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 「生きろ」  「だったら、祈祷さんが生きてくださいよ」  「それは無理な話だ」 昼になろうとしている空。 天候は晴天。 その空の下。 橋の上で、2人の白い少女はそこにいた。 * * * 命祈祷は、先程から何者かの気配を感じていた。 しかし、彼女が持つのは“白を操る程度の能力”。気配を感じる要素に白は連想出来ない。つまりは能力で感じ取ったのではない。 単純に言わば「直感」。 人ではあらず者達と共に住み、彼女自身も人外である故に、勘が冴えてるというのだろうか。それに、その直感は正解と言えよう。 理由は簡単。祈祷の目の前には――  「御機嫌よう」 ――敵と認識すべき者が居たのだから。  「ご機嫌麗しゅうございますわね、ウナギ女」  「あらまあ、鬼は口を慎められませんのね。貴方は“真っ白”ですのに、“真っ黒”ですわ」  「あんたに当てる礼儀なんざ必要ねーんだよ、垂れ糞」 祈祷が右手の中指を突き立て、相手へと見せ付け、更にはガンを飛ばす。 だが相手は全く動じるどころか呆れたように溜め息を吐くだけ。それ処か、彼女の目つきは明らかに祈祷を見下すように見ていたのだった。 それを非常に不快に思ったのか、思い切り舌打ちをしたかと思えば、ソードカトラスを構えた。 カチャッ、と 銃独特の音を出したそれの銃口は、相手へと向いていた。 勿論、安全装置は外れている。更には両手の人差し指は、引き金に掛かっている。 少しでも力を入れれば発砲し、目の前に居る――祈祷が言う――ウナギ女は蜂の巣へと変貌するだろう。 しかし、銃を向けられたというのにこの女の表情は、一つも崩れていない。 目つきも蔑みの視線のままである。  「……」  「……」 表情以上にこれ以上に会話は無く、しばしの沈黙が走る。 ……そして。  「あんたをブッ殺せば万事解決なんだよ、――永江衣玖ッ!!」 ――沈黙は、白い鬼が破った。 * * *  「そうですか為らばやって御覧なさい、――命祈祷ッ!!」 続いて女――永江衣玖も、閉ざされていた口を解き放つ。 更には右手に持っていた、細長い帯に柄をくっ付けたような、奇妙な得物も“解き放つ”。 蛇のように、鞭のようにしなり祈祷に迫るそれ。 薄刃乃太刀(はくじんのたち)。 “刀狩”と呼ばれる者の所有する得物であり、刃の強度を保ったまま可能な限り薄く鍛えた、蛇腹剣の一種と言えよう。 鞭の如く手首の微妙な返しを使って刃を自在に操ることができると言うが、この芸当は本人でなければ扱うのは容易とは言えまい。 なのだが。  「……案外使い易いわね」 “空気を読む程度の能力”を持つ衣玖にとっては、これ位直ぐに馴染めていたのだった。 それ以前にこの薄刃乃太刀、どうやら扱い方が彼女の普段の戦闘方法と類似している所為かもしれない。  「いちいちうっさい」 刹那、連続する発砲音。 衣玖を睨みつけながら、祈祷は薄刃乃太刀の追撃を跳びながら避け、隙を見つけて彼女めがけて発砲していた。 独特の発砲音。銀色に輝く二つの銃身。 ソードカトラス。 このバトルロワイアルの参加者であるレヴィが愛用するというカスタムガン。 かの有名な“ベレッタM92F”がベースになっているが、衣玖と同じように、祈祷も案外と馴染んでいた。 して、そのソードカトラスの二発の銃弾を、衣玖はものともせずに避ける。 しかし空気を読む程度の能力の有効活用なのか、避けると言うよりも受け流しているように見えた。 しかしながら祈祷も負けておらず、薄刃乃太刀のくどい撓りも確実に避けていた。 否、それ以上にその“蛇”が襲う速さ以上に動いているので、その攻撃は当たるはずも無いと言えようか。  「遅い」 一瞬で衣玖に詰め寄る。