)」
朱音はうつむく武論斗さんの手を引いて速足でその場から立ち去って行った。
「希望崎学園か、悪くない所じゃないか」
遠ざかる二人の後ろ姿を見ながらダビデはまた目を細めた。
つづく
行方橋ダビデのダンゲロス・覇竜魔牙曇(ハルマゲドン)~BL編~
前回までのあらすじ:武論斗さんがツッコまれて爆発した。
「で、後ろのキミはいつまで付いてくるつもりだい?」
ダビデがおもむろに校舎の方に振り返ると、渡り廊下の柱の陰から忍者装束の少年が姿を現した。
「……」
「何か用かい?もし良かったら校舎を案内して欲しいんだけど」
少年はダビデの前に出ると、いきなり深々と頭を下げた。
「せ、先生と呼ばせて下さいっす!」
「……は?」
頭を90度の角度に下げたまま少年は続ける。
「自分、希望崎学園忍者部所属一年生、名前を左高速右っつうケチな忍者っす!先ほどのモヒカンザコとの戦い、失礼と思いつつ一部始終、柱の陰から見せていただきました!」
「いやそれは知ってたけど。なんで僕が先生なんだい?」
「自分、恐縮ながら先生のような分身使いを目指してるんす!何卒お願いします!自分を弟子にしてほしいっす!」
「ふーん。なるほど」
それを聞いてダビデが納得したように頷く。
「いいよ。魔人拳法奥義・残影淅踊身、君に伝授しよう」
「マジっすか!ほ、本当にいいんすか?」
自分の悲願への扉が想像以上にあっさりと開かれた事に左高速右は目を輝かせながら顔を上げた。
「もちろんだよ。……ところでキミ、中々可愛い顔をしているね」
「へ?」
「いやぁ、こっちの話さ」
もしも左高がこの時ダビデの視線の中に潜む不穏な影に気づいていれば、彼はその後の残酷な運命も回避できたことだろう。
「君に奥義を伝授するとは言ったけれどもちろんタダって訳にはいかないなぁ。この能力は僕が中国の山奥で血のにじむ修行の末に手に入れた物だしねえ…」
「分身の術を体得できるなら、自分、なんでもするっす!」
「ん?今キミなんでもするって言ったかい?」
その不用意な言葉にダビデは野獣じみた歪な笑みを浮かべる。
「……先生、な、なんスかその目は……」
ようやく左高は自分の置かれている状況の危険さに気付いた。
しかし時すでに時間切れ。
「ふふふ、心配ないさ。優しくするからね……」
「え、いやいやいや!ちょ、ま、待って!そん……アッー!!」
「ふははは!どうだい左高くん!」
「分身にはこういう使い方もあるんだよ!」
「り、両方同時なんて、そんな……アッー!」
「ハァハァ……す、スゴいわ!」
カシャッ!カシャッ!
二人の男が校庭のど真ん中でヒートアップする様を、校舎の陰から夢中でシャッターを切る少女。
彼女の名は夢追中、希望崎学園報道部所属の新聞記者魔人である。
「ハァハァ……とりあえず明日分の記事はこれに決まりね。ああっ!そんな所までっ!」
しかし、その日彼女の書いた記事はあまりにも過激すぎる内容の為に、学園新聞に載る事は無かったという。
おわり
『緑風 佐座』
※設定捏造及び、盛大な中二病注意。
――それは、たった一つの、ちいさな矛盾。
一人の魔人が思い描いた、ささやかで、しかしけして叶わうことのない願い。
「……明日か」
堕ちゆく夕陽が、教室を血のように赤く染め上げている。
破壊学園ダンゲロスの一角にして極地、ハルマゲドン専用に構築された校舎。その一つにある新参陣営待機教室。
学校の教室でありながら大学の講義室レベルの広さを持ち、ガス栓や冷蔵庫、台所から洗濯機まで常備された改造教室である。
授業や実習はもちろん、避難所や籠城にまで使える代物だ。
その一角では、のもじが伝説の白いギターの弦を確かめていたり、葦名が蜂達と戯れながら嫉妬を撒き散らしていたり、稲荷山は寿司職人の日課修行に精を出していたり。
幽霊なぞいない! と蝦夷威もとじが幽霊少女であるみれん相手に語っていたり。
大根と武論斗さんがリアルファイトしていたり、とにかくカオスな情景だ。
その異常極まりない教室の一角で、ダンゲロスの魔人でありながらホックだけ外した詰め襟をごく普通に着こなす少年――至って特徴の無い、どこにでもいるような姿をした緑風佐座は、ひどく憂鬱そうに溜息をついた。
「スタメンとか……一般人には荷が重いんだよなあ……」
「お前のどこが一般人やねんっ!」
「ウボァー!?」
黄昏れていた所に、後ろから唐突にハリセンの一撃が飛んでくる。
机に頭からぶつかり、あいたたた、と赤くなった鼻を抑えながら立ち上がると、背後には快活に笑う関西風の少女。朱音だ。
「あたしの突っ込みに耐えられる奴が一般人なワケないやろが! スタメンの癖にうじうじうーじうじしとんなや」
「んなこと言われても……だったらアンタが代わってくれよ」
「増援で着いたら大暴れしたるさかい、覚悟しときぃや!」
なっはっは、と笑う朱音。しかし、自らの突っ込みに耐えられる人間が魔人しかいない、と認識しているあたり相当だ。
つまりそれは、一般人を突っ込み殺したことがあるという証拠でもあるのだから。
「それに、俺は一般人だよ。――いや、一般人で無きゃ、いけないのさ」
「はぁ……?」
席を立つ。確かに、選ばれてしまったことには違いない。
妖怪ではないが、他のメンバーに挨拶に行っても良いだろう。
たとえばホラ、今しがた教室に入ってきた、朱音 多々喜とか――
「……ふむ。やはり、それが貴様の“認識”か」
「……っ!?」
振り向く。
朱音の声が、唐突に重く、冷たいものになる――否
・・・・・・・・・・
それは朱音ではない!
