――願いを叶えたくはない?

青く蒼く、長い髪を持った美しい少女はそう言って純粋に、あるいは狂気的に、悪戯っぽく微笑んだ。

   *   *   *

どうしよう、どうしよう、どうしよう。立向居勇気は戸惑っていた。「殺し合い」をしなければならないという、この状況に。
夢であればどんなにいいかと思ったが、頬を抓れば普通に痛いし、先程の出来事だって夢にしてはあまりにリアルすぎやしないだろうか。
人の首と胴体が真っ二つに離れ、赤黒い色をした液体が辺りに散乱し、充満する鉄の臭い――そこまで思い出して吐き気がこみ上げるのを感じた。どんなにサッカーが出来ても、それでも本質はただの中学1年生でしかない立向居に“あの”場面は刺激が強すぎた。

(お、落ち着け……落ち着かなきゃ!)

くじけそうになる自分を必死に奮い立たせようと頬を二回ほど両手で叩く。
記憶違いでなければ、確かあの場には立向居と同じイナズマジャパンのメンバーである基山ヒロトと木暮夕弥がいた筈である。

(そうだ、まずはヒロトさんと木暮を探そう。あの2人なら、殺しなんて絶対にしない筈だ)

元エイリア学園のマスターランクチームキャプテン「グラン」のヒロト。その経験を活かしてか、円堂達のいなかったアルゼンチン戦では負傷した風丸の代わりに皆をまとめようとしてくれた。
エイリア学園との戦いの途中で出会った、漫遊寺中出身だという木暮。悪戯好きでやや毒舌だけど、なんだかんだで魔王・ザ・ハンド習得の為の特訓に付き合ってくれた。
彼らなら大丈夫だという、殆ど確信に近い思いがあった。それほど同じチームメイトである彼らを信用していた。

(よし、そうと決まったら2人を……)
「立……向居……?」

聞き覚えのある、立向居の捜し求めていた人物の声だった。
小さなツノのように立っているやや青みがかかった黒い髪に、円らで大きな黄色の瞳。小学校低学年でも通りそうなほどの小柄な体系。――木暮夕弥が、そこにいた。

「木暮!」

探していた人物のうち1人をあっさり発見し、先程とは一転してぱあっという効果音がつきそうなほど明るい表情になった立向居。対して木暮は「ひいっ」と小さく悲鳴をあげ、数歩後ろに下がった。
――あれ?
おかしい、と立向居は思った。木暮の様子が何時もと全然違う。何時もの意地悪い何かを企むような表情は消え失せ、代わりに完全に怯えきった様子が居座っていた。

「木暮? どうしたんだよ」
「く、来るなっ!!」

木暮が叫んでまた怯えたように数歩下がる。立向居は一瞬、「チームメイトの木暮に拒絶された」ことに気づくことが出来なかった。もしかしたら、気づきたくなかったのかもしれないが。
知り合いを見つけたことによる安堵感が沈み、再び浮上してくる不安。


(もしかして、オレが殺し合いに乗ってるって思ってる!?)

仲間に疑われたという事実はショックで仕方が無いが、今は打ちひしがれている場合ではない。互いを信じあい、協力して乗り越える時なのだ。その為には、木暮を少しでも安心させて信じてもらわなければならない。

「こ、木暮、落ち着くんだ! オレは別にこんな、殺し合いに乗るつもりなんてない!」
「嘘だ!!」

即座に出てきた否定の言葉が立向居の心にずしりと重く圧し掛かる。
木暮は叫ぶようにして続ける。

「そうやって、オレのこと油断させて殺す気なんだろ! 仲間だって油断させて裏切るんだろ!?」

立向居は何も返さない。

「どうせ武器を隠し持ってて、オレが近づいたところで殺すんだろ! そうに決まって――」
「木暮ッ!!!」

木暮の言葉を遮るように立向居は叫ぶ。そして、自身が背負っていたデイパックを少し遠くに放り投げて見せた。木暮の大きな瞳が見開かれる。

「オレは……オレは本当に殺し合いには乗らない」
「そ、そんなこと言って……何か隠し持ってるんだろ……」
「木暮」

立向居の顔が悲しそうに歪み、木暮は言葉を失った。

「どうして……なんで信じてくれないんだよ……。オレ達、仲間じゃないか。一緒にエイリア学園を倒して、今は世界と戦ってる、仲間じゃないか!!」

初めて出会って、試合をして。一緒にカレーを食べて、唐辛子を仕込まれたけど平気で。色んな試合を乗り越えていって。
立向居勇気は悲しかった。
これ程までに木暮夕弥が自分を信頼してくれないという事実が、ただただ悲しかった。