祈祷にUターンで追尾する蛇。 見計らい、衣玖の後ろに回り込む。そして射撃。発砲と共に蛇が追いつくが、上へと“飛んで”それを避ける。 しかしその所為で、蛇が衣玖を括り付けるような位置になる。つまりは衣玖の周りをぐるんと囲んでいた。 更には発砲を避けなければならない。要約すれば、「嫌でも今の位置から動かなければならない」という訳だ。 まず最初に、軌道が狂った薄刃乃太刀をばっと翻しながら、銃弾を横へと跳んで“避ける”。 その一瞬の動作に、刹那ながらの隙が生じた。 そこを更に“見計らった”祈祷。 にやりと口の端を釣上げて降らせんのは“弾幕”の雨であった。  「おっと」 上空からの白い弾幕の雨。 相当な数なのに全くと言って良いほどに動じず、衣玖は全てを受け流しつつ再び蛇を放つ。 祈祷はその蛇を避ける為、弾幕の展開を中断して再び横に跳ぶ。 再び、最初の位置づけとなる。 しかし、祈祷には作戦が浮かび上がった。  (――さっきの奴で弾幕をばかでかい奴にしてやりゃ、避けれないかも) ちみっこい攻撃が効かないと思ったのか、弾幕に重きを置くことを提案した。 あくまで銃は囮。一発でも撃ち込めりゃあ充分。 そう思い、利き手の左手には弾幕を溜め込む。  (決めてやるッ!!) 再び、一瞬で衣玖に詰め寄る。再び、祈祷にUターンで追尾する蛇。 再び、見計らい、衣玖の後ろに回り込む。 まではよかった。 * * *  「祈祷さん、遅いなあ」 かれこれ10分。様子を見に行くだけというのに、あまりにも遅い。 そろそろ髪も乾いてきたというのに。 しかし、動くなとは言われたので動けない。それ以前に、彼女は無防備であり得物も無い。 狼化したとしても、今の彼女では1人で立ち向かえそうにも無い。 なので、待つしかなかった。 待つしかなかった。  ――――まつしか、なカっタ。 * * * 回り込んだ。 あとは銃を撃つ。その間に上に上がる。 それだけ。 それだけ、だったのに。 ――その銃を撃とうとした、右手が動かなかった。  「え」 ――衣玖の背から伸びるのは、衣服の一部である“筈”の、羽衣。  「迂闊でしたわね」 ――そして祈祷の横腹に、“蛇”は貫通した。 * * *  「が」 それだけの言葉が漏れると、祈祷の身体は人形と化した。  「わ…に同…手が…用…ると…も…ば、大…違…すわ」 一気に脚の力が抜け、地面――正しくは橋の台――にのめり込む。 ……衣玖の声が聞き取れない。耳が遠くなる。視界が霞む。衣玖が遠のイていク……と、思えば。 ――痛い、熱い。 * * *  「――ごめんなさい、祈祷さん。本当に心配なんです」 それだけを呟いたフェンリルは、デイパックを背負うとすぐさま走り出す。 かれこれ、30分。まさか私を放って行っちゃった、なんて考えたくもないが、心配なのには変わりなし。 樹から橋までそれ程遠くも無い。5分走り続ければ到着出来る。 しかしその5分が、フェンリルにとって一時間にも、二時間にも感じ取れた。 早く祈祷さんに会いたい。放っていかないでほしい。その気持ちが彼女を満たしていた。 出来る限り希望的観測を残したかったフェンリルは、唇を噛み締めながら頭の中で否定した。 なのに。  「――え」 ……橋の上は、真っ赤に染まっていた。  * * * 祈祷は橋の真ん中でうつ伏せとなって倒れていた。 橋を赤く染めているそれは紛れも無く、祈祷の血。 祈祷を中心に流れ出ている、赤の塊。血独特の臭いも立ち込める。  「なん、…で?」 フェンリルの右目が大きく見開く。開いた瞳孔が震え、口からには声にならない声が漏れ出す。 脚もガタガタと震え、堪え切れずにズシャリと崩れ、膝立ちとなる。 それでも尚身体中に震えが生じるが、なんとか立ち上がるなり祈祷に駆け寄る。  