周囲の景色が凍る。まるで銀河の中にでも放り込まれたかのように、周囲の景色が一変する。
色を失ったクラスメイトと――ただ一人、その中で動ける佐座を除いて。
「これはっ、刺客――いや、違う!?」
この途方も無い能力規模。こんなものを持つ三年生がいたら、今頃自分たちの命なぞ在るはずもない。
朱音だったはずの姿は、混沌の塊のような人影となっていて、その中身は読めない。
――一つだけ、可能性が脳裏に浮かぶ。
この状況に加担しうる、途方も無い能力を持った、しかし新参でも古参でも無い誰か。
「……“転校生”……!」
「そうだ。――そういきり立つな。何も、蹂躙しに来たわけではない」
「?」
佐座は首を傾げる。転校生の影は語る。
「緑風佐座。『自分は一般人である』という認識に縛られた『魔人』。
――この度し難い矛盾は、たった一つの意味を持つ。ある特別な意味を」
すなわち、と。
「貴様は個人の能力のみで“転校生”に覚醒しうる。
希有な存在だ。――端的に言おう。今ここで我らに加担する気は無いか。スパイがいれば、その分我々の仕事も楽になる」
「――っ!」
息を呑む。
転校生。それになる仕組みを、佐座も知っていた。戦闘破壊学園ダンゲロスのノベライズは、基本ライトノベルしか読まない彼もきっちり買っている。
その可能性には気付いていた。自分が孕んだ、致命的な能力の矛盾。一般人という認識に縛られた魔人。
魅力的な提案だ。転校生化は、あらゆる魔人が恐れ、また心の底で憧れることでもあるのだ。
――だが。
「お断りだ」
即座に、佐座は首を横に振った。たとえこの場でこの相手に殺されようと、しかし、それだけは飲めない提案だった。
「俺は“一般人”なんだ。卑小で凡俗な、どこにでもいる、ね。――転校生になる気も無ければ、ダチを裏切る気もねぇよ」
周囲で凍りついているクラスメイトを指して、冷や汗を浮かべながら佐座は笑って見せる。
――彼は昔、ごく普通の、どこにでもいるような魔人だった。
密偵の魔人。相手のHPを簒奪し、一瞬で2にする能力“瞬殺”。
しかし彼は弱かった。名前に反して、対象を瀕死にすら出来ない能力を持つ彼を、使えない周囲は嗤った。
挙げ句の果てに、彼のいる陣営があるハルマゲドンで盛大に敗北した時、彼は敵にまで貶された。
『――貴方のように平凡で、何の突出した所の無い人が……この場にいることに驚いています』
ああ、そうかよ。
だったら俺は、それでいいさ。
「計り知れないのは、人の想いの強さだ」
そして彼は覚醒した――魔人から、一般人に。
「ここにいるのは、クソみてえな魔人どもだ。どいつもコイツも、馬鹿で、変態で、魔人的な、
だけどそれでも、一度たりとも俺をけなすことをしなかった、気の良い奴らだよ」
拳を構える。かつて持っていた最強の短刀は、そこには無い。だが、それでいい。
「覚悟しろよ転校生(さいきょう)――俺の一般人(さいじゃく)は、ちっとばっか響くぞ」
「くっ……ははははははっ!」
その口上を一頻り聞いた転校生が、腹を抱えて笑い出す。
「いいだろう――ならばハルマゲドン、我らも正々堂々三つ巴で入り乱れようではないか」
ぱちん。
指を弾いた瞬間、周囲の景色が元に戻る。再び動き出すクラスメイト達。
転校生の気配など、どこにも無くなってしまっていた。
「っはぁ~~~~~~~~~! やっべ、死ぬかと、思った……!」
息を吐き、佐座はどっかと床に座り込む。
その拍子に椅子を軽く倒して、隣で職人修行をしていた稲荷山に目を細められる。デリケートな食材を扱う彼女は埃が立つのを嫌った。
「どうした? ――ん、あれ、緑風、キミ、さっきまで座ってなかったか?」
「ああ……リーダー」
怪訝そうに首を傾げ覗き込む少女を、晴れ晴れとした表情で、顔で佐座は見上げる。
「俺は戦うよ。この命、思う存分使い倒してくれ」
「――え? いや、それはそうだけど……そ、そんなこと……いいの?」
首を傾げる稲荷山に、佐座は気安く笑い掛け。
「何だ、心配してくれるのか? いやあ俺いつの間にフラグ立てたのかなあ――」
「身の程をわきまえよ」
「スイマセンでした!」
未だにトラウマはトラウマだった。
最終更新:2011年06月18日 14:09