「オレは絶対に裏切らない! ヒロトさんも見つけて、皆で帰るんだ! FFIで優勝するんだ、皆で! 1人だって欠けちゃいけないんだよ、イナズマジャパンは!」

一通り叫んで立向居は、自身を落ち着かせるようにゆっくりと息を吸って、そして吐いた。

「……だから、信じてくれよ。確かに、円堂さんや鬼道さんや豪炎寺さんみたいに頼もしくはないかもしれないけど。でも、皆で力を合わせれば、きっとなんとか出来る。円堂さんだったら、きっとそうすると思う」

立向居は、木暮に微笑んだ。木暮の顔にはもう怯えは無く、けれど申し訳なさそうに俯いていた。

「ごめん、立向居。オレ……」
「いいんだ。こんな状況だし、無条件で信用しろって言うのも難しいよ」
「立向居……」
「まずはヒロトさんを探そう。それに、もしかしたらオレ達みたいに殺し合いをしたくない人だっているかもしれない。そういう人達で集まれば、きっと何か方法が見つかるさ」
「……そうだな! ま、お前じゃちょぉ~っと頼りないけど、我慢してやるか。うししっ」
「って、いきなり調子に乗るなよー」

口ではそう言ったものの、やっと木暮が何時もの調子に戻ってくれて、立向居は再び安堵した。安心したところで、立向居は背中が妙に軽いことに気づく。
――あ、さっき投げちゃったんだった。
とりあえず自分が何を支給されたのか、今現在自分がどの辺りにいるのかを把握する為にも、先程放り投げたデイパックの中身は必須だ。

「ごめん、ちょっとさっき投げたの取ってくる」

立向居はそう言って、放り投げたデイパックを拾おうと踵を返す。



 パ ァ ン 。

乾いた音が辺りに響いた。

   *   *   *

「はぁ? あんた、いきなり何言ってんだ? ていうかここ何処?」

木暮夕弥はヒロトと森の中を歩いていた筈だった。そこに至るまでに河童とサッカーとか色々あったのだがそこは割愛させていただく。
何時もの調子で捲し立てる木暮に、青い髪の女性は静かに言い放つ。

「あなた、お母さんに捨てられたんでしょう?」
「……なんで、そのことを……」
「さあ? なんでだと思う?」

くすくすとからかうように笑う女性。相手のペースに巻き込まれつつあることに気づき、木暮は不機嫌になった。それを見透かしてかそれともそんなこと知ったこっちゃないのか、女性は続ける。

「ねえ、願いを叶えたくはない?」
「それは、どういう」
「家族に捨てられなかった人生を歩みたくはない?」

木暮は、息を呑んだ。

「あなたの願い、叶えて差し上げられますのよ?」

ふざけた口調で女性は笑う。嗤う。哂う。

「そ……そんなこと出来る訳ない!」
「出来るわ。出来るからあなたはここにいる」

女性のその言葉に木暮は反論の言葉を失った。
確かに、それならいきなり自分がここにいて、それでいてさっきまで一緒にいたヒロトがいないのにも納得がいく。もしかしたら目の前の女性は、それだけの――奇跡を起こす力でも持っているのかもしれないと、木暮は錯覚した。
実際はそんな筈ないのだが、目の前の女性のことを殆ど知らない木暮にそれを分かれというのも酷だろう。

「でもね、ただで願いを叶えてもらえるなんて、そんな蜂蜜かけた羊羹みたいに甘い考え持っちゃ駄目。何かを得る為にはそれ相応の対価が必要なの。そう、あなたが何か願いを叶えたいなら、まずは私の望みに応えてもらわなくちゃ」

最早、木暮には反論する気力すら消えていた。

「じゃあ、もう一度聞くわね」

女性は優しく、けれど残酷に微笑んだ。

「願いを叶えたくはない? ――木暮夕弥くん」

   *   *   *


聞きなれないその音は、刑事ドラマとかでよく聞く銃声によく似ていたような気がする。
思い出したくも無いその臭いは、数十分前に嗅いだ鉄の臭いによく似ているような気がする。
イナズマジャパンのGKユニフォームの右肩部分に滲むそれは、なんだか赤黒くて、まるで――――