「祈祷、さん、祈祷さん、祈祷さん、祈祷さぁんッッ!!」 彼女の右目からは、大粒の涙が洪水のように溢れ出てくる。倒れる祈祷に雫が落ちる。 祈祷を揺さぶり、大きな声で彼女の名前を呼ぶ。……と、祈祷の身体が僅かながらに動いた。 すぐさまフェンリルは祈祷を起し上げ、右腕を枕にして祈祷を寝かせる。  「あ…ん、た…」  「喋らないで下さい、今すぐに――ッ!!」  「もう、いい。……あだし、は、も、死ぬ」  「何で!!」 蚊の鳴くような声で祈祷が応える。しかし、彼女の目に光は灯っていない。 それを否定したく、涙を零しながら叫び続けるフェンリル。  「あたし、別に死ぬのが、こわくはない」  「そう言う問題じゃないんですッ!!祈祷さん自身が良いとかじゃなくって…!!」  「じゃあ、あんたは、生きろ」  「―えっ?」 フェンリルは話の脈略が取れずに驚く。そのおかげで、少し意識が冷え固まる。 すると、祈祷は自身のデイパックを持ち上げ、フェンリルへと渡す。  「そーどかトらす、あんたに、返す。弾薬も、だ…―はっ、がハっ」  「祈祷さん!」 祈祷が咳き込むと、その口からは血が吐き出される。それも、相当な量で。 しかし、身体中を真っ赤に染めつつも、その表情はあまりにも穏やかであった。はじめ会ったときの、あの険しい表情は跡形も無い。  「いいか、フェんリ、る」  「……はい。」 どこか安堵したのだろうか。 嗚咽交じりのフェンリルの返事は、しっかりとしていた。  「生きろ」  「……だったら、祈祷さんが生きてくださいよ」  「それは、無理な、話、だ」 ……最期の、ほんの少しの冗談。 それに満足したのか、祈祷は最期に笑って見せた。  (――クソみたいな最期だけど、あんたのおかげで楽しかったよ) そして、瞳は閉じられた。 その瞳は開くことはもうない。だが。  「……絶対に、生きて帰ります。絶対に。」 彼女の決意は、固く結ばれた。 【命祈祷@東方二次幻想 死亡】 * * *  「……それじゃ、行って来ますね。祈祷さん」 大きな樹の下で、毛布を掛けられ、穏やかに祈祷は眠った。 血まみれになった橋の甃を一瞥し、その固い決意で彼女はそれを渡った。 【場所・時間帯】B5、橋の手前、昼前 【名前・出展者】フェンリル@Heroes Academy 【状態】健康、明確な決意 【装備】ソードカトラス@BLACK LAGOON 【所持品】基本支給品一式、不明支給品一品、祈祷のデイパック{基本支給品一式、おたま@現実、替えの弾薬} 【思考】基本:生きて帰る。殺し合いには乗らない 1:……絶対に、生きて帰りますから。 2:町の方に移動してみる 3:出来たらタクミさん達を探したい ※武器は持っていますが、殺し合いに乗るつもりはありません ※祈祷の死体はB3の世界樹の下に毛布をかけて寝かせてあります * * * 「全く、呆れますわ」 血の付着した薄刃乃太刀を、衣玖は嘲笑しながら拭き取っていた。 さあ、次は何処に行きましょうか、と呟いた。 【場所・時間帯】???、昼前 【名前・出展者】永江衣玖@東方Project 【状態】健康 【装備】薄刃乃太刀@るろうに剣心 【所持品】基本支給品一式、不明支給品×1~×2 【思考】基本:ロワイアルを助長させる為、見つけた者はすぐさま殺していく 1:軟弱ですわね、笑っちゃう 2:どこに行きましょうか ※衣玖が何処に居るかお任せします 【薄刃乃太刀@るろうに剣心】 沢下条張が武器として所有する、刃の強度を保ったまま可能な限り薄く鍛えた蛇腹剣の一種。 鞭の如く手首の微妙な返しを使って刃を自在に操ることができる。 前の話 |035|[[【少女と嘘と一筋の光】]]| 次の話 |037|[[「目的」 シスコン]]| |037|[[「目的」 三人組]]|
