福島第1原発事故の推移


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福島第一原子力発電所事故(ふくしま だいいちげんしりょくはつでんしょ じこ)とは、2011年(平成23年)3月11日に福島第一原子力発電所(東京電力)で発生したチェルノブイリ原子力発電所事故以来2例目の国際原子力事象評価尺度 (INES) レベル7の原子力事故である[1]。日本近海の三陸沖で同日に発生した東北地方太平洋沖地震の、地震そのものとこれに伴い発生した大津波によって施設が被った、多大な複合的ダメージを直接の原因としている。

第1週

3月11日 14時46分(日本時間)、日本列島東北地方太平洋側にあたる三陸沖でモーメント・マグニチュード (Mw) 9.0の大地震が発生。稼働中であった1・2・3号機が自動停止するも、想定していた5.7mを上回る14m以上の津波が襲来。非常用発電機、制御盤などが損傷した。このため1号機・2号機は「電源喪失」状態となり、冷却機能を喪失。19時03分、東京電力は原子力災害対策特別措置法に基づく「原子力緊急事態宣言」を発表。20時50分、半径2km圏内の住民に避難指示が出された。次いで21時23分、3km以内に退避指示。10km以内に屋内退避指示[3][4][5][6][7][8]。
3月12日 5時44分、10km圏内の住民に避難指示が出される。1号機の原子炉格納容器の破損を防ぐため、弁を開放。15時36分頃、1号機建屋で水素爆発が発生、建屋が損壊する。1号機には20時20分より海水の注入を開始。18時25分には避難指示が半径20km圏内に拡大。また、17時39分には福島第二原子力発電所に対しても、半径10kmの範囲で避難指示が出された[3]。
3月13日 3号機も冷却装置注水不能に陥る。8時41分、弁開放。冷却のため、消火系より初期は真水、次いで海水の注水を開始。2号機も11時に弁開放[3]。
3月14日 11時01分、3号機の建屋でも水素爆発。16時34分、2号機にも海水の注入を開始[3]。
3月15日 0時02分、2号機で弁開放。6時10分、2号機で爆発音、圧力抑制プールの圧力が低下し、破損のおそれ。6時頃には4号機建屋でも爆発が発生、建屋が損傷。その後火災が発生する[3][9]。
3月16日 5時45分、4号機で火災発生。8時30分頃、3号機より白い煙が発生[3][10]。
3月17日 自衛隊のヘリコプターが3号機の使用済み核燃料プールへ海水を4回投下。19時05分からは自衛隊の車両により注水。11時には半径20km - 30km圏内の住民に対して、屋内退避指示が出された[3][10]。

第2週

事故に伴って出された避難エリア等3月18日 14時頃より、自衛隊車両、在日米軍車両によって3号機の使用済み核燃料プールへ放水を行った。原子力安全・保安院は1・2・3号機に対して国際原子力事象評価尺度 (INES) の暫定評価値としてはレベル5相当であると発表[3][10]。
3月19日 0時30分より、3号機の使用済み核燃料プールに対して東京消防庁ハイパーレスキュー隊による放水を実施。早朝、5号機、6号機に関しては非常用ディーゼル発電機及び冷却系(使用済み核燃料プール冷却系含む)が順次復旧[3][10]。
3月20日 8時20分、4号機使用済み核燃料プールに対して自衛隊車両が放水。14時05分より、2号機の使用済み核燃料プールへ消防車ポンプによる注水。14時30分、5号機は冷温停止。19時27分、6号機も冷温停止。21時30分、東京消防庁が3号機に対し使用済み核燃料プールへ1,137トンの連続放水[3][10]。
3月21日 6時37分、4号機使用済み核燃料プールに約91トンを放水。15時55分、3号機から煙が上がる。18時22分、2号機でも煙を確認。5号機は外部電源が回復[3][10]。
3月22日 11時20分、1号機の圧力容器の温度が400℃にまで上昇。3号機使用済み核燃料プールへ約150または180トン、4号機使用済み核燃料プールには新たに投入されたコンクリートポンプ車で約150トンを放水、2号機使用済み核燃料プールへ約18トンを注水。19時17分、6号機も外部電源が回復。23時前、3号機中央制御室の照明が復帰[3][10]。
3月23日 東京都葛飾区の金町浄水場において、前日採水したサンプルから、乳児に対する暫定基準値を上回る210ベクレル/キログラムのヨウ素131を検出したと発表。乳児の水道水の摂取を控えるよう呼びかけた。4号機使用済み核燃料プールへ約130トンを放水、3号機使用済み核燃料プールには冷却剤浄化系より35トンを注水。3号機からは16時20分頃より、またも黒煙が上がる。17時24分、5号機の残留熱除去海水系仮設ポンプにトラブルが発生、冷却停止(翌24日16時14分復旧)[3][10]。
3月24日 3号機タービン建屋で水溜まりに浸かって作業していた東京電力の協力企業社員3人が被曝。うち2人は長靴を着用していなかったため、内部被曝のほか、足に2 - 3シーベルトの外部被曝があったと推定。水溜まりの表面からは400ミリシーベルト/時の放射線が検出された。3人は病院に搬送されたが、健康には異常は見られず、28日に退院した。引き続き3号機使用済み核燃料プールへ120トンの注水、4号機使用済み核燃料プールへ150トンの放水。11時30分には、1号機の中央制御室の照明が点灯した[11][3][10]。