「あ……え?」

じわじわと脳を侵食し始めた激痛に、立向居は漸く自分が「撃たれた」ことに気がついた。

「あ、あ、ああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

一体何に? そんなもの、銃に決まっている。
じゃあ、一体誰が? 誰が何の為にこんなことを? 一体誰が? 誰が? 誰が誰が誰が誰が誰が誰が痛い誰が誰が誰が誰が誰が誰が誰が誰が痛い痛い誰が誰が誰が誰が誰が誰が誰が誰誰誰誰誰誰誰痛誰誰痛誰誰誰誰誰痛誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰だれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれだれ。だれ、が?
今、この場には立向居ともう一人しかいない。
立向居が自分で自分の肩を打ち抜くわけが無い。
つまり――――………………つまり、どういうこと?
振り向きたくない。もし振り向いたら、“それ”を現実として認めてしまうことになる。けれどこの痛みは紛れも無い現実であり現実以外の何物でもなく痛みも嫌な臭いも何もかもが現実でつまり要するに。
立向居は、激痛の走る右肩を抑えながらゆっくりと振り返った。
立向居勇気が最も見たくなかった……拳銃を手にした木暮夕弥がそこにいた。

「こ、ぐれ……」

立向居の中の何かが、急速に冷え切っていくように感じた。しかしそれもほんの一瞬のことで、彼の感情は今までせき止められていたものがなくなったダムの水の如く噴出していく。

「な、なんで……なんで、どうして、木暮ェっ!!」

パァン。
返事の代わりに撃ち出された銃弾は、立向居の左膝を撃ち抜いた。

「あああああぁぁぁぁ!!」
「……お前、今の状況分かってる?」

脚の痛みに耐えられずに膝をついた立向居を見下ろす木暮は、まるで立向居の知らない人物のようだった。

「どう、して……なんで……」
「そりゃあ、優勝したいからに決まってるだろ? うししっ」

その笑い方は紛れも無く「木暮夕弥」そのものだった。けれど立向居は目の前の人物を、自分を迷い無く拳銃で撃った上で笑うその人物を「イナズマジャパンの木暮」として認めたくなかった。

「そんなことしてまでっ……こんなことでFFIを優勝したって、円堂さん達が喜ぶ筈ない!」
「何勘違いしてるんだよ。オレは別に、FFIで優勝するっていう願いを叶えるなんて一言も言ってないのにさ」

――え? じゃあ、何故? そこまでして叶えたい願いって、一体――
それを口に出す前に、銃口が立向居の眉間にぴったりとつけられた。

「誰かに見られても面倒だからさ。――じゃあな、立向居」
「……! よせ、木暮っ!!」

殺されたくない。だがそれ以上に、仲間が人殺しをするなんて嫌だ。そんな立向居の願いが届く筈も無く、引き金に指がかけられる。
その瞬間は、やけにスローモーションに感じた。
所謂走馬灯という奴だろうか。立向居の脳裏に様々なものが浮かんでは消える。

(校長先生、戸田キャプテン、皆……)

陽花戸中の人々や、イナズマキャラバンに参加した仲間達。そして、イナズマジャパンの仲間達――憧れの存在だった人。

(円堂さん……)

やがて立向居は、諦めたように目を瞑った。

(……ごめん、なさい……)

戻ることができなくて、ごめんなさい。
仲間を止めることが出来なくて、ごめんなさい。
彼を人殺しにしてしまって――ごめんなさい。

                       パ   ァ   ン

無慈悲な音がした。

   *   *   *

もしかしたら。
もしかしたら、母親に捨てられなかった未来を歩むことができるかもしれない。
普通の家族が居て、今日学校で何があっただとか、今日の夕飯は何にするだとか、そんな他愛のない話の出来る家族がいる場所が手に入るかもしれない。
幸せに、なれるかもしれない。
家族と仲間を天秤にかけた結果が、目の前に横たわるもう動かない少年。眉間には紅い穴。瞳孔は開きっぱなしになっていて、正直見ていて気分のいいものじゃない。
けれどこれが彼の選んだ道なのだから、もう後戻りすることは出来ない。


「……うししっ」

木暮夕弥(こあくま)が、悪戯っぽく笑った。


【立向居勇気@イナズマイレブン 死亡】



【場所・時間帯】F2・朝・森の中
【名前・出展者】木暮夕弥@イナズマイレブン
【状態】正常
【装備】ワルサーP5@現実
【所持品】基本支給品一式、予備の弾薬@現実、奇跡の指輪@ムシキング~ザックの冒険編~、立向居のデイパック(支給品未確認)
【思考】
基本:優勝して「ありえなかった未来」を現実にする
1:とりあえず移動する
2:「女性」が望む通り疑心暗鬼をばらまく
3:場合によってはヒロトも殺害する

【奇跡の指輪@ムシキング~ザックの冒険編~】
なんでも望むものを生み出すといわれるお宝。ザックはこれで究極必殺技のカードを手に入れた。
一度使うと宝石部分にヒビが入り、もう二度と使えなくなる。
果たしてこのロワでどれだけの効果が望めるのか……。

   *   *   *

「嗚呼、だから人間って面白いのよ」

比那名居天子は嘲笑った。

   *   *   *

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最終更新:2011年06月12日 10:58