 「生きろ」  「だったら、祈祷さんが生きてくださいよ」  「それは無理な話だ」 昼になろうとしている空。 天候は晴天。 その空の下。 橋の上で、2人の白い少女はそこにいた。 * * * 命祈祷は、先程から何者かの気配を感じていた。 しかし、彼女が持つのは“白を操る程度の能力”。気配を感じる要素に白は連想出来ない。つまりは能力で感じ取ったのではない。 単純に言わば「直感」。 人ではあらず者達と共に住み、彼女自身も人外である故に、勘が冴えてるというのだろうか。それに、その直感は正解と言えよう。 理由は簡単。祈祷の目の前には――  「御機嫌よう」 ――敵と認識すべき者が居たのだから。  「ご機嫌麗しゅうございますわね、ウナギ女」  「あらまあ、鬼は口を慎められませんのね。貴方は“真っ白”ですのに、“真っ黒”ですわ」  「あんたに当てる礼儀なんざ必要ねーんだよ、垂れ糞」 祈祷が右手の中指を突き立て、相手へと見せ付け、更にはガンを飛ばす。 だが相手は全く動じるどころか呆れたように溜め息を吐くだけ。それ処か、彼女の目つきは明らかに祈祷を見下すように見ていたのだった。 それを非常に不快に思ったのか、思い切り舌打ちをしたかと思えば、ソードカトラスを構えた。 カチャッ、と 銃独特の音を出したそれの銃口は、相手へと向いていた。 勿論、安全装置は外れている。更には両手の人差し指は、引き金に掛かっている。 少しでも力を入れれば発砲し、目の前に居る――祈祷が言う――ウナギ女は蜂の巣へと変貌するだろう。 しかし、銃を向けられたというのにこの女の表情は、一つも崩れていない。 目つきも蔑みの視線のままである。  「……」  「……」 表情以上にこれ以上に会話は無く、しばしの沈黙が走る。 ……そして。  「あんたをブッ殺せば万事解決なんだよ、――永江衣玖ッ!!」 ――沈黙は、白い鬼が破った。 * * *  「そうですか為らばやって御覧なさい、――命祈祷ッ!!」 続いて女――永江衣玖も、閉ざされていた口を解き放つ。 更には右手に持っていた、細長い帯に柄をくっ付けたような、奇妙な得物も“解き放つ”。 蛇のように、鞭のようにしなり祈祷に迫るそれ。 薄刃乃太刀(はくじんのたち)。 “刀狩”と呼ばれる者の所有する得物であり、刃の強度を保ったまま可能な限り薄く鍛えた、蛇腹剣の一種と言えよう。 鞭の如く手首の微妙な返しを使って刃を自在に操ることができると言うが、この芸当は本人でなければ扱うのは容易とは言えまい。 なのだが。  「……案外使い易いわね」 “空気を読む程度の能力”を持つ衣玖にとっては、これ位直ぐに馴染めていたのだった。 それ以前にこの薄刃乃太刀、どうやら扱い方が彼女の普段の戦闘方法と類似している所為かもしれない。  「いちいちうっさい」 刹那、連続する発砲音。 衣玖を睨みつけながら、祈祷は薄刃乃太刀の追撃を跳びながら避け、隙を見つけて彼女めがけて発砲していた。 独特の発砲音。銀色に輝く二つの銃身。 ソードカトラス。 このバトルロワイアルの参加者であるレヴィが愛用するというカスタムガン。 かの有名な“ベレッタM92F”がベースになっているが、衣玖と同じように、祈祷も案外と馴染んでいた。 して、そのソードカトラスの二発の銃弾を、衣玖はものともせずに避ける。 しかし空気を読む程度の能力の有効活用なのか、避けると言うよりも受け流しているように見えた。 しかしながら祈祷も負けておらず、薄刃乃太刀のくどい撓りも確実に避けていた。 否、それ以上にその“蛇”が襲う速さ以上に動いているので、その攻撃は当たるはずも無いと言えようか。  「遅い」 一瞬で衣玖に詰め寄る。祈祷にUターンで追尾する蛇。 見計らい、衣玖の後ろに回り込む。そして射撃。発砲と共に蛇が追いつくが、上へと“飛んで”それを避ける。 