第3週

3月25日 夕方までに、1号機、3号機の原子炉への注水が、海水から淡水に切り替えられた。引き続き、2号機の使用済み核燃料プールには冷却系から海水を注入。3号機、4号機の使用済み核燃料プールには消防車とコンクリートポンプ車による放水が行われる。この日の8時30分に1号機南放水口付近で採水した海水から、規制限度の1250倍、50ベクレル/ccのヨウ素131を検出。また、政府は午前、20 - 30km圏内の住民に対して、自主避難を要請した[12][13][3][10]。
3月26日 海水中のヨウ素131の濃度が、規制限度の1850倍、75ベクレル/ccに上昇。2号機に関しても、炉内への注水が淡水に切り替わる。また、2号機の中央制御室の照明が点灯[14][3][10]。
3月27日 前日に採取された2号機タービン建屋内の溜まり水から、表面で1000ミリシーベルト以上の放射線を検出。水自体からは、ヨウ素131が13メガベクレル/cc、その他の放射性物質が検出される。一連の採取・調査・評価過程において、誤報や混乱が見られた。3号機には100トン、4号機使用済み核燃料プールにはコンクリートポンプ車による125トンの放水を実施。2号機に関して、炉内へ淡水を注入するポンプが、消防ポンプから仮設ポンプに切り替えられた。また、タービン建屋に関連する配管トンネル(トレンチ)に放射性物質を含んだ水が溜まっていることを確認[3][10]。
3月28日 東京電力は、3月21日、3月22日に原発敷地内で採取した土壌からプルトニウムを検出したと発表。これまでに行われた大気圏内核実験に由来するものと濃度の上では大差はないが、同位体の割合から、今回の事故で飛散したものである可能性があるとした。また、3号機に関しても、原子炉への注水ポンプの仮設ポンプに切り替えが完了する[15][3][10]。
3月29日 1号機に関しても原子炉への注水ポンプの仮設ポンプへの切り替えが完了(これで1・2・3号機全ての切り替えが完了)。また、4号機の中央制御室の照明が点灯(これで全ての中央制御室について点灯)。2号機の使用済み核燃料プールへの注水が、仮設ポンプによる淡水注入へ移行した[3][10]。
3月30日 南放水路付近の海中から前日に採水した海水から、濃度限度の3355倍、130ベクレル/ccのヨウ素131が検出されたことが発表される。2号機使用済み核燃料プールの仮設ポンプが不調、消防ポンプに切り替えられる[16][3][10]。
3月31日 30日に採水した海水から、濃度限度の4385倍、180ベクレル/ccのヨウ素131を検出。冷却用の淡水を積んだ米軍のはしけ船が到着[17][3][10]。

第4週

4月1日 敷地の一部に放射性粉塵飛散防止のための合成樹脂、約400リットルを試験散布。米軍のはしけ船からの淡水の移水を開始。汚染水の一時貯蔵のため、静岡市より譲り受けたメガフロートを回航する案が浮上[18][19]。
4月2日 1 - 4号機でタービン建屋の照明が一部復旧。2号機の取水口付近の電源ケーブル用ピットに長さ約20cmの亀裂が見付かり、ここから高レベルの放射性廃液が海に流出していることが発覚。止水措置は功奏せず[18]。
4月3日 1 - 3号機の圧力容器内に淡水を注入している仮設ポンプが、外部電源に切り替え。地震発生直後より4号機タービン建屋内で行方不明になっていた作業員2人の死亡が明らかにされる[18]。
4月4日 2号機に由来する高レベルの放射性廃液を受け入れるため、集中廃棄物処理施設から約1万トン、5号機、6号機サブドレンピットから計1500トンの海洋投棄を開始[18][20]。
4月6日 6日朝、東京電力は、6日午前5時38分に2号機取水口付近のピットの亀裂から海に直接流出していた高濃度の放射能汚染水の流出停止を確認し、放射能汚染水の流出を止めたと発表[21]。また、炉心の燃料棒について、1号機の約70%、2号機の約30%、3号機の約25%がそれぞれ損傷しているとの推計を発表した[22]。

第5週

4月8日 東京電力の榎本聡明顧問は毎日新聞のインタビューに対し、1 - 4号機に関して「石棺方式」は取らないこと、冷温停止状態までは数ヶ月を要すること、炉内の燃料棒の回収に10年を要すること、などの見解を述べた[23]。
4月12日 原子力安全・保安院は、国際原子力事象評価尺度の暫定評価値を、レベル7、「深刻な事故」に引き上げたとした[24]。