しかしその所為で、蛇が衣玖を括り付けるような位置になる。つまりは衣玖の周りをぐるんと囲んでいた。 更には発砲を避けなければならない。要約すれば、「嫌でも今の位置から動かなければならない」という訳だ。 まず最初に、軌道が狂った薄刃乃太刀をばっと翻しながら、銃弾を横へと跳んで“避ける”。 その一瞬の動作に、刹那ながらの隙が生じた。 そこを更に“見計らった”祈祷。 にやりと口の端を釣上げて降らせんのは“弾幕”の雨であった。  「おっと」 上空からの白い弾幕の雨。 相当な数なのに全くと言って良いほどに動じず、衣玖は全てを受け流しつつ再び蛇を放つ。 祈祷はその蛇を避ける為、弾幕の展開を中断して再び横に跳ぶ。 再び、最初の位置づけとなる。 しかし、祈祷には作戦が浮かび上がった。  (――さっきの奴で弾幕をばかでかい奴にしてやりゃ、避けれないかも) ちみっこい攻撃が効かないと思ったのか、弾幕に重きを置くことを提案した。 あくまで銃は囮。一発でも撃ち込めりゃあ充分。 そう思い、利き手の左手には弾幕を溜め込む。  (決めてやるッ!!) 再び、一瞬で衣玖に詰め寄る。再び、祈祷にUターンで追尾する蛇。 再び、見計らい、衣玖の後ろに回り込む。 まではよかった。 * * *  「祈祷さん、遅いなあ」 かれこれ10分。様子を見に行くだけというのに、あまりにも遅い。 そろそろ髪も乾いてきたというのに。 しかし、動くなとは言われたので動けない。それ以前に、彼女は無防備であり得物も無い。 狼化したとしても、今の彼女では1人で立ち向かえそうにも無い。 なので、待つしかなかった。 待つしかなかった。  ――――まつしか、なカっタ。 * * * 回り込んだ。 あとは銃を撃つ。その間に上に上がる。 それだけ。 それだけ、だったのに。 ――その銃を撃とうとした、右手が動かなかった。  「え」 ――衣玖の背から伸びるのは、衣服の一部である“筈”の、羽衣。  「迂闊でしたわね」 ――そして祈祷の横腹に、“蛇”は貫通した。 * * *  「が」 それだけの言葉が漏れると、祈祷の身体は人形と化した。  「わ…に同…手が…用…ると…も…ば、大…違…すわ」 一気に脚の力が抜け、地面――正しくは橋の台――にのめり込む。 ……衣玖の声が聞き取れない。耳が遠くなる。視界が霞む。衣玖が遠のイていク……と、思えば。 ――痛い、熱い。 * * *  「――ごめんなさい、祈祷さん。本当に心配なんです」 それだけを呟いたフェンリルは、デイパックを背負うとすぐさま走り出す。 かれこれ、30分。まさか私を放って行っちゃった、なんて考えたくもないが、心配なのには変わりなし。 樹から橋までそれ程遠くも無い。5分走り続ければ到着出来る。 しかしその5分が、フェンリルにとって一時間にも、二時間にも感じ取れた。 早く祈祷さんに会いたい。放っていかないでほしい。その気持ちが彼女を満たしていた。 出来る限り希望的観測を残したかったフェンリルは、唇を噛み締めながら頭の中で否定した。 なのに。  「――え」 ……橋の上は、真っ赤に染まっていた。  * * * 祈祷は橋の真ん中でうつ伏せとなって倒れていた。 橋を赤く染めているそれは紛れも無く、祈祷の血。 祈祷を中心に流れ出ている、赤の塊。血独特の臭いも立ち込める。  「なん、…で?」 フェンリルの右目が大きく見開く。開いた瞳孔が震え、口からには声にならない声が漏れ出す。 脚もガタガタと震え、堪え切れずにズシャリと崩れ、膝立ちとなる。 それでも尚身体中に震えが生じるが、なんとか立ち上がるなり祈祷に駆け寄る。  「祈祷、さん、祈祷さん、祈祷さん、祈祷さぁんッッ!!」 彼女の右目からは、大粒の涙が洪水のように溢れ出てくる。倒れる祈祷に雫が落ちる。 祈祷を揺さぶり、大きな声で彼女の名前を呼ぶ。……と、祈祷の身体が僅かながらに動いた。 すぐさまフェンリルは祈祷を起し上げ、右腕を枕にして祈祷を寝かせる。  「あ…ん、た…」  「喋らないで下さい、今すぐに――ッ!!」  「もう、いい。……あだし、は、も、死ぬ」  「何で!!」 蚊の鳴くような声で祈祷が応える。しかし、彼女の目に光は灯っていない。 それを否定したく、涙を零しながら叫び続けるフェンリル。  「あたし、別に死ぬのが、こわくはない」  「そう言う問題じゃないんですッ!!祈祷さん自身が良いとかじゃなくって…!!」  「じゃあ、あんたは、生きろ」  「―えっ?」 フェンリルは話の脈略が取れずに驚く。そのおかげで、少し意識が冷え固まる。 すると、祈祷は自身のデイパックを持ち上げ、フェンリルへと渡す。  「そーどかトらす、あんたに、返す。弾薬も、だ…―はっ、がハっ」  「祈祷さん!」 祈祷が咳き込むと、その口からは血が吐き出される。それも、相当な量で。 しかし、身体中を真っ赤に染めつつも、その表情はあまりにも穏やかであった。はじめ会ったときの、あの険しい表情は跡形も無い。  「いいか、フェんリ、る」  「……はい。」 どこか安堵したのだろうか。 嗚咽交じりのフェンリルの返事は、しっかりとしていた。  「生きろ」  「……だったら、祈祷さんが生きてくださいよ」  「それは、無理な、話、だ」 ……最期の、ほんの少しの冗談。 それに満足したのか、祈祷は最期に笑って見せた。  (――クソみたいな最期だけど、あんたのおかげで楽しかったよ) そして、瞳は閉じられた。 その瞳は開くことはもうない。だが。  「……絶対に、生きて帰ります。絶対に。」 彼女の決意は、固く結ばれた。 &color(red){【命祈祷@東方二次幻想 死亡】} * * *  「……それじゃ、行って来ますね。祈祷さん」 大きな樹の下で、毛布を掛けられ、穏やかに祈祷は眠った。 血まみれになった橋の甃を一瞥し、その固い決意で彼女はそれを渡った。 【場所・時間帯】B5、橋の手前、昼前 【名前・出展者】フェンリル@Heroes Academy 【状態】健康、明確な決意 【装備】ソードカトラス@BLACK LAGOON 【所持品】基本支給品一式、不明支給品一品、祈祷のデイパック{基本支給品一式、おたま@現実、替えの弾薬} 【思考】基本:生きて帰る。殺し合いには乗らない 1:……絶対に、生きて帰りますから。 2:町の方に移動してみる 3:出来たらタクミさん達を探したい ※武器は持っていますが、殺し合いに乗るつもりはありません ※祈祷の死体はB3の世界樹の下に毛布をかけて寝かせてあります * * * 「全く、呆れますわ」 血の付着した薄刃乃太刀を、衣玖は嘲笑しながら拭き取っていた。 さあ、次は何処に行きましょうか、と呟いた。 【場所・時間帯】???、昼前 【名前・出展者】永江衣玖@東方Project 【状態】健康 【装備】薄刃乃太刀@るろうに剣心 【所持品】基本支給品一式、不明支給品×1~×2 【思考】基本:ロワイアルを助長させる為、見つけた者はすぐさま殺していく 1:軟弱ですわね、笑っちゃう 2:どこに行きましょうか ※衣玖が何処に居るかお任せします 【薄刃乃太刀@るろうに剣心】 沢下条張が武器として所有する、刃の強度を保ったまま可能な限り薄く鍛えた蛇腹剣の一種。 鞭の如く手首の微妙な返しを使って刃を自在に操ることができる。 前の話 |035|[[【少女と嘘と一筋の光】]]| 次の話 |037|[[「目的」 シスコン]]| |037|[[「目的」 三人組